2023年08月18日04時36分掲載  無料記事
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コラム

二度あることは三度目もある 「借金返済期間8300年」 無責任国家と地獄

二度あることは三度目もあるだろう。一度目は日中戦争と第二次大戦を始めても東京裁判で裁かれた以外にはほとんど誰も責任を取らなかったことだ。二度目は1980年代のバブル経済を引き起こして日本経済をどん底に陥れ、失われた30年をもたらして誰も責任を取らなかったこと。そして、今、また戦争を煽る政治家たちがいる。 
 
  私はこの中で、二度目のバブル経済とその崩壊を若い頃、目撃した。それは第一回目と奇妙にもよく似ていた。第二次大戦の戦中戦後で権力構造が変わると、昨日まで軍国主義者だった男たちが突然、民主主義を唱えるようになったとはよく言われることである。彼らが真に民主主義の信奉者になったのではなく、単に米軍が強かったからやむを得ず、と言う人間も多かっただろう。もちろん、その一方でようやく軍人が威張る社会から解放されたと思って喜んだ人も多かったはずである。仏文科から学徒出陣した作家の安岡章太郎の小説群を読めば、戦争の日常が描かれている。今日の与党やナショナリストの政党の政治家の言動を見ていると、安岡の小説に出てくるような威張った軍人たちを想起させる。日本人にとって、民主主義はまだかなり遠いところにそびえているだけだ。二度目の金融敗戦の後、再び外資という形の「米軍」統治が始まった。昨日までの日本人の自信はどこにもなくなって、米国発のグローバル化という言葉がメディアを席巻した。 
 
  1990年代のバブル崩壊の後、私は不動産会社の社長をインタビューする機会があった。バブル崩壊の時点で、営んでいる不動産会社の8つの金融機関への借入金に対する個人保証の債務が百億円を超えているという。金融機関8社への返済期間はいったい何年なのかと社長に尋ねてみると、「8300年です」という答えが返ってきた。なぜそんなめちゃくちゃな数字なのかと言えば、不動産会社が倒産してしまうと金融機関の損金が確定してしまうため、倒産しないでくれと金融機関の地元支店長たちから頼まれたのだと言う。これは債権者である金融機関の支店長たちが集まって決めたそうで、「お願いですから倒産はしないでください」と言われたのだ。その代わり、返済金額は各金融機関に対して毎月1万円とか2万円でいいから、ということで、おそらく利息ゼロで返済し続けたら、それくらいの年月になるということなのだろう。バブル経済の時代、金融機関の支店長たちは融資実績を競争していた。顧客の企業群に「借りてくれ」と頭を下げて頼んでいた時代なのだ。しかし、いったん金融恐慌になると、責任の追及をかわし、自分が支店長の間に損が確定しなければ「問題ない」という人間ばかりだったのである。そして、このような一時しのぎの対策を金融機関が行っていたために、日本政府もいったい不良債権が日本全体でどのくらいの規模に上るのか把握できなかったのだ。そして、そのことがさらに不況の長期化へとつながった。その間に毎年3万人が自殺していた。当時、弁護士事務所へビデオカメラを携えて取材に行くと、借金取りに昼夜責め立てられて「死にたい」というような多重債務者たちが列をなしていたものだ。あの時代の死者たちの霊は安らかに眠れたのか。 
 
  第二の敗戦と言われたバブル経済の崩壊の時の責任の取り方〜というか、誰も責任を取らないところが先の戦争とそっくりだった。このような無責任体制であるからこそ、今でもめちゃくちゃな言説を吐いても「問題ない」と思っているのである。それは官房長官の決まり文句になっている。どのような地獄が現出しようとも、日本という国では誰も責任を取らなくてよいのだから。過去がそれを実証している。そして、マスメディアがそのような誰も責任を取らなくて済む体制をスクラムを組んで守ってくれるのだ。日本のマスメディアの機能は、自民党政府の統治を陰から支援し続けることである。 


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