2022年12月18日09時42分掲載
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アジア
「敵基地反撃能力」反対をいうだけでは無力である 阿部治平(もと高校教師)
――八ヶ岳山麓から(406)――
いま自民党岸田内閣が計画している軍拡とその焦点となっている「敵基地反撃能力」を保有し、軍事費を5年以内にGDP2%にまで拡大することは、日本の安全保障政策の大転換である。
「敵基地反撃能力」とは、日本がミサイルで攻撃されるのを防御するために、相手国のミサイル発射基地などを破壊する能力のことをいう。「すでに1956年当時鳩山一郎(元総理鳩山由紀夫の祖父)内閣が『誘導弾などで攻撃され、他の手段がない場合に『座して自滅を待つのが憲法の趣旨とは考えられない』として、これは自衛の範囲内と国会で見解を示したことがある(信濃毎日新聞 2022・12・03)」
だが、これまで日本は、日米安保条約にもとづいて米軍に打撃力を任せ、日本が盾の役割を果たすとして、矛を持つことはなかった。岸田内閣の防衛政策は、2015年の安倍内閣が集団的自衛権の解釈をかえた論理をより先鋭にして、従来の専守防衛の原則から飛躍したことを意味する。
これについて、9日の本ブログに掲載された「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の声明は以下のように主張している。
「日本が、仮想敵のミサイル基地およびその発射を指令する中枢機能(つまり首都)をミサイル攻撃する能力を保有することは、明白な憲法9条および国際法違反となる先制攻撃に 踏み込んでしまう可能性をはらむ重大事です」
「……相手側のミサイル基地を全て破壊で きるはずもなく、報復的なミサイル攻撃を正当化する口実を相手側に与えます。これは日本の被害をより甚大なものとしてしまうことに他ならず、国民の生命、自由および幸福追求権を守るはずの防衛政策としてもまったく機能しません」
共産党の志位和夫氏も「敵基地攻撃能力保有の重大な危険は、米国が海外で戦争を始めた場合に、日本が安保法制=集団的自衛権を発動し、敵基地攻撃能力を使って米軍とともに相手国に攻め込むことにあります」という。
「敵基地攻撃能力を持つこと自体が先制攻撃になるおそれがある」という議論は、国民の過半数を納得させようとするなら、今日の情勢からしてあまりに粗雑で、政府自民党の議論には対処しきれないと思う。
12月5日にロシア中部サラトフ州のエンゲリス空軍基地がドローンによって攻撃され、ウクライナ各地への攻撃に使用されるTU95爆撃機2機が損傷した。この基地はウクライナから600キロ以上離れており、重爆撃機が30機以上駐留する戦略的には重要拠点である。また首都モスクワに近いリャザン州のディアギレポ空軍基地でも燃料輸送車が爆発して3人が死亡した。
ロシア本土の空軍基地は、核兵器搭載可能な爆撃機の拠点2カ所で、ウクライナにとっては自国の運命を決する、いわば戦略核兵器基地である。6日にはロシア中部クルスク州の飛行場で燃料タンクがドローンによる攻撃で炎上した。ウクライナは攻撃を明言していないが、ウクライナのポドリャク大統領府顧問は、関与を示唆する発言をしている。ウクライナ軍によるロシア本土への攻撃は2日連続で、プーチン政権に衝撃を与えた。
ブリンケン米国務長官は6日の記者会見で、ウクライナによるとされるロシアへのドローン攻撃を巡り、「米国はロシア領内への攻撃をウクライナに促したことも、攻撃を可能にさせるようなこともしていない」と述べ、米側の関与を否定した。ブリンケン氏はこうすることで、戦闘がロシアとNATOとの衝突に発展するのを避けたい考えとみられる(ワシントン時事2022・12・07)。
現在までロシアの反撃によってウクライナの被害が深刻になるのを心配する声はあるものの、ウクライナのロシア基地攻撃を非難する西側論評を見たことがない。
我々が毎日見ているウクライナ戦争は、「専守防衛」とはこのようなものだという、まるで模範のような戦争である。ウクライナは自国領に侵入したロシア軍に反撃することはできても、ロシア国内の基地から飛んでくるミサイルをすべて撃ち落とすことはできない。ウクライナの生活基本設備は日に日に破壊され、かなりの国民は冬の寒さのなか、水も電気もない生活を強いられている。
こうした状況下で多くの人々は、ウクライナがロシアのミサイル基地・空軍基地を攻撃することは、戦争の拡大を憂慮しながらも、やむをえないことと受け止めている。繰り返しになるが、これは専守防衛戦争の一部に他ならず、非難するわけにはいかないのである。
「敵基地反撃能力」のテーマに戻って考えよう。
元防衛省高級官僚の柳沢協二氏は信濃毎日新聞紙上で、「軍備より外交力強化を」と題して次のように論評した(2022・12・09)。以下とびとびに引く。
「ロシアのウクライナ侵攻に加え、台湾を巡る米中の緊張関係や北朝鮮のミサイル発射という物騒な状況があって、国民に戦争への不安が膨らんだ。リアルに備えなければいけないという発想から、軍事的な対抗手段の強化が追求されている」
「日本が反撃能力=敵基地攻撃能力として中距離ミサイルを多数持ったところで相手のすべてのミサイル基地を破壊しきれなければ、核兵器を含め残存したミサイルが日本に飛んでくる。国民全員に人命をすくう防空施設を用意することは不可能なうえに、経済的な打撃はすさまじいものになるだろう。圧倒的な軍事大国に軍事的な対抗手段だけでは抑止効果を得ることは難しい」
「台湾有事は宿命のように捉えられているが、防ぐための外交戦略が議論されていない。巻き込まれて迷惑を被るのは日本なのだから、米中が衝突しないよう双方に協議をうながす立場で動くべきだ」
わたしは柳沢氏の議論が政府の「敵基地攻撃論」に対する反論の最大公約数だろうと思うが、もう一歩具体的な提案をしてほしいと思う。
このままだと、近い将来自民党の「敵基地反撃能力」論は、世論において断然説得力を持つようになるとおもう。なぜなら、政府自民党は、ウクライナのロシア領内の軍事基地攻撃をやむを得ないものとする世論を利用して、ウクライナがやるのはやむを得ない、日本がやるのはけしからんという理屈はとおらないとして、「敵基地反撃能力」の必要性を展開するだろう。
そうなると、国民の多数も日本がウクライナと同じ状況に陥ったとき、敵基地反撃能力をもつことは当然として受け止めるようになる。
二つの極論の間で、我々は日本の自衛力をどこに置くべきかで議論している。ひとつは軍事力が唯一の侵略の抑止力だとする立場だ。これだと、中国や北朝鮮やロシアの核ミサイルに対抗するためには、日本の核武装やむなしというところまで行く。逆に軍事力は抑止力としてはものの役に立たないとするならば、昔の社会党のように非武装中立外交で行くしかない。黄金比はどこにあるのだろうか。
わたしは政府自民党の軍拡論にくみしない人々にお願いがある。
軍事は秘匿部分が大きいから判断は難しいと思うが、急迫不正の侵略に対処するとき、自衛力はどの程度にとどめるべきか。また敵基地反撃能力を持つべきか否かについてはあらためて議論をしてほしい。
軍拡に代わる具体的な外交努力、とりわけ圧倒的な軍事大国であり、日本にとって最大のマーケットである中国との外交経済関係を、台湾政策も含めてどう構築すべきか、具体策を提起してほしい。
老爺のカラマツ林の中の一人住まいでは、教えを乞う相手もない。皆様のご教示を得たい。
(2022・12・10)
阿部治平(もと高校教師)
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