2025年04月20日17時03分掲載
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入管
【4/12 公開シンポジウム】国際人権法からみる改定入管法の問題点 「私たち一人一人が人権条約の担い手」 ウィシュマさん死亡事件や仮放免の子どもたちを巡る課題も【入管を変える!弁護士ネットワーク】
出入国管理行政の改善を求める弁護士らでつくる「入管を変える!弁護士ネットワーク」(変えるネット)は12日、名古屋市内で公開シンポジウムを開催した。
シンポジウムでは、国際人権法などを専門とする小坂田裕子さん(中央大学教授)による基調講演が行われ、昨年6月に施行された「補完的保護対象者」認定制度などの内容を含む改定入管法の問題点について語られた。
また、「変えるネット」共同代表の指宿昭一弁護士からは、2021年3月に名古屋入管内で亡くなったスリランカ国籍のウィシュマ・サンダマリさんを巡る国賠訴訟の現状と今後の取り組みについて、共同代表の駒井知会弁護士から「仮放免の子どもたち」を取り巻く課題についてそれぞれ報告された。会場では併せて、仮放免の子どもたちが描いた絵画や作文の展示会が催された。
【小坂田教授が語る 国際人権法からみる改定入管法】
−−「補完的保護対象者」認定制度を巡る問題−−
小坂田さんはこの日、自身とほかの研究者らによる共著「開かれた入管・難民法をめざして 入管法『改正』の問題点」(日本評論社、2024)をベースに、23年6月に改定が行われ昨年6月から施行された入管法(改定入管法)の問題点について講演を行った。
小坂田さんがまず挙げたのは、改定入管法で新たに創設された「補完的保護対象者」認定制度。この制度は、難民条約で定められた「難民」の定義には該当しないものの、難民に準じて保護すべき紛争避難民などを対象に、国が審査を行った上で在留資格を与えるというものだ。
難民条約上の「難民」に該当するためには、「人種、宗教、国籍、特定の社会集団の構成員であること、政治的意見」のいずれかの理由により「迫害を受けるおそれ」があることが必要となる。そのため、紛争や内戦によって逃れてきた人々などは、条約上の「難民」として扱われないケースが多い。
日本では特に偽装難民対策などを背景に厳格な難民審査が行われており、その認定率は世界的に見てもかなり低い数値に抑えられている。日本はこの制度の開始以降、主に戦禍を逃れてきたウクライナ人の避難民などを「補完的保護対象者」として認定し、在留資格を与えて保護している。
小坂田さんはこの制度について、「『保護すべき者を確実に保護する』との改定入管法における基本方針がきちんと守られているのか」と疑問を呈した。
小坂田さんは、「補完的保護対象者」について「条約上の難民には該当しないものの、ノン・ルフールマン原則に基づいて国際的保護の必要性を有する個人に与えられる国内法における地位」であると説明。ノン・ルフールマン原則とは、難民申請者などが出身国において生命や自由が脅威にさらされる恐れがある場合に、その出身国への追放や送還または入国の拒否を禁止するという難民条約などで定められた原則で、今日では国際慣習として確立している。
改定入管法で導入された認定制度も、基本的にこの原則の考え方に基づくものとなっているが、小坂田さんは「この原則は、今では難民条約以外の国際人権条約などに基づいて広がりを見せており、拷問や命の危険があれば ”特に理由を問わずとも” 母国への送還が禁止されるものとなっています。一方、日本の認定制度では依然として『迫害のおそれがある人』との認定要件が課されていて、ほかの国々と比較しても日本の『補完的保護対象者』の定義はかなり狭いものとなっています」と指摘する。
また、この点については国際人権機関からも懸念が示されており、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「日本政府が国際人権文書の下でノン・ルフールマン原則の適用を受ける人々を対象としていない可能性がある」と示している。
出入国在留管理庁は今年3月、令和6年における「補完的保護対象者」の認定数を初めて公表した。認定総数は1,661人で、このうちウクライナ人が1,618人と最も多く、これにシリア人の17人と続く。ウクライナ人の認定数が極端に目立つ状況となっているが、この点について小坂田さんは次のように述べる。
「『迫害のおそれ』の要件があるため、当初、研究者の間では戦禍を逃れてきたウクライナ人たちは認定されないのではないかとの懸念が示されていました。しかし、蓋を開けてみればかなりの人数が保護されている。そのため、この『迫害要件』はかなり恣意的に運用されている可能性があります。また、そもそもウクライナ人などの紛争状況下にある人々は、条約上の難民として捉えることも国際法上は可能です。にもかかわらず、入管庁はこの認定制度にウクライナ語の説明文を加えることで明らかな誘導措置をとっています」
日本において難民と補完的保護対象者はいずれも「定住支援プログラム」を受けられるなど、概ね同程度の待遇を受けることができる。しかし、難民のみ「就職促進のための援助金」が受け取れるなど、細かな点で難民の方がより手厚い支援を受けられる仕組みとなっている。新たな認定制度によって救われた人々がいるのは事実であろうが、彼らが実情に沿った支援を享受できていないのであれば問題だ。
−−送還忌避者を巡る問題−−
改定入管法では「送還停止効の例外規定」というものが新たに導入された。これは難民申請者のうち3回目以降の申請者などについては、たとえ申請手続き中であっても強制送還を可能とするものだ。2004年に入管法が改定された際、難民申請中は申請者の法的地位の安定を図るために強制送還しないとする「送還停止効」が導入された。今回はその例外を設けたということになる。
この例外規定の導入の背景について入管庁は、「難民認定手続中の外国人は、申請の回数や理由等を問わず、また、重大な犯罪を犯した者やテロリスト等であっても、退去させることができません。外国人のごく一部ではあるものの、そのことに着目し、難民申請を繰り返すことによって、退去を回避しようとする人がいます」と説明し、そのような「送還忌避者」は、現在、日本に4,233人いるという(22年12月末時点)。入管庁は今年3月、この例外規定に基づく措置として難民申請中の17人を送還したと発表した。
こうした状況の中、小坂田さんは「この例外規定は問題だ」として次のように述べる。
「日本の難民認定率は各国と比較してもかなり低く推移し、一次審査における認定率はわずか2%程度にとどまっています。この状態では、本来であれば難民として認定されるべき人も送還されてしまう可能性があるのです。実際、難民申請が3回目以上の人が裁判で難民と認められたケースが出てきています。UNHCRなどの国連機関からも、この例外規定がノン・ルフールマン原則に反する恐れがあると指摘されています」
さらに小坂田さんはこう続ける。
「彼らはなぜ送還を忌避するのでしょうか。実際、退去強制となった外国人のほとんどは帰国しており、帰らないのはごくわずかです。その中には、親が迫害を恐れて自国の大使館に出生届を出せずに無国籍となった子どもや親がオーバーステイなどで在留資格を失ったため在留資格を持てない子どもなど、自分には責任のない理由で送還を忌避せざるを得ない人々もいます」
また、この規定には「例外の例外」として、3回目以降の申請者であっても「難民の認定又は補完的保護対象者の認定を行うべき相当の理由がある資料」を提出すれば送還を停止するとの内容が盛り込まれている。
入管庁は3月の発表の際、この資料の提出に基づき送還計画を停止したケースが1件あったと明らかにしたが、日本という島国にいながら、迫害の恐れがある国に存在する証拠資料を集められる人々は果たしてどれほどいるのだろうか。
−−収容を巡る問題−−
このほか、改定入管法では「不必要な収容はせず、収容する場合には適正な処遇を実施する」との基本方針の下、収容に代わる「監理措置制度」や「被収容者の健康及び処遇改善」に関する規定が新たに導入された。個別の規定については後述するとして、まずは従来の入管法の収容制度について見ていきたい。
従来の入管法では、退去すべきことが確定した外国人は原則として収容する「全件収容主義」が取られてきた。また、退去強制令書が発布されて以降になされる収容では、期間の上限が定められておらず、法的には ”無期限の収容” が可能となっていた。
この点について、小坂田さんは「入管の全件収容は、逃亡の可能性などを個別審査することなく行われてきましたが、これに対して様々な国連人権機関が批判を行なっています。例えば、自由権規約委員会は2014年に『収容は合理性、必要性、比例性などがあるとして正当性がなければならず、逃亡の個別的蓋然性などの特別な理由がない場合には恣意的な拘禁になる』などと指摘しており、全件収容主義は認められないとしています」と説明する。
収容の長期化は、しばしば被収容者の健康上の問題やハンガーストライキの原因となり、彼らを肉体的にも精神的にも苦しめてきた。そのような場合、入管は一時的に収容を解く「仮放免」の措置で対応してきたが、これでは被収容者の逃亡を防止する手段がないとして新たに導入したのが「監理措置制度」である。
この制度について入管庁は、「監理人による管理の下、逃亡等を防止しつつ、相当期間にわたり、社会内での生活を許容しながら、収容しないで退去強制手続を進める措置」と説明している。
監理措置を受ける外国人(被監理者)は「仮放免」と同様、制約を課された上ではあるものの収容施設の外で生活を送ることができる。ただ、大きな違いは常に監理人の監理の下での生活を余儀なくされる点だ。
被監理者には住居や行動の制限のほか、入管庁への出頭義務やその他の条件が付されるが、監理人は被監理者がこれらに違反している場合に入管庁へ報告しなければならない。仮にこの報告義務を怠った場合、監理人には行政罰が科されることとなる。
入管庁は監理人になることが可能な者として親族や知人、支援者などを挙げるが、支援関係者からは「支援する外国人との間でこれまで積み上げてきた信頼関係が破壊される」などの意見が出ている。
小坂田さんはこれらの問題について次のように述べる。
「監理措置制度ができたとしても、監理人が見つからなければ結局収容が優先されることになります。これで全件収容主義が改められたと言えるのでしょうか。また、改定入管法ではウィシュマさん死亡事件を背景に、収容施設における医療体制や被収容者の処遇の改善に関する規定が導入されましたが、収容を巡る様々な問題を医療体制の問題として矮小化することは許されることではありません。改定入管法は法案の段階から『収容は最終手段であるべきとする規定が導入されていない』『国際人権基準を下回る』などと国際的な批判を浴びてきました。身体の自由は全ての人権の中でも基本中の基本であり、この制限には特に慎重であるべきことが国際人権法では求められています」
−−私たちの存在意義−−
改定入管法は、国内の市民団体による反対の声や国際人権機関からの要請があったにもかかわらず、与党の賛成多数で可決された。
小坂田さんは「国家の中枢を担う国会議員や公務員などは、国際人権法を法的拘束力がないもの、あるいは守る必要がないものとして軽んじる傾向にあります。彼らに対する研修制度や国連人権機関からの勧告を社会に広げていくための独立した人権機関の創設が必要です」と述べる。
では、こうした状況の中で市民の声や国際人権法の存在はどのような意義をもつのだろうか。小坂田さんは次のように述べて講演を締め括った。
「確かに人権条約などが策定される際、我々はその内容に関与することはありません。ただ、それらの条約の概念は固定的なものではなく、我々が社会の中で生きていく実践と対話の中で絶えず具体化されていくものです。つまり、私たち一人一人が『人権条約の法』の担い手なのであり、諦めずに働きかけ続ける限り、国際人権法は意味を持ち続けるのです」
【指宿昭一弁護士からの報告 ウィシュマさん死亡事件を巡る動き】
小坂田さんの講演の後、指宿弁護士からウィシュマさん死亡事件の国賠訴訟に関する報告が行われた。
21年3月に名古屋入管で収容中に亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの遺族が国を相手取り、約1億5000万円の損害賠償を求める裁判を起こしてから3年が経過した。
今月23日には第17回、6月4日には第18回の口頭弁論が名古屋地裁で開かれる。2月に開かれた第16回では、原告側から事件の立証ポイントに関する意見が示された。今後は、被告(国)と裁判所からもそれぞれポイントが示される予定で、これが定まれば証人尋問に移行する見込みだという。
指宿弁護士は事件について次のように述べる。
「これまでにも入管の責任が強く疑われる死亡事件は起きていたが、ウィシュマさんの事件は特に社会に対して大きな衝撃を与えた。また、ウィシュマさんの遺族が勇気をもって顔を出し声を上げたことで、日本の入管が人権を無視し、被収容者の命すら顧みない組織であることが強く印象付けられた。当時、ウィシュマさんが低栄養と脱水状態にあったことは明らかで、本人が点滴を求めていたにもかかわらず入管側はこれを怠った。少なくとも入管の対応には過失があったはずで、そこに責任を負わないはずがない。この間、裁判官が一斉に交代するなど心配な状況もあったが、中身から言って負けるはずのない訴訟だと考えている」
この裁判で遺族は国側に対し、ウィシュマさんの収容中の様子を映した295時間分のビデオ映像の提出を求めてきたが、国側が提出したのは5時間分のみにとどまってる。こうした中、遺族は2月、名古屋入管に対して個人情報の開示請求を行い映像の開示を求めたが、名古屋入管はこれを拒否。全部不開示とする決定を3月、遺族に通知した。遺族はこれに対し、不開示決定の取消しを求める行政訴訟を新たに提起する構えだ。
指宿弁護士は「名古屋入管が示した不開示理由は極めて不当であり、5月にも東京地裁へ訴訟を提起する予定にしている。裁判所には ”公開せよとの義務付け” まで認めさせることができればと考えている」と意気込みを語った。
指宿弁護士は続けて「入管自身にはウィシュマさんの事件から教訓を汲み取り、組織体質を改善させていく力はない。一方で、この裁判や取り組みに関心を持つ多くの市民が、今も声を上げ続けている。この声こそが、入管を改革する、あるいは裁判所にまともな判決を出させるための大きな力になっていくはずだ」と強く呼びかけた。
またこの日、ウィシュマさんの妹のワヨミさんとポールニマさんが「今まで支援をしてくれた弁護士や学生、市民の皆さんが声を上げてくれているおかげで今も頑張ることが出来ています。判決が出る最後まで、一緒に戦い続けてください」などと思いを伝えたほか、母親のスリヤラタさんからのメッセージをポールニマさんが代読した。
スリヤラタさんのメッセージ
「私は夫を早くに亡くしています。だからこそ、夫の分まで3人の娘たちの幸せを最後まで見届けたいと思っていました。しかし、ウィシュマは冷たい部屋の中に閉じ込められたまま亡くなってしまい、私はウィシュマを守ることが出来ませんでした。ウィシュマの最後の姿を家族の元に取り戻すことは私の使命です。295時間の映像がこのまま闇に葬られることは決して許されません」
【駒井知会弁護士からの報告 仮放免の子どもたちを巡る課題】
日本には現在、国から退去強制令書の発布を受け、退去すべきことが決まっていながらも送還を忌避する「送還忌避者」が約4,000人ほど存在する。彼らは様々な事情を抱えており、容易には出身国に帰ることができない。
その中には、小坂田さんが講演で述べたように、親がオーバーステイなどを理由に在留資格を失ったことで、自身も在留資格を持てない子どもたちが多く存在する。日本で生まれ、あるいは親に伴って幼少期に日本へ入国し、日本の子どもたちと同じように義務教育を受けるなど、彼らと日本社会との結びつきは非常に深いものとなっている。
日本では原則として未成年者は収容しない方針を取っており、子どもたちは仮放免者として多くの制約を受けながら日々の生活を送っている。仮放免者は原則として就労することが禁止されているほか、国民健康保険には加入できず、生活保護などの公的扶助を受けることもできない。これらの制約によって困窮に陥り、路上生活を強いられている人もいる。
駒井弁護士は「仮放免者の子どもたちは、小学校の半ばころには『自分は隣に座っている日本人とは違うんだ』と気付くようになる。親の負担を思い、たとえ骨折したとしても簡単には打ち明けることができない。将来の夢を持つこともできず、日々つらい気持ちで生きている」と子どもたちが抱える苦悩を伝える。
こうした中、法務省は23年9月に「送還忌避者のうち本法出身者の子供の在留特別許可に関する対応」を発表。日本で生まれた未成年の外国人の子どもたちに、人道的な観点から法務大臣の職権で在留を認める「特別在留許可」(在特)を与える方針を決めた。
同省は、24年9月までに全体の8割を超える212人とその家族に対して在特を付与した一方、未就学児であることや親の犯罪歴など理由に在特が与えられなかった子どもが40人いると発表。日本で育ちながらも出身国で生まれた子どもや日本に生まれながらもすでに成人している人などについても救済対象から除外する"線引き"が行われる形となった。
支援者らはこのような線引きは不当だとして、今も救済対象の拡大を訴えている。
また、駒井弁護士は「国による救済対象の線引きは問題だ。加えて、在特が与えられた子の両親のうち母親にのみ監護者としての在特が与えられるといった問題もあり、これが家族の分断を招いている。父親だけが仮放免者のままいつ強制送還されるか分からない中で、子どもは毎日を怯えながら生きていかなければならない」と実情を語る。
続けて駒井弁護士は「この在特の措置で子どもたちに与えられた在留資格の多くは『留学』資格だった。国は彼らが学校を卒業した後、きちんと別の在留資格へ繋ぐ意思があるのか不透明なままだ。このような子どもや家族について、私たちが一緒に悩み続け、目を向け続けていくことが重要である。彼らの人権が守られる形で問題が解決していくことを、これからも目指していきたい」と決意を語った。
(※名古屋入管によるビデオの不開示決定については、弊紙4月6日の記事を参照されたい)
ウィシュマさん遺族らが記録映像の全面開示を求めて記者会見 来月にも「第二の訴訟」を提起
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