2025年03月11日13時21分掲載
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農と食
おこめとおくに その1 『窮乏の農村』を読む
本の山をかき回して猪俣津南雄の『窮乏の農村』を掘り出し、読み返しています。世界恐慌に端を発した昭和恐慌下の農村を青森から岡山まで歩いた踏査報告です。高名な戦闘的マルクス経済学者は優れたジャーナリストでもあったことを改めて思ったりもしています。(大野和興)
現在、この国の農業はあらゆる分野で不振をきわめていることはご承知の通りです。ちまたでは”令和の百姓一揆”が呼びかけられ、注目を集めています。そんな中でなぜ今『窮乏の農村』なのか。困窮のどん底にあった恐慌下の農村の背後で何が起こっていたのか、対地主との闘争で鍛えぬかれた農民運動の行方は、国家はどう動いたのか。つかの間の大正デモクラシーの時代から昭和恐慌を経て軍国主義とファシズムに急速に傾いたあの時代を知りたいと考えました
この3月30日に「令和の百姓一揆」の本番であるトラクターデモが都内で行われます。2月18日には衆議院会館でその前哨戦ともいえる院内集会がもたれました。会場がいっぱいで入れなかったので、オンラインで参加しました。電波越しですが、会場にはある種の熱気が漂っていることが感じられました。
この令和の百姓一揆にはたくさんの古い友人がかかわっています。私自身も現在のこの国の農業の危機的状況については思いを共有しており、30日のデモには歩いて参加するつもりでいます。その上である種のぼんやりした不安を覚えことを報告しなければなりません。
それは、あいさつに駆けつけた野党各党の国会議員、主宰側、参加者の発言のなかに、農業危機を日本の危機と重ねて論じる発言が散見されたことです。日本(ニッポン)、日本人という発言が耳に残りました。例えばこんな文脈です。
農業が危機にあるー農民がいなくなったー日本が滅びるー日本を建て直そうー日本人として立つ(大野メモから)
このままでは「国家の罠」に入り込み、国家主義が全面に出てくるのではないかという危惧を覚えました。決して多数の意見ではありませんでしたが、今の農と食の危機に直面して、こういう言説が人々(都市農村を問わず)の間に次第に広がり、人々の意識を作ってくることを私たちは戦前戦中に経験しています。この国では今、政府自らが安全保障危機(戦争危機)を煽り、大軍拡の時代に入っていることは間違いありません。外に敵を作り、その地を攻撃することも自衛権として可能になりました。
その流れの中で、この食料自給率では国民は餓えるしかないという議論が勢いをつけています。世界の国々が自国国民のために「一国自給」を掲げ、障壁を設けて動き出したら、8億人とも10億人といわれる世界の飢餓の人々、食料を手に入れる術のない人々はどうするのか、という視点はそこにありまさせん。
いま世界では排外主義が大きく広がっています。この国も同じです。日本政府は差別的入管制度をさらに強めながら地域での排外主義的外国人排斥行動を容認しています。こういう政策、社会の空気のなかで「農業が潰れる、農村が消える、国の基本は農だろう、このままでは日本が滅びる」といった言説がどう展開していくのか、いま農と食を語ることは、そこまで考えなければならない、ということを18日の集会にオンライン参加しながら考え込んでいるところです。
<個人的感情についての補足>
多分私のこの”嫌な感じ”はそれぞれの個人が生きてきた時代背景を考えないと理解してもらえないのかもしれません。私は1940年、日本がアジアへの侵略として開始した戦争が、真珠湾攻撃としてアジア太平洋戦争へと拡大する前年、つまり戦時の真っ最中に生を受けました。幼児期でしたが、父親は戦場で、防空壕も防空頭巾も避難訓練も灯火管制も空襲警報発令というラジオの声も細胞に埋め込まれて育ちました。住んでいた松山市がB29による爆撃で三分の一焼かれ、そのまま母親の実家がある四国山地の真っ只中の山村に疎開、幼児期から小学校時代を過ごしました。
農村とはいえ、ろくに食い物がない山村では栄養失調という言葉が日常に飛び交い、同じ年頃の乳幼児はちょっとした風邪や下痢で次々と死んで行きました。野坂昭如らの焼け跡闇市派に続く欠食児童世代です。男の子3人を抱えて戦争未亡人となった母親は戦後をのこの時期を髪を振り乱し、血相を変えて過ごした。この時期の母親にはそんな印象しかありません。だから私は国家が大嫌いなのです。細胞にまで国家嫌いが染み込んでいて、理屈ではないのです。
「令和の百姓一揆」をめぐる言説が盛り上がる中でこんなことをいうと孤立することは承知の上で、小さくても声を上げ続けようと思っているところです。
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