2024年08月15日10時20分掲載  無料記事
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反戦・平和

米日比首脳会談はフィリピンの民衆に何をもたらすのか 大橋成子(「ピープルズ・プラン研究所」運営委員)

 ※以下、市民の意見203号(2024年6月発行)から転載したものです。 
 
 今年4月、フィリピンは異常な猛暑に見舞われた。例年この時期は平均気温が30℃半ばまで上がる一年で最も暑い季節だが、今年は暑さ指数が40度を超え、ルソン島中部では体感温度が47℃まで上昇したという。 
この記録的猛暑を受けて、全国数千以上の公立学校ですべての授業が2日間休止され、360万人の児童たちに大きな影響が出た。教育予算が少ない理由から、ほとんどの公立学校には冷房が完備されていない。リモート授業が推奨されたが、国内にはネット環境にアクセスできない地域や家庭はごまんとある。 
 
〈米比合同演習に自衛隊がオブザーバー参加〉 
 
猛暑の被害はそれだけではなかった。ルソン島北部では、水位が50メートルも下がり干上がったダムの底から300年前に建てられたという教会などの遺構が出現した。そこは戒厳令下の70年代、「開発独裁」と呼ばれた前マルコス政権時に日本の政府開発援助(ODA)によるダム建設で水没した街だった。 
異常気象による電力不足、水不足で日常生活に大きな支障が出た最中、多額の資金を使った米比軍事合同演習バリカタン24が、4月22日からパラワン島・ルソン島を中心に展開された。パラワン島は南沙諸島が続く南シナ海に面し、ルソン島の基地は台湾からわずか400キロに位置する。報道によれば、過去最大規模となる17,600人が参加し、日本の航空自衛隊は今回初めてオブザーバーとして参加した。 
 
〈米日比3か国共同声明:インド太平洋を視野に入れた経済協力と軍事力拡大〉 
 
合同演習に先がけ、ワシントンで開催された米日比首脳会談で「共同ビジョン声明」が発表された。(4月11日) 
かなり長文の声明は、「我々3か国はインド太平洋地域において、永続的かつ包括的な経済成長及び強靭性を促進することを決意する」という文章で始まり、同地域への「経済援助の強化」と「軍事協力の拡大」の重要性について繰り返し述べている。 
 
1 軍事面では、「南シナ海での中国による危険かつ攻撃的な行動に断固反対する」とした上で、インド太平洋を視野に入れた軍事力拡大を強調。さらに「2024年のインド太平洋でのパトロールには、フィリピン沿岸警備隊及び日本の海上保安庁を米国沿岸警備隊の船舶に迎え3か国間の合同訓練を実施する。また、オーストラリア、韓国との防衛協力を拡大し、来年のバリカタン25を準備する」と、具体的な予定にも触れている。 
 
2 経済協力については、「米日比3か国は、インド太平洋における最初のグローバル・インフラ・投資パートナーシップ(IPEF)の経済回廊づくりに連携し、その一部としてフィリピンの「ルソン回廊」を立ち上げる」と発表した。これは、スービック、クラーク、マニラ、バタンガス港間を連結させる構想で、「鉄道・港湾の近代化、クリーンエネルギー・重要鉱物・半導体サプライチェーンの展開など、影響の大きなインフラプロジェクトへの投資を加速させる」としている。この巨大プロジェクトに向けて、日本の政府開発援助及び民間部門の投資は、昨年の6,000億円を大きく上回るとみられている。(共同ニュース 2024年5月3日) 
 
筆者が同紙(23年8月号)に掲載した、「台湾有事」と日米によるフィリピン再軍事化の動きは、今年になってさらに加速した。ODAとは別に、日本政府が無償資金協力を「同志国」の軍事活動に提供する「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を創設してちょうど一年。自衛隊は南シナ海どころかインド太平洋の領域まで進出する道筋が着々と作られている。 
 
〈砂上の楼閣〉 
 
しかし、これほどの軍事増強と巨大プロジェクトを受け止めることができる素地や体力、体制をフィリピンはどれほど持ちえているのか、大きな疑問が残る。 
そもそもフィリピンの軍隊は、共産主義を掲げる新人民軍やイスラム分離独立運動など、国内の反乱鎮圧を目的に組織されてきた。過去の米比合同演習も、23年前アメリカで起きた911事件を契機に、国内のイスラム武装勢力の一掃を図ることに集中してきたため、対ゲリラ戦に強い陸軍が主流となり、海・空軍の戦力はかなり脆弱であることを軍事専門家たちは指摘している。 
 
経済面では、世界銀行や投資家たちが注目するように、コロナ禍前後でも国内総生産(GDP)は平均7%という、東南アジアではベトナムに次いで2番目に高い成長率が続いてきた。しかしこの「成長」を牽引している主な要因からは、あまりにも脆い「砂上の楼閣」のような実態が見えてくる。 
 
1 1200万人(国民の10人に1人)の海外フィリピン人からの送金。2021年最高総額4兆円に。(GDPに占める割合は8.9%) 
2 海外送金による個人消費の拡大と不動産ブーム。新興住宅街・コンドミニアム・商業施設の建設ラッシュ。 
3 中国政府の投資拡大。(前大統領ドゥテルテ時代から顕著)国家プロジェクト「ビルド!ビルド!ビルド!」によって、公共事業以外に中国資本のチャイナモール、カジノホテル、中国人ユーザー向けのオンライン課金ゲームの拠点施設が乱立。(中国内で賭博は禁止されているため) 
4 ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)の台頭。欧米資本のコールセンターやIT産業のバックオフィス、医療情報管理(カナダ・米国の電子カルテ作成)、日本アニメ(ドラゴンボール・ワンピース等)の作業工程の70%を日本のコストの30%で仕上げる等、国際的下請け業の拡大。 
 
国内総生産(GDP)の60%がサービス業といわれ、製造業の発展はほとんど見られない。フィリピンの平均年齢はわずか24歳。英語が達者な非正規雇用の若い労働力と海外から流れる巨額なマネーが経済成長を押し上げてきた。 
 
〈追い付かないインフラ整備〉 
 
一方、急激な成長に道路や鉄道、水・電力供給などインフラ整備が追い付いていないのも事実だ。 
「ルソン回廊」構想では、30年前に撤去された米軍基地スービックとクラークが再浮上した。撤去後、両地区は関税ゼロの経済特別区に転換され、スービックには、前述したような中国の賭博ビジネスが進出し、クラークは韓国のIT企業が軒を並べている。 
しかし、ルソン島を縦断する「回廊」を繋ぐ鉄道や電車はこれまで皆無で、マニラ・クラーク間の飛行ルート以外は、自動車・トラック・バスしか交通手段はない。しかも高速道路は入り組んでおり、慢性的な渋滞は今も昔もフィリピン名物のひとつになっている。 
 
〈汚職の温床に流れる巨大な資金援助〉 
 
フィリピンの進歩的なオピニオン・リーダーで知られウォールデン・ベロー氏は、米国の国際ニュース「デモクラシー・ナウ(24年4月12日)」のインタビューの一部で以下のように語っている。 
「マルコス大統領は、国防と外交政策を実質的に米国に委託している。しかし私がこの際言っておきたいのは、マルコスはフィリピンの国益をほとんど考えていないということだ。彼の主な関心事は、米国や米国の同盟国に隠されているマルコス家の100億ドル相当(約1兆円)の財産を守ることだ。つまり、マルコス一族による米国との同盟は、実のところ個人的な経済的利益のために推進されているのである。」 
対米政策を巡っては、フィリピン政界は決して一枚岩ではない。昔は盟友であったマルコス家とドゥテルテ家は、米国か中国かで対立し、副大統領サラ・ドゥテルテ(前大統領の長女)は政界内の味方を動員して、急速に米国寄りしたマルコス大統領の政策にことごとく反発している。人々は連日メディアに流される報道を、国益を通り超した政治家の利権や思惑が渦巻く茶番劇だと冷静に観ている。 
 
〈恩恵はどこへ?〉 
 
政財界の伝統的・構造的な汚職の温床を残したまま、今後巨大な資金がフィリピンに流れ込む。それは日銭を稼ぐのに必死な民衆にとって何を意味するのだろう?かつての「開発独裁」による犠牲が再び繰り返されるのだろうか? 
3か国共同声明に盛り込まれた「重要鉱物の安定供給」の一環として、早速、電気自動車(EV)のバッテリーに不可欠なニッケルの開発が日・米によって促進されている。フィリピンは世界第2位のニッケル産出国。だが問題は、天然資源や鉱山は必ずと言っていいほど先住民族が生きる地域に集中しており、乱開発によってこれまでも多くの部族が先祖代々の土地を追われてきた。 
巨大プロジェクトで富を得る人間がいる一方、フィリピン人の肩には年々累積する対外債務が重くのしかかっている。加速する日米の経済・軍事援助は、蒸し暑い教室に押し込まれる児童たちを含め、どのような恩恵を人びとに与えてくれるのだろうか? 
 
参考資料:『自衛隊は何をしているのか』第54号(2024年5月2日) 
発行:同編集委員会 p3cp1@yahoo.co.jp 


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