2024年05月03日13時36分掲載
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農と食
食料・農業・農村基本法改定の意味を問う(下) 食料版”新しい戦前”か
ではいざというとき食料が不足したらどうするか。実は基本法改正案では「国内自給率向上」については主要対策から外され、目標数字を定めていません。もっとも、一貫して下がり続けてきた食料自給率に対し、政府は現行基本法では目標値を設定してきたが、同法が施行された25年間、一度も達成したことはありません。自給率目標といってもお経みたいなものなので、はずした方がすっきりするのかも知れません。いずれにしても政府は自給を重視していない。ではいざ緊急事態で食料不足が発生したときはどうするのか。(大野和興)
◆「食料供給困難事態対策法案」とは
ここで基本法改定案と抱き合わせで提案された「食料供給困難事態対策法案」が登場します。これは、本名を隠した「戦時食糧法」と言い換えてもよい代物です。
この法案でいう「食料供給困難事態」とは「特定の食料の供給が大幅に不足し、または不足するおそれが高いため、国民生活の安定又は国民経済の円滑な運営に支障が生じたと認められる事態」を指します。「特定の食料」とはコメ、小麦、大豆、植物油脂原料、畜産物。そうした事態が発生したときは、内閣総理大臣を長とし、全閣僚を構成員とする対策本部が官邸に置かれる。
対策本部は農民に対しては、花や果物など腹の足しにならないものなんか作らないでコメ、小麦、大豆を作れと指示出来る。同時に商社に対しては輸入の促進、国内販売業者には出荷・販売の調整を指示できる。最終的に、食料に関しては生産から販売まで国家管理のもとにおかれることになります。
これにはモデルがあります。アジア太平洋戦争の中で、すべての人的物的資源を戦争遂行にために動員するという目的で「国家騒動員法」が施行されました。1938年(昭和13年)のことです。そのもとで農地や農業生産も国家命令で管理されることになります。
農産物作付け制限・禁止の権限を政府に与える臨時農地等管理令が交付されたのが1941年(昭和16年)。日本がハワイ真珠湾を攻撃、米国に対し戦端をひらいた年です。果樹、花、お茶、桑など腹の足しにならない作物の米、麦、サツマイモなどへの転換が強制されました。
作家田宮虎彦の小説「花」は、農家の努力で花産地として東京市場で名をはせていた房総の村を舞台に、国からの通達で畑の花を引き抜き、種や球根を燃やす花栽培への抑圧が吹き荒れる中で、「非国民」と罵声を浴びせられながら花作りを続ける農婦ハマの静かな抵抗を描いた作品です。事実をもとに綿密な検証を重ねた小説「花」は、1989年に堀川弘通監督によって「花物語」というタイトルで映画化されます。筆者も運営委員を務める国際有機農業映画祭は苦労してフィルムを探し当て、23年12月2日、第17回国際有機農業映画祭で東京都内で上映することが出来ました。今年11月には新潟の農民グループが主宰している上越農業映画祭で上映することが決まっています。
リンゴ産地青森では、1943年3月に新植リンゴ約1000ヘクタールの伐採が県によって勧められ、6月には田んぼの草とりの前にリンゴの袋かけをした船沢村(現在弘前市)が警官隊に襲われ、30人の農民が農業生産統制令違反で検挙されるという出来事がありました。
◆小説「花」と映画「花物語」
そのときの戦時立法がそのまま再現されることになるのが、いま国会審議中の法案「食料供給困難事態対策法案」です。
いまこの国では経済安保法にみられるように、すべての生産・経済活動が戦時を想定して大きく変えられようとしています。農業・食料もその重要な一環に位置づけられているのです。集団的自衛権の行使容認、敵基地攻撃能力の保有、大軍事予算と大軍拡、殺傷武器の輸出解禁と続くこの国の軍事国家化の中で、農も食も軍事体制の中に組み込まれようとしているとみることができます。
台湾有事で中国が攻めてくると自公政権が煽り立て、日本の食料自給率が極端に低いことに結びつけて、「このままでは日本人が飢える」とこの国の最高権威東京大学大学院教授がのたまい、右も左も「食料安保」「食料安保」と連呼しています。
話は冒頭に戻ります。食料自給を強調し、食料安保を叫べば叫ぶほど、農と食は国家に取り込まれ、農民は好きな農業をする自由と権利を、市民は花を愛でる自由と権利を失います。すでに戦前はそこまで来ているのです。
いま、世界の経済は食料を含め網の目のようにつながっています。ウクナイナ戦争によって化学肥料の原料輸送が途絶え、世界各地の農民が化学肥料の高騰と不足に襲われた。日本の農民も大打撃を受けましたが、購買力が低いアフリカやアジア、中南米では死活問題となっています。それぞれの国が食料安保を言い立て、自国だけしか見ない食料自給を掲げて食料生産・市場の閉鎖空間を作り始めたら、飢餓は目に見えない形で一層深刻化することは目に見えています。
貧困研究で1998年にノーベル経済学賞を受けたインドの経済学者アマルティア・センは、飢饉の要因は食料供給不足にあるのではなく、社会構造、具体的には雇用や社会保障、相互扶助のあり方、さらには表現の自由といった人権が保障されているかどうかによる、と広範な実態調査をもとに提起しました。つづけて彼は貧困と飢餓を解消するには、公衆のための公共政策と公衆自身による公共行動が必要であると述べています。
このセンの説に従うならば、食料問題で私たちがいまやらなければならないのは、国家が食料を管理する途を切り開く食料安保ではなく、軍事拡大・戦争国家化への途に立ちふさがり、戦争をしない・させない運動、センがいう公共行動に参加することではないかと考えます。
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