2023年06月08日11時35分掲載
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アジア
ミャンマー「夜明け」への闘い(36)Happy “Federal” New Year 西方浩実
1月8日。「Happy New Year!」とは、誰も言わなかった。恒例の打ち上げ花火も、爆竹の音もなかった。1月1日になった瞬間、「おめでとう」の代わりに響いたのは、「革命を成功させるぞ!」という数回のシュプレヒコール。ほんの数分、ヤンゴン中のいたる場所で鳴り響いた叫び声は、警察が駆けつけてくる前に、すぐに静まった。
・・・とはいえ、実はうちの周辺では2時間も前から、0時を待ちきれない子どもたちが何度もシュプレヒコールの練習をしていて、その上かわいい声で革命の歌まで歌ったりするものだから、微笑ましいやらハラハラするやら、私は落ち着かない大晦日を過ごしたのだった。
スマホには、ミャンマー人の友達から新年のメッセージが届く。今年の挨拶は「Happy “Federal” New Year!」。Federal、つまり「連邦制」(注) の新年を祝う、今年流行りの挨拶らしい。なるほど、軍事クーデターや市民の虐殺など最悪のことが続いて、決してHappyな新年ではないけれど、そのクーデターの反発として生まれた新しい連邦国家の新年、と考えれば、笑顔で新しい1年を迎えられる。
「日本の会社で、働き手を探している人はいない?」新年早々、近所の大学生にそう尋ねられた。彼は田舎の出身で、大学に通うためにヤンゴンの叔母さんの家に下宿している。「うーん、今は日本人も少ないからなぁ」と言葉を濁すと、「そうだよね、聞いてみただけなんだ」と彼はカラッと返事をした。
「今まで僕の日本語の教科書はNARUTO(アニメ)だったけど、今度こそ本格的に日本語を勉強しようと思ってるんだ。まずはN5だよ」。エヌゴ、とカタカナ発音をしてみせ、彼はにっこり笑う。「今のミャンマーには良い未来はないから、日本に行こうと思って」。
21年2月にクーデターが起きたとき、彼は大学4年生だった。もう卒論も提出していて、あとは口頭諮問と卒業証書を待つだけの身だったという。「先生もCDM(市民不服従運動)でいなくなったんだ。今は軍が大学を再開しようとしているけど、行く気がしないな。叔母さんも、僕が大学に戻れば軍の罠にはめられて逮捕される、って心配してるし。」
思わず神妙な顔になった私に気付かず、オハヨウ、タダイマ、ヤッター、と、知りうる限りの日本語を並べる彼の、うれしそうな顔が救いだった。
ミャンマーの未来のために、命がけで武器をとる若者もいる。ミャンマーに未来はないと、外国を目指す若者もいる。どちらか片方が正しいわけではなく、それらは矛盾なく共存しているように見える。きっとそのどちらもが、未来への希望だからだろう。
どんな苦境に立たされても、嘆くばかりではなく、しなやかに前向きに生き抜くメンタリティ。すごいなぁと妙に感動してしまう。
CDMのために保健省を解雇された友人の医師に会った。クーデター以降収入がない彼女は、両親の家に身を寄せながら職を探していたが、相変わらず就職先は全く見つからないという。「この間、私の専門ド真ん中の求人があったの。だから自分がどれだけ適任かを熱く綴って応募したんだけど、書類選考さえ通らなかった」。
それでも、自分たちの世代はまだいいのだ、と彼女は言う。「かわいそうなのは、まだ卒業して間もない医師たちだよ。病院で患者さんを診る機会もなく、専門医の資格もとれず、留学のチャンスも奪われてしまった。私はこの民主化された5年間で、国費留学生として大学院に行けた。恵まれていると思うよ」
そんなかわいそうな若手医師に対して、民主派の政府NUG(国民統一政府)はオンライン研修を始めている。上限1,000人の大規模な研修だが、定員オーバーで入れなかった人も多いという。おもしろいのは、受講者の中にCDMに参加しなかった(つまり軍政側と見なされている)医師も参加していること。Zoomで名前や顔がわかるため「なんでこいつが?」という人の存在がすぐにバレて、スクリーンショットが拡散されているそうだ。
その人たちも勉強したいの?それともスパイなの?と聞くと、友人は「さぁね」と苦笑した。「わからないけど、Zoomのプライベートメッセージ機能で、そういう人たちからメッセージを受け取った医師はいるみたいよ。「患者さんが待っているから戻ってきて」って。あっち側の人たちはいつもそう言うの」。軍は公務員たちに「解雇する」「逮捕するぞ」と脅しつけてきた一方で、情に訴えて懐柔するよう目論んでいるのだという。
「こんな考え方もある」と、横にいた別の友人が口を挟む。「研修に参加している、CDM不参加の医者たちは、自分がCDMに参加しなかったことを隠したいんだと思う。つまりNUGの研修に出るのはカムフラージュだ。」
え、CDMに参加したフリをしているってこと?「うん、そういう人はけっこういるんだ。例えば、CDMをやめて職場に戻ったあとも、ドラマチックなCDMのストーリーを練り上げて、自分の体験談としてFacebookに投稿したりね。彼らは民主派からのソーシャルパニッシュメント(注2)を怖がっているんだろう。」
「そういえばMytel(軍系の通信会社)で働いている親戚も、勤務先を隠しているよ。絶対に会社のユニフォームを着たまま外に出ないし、行き帰りも少し離れたバス停からバスに乗ってる」。
反軍政を掲げれば、軍に捕まる。かといって軍政側につくと、社会的に孤立する。人々は、複雑化した人間関係を水面下に押し隠して、何食わぬ顔でおとなしく生活をしている。少なくとも外国人の私には、そう見える。そして、ひとたびサイレントストライキやお正月のシュプレヒコールが呼びかけられると、驚くほどの人数が、水面下に隠していた団結力を発揮するのだ。
さて、医療者不足に悩む軍政は、なんとか人材を確保しようとあの手この手を繰り出している。まず、医大に入るためのハードルをぐっと下げた。ミャンマーでは高校の卒業試験のスコアによって、選べる学部が決まるシステムだ。この試験で最高レベルの得点をとれなければ、医学部に入ることはできない。
「クーデター以前は、すべての教科で高得点をとらなければ、医師にはなれなかった。でも軍政府は、英語と生物と物理の3科目だけ良い点を取ればいい、というルールに変えたの」。医師の友人たちは、勘弁してよ、と呆れたように笑う。「医学はとても難しいし、人の命を預かる責任ある仕事だよ。そんな基準で、数さえ増やせばいいなんて考え方、うまくいくわけがないよ。この国の医学のレベルが、また下がってしまう」
見えないところで、静かに変わりゆくミャンマー。死者や負傷者の数だけでは表せない、未来へと引き継がれる負の遺産。それでも同僚たちはこう言って笑った。「2022年こそ民主主義を取り戻すぞ。最後は僕らが勝つんだ」
その言葉に頷きながら、心の中で3本指を立てる。クーデター以来、軍政を相手に圧倒的に不利な形勢は変わらない。それでも2022年も、彼らを信じ、彼らとともにありたいと思う。
注
1.クーデターのあと、軍事政権に対抗して立ち上がった民主派の政府が目指すのが「連邦制」の新国家建設。これまで軍事政権下で抑圧されてきた少数民族との連携や、地方自治の強化が掲げられている。例えば少数民族が多く暮らす州も含め、各州に独自の立法・行政・司法機関、徴税権、天然資源の管理権などを認めるなど。
2.直訳すると「社会的制裁」。軍支持派やCDMに参加しなかった公務員、クーデター後も軍から利益を得ている人などに対し、法的な処罰などではなく、社会的に懲罰を加えようとする動き。クーデター直後から民主派の中で広がった反軍政活動の一環と言える。具体的には、友人関係を断つ、兵士や警官などにものを売らない、軍支持派の店ではものを買わない、デモ隊を撃った警官やダラン(軍への情報提供者)などの個人情報をさらすなど、様々な方法が用いられた。
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