2022年12月19日18時45分掲載  無料記事
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コラム

キッシンジャー著『外交』と翻訳者の岡崎久彦氏

  私は学生時代から日本は米国の実質的な属国と思ってきたので、米国と日本の関係を、古代ローマとその周辺の属州との関係に置き換えてみていました。ですから、宗主国である米国のキッシンジャー元米国務長官が記した上下二巻組の『外交』という彼の自伝的エッセイーを今から20年以上前に堪能したのを覚えています。 
 
  キッシンジャーと言えば、チリのアジェンデ政権をつぶした張本人でもありますが、中国との国交回復を成し遂げた政治家でもあり、懐の深さを持っていますが、本書で最も鮮明に刻み付けられたのは、19世紀のヨーロッパ外交がバランスオブパワーであるのに対して、20世紀に台頭した米国は世界の警察官としてイデオロギーを優先するようになったと指摘している点でした。これは現在は、単純化すれば民主党が世界の警察官で、共和党はどちらかと言えばバランスオブパワー的な面を未だに強く持っています。キッシンジャーは共和党のニクソン大統領の国務長官(外務大臣)でしたので、バランスオブパワーを旨としていました。イデオロギー重視であれば中国との国交回復は難しかったはずです。 
 
  このキッシンジャーという人は、政界を去った後は再びハーバード大学で政治学を教えていたそうですが、ある記事によると、大学生たちをよくAとBの対立する陣営にあえて分けて、学習の一環として議論させていたそうです。しかも、Aの側に立って議論していた学生たちを、次回の議論ではBの側に立たせて議論させていたといいます。つまり、どちらの視点に立っても論を組み立てていける頭の柔軟さを養っていたのです。これはまさにバランスオブパワー的な教育に他なりません。 
 
  ところが興味深いのは『外交』を翻訳した外交官の岡崎久彦氏は、何が何でも日本はアングロサクソンにくっついていかないといけない、という論を主張していたことです。せっかく『外交』で柔軟な外交思考をキッシンジャーが展開しているのと正反対の思考だと思います。アングロサクソンが誤りを犯さない、という可能性を考慮していないのです。そして、そんな風に立場を鮮明にしてしまうと、選択肢が他になくなってしまい、それだけでも足元を見透かされ、外交としては極めて拙劣だと私は思います。すなわち、属国の外交なのです。属国の運命はいつでも宗主国のために犠牲になることにあります。俗な言い方になりますが、いったん、「あなたのためにはたとえ火の中、水の中」と誓った忠実な臣下は、すでに吊り上げられた魚ですから、釣り人はエサを与えなくなるものです。 
 
 
 
■ジョン・スチュアート・ミル著「自由論」 
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 「ミルは先ほどの②にあったように、たとえ相手の意見が間違っていても真理を磨くのに役立つ、としていた。それは主流派の思想が正しかったとしてもどこかに改善の余地があることが多いことだ。そして、少数意見の中に、たとえそれが全体的には正しくないとしても、部分的には真理を含み、主流派の真理を深め、より完全にする要素を持つことがあるという。その意味でも少数意見を無視してはいけないとミルは説く。これらが「自由論」の白眉の章、「思想と言論の自由」でミルが力説する事柄である。」 


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