2024年12月25日14時13分掲載  無料記事
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市民活動

「長生炭鉱遺骨調査・返還事業」 潜水調査で遺骨収集の展望が開ける 国会では政府追及の動き

 戦時下に起きた「長生炭鉱水没事故」犠牲者の遺骨調査・返還事業に関して、市民団体の「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」(以下、「刻む会」)が進める遺骨調査に動きが出ている。この動きに伴い、国会では野党が、遺骨の埋没位置が明らかでないことを理由に遺骨調査に後ろ向きの姿勢でいる政府に対して、「政府として遺骨調査を行うべき」とする主張を強めている。 
 
 1942年2月3日、山口県宇部市の長生炭鉱で起きた水没事故では、183人が生き埋めとなり、そのうちの136人は朝鮮半島出身者であったとされている。戦時下におけるエネルギー資源を確保するため、国策として取り組まれた石炭の採掘作業であるが、水没事故が起きて以降、犠牲者の遺体はそのままで現在も遺骨は水没した坑道内に眠っている。犠牲者の遺族からは、遺骨の回収と返還を求める声も上がっているが、現在に至るまで政府は遺骨調査の実施に応じていない。 
 
 こうした中、独自に遺骨調査・返還事業を進める「刻む会」は、クラウドファンディングで資金を集め、今年10月に82年ぶりに炭鉱の坑口を開け、水中探検家の伊佐治佳孝氏の協力を得て炭鉱内の潜水調査を実施した。この潜水調査を踏まえ、12月11日、「刻む会」やこの問題を国会で取りあげている大椿裕子参議院議員らが開いた記者会見において、伊佐治氏から「遺骨を発見できる可能性は高い」とする報告がなされた。 
 
 会見で伊佐治氏は、「前回の潜水調査で炭鉱内の水がかなり濁っていることが判明したが、手探りで坑口から100メートルから200メートルの場所まで進むことができた。炭鉱内の潜水に適した装備を揃えて調査に臨めば、次は遺骨があると想定される位置まで辿り着けると考えられ、そこで遺骨が見つかる可能性は高いと思っている」などと話した。伊佐治氏は、水中洞窟や沈没船など、いわゆる閉鎖環境での潜水を専門としているダイバーである。記者から、これまでに経験した閉鎖環境での潜水と比較した長生炭鉱における潜水の難易度を問われると、伊佐治氏は「炭鉱内は水深が約30メートルであって私にとってはそれ程難しい深さではない。また、水の透明度が低いことで視界を確保できない難しさはあるが、炭鉱内は一直線であることから、その点は他の水中洞窟と比較しても難易度は低い」などと回答し、次回の潜水調査で更に先に進む可能性を示した。 
 
 「長生炭鉱水没事故」犠牲者の遺骨調査・返還事業は、戦時下において多くの朝鮮半島出身労働者が犠牲となったことで、政府の対応が注目されている。それに関連して会見で伊佐治氏は、「朝鮮半島出身者に関わらずどこの国の出身者であろうと、遺骨が回収される目処が立たないまま炭鉱に残されていることに悲しみを感じている。私が潜水調査に参加することで遺骨の回収そのものに繋がる可能性があるし、世間にこの状況を知ってもらうことで遺骨収集に繋がる動きが出てくるのではないかと考えている」などと述べ、潜水調査に参加する思いを語った。 
 
 「刻む会」の上田慶司事務局長は、今後の遺骨調査を進める上で、その安全性を確保するために坑道の補強工事が不可欠あること、また、遺骨を発見した後には遺族を特定するためにDNA鑑定を行うことを報告。同会はそれらに必要な費用を集めるため、12月10日から目標額を600万円に定めた第2クラウドファンディングを開始している。上田氏は、「来年は日韓国交正常化60周年である。節目の年でもある2025年を必ず遺骨返還の年にしたいと思っている」と遺族に対する遺骨返還の意気込みを述べた。 
 
 「刻む会」による遺骨調査が進められる中、国会では12月4日に共産党の小池晃参議院議員が、また、19日には社民党の福島瑞穂及び大椿裕子参議院議員がそれぞれ長生炭鉱の問題を扱い、「刻む会」の取り組み状況を報告しつつ、政府として遺骨調査に乗り出すよう求めた。しかし、これに対しても政府側は遺骨の埋没位置が不明であることを理由に上げて発掘は困難であると答弁している。 
 
 12月11日の会見には、社民党、共産党及び立憲民主党の国会議員が出席し、社民党の福島瑞穂参議院議員は「遺骨調査に向けた動きが進展しないのは、事故後に誰も炭鉱内に入ったことがないことから調査のリスクを判断できなかったからだ。伊佐治さんが潜水調査を行ったことで、政府が調査に乗り出さない理由が解消しつつある」と発言し、国会で超党派を構成してこの問題に取り組む必要性を訴えた。また、共産党の小池晃参議院議員は、「潜水調査で遺骨の埋没位置が明らかになれば政府は調査しない理由がなくなり、超党派で政府を追及できれば何らかの動きが出てくると考えられる。これは民間の市民団体に任せておくべき問題ではなく、国が全責任を持って遺骨収集作業に取りかかる必要がある」と強く主張した。 
 
 会見に出席した遺族の鄭歩美さんは「関係省庁の立場も色々とあると思うが、何とか力を貸してもらいたいと思っている。もし、それができないのであれば、遺族が納得できる説明をしてもらうなど誠意ある対応を期待している」と悲痛な思いを語った。 
 
 伊佐治氏が協力する潜水調査は今後も引き続き実施され、次回の調査は来年1月31日から2月2日の予定である。潜水調査の結果によっては、政府もいよいよ重い腰を上げて遺骨の収集・返還事業について何らかのアクションを起こさざるを得なくなるだろう。取り組まない理由を示すのは終わりにして、政府として犠牲者及び遺族に対し、誠実な対応をとるべきではないか。今後の動向に注目したい。 
 
【「刻む会」ホームページ】 
https://www.chouseitankou.com/ 
 
【「刻む会」クラウドファンディング】 
https://for-good.net/project/1001424 


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