2023年06月12日16時23分掲載
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ナチ犯罪を振り返るドイツ映画『ヴァンゼー会議』(2022)
昨年公開された『ヴァンゼー会議』(邦題は『ヒトラーのための虐殺会議』)もまたナチ時代の犯罪を見つめた1本です。ヴァンゼー会議は1942年1月にドイツで開かれ、ユダヤ人問題の『最終解決』を決めたとされる極めて重要な会議です。この映画はほとんど丸ごと会議を再現したらしく(会議録を読んだことがないので、脚色がどの程度施されているか、私は知りえないのですが)、その意味でも映画として特殊です。通常の映画のドラマツルギーとは異なっていて、おそらく事実のままの再現ではなく(もちろんそんなことは不可能でしょうが)、親衛隊大将でナチNO3のラインハルト・ハイドリヒや、この会議で書記を担当したアドルフ・アイヒマン、さらにその上官のハインリヒ・ミュラー親衛隊中将や、内務省高官、外務省高官、それぞれの占領地域を担当している高官たちなど、それぞれの考え方や立場を描き分けて、効果的にセリフに落とし込んでいるという印象を受けました。
スーパーマン的なヒーローが問題を解決するのと違って、主人公的な位置にあるのは親衛隊大将のハイドリヒでしょう。彼が司会を務めたバンゼー会議は600万人のユダヤ人虐殺を決定づけたものであり(会議では英国のユダヤ人も含めて1100万人を殺戮する計画だった)、その会議を粛々と進めていくハイドリヒをこの映画はある種の好感の持てるタイプの人間として描いています。映画では当時のユダヤ人の状況が資料として明示されるので、観客もある程度、ユダヤ人迫害の大まかな状況がわかるように撮影されています。
欧州のユダヤ人を全滅させることは当初はナチスに想定されていなくて、最初はマダガスカル島に移住させる案があったこと、1941年に始まった独ソ戦でソ連・ポーランドのユダヤ人を50万人近く、現地住民も含めて手当たり次第に殺戮してしまったこと、独ソ戦が膠着してしまいソ連に欧州のユダヤ人を追放できなくなりつつあること、こういった事実の積み重ねが、ヴァンゼー会議の結末に至る伏線になっています。
この映画は見ていれば自然と状況がある程度、頭に入るように作られていて、それに沿って会議の話に入っていけるようになっています。そんなの当たり前じゃないかと思われる方もいるでしょうが、意外と基本情報を観客がしっかり頭に入れないままに筋が展開してしまうタイプの映画が少なくありません。この映画にとってはドラマ的な解決が大切なのでは全くなく、この会議でいったいどのような話しあいが現実に行われたのかを(観客を退屈させずに)描く、ということこそが重要なテーマだったと思われます。そして、演出があるとしても抑制されていて、かつ自然な演技であるために演技がテーマを邪魔するということがありません。その意味で、興味深い映画であるとともに、今後はこうした試みの作品がもっと出てきてもよい気がしました。すなわち、事実に基づきつつ、合間合間を適宜想像力で埋めていく映画であり、しかも、空想が一線を越えて妄想にまでには行かない、というところでしょう。過去の史料を使えば、映画や文学と言う形で、過去と比較にならない程、歴史をもっと深く理解することができる時代です。
*『ヒトラーのための虐殺会議』予告編【2023年1月20日公開】
https://www.youtube.com/watch?v=6EYBaxnCqwY
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