2023年07月08日13時19分掲載  無料記事
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国際

「PKO 国連平和維持活動」【西サハラ最新情報】  平田伊都子

 アフリカのマリから、マリ国連PKOが撤退することになりました。 マリは日本から遠く離れた、大部分が砂漠の国です。 しかし、忘れちゃいけません! 10人の日本人犠牲者を出したアルジェリア・イナメナス天然ガス精製プラント襲撃事件は、マリ北部を拠点とする武装集団でした。 
 はたして、国連PKOが必要でなくなるくらい、マリ情勢は安定したのでしょうか? 
 
①なぜ、そんな簡単にPKOを撤退できるのか?: 
 マリPKO(国連平和維持活動)は、MINUSUMA(ミヌスマ・国連マリ多次元統合安定化派遣団)と呼ばれている。その使命は、治安回復とされ、2013年1月のイナメナス天然ガスプラント襲撃事件後の同年4月に、国連安保理はマリ北部イスラム過激派鎮圧のためMINUSMAを創設した。しかし、真相は、フランスがイナメナス天然ガスプラント事件の解決を大義名分にして、原油資源が豊富なアルジェリアに軍事進攻を試みようとしたがアルジェリアに拒否され、国連安保理を動かしてアフリカ北部に拠点作りをしようとした、ということにある。かってのフランスはマリも隣接するアルジェリアも、植民地支配していた。フランスは、植民地支配者意識が抜けきらないようだ。同時に、フランスは、<バルカン部隊>を、マリに送り込んだ。 
 マリの北部は遊牧民トアレグ続が支配する果てしない砂漠で、南部は ニジェール川に沿ったバマコに首都を置く農耕牧畜民フラニ族が仕切っている。かって、筆者はアルジェリアの砂漠から知らず知らずのうちにマリ砂漠に入り、車の故障で危なく枯れ死しそうになった。運よく通りかかった移民を満載したトラックに助けられ、運転手が「この先には泥棒村があるよ!」と、注意され、ギョッとしたのを覚えている。別途に、マリ国立民族学博物館を取材した時は、ドゴン族の仮面踊りに圧倒された。魅惑のマリは別天地だ。 
 2020年8月にクーデターで権力を掌握したマリの軍事指導者アシミ・ゴイタ大佐は、MINUSUMAにマリ国軍と協力して対テロ対策に当たるよう求めたが国連は応じず、ワグネルが助け舟を出し、フランスのバルカン部隊は2022年11月にマリから逃げてしまった。 
 そして、2023年6月、平和の兆しを全く作れず303人のPKO兵士を犠牲にして、国連安保理はマリからのMINUSUMA撤退を決めた。国連が雇っていた、兵士と警官を合わせて15,209人のアフリカ人たちはどうなるのか?再就職先の面倒を国連はみているのか? 
 なぜ、そんな簡単にPKOを撤退できるのか?それは、自分たちの損得で勝手に決めた事で、撤退後の後始末など考えてないから簡単に止めれるのだ。魅惑のマリを踏み潰すな! 
 
②PKOって何のためにできたのか?: 
 戦闘能力に欠けるPKOは、いつ、何のためにできてきたのか?PKOに、米国と中国に次ぐ3番目に金を出さされている日本の庶民として、知っておく必要がある。 
 国連平和維持活動( PKO United Nations Peacekeeping Operations)は、国連憲章で謳われた集団安全保障を実現し、紛争において平和的解決の基盤を築くことにより、紛争当事者に間接的に平和的解決を促す国連の活動で、1948年に開始された。国連が小規模の軍隊を現地に派遣して行う活動だが、平和維持活動については、憲章上に明文の規定はない。が、国際司法裁判所がその合法性を認め、1962年の第17回国連総会が受諾している。 
 1992年には、当時の国連事務総長だったブトロス・ブトロス=ガーリ(1922~2016)6代目総長(92~96)によって発表された<平和への課題>において、予防展開や平和執行などが提案されるようになった。1990年から1994年の間に、16件もの平和維持活動が承認されたことからも分かる。しかし、新しい試みの強制執行(平和強制部隊)は失敗した。活動での犠牲者数が増加したため派遣国内での派遣支持率が低下し、1994年からは各国が平和維持活動に対して拒否するようになり、かくして、主要部隊の構成は発展途上国や派遣先周辺国が主流となっていく。PKOの強化を目指したガーリ国連事務総長は、世界の警察を自認するアメリカから疎んじられた。ガーリの事務総長再選を容認する安保理投票で、アメリカ一国だけが拒否権を行使して阻んだ。結局、ガーリの再選はならなかった。 
 今、PKOは世界のどこにいるのか?その名称とアルファベットの略称と設立年を記す。 
―国連アビエイ暫定治安部隊(UNISFA) 2011年6月、-国連南スーダン派遣団 (UNMISS) 2011年7月 -国連コンゴ民主共和国安定化 派遣団(MONUCO) 1999年11月 、そして、- 
国連西サハラ人民投票監視団 (MINURSO) 1991年4月 、-国連マリ多元統合安定化派遣団(MINUSMA)2013年4月、中央アフリカ共和国における国連多次元統合安定化派遣団(MINUSCA)2014年4月、 国連インド・パキスタン軍事監視団 (UNMOGIP) 1949年1月、 国連コソボ暫定行政派遣団 (UNMIK) 1999年6月、国連キプロス平和維持軍 (UNFICYP) 1964年3月、-国連レバノン暫定駐留軍 (UNIFIL) 1978年3月 、国連兵力引き離し監視軍 (UNDOF) 1974年6月、-国連休戦監視機構 (UNTSO) 1948年5月 – 
 上記のうちMINUSMAは廃止が決まったから、国連PKOは西サハラを含め世界の11か所で活動していることになる。 
 
③西サハラPKO: 
 西サハラのMINURSO(ミヌルソ国連西サハラ人民投票監視団)基地は、モロッコ・西サハラ占領地と西サハラ難民政府が支配する解放区の夫々に、5か所づつ計10か所が点在している。 両紙区を分断する 全長2,500キロメートルに及ぶ<砂の壁・地雷原>は、1980年から1987年にかけてイスラエル軍高官の指導でモロッコ軍が作った。 
 MINURSOは、モロッコ占領地・西サハラの首都ラユーンに本部を置き、現在、245人の兵士と469人の警察警備を含む文民469人がMINURSOに従事している。兵士の出身国はバラバラで、最近は中国、バングラデシュ、パキスタン、インドなど、アジア出身者が多い。 
 1991年、モロッコ王国軍と西サハラ・ポリサリオ戦線が約16年間続いた戦争を停止し、<国連西サハラ人民投票>という国連和平案を両当事者が呑んで、2020年にモロッコが一方的に停戦を破るまで、軍事衝突は起きていなかった。何回かMINURSO基地を取材したが、兵隊さんたちはノンビリと、砂漠のサバイバル生活を楽しんでいるように見えた。 
 2020年のモロッコによる停戦破り以来、西サハラ・ポリサリオ戦線はアルジェリアなどから貰った在庫中古お下がり武器で、西サハラを分断している<砂の壁・地雷防御壁>に点在するモロッコ軍駐屯所を攻撃している。西サハラ難民の<やる気>を煽るため、西サハラ・ポリサリオ戦線は、その戦果をいささか誇張してSNSで流しているが、対するモロッコの応戦状況は一切、公表されていない。というわけで、西サハラの<砂の壁・地雷原>の両サイドに点在するMINURSO基地は、相変わらずおめでたく平穏無事のようだ。 
 西サハラ難民国防省が2023年7月6日に発行した軍事コミュニケ第827号は; 
 「サハラウィ人民解放軍の部隊は、砂の壁・地雷原に沿ったマフバス地区のモロッコ兵士の塹壕を標的にし、人命と装備に大きな損失を与えた」と、報告している。 
 一方、MINURSOホームページの最新情報は; 
 「6月12日、MINURSOはラユーンの本部で国連旗の隣に 国旗を掲げて、ロシア 建国記念 日を祝った。1991年のこの日、 ロシア議会は正式にロシア国家主権宣言を行った。この祝日は 1992 年に正式に制定。ロシア連邦は国連安全保障理事会の常任理事国であり、MINURSOを含む世界中の国連平和維持活動に制服要員を派遣している」と、あった。 
 ムムム! MINURSOのリーダーはロシア人(2021年8月27日就任)のアレキサンダー・イバンコ元諜報員だ。 
 あの薄気味悪いワグネルの元リーダー・ブリジゴンがここにも? 二人は似ている、、 
 第2のウクライナ戦場にならないよう、MINURSOはしっかり、投票監視団の役割を果たして欲しい。今からでも遅くはない! 
 
「ドローンはモロッコに配備され、ポリサリオの兵士たちは迫撃砲を使用し、砂茶色のトヨタとランドローバーの車を運転し、従来のゲリラ戦術で戦っている」と、アメリカの新聞が報告しています。  「モロッコはイスラエルやトルコや中国からドローンを購入し砂漠の奥深くで攻撃をしている」と、欧州のメデイアは発表しています。 
 今なら間に合う! 国連は早急に、<国連西サハラ人民投票>を実施してください!! 
 
 
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 「サラー西サハラ難民アスリート」の出版情報です。 
著者:平田伊都子、写真構成:川名生十、画像提供:アマイダン・サラー、SPS、 
定価:本体1,800円+税、 
発行人:松田健二、 
発行所:株式会社 社会評論社、東京都文京区本郷2―3―10、電話:03-3814-3861 
同じ「社会評論社」が出版してくださった「ラストコロニー西サハラ(2015年)」、「アリ 西サハラの難民と被占領民(2020年2月)」にも、お目を通してください。 
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Youtube2018年7月アップの「人民投票」(Referendum)もご案内。 
「人民投票」日本語版 URL :https://youtu.be/Skx5CP3lMLc 
「Referendum」英語版 URL: https://youtu.be/v0awSc25BUU 
Youtubeに2018年4月アップした「ラストコロニー西サハラ」もよろしくお願いします。 
「ラストコロニー西サハラ 日本語版URL:https://youtu.be/yeZvmTh0kGo 
「Last Colony in Africa]  英語版URL:  https://youtu.be/au5p6mxvheo 
 
WSJPO 西サハラ政府・日本代表事務所 所長:川名生十  2023年7月8日 
SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション)代表:平田伊都子 


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