2023年09月01日21時50分掲載
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農と食
山びこ学校と無着成恭さん(上) 戦後を見据える
7月24日、無着成恭さんが亡くなりました。96歳でした。無着さんの死を新聞で読んで思ったのは、時代はこうやって一枚一枚更新されていくのだなあ、ということでした。無着さんはある意味で戦後日本を代表する人でした。一つの時代がおわった、とふと思いました。
◆戦後教育運動の金字塔
親しそうに「無着さん」と書きましたが、ご本人と直接の面識があるわけではありません。ぼくが直接知っている無着さんは『山びこ学校』の無着さんです。だからぼくは「山びこ学校」の無着さんしか書けません。というか、山びこ学校のことしか書けない。
『山びこ学校』とはそも何者か。この、山形県の山村の中学生の作文集は、戦前戦後を通して続いた民間教育運動「生活綴り方運動」の戦後における大きな成果だといえます。自分の生活を見つめ、観察し、書く。そこから、例えば自分は、あるいはこの村は、なんでこんなに貧乏なんだ、というということを自分なりに導き出す。当然この運動は権力者にとっては都合が悪い。
その結果、アジア太平洋戦争が始まると、生活綴り方を基盤に東北に根を張った北方教育運動は弾圧をくらい、逼塞を余儀なくされました。敗戦後息を吹き返した北方教育運動が作り上げた金字塔が、師範学校を出たばかりの無着さんが最初に赴任した山形県南村山郡山元村(現上山市)の村立山元中学校での生活綴り方の実践の成果を本にした『山びこ学校』だったのです。
『山びこ学校』は1951年にベストセラーになり、無着さんも全国レベルの有名人になります。しかし村の貧乏を全国に広め、恥をさらしたと無着は村人からひんしゅくをかいます。そして村を去りますが、その後も一貫して教育者として生きます。
ノンフィクション作家佐野眞一の作品に『遠い「山びこ」 無着成恭と教え子たちの40年』というのがあります。(初版は1992年8月。現在新潮文庫で読める)。この作品は、山びこ学校が全国的に有名になったその後を追ったものです。当時、作文集『山びこ学校』がどのように読まれたか。『遠い「山びこ」』が新潮文庫に入ったとき解説を書いた作家の出久根達郎は「私は昭和25年に小学校に上がったが、私と同じ世代の者で『山びこ学校』の名前を知らない方は、おそらく一人もいないだろう」と書いています。出久根は集団就職で上京した中卒の勤労少年で、山びこ学校の子どもたちと同じ貧乏階層の生まれでした。貧乏人どうしの親近感にあふれるいい解説だ読みながら思ったものです。
◆四国山地の片隅で
当時ぼくは、四国のちょうど真ん中あたりにあたる四国山地のまっただ中で小学生をやっていました。住んでいたのは愛媛県上浮穴郡参川村大字中川字祝谷。ここにも『山びこ学校』は当たり前のようにありました。
ぼくの村は、山また山が連なり、山の間を幾筋もの谷川が走り、人は谷筋と山の中腹にちょぼちょぼと集まって住み、田んぼはちょぼちょぼしかなく、後は傾斜地を拓いた畑にこんにゃくやイモなどをこれまたちょぼちょぼと植え、畑まわりには土止めをかねて製紙原料のミツマタや桑、時々山焼きをして雑穀やソバを植え、また山に返す。それに炭焼きと奥山の国有林からの木だしで生きている、極貧の村でした。
ここは母親の故郷で、戦中生まれの男の子3人を抱えて戦争未亡人になった母親は、敗戦間近、県都松山でB29による大空襲に遭い、命からがら逃れて両親(ぼくにとっては祖父母)を頼って住み着いたのでした。
生活のために地元小学校で養護教員をしていた母親の本箱の中に『山びこ学校』はありました。なにしろ活字に飢えていました。子どもが読める本をいえば、ときたま部落中をめぐりめぐってやってくる表紙も途中も終わりの方も抜け落ちて、筋も追えない骸骨のような「少年探偵団」くらい。それでも名探偵明智小五郎とその助手である小林少年の名前はいまも脳髄に焼き付いています。活字を探して母親の本箱にあった『山びこ学校』をなんとか読めるかなあ、と引き出して、1ページ目で釘付けになりました。
一面の深い雪、その中に一軒の民家が半分雪に埋もれて、ある。そして短い文章。「雪がこんこんと降っています。人間はその下でくらしているのです。」とある。
ぼくが住む参川村は山国で標高もそれなりにあり、毎冬数度は30センチくらいの積雪がありますが、なにしろ南国四国だから根雪にはならず、1週間もすると山や道ばたを除いてすっかり溶けてしまう。「雪の下でくらしている」という光景を一生懸命思い描いて、世界にはいろいろなところがあり、いろいろなくらし方があるなあ。と思ったのでした。
(続く)
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