2024年03月01日22時30分掲載
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農と食
【61年目の農業記者】小説「沈丁花」を読む
コロナ禍の21年22年と山形県置賜地域を歩き、地元の人たちを共に1本の映画を撮りました。『出稼ぎの時代から』とドキュメンタリーです。初監督作品ですが、幸いなことに「地方の時代映像祭」で奨励賞を受賞しました。去る1月18日、映画の舞台となった白鷹町で受賞記念の催しが開かれました。その席で名画にナレーションを務めていただいた長谷川勝彦さんに、三浦哲郎の小説「沈丁花」を読んでいただきました。朗読もすごいし小説もすごい。一読されることをお勧めします。(大野和興)
長谷川勝彦さんは元NHKのアナウンサーだった人で、幾多のNHKアナウンサーの中で朗読の第一人者といわれた達人です。18日も見事な語りを聞かせていただきました。
「忍ぶ川」で1961年に芥川賞を受賞した三浦哲郎は短編の名手で、ふるさと青森県南部地方の農や暮らし、風土を描いた作品がいくつもあります。「沈丁花」は1974年に刊行された短編集『野』に収録された作品で、東北各地からの出稼ぎ農民が暮らす東京の飯場を舞台にした小説です。
時は70年代初頭、敗戦からすでに25年が過ぎ、60年代から始まった経済の高度成長の結果、分厚い中間層が出現、日本は豊かな国の仲間入りを果たしていました。そうした時代に取り残され、故郷を離れて汗くさいせんべい布団にくるまり雑魚寝する男たち。その中に戦時中兵隊にとられ、軍隊生活を経験した初老の男が混じっていました。飯場という閉鎖されたで交差する戦前と戦後、都市と農村、豊かさの中の貧しさ。
沈丁花の花がにおい出した春先、夜中にものすごい怒鳴り声が飯場に響き渡ります。みんな日中の力仕事で疲れ果て、熟睡していたのですが、びっくりして目を覚ましてしまいます。その日を境に夜中の怒鳴り声は連日続き、しかも日ごとに過激さをます。
たまりかねて犯人さがしが始まり、青森から出稼ぎに来ている初老のやせた小男が浮かび上がる。やがて明らかになるんは、その男は軍隊経験者で、上官からいびられ、ひどい目に遭った経験がある、ということです。なにかの拍子にその経験が夢に出てきて、積もり積もった恨みが噴き出してしまうのです。
自分の過激な寝言が皆の眠りを妨げ、仕事にも差支えが出ていることを気にした男は、夜眠るまいと努力し、ついには彼自身が消耗し、ある日、工事現場であっさり死んでしまう。
仲間みんなでささやかに彼を送り、夜、寝床に入るのですが、みんな眠れない。夜中、寝言の犯人を探すために仕掛けた録音を取り出し、皆で聞く。まるで生きているような怒鳴り声が再現される。
それを聞いてみんな、なんとなく安心したような、穏やかな気持ちになり、布団にもぐり込んで、眠りにつく。世の中の動きについていけない者同士のそこはかとない共感とも、いたわり合いともいえる空気が飯場に拡がったようすが小説の最後に満ちて、話は終わります。
長谷川勝彦さんの朗読は見事にその空気の漂いを表現していました。
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