2023年10月06日19時24分掲載
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検証・メディア
テレビにおける啓蒙と野蛮 〜国会パブリックビューイングが照らし出したメディアの問題点
法政大学の上西充子教授らが立ち上げた国会パブリックビューイング(以下、国会PV)という運動は、コロナ禍に入る前は大きく盛り上がっていたのを覚えている方も多いでしょう。安倍政権時代に国会で野党が質問をしても、まともに答えようとしない極めて不誠実な首相や内閣の実像がそこに如実に映し出されていたのです。国会PVが行われていたのは新宿駅西口の地下が多かったのですが、大衆が通る道の脇の一角に白幕を張ってそこに国会の質疑応答を記録した動画を上映し、適宜解説を入れる、というものでした。その特徴の一つが、国会の質疑応答をなるだけノーカットでみんなに見てもらう、ということにありました。
この国会PVが私たちに与えたものはとても大きかったと思っています。まずはテレビの夜のニュースの国会報道が国会の実像とは全然異なるものだったということを立ち止まって話を聞いた人には理解できるようになったのです。すなわち、首相の答弁は良いところだけ切り張りして、誠実に答えたような印象にニュース番組ではなっていることが多かったのです。そして、そのことはまた、ニュース番組における国会報道の時間があまりにも短くて視聴者には十分に問題を理解できないという問題をあぶり出しました。
国会PVの意義には、もう1つありました。国会PVは国会とテレビの問題を同時に照らし出していましたが、これは自由貿易協定の時代に大きな意味を投げかけてくれました。自由貿易協定の草案を作るのは政府と多国籍企業群が中心で、国会議員の目の届かない暗室で練り上げられることです。事情は米国でも同じで、米国会議員たちが自由貿易協定の策定について情報を出せ、と抗議している記事を以前、日刊ベリタで紹介したことがありました。自由貿易協定を結んでしまったため、水質汚染の環境基準も国が独自に設定できないし、中米のエルサルバドルでは設定して取り締まったら国が進出している開発企業から国際機関に訴えられて巨額の賠償金を請求された、という事態が起きるに至っています。多国籍企業群が国家の法よりも上位に来るような倒錯まで起きています。その意味で、多国籍企業が民主主義への脅威になっています。
また台湾で2014年に大学生たちが議場に突入して封鎖し、中国とのサービス貿易協定の批准の採決を止めてしまった政治的事件がありました。ひまわり運動として知られています。この運動は台湾の国民党の馬政権が台湾の人々に秘密裏に中国とサービス貿易協定を結び、多数派であることを武器に、ほとんど議会での審議もすっとばして批准の採決しようとしたことに危機感を抱いた若者たちが肉体をかけて阻止した事件です。もし協定が批准されると、中国の多国籍企業が次々と台湾に進出することが予想されました。その結果、台湾の小さな商店やレストランの事業主たちは生き残れなくなるでしょうし、若者たちもたとえ規模が小さくても事業主として、一国一城の主として生きるという夢がなくなってしまうと思われたのです。驚くことに台湾の市民が各地から学生が立てこもった議場周辺に集結し、学生を守ったのでした。最終的に流血の事態とならず、2年後のW選挙で民進党が勝利するに至ります。これも国民の付託を受けた議員らが議会で十分に問題を審議できないことが大きな問題となったものでした。あの時、学生と市民が政府寄りの報道しかしないテレビ局を包囲したことはメディアの歴史に残るでしょう。学生たちは政府間で秘密裏に行われた協定の交渉を「黒箱」(black box)と呼んでいたのです。ただ、台湾が日本と違っていたのは当時の政府・国民党寄りの新聞に対して、野党・民進党寄りの新聞も健在だったことです。双方が激しい熾烈な報道合戦を日々繰り広げていました。ですから政府批判的な情報を近所のコンビニで売っている新聞を買えば読めたのでした。これは政権交代を可能にする大きな要因だったと思います。これに比べると、朝日新聞と読売新聞は同じ系列の新聞か、というくらいの差しかありません。
ここでまた日本の事に戻ります。
内閣=行政が国会を軽視し、できるだけ国会審議や討論を避けること。選挙でも真の争点を隠し、国民をだましてきたこと。しかし、テレビがそのことや国会の議論をきちんと報道せず、また報道時間も極めて短いこと。重要な選挙時には報道がさらに低調になり、投票日の夜になぜか特集が報道される慣習ができたこと。NHKに至っては国会で重要な質疑応答であっても地上波で放送しない事すらあること。これらのことはどれも互いに大きな関係があると思います。テレビのスポンサーには大手企業、しかも多国籍企業が多いことです。そして、自民党は経団連の支持を得ています。消費税の報道も、これまで本当に視聴者に真実が伝えられていたのでしょうか。フランスでも同じような問題があります。国会軽視と大資本家が保有するマスメディアの問題です。国民が選んだ国会議員の目の届かない場所で、できるだけ国民に気づかれないように法律を作成したり条約を結んだりして、今の富裕層や権力者に都合の良い世界に作り替えていくことです。つまり、政治から国民を排除しているのです。これは世界的に大きな問題です。過去10数年に世界各地で行われてきた国会軽視に対する抗議運動では、メディアが報じない問題も大きなテーマになっていたことを忘れるべきではないでしょう。誤った報道や不公平な報道が問題なだけでなく、時間がないために報道されないこと、あるいは報道時間が少なすぎることも問題なのです。
報道番組は視聴者に賛否の意見を押し付ける必要はありませんが、少なくともその法案がどのような経緯で生まれてきて、それが法制化されれば社会にどのような影響を与えるかをしっかりと伝えなくてはなりません。メディアが政治からの国民の排除に実質的に加担してしまっているのが今日の一般的な傾向と言えるかと思います。そして国会PVが明らかにしたのが、国会での質疑応答における言動の中に選挙運動の宣伝では垣間見えない政治家の本質が見えることです。まさにそこがこれまでのテレビではほとんど報道されてこなかったところです。
また、最高裁判所の判事や長官などの裁判所の情報が格段に少ないことも問題です。三権分立の一角を担う重要な機関がほとんど何も報道されてこなかったために、総選挙の際に最高裁判事をチェックする時、ほとんどどうしてよいかわからない人が大半ではないでしょうか。市民による陪審も始まっているのですから、裁判や司法制度、裁判官や検事に対する情報ももっと出すべきです。市民がウォッチすることで最高裁判所の判事たちももっと緊張感を持つことができるでしょう。
その意味で、報道だけでなく、今のテレビのシステム全体をもう一度デザインし直す時期に来ています。その鍵は、公共性と公平性です。利潤の最大化を追求するメディアには、公共性も公平性も期待ができないことが明らかになってきました。人が行動したり思考したりするときに、必要な情報が届けられていないばかりか、問題が山積みです。
■国会パブリックビューイングを見に行く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902062355103
■国会パブリックビューイングを見に行く その2 〜国会を市民に『見せる』(可視化)から、市民が国会を『見る』(監視)に〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902111906321
■国会パブリックビューイングを見に行く 3 政府統計不正問題 緊急街頭上映(新宿駅西口地下) 2019年2月16日
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902192219212
■安倍首相 「税は議会制民主主義の基礎である」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201411182309112
■TPPを警戒する米市民 弁護士ロリ・ワラック氏のコメント 〜「TPPは企業による‘トロイの木馬’作戦」 〜蔓延する秘密主義 見えない中身 上陸前夜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401241727505
■中身の不透明なTPP 〜アジア諸国は十分な情報公開がなければ参加してはいけない〜 外国人コラムニストの警告
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312260021574
■TPP交渉 日本は一方的に譲歩するしかない(1) 日米合意で相反する二つの文書 ジェーン・ケルシー
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201308281146263
■TPPの震源地 アメリカでの甘利経済再生担当大臣の賄賂報道
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201601250940421
■米国の最低賃金と失業率 オバマ大統領の時代と次の米政権
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602271121586
■革命を怖れるマクロン大統領 革命記念日に警官13万人を動員して「国民を守る」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202307131830424
■現在の国会は正当性があるか? 昨年の参院選で行われたNHKによる誘導(安倍元首相狙撃事件報道)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202307101901371
■パリの夜 49条3項という手段に対する怒りに揺れる町
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