2023年05月18日11時56分掲載
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アジア
ミャンマー「夜明け」への闘い(32)軍政打倒へPDFへの市民の密かな支援拡大 西方浩実
11月11日。PDF(国民防衛隊)が、本格的にヤンゴンで動き始めたみたい」。そう聞いたのは、2週間ほど前のこと。一見落ち着きを取り戻していたヤンゴン市内で、爆発や銃撃がまた増え始めていた。
PDFは、事前にFacebookページで「これからしばらくは治安が悪くなるから警察署や役所には近づかないように」などとアナウンスを出していた。今までにもそういう発表は何度かあったから、あまり気にしないようにしていたのだけれど、ヤンゴン市内では明らかに警察や兵士のチェックポイントが増えたように感じる。
善良な外国人(自称)である私は、彼らにアレコレ絡まれることはない。でも軍のチェックポイントを通りかかると、カバンの中を見せろと呼び止められたり、夜だと無言のまま懐中電灯で全身を照らされたりして、不愉快極まりない。何ら後ろ暗いことはないのだから、と虚勢を張って、あえて余裕のある態度で接したりするのだが、銃を持った迷彩服の兵士と至近距離で向かい合う間、実は心臓バクバクだ。
だが、警察や兵士の厳重な警備にもかかわらず、PDFの攻撃は止まない。しかも、ヤンゴン国際空港やアメリカ大使館など、警察や兵士がウヨウヨしている場所の近くでも、あるいは、早朝や夜間ではなく真昼間にも、そういう事件が起きるようになった。
「明日は11月11日、ゾロ目の日。何か起きるかも・・・って噂は聞くけど、わからない」。友人はそう言って、不安半分、期待半分、という表情をする。
「昨日、また近所でPDFがダラン(軍への情報提供者)を殺したよ」。そう話す同僚に、それって怖い?嬉しい?と聞いてみる。彼は、少し考えてから答える。「うーん、半々だな。近所でこういうことが起きると、警察とか兵士が夜中に周辺の家を調べて回るから、それは怖い。こういうことがあった後はナーバスになってしまって、犬が吠えただけでも、兵士が来たかと思って目がさめるんだ」
「だけど」と彼はニッと笑う。「ダランが殺されたってことは、自分の地域の安全を、自分たちで守ったってことだろう?そのダランのせいで、逮捕されたり殺されたりした人もいるけど、これで『やられっぱなしじゃないぞ』ってことを見せつけることができた。自分の地域を、誇らしく思うよ」
私が住んでいる地域でも一時期、たびたび警察車両がやってきては、地域住民を連行していた。近所に住むおじさんは、こう言って憤っていた。「あの家で鍋を叩いている、とか、あの家にCDMの参加者がいる、とか、ダランが密告するんだよ。誰がダランかみんな知ってる。でも後ろに軍がいるから、下手に手は出せない」
別の友人は、こう言っていた。「ダランの中には、地域の住民たちが『軍に情報提供しないでくれ』と頼んでも『殺されても知らないぞ』と脅しても、密告を続ける人がいる。だから市民の中には、地域住民の安全を守るために『あのダランを攻撃してほしい』とPDFに依頼する人もいるんだって。PDFはその人が本当にダランか、いろんな人に聞いて調べる。絶対に間違えちゃいけないからね。PDFは殺人という苦しい仕事を引き受けて、市民の安全を守ってくれているんだよ。」
だから人々も、PDFを守る。友達の家には、もしPDFが彼女の家に逃げ込んできたらすぐに渡せるようにと、救急箱が準備されていた。抗生物質や痛み止め、栄養剤、包帯などがぎっしりと詰まったセットが5つ、台所に隠してある。もしPDFが逃げ込んできたら、彼女は命がけでかくまうだろう。こういう人は、決して少数派ではない。反軍政のもとに、市民はひとつのチームになり、結束する。これが市民の強さだ。
11月10日、ヤンゴン郊外で起きた爆発。以前は、早朝や夜などに起きることが多かったが、今はいつでも何かが起こりうる。
なおPDFによる攻撃は、軍政下にある警察署や役所などの公的施設が標的になることがほとんどだ。
(Myanmar Nowより)
ヤンゴンの路上でお喋りする兵士と警官。こうした路上のチェックポイントでは、いかにも下っ端の若い兵士が、道行く車を止めては、おざなりにライトで後部座席の足元を照らし、ダッシュボードやトランクを開けさせたりしている。チェックが終わり「チェーズーバー(ありがとう)」などと言われると、ごく普通の青年に見えて、少し戸惑う。
(Myanmar Nowより)
最近変わったことは、ほかにもある。例えば、経済政策。軍からは相変わらず一方的に、いろんな通達が出されている。先日はとつぜん、現金での物の売買が2000万チャット(約128万円)までに制限された。分割払いなどという仕組みがほとんどないミャンマーでは、車だろうが家だろうが、現金一括。上限額が設定されると、当然こうしたものの売買が止まる。
友人たちは冗談を言って笑いあった。「もし今の状況で家を買うなら、パーツごとに契約しないとね。トイレはいくら、台所はいくら、リビングがいくら、って。廊下を買い忘れた!みたいなことになったりしてね」。こうして笑い飛ばしつつ、理不尽な現状を飲み込んで進んでいくミャンマーの人たちは、本当にたくましくて眩しい。
しかし、笑い飛ばせないこともある。銀行に行くたびに疲れ果てて帰ってくるのは、経理担当の同僚だ。彼女は、銀行の窓口がすっかり軍政スタイルに戻ってしまった、と嘆く。
「たとえば、銀行に残高照会をしに行くとするでしょ。すごく簡単なことなのに、窓口でお願いすると『今日は忙しいから明日また来い』と言われるの。仕方なく通帳に1000チャット札(約65円)はさんで渡すと、すぐに照会してくれる」
クーデター前のNLD(国民民主連盟)政権の時は、そういうのはなかったの?と聞くと、彼女は、ないない!と首を振った。「NLD政権下では、賄賂を要求する公務員を市民が通報できる窓口があったんだよ。だから公務員は罰されるのを恐れて、賄賂を要求しなくなったの。NLDのときは、本当によかった」
そんな彼女に昨日、再び「ちょっと聞いて」と呼びかけられた。「さっき今月の事業費をおろしに銀行に行ったら、窓口の係員が『服を買わない?』と持ちかけてきたの。銀行員だけど、個人のビジネスとして服を売っているわけ。何人かのお客さんは、その銀行員との関係を良好に保つために、服を買ってあげてた。でも私は『昨日買ったばかりなので、すみません』と丁重にお断りしたの。そしたら、どうなったと思う?・・・私が引き出した2000万チャット(約128万円)は、全部1000チャット札(1枚約65円)で出されたの。服を買った人は、みんな1万チャット(1枚約650円)で受け取っていた。私だけ、1000チャット札を2万枚も抱えて・・・どれだけ重たかったか。」
彼女の口調は怒っていたけれど、その表情は傷ついているように見えた。子どもじみた嫌がらせに、文句の一つも言わずに、黙って従わなければならない。文句など言おうものなら、次回からは1チャットも引き出せないかもしれないのだから。きっと彼女は、2万枚の紙幣を前に途方に暮れながら、それでも笑顔で「ありがとう」と言ったのだろう。悔しかったと思う。軍政下で腐敗していく社会の中で、こうして人々は自尊心を傷つけられていくのだろう。
しかし、それでも人々は胸を張っている。彼女は言う。「どんなにひどい扱いを受けても、私たちは間違っていない」。そこにいささかの揺らぎもない。そして人々には、何を未来に残し、何を残すべきではないか、すでに明確な答えが見えている。その答えにたどり着く道のりは、まだ判然としないけれど、現在地と目的地がわかっているのだから、必ずたどり着くはずだ。
「軍が倒れるまでどのくらいかかるかな」と私がつぶやくと、彼女は「さぁ・・・」と首をかしげたあと、こう言って笑った。「わからないけど、今はその日がくることだけが楽しみだよ。」
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