2024年10月01日00時00分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=202410010000312

中国

中国民族主義の危険性     Chuang Liang 翻訳:稲垣豊

 中国・深センの日本人学校の付近で、日本国籍の児童が登校途中に刃物で襲われ、死亡するという事件がありました。日中双方の市民社会に衝撃を与えたこの事件を軸に、中国社会の状況を考察し、習近平体制下の中国ナショナリズムのいまとこれからを分析した論文が、亡命香港知識人・民主活動家らで構成されている言論プラットホーム「無國界社運 Borderless movement」で発表されました。市民運動グループATTACJapanの稲垣豊さんの翻訳で紹介します。(大野和興) 
 
中国民族主義の危険性     Chuang Liang 翻訳:稲垣豊 
 
原文:無國界社運 Borderless movement 
https://borderless-hk.com/2024/09/26/%e4%b8%ad%e5%9c%8b%e6%b0%91%e6%97%8f%e4%b8%bb%e7%be%a9-2024/ 
 
 9月18日、深センの日本人学校の付近で、10歳の日本国籍の児童が登校途中に鋭利な刃物で襲われ、病院に搬送されたが死亡した [1]。中国の社会や公式報道で伝えられるナショナリズム的な言説では、9月18日という日は「民族の屈辱」や「抗日運動」に関連付けて考えられることから[2]、犯行動機に関する公式発表がなくても、しばらくは「反日による襲撃」という議論がとびかった[3]。 
 
  今世紀初頭、私が在学していた中学校の図書館の掲示板には、日本製品ボイコットを呼びかける大字報〔手書きのポスター〕が貼られていたのを覚えている。こんな目を引くようなスローガンが書かれていた。「今あなたが日本製品に1元使うごとに、わが同胞を撃ち殺す一発の弾丸になる!」 
 
 当時10代の私は、この種のプロパガンダに興奮したが、それも長くは続かなかった。学校では誰もボイコットを真剣に受け止めてはいなかったし、ソニーのウォークマンは当時も垂涎の的だったからだ。一般的に言って、「中国製品しか買わない」という原則を厳守する学生は、同級生からも変わり者とみられていた。当時公開されたドキュメント映画『青年☆趙』〔原題:少年☆小趙〕に描かれた、通りすがりの人々が主人公に対して向けるのとほぼ同じ目で見られていた[4]。 
 
 しかし、当時の反日宣伝は、同胞の団結を固めるという聞こえの良い効果を発揮しただけではなかった。しばらくして同胞に撃ち込まれたのは日本人の銃弾ではなく、別の同胞が振り上げたU字型錠の一撃であり、被害者は半身不随になった。[5] 
 
 21世紀になってから20年以上が経った今日、状況はどのように変化しているのか。 
 
 私は最近、興味深いことを発見した。よく知られるように、日本ではバブル期にぜいたく品を大量に消費したことから、膨大な中古品ストックを抱えている。近年では、日本から高価な宝飾品だけでなく、日曜雑貨(およびその他の商品)を仕入れて中国で販売することがビジネスとして成立している。特に、コロナの蔓延中は、ほとんどのオフラインのビジネスが苦境に立たされたため、「日本から逆輸入」した商品のオンライン販売はさらに人気を集めている。中国の消費者は、その商品を日本人が所有して、使用していたものだと知っていても大好きなのだ。わずか30元〔1元は約20円〕のバーバリーのアクセサリーや200元の天然真珠のネックレスを、いったい誰が拒否できるだろう。この不況下においては、学生、主婦、失業中の若者たちがこれらのアイテムを仕入れ、TikTok、閑魚〔アリババグループ傘下のフリマアプリ〕、ウィーチャットなどのアプリを使って売りさばき、少しでも収入を増やそうとしている。 
 
 一方、現在の反日的な社会の雰囲気は20年前とは比べものにならないほど恐ろしく、インターネットの力は大字報よりもはるかに強力だ。例えば、フェニックス〔鳳凰網、中国の総合ニュースのポータルサイト〕は最近、中国の日本人学校に対するインターネット上の馬鹿げたプロパガンダを批判的に紹介する短い映像ニュースを報じたのだが [6]、そのニュースにつけられたコメントで「いいね!」を最も多く獲得したのは「じゃあ日本人学校では何を教えているのか」と「学校を取り壊せ」だった。 
 
 どうやら中国人には2つの顔があるようだ。ひとつは、民族主義的な大言壮語を語るのが好きな顔。もうひとつは、そうした大言壮語や態度が物質的な利益を追求する足かせにならないという顔だ。近年では、韓国のスーパーマーケットやアメリカのブランド、フランスの企業などに対するボイコットなど、数々のドタバタ劇があったが、どれも数ヶ月後には静かになった。 
 
 しかし、市井の中国人を愚かで「殺人の共犯者」だと非難したとしても、ひとつ忘れてはならないことがある。それは、中国ではインターネット上で卓球の五輪メダリスト[7]や〔国境警備で死傷した〕愛国的殉教者 [8]を侮辱すると、逮捕され有罪判決を受けるということである。この国家的「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正しさ)の遵守もまた、人々が恐怖によって形成した本能なのである。 
 
 Twitter(X)で注目を集めるアカウント「李老師」は、中国共産党のインターネットの検閲業務に従事したことのある技術者とのインタビューを発表した。この人物によると、これまで相当の長期にわたり、人種、国籍、性別などに関するインターネット上の差別的投稿は公に黙認され、時には党が指導してきたことを明らかにした。[9] 
 
 世界中の、そして歴史上の多くの政権と同様に、中国共産党政権はナショナリズムを煽ることでその支配を強化しようとしている。外部に敵をつくることで、中国人民が中国共産党の保護を必要としていることを証明しようとし、軍艦や高性能ステルス戦闘機、核兵器の大増産を正当化しようとしている。これは『動物農場』の構図とおなじである。つまり〔中国が動物農場であり、〕アメリカ帝国主義者、日本軍国主義者、台湾分裂主義者が人間の農場という構図である。〔ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』は、動物農場の支配者である豚が、敵であるはずの人間と同じ格好と振る舞いをしているシーンで終わる〕 
 
 しかし、プロパガンダは誰にでも有効なわけではない。深圳の殺人事件を受けて、多くの中国人が文章を発表したり、インターネットで発言したり、事件現場に花を手向けたりするなどして、〔襲撃行為や愛国的雰囲気に〕異議を表明した [10]。しかし、独立した報道機関や世論調査機関が存在しないため、中国における民族主義の実際の状況を科学的に把握することは困難である。そのため、私たちがいま感じている国民感情の行方についての理解は必ずしも正確ではなく、ビッグデータが一部の人々の望むメッセージを送り出しているだけなのかもしれない。 
 
 そして、こうした状況は必ずしも中国共産党の勝利を意味するものとは言えない。 
 
 典型的な民族主義プロパガンダは豊かさと繁栄を約束する。しかし、もしその約束を実現することができなければ、ファナティックな一部の人びとは「裏切られた」と感じて攻撃の矛先を180度変えるかもしれない。2021年、中国共産党創立100周年で習近平は、中国が貧困との戦いに勝利したと語った。だが2024年8月現在、若者の失業率は18.8%に達している[11]。生活のために日本の中古品を売る若者たちの存在は小さな皮肉かもしれないが、より深刻なのは、「義和団の乱」〔ファナティックな愛国主義〕的な憂鬱な雰囲気によって、先進国が中国から投資を撤退し、サプライチェーンを再編し、観光客も中国を避けようとする状況が増えるかもしれない。 
 
 中国共産党は国民がアメリカや日本を憎むことを望んでいる。だが平時において「外国人を殺す」ことを中国共産党が望んでいるわけではない。この極端な事件は、中国社会が絶望に陥っている反応のひとつでもある。外国人の殺害だけでなく、自国民への無差別殺人もはるかに多い[12]。私は、外国人への襲撃は単なる民族的憎悪からではなく、おそらく社会全体の退廃に対する反応であり、その結果、特定の個人が絶望と絶望の状態に陥り、それが人間性の歪みを引き起こし、殺人にまで至るようになったのだと考えている。景気が悪化し続ければ、この混乱と暴力はさらに悪化するだろう。中国共産党政府は明らかに、この絶望的な状況を外部に見せたくないため、こうした殺人が外国人を狙ったものであろうとなかろうと、詳しく報道しないので、表面化しないことが多い。しかし、このように問題を直視しないやり方では、根本的解決は望めない。 
 
 さらに、経済が悪化し続ければ、ファナティックな民族主義者は、習近平が無能なせいだと決めつけるかもしれない。治安部門も資金不足でほころびがでることになると、襲撃の矛先が中国共産党の幹部に向くことになるかもしれない〔コロナ対策やバブル崩壊で地方政府は民間警備に回す資金が枯渇している〕。 
 
 結局のところ、ナショナリズムを高揚させておくのは得策ではないことから、突如、日本産水産物の輸入解禁を決めた(核汚染水の海洋投棄のニュースが近年の反日宣伝の重点になっていた)[13]。日本政府を安心させ、中国の民族主義的感情を冷却化しようとしたのだろう。 
 
 しかし同時に、政府は中国国内のSNSに投稿されたナショナリズム批判や亡くなった日本人児童に対する追悼の書き込みを大量に削除している[14]。これはおそらく、ウルムチ火災の犠牲者に対する国民的追悼が白紙運動を引き起こしたように、ナショナリズム批判が社会的連帯と抵抗の結集軸になるのを防ぐためであろう〔2022年11月24日、コロナのロックダウンにあったウルムチのマンションで発生した火災で住民が死亡し、全国各地で追悼と抗議の「白紙運動」が発生し、強権的なゼロ・コロナ政策が解除された〕。 
 
 最後に強調しておきたいことは、幻滅したナショナリストが街頭に出てナイフで人を殺すことよりもさらに危険なのは、習近平の部下たちが都合の良い民意だけを習近平に伝えることで、ナショナリズムの宣伝は効果的だと習が勘違いしてしまい、誤った判断を下す可能性があるということだ。 
 
 そうなると、かつて西太后が「民意は利用できる」と考え義和団を利用したことで、悲惨な事態に陥ったことと同じ結果を招きかねない。 
 
 最近の例では、プーチンはウクライナ人がキエフでロシアの戦車をロシア国旗で歓迎すると本気で信じていた。 また、中国のインターネットの書き込みでは、人民解放軍が台湾に上陸した翌日には多くの台湾人が中華人民共和国の身分証明書を求めて列をなす、という自己陶酔的なコメントをよく目にする。 
 
 冷静な人間はジョークとインテリジェンスの違いを見分けることができる。だが権力者がそれを見分けられなければ、大変なことになるだろう。 
 
 
[1] 日本学童深圳遇害 仇外教育 义和团幽灵?(RFIラジオ・フランス・アンテルナショナル) 
https://www.rfi.fr/cn/%E4%B8%AD%E5%9B%BD/20240919-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E7%AB%A5%E6%B7%B1%E5%9C%B3%E9%81%87%E5%AE%B3-%E4%BB%87%E5%A4%96%E6%95%99%E8%82%B2-%E4%B9%89%E5%92%8C%E5%9B%A2%E5%B9%BD%E7%81%B5 
 
[2] 为什么说“九一八”是中国抗日战争的起点(新华网) 
http://www.xinhuanet.com//politics/2017-01/16/c_129448102.htm 
 
[3] 深圳日本学童遇袭身亡,中日舆论关注仇恨教育与虚假新闻(端傳媒) 
https://theinitium.com/zh-hans/article/20240923-whatsnew-mainland-japanese-child-attack-shenzhen 
 
[4] 《少年☆小趙》 
中国語字幕版:YouTubeで公開 https://www.youtube.com/watch?v=g-F1ZNBKAbk 
日本語字幕版:山形国際ドキュメンタリー映画祭 https://www.yidff.jp/2015/cat013/15c029.html 
日本語字幕版:アジアンドキュメンタリーズ https://asiandocs.co.jp/contents/208 
 
[5] 2012年西安砸车伤人事件(Wikipedia) 
https://zh.wikipedia.org/wiki/2012%E5%B9%B4%E8%A5%BF%E5%AE%89%E7%A0%B8%E8%BD%A6%E4%BC%A4%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6 
(日本語訳注)2012年9月11日に尖閣諸島を国有化した日本政府(民主党・野田政権)に対して中国全土で抗議行動が広がる中、9月15日に西安でTOYOTAのカローラ(中国製)に乗っていた市民がデモ隊に遭遇、自家用車を破壊しようとした一部のデモ参加者を止めようとして、容疑者が持っていたバイク用のU字型ロックで頭部を強打され意識不明、半身不随の障害が残った。加害者に治療やリハビリの損害費用を支払う能力がないことから政府部門が52万元の補償を支払った。容疑者は当時21歳の河南省からの出稼ぎ瓦工。逮捕され懲役10年の判決。2022年4月1日に満期釈放。被害者は2000年に夫婦で公営企業をリストラされたのち、個人タクシーの運転手を経て中古車販売に転業。この日は息子夫婦と一緒に新居用の内装品の購入のためにカローラで出かけていた。 
 
[6] 是谁在呼吁拆除日本人学校? 大量极端民粹主义内容充斥视频平台(凤凰网) 
https://www.douyin.com/video/7417071283369708815 
 
[7] China's Table Tennis Association backs crackdown on illegal fan circle behavior(xinhua.net) 
https://english.news.cn/20240817/5c7e3ff43b9046d4b3d06e4ff258f16d/c.html 
(日本語の関連ニュース)中国、五輪選手誹謗中傷受け「ファンの違法行為」取り締まり(ロイター) 
https://jp.reuters.com/world/china/7H7KKOATLNNGNFGWJOWSSEKBJ4-2024-08-19/ 
 
[8] Courts step up efforts to protect reputations of heroes, martyrs (chinadaily.com.cn) 
https://subsites.chinadaily.com.cn/supremepeoplescourt/2022-12/09/c_838279.htm 
(日本語の関連ニュース)中国人ブロガー「英雄烈士保護法」で初の起訴──中印国境の戦死者を侮辱した罪(ニューズウィーク) 
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/03/post-95741_1.php 
 
[9] 对话刘力朋:网证网号来了我们该怎么办?我们的个人信息是如何泄露的?塔学真的存在吗?(李老师不是你老师) 
https://www.youtube.com/watch?v=hatVCKjTY30&list=PL6q6LZQfI79jg2CPZoh1tYxJmvmzqey53&index=11 
 
[10] 深圳日本人学校收到超千束献花(日経中文網) 
https://cn.nikkei.com/politicsaeconomy/politicsasociety/56755-2024-09-23-09-20-35.html 
 
[11] 中国8月青年失业率再创新高(华尔街日报中文) 
https://cn.wsj.com/articles/%E4%B8%AD%E5%9B%BD8%E6%9C%88%E9%9D%92%E5%B9%B4%E5%A4%B1%E4%B8%9A%E7%8E%87%E5%86%8D%E5%88%9B%E6%96%B0%E9%AB%98-ebf2fa6c 
 
[12] 中国近日恶性伤人事件频发 令民众担忧(大紀元) 
https://www.epochtimes.com/gb/24/5/21/n14255068.htm 
 
[13] 中国突然解除日本水产禁令日媒称寻找亚洲出路(RFI) 
https://www.rfi.fr/cn/%E4%BA%9A%E6%B4%B2/20240922-%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%AA%81%E7%84%B6%E8%A7%A3%E9%99%A4%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%B4%E4%BA%A7%E7%A6%81%E4%BB%A4%E6%97%A5%E5%AA%92%E7%A7%B0%E5%AF%BB%E6%89%BE%E4%BA%9A%E6%B4%B2%E5%87%BA%E8%B7%AF 
 
[14] 深圳日本学童遇袭身亡,中日舆论关注仇恨教育与虚假新闻(端传媒) 
https://theinitium.com/zh-hans/article/20240923-whatsnew-mainland-japanese-child-attack-shenzhen 
 
 
翻訳:稲垣 豊 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。