2023年09月28日11時58分掲載
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フォルカー・シュレンドルフ監督『シャトーブリアンからの手紙』(2011年)
フォルカー・シュレンドルフ監督と言えば、ギュンター・グラスの小説を映画化した『ブリキの太鼓』(1979)でパルム・ドールを受賞したことで知られていましたが、その後、私は寡聞にしてシュレンドルフ監督作に出会う機会がありませんでした。ところが、私が見逃していたのですが、2011年に『シャトーブリアンからの手紙』という佳作を監督していました。私の見るところ、シュレンドルフ監督はまだ生きていたのか・・・どころではなく、『ブリキの太鼓』よりも優れた構成と演出だと思わされてうなりました。
『ブリキの太鼓』はどこまで行っても、原作者のギュンター・グラスを越えるのは難しかったと私には感じられたのです。グラスの原作(1959)は、戦後ドイツで初めて自由な想像力が羽ばたく小説が書かれたと言われていました。つまり、戦後から1959年まで、ドイツの作家たちはナチスの歴史の衝撃で、その罪の意識が知識人を覆い、圧倒的な歴史の力の前に、その罪の大きさの前に想像力を羽ばたかせることができなかったのです。そういう中で、グラスは『ブリキの太鼓』で非常にシュールなシーンを盛り込み、大人になることをストップした独特の主人公を設定して、その壁を乗り越えることができたのでした。
『シャトーブリアンからの手紙』は、『ブリキの太鼓』とはまったく異なる創作方向にある作品です。これは第二次大戦中のフランスが舞台です。1941年にナチス占領軍の司令官が暗殺された報復に、収容所に入れられていた共産党員の政治犯たちやレジスタンスたち50人が銃殺されるという話です。その50人の中にシャトーブリアン郡のシュワゼル収容所にいた最年少の17歳の少年ギィ・モケもおり、映画のポスターでは「ギィ・モケに残された最期の数時間」とコピーが書かれ、写真は少年が銃殺用の木の柱に縛り付けられているというものです。司令官の暗殺から、収容所の人々の銃殺までの数日間の時間軸の中で、少年を殺すことの是非や釈放が決定している若者をリストに含めることの是非、50人×3=合計150人も報復射殺したら占領軍にとってマイナスだという考え方、収容所の若者たちの恋愛など、様々な葛藤が描かれていきます。150人というノルマは、暗殺を知ったヒトラーがフランスのナチ統治軍に送ってきた指令です。銃殺という一言の歴史記述だったとしても、そこには無数の心理が隠されています。
実際、この映画はギィ・モケだけでなく、収容所にいた人々、テロを行った暗殺者たち、占領しているナチスの将校たちと兵士たちの数時間も同時にポリフォニー的に描いています。ドラマは非常に現実に基づいてリアルに進行し、特段起承転結とか、大転換とか、意表を突いた結末というようなものはありません。歴史にある事象ということもあり、そうした歴史を捻じ曲げることはできません(タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』とは別にして)
では、どんな演出法、どんなシナリオだったから、これが『ブリキの太鼓』を超える作品だと感じたのか、と言えば、Dデイとか、スターリングラードの攻防などに比べると、第二次大戦の中では一見地味とも思われる史実でも、そこに巻き込まれた人々の運命
を丁寧に想像力を込めて描けば、十分に力のある映画たり得る、という可能性を示してくれたことにあると感じさせられたことです。つまり、『ブリキの太鼓』のような、独特の象徴を使わなくても、想像力を羽ばたかせることができる、ということをシュレンドルフ監督は示したのです。その意味では、『ブリキの太鼓』とコインの裏表にある映画とも言えるでしょう。
ギィ・モケのエピソードは、サルコジ大統領が少年を英雄視して政治利用したことで知られています。しかし、シュレンドルフ監督はそうした政治利用とは違った視点を示しました。あるインタビューによれば、シュレンドルフ監督はこのエピソードをフランス滞在中に偶然知り、この物語に吸い寄せられてしまったのだそうです。そして、この映画ではなぜ、この報復に心の底では賛同していないフランスの警察組織の人々や、ナチスの中でもヒトラーとは距離を置きたい将校たちがいたにも関わらず、誰もこの暴挙的な報復措置を止めることができなかったのか、それを描きたかったとシュレンドルフ監督は言っています。サルコジ元大統領が警察行政を指揮する元内務大臣だったことを思い出せば、この映画の真骨頂がより鮮明になるかもしれません。サルコジ大統領は郊外の若者たちの反乱に対して徹底的な抑え込みを行ってきたのですから。この言葉は、むしろ現代日本あるいは現代の欧米社会にまっすぐ突き刺さって来る預言的な内容でもあると私は感じました。英雄を必要とする社会よりも、そうでない社会の方が幸せです。そういったわけで、私はこの監督が健在だったことをうれしく思います。
村上良太
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