2024年04月02日09時58分掲載
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NHKスペシャル「戦後最大の謎―下山事件」が解明された 宇崎 真
NHKスペシャル 未解決事件 File 10 「下山事件」1部(80分)2部(55分)が一昨日(2024.3.30) 放送された。戦後最大の謎といわれてきた「下山事件」(1947.7.6)の真相が75年経って明らかにされた。同日に一つのテーマで「NHKスペシャル」が二度放送される例はこれまでにあっただろうか。間違いなく異例中の異例だろう。観終わって実に重い感銘を味わった。これは国民のなかに広く普及してよい力作であり、とりわけ報道メディアの人間にとっては必見の作品といえよう。
長く存在があるとされながら、事件の解明とともに永久に世に出ることは無さそうにおもわれた事件の担当検事・布施健(故人、のちに検事総長となりロッキード事件で田中角栄首相を起訴逮捕した)の保管していた極秘文書(15年間にわたる捜査資料700ページ)を入手し分析し、長期間にわたる後付け調査を土台にしたドキュメンタリーである。ドラマ仕立てにしているが、番組でも断っているようにあくまで客観的な証拠資料、証言に基づいた
作品となっている。
事件が世を揺るがし謎だらけであっただけにこの事件を扱った記事、ルポ、小説は多い。そもそも自殺か他殺かも結論は出ず、当時の警視庁捜査一課は自殺説、二課は他殺説と別れたが早くも1949年末に解明しないまま田中栄一警視総監の通達で「捜査打ち切り」となった。東京地検の布施健担当検事はその後も公訴時効成立の1964年まで捜査活動を続けた。その内10年間は秘密裏に捜査継続し丹念に記録していった。事件の謎に挑む記者(読売新聞槍水記者、朝日新聞矢田記者)の姿も描かれている。
事件の真犯人は対日占領期のGHQ、CIC(対敵諜報部隊)、キャノン機関であり、殺人実行部隊は旧日本軍諜報部隊のメンバー(関東軍の特務将校や中野学校関係者など)であったことが明らかにされる。またそこに至る捜査過程でソ連抑留中にソ連側スパイとなった韓国人・李中煥はアメリカ諜報機関員でもあったという「二重スパイ」が登場する。日本政府は「事件は他殺によるもので、犯人は韓国人であった」(サンフランシスコ講和条約締結のさいの吉田茂首相の説明)という線で米国関与を封印した。
敗戦後の動乱期、米ソ対立、朝鮮戦争 (1950.6.25―)の時代にいかにして日本が米国に色濃く従属していったのか、そのなかで旧日本軍の侵略戦争で暗躍した児玉誉士夫や中野学校出身者らも登場する。とりわけ他殺を証拠立てる科学的証拠、つまり切断された腕から生体反応が無かった―下山定則国鉄総裁は血液を大量に抜かれ殺害された後で線路に運ばれ「轢断」された─という事実、そしてその殺人行為は米国の日本の左傾阻止、対ソ戦略のもとに発生した大掛かりな謀略的殺人事件であったことが示される。この事件は日本の進路に甚大な影響を及ぼし、国鉄労働者の大量解雇、国民の共産主義離れ、米国への従属体制、
朝鮮戦争時の日本国土の兵站化が突き進んでいった。
筆者は昭和史に顧みて学ぶことが己の生き方の指標となると常々考えているのだが、この番組を観て痛感した二点を記してみたい。
一つに、民主主義を形づくる三権の委託をうけた機関の構成員が記録を残す決定的な重要性についてである。今回はのちに首相をも法治国家の原則(法の下の平等)で逮捕する決断を下した検事がいたからこそ解明できた巨大な謎であった。また米国の公文書保存と公開の原則があったからこそでもある。これは近代国家、民主主義国家の原則中の原則である。
それを踏まえると我が国の現状はいかばかりか。証拠隠滅、虚偽証言がまかり通っているではないか。
二つに、この事件の謎に挑むジャーナリストの長期にわたる調査報道の努力が描かれている。この番組に登場する朝日新聞の矢田喜美雄記者が事件現場でルミナール反応で血痕検出を試み「他殺説」を主張する場面があり、布施検事の「科学的証拠の積み重ねが人権を守る」という言葉が紹介されている。また新聞が日本軍の侵略戦争を鼓舞したことへの反省を声高に叫ぶ場面も出てくる。そこでは咄嗟にジャーナリズムは権力の番犬ならぬ「飼い犬」になりがちな現状への憂慮をしまったのであるが、見続けるにつれてこの作品はぐいぐいと惹きつける力があったし、大きな予算と人材を擁するNHKならではの仕事であり業績だなと感じた。この種の骨太な問題提起の番組を今後も期待したいと切に願う次第である。
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