2023年02月15日11時51分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(13)エスカレートする軍の残虐行為 西方浩実

しかし翌日3月10日の夜も、再び落ち着かない夜となった。今度はサンチャウンというヤンゴン市内の地区で、日中にデモをやっていた何百人もが警察に包囲されてしまったのだ。デモ隊はかなり広い範囲に散らばっていたようだが、地区の外に抜ける路地を警官隊にすべて固められ、罠にはまった状態になってしまった。 
 
▽戒厳令を破り夜間の非暴力デモ 
デモ隊たちは警官隊のトラップの中で夜8時を迎えた。戒厳令違反。デモ隊を家に招き入れ、匿ってくれる住民たちもいるが、匿った住民までもが拘束されるリスクは高い。ここ数日、警察は強盗のように家に押し入り、令状なしの逮捕を加速させているからだ。 
 
デモ隊は警官隊と数十メートルを隔てて向かい合い、「道を開けろ!」と、声を合わせて叫ぶ。周囲の住民が、警官隊からの銃撃に備え、バリケードを積み始める。 
 
ミャンマー中の人々が息を詰めてインターネットのライブ映像を見守る中、ついに発砲音が響く。逃げる人々。乱れる映像を配信し続けるSNS。無数のFacebookユーザーが「キーボードファイター」となり、メッセージを拡散する。「サンチャウンのデモ隊を助けて!」 
 
それに呼応するように、ヤンゴンの各地でデモが始まる。時刻は夜10時。ミャンマーでは、普段なら多くの人が布団に入っている時間だ。にもかかわらず、住民たちは戒厳令を破り、ぞろぞろと街に出る。 
 
私の自宅近くでも、路地に続々と人が溢れ出し、バリケードをこえて大通りに向かった。男性も女性も、中学生くらいの子どもも、パジャマにサンダル履きで、非暴力のたたかいに出る。サンチャウンの仲間を助けるんだ、という固い決意。この結束こそが、ミャンマー市民の武器なのだ。 
 
住民たちの怒りのシュプレヒコールが、大通りから空気を震わせて響いてくる。どうか、みんな無事であるように・・・。身を固くして祈る私の耳に、数分後、パァン、パァンと発砲音が届く。ワァッという叫び声に続き、パタパタと走る無数の足音。さっき出かけていった人々が、バリケードを超えて走り込んでくる。早く、早く。祈るような気持ちで、ベランダから見守る。 
 
おそらく威嚇だったのだろう、銃声はすぐにおさまり、再び静かな夜が帰ってきた。午前1時からは、インターネットが遮断される。サンチャウンで何が起きても、もう誰にも届かない。(注)。 
 
▽世界を動かせるか?反軍政の切なる願い 
3月12日、軍による残虐行為は、エスカレートしている。毎日毎日、どこかで非暴力の若者が銃殺されている。実弾によって身体の一部を失った人たちの、直視できないような生々しい写真が次々にSNSにアップされる。警官に追い詰められ、助けて、と懇願する市民が、容赦なく殴られ蹴られ、護送車に叩き込まれる映像。 
 
数日前にTwitterで見かけた、ヤンゴン在住の日本人の投稿には「自宅の近くで、暴行を受けて腕を折られた挙句に拉致された、その仲間を返せ、と抗議に行った2人が撃たれて死亡した」などという、どうしようもなく理不尽な状況が記されていた。私も「あぁ、今日はどこで何人が撃たれたんだ」と、その数字に伴うはずの感情を失い始めている。ただ毎日、虚ろな気持ちでスマホをスクロールし続ける。 
 
一般宅への強制立ち入りや逮捕も、過激さを増している。夜間の逮捕が本格化したのは1ヶ月ほど前のことだった。警察が誰かをつかまえにくると、住民は大人数で走り出し、人の盾を作り、全員で声をあげてそれを阻止していた。でも今は、それすら「あの頃は平和だったね」と言いたくなるような状態だ。もし今そんなことをしたら、全員銃で脅され拘束されるか、数人殺されかねない。 
 
拘束するターゲットも、もう見境なしだ。デモ参加者やCDM(市民不服従運動)に参加した公務員だけでなく、逃げてきたデモ隊を自宅に匿ってあげただけの女性や、もはや拘束される理由がわからない人まで、次々に連行されている。 
 
連行された人々は、激しい暴力行為に遭っている。尋問から解放された男性の写真に映る、赤く腫れ上がった背中。剥けた皮膚。別の女性は、ショックが強すぎたのか薬物を打たれたのか、ぼんやりと焦点の合わない目でブツブツと何か繰り返している。軍に逆らえばこうなるぞ、という見せしめなのだろう。次から次へと突きつけられる凄まじい不合理に、もはや怒るパワーも枯れ、ただ頭を抱えてため息をつく。 
 
それでも、警察に強制連行されたNLD(国民民主連盟)党の議員が、拷問された挙句に殺されて帰ってきた、その遺体の写真を見たときには、あまりの残酷さに唸り声が出た。顔は別人のように腫れ上がり、歯はすべて抜かれ、代わりに口に何か詰め込まれている。胴体には、胸から下半身へと続く切開創。縫い合わされた腹部の中にあるべき臓器は抜かれている。 
 
武器も持たずに声をあげる人に、政治的な考えが違う人に、どうしてここまで残虐な真似ができるんだろう。人々を恐怖で支配する、国軍の策略。狂っている。狂っている。本当に。 
 
今ミャンマーでは、ひとりひとりの生殺与奪の権利を、警察や軍が握っているのだ。想像できるだろうか。いつ軍や警察が家に踏み込んできて、説明もなしに連行されるかわからない生活を。そして連れていかれたら最後、無事に帰れる保証がないという恐怖を。それでも声を上げられるだろうか? 
 
ミャンマーの人たちは「だからこそ」声を上げ続けている。もちろんデモの参加者は減っている。当たり前だ。殺されたくないなら、本当はデモなんてするべきじゃないと、誰もがわかっている。 
 
だけど「そうしてみんなが恐れて抗議をやめたら、軍政がはじまる」と、「ここで諦めるわけにはいかない」と、市民たちは今日も声をあげている。昼間の過激なデモ弾圧を避け、夜にろうそくを片手に集まることも増えた。抗議活動で失われた命を追悼し、反軍政を誓うのだ。夜空の下、遠くから聞こえてくる叫び声や歌声を聴きながら、誰でもいいからどうか彼らを守ってください、と心の中で手を合わせ、あてもなく祈る。彼らの姿が、切なる願いが、どうやったら世界を動かせるんだろう。 
 
注・この夜、サンチャウンで虐殺は起きなかった。デモ隊は地域住民に匿ってもらいながら朝を迎え、戒厳令が明ける頃に帰宅の途についた。 


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