2023年09月22日09時46分掲載
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細見和之著『フランクフルト学派〜ホルクハイマー、アドルノから21世紀の『批判理論』へ〜』
中公新書から出ている細見和之著『フランクフルト学派〜ホルクハイマー、アドルノから21世紀の『批判理論』へ〜』は、入手する前に期待していた以上に素晴らしい書だった。私は今年から大学院で現代フランスの歴史学を研究しているのだが、フランスの戦後の歴史学を考える上で、ドイツのフランクフルト学派を無視することはできないことがわかってきた。フランクフルト学派と言えば、アドルノやホルクハイマーといった大物社会学者で著名だが、彼らの多くが1930年代から40年代にかけてナチスを避けて米国に亡命した。つまり、欧州の知性がアメリカの学界を潤し、戦後、再び欧州にフランクフルト学派とその弟子たち=「米国発」の歴史学が影響を及ぼすことになる。それは隣国フランスの歴史学にも波及するのである。
そういう風に見ていくと、欧州をフランスやドイツで縦割りで見ていくことには限界があることがわかる。どうしてもフランクフルト学派について理解しなくてはならないのだ。そして本書は、そんな意識で研究を始めた人間にとって、躓きそうな点やもやもやっとした点について親切に手ほどきしてくれる一冊である。私の体験を交えて、3つだけ具体例をあげよう。
1)『啓蒙の弁証法』をどう読んだらいいのかが明示されている
アドルノとホルクハイマーの著名な書の翻訳を手に取って読んだことがある人はわかるだろうが、かなり難しいのだ。ナチスドイツの台頭が科学の発展したドイツでなぜ起きてしまったのか、という難問への考察である。そして、『啓蒙の弁証法』で編集されているいくつかの文章がなぜそういうトピックでそういう順序なのか、ということはもっと難しい。ところが、私は細見氏の解説を読んで霧が晴れた、という印象を受けた。シンプルかつ明快なのである。
「『啓蒙の弁証法』における歴史哲学的考察は、つぎのふたつのテーゼを軸に展開されてゆきます。すなわち、『神話はすでにして啓蒙である』と『啓蒙は神話に退化する』です」
この文章を読んで、私は目から鱗という感じがした。これくらいわかりやすい解説はなかろう。詳しいことは、関心のある方にはぜひ細見氏の本書『フランクフルト学派』を読んでいただきたい。
2)フランツ・ノイマンとフランクフルト学派の位置関係がわかる
フランツ・ノイマンはユダヤ系の政治学者で、彼もナチスに追われて渡米したのだが、『ビヒモス』というナチス研究の基礎に位置づけられる著名な書を残し、後の研究者たちに大きな影響を与えている。米国だけでなく、欧州においてもである。ところがこのノイマンは先述のアドルノやホルクハイマーたちとは距離を置いていたらしいのだ。そのヒントはノイマンが渡米する前に英国を経由しており、その地で労働党の政治学者ハロルド・ラスキの薫陶を受けていたらしいことである。ここでは詳しいことは述べられないのだが、アドルノたちと距離感があった、という記載はとても重要な点なのである。つまり、渡米した欧州知識人たちの間の関係を考える貴重な手がかりを与えているのである。
3)ハーバーマスの『公共性の構造転換』は今も必読本であること
最後の点として、フランクフルト学派の弟子にあたる現代ドイツの哲学者ハーバーマスの著名な書『公共性の構造転換』は、現代メディアの問題を考える時、今も有効であろう点である。細見氏の文章を読んでいて私はそれを確信した。もちろん、『公共性の構造転換』はそもそも必読書の一冊であろう。しかし、その重要性がよくわかった。
『公共性の構造転換』では、18世紀から19世紀にかけて、市民的公共空間がコーヒーハウスなどで生まれて、市民同士が討論しあう公共性が生まれていたが(これはインターネットを介したSNSとは異なる空間と考えるべきだろう)、その公共空間は19世紀後半から産業資本主義の台頭とも関わるのだろうが、国家による介入と巨大なマスメディアの成立によって失われていったことが描かれているのだと言う。これはとても興味深いし、現代日本のメディア状況と極めて密接に重なって見えてくることである。私なりに卑俗な説明をすれば、職場や家庭や町の広場などで議論していた人々が、もうそういう議論をしなくなり、『朝まで生テレビ』を見るようになった、というような変化だと私は思う。自分が議論するのではなく、TVで自分の好きな論客を応援したり、ライバルの論客を罵倒したりすることしかできなくなったのだ。そこには主体的な参加という契機と自由な創造性が失われる。これは知的後退に他ならない。そういう意味で、この市民的公共空間の喪失こそが、プロパガンダ電波圏を醸成し、ファシズム台頭を許す土壌にもつながったと考えてよいだろう。つまり、政治の劣化と政治の終焉だ。
恥ずかしながら私はこれまで未だ『公共性の構造転換』を読まずに来た。これは私がフランス方面に傾倒してきたこととも関係するのだろうが、フランクフルト学派、ひいてはドイツの研究を軽んじてはならないのだ、ということを今さらながら思ったのである。そして、このハーバーマスがフランスの哲学者たちと討議したり、共同声明を出したりしながら、かなりアクチュアルな面でも活動していたということである。
3点に絞って簡単に私なりの得たものをメモしてみたのだが、細見氏の解説は、痒いところに手が届く優れた解説だなと私は思った。
■現代人が筆をとるとき 〜なぜ書くことを人に勧めるのか〜
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