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特集

文化




野添憲司の「朝鮮人強制連行の記録」17回福寿寺の遺骨
秋田内陸縦貫鉄道の阿仁前田駅に下車し、小又川添いに森吉山に向かうと左側の高台に福壽寺がある。このお寺 に朝鮮人の子どもの遺骨一体と、朝鮮人と思われる男性の大人の遺骨が安置されている。(大野和興)(2024/11/17)


野添憲治の『秋田県の朝鮮人強制連行記録」16回 堤防工事に従事 北秋田市米内沢
 軍用材で乱伐され、大雨で決壊した復旧工事にも多くの朝鮮人が働かされた。北秋田を流れる阿仁川でも、白い服装をした多くの人が堤防の決壊があるたびに働いていた。当時近くの商店で奉公していた若者が「よく『朝鮮人が逃げた』と警察や工事の監督たちが長い棒を持って捜しに来ていた」と証言している。(大野和興)(2024/09/22)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行15》山奥にあった大沢鉱山 大館市比内町地内
 大沢鉱山は山奥にあった。労働力不足で1944年から強制連行の朝鮮人を受け入れたが、よく殴られていたという証言が残っている。逃亡も多かった。(大野和興)(2024/09/03)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行14》田村鉄工でも働く 大館市岩瀬字大柳
 鍛冶屋兼金物屋として出発した田村鉄工はアジア太平洋戦争のはじまりとともに海軍省指定の軍需工場となり、魚雷の弾頭や機関砲の銃身などをつくった。中学生や女学生まで動員しながら製造を続けたが、労働力不足が深刻となり、花岡鉱山に連行されていた朝鮮人労働者を受け入れた。会社は2001年に解散した。(大野和興)(2024/08/23)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行13》連行者最多の花岡鉱山  大館市花岡町
 余りの虐待に中国人連行者が蜂起した花岡鉱山には、秋田県内では最も多くの朝鮮人も働かされていた。粗末は食事で空腹で倒れる人、落盤事故で死亡、怪我なども続出した。それでも旧厚生省記録では死亡者25人としか記されていない。少なくとも100人はくだらないという証言がある。(大野和興)(2024/08/17)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行12》相内鉱山の鉱石を運ぶ 鹿角郡小坂町相内
 地元の働き手が兵役にとられた後の労働力は朝鮮人が担った。掘った鉱石をかついで運ぶ仕事で、叺に入れて背負ったりした。270人の朝鮮人が働いていたといわれるが、敗戦後の行方は分からない。(大野和興)(2024/08/13)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行11》鉛山鉱山の朝鮮人連行者  鹿角軍小坂町十和田
 鉛山鉱山が発見されたのは1665年。操業は長い間中止されていたが、昭和に入り再開された。戦争が始まり、必要になったのだろう。この鉱山に朝鮮人が連れてこられたのは、旧厚生省の文書では1945年7月3日。敗戦まじかである。坑口や鉱石を運んだトロッコのレールは今も残っている。(大野和興)(2024/07/30)


野添憲治の《秋田県の朝鮮人強制連行10》連行者の多い小坂鉱山 鹿角市小坂町
 戦時下、銅の増産を軍需省から要求された小坂鉱山には強制連行の朝鮮人592人が働いた。少ない食事での重労働で逃亡者、死亡者が多発した。逃亡者はつかまると袋叩きにあった。朝鮮人のほか中国人連行者、仙台捕虜収容者からの英・米・豪捕虜も働かされていた。いずれも多くの死亡者が出たが、資料はほとんどない。死んだ朝鮮人連行者は笹原に埋められた。墓地は笹に埋まり、人も入れなくなっている。(大野和興)(2024/06/13)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行9》伝説の多い小真木鉱山 鹿角市十」和田町
 幕藩時代金山として栄えた白根金山が明治初期に小真木鉱山として再興され、銀銅鉱山として採掘が続いた。アジア太平洋戦争末期、165人の朝鮮人が徴用で連行された。うち5人が落盤や病気で死亡したが遺骨は不明。監視は厳しく、食事は粗末で、未払い賃金も受けとらないまま帰国した。(大野和興)(2024/06/07)


野添憲治の《秋田県における朝鮮人強制連行8》 岩手とまたがる花輪鉱山 鹿角市花輪 
 秋田県と岩手県にまたがる鉱区を持つ花輪鉱山は幕藩時代から続く古い鉱山で、一時休山となっていたが、昭和に入って経営が日本鉱業に移ってから硫化鉄興さんとして栄えた。戦時体制下の1940年(昭和15年)以降、たくさんの朝鮮人連行者が「官斡旋・徴用」で送りこまれた。国家による強制連行であったことが分かる。(大野和興)(2024/05/21)


野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録7》大柴鉱山の朝鮮人 鹿角市十和田町
 大柴鉱山は秋田県と岩手県の鉱山で県境にあった。小さな鉱山で、親会社は東朝鮮鉱業。鉱山の経営を任された明石文吾さんは、小規規模な鉱山で日本人と朝鮮人は一緒に住み、同じものを食べていたと語る。旧厚生省の調査では「「死亡者、死亡者、逃亡者ナシ」 とある。(大野和興)(2024/05/10)


野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録6》 不老倉鉱山でも朝鮮人働く 鹿角市十和田町
 掘りつくし休山した鉱山を国策で甦らせ、連行した朝鮮人を酷使した不老倉鉱山。鉱石を運び出す道路作業に従事させられ、真冬も素足に草鞋履きで作業に追いたてられた。死亡したり逃亡した人も多く、その人たちがどうなったか、記録はない。(大野和興)(2024/04/23)


野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録5》児玉工業にも連行者  鹿角市大湯
 土木業と鉱山への労務者派遣を業とする児玉工業株式会社は軍需相の自由募集で土井敬968人を朝鮮半島から連行。しかし敗戦後、旧厚生省に提出した名簿には74人しか記載がなく、「確実ナモノ調査シ難ク」との付記があった。強制連行がいかにいい加減に遂行されたかがわかる。(大野和興)(2024/04/11)


野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録4》 十和田湖への導水工事 鹿角市大湯
 働いた朝鮮人は二百から三百人。突貫工事で1日10時間以上働かされた。食料が不足、仕事が終わると山に入り、草を生のまま食べた。敗戦で朝鮮人たちは現場から去り、行く先はわからない。(2024/04/03)


野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録3》 山歴の古い尾去沢鉱山
 鹿角市去沢町にあったこの鉱山は秋田県でもっとも古いといわれている。最後の所有者は三菱。朝鮮人連行者の他、中国人連行者、東京捕虜収容者から送られた英米人もいた。飯場は1人畳1畳で、布団は南京袋に草を入れていた。(2024/03/28)


野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録2》 朝鮮人強制連行の現場を知ろう 
 冊子『秋田県の朝鮮人強制連行』の冒頭に置かれた序文にあたる野添さんの文章を紹介する。この序文が書かれたのは2015年5月。序文によると、この調査を進めた秋田県朝鮮人強制連行真相調査団の準備会が動き出して20年になると記されている。1995年だから敗戦後50年ということになる。調査は難航を極めた。すでに亡くなった関係者も多いだけでなく、「朝鮮人」といっただけで顔色が変わり、おびえたように家に入る人もいた。野添さんはそれをその心理を「戦時中に日本人の心に深くくい込んだ朝鮮人に対する差別」がまだいきいきと残っている」と描写している。そして「いまだに敗戦後になっておらず、戦争は今も続いている」と記す。そうだとすると前回前文に書いた群馬の慰霊碑撤去の行政代執行は公権力まで巻き込んだ差別の横行であり、この国は、よく言われる「新しい戦前」どころか、何も変わっていない、戦前のままががいまも続いていることになる。野添さんはこの序文の最後を「ぜひ現場を訪れて日本人の犯した事実を自分の目で確かめていただきたいと考えて本書をつくった。ぜひ小誌を利用して歩き、まず事実を知ってほしいと願っている。」という言葉で締めくくっている。(大野和興)(2024/03/25)

野添憲治の《秋田県朝鮮人強制連行の記録1》 野添憲治さんの仕事をひもとく 
今年1月末、群馬県高崎市の「群馬の森」にある朝鮮人追悼碑が県の行政代執行で撤去された。日本の植民地支配を背景に強制連行され、挙句死亡した朝鮮人を追悼しようと市民団体が建立した碑である。公権力による撤去という行動は、歴史を人びとの目から奪い行為に他ならない。日本という国家全体がいま、歴史改ざんを邁進しているように見える。そんなとき、秋田に腰を据えて中国人・朝鮮人の強制連行の歴史を掘り起こし、明らかにしてきた野添憲治さんの仕事の一端を本紙を通して知ってもらうことも意味があるのではないかと考えた。おそらく野添さんの最後の仕事だったのではないかと思う『秋田県の朝鮮人強制連行―52カ所の現場・写真・地図―』を連載の形で掲載する。わずか64ページのブックレットで編著者は野添憲治。発行は野添さんが事務局長を務めた秋田県朝鮮人強制連行真相調査団。発行は2015年7月。定価600円。地元の印刷屋さんで冊子にした。(大野和興)(2024/03/22)


インボイス制度導入への反対署名が50万筆を越える  10月から導入される制度で文化への危機
9月25日に首相官邸前でインボイス制度への反対集会が行われました。10月に導入されるこの制度はフリーランスなど小規模の事業者・クリエイター・俳優・声優・映画人など日本の文化に貢献している多くの人々の暮らしを直撃するものとして、危惧されています。50万人以上の反対署名も集まりました。アニメーションのプロデューサーの植田益朗氏によると、アニメ・漫画業界などのクリエイターの3割を超える人々が廃業の危機に面しているとされます。(2023/09/26)


AIという妖怪に立ち向かえるのか 宇崎真
 全く久しぶりにバンコクで映画館に入った。トム・クルーズ主演の話題作「ミッション・インポッシブルーデッドレコニング Part One」というスパイ諜報戦のアクション映画である。勿論その宣伝に一役買おうということではなく、トム・クルーズが動転境地の危険なアクションをスタントマンでなく全て彼自身が挑戦したシーンを見たかったからである。一貫して彼は自身の肉体と精神力で信じられないリスクを冒していく。そこにトム・クルーズのファンは痺れ次作を期待する。(2023/08/16)


フランチェスコ・ロージ監督『遥かなる帰郷』(1997:原作はプリモ・レーヴィ作『休戦』)
20世紀の1つの象徴とも言えるアウシュビッツ強制収容所から、ソ連軍に解放されてイタリアまで帰還の旅をする化学者プリモ・レーヴィの記録文学『休戦』を原作にした映画『遥かなる帰郷』は、1997年にイタリアの名匠フランチェスコ・ロージ監督によって作られた。主演はジョン・タトゥーロで、この映画では化学者を演じる彼の眼差しが重要な役割を果たす。というのも、アウシュビッツからなぜ自分たちは生還できたのか?他の人びとは死んだのか?という問いは、少なからずの生存者たちの心に残る問いかけであり、レーヴィはアウシュビッツでの体験を書き記すことが自分の生きる理由であると考えたようだ。そのことはこの映画でも描かれている。(2023/06/27)


メフィスト ―― ドイツ的心情と悪魔 高橋順一(たかはしじゅんいち):早稲田大学名誉教授・思想史
クラウス・マンの小説『メフィスト』の主人公ヘンドリック・ヘーフゲンのモデルは、ナチス時代にプロイセン国立劇場の監督を務めた俳優グスタフ・グリュントゲンスである。1981年に制作されたイシュトヴァーン・サボー監督の映画「メフィスト」はこの小説を原作としており、当たり役であったメフィストを演じるヘーフゲン=グリュントゲンスの鬼気迫る様相が印象的であった。ところでメフィストという言葉はいうまでもなくゲーテの『ファウスト』に出てくる悪魔(デーモン)の名メフィストフェレスに由来する。(2023/06/22)


ニューウェーブ歴史映画論  『朝鮮総督府』と『台湾総督府』
昨日、ニューウェーブの戦争映画あるいは歴史映画が今世紀になって欧米で生まれてきていることを書きました。それらの作品は、通常の一人の主人公の目線で葛藤を克服するドラマツルギーではなく、史実に基づくとともに複数の、あるいは多数の登場人物と視点を併存させつつ1つの出来事の全貌を描こうとするものだと書きました。ドイツ映画の『ヒトラー最期の12日』とか『ヴァンゼー会議』あるいは米映画の『硫黄島からの手紙』などです。実は、今日、歴史学会でも文学の世界でも歴史学が大きな変化を起こしており、歴史と文学、ジャーナリズムと文学の境界領域を進む斬新な小説や映画などの作品がフランスなどで続々と作られつつあります。(2023/06/21)


モスフィルムが英語字幕入りで過去の名作を放流
 ロシアの映画会社モスフィルムが、旧ソ連時代の名作映画に字幕をつけてたくさんユーチューブチャンネルで放流しています。『モスクワは涙を信じない』「惑星ソラリス』『ストーカー』『ワーニャおじさん』『戦艦ポチョムキン』『アレクサンドル・ネフスキー』『メキシコ万歳』などの名作です。(2022/12/18)


第一回目のゴンクール賞日本を取材して
3月29日に東京の駐日フランス大使公邸で、ゴンクール賞日本の受賞作が発表されました。ゴンクール賞と言えば、日本の芥川賞に相当する権威のある文学賞です。今回が日本では第一回目となります。そして、この海外版の特徴は学生が選考委員であるということです。フランスでは高校生が選ぶゴンクール賞というのがすでに長い実績を持ち、若者たちの視点が文学に注入されると同時に、若い活力を文学に呼び込む仕掛けになっているようですが、フランス以外でも26か国で学生選考委員によるゴンクール賞というのが存在しています。インドや中国でも行われているそうです。(2022/04/12)


マルク・アレグレ監督「Zouzou」(ズーズー) 昨年、パンテオン入りしたジョゼフィン・ベーカー主演の映画
昨年、近代思想家のジャン=ジャンク・ルソー、科学者のキュリー夫妻や哲学者のベルクソンらフランスの「偉人」が納められているパンテオンに、黒人ダンサーで女優のジョセフィン・ベーカーさんが納められたことが話題となりました。ベーカーさんと言えば腰蓑一つで、激しいリズムの熱狂的なダンスで知られていましたが、パンテオン入りした理由は対独レジスタンス活動やその他の人道的行動がフランス国家から評価されたのだと聞きます。(2022/01/09)


コロナ時代に再読したジャン=フィリップ・トゥーサン著「浴室」〜 YouTubeチャンネル「フランスを読む」から〜
ジャン=フィリップ・トゥーサン著「浴室」」(La salle de bain)が日本で翻訳出版されたのは1990年1月。バブル崩壊と同時に、冷戦終結、そして平成の始まりという節目の時期でした。「浴室」は野崎歓氏の最初の翻訳でしたが、「浴室」の大ヒットを受けて、野崎氏は「ムッシュー」や「カメラ」「ポートレイト」など、次々とトゥーサン作品を翻訳しました。しかし、21世紀に入ると、時代が変わり、トゥーサンを知らない世代が生まれ、残念なことにトゥーサンは日本の若者から遠い作家になってしまったのでした。もちろん、時代を越えられない作家ならば、一過性の作品として、その運命を甘受するしかありません。とはいえ、トゥーサンの「浴室」を最近、読み返してみて、全然古びていないことを確認した次第です。(2021/12/19)


『フランス語学概論』のすすめ   小川 博仁(ロマンス語学)
 はじめに、評者(=小川)と本書『フランス語学概論』(駿河台出版社、2010年発行)ならびに共著者との関係についても簡単に述べておくことにしよう。評者は2010年4月の刊行時にたまたま店頭で本書を見掛けて購入し、版元に手紙を書いたのが縁で著者の一人の渡邊氏と文通やメイルの交換を始めた。その後の各種の学会などの折りに他のお二人の著者である川島氏や髭氏とも知り合いになつた。10年以上も前に初刷が上梓された書籍ではあるが、評者にとって本書は特別に思い入れのある一冊なのである。(2021/03/20)


〖核を詠う〗(324)『角川短歌年鑑』(令和3年版)から原子力詠を読む「眠れずに網膜の奥灼けるよう この三月はあの三月だ」    山崎芳彦
 今回は『角川短歌年鑑・令和3年版』(角川文化振興財団、令和2年12月7日刊)に掲載の「自選作品集」、「作品点描」、「角川歌壇特選作品集」から、筆者の読みによって「原子力詠」を抄出、記録させていただく。月刊総合短歌誌を発行している角川の「短歌年鑑」を、この連載で2011年の福島原発事故以降、毎年度読ませていただき、歌人が原子力に関わってどのように作品化しているかを知るための一環として読み続けている。「あれから10年」と言われるが、福島原発事故以後の数年に比較すると、「原子力詠」として筆者が読んだ作品数は、かなり少なくなっている。これは、全国の歌人が原爆、原発によせる思いの変化だと単純に言うべきことではないだろう。人びとが生きる環境、世相の動きの変化にともなって、短歌媒体の視点の変化によることも多いだろうし、また短歌人の詠うテーマの変化も映していると思う。(2021/03/19)


再録≪演歌≫(6)変幻自在な三木たかし愛の旋律 ―坂本冬美『夜桜お七』 ―  佐藤稟一
  林あまり、歌人である。(2021/03/05)


〖核を詠う〗(323)「朝日歌壇」(2020年1月〜12月)の入選作から原子力詠を読む(2)「寒村ゆえに核のゴミ十万年と二十億円のてんびんゆるる」 山崎芳彦
 前回に続いて「朝日歌壇」の2020年7〜12月の入選作品から、筆者の読みによって原子力詠を抄出する。2月13日の深夜に東北を中心に広範な地域に地震が起きた時、筆者は10年前の福島第一原発の事故を思って、テレビにかじりついた。多くの人々も同じだったに違いない。大きな揺れだったので、茨城に住む筆者に安否を確かめる電話をいただいた。その時の報道では、福島原発、茨城の東海第二原発、その他東北の各原発に「異常はない」と報じられた。しかし、その後になって、福島原発3号機建屋に設置されている地震計2台がいずれも故障していて、震度6強の大地震のデータが記録されていなかったことが明らかになった。驚くことに昨年7月にそれらの地震計の故障が分かっていながら修理をしていないままであったということが、22日の原子力規制委員会の検討会で報告されたというのである。東京電力には原発を動かす資格も、廃炉作業を進める能力や真摯な姿勢もないことが明るみに出たというべきであろう。単なる地震計の故障、それを5カ月にわたって放置したこととして済まされることではない。東電の原子力発電の歴史を浮き彫りにしている。(2021/03/02)


再録≪演歌≫(5)川内康範の愛の詩 供柔長昌案燹慝鮃のブルース』 森進一『花と蝶』―  佐藤禀一 
  『THE SHADOW OF LOVE 〜気がつけば別れ〜』愛聴する一枚である。歌手は、MINA AOE、そう青江三奈である。1993年三奈47歳のときニューヨークで収録し、2007年Think!レーベルから復刻されたCDである。『恋人よ我に帰れ』などのスタンダ ード・ナンバーに英訳歌詩による『伊勢佐木町ブルース』(詩・川内康範 曲・鈴木庸一)も入れた13曲、うち6曲をモダン・ジャズのピアノの名手マル・ウォルドロンが寄り添っている。(2021/02/24)


【核を詠う】(322)朝日歌壇(2020年1月〜12月)から原子力詠を読む(1)「『ステイホーム』できずに避難した人が十六万人いた原発禍」 山崎芳彦
 今回から朝日新聞の「朝日歌壇」に掲載された2020年1月〜12月(毎月4回)の入選作品から、原子力詠を抄出、記録したい。同歌壇の選者は佐佐木幸綱、馬場あき子、永田和宏、高野公彦の各氏で、膨大な応募作品から選者が各10首を入選作として選んでいるが、複数選者の共選作品もある。応募作品から、選者各氏が選んだ作品は多様多彩なテーマ、表現を持っているが、原子力詠、政治への批判、社会問題など、現在を生きる視点が鋭く深いと筆者は思いながら読んでいる。「原子力詠」という筆者の抄出の読みからいえば、2011年から10年を経るにつれて、入選作品はかなり少なくなっているが、昨年からのコロナ禍、安倍―菅政権の国民主権無視の政府の挙動、そして人々のさまざまな日々の生活を考えれば、さらに膨大な応募作品をのことを思えば、「原子力詠」の多寡を言うことはふさわしくないだろう。(2021/02/15)


再録《演歌》(4)川内康範の愛の詩(うた)(下) 情が濡れる究極のエロス 佐藤禀一
  川内康範は、心に残る愛の誌(うた)を書いた。森進一が唄った『おふくろさん』(曲・猪俣公章)は、川内と森の母親への想いをダブらせた無償の愛、慈悲の歌であることを前回書いた。(2021/02/11)


再録《演歌》(3)川内康範の愛の詩(うた)(上)  『おふくろさん』の無償の愛  佐藤稟一
  『ヨイトマケの唄』(歌・詩・曲 美輪明宏)。聴くたびに涙が流れる。ヨイトマケ?知らない人の方が多いであろう。数人がかりで行う地固めの肉体労働のこと、また、その掛け声である。鉄の重い固まり(石でも)をやぐらに吊った滑車に取り付けた綱を引っ張って巻き上げ一斉に手を離す。ドスンと地面に落ちる。“エーンヤコラ、ヨ−イトマケ”の掛け声でドスンドスンと繰り返す。(2021/02/08)


【核を詠う】(321)波汐國芳歌集『虎落笛(もがりぶえ)』を読む(3)「原発のメルトダウンに葉牡丹の巻き戻しても癒えぬ町はや」  山崎芳彦
 波汐國芳歌集『虎落笛』からの抄出作品(筆者の抄出)を、前回に引き続いて読み、今回が最後になるのだが、前回の標題に掲出した作品に誤りがあったことを、まずお詫びしなければならない。「人類の危機を詠むわれ 人類を惑わすとして捕えらるるや」を、「人類の危機を読むわれ 人類を惑わすとして捉えらるるや」と誤記してしまった。「詠む」を「読む」に、また「捕えらるる」を「捉えらるる」と誤ってしまったこと、作者とお読みいただいた方々に心からお詫び申し上げます。また、筆者の文章のなかにも、8行目「企らんで」が「企蘭で」に、「核拠点」が「各拠点」に誤記されてもいる。その他にも誤記があることを怖れずにはいられない。ひたすらにお許しを願うしかないし、これから、掲載させていただく作品の抄出、入力作業に誤りのないよう厳しく自戒していかなければならないと反省します。(2021/02/03)


フランスで枯葉剤裁判が始まった 映画『花はどこへいった』とベトナムの村歩きで遭遇したこと
 フランスでベトナム戦争で使われた枯葉剤の裁判が始まったという知らせが、国際有機農業映画祭の運営委員仲間のレジーヌ(Regine、在フランス)さんからあった。「ベトナム戦争中に何百万人もの人々を毒殺した落葉剤に対する裁判が、1月25日(月)フランスで始まります。犠牲者の一人TranToNgaさんは、長年戦ってきました。2014年にBayer-MonsantoやDowChemicalを含む多国籍企業を告訴しましたが、裁判が延期されてきました」とある。その裁判がようやく始まったのである。国際有機農業映画祭では2012年に枯葉剤の悲劇を描いた『花はどこへいった』を上映した。その前、ぼく自身はアジアの村歩きの中で訪れたベトナム中部の少数民族も村で枯葉剤による汚染に遭遇。その後ダナンにある枯葉剤被害者救援センターを訪れたことがあった。映画を紹介しながらその折のことを書いた当時の原稿をストレージから引っ張り出した。以下に再掲する。(大野和興)(2021/01/29)


#SaveTheDance 文化は希望、文化は生活、文化は経済。−音楽・ダンス業界への十分な補償を求めるネット署名に賛同を−
日本国内で新型コロナウイルスの感染が初めて確認されてから約1年。新型コロナウイルスの感染拡大は飲食業や観光業だけでなく、クラブ、LIVEハウス、ミュージックバーなどの文化的施設にも多大な影響を与えている。(藤ヶ谷魁)(2021/01/27)


再録《演歌》(2)遠藤実 三拍子(スリービート)の抒情(下) 佐藤稟一
 遠藤実二十四歳。『お月さん今晩は』(歌・藤島恒夫)詞・松村又一)で作曲家デビュー。歌手への思い止み難く着のみ着のままで上京。“流し”で糊口を凌ぎながら、独学で作曲を勉強した。ことわっておくが、私は、遠藤実の立志伝やサクセス・ストーリーを書くつもりは、ない。作曲家になるまでの経緯や感動的な出会いにも興味がない。(2021/01/27)


再録《演歌》 人の情を鮮やかに、艶やかに言語化する天才的書き手だった 我が亡き畏友佐藤稟一がベリタに書き残した昭和演歌シリーズを採録する 大野和興
 今、若い世代に昭和演歌が見直され、ひそかに広がっているという噂を聞いた。それならと、再録を思い立った。2010年代初期に本紙に連載した佐藤稟一の「演歌シリーズ」だ。広くは知られていないが、演歌界では彼の書くものは読みまわされていた。演歌の神髄”人の情”をこれほど鮮やかに言語化した書き手をぼくは知らない。若いとき、出版社に籍を置き、歩くアジア学を創設した鶴見良行に私淑、その後ふるさとの福島に帰り、半読半土方の暮らしをつなぎながら演歌について書き綴った。ベリタに連載した彼の演歌論を再掲する。(2021/01/26)


[核を詠う](320)波汐國芳歌集『虎落笛(もがりぶえ)』を読む(2)「人類の危機を読むわれ 人類を惑わすとして捉えらるるや」    山崎芳彦
 前回に続き波汐國芳歌集『虎落笛』の作品(筆者の抄出)を読み続ける。読むほどに波汐さんの短歌作品の原発被災に対する怒りと、原発の存在を許せない、原発を福島のみならずこの国に存在・稼働させてきた核マフィアを決して許すことができない、そしてその核マフィアの、人々の弱み、苦しみにつけこんで、反人間の「経済成長」路線の餌食にする非道を進めてきた政治・経済グループへの厳しい糾弾の思いの真実に、心打たれないではいられない。(2021/01/23)


【核を詠う】(319)波汐國芳歌集『虎落笛』を読む(1)「振り向くを嘗ての原発銀座とや透きて動ける他界のひとら」 山崎芳彦
 今回から、福島の歌人・波汐國芳さんの歌集『虎落笛(虎落笛)』(角川文化財団刊行、2020年11月発行)の作品を読ませていただく。この連載の中で、波汐さんが2011年3・11以後刊行された歌集『姥貝の歌』、『渚のピアノ』、『警鐘』、『鳴砂の歌』から原子力詠を抄出させていただいてきたが、あの原発事故被災以来福島からとどまることなく、福島で生き、被災とたたかう人々の真実を詠い続け、前進し、深化、充実をつづけている95歳の歌人の人間力に、筆者はお世話になり、励まされてきた。そして、その一連の被曝地福島を主要テーマとする五冊目の『虎落笛』を読ませていただいていることに深い感慨を覚えている。波汐さんは、この五冊目の歌集を「一応の区切りとする」と言われているが、さらにこれまでの長い歌作を踏まえての課題を自らに課されている。今回筆者は、表題にあえて「原子力詠を読む」としないで、作品の抄出をさせていただく。(2021/01/12)


【核を詠う】(318)『火幻四十周年記念合同歌集』から原子力詠を読む(5)「地球上に生れし動物の最悪は人間なりと原爆記に見つ」   山崎芳彦
 『火幻短歌会40周年記念合同歌集』は平成9年(1997年)に発行された広島の火幻短歌会(豊田清史代表・故人)の合同歌集であり、330人の歌人の作品(1人20首)を収録した665頁に及ぶ大冊である。其の6600首の中から筆者の読みにより「原子力詠」を抄出、記録させていただいた。収録された作品は、原爆投下による被災の惨状の中を生き抜き、まことに容易ではない苦難の生活の中で詠われていて、その中から「原子力詠」を抄出することは、非力な筆者にとって、困難に過ぎることであり、人が生きる、そして詠った作品に対して、多くの不行き届きな「読み」があったことと思い、すでに故人となった作者には届かないが、お詫びしご寛容をお願いするしかない。今回が最後になるが、核兵器も核発電もない世界をめざすたたかいの前進、実現を願いながら、作品を読んでいく。(2020/12/15)


【核を詠う】(317)『火幻四十周年記念合同歌集』から原子力詠を読む(4)「反核の先頭行くは皆老いし被爆者の列よろめきにつつ」  山崎芳彦
 前回に続いて『火幻四十周年記念合同歌集』から原子力詠を読み継ぐのだが、政府・電力大企業をはじめ原発維持推進勢力が、さまざまに原発再稼働への策動を強めていることに、強い警戒心を持たないではいられない。放射能汚染水の海洋放出の方針、使用済み核燃料の中間貯蔵施設「リサイクル燃料備蓄センター」(青森県むつ市)の新規制基準適合審査請求案の了承・2021年度の操業開始計画、高レベル放射性廃棄物の処分地選びに向けた第一段階の「文献調査」(北海道寿都町、神恵内村)の開始、女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)の再稼働への村井宮城県知事の同意、老朽原発(40年超)の関西電力高浜原発1,2号機(福井県高浜町)、同美浜原発3号機の再稼働への動き…最近の報道を見ただけでも、原子力マフィアの動きを見のがすことはできない。コロナ禍に苦しめられ、原発禍の接近への警戒を迫られながら、『火幻』の原爆に関わる短歌作品を読み継いでいく。(2020/12/07)


【核を詠う】(316)『火幻四十周年記念合同歌集・火幻の光』の原子力詠を読む(3)「声かぎり呼ぼう夏空湧く雲に死にたる者と死なざりしもの」 山崎芳彦
 今回も『火幻四十周年記念合同歌集』から原子力詠を読み継ぐ。米国による原爆の投下を受けた広島の歌人の歌を読みながら、その作品が核兵器の廃絶、核なき世界の実現への願いを自らの行動として作歌した果実であると強く思いながら読ませていただいている。23年前に刊行された合同歌集であり、すでに亡くなられた歌人も少なくないと思いながら、現実のこの国の政府の原子力政策の実態を見ると、米国の「核の傘」にあることを日本の安全保障の絶対の条件とし、この国の核兵器開発・製造の基礎となる核発電の継続をも推進していること、「自衛のために核兵器を持つことは禁じられていない」との政策を公言する自民党政府とその共同勢力が様々な軍事力強化策をすすめていることを許してはならないと痛感する。日本学術会議に対する菅政権の露骨・不法な介入も、その一環であろう。(2020/11/13)


【核を詠う】(315)『火幻四十周年記念合同歌集・火幻の光』の原子力詠を読む(2)「驕りたる核権力に媚びる輩正しき怒り持ちて許さじ」 山崎芳彦
 前回に引き続き『火幻四十周年記念合同歌集』から原子力詠を読むが、原爆投下による悲惨を身を以て体験し苦難きわまる生活を強いられた広島の歌人の作品は、再びの核戦争を世界のどこであっても起こしてはならないと願い、そのために詠い、たたかう決意を明らかにする歌が数多い。この合同歌集は平成9年(1997年)に刊行されたものだが、その作品は、いまこそ現実の原子力、核兵器をめぐる状況を考えると生きていると思う。(2020/10/28)


川柳作家乱鬼龍の反乱 日本学術会議への権力介入にもの申す
 運動の現場で自作の川柳を大書したむしろ旗を掲げて立つ川柳作家乱鬼龍は、知る人ぞ知る有名人。その乱鬼龍が、菅政権の日本学術会議への権力介入に川柳で挑んだ。文藝による権力への反乱。五句を紹介する。(大野和興)(2020/10/23)


[核を詠う](314)『火幻40周年記念合同歌集・火幻の光』より原子力詠を読む(1)「あやまてるみちをきそいて進みゆく核大国のゆくてとどめむ」  山崎芳彦
 前回から筆者の事情によって長い間を空けてしまったが、今回から『火幻40週記念合同歌集』(平成9年7月、火幻短歌会発行)から原子力詠を読ませていただく。広島の短歌結社「火幻」(主催・豊田清史 故人)はすでに2012年に終刊となり、豊田氏は2010年に亡くなっている。その火幻短歌会が遺した、結社の合同歌集としてはまれにみる655頁の大冊を、知人から寄贈して頂いた。故・豊田清史氏は原爆被爆者であり、『歌集廣島』の刊行委員として大きな役割を果たした著名な歌人であるが、日本文学の原爆小説の名作として知られる井伏鱒二の『黒い雨』に対して、その資料となった「重松日記」にかかわって、かなり激しく強硬で執拗な批判を行い『『黒い雨』と「重松日記」』などの著書を残していることでも知られている。その彼の井伏批判に対する反批判は広範から大きい。また、正田篠江の原爆歌集の嚆矢とも評される『さんげ』に対して否定的な評価をしたことなどについての批判も多いことなど、かなり独特な存在ではある。筆者はその詳細についての知識を持たないのだが、火幻短歌会には多くの広島歌人が参加して長期にわたって結社を維持しそれぞれの会員が詠い遺した作品を収載した『火幻40周年記念合同歌集』は貴重であると思う。(2020/10/19)


エスペラント語の世界を考える  髭郁彦(記号学)
『歴史・文学・エスペラント』という本を知人の言語学者が送ってくれた。この本は伊藤俊彦というエスペランティストが書いた批評集であるが、私はエスペラント語に関する知識は皆無に等しい。だが、そんな私であっても、この本には非常に興味深い問題が多数書かれており、関心が途切れることなく一気に読むことが出来た。また、伊藤は平易な文体で、簡潔にこの本を書いており、その点でも好感の持てる著作となっている。(2020/10/13)


学問・研究の自由を脅かす菅政権の暴挙 日本学術会議推薦の新会員6人の任命を拒否  坂井定雄:龍谷大学名誉教授
 菅首相は早くも、“衣の下に隠した鎧”をあらわにした。首相が最終的な承認を行う日本学術会議推薦の新会員105人のうち、6人の任命を拒否したのだ。政府が推薦された候補者を拒否したことは初めて。学術会議を所管する総理府、あるいは文科省の担当者が、平和憲法と学問研究の自由を重視する同会議に反感を抱き、菅首相が就任したばかりで、重要要件でも各省任せにしていることを好機として、新会員任命を拒否させた可能性もある。日本学術会議は、会員は人文・社会科学、生命科学、理学・工学全分野からの210人、連携会員は約2,000人。会員は3年ごとに半数が入れ替わる。(2020/10/09)


「映像の中の身体性」    髭郁彦(記号学)
空間的にも時間的にも隔たりのある異なる二つの言表であっても、そこに何らかの共通点、類似点、補足点といった連関性が見出されるならば、その二つの言表は対話関係を構築する。これはミハイル・バフチンが強く主張した考えである。ジュリア・クリステヴァはバフチンの主張をテクスト間の問題として捉え直し、間テクスト性という概念を提唱した。しかし、こうした関係を構築できるものは言語記号だけではない。ある絵画と他のある絵画、ある写真と他のある写真、ある映画と他のある映画においても見出し得るものである。もちろんこの関係を、ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの用語に従って横断性と呼ぶことも可能であるが、どのような用語で呼ぶかは重要ではない。ここで探究しようと思う事柄が、以下で詳しく検討する映像作品の考察を通して想起された問題だからである。(2020/10/03)


絵画展「靉光と同時代の仲間たち」    リベラル21
「靉光と同時代の仲間たち」と題する絵画展が、10月10日(土)から12月13日(日)まで、群馬県桐生市の大川美術館で開かれます。同美術館と広島市現代美術館の共催です。靉光(あいみつ。1907〜1946)は広島生まれの画家。1944年に応召され、敗戦直後に中国・上海で戦病死しました。日本におけるシュールレアリズムの先駆者と位置づけられていますが、戦時下にあっても戦意高揚のための戦争画を描くことを潔しとせず、「精神の自由」を求める画業に徹した、とされています。(2020/10/02)


人類学者のデヴィッド・グレーバー氏が死去  「ウォール街を占拠せよ」のリーダーの一人
人類学者のデヴィッド・グレーバー(David Graeber)氏が亡くなったという記事が出回っています。「ウォール街を占拠せよ」のリーダーの一人として知られています。享年59.日刊ベリタに哲学者の森元斎氏がアナキズムの必読書を10冊挙げてくれましたが、その中にグレーバー氏の『アナーキスト人類学のための断章』もありました。(2020/09/04)


[核を詠う](313)『現代万葉集2016〜2019年版』から原子力詠を読む(4)「核戦争予告するような国に居て辺野古基地造るアメリカの為」 山崎芳彦
 筆者の事情で前回から間を空けてしまったことをお詫びしながら、「現代万葉集2019年版』から原子力詠を読むが、同2016年版から読み続けて来て今回で終る。これで、本連載では『現代万葉集』の2012年版から断続的にだが、毎巻を読ませていただいたことになる。2011年の福島原発事故以後に『現代万葉集』が収載した全国の多くの歌人が詠った原子力詠を読んできたことになり、力不足の筆者の読みによる作品抄出ではあるが、それなりに意味のあることであったと思っている。作者の方々がさまざまに「核を詠った」作品のおかげである。なお、『現代万葉集2019年版』への参加者は1831名で、5493首が収録されている。その貴重な作品の中から、筆者の拙い読みによって抄出した「原子力詠」であるのだが、今後とも多くの歌人が「核」の時代に生きている現実を詠い、世に遺されるとともに、原子力マフィアのさまざまな策動に抗して、原子力社会からの脱却へ、歌の力をさらに発揮されることを願うこと、切である。(2020/08/25)


[核を詠う](312)『現代万葉集2016〜2019年版』から原子力詠を読む(3)「廃炉まであと三十年(みそとせ)はほんたうか生きて見届けむわがふるさとを」 山崎芳彦
 今回は『現代万葉集2018年版』から原子力詠を読ませていただく。全国、海外からの1819名の歌人の参加を得て編まれたアンソロジーには5457首の短歌作品が収録されている。その中から、筆者の読みによって原子力詠を抄出しているのだが、こうして核兵器、「平和利用」の偽装である核発電の人間、環境にもたらした、いや現在進行形である悲惨な加害についての短歌を読みながら、このようにして遺され積み重ねられた作品が、核廃絶、脱原発のための人々の営為に、短歌文学としての役割を果たしていくことの意義を考えている。(2020/08/10)


[核を詠う](311)『現代万葉集』(2016〜2019年版)から原子力詠を読む(2)「原爆砂漠にて躓きしもの炭化した幼子の遺体でありました」 山崎芳彦
 今回は『現代万葉集2017年版』の作品から原子力詠を抄出させていただく。1872名が参加、5400首を超える短歌作品はそれぞれに、いまを生き、詠う歌人の5616首が収載され、この時代の状況を映し出しているわけだが、福島原発事故から5〜6年、広島・長崎の原爆被害から70余年を経て、核と人間、生活と生命にかかわってさまざまに詠われた作品の一端が、この『現代万葉集』によって残されていること、さらに今後も続いていくことは、貴重である。様々な場で、さまざまな歌人が核にかかわる作品を詠い遺していく、そして核兵器、核発電を人間の力で廃絶できる時へと向かう時代を実現することを願いつつ、作品を読んでいる。(2020/07/26)


[核を詠う](310)『現代万葉集』(2016〜2019年版)から原子力詠を読む(1)「襁褓をし廃炉作業にたずさわる防護服着た人に夏来る』  山崎芳彦
 日本歌人クラブ(藤原龍一郎会長)は、、現在約3000名の歌人が参加している日本最大の超結社の歌人団体で、1948年に創設以来、現在まで短歌会発展のために活動し続けている。同クラブは、2000年から会員、非会員を問わず全国の歌人に呼びかけて短歌作品(1人3首)を募り、アンソロジー『現代万葉集』を刊行し、時代を映し出す短歌集を編み貴重な役割を果たしている。本連載の中で、これまで2012年版(連載の89〜94回)、2013年版(同131〜135回)、2014年版・2015年版(同197〜199回)を読み、筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただいてきたが、今回から2016年版から2019年版から原子力詠を読ませていただく。(2020/07/16)


第二江戸思想史講義 1  第1章 朱子『中庸章句』と江戸思想 1 子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
『中庸』はもともと『大学』とともに『礼記』中の一篇をなすものであったが、朱子はこれを『大学』とともに『礼記』から抜き出し、『論語』『孟子』と合わせて「四書」とし、『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』の「五経」とともに儒教におけるもっとも重要な経書の一つとしたものである。『中庸』は孔子の孫で孟子の師である子思の作と伝えられている。だが『中庸』全篇が子思の手になる孔子の思想的血脈を伝える書として見ることは疑われている。伊藤仁斎は『中庸』をその本書と見られる部分及びその解説と漢代の雑記と見なされる部分とに二分している。この『中庸』二分説は近代日本の中国学者武内義雄[1]にも継承されている。(2020/07/12)


[核を詠う](309)吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠を読む(4)「押し寄する廃棄物車の縦横に走れるここはふるさとならず」 山崎芳彦
 吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠として筆者が読んだ作品を抄出させていただいてきたが、今回で終る。この歌集の帯文に、「四世代で暮らした平穏な日々が、原発禍によって、一瞬にして打ち砕かれる。ゆえなく故郷を逐われた者は、ただただ故郷への思いを募らせるほかなかった…。為政者よ、電力会社よ、聞け、この声を。その何首かを諳んじて、人に伝えよ。」と記されている。作者が原発禍によって、100歳を越える両親を伴ってのふるさとからの避難、流離の日々を詠った短歌作品は、その真実の溢れた歌風、声高くはないが、原発が人間に何をもたらすかを明かし、思ってやまないふるさとの無惨な実態に悲しみ怒り、その中で生きることを、詠い続ける強靭な魂に心うたれつづけた筆者である。(2020/07/04)


[核を詠う](308)吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠を読む(3)「原発禍に母校は休校するといふ休校すなはち廃校ならむか」 山崎芳彦
 今回も吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠を読み継がせていただく。原発が、この国にあってはならない、と思いながら吉田さんの作品を読んでいる。起きないはずがない原発の事故が、どれほど人々の「生」を深く、永く苦しめ続けるのか、吉田さんの作品は、その本質を、まっすぐに明らかにしている。自らだけでなく、共に生きている人びとの歴史と現実を踏まえて詠い(訴え)続ける原発禍のもとの生活詠、叙景歌には、吉田さんの生きている、さらに生きていこうとする力がこもる。(2020/06/27)


[核を詠う](307)吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠を読む(2)「廃棄物貯蔵所もいまや稼働してわがふるさとは遠くなりたり」 山崎芳彦
 前回に続いて吉田信雄歌集『思郷』を読み継ぐ。吉田さんが遭遇した東日本大震災、その被害をさらに深刻にし、生活の基盤を破壊した福島第一原発の過酷事故の先行きを見えなくさせるような被災のなかで、強靭でたしかな生きる力に、筆者は第一歌集『故郷喪失』といま読んでいる「思郷」の短歌作品によって、改めて感動を受けている。原発事故が人間に何をもたらしたのか、作者は技巧に走らず、「歌は人なり」とでもいえばよいのか、自らの生きる現実から離れることなく、感性豊かに詠っていること、その一首一首が光を放っていることに、筆者も拙くとも詠う者の一人として学びたい。詠われている家族詠、容易ではない環境の中にあって確かに生き、人と交わり、人を思うこと、そしてあってはならない原発や戦争に対する怒りが声高ではないが他人事としてではなく語られている短歌作品は、吉田さんの個性であり、震災詠、原子力詠の一つの典型だと思いながら読んでいる。(2020/06/20)


中国語版『漢字論』序・「不可避の他者」としての漢字 子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
私の著書『漢字論』とは日本人の言語即ち日本語の欠くことのできない文字的要素として持ちながらも、なお「漢字」という呼び方に見うるように〈漢〉から伝来された文字という標識を付けたまま日本人に使われ続けているその「漢字」をどう考えるかということです。日本語あるいは日本語文における漢字が〈漢〉の文字として意識され、問題にされるようになるのは、日本とその言語をめぐる自国・自言語意識の成立とともにです。この日本の自言語意識を強くもった学問すなわち国学の登場は日本の歴史上にはっきりと時期をもった事件です。それは18世紀の本居宣長(1730−1801)の登場とともに生じた事件です。宣長は日本の最古の神話的歴史的伝承を含む記録『古事記』の注釈『古事記伝』を文字通り畢生の作業として完成させました。(2020/06/16)


アーレント『革命について』を読む 〜「公的自由」と人間的幸福〜 子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授  
「公的自由を経験することなしにはだれも自由であるとはいえず、公的権力に参加しそれを共有することなしには、だれも幸福であり自由であるということはできない。」(ハンナ・アーレント『革命について』)ハンナ・アーレントの『革命について』が刊行されたのは一九六三年である。その六三年にアメリカのケネディー大統領が暗殺された。ケネディーによって回避された〈キューバ危機〉の構成者であったソ連のフルシチョフが解任されたのは翌六四年である。そして六五年にアメリカはベトナムに〈北爆〉を開始した。(2020/06/15)


INA(Institut National de l'Audiovisuel, 国立視聴覚研究所)とは?  フランスのすべての番組を保管し、歴史的なインタビュー番組やニュースなどは一般にも公開
YouTubeの映像検索をしていると、よくina frというロゴの入った映像に出会います。これはフランスの放送番組の保管・公開を担当する公共機関INA(国立視聴覚研究所)がUPしているものです。経験的に非常に有益な映像資料が多いことを感じます。たとえばフランスの構造主義のパイオニアの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースにジャーナリストのベルナール・ピヴォがインタビューした以下の映像もその1つです。(2020/06/13)


明日13 日、名古屋で愛知県大村知事リコール運動反対のアクション
 明日13日、名古屋で「表現の不自由展・その後」を理由とした大村知事へのリコール運動反対のアクションが行われます。 6月2日高須克弥氏らは「表現の不自由展・その後」の開催と再開をおもな理由とした大村知事へのリコール運動を開始すると記者会見しました。アクションの呼び掛け文は、リコール運動は表現の自由」と「歴史の事実」に対する攻撃であると訴えています。(大野和興)(2020/06/11)


[核を詠う](306)吉田信雄歌集『思郷』から原子力詠を読む(1)「原発の地に帰り来て盂蘭盆の墓参をなせり防護服にて」 山崎芳彦
 今回から吉田信雄歌集『思郷』(現代短歌社、2019年10月刊)を読ませていただく。筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただくのだが、福島県大熊町に生まれ、四世代が睦まじく暮らしていた作者が福島第一原発の過酷事故による、『故郷喪失』(吉田さんの第一歌集名)の苦難とふるさとへの思い、家族の離散、親しい知友との別れ、避難地でのたやすくはない日々の現実のなかで詠ったこの歌集の作品から、言葉としての原発禍を表す歌句はなくとも、背景というには色濃く深刻な原発事故の影を消すことは、筆者にとって苦しみだし、作者の思いに沿わないことになるだろうと思いつつ、あえて「原子力詠」と括っての作品抄出を、吉田さんにお詫びせざるを得ない。なお、吉田さんの第一歌集『故郷喪失』(平成26年4月、現代短歌社刊)は本連載の(159,160)で読ませていただいた。その望郷の思いを読みながら、筆者は原発を基盤とする「原子力社会」からの脱出、原発依存の政治・経済体制の打破を強く思った。そして『思郷』の作品群でその思いを新たにしている。(2020/06/10)


非在の存在性:岡本太郎と沖縄  髭 郁彦(記号学)
刈り取られ、だだっ広い空間だけが残った耕地。頭の上に大量の干し草を載せて運んでいる農婦。山のように積まれた干し草は農婦の顔を完全に覆っている。空は高く、からっぽの大地の中に一人。こちらに向かい歩いて来る。「岡本太郎の沖縄」という展覧会のビラに使われていた一枚の写真に私の視線が惹きつけられた。7月6日から10月30日まで、青山にある岡本太郎記念館で開かれている返還前の沖縄の写真展。それを知るきっかけとなったのはこの写真だった。岡本は芸術家であると共にフランスの民族学者・社会学者のマルセル・モースの弟子であり、思想家のジョルジュ・バタイユの友人であった。その事実を私は赤坂憲雄の書いた『岡本太郎が見た日本』を読んで初めて知った。(2020/06/06)


対象の束と歴史的動き:『「大正」を読み直す』私論    髭 郁彦(記号学)
時代は新たな希望を作り出すものであると共に、時代は掛け替えのないものを抹殺するものでもある。それが、子安宣邦氏の『「大正」を読み直す――幸徳・大杉・河上・津田、そして和辻・大川』(藤原書店、2016、以下サブタイトルは省略する) に対して最初に抱いた感想であった。日本の歴史も思想もまったく知らない私がこの本について書こうと思ったのは、時代とは何か、時代的精神とは何かという問題を熟考する必要性を感じたからである。だが、そこには一つの大きな難問が横たわっていた。天皇の交代によって決定される時代区分を持つ日本において、明治、大正、昭和、平成という近代以降の変遷を考えることは、ある特異性について考えることのように思われたからである。(※2016年のテキストの転載です)(2020/06/02)


[核を詠う](305)市野ヒロ子歌集『天気図』から原子力詠を読む「大地震(なゐ)に果てし骸(むくろ)の捨て置かれ放射線日日ふりそそぎたり」 山崎芳彦
 今回は市野ヒロ子歌集『天気図』(いりの舎、2019年刊)から原子力詠を読ませていただく。著者の市野さんは、東京在住の歌人だが、福島県いわき市出身、その地で少女時代を過ごしたという。親族、知友が多く福島に住んでいて、ご自身が生まれ育った故郷でもあり、2011年3月の東日本大震災・大津波・福島第一原発の過酷事故の被災地であるふるさとの9年、そして現状は他人事ではなく、寄せる思いは深く、痛切なわが事でもあることが、この歌集の作品群によって明かされている。作者は「この歌集を二部構成とした。二〇一一年三月十一日に発生した東日本大震災は、福島県いわき市出身の私にとって大きな衝撃であった。大地震、大津波に見舞われた、春浅き東北の被災地の惨状、とりわけ、重大な原発事故の災厄に喘ぐ故郷の姿に心が揺さぶられた。震災前の歌を1に、震災以後の歌を兇房めた。」とあとがきで記している。本稿では、兇ら筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただく。(2020/06/02)


不気味なエクリチュール  髭 郁彦
※2016年のテキストの転載です。6月11日から7月3日まで三鷹市美術ギャラリーで太宰治資料展兇開催されていた。展示物の中に「水仙」と名づけられた太宰の油絵があった。それは薄気味悪さや違和感を覚えるものである一方で、哀れさと儚さを内包しているような不思議な印象を抱かせるものであった。「この絵を描いた一年後に太宰は短編小説『水仙』を発表した」。解説文に書かれていた言葉が気になった。小説の存在を知らなかった私は絵と小説との連関性を探ってみたいと考えた。だが雑事に追われ、すぐにこの作品を読むことができず、7月の終わりになり、やっと『水仙』を手にすることができた。強く惹きつけられるような魅力ある作品ではなかったが、探究すべきいくつかの重要な問題が内在している。そう感じた私はこのテクストを書き始めた。(2020/06/01)


日本会議について   髭 郁彦 (記号学)
  近代国家が成立して以降、どんな時代にも、どんな国の中にも、愛国心の重要性を叫ぶ思想は存在していた。また、愛国心をイデオロギー的中核とし、自国中心主義を主張する思想も存在していた。それゆえ、日本における反共産主義を基盤とした右翼思想に言及する発言には目新しさはない。だが、今までマスコミにほとんど取り上げられることがなかった日本会議という謎の右派組織について語るとなると事情は大きく異なる。今年の4月以降、日本会議に関する本が続々と刊行されている。(2016年に発表されていたものの転載です)(2020/05/31)


過去の物語は誰が作り上げるものなのか?  髭 郁彦 (記号学)
太宰治は『弱者の糧』の中で「映画を好む人には、弱虫が多い」と述べている。私は映画が格別好きではないが、嫌いでもない。でも、弱虫である。自慢のできる話ではないが、権力とりっぱに戦ったためしもなく、週に何度も映画館に通うということもしたことがない。弱虫の凡人である。そんな私でも、偶然知った映画が気にかかり、映画館に入ることがある。片渕須直監督作品「この世界の片隅に」を見ようと思ったきっかけは、偶然見たテレビ番組で、映画制作のために、この監督に質問を受けた一人の男性が語っていた言葉であった。(2017年の文章を掲載します)(2020/05/21)


「アナキズム書籍10冊」 森 元斎(もり・もとなお(たまに、「げんさい」)
世界ではアナキズムの思想・哲学は重要な研究領域をなしているばかりでなく、社会・経済の中で実践されてもいます。しかし、歴史的な事情もあってか、日本では知っている人がまだまだ少ない分野です。そこでアナキズムに詳しい長崎大学の研究者、森元斎氏にアナキズムを理解するための本を10冊推薦していただきました(編集部)/ (2020/05/20)


[核を詠う](304)うた新聞3月号「東日本大震災から9年いまの思いを詠う」から原子力詠を読む「廃棄物貯蔵地内なるわが屋敷 更地になりしと風は知らせ来」 山崎芳彦
 短歌総合紙『うた新聞』(いりの舎発行)3月号(3月10日発行)の特集「東日本大震災から九年 いまの思いを詠う」から原子力詠を読ませていただく。この特集には、岩手、宮城、福島、茨城の歌人20氏の作品とエッセイが掲載されているのだが、その中から筆者の読みによる「原子力詠」を抽かせていただく。この9年を経て、改めて原発がある限り消えない深刻な危険、本質を、福島第一原発の過酷事故が人びとにもたらした災厄、九年を経て益々明らかになっている多様で、捉えきれない、さらに続く解決不可能な諸問題を、あたかも「解決済み」のごとく扱う政治・経済支配権力者とそれにつらなる「原子力マフィア」の底知れない非人間的な悪徳を憎まないではいられないと痛感している。(2020/05/19)


ミステリ作家フレッド・ヴァルガスさんが感染症の際にマスクが不足するであろうことを2006年の番組で警告していた
フランスの人気ミステリ作家にフレッド・ヴァルガスという女性がいまして、ミステリと言えばアメリカの作家がたくさん紹介されることが多いのですが、フレッド・ヴァルガスは日本でも紹介されています。「死者を起こせ」は3人の歴史学者が女性失踪事件を解明する話で邦訳も出ています。主人公が3人全員歴史学者ながら、それぞれ専門とする時代が古代、中世、現代と違っており、フレッド・バルガスさんがこういう設定でミステリを書いている背景には著者自身が中世を専門とする歴史学者で、フランスの国立研究機関CNRSで働いてきたことが関係しています。(2020/05/17)


責任と贖罪:虐殺の記憶を語ること  髭郁彦 (ひげいくひこ):記号学
1月13日、文京区区民センターで憲法を考える映画の会が企画した「自主制作・上映映画見本市#3」が行われ、総計7本のドキュメンタリー映画が上映された。私はその中で「靖国・地霊・天皇」(2014年)、「9条を抱きしめて―元米海兵隊員が語る戦争と平和―」(2013年:以後サブタイトルは省略する)、「反戦を唱う女たち」(1988年)という三本の映画を見たのだが、ここで書こうと思う事柄は「9条を抱きしめて」と関係する問題である。映画の完成度から言うならば、この映画よりも他のニ本の方が完成度は高かったが、この作品が提示する問題について考察する必要性を私は強く感じたのだ。それには以下の理由があった。(2020/05/16)


[原爆の図丸木美術館」がコロナ禍による休館で存続の危機・緊急募金を呼びかけ―「次の世代に『原爆の図』のある美術館をつなぐ支援を」
 丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を所蔵・展示する原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)が、新型コロナウィルスの感染拡大の影響で4月9日から休館を余儀なくされ、「先が見通せない状況、これまでになかった危機に直面している」ことから、「危機を乗り越え、ここにくれば『原爆の図』がみられる場として存続しつづけるための支援」緊急募金を呼びかけている。(山崎芳彦)(2020/05/09)


[核を詠う](303)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(6)「前線からまた前線へ移りゆくやうに福島へ戻りゆきしか」 山崎芳 彦
 6回にわたり、塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』の歌集、『99日目』、『366日目』、『733日目』、『1099日目』、『1466日目』、『1833日目』、『2199日目』を読み続けてきたが、今回の『2566日目』(平成30年7月刊)を読ませていただくと、本連載(296)の『2933日目』を含め、既刊全冊を読み、それぞれ筆者が「原子力詠」として読んだ作品の抄出をさせていただくことになる。筆者の「読む」力の浅さから、さまざまに迷いつつ、できる限り作品の深さ、広さを、また東北の現実を、人々が生きている真実を「詠む」歌人の真摯さに近づこうと努めたつもりではあるが、作者の方々の果実を傷つけ、収穫し得ない筆者の非力をお詫びしなければならないと、頭を垂れる思いである。それにしても、読み残され、粘り強く継続する歌集に収められた作品のかさなりが、これからもさらに積み上げられていくことを願いたい。(2020/05/07)


ベルベル人の心を歌ったイディール(Idir)さん、パリで亡くなる  ”肺の病で” 
先日、パリのCOVID-19(新型コロナウイルス)の感染率は推定10%弱という話を科学者のフランソワ・トロンシュさんから聞いたばかりですが、郊外も含めたパリの都市圏で100万人以上にはなる計算です。今日、飛び込んできたニュースはアルジェリアのベルベル人で、パリでも活躍してきた歌手のイディールさんが死亡した、という記事でした。フランスから悲しみのメッセージが届きます。イディールさんのデビュー曲は「アババ・イヌーバ」という歌で、アルジェリアの山の多いカビル地方に生きてきたベルベル人の心を歌ったものです。(2020/05/04)


[核を詠う](302)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(5)「抜けた乳歯を預かる歯医者あるという『何のために』と言いかけ気付く」 山崎芳彦
 塔短歌会・東北の歌集、『2199日目 東日本大震災から六年を詠む』(平成29年7月刊)から原子力詠を読ませていただく。この歌集の巻末に「震災のうた 三首選」と題して、塔短歌会・東北に作品を寄せている14氏が、東日本大震災にかかわる作品3首を選んで、それぞれ選んだ多くの歌人の作品についての感想、作品への思いを記すという企画による、魅力的な構成の14頁が掲載されている。東日本大震災に関わって詠まれている短歌作品は、個人歌集、合同歌集、歌誌をはじめ様々なかたちで世に出ているが、自ら東日本大震災の歌を詠み続けている歌人による「三首選」の企画は貴重だと思う。今回は、この「三首選」に選ばれている全作品を転載させていただいた。三首選をしたそれぞれの歌人の思いをつづった文章が記されているのだが、省略せざるを得なかったのは残念だが、それを読みながら、「詠む」と「読む」の交錯の深さが感じられて、短歌文学のありようについて考えさせられた。(2020/04/30)


[核を詠う](301)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(4)「一基とはまだ呼べぬなりその建屋、大間の岬に景色を変へず」 山崎芳彦
 塔短歌会・東北の『1833日目 東日本大震災から五年を詠む』(平成28年7月刊)から、原子力に関わって読まれたと筆者が読んだ作品を、抄出させていただく。同歌集の巻末に掲載のロングエッセーの中かの一部も抄出させていただいた。読みながら、「水俣」を生き、この国を生きた石牟礼道子さんの俳句「毒死列島身悶えしつつ野辺の花」を思っていた。そして、新型コロナに苦しむ、そしてこの国の政治・経済の権力者が、人びとの苦しみや怖れを利用しての悪辣な企みを進めるに違いないことを思わないではいられない。核発電・原子力社会に固執する勢力が何をなしてきたか、何をしようとしているかを思い、石牟礼さんの俳句が立ち上がってきたのだ。いまは、『1833日目』の作品を読んでいく。(2020/04/20)


料理人ジェンナロ・コンタルド(Gennaro Contaldo)氏のイタリア料理の映像サイト「チタリア」  パスタの本場での作り方
新型コロナウイルスの緊急事態宣言で、今まで外食中心だった人々が自宅で料理を試みるという話をよく聞きます。自宅で仕事をする場合は昼食でも自宅のキッチンが使えるのです。そんな中、ありがたいのは本場の料理の作り方を紹介する映像サイト。これはイタリア料理のYouTubeサイト「Citalia」(チタリア)でシェフのジェンナロ・コンタルロ氏が本場の作り方を英語で披露しています。英語と言ってもネイティブと違って、日本人にも非常に聞き取りやすい英語です。たとえばこのリンクはカルボナーラ・スパゲッティの作り方を指南しています。手軽に作れるパスタはまさにランチに最適です。コンタルロ氏の説明にはイタリア人らしい豊かな感情があふれていて、その人間性にも惹かれます。(2020/04/18)


[核を詠う](300)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(3)「電力と電力の間(あひ)にひとが立つ休耕田の太陽光パネル」 山崎芳彦
 塔短歌会・東北に拠る歌人たちの作品を、今回は『1099日目 東日本大震災から三年を詠む』(平成26年7月刊)、『1466日目 東日本大震災から四年を詠む』(平成27年7月刊)によって読み、原子力に関わると筆者が読んだ作品を抄出させていただく。抄出する作品以外の多くの貴重な、共感し、心うたれる作品群を読むことができる歌集が毎年編まれ続けられていることの意味は大きい。東日本に関わる歌人たちの営為が生むゆたかな果実を広く、詠う人々に限らない、多くの人々に届けて、忘れてはならない、残さなければならないこの国に生きる人びとへの発信が、さらに続けられることを願いつつ、筆者は読ませていただいている。(2020/04/17)


TED講演 アダム・グラント 「与える人と奪う人」ギバー(与える人)が最も成功できる・・・
28歳で最良のビジネススクールの1つ、ペンシルベニア大学ウォートン校で終身教授に就任した組織心理学者アダム・グラントによるTED講演(日本語字幕付き)。ビジネス界にはギバー(与える人)、テイカー(奪う人)、マッチャー(損得のバランスを取る人)という3種類のタイプが存在すると言う。単純化すればパイを二人で切り分ける時に、どういう配分法を取るかで3通りに分けられる。テイカーは自分が多め、マッチャ―は平等、ギバーは相手に少し多めに与える。以外にも、この中でギバーが最も成功できるのだと説く。(2020/04/14)


私たちはコロナにどう向き合うか 藤原辰史『パンデミックを生きる指針〜歴史的アプローチ』をお勧めする
 冷徹に資料を読み込む歴史研究者の視点で新型肺炎コロナがもたらした世界史的な状況を考え抜き、国家、家族、社会、感染症の世界史、清潔と不潔とナチズム…。そのことに私たちはどう向き合うか、を語った論文が静かに読まれ、広まっている。今、コロナウィルスのパンデミックという事態を前に、私たちが歴史から学ぶべきことは何か。それを基本に何に取組むべきか。岩波新書編集部のホームページに、数日前に掲載された、藤原辰史准教授(京都大学人文科学研究所、農業史)による『パンデミックを生きる指針〜歴史的アプローチ』をお勧めする。40歳代のまだ若い知性であるが、希望を感じさせる力を持っている。(伊藤一二三)(2020/04/09)


[核を詠う](299)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(2)「フクシマに残ると決めて父と行く立志伝なき一族の墓」 山崎芳彦
 前回に続いて、塔短歌会・東北が刊行した『733日目 東日本大震災から二年を詠む』の作品から、原子力詠を読ませていただく。大地震・巨大津波に加えて、福島第一原発の過酷事故による被災からの2年を、東北の歌人たちがどのように詠んだのか。それぞれの作品は、深刻な被災による、一様ではない環境、生活をどのような生きたかを、色濃く映した貴重な思い、詠嘆であり、作者の詠む思い、意図とともに、その作品を読む人びとの作品からの感受によって、「733日目」にとどまらない歴史的な意味を持つ短歌文学の一画をなすものといってよいと筆者は思って、読ませていただいている。その中から、筆者の読みによる原子力にかかわる作品を抄出させていただいている。読み違い、読みの浅さへのご寛容をお願いする毎回である。(2020/04/08)


[核を詠う](298)塔短歌会・東北の『東日本大震災を詠む』から原子力詠を読む(1)「核燃料再処理工場 財政の苦しき村の海に向き立つ」山崎芳彦
 本連載の前々回(296)で、塔短歌会・東北が刊行した『2933日目 東日本大震災から八年を詠む』を読ませていただいた。塔短歌会の東北に関わる歌人たちが2011年3月11日の東日本大震災のあとの99日目に開いた歌会の歌をもとに『99日目』と題して歌集を刊行してから、毎年、東日本大震災を詠む歌集を刊行し続けていることを知って、『99日目』以後の各巻を読ませていただきたいと考え、発行者である塔短歌会・東北の梶原さい子氏にお願いをして、お手数をおかけし、既刊のすべてを手にすることが叶った。今回は『99日目 東日本大震災ののちに』、『366日目 東日本大震災から一年を詠む」を読ませていただく。なお、歌集の収益は福島の子どもたちへの支援団体への寄付にしているという。(2020/04/01)


笑いでコロナの免疫力を! 小さなカフェで、玉川太福さんが浪曲ライブ
 コロナ自粛が広がる春分の日の昼下がり、西東京市の小さなカフェに、人気浪曲師玉川太福さんの張りのあるうなりが流れた。演目は「不破数右衛門の芝居見物」「任侠流山動物園」など三席。額に汗をにじませながらの熱演に、30人足らずの客は笑いころげ、ホロリとさせられ、コロナ疲れを癒された。(永井浩)(2020/03/21)


ルドミラ・パヴロヴァ―さんのバッハ作曲「シャコンヌ」 北部の村、スタラパカでの夏の音楽祭 Ludmila Pavlová(violinist)  
チェコと言えばスメタナやドヴォルザークなど偉大な音楽家を輩出した音楽の国として知られていますが、音楽が盛んなのは首都のプラハだけではありません。北部、ポーランドとの国境に近い山岳地域のスタラパカと呼ばれる村の教会では気鋭の若手演奏家を中心としたコンサートが毎年夏に行われています。チェコだけでなく海外からも演奏家を招聘し、クラシックだけでなくジャズなども演奏されます。日刊ベリタでも何度か取材させていただいたプラハ在住のバイオリニストのリュドミラ・パヴロヴァーさんも毎年のように、この夏の音楽祭で演奏しています。名前は「Podkrkonosske」のサマーコンサートです。(2020/03/20)


[核を詠う](297)『短歌研究年鑑2020年版』の「2019綜合年刊」から原子力詠を読む「平成の遺物となるやセシウム灰誰も言わなくなって恐し」 山崎芳彦
 短歌研究社発行の「『短歌研究年鑑2020年版』に収録されている『二〇一九綜合年刊歌集』から筆者の読みによる原子力詠を記録させていただく。この「年刊歌集」に収載された作品は2019年度に短歌研究社に寄贈された歌集、短歌総合誌、全国結社短歌雑誌等に掲載の作品から選出・採録されたほぼ一万首に及ぶ。その膨大な作品群から「原子力詠」と筆者がうけとめた作品に限って抄出させていただくのだから、作者の意に添わない不行き届きがあるおそれは免れない。筆者としては、全国のまことに多い歌人の作品を読ませていただいたことをありがたく感謝している。抄出させていただいたのは50首に満たない作品だが、その多少については言う術がない。(2020/03/19)


ティボー・ソルシエの1コマ漫画と料理  パンデミックで男が家に閉じ込められた時
フランスで最近出回っている1コマ漫画が、37歳のティボー・ソルシエによるもの。新型コロナウイルスで仕事場に行けなくなったお父さんと娘が台所で一緒に料理を作っている。お父さんは今までの仕事がむなしく感じられるようになり、この世界が狂っていることに気がつき始めるのだ。この漫画のタイトルは「自宅監禁の真の危険」。これは面白い視点だし、実際に、そうした男性はいるのかもしれない。職場では忙しさに追われ、調理する場所もないから、外食したり、コンビニ食をしたり、という人が多いはず。(2020/03/14)


[核を詠う](296)『2933日目 東日本大震災から八年を詠む』から原子力詠を読む「一つでも誤魔化しあればまた起きる故郷うばひし原発事故よ」 山崎芳彦
 塔短歌会・東北発行の『2933日目 東日本大震災から八年を詠む』(2019年7月11日刊)を読み、筆者が原子力詠として読んだ作品を抄出させていただくのだが、塔短歌会の東北にかかわるメンバーが2011年の東日本大震災にかかわって詠った作品から「原子力詠」を抄出するのは、あの大震災・津波のなか福島第一原発の過酷事故が起き広範な地域にさまざまな形で災厄をもたらしたことを思えば、筆者の読みのつたなさ、力量が、作者の作歌意図を受け止め切れていないことによる不十分さが少なくないかもしれないと懼れている。不行き届きについては心からお詫びせざるを得ない。(2020/03/06)


パトウ犬「モウグリ」は山岳地帯エクランに戻った ジャン=マルク・ロシェット(漫画家)Jean-marc Rochette   
山岳をこよなく愛するフランスの漫画家、ジャン=マルク・ロシェットさんは晩秋から春にかけてはパリで仕事をして、夏場はフランス南東部のローヌ=アルプ地域圏のエタージュの別荘で仕事をしています。趣味は山登りですが、山登りや山の羊を襲う狼などを素材にした漫画を最近、連作しています。その別荘である日、出会った一頭の若い牧羊犬がモウグリでした。犬種はパトウです。本来は好戦的な性格なので牧羊犬になっているのですが、モウグリはあまり戦うのが好きではないらしく、やがてロシェットさんの別荘で飼われるようになりました。ところが、冬が訪れ、ロシェットさんがパリに帰る時がやってきました。放っておくと、働きの悪い牧羊犬は殺されてしまう可能性があるため、ロシェットさんはモウグリをパリに連れて帰ることにしました。しかし、もともと山岳を駆け回る大型犬ですから、パリでは環境が十分に適していなかったようです。(2020/03/04)


[核を詠う](295)角川『短歌年鑑・令和2年版』から原子力詠を読む「まほろばを流るる小川のほの明かりふくしまの村は未だくらやみ」  山崎芳彦
 今回は角川『短歌年鑑・令和2年版』(角川文化振興事業団、令和元年12月7日刊)の「自選作品集」、「題詠秀歌」、「角川歌壇・特選作品集」、「作品点描」それぞれの特集に所収の作品群から、筆者の読みによって原子力詠を抄出させていただく。月刊総合短歌誌を発行している角川の『短歌年鑑』は、短歌界の動向を知る上で筆者にとって貴重である。2011年の福島原発事故以降、原子力に関わって短歌人がどのように詠っているかを知るための一端として、毎年度の同年鑑を読み続けている。当然のことだが、歌人の歌う対象は多岐にわたり、「原子力詠」として筆者が読み取る歌は、年鑑所収の千数百人の歌人による数千首の作品のなかで、その数は決して多いとは言えない。しかし、年鑑に載せられた作品を読みながら改めて膨大な作品を読む、短歌に触れることは筆者にとってありがたいことであると思い、その中で原子力にかかわる作品に出会うことの貴重さに感動するのである。(2020/02/22)


[核を詠う](294)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』から原子力詠を読む(4)「被曝禍に妻逝きわれの独り居に今宵も風がノックするらし」    山崎芳彦
 波汐國芳歌集『鳴砂の歌』を読んで来て、今回が終りになる。福島原発の過酷事故によって、国内にとどまらない世界的な、現在にとどまらない人間のみならず命あるものの未来にわたっての核の深刻な危険が、より明らかにされたにもかかわらず、核エネルギー依存の政治・経済支配者の核兵器も含んだ原子力社会の継続への姿勢は変わらないなかで、福島の歌人・波汐さんが「原発爆ぜ悔いても吠えても戻らぬを失いたりしものの重たさ」、「核融合成る世紀とぞ陽(ひ)のほかに陽をしつくらば其(そ)に焼かれんを」…と詠い、「頑張るぞ九十四歳うたをもて福島おこしにわれはつらなる」と第十五歌集『鳴砂の歌』を編まれた作品を読ませていただいたことへの感謝の思いは深い。(2020/02/13)


フランスの漫画家クレール・ブレテシェさん亡くなる Claire Bretécher est décédée
フランスの漫画家、クレール・ブレテシェさんが亡くなった。79歳だった。フランスでは女性を中心に多くの読者を擁していた国民的漫画家だった。代表作は「アグリッピーヌ」や「欲求不満の人」など。(2020/02/12)


TED講演 サイモン・シネック「なぜ優れたリーダーの元では安心を感じられるのか」
経営理論家のサイモン・シネックが優れたリーダーとは何かについて講じている。日本におけるリーダーはどうか?まったく逆になってはいまいか。彼らに自己や家族や友人の命を託せるだろうか。(2020/02/11)


アンソニー・マカーテン講演「笑いについて」 ニュージーランド出身で英国で活動している映画作家・放送作家・ジャーナリストがユーモアを披露
「ボヘミアンラプソディー」や「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」などの映画を手がけてきた映画作家でジャーナリストのアンソニー・マカーテン氏がTEDトークで英語のジョークを披露しています。(2020/02/10)


[核を詠う](293)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』から原子力詠を読む(3)「核融合成る世紀とぞ陽(ひ)のほかに陽をしつくらば其(そ)に焼かれんを 山崎芳彦
 今回も引き続いて波汐國芳歌集『鳴砂の歌』から、筆者の読みによって原子力詠を抄出させていただく。「原子力詠」とは言いながら、作者の本意に適う読み、作品の受止めになり得ているか、いつも迷いがあるのだが、もし読み違いがあれば、お許しを願うしかない。とりわけ、原子力発電所の重大事故、福島第一原発の過酷事故が人びとの生活、自然環境にもたらした災厄を思えば、さらに原発立地地域や、いつ事故の影響を受けるかと不安をもつ人びとの「生きる」現実を考えれば、その生活や思いと原子力社会の現状は切り離しがたいと思う。福島原発事故以後運転を停止している原発が多いとは言いながら、原発が存在し、その稼働を推進しようとする政治・経済が権力をほしいままにしていることを考えれば、短歌作品を読みながら「原子力詠」の枠は容易には定めがたい。いま読ませていただいている波汐さんの作品から、原発とのかかわりを断って筆者は読むことができないのである。歌集『鳴砂の歌』から抄出させていただく作品数は多い。(2020/02/04)


フランスから来日、エディ・デュフルモン氏が中江兆民とフランス共和主義について熱弁
中江兆民と言えば「東洋のルソー」と呼ばれ、フランス革命の思想家であったルソーの「社会契約論」(民約論)を翻訳した人として知られています。とはいえ、私の中江兆民に関する知識はそこで止まっていました。ですから、フランスのボルドー大学から来日して、昨日、東京の日仏会館で中江兆民について熱く語ったエディ・デュフルモンさんのことを書きたいと思います。そもそもフランス人がなぜルソーを翻訳した中江兆民にそこまで情熱を注ぐことができるのか?ということが私にとって好奇心でもありました。デュフルモンさんの知的動機はどこにあったのだろうか、と。(2020/02/02)


「祀る神が祀られる神である」ー日本の神の性格について 子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
昨年行われた天皇の代替わりの儀式は、剣璽等の継承と即位礼を経て大嘗祭によって完了したとされる。所功は大嘗祭の意義について、「大嘗祭の意義については、さまざまな説が提唱されてきました。しかし平安時代中期(927年撰上)の『延喜式』などから、天皇が皇祖神から授けられた食べ物を神々に供え、御飯・御粥と白酒・黒酒を自ら召し上がる。それによって「皇御孫命(すめみまのみこと)」として霊威を更新され、国家と国民の末永い平安を祈られる大切な祭である」と説いている。新天皇が皇孫としてその霊威を更新し、国家・国民のための新たな祭祀者(神を祀り、神に祈る者)になる儀式が大嘗祭であるとすれば、それは即位儀礼の付加的儀式ではなく、むしろ最も意味の重い伝統的儀式であり、所がいうように即位礼もこれによって「完了したとされる」ような中心的儀式であるといえるだろう。だが昨年行われた天皇代替わりの即位礼は大嘗祭を伝統による余儀なき付加的儀礼とすることによってそれがもつ重大な意義を隠してしまった。(2020/01/26)


[核を詠う](292)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』から原子力詠を読む(2)「核汚染十万年とぞ合歓花(ねむばな)の眠っても眠っても手繰りきれざる」 山崎芳彦
 前回に引き続き波汐國芳歌集『鳴砂の歌』を読む。原子力詠をということで、筆者の読みによって作品を抄出させていただいているが、筆者には波汐さんの作品のほとんどすべてが、福島第一原発の過酷事故とかかわっている、切り離しては読めない。東日本大震災・大津波が人びとにもたらした災厄は、福島原発事故による被害との複合災害であり、原発事故によって人々がどのような状況に追い込まれ、苦悩を強いられたか、現在・未来にわたっての苦難と不安を強いられているかを思いつつ読まないではいられない。そして福島の現在と未来をとおして、この国の今日と明日を思わないではいられない。波汐さんの一首一首はそのような作品だと思う。歌人の大仕事を、波汐さんは続けている。「復興五輪」などと虚言を振りまき、真実かくしを続ける原子力マフィア勢力と真反対の大仕事である。(2020/01/26)


[核を詠う](291)波汐國芳歌集『鳴砂の歌』の原子力詠を読む(1)「うつくしま はや沈みしをこの海にずしりとメルトダウンの重さ」  山崎芳彦
 今回から福島の歌人・波汐國芳さんの第十五歌集『鳴砂の歌(なるさのうた)』(2019年8月、公益法人角川文化振興財団刊行)を読ませていただく。あの原発事故被災・大地震・津波被災から九年、波汐さんの短歌作品は、とどまることのない前進・深化・充実を絶え間なく続けている。いただいた年賀状に「頑張るぞ九十四歳うたをもて福島おこしにわれはつらなる」と記されていた。筆者は自らの日々の生きる姿勢のありようを打たれる思いであった。この連載の中で波汐さんの歌集『姥貝の歌』、『渚のピアノ』、『警鐘』をよませていただき、さらに今回は『鳴砂の歌』を詠ませていただけることに深い感謝の念を抱かないではいられない。(2020/01/20)


[核を詠う](290)「朝日歌壇」(2019年1〜12月)から原子力詠を読む(3)「原発がなければ仕事がないというそういう土地に原発はある」 山崎芳彦
 2019年1月〜12月の「朝日歌壇」入選作品から、筆者が原子力詠として読んだ作品を記録してきたが、10月〜12月までの今回で終る。(2020/01/11)


[核を詠う](289)「朝日歌壇」(2019年1〜12月)から原子力詠を読む(2)「被爆して死を待つ姉を看取りたる十五のわれの狂おしき夏」   山崎芳彦
 前回に続いて「朝日歌壇」(2019年1〜12月)入選作品から原子力詠を読み、記録する。今回は7月〜9月の作品となるのだが、読みながら「原爆を知れるは広島と長崎にて日本といふ国にはあらず」(竹山広)という1首を思い、この竹山さんの歌の重さを考えていた。竹山さんは25歳のとき、結核を病み入院していた長崎市浦上第一病院を退院予定の日の1945年8月9日に原爆に被爆し、迎えに来ていた兄を探して5日間放射能の満ちる焦土の中をさまよい、被爆地の惨憺たる状況を目撃し、上半身を焼かれた兄の死を看取るという過酷な体験をして、辛うじて生き延び90歳に逝去されたが、前記の「原爆を知れるは…」はその最晩年の作品である。2010年3月に逝去されたのだが、そのほぼ1年後に福島第一原発の過酷事故が起きた。いま、「朝日歌壇」から原子力詠を抄出しながら、90歳の原爆被爆者である竹山さんにこのような歌を詠ませた「日本といふ国」の歴史と現実、とりわけ原発推進の国策を強行に進め、また国連の「核兵器禁止条約」の妨害者となっている腐臭にみちた安倍政権を許してはならなと強く思うのである。(2019/12/30)


「桜を見る会」と道徳教育 根本行雄
 安倍晋三首相主催の「桜を見る会」の問題は、この政権がほんとうに腹までどころか、骨まで腐っていることを明らかにしている。この政権が押し進めているのが道徳教育だ。しかし、国際的な学習到達度調査(PISA)の2018年の結果が公表され、日本の子どもたちが読解力がないこと、議論することができないことがわかった。この結果は、安倍政権とは無関係ではない。権力におもねる教員たちは、日常的に差別し、抑圧し、人権侵害を堂々と行っている。そのような教員たちによる道徳教育がどういうものになるか。日本は「亡国」の道を進んでいる。(2019/12/20)


俳優ケヴィン・ポラックのトークショー
スタンダップコメディアンで俳優のケヴィン・ポラックはトークショーをYouTubeで公開しています。たとえば、以下のリンクは映画監督のロブ・ライナーとの対談です。ロブ・ライナーと言えば大ヒットしたラブコメの映画「恋人たちの季節」「あなたにも書ける恋愛小説」などの監督です。(2019/12/20)


[核を詠う](288)「朝日歌壇」(2019年1〜12月)から原子力詠を読む(1)「原発の燃料デブリに触れ初めたり冥(くら)くて遠き廃炉への道」  山崎芳彦
 今回から朝日新聞の「朝日歌壇」の2019年の入選作品から、筆者が原子力詠として読んだ作品を、筆者のスクラップによって読み、記録させていただく。この連載では朝日新聞社刊『朝日歌壇2012』により、2011年3月の福島第一原発事故以後の作品を記録し始めて、毎年の「朝日歌壇」から原子力詠を記録し続けている。膨大な投稿作品から週一回に発表される、選者(佐佐木幸綱、馬場あき子、永田和宏、高野公彦)各氏の選10首、計40首(共選作品もある)によるのだから、「朝日歌壇」への応募作品全体の傾向を簡単に言うことはできないが、入選作品に限っていえば原子力詠や沖縄の辺野古基地問題、憲法・軍事力強化を進める政治への批判などをテーマにした作品が多彩な視点から詠われていることに、筆者は共感することが多い。同歌壇の入選作品が映し出すこの国の「いま」を筆者なりに思いを凝らして考えさせられている。(2019/12/19)


今日の英国をどう見るか?  英国で哲学を学んだ哲学者フィリップ・クラーク氏に聞いた interview: Philip Clark ( philosopher )
  英国のサセックス大学で哲学を学んだスイス人のフィリップ・クラークさん(Philip Clark) に、今日の英国についてどう見ているか、聞いてみました。専門は欧州の大陸系哲学にジェームズの功利主義やホワイトヘッドのプロセス思想など。Q 今日の英国についてどうご覧になっていますか?英国の状況は混乱しています。それは英国の議会制民主主義が、欧州のあらゆるところと同様に、直接民主主義に近い政治システムをとるすべをもたないことにあります。そのため、常にそれを粉砕するしか手がないのです。(2019/12/13)


[核を詠う](287)『平成三十年度福島県短歌選集』の原子力詠を読む(3)「過ちはまた繰り返しますフクシマのトリチウム汚染水海へ流して」 山崎芳彦
 福島県歌人会の『平成30年度福島県短歌選集』から、筆者が原子力詠として読んだ作品を抄出・記録してきたが、今回が最後になる。毎年度の選集を読ませていただいてきているが、多くの福島歌人の作品が福島第一原発の事故によってどれほどの苦難を人びとが生きることにもたらしたかを短歌表現によって明らかにしていることへの、深い敬意を、筆者は持ち続けている。そして、その理不尽で許し難い加害「犯罪」原因集団である原子力マフィア、その中心である安倍政権と財界をはじめこの国の権力中枢とその仲間たちが、再び、三度、この国にとどまらず広く世界のどこかで核による「犯罪」を繰り返すことを許してはならないと教えられてもいる。(2019/12/10)


[核を詠う](286)『平成三十年度福島県短歌選集』の原子力詠を読む(2)「中間貯蔵の一部となりて住み慣れし我が家もついに処分されゆく」 山崎芳彦
 前回に引き続き『平成30年度版福島県短歌選集』から、筆者が原子力詠として読んだ作品を記録させていただく。福島原発の過酷事故によって立地地域のみならず福島県の枠を超えて広範な地域の人々をはじめ生命をもつ動植物、自然環境が深刻な危険にさらされ8年余を過ぎた今もその危機は人々の生活、心、健康を苛んでいる。福島歌人の作品は、懸命に原発事故の地で生活し、不安や様々な苦難に直面しながら、その心を詠っている。筆者も心を込めて読みたいと思う。(2019/11/28)


[核を詠う](285)『平成30年度福島県短歌選集』から原子力詠を読む(1)「トリチウム放流の海にはさせまじと福島の漁師ら声高に言ふ」  山崎芳彦
 今回から、福島県歌人会(今野金哉会長)刊行の『平成30年度版 福島県短歌選集』(平成31年3月発行)から原子力詠を抄出させていただく。この連載ではこれまで、『福島県短歌選集』を平成23年度版から毎年、福島歌人が東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故による被災の苦難のなかで、その真実を詠い続けている作品を読み、筆者の行き届かない読みによってだが、原子力詠を抄出・記録させていただいてきた。同短歌選集は、福島の歌人が自らの生きている証を多様に、広く深い題材にわたって詠った作品の集積である。筆者が、その作品群から、これが原子力詠だと読んで抄出することについては、作者の作歌意図を捉え得ているかと思い惑うことしばしばであるが、不行き届きがあればお詫びするしかない。(2019/11/19)


明治大学文学部主催「フランス革命とスペクタクル」 革命期の演劇を考える
17日、明治大学文学部主催で「フランス革命とスペクタクル」と題するシンポジウムが行われた。近年、日本でも劇場政治などと言って、TV報道により見世物化した政治と劇場の関連性を語る言説にあふれているのが、このシンポジウムでは実際に人が殺し、殺され、政治が大きく変わっていったフランス大革命の時代に「同時代」として演じられた演劇とはどのようなものであったか、ということがテーマとして掲げられている。フランス革命自体がスペクタクルですらあったが、刻々と進行する革命は社会を変えつつあり、それは当然、戯曲をも、劇場をも、そして観客自体をも変えていった。(2019/11/18)


国際有機農業映画祭 13回目の今年は武蔵大学江古田キャンパスで12月8日に
 国際有機農業映画祭は12月8日に都内の武蔵大学江古田キャンパス一号館(練馬区)で開きます。今年で13回、上映作品はアフリカを舞台にアフリカで制作された映像が二本、フランスを舞台としたものが二本、それに映画祭運営委員会自主制作の『それでも種を巻くその後』の合わせて五本です。(大野和興)(2019/10/28)


イタリアのThe Gypsy Queens が歌う名曲” L'Italiano ”のミュージックビデオ
イタリアというと今日、何を思い浮かべるのだろう。人それぞれ、正直なんだっていい。とはいえ、ジプシー・クイーンズが歌う「イタリア人」はとてもよいと思う。なぜ、キングスじゃなくて、クィーンズかはわからない。グループは男ばかりだ。しかし、ミュージックビデオを見ると、粋なグループであることはわかる。(2019/10/23)


フランスの風刺漫画家、ウィレム Willem 「リベラシオン紙にウィレムあり」
フランスのリベラシオン紙にはウィレム(Willem)という名前の風刺漫画家がいて、漫画家へのテロ事件にもめげず今も権力を風刺する健筆をふるっています。2015年のテロで殺された風刺漫画家たちは「ハラキリ」という風刺漫画媒体でかつて活躍していた漫画家たちですが、ウィレムもその一人でした。ウィレムが根城にしているのはリベラシオン紙だったため、シャルリの襲撃事件で殺されなかったのは不幸中の幸いでしょう。ウィレムは2013年のアングレーム国際漫画祭では漫画界への貢献を評価されてグランプリという栄誉を与えられました。(2019/10/14)


訃報:齋藤たきち(農民詩人・作家) 
 山形の農民詩人、齋藤たきちさんが亡くなった。84歳だった。この世代の山形には、一群の素晴らしい百姓がいる。佐藤藤三郎、星寛治、木村迪夫らだ。彼らは野の思想家真壁仁の流れをくむ百姓であり、詩を書き、ものを書き、地域に根差した平和運動や文化運動、有機農業運動を作り上げてきた。彼らは年齢的に弟分であるぼくを村を歩く記者として、一人の人間として若い時から鍛え上げてくれた。たきちさんの訃報に接し、置賜の菅野芳秀にすぐ電話した。太吉さんらの世代から一世代若い、一群のすごい百姓が山形にはいる、その一人だ。山形の村には、こんなすごい百姓を生む地下水が流れている、そんな文章を書いたことがある。たきちさんのあとには必ずたきちさんがいる。(大野和興)(2019/10/13)


PayPal創業者 ピーター・ティール(Peter Thiel)氏の講演  「競争するのは負け犬 〜いかに起業するか〜」
オンライン決済サービスのPayPal創業者、ピーター・ティール氏による講演。(2019/10/13)


富田克也監督と空族の「ONE MEKONG」 破天荒なインドシナ半島の冒険行
「典座」「バンコクナイツ」「サウダーヂ」など、日本とアジアの関係を軸に斬新な映画を丹念に作ってきた映画制作グループの空族と富田克也監督たちが、YouTubeにUPした映像シリーズ作品があります。それが「ONE MEKONG」で、20分前後で1話になっていて、5回シリーズに分けられています。同じく空族で脚本家でもある相澤虎之助氏も参加しています。(2019/10/12)


経営理論で「キャズム」(大きな谷)という概念を提唱した経営理論家ジェフリー・ムーア氏 ”Geoffrey Moore - The Chasm Has Evolved”
「キャズム」(Chasm)とは企業がある商品を市場に投入した時に、顧客層には初期からリスク覚悟で積極的に先駆けて買う顧客層から石橋を叩いても渡らないような慎重かつ保守的な顧客層までいくつかの層に分かれる。その初期に購入する顧客層と、なかなか購買に至らない顧客層との間に広がる「隙間」がキャズムだ。企業が成功するかどうかは、キャズムをどう超えるか次第だ。このことは自分にひきつけて考えても、理解できる。これは経営理論家のジェフリー・ムーア氏が提唱した概念だと言うことで、そのことは「キャズム Ver.2」に書かれている。キャズムを越えるための戦略も提案される。(2019/10/12)


ハンガリーの巨匠、Tarr Bélaによる "The Turin Horse " ( 邦題「ニーチェの馬」)
ハンガリーの巨匠、BELA TARR( タル・ベーラ 1955〜)の映画「The Turin Horse (邦題 ニーチェの馬)」を見ると、強風ですさんでいくかに見える世界が今の世界の闇を象徴しているのが感じられる。欧州を見舞う異常気象なのか、強い風がやむことなく地上を襲い、馬を使って行商的な仕事を営む家族は陸の孤島に閉じ込められてしまう。(2019/10/08)


The European Graduate School / EGS が主催するビデオ講演  ジュディス・バトラー「翻訳の中のジェンダー 単一言語主義を越えて」
萩生田文部科学大臣になって、文化への支援に与党の意向が色濃く反映され始めています。いや、すでにそういう傾向は強まっていましたが、このままではますます強まるでしょう。さらに出版不況が強まり、翻訳が出版産業として成り立たなくなりつつあります。もう翻訳に頼っていたら先端の情報は入ってきません。そんな中、英語で世界の講演に耳を傾ける機会や能力の有無によって、持てる情報の質量が今後大きく変わっていくと思います。スイスにThe European Graduate School / EGS という学校がありますが、これは非営利法人が運営しています。(2019/10/06)


「表現の自由」を守れ! 「あいち事件」で2日に文化庁前で抗議行動
 私たちは昨晩、第138回市民憲法講座で名古屋の山本みはぎさん(表現の不自由展の再開を求めるあいち県民の会)から貴重なお話を聞きました。9月25日、「あいちトリエンナーレ2019」検証委員会が中間報告を発表、「表現の不自由展・その後」について「条件が整い次第速やかに開催すべき」と提言、大村秀章・愛知県知事は「本来実施されるべきものを本来の姿に戻したい」と、再開に向けた動きが出てきています。(2019/09/30)


文化庁は「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金交付中止を撤回してください。
「文化庁が、「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金不交付を決定しました。私たちはこれに強く抗議し、方針の撤回を文化庁に要求します。」(2019/09/27)


エストニアの民族楽器カンネルを現代に生かした女性演奏家Duo ”RUUT "来日公演 
 以前、ロシアのバンド、Otava Yo のミュージックビデオが秀逸だと日刊ベリタに紹介記事を書いたところ、それを読まれてなんとロシアからOtava Yo を招聘して本当に日本でコンサートを開いた音楽プロデューサーの方がいたのです。その方、小巖仰さんは兵庫県に拠点を置くハーモニーフィールズという企業で音楽家の招聘活動をされています。彼が招聘する外国の音楽家は一味ある演奏家ばかり。北欧とか、伝統音楽とか地域に根を張って、貴重な物語が見えるバンドが多いのです。前置きが長くなりましたが、今回、ハーモニーフィールズが招くのはエストニアの伝統楽器奏者のデュオ。(2019/09/22)


「表現の不自由展・その後」の再開を目指して
8月1日に開幕した日本最大規模の国際芸術祭・あいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」がわずか3日で中止されてから2カ月近くが経過した。この間、「表現の自由」のあり方や企画展中止の是非をめぐって、様々な立場から多様な意見が出されており、改めて現在の日本社会の置かれた状況について考えさせられた人も多いのではないだろうか(村田貴)(2019/09/19)


日仏会館シンポジウム ダニー・ラフェリエール&リ―ビ英雄&立花英裕〜 和歌と俳句、そして今書くということ 〜[ 講演と対話 ]同時通訳付き
日仏会館で10月7日(月)興味深いシンポジウムが開催されます。フランス語圏の文学界の鬼才、ダニー・ラフェリエール氏が、アメリカ出身で日本語で小説を執筆する作家のリービ英雄氏と講演および対談を行います。司会はNHKのフランス語講座でもおなじみの立花英裕教授。時間は18:30- 20:30です。以下は、日仏会館のウェブサイトを転載いたします。ダニー・ラフェリエール (作家、アカデミー・フランセーズ会員)「世界の旅人、芭蕉への挨拶 &」リービ英雄 (作家、法政大学教授)「『万葉集』と現代 」(2019/09/18)


世界を飛び回る写真家、セシル・メラ氏に聞く Interview : Cecile Mella ( photographer )
私は最近、セシル・メラという名前のフランスの写真家と知り合いました。どのような写真を撮る人なのか、彼女のウェブサイトなどを探ってみると、活動はかなり多岐にわたっています。ベルリン国際映画祭のオフィシャルカメラマンでもあり、そうした華やかな場に出入りするカメラマンである一方で、アフリカの政情不安定に見える国に出かけたり、またある時は、スポーツのフィールドにいたり・・・。その合間にパリのカフェのテラスに座っていたり。セシル・メラさんを見ると、強い個性を放つ人だなとわかります。野生動物のようなたくましさと、詩人のような繊細さを兼ね備えている人かな、と思いました。今回、セシル・メラさんにインタビューに答えて頂きました。(2019/09/15)


Interview: Clarinetist Franck Russo  J'ai toujours aimé les projets originaux et m'exprimer de toutes les manières possibles. (Franck Russo)
In 2105, I interviewed a young clarinetist ,Franck Russo who lives in Paris. I was collecting stories on young instrumentalists and conductors in the world. Those days, Franck won a prize at international music festival in Prague. Recently Franck produced a new record with pianist and a soprano singer. It features pieces by Robert Schumann and Franz Schubert. In my interview, Franck said he loved Shumann's music. Today I post the interview which I posted 4 years ago again here, translating it in English for the sake of Franck Russo (for his birthday) . And it is also my challenge ,too.(2019/09/12)


フランシスコ・トレドのいないメキシコ  山端伸英
 メキシコ時間で9月5日午後9時ごろ、フランシスコ・トレドFrancisco Toledoが亡くなった。フランシスコ・トレドはこの半世紀を代表するメキシコの、そして世界の画家であった。メキシコ市の国立美術院BELLA DE ARTESを卒業し、昆虫や動物の説話的形象を追及しアメリカ人のファンを獲得、1959年、テキサスで展示会を開催し、そのころ作家ヘンリー・ミラーの圧倒的絶賛と支援を得たと言われる。(2019/09/11)


ポール・ラルケンズのTED講演 「なぜ大多数は常に間違えるのか?」
オランダで脳力を最大限高めて創造性を発揮するすべを研究しているという人物、ポール・ラルケンズ(Paul Rulkens)氏によるTED講演の記録。論題は「なぜ大多数は常に間違えるのか?」。大多数、というのは英語で言えばマジョリティであり、マイノリティの逆ですね。さて、ラルケンズ氏のTED講演のつかみはアインシュタインのエピソードから。1942年にオックスフォードで教鞭を執っていたアインシュタインは物理の試験を行ったあと、キャンバスを歩いていた時に彼の助手から質問を受けた。助手「先生、これは去年の問題とまったく同じじゃないですか。どうして、そんなことができるんですか?」すると・・・(2019/09/08)


音楽にかける青春 カロル・シマノフスキのヴァイオリン協奏曲2番に挑戦 ルドミラ・パヴロヴァー Ludmila Pavlová 
プラハのヴァイオリニスト、ルドミラ・パヴロヴァー(Ludmila Pavlova)さんがこの春、取り組んだのがカロル・シマノフスキ作曲「ヴァイオリン協奏曲2番」です。この曲を演奏していると、嗚咽が込み上げてきた、とパヴロヴァ―さんは語ります。以下が、この公演の録画です。パブロヴァーさんは前に立ってヴァイオリン・ソロを受け持っています。カロル・シマノウスキはポーランドの作曲家です。以前のインタビューで、毎回、演奏に際して、作曲家のことを研究すると言っていたパブロヴァーさんです。(2019/09/03)


「あいち事件」への違和感・II 問題「展」が伴う検閲の既視感 松本武顕
 “事件”発生からひと月。展覧会主催者、左右を問わぬ外からの「表現の自由」への物言い、「再開」要求、…様々な声が響き、止まない。事件の予兆は開会初日に報じられた芸術監督のツイッターに既にあったはずが、主催側と当該展実行委員会に事態への問題認識と危機意識、当事者感、或いは、当事者意識に基づいた怒り、憤りの表出は、希薄。事件をどう理解し、対応するのか、再開への提案、方針も明示されぬまま今に至る不可思議。もしや、問題「展」自体を「表現の不自由」“事件”につながる作品の「見世物小屋」にしただけだったのでは、とさえ見えてしまう。(2019/09/02)


パトウ犬「モウグリ」とパリで始まる冬の5か月をいかに過ごすか ジャン=マルク・ロシェット(漫画家) ”Comment faire avec un Patou pendant mes cinq longs mois d'hiver à Paris?” Jean-marc Rochette 
登山をこよなく愛するフランスの漫画家、ジャン=マルク・ロシェットさん。ある日、ロシェットさんのもとに犬が訪れることになったのです。その犬は普通のペット犬とは違った過去を持っていました。ロシェットさんはこう書き記しました。ロシェット <「モウグリ」(こういう名前だと知った)は日ごとに私に対して、明快に私の家に留まるつもりがあることを示したのだった。モウグリ「(もしあなたが私の主であるなら、私にはそのことに反対はありませんね・・・)」(2019/08/31)


「平和の少女像」に込められている思いは何か  Bark at Illusions
 愛知県で開催されている国際芸術祭の企画展、「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた事件は、日本社会のいくつかの問題点を改めて示した。ひとつは、言うまでもなく日本の表現の自由の現状についてだ。かつてローザ・ルクセンブルクが語ったように「自由とは常に、異なった考え方をする者にとっての自由である」。気に入らない作品が展示されているという理由で展覧会を中止に追い込もうとする社会は、自由ではない。展覧会に公金が使われていながら日本政府の意にそぐわない展示物があったことを問題にする人もいるが、権力者にとって好ましい意見を言うだけの自由なら、どんな独裁的な社会にも存在する。民主国家なら、公的機関こそ、多様な意見や表現を保障する義務がある。もうひとつ、この事件が浮き彫りにしたこととして問題にしたいのは、戦時の性奴隷を模した少女像への日本人の無理解だ。(2019/08/19)


宮内好江著「15分でフランス料理」 ありふれた食材を美味しく食べるための1歩
 文化出版局から出ている宮内好江著「15分でフランス料理」は装丁が若干地味ながら、中身は詰まったフランス料理のレシピ集です。15分、という短時間で普通の人が台所で作れる品々が70品ばかり紹介されています。15分とありますが、5分もあれば7分もあり、12分もあります。「えびのカクテルソース、バジル風味」は、カクテルソースの作り方が味噌でしょう。使っている調味料も、マヨネーズとか、ケチャップとか、ブランデーやウイスキー、それにバジルとカイエンペッパー、タバスコ。これらの調味料はスーパーで簡単に手に入れることができます。えびを茹でて、カクテルソースにつけて食べる。これの料理の所要時間がわずか10分。スーパーに入ったら、加工食品ではない、えびのコーナーから目が離せなくなりそうです。(2019/08/17)


「表現の不自由展・その後」 兎に角、展示再開を! 17日に都内で映画と徹底討論集会
 久しぶりに「表現の自由」がメディアのリードを飾る一方、夏祭りの子供神輿よろしく、もみくちゃの感もあるのはどこか、異常。一方、主催側、展示の実行委員会など、直接関係者の動向がよく見えぬまま、騒ぎが進行している様は、これまた異常。そんな現状を前に、「表現の自由を市民の手に 全国ネットワーク」(「表現ネット」)が、先週7日の衆議院会館での集会に続く「展示の再開を求める緊急集会」を17日(土) 午後、都内文京区民センターで開催する。(松本武顕)(2019/08/13)


「表現の不自由展」への違和感 主催者に欠落する作品・作者への連帯の覚悟 松本武顕
 「あいちトリエンナーレ2019」での上記展覧会場で、来場者が作品の写真と動画をSNSに投稿することを禁止すると掲示されたとのこと。主催側の芸術監督は「表現の自由がテーマだけに自由に写真を投稿してほしいとは思うが、イベント全体の安全管理に責任がある」 つまり、「ネットの炎上」が進行し、展示会の安全にまで影響が及ぶことを避けるためだという。展示作品は、3年前の同名の展覧会同様、慰安婦、先の戦争、天皇、憲法九条、現政権への批判などで問題/事件となったようだ。が、気になるのは、当時感じた“違和感”を今回の「禁止」報道にも覚えてしまうことだ。(2019/08/11)


「あいちトリエンナーレ」少女像の展示中止 「表現の自由は戦いとったものだ」  根本行雄
 名古屋市などで開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、従軍慰安婦を題材とする韓国人作家の「平和の少女像」が出品され、同市の河村たかし市長が撤去を要請していた問題で、主催する実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は8月3日記者会見し、像を展示していた「表現の不自由展・その後」コーナーを同日限りで打ち切ると発表した。多数の抗議を受け関係者や観客の安全を考慮したといい、同コーナーは8月1日の開幕から3日間で中止に追い込まれた。今回の問題における、河村名古屋市長や菅義偉官房長官の対応は、政治家としての見識の低さを示しているとともに、日本国憲法を理解していないことを露呈している。(2019/08/10)


ロバート・キャンベル氏「アートを通じて社会を考えたり意見を戦わせたり折り合いをつけようとする取り組みは芸術ではない。政治だ、だから公金は使うべきでないと主張する人がかなりいる事は今回よく分かった・・」
アメリカ人で日本文学研究者のロバート・キャンベル氏はあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の中止について、さらにツイッターでこう述べました。ロバート・キャンベル氏 「アートを通じて社会を考えたり意見を戦わせたり折り合いをつけようとする取り組みは芸術ではない。政治だ、だから公金は使うべきでないと主張する人がかなりいる事は今回よく分かった。賛成できない表現をヘイトだと捉える人も。両主張は、根本から間違っていると私は思う。」(2019/08/10)


フランクフルト学派の研究者、マーティン・ジェイ教授(歴史学) 科学や技術が進化しているのになぜ人は幸せになれないのか
ドイツのフランクフルト学派は、神話を否定し啓蒙の立場に立った近代人がなぜナチズムに吸収され、反ユダヤ主義やホロコーストという究極の排外主義や反人間的な思想に陥ってしまったかを研究した学派です。平たく言えば、人間は科学の進歩とともに古い迷信から抜け出し、生産性を上げ、医療も進歩でき、そのことによって究極の幸福にたどり着けるはずだった。それがなぜ、未だに貧困や憎悪、戦争にまみれ、さらには自然を破壊しているのか。いったい、どこに誤りがあったのか。近代を進めた啓蒙の中に何か間違っていたものがあったのか?こういう問いの立て方が根底にあります。アドルノとホルクハイマーによる「啓蒙の弁証法」はこの学派の1つの象徴的な刊行物です。(2019/08/05)


ロバート・キャンベル氏「審査を通り予算執行の決裁が下りた公共空間で公開中の作品を首長が撤去せよと迫るのは別次元の話で「検閲」に他ならず望ましくない」 
アメリカ人で日本文学研究者のロバート・キャンベル氏はあいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の中止についてツイッターでこう述べています。ロバート・キャンベル 「行政機関が内容を不適切と判断し美術展への公的資金投下を拒否することは理解できる。米最高裁判決もあり世界的に問題は無い。しかし・・・」(2019/08/04)


「表現の不自由展・その後」で「平和の少女像」撤去。日本ペンクラブ「展示は続けられるべきである」と声明
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で「平和の少女像」撤去。日本ペンクラブ(吉岡忍会長)は3日、「展示は続けられるべきである」との声明を発表。こうした結果を導いた政治的圧力を批判した。(大野和興)(2019/08/03)


表現の自由から自主撤退したあいちトリエンナーレ2019  速攻で「平和の少女像」の展示中止を決定
8月1日に始まったあいちトリエンナーレ2019という国際芸術祭で日本軍による従軍慰安婦像をモチーフにした「平和の少女像」を展示していたが、名古屋市長の抗議や市民からかかってくる電話での抗議を受けて、早々と展示から外すことになったという。そもそもこの展示は「表現の不自由展・その後」展という最初から議論を招きそうな作品を対象に選んでいる展示であるということで、その上で今、日本でホットな議論を呼んでいる作品をあえて選んだのだ。だから、主催者側は最初からそれなりの覚悟を持って展示をおこなっていたのかと思ったが、わずか3日で展示をはずす決定になったことに驚く人も少なくないだろう。(2019/08/03)


イスタンブールの「悪い娘たち」  トルコの漫画家、ラミズ・エレール(Ramize Erer) さんがイスタンブールへ里帰り
トルコの漫画家、ラミズ・エレール( Ramize Erer 1963- )さんは2007年にパリに移住した。 エレールさんの代表作は「悪い娘たち」で、快楽主義的にふるまう娘たちの行状を描いたシリーズだ。素っ裸の娘が描かれたものもあった。といってもエロというよりおおらかな笑いだった。だが、トルコが年々保守化したため、エレールさんは娘を連れてパリに移り住む決意をしたのだ。(2019/07/28)


『俘虜記』を読む 子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
「我々はほかにふりの仕様がないから待つふりをしているだけで、事実は遊んでいたにすぎなかった。その結果我々に来たものは堕落であった」と書く大岡昇平の『俘虜記』を昨晩やっと読み終えた。これで大岡の『レイテ戦記』を読むための準備ができた。『俘虜記』は米軍の俘虜となった日本兵士集団の記録文学としては例を見ないものであるが、彼がそこに記した旧日本兵士の「堕落」という姿態は比島の収容所だけではない、戦争末期から敗戦と占領下日本内地の姿ではなかったかと私には思われた。われわれ少年はその目で学校や町や村の周辺で屈従と卑屈と成り上がる者の姿態とをたしかに見ていたのである。生き残ったものは大岡だけではない、われわれもまた生き残ったものである。生き残ったものによって、同じ戦場で死んでいったものの記録はどのように書かれるのか、あるいは書きうるのか。これは同時代の文学の、あるいは歴史の根底的な問題だろう。(2019/07/23)


ジャン=マルク・ロシェットさんのBDが再映画化 SF階級差別列車の冒険を描くジェニファー・コネリー主演『Snowpiercer』(スノーピアサー)   
以前、お伝えしましたフランスのBD作家、ジャン=マルク・ロシェットさんの作品「脱走者」(Le Transperceneige: 直訳=雪を貫くもの)がハリウッドで映画化され来年公開となるそうです。2013年には韓国の名匠、ポン・ジュノ監督によって映画化されていますが、今回はジェニファー・コネリー主演による娯楽大作です。タイトルは『Snowpiercer』(2019/07/23)


政治空間内のブラックホールについて  髭郁彦(ひげいくひこ):記号学
「現代ビジネス」の7月4日の記事としてネット配信された政治学者の中島岳志とフリーライターの武田砂鉄による「「安倍首相は空虚である」自民党政治家を徹底分析して見えた「実像」」という対談には、安倍晋三の政治家としてのイマージュについての考察がなされていた。私は政治学も、経済学も、社会学も専門外ではあるが、この対談の中で語られている安倍空虚説に強い興味が沸き、この説を更に深く検討していこうと考えた。それがこのテクストを書こうと思った動機である。それゆえ、これから行う論述の中で私は安倍晋三という考察対象を分析していくが、それはこの人物の個人史を追うためのものでもなければ、彼の政治イデオロギーについて解明していくためのものでもない。ここで私は考察対象の政治的言説及びそれに伴った言表的行為を言語学的及び記号学的視点から観察することを通して、日本における政治的無責任性への暗黙裡の了解と非合理性への憧憬という問題について明確化していこうと考えている。(2019/07/19)


フランス革命記念日に向けてフランソワ・リュファン(映画監督・ジャーナリスト・国会議員)がパンク版を披露
 7月14日はフランスで1789年に起きた革命の記念日です。その象徴が革命の進軍の歌、「ラ・マルセイエーズ」。国歌になっていますが、これまで様々な歌手が権力批判のパロディ版を歌ってきました。今年話題になっているのが、ジャーナリスト・国会議員で映画監督でもあるフランソワ・リュファンとパンクバンド「La Horde」による「僕のマルセイエーズ」です。このパロディ版では市場経済至上主義が押し付けてくる様々な消費主義の「モラル」が徹底的に批判されています。(2019/07/14)


教授と女学生のセクハラを巡る確執を描いた「オレアナ」の劇作家デビッド・マメットの新作"Bitter Wheat" ( 苦い麦) ジョン・マルコビッチ主演でハリウッドのセクハラ事件に着想を得た作品らしい
アメリカの劇作家デビッド・マメットと言えば「グレンギャリー・グレン・ロス」や「アメリカン・バッファロー」と言った作品で1970年代から90年代にかけてアメリカの劇作家の第一線で活躍していました。マメットは1992年にはセクハラを巡る大学教授と女子学生の葛藤を描いた戯曲「オレアナ」を発表し、その熾烈な葛藤で衝撃を与えました。「オレアナ」が衝撃を集めたのは、男の言い分では埋まらない男女間の深い溝、女性の怒りが男の想定を超えており、話そうとすればするほどむしろ溝が深まっていく難しさと怖さが描かれていました。(2019/07/08)


イヴァン・ジャブロンカ氏の日仏会館における講演「社会科学における創作」 
社会科学を文学に創造する・・・それはいったいどのようなことなのか?フランスから初来日した歴史学者で作家のイヴァン・ジャブロンカ氏(Ivan Jablonka, 1973〜 パリ第13大学)の講演のタイトルが「社会科学における創作」だったことは大いに目を引いた。いったい社会科学は文学になるのだろうか?社会科学者は文学の創造者たりえるのだろうか?ここで社会科学者と言っているのは、たとえば歴史学者、社会学者、人類学者、政治学者などである。6月24日、会場である日仏会館に足を運ぶと、ジャブロンカ氏の著作の販売ブースが作られていた。売られていたのは「私にはいなかった祖父母の歴史」と「歴史は現代文学である」の2冊。いずれも名古屋大学出版会によるもので、売っている男性は名古屋から本をもって上京してきたと言う。百聞は一見に如かず。(2019/06/25)


木村荘八の素描画と「歌妓支度」 髭郁彦(ひげいくひこ):記号学
さいたま市のうらわ美術館で、4月20日から6月23日まで、「素描礼讃 岸田劉生と木村荘八」という展覧会が開催されている。借りていた本を返却するために、さいたま市立中央図書館へ行った帰り道、この展覧会を覗いてみた。見ようと思ったのは岸田劉生の絵よりも木村荘八の絵だった。木村の絵は6年前に東京ステーションギャラリーで生誕120周年記念展があったときに見に行ったのだが、連れもいてゆっくりと鑑賞することができなかった。そのこともあり、この展覧会を覗いてみることにしたのである。 入口を入るとすぐ右側に木村が素描画について書いた文のパネルが架けてあった。(2019/06/12)


フランスの歴史学者、イヴァン・ジャブロンカ氏の講演「社会科学における創作」 歴史学や社会科学の研究は文学にもなりえるか?  
 6月24日(月)18時半から、東京の日仏会館でフランスの歴史学者、イヴァン・ジャブロンカ氏による講演「社会科学における創作」が行われる。ジャブロンカ氏には「歴史は現代文学である」とか、「私にはいなかった祖父母の歴史」といった著作があり、歴史学における研究成果の出口に文学をあげているようだ。いったい、それはどのような営みなのだろう。文学になることで歴史が歪曲されることはないのだろうか?事実と記憶と想像力はどのような関係にあるのか?などなど興味は尽きない。(2019/06/11)


瑛九の点描画   髭郁彦(ひげいくひこ):記号学
埼玉県立近代美術館での特別展示「瑛九の部屋」は4月14日までの開催であった。春学期が始まろうとしている慌ただしい時期。だがこの特別展示は絶対に見たい。私はそう思った。特別室に展示されている作品は瑛九の代表作である「田園」だけであるのだが、暗室の中で絵に当たっているライトの光度が調整でき、光度の変化に伴い点描によって制作された絵の立体感が変化するという企画は、この絵の持つ様々な側面を浮き彫りにするように感じられたからである。それゆえ私は新学期のための詰まらない準備を一旦完全に放棄して、美術館に向かうことにした。(2019/06/02)


北京大・討議のためのメモ:近代・近代化・近代主義  子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
1.「近代」について 日本の歴史辞典[1]によれば歴史的時代区分としての「近代」は、「一般に資本主義の形成、市民社会以後の時代をいう。日本の場合には、一般に幕藩体制の崩壊した明治維新以後をさしている」とされている。これは歴史辞典でありながら非歴史的で、正確さを欠いた定義である。だがこの定義のあり方はこの辞典の30年後の新版[2]においても変わりはない。すなわち「世界史上では資本主義社会の成立、市民革命を近代の指標とするが、日本では近世に継続し、現代に先行する時代をいう。」この辞典における「近代」定義の問題は、時代区分としての「近代」を説くのに、「近代の指標」としての近代的社会の理念的構成を前提にしているところにある。(2019/05/21)


第26回「日本会議」研究会  ファシズムからネオリベラリズムへ(2) 野上俊明(のがみとしあき):哲学研究
.はじめに  菅孝行氏講演に関連して  菅氏のいう三島由紀夫=象徴天皇制の欺瞞を暴いたといった評価について。三島は政治的には復古主義的なウルトラナショナリズムの立場であり、その天皇絶対主義の立場からする象徴天皇制批判に思想的政治的に見るべきものがあるとは思われない。三島と東大全共闘(‘68学生反乱)との関係―一方は戦後民主主義を、もう片方は象徴天皇制を虚妄とする立場であり、三島は学生反乱の発展を怖れつつ、その既成体制の虚妄性を打ち砕くという点でどこかに接点を見出そうとしたのではないか。そしておそらくこの頃構想していたであろうクーデタに学生が利用できないかどうか、東大でのディベートはその瀬踏みの意味があったのではなかろうか。(2019/05/20)


日仏会館シンポジウム「イマージュと権力 〜あるいはメディアの織物〜」
 「イマージュ」という言葉、時々耳にするけれど、イマージュってなんだっけ? イメージとどこか違うの?・・・この言葉にはそんな戸惑いを感じてきた。それに対して初めて、「あ、違うんだ」と感じさせてくれたのは日仏会館で行われたシンポジウム「イマージュと権力 〜あるいはメディアの織物〜」における小林康夫氏(青山学院大学教授)の言葉だった。「イマージュと言う言葉が私の人生を変えた」と。小林康夫氏は美術評論家・宮川淳の著書「鏡・空間・イマージュ」に20歳の頃触れて大きな影響を受けたことを語った。(2019/05/19)


[核を詠う](284)新日本歌人協会の2018年度啄木コンクール入選作品「フクシマのいま、そして」、「原爆ドーム」を読む 山崎芳彦
 今回は新日本歌人協会(小石雅夫会長)の月刊歌誌「新日本歌人」の2018年6月号に発表された「2018年啄木コンクール入選」作品の「フクシマのいま、そして」(江成兵衛)、「原爆ドーム」(小山尚治)を読ませていただく。新日本歌人協会は『平和と進歩、民主主義をめざす共同の立場から、広範な人びとの生活・感情・思想を短歌を通じて豊かに表現し、将来に発展させることを目指す」(規約)を掲げる歌人団体として月刊歌誌「新日本歌人」を刊行するとともに、全国的に支部を組織して会員、歌誌読者1000名を超える、特徴のある歌人団体として活動しているが、創作方法や短歌観の違いに関わらず、広い歌人、短歌愛好家に門戸を開いて多彩な短歌活動をすすめているという。筆者の友人・知人にも同会に所属して作歌活動に励んでいるすぐれた歌人が少なくない。(2019/04/21)


[核を詠う](283)本田一弘歌集『あらがね』から原子力詠を読む(3)「ふくしまに生れし言葉はふるさとの土を奪はれさまよふらむか」   山崎芳彦
 本田一弘歌集『あらがね』から、筆者の読みによる「原子力詠」を抄出させていただいてきたが、今回で終る。今回の抄出歌に、「水俣は水のことばを福島は土語(つちのことば)を我等(われら)にたまふ」、「みなまたとふくしまの間(あひ) 亡き人の訛れるこゑを運ぶかりがね」、「訛りつつ生きて我等はうつたへむ しゅうりりえんえんしゅうりりえんえん」の3首があるが、本田さんが福島の地の歴史と現実を踏まえて水俣によせる思いを詠った作品に、筆者は強く、深い感銘を受け、石牟礼道子さん(1927〜2018)について思いを馳せた。本田さんの短歌作品は筆者に多くのことを教えてくれる。(2019/04/08)


「黄色いベスト」を扱ったフランソワ・リュファン監督(共同)"J' veux du soleil! " (太陽が欲しい)の公開が始まる
昨年11月に始まり、今も毎週週末になると黄色いベストを着用してあちこちでマクロン大統領への反対運動を繰り広げる「黄色いベスト」を描いたフランソワ・リュファン監督(共同)のドキュメンタリー映画"J' veux du soleil! " (太陽が欲しい)の一般公開が4月3日に始まった。今回はジル・ペレ(Gilles Perret)との共同監督である。リュファン監督によると、過去1か月半の間に、先行的な上映会を各地ですでに80回行ってきており、およそ2万5千人が見たとのこと。そして今日始まる一般公開では140以上の映画館でかけられる。(2019/04/03)


突出した伝統のあるリベラシオン紙の映画記事 映画批評家のジュリアン・ジェステル氏が来日 
 昨日、フランスの日刊紙、リベラシオンの映画記者、ジュリアン・ジェステル氏が日仏会館で同紙の映画批評の歴史を話してくれました。これは今、日仏会館が取り組んでいる企画の1つで、コーディネートしているのは日本映画研究家で、日仏会館の研究者であるマチュー・カペル氏です。僕はこれまで確たる認識がなかったのですが、リベラシオンはルモンドやフィガロといったフランスの大手日刊紙の中でも突出した映画記事の伝統を持っている、ということでした。何しろ、文化部から独立した「映画部」まで抱えていて、たとえば映画雑誌のカイエ・デュ・シネマと共同でカンヌ映画祭特集号を出すこともあるそうです。実際にカイエ・デュ・シネマの記者がリベラシオンに移籍したり、またその逆もあるようで、そうした人材交流の面を見ても、日本の新聞とは異なる伝統を持っています。(2019/04/02)


【核を詠う】(282)本田一弘歌集『あらがね』から原子力詠を読む(2)「福島の土疎まるるあらがねのつちの産みたる言の葉もまた」    山崎芳彦
 前回に続いて福島の歌人である本田一弘さんの歌集『あらがね』から原子力詠を読むのだが、本田さんの作品を読みながら、福島の現実を生きている歌人がその真実を詠った歌を読むことは、読む者にいまをこの国に生きていることについて、また生きようについて多くのことを考えさせてくれると、筆者は改めて思っている。前回抄出させていただいた本田さんの作品の中に、「基地といふつちは要らない沖縄のそらにつながる福島のそら」という一首があった。沖縄と福島、今この国の政府が行っている政治・行政、その政府と密着して「アベノミクス経済成長」による利益追求を図ろうと安倍政権と利益共同体制を作っているこの国の財界・大企業が、この国に懸命に生きている人びとを何処に連れて行こうとしているかを象徴的に示す沖縄と福島の空がつながっていると詠う歌人には、「基地」と「原発」の本質、これが人びとに何をもたらす存在であるのかを捉え、表現する「うたの力」が満ち満ちているのだろうと、筆者は思っている。(2019/03/30)


サリンジャー:エクリチュールの向こう側へ  髭郁彦(ひげいくひこ):記号学
僕がこの導入部分を、こんなふうに書き始めたことには、ちょっとした訳がある。訳と言ってもたいした訳ではなく、小さなコメディーと言った方が正確なのだけども。そのコメディーという奴はこうだ。僕は、もうすぐこの近くでは見られなくなるある映画の、多分とてもシリアスだと予想される映画の情報をたまたまキャッチした。上映は朝一回目だけ。そのため僕は早起きをして、髪の毛に櫛を入れ、いつものダウンジャケットをひっかけ、速足で駅に向かい、電車に乗り込み、目的の映画館を目指したんだ。(2019/03/29)


”ソ連のスーザン・ソンタグ”と言われた批評家、マリア・トゥロフスカヤさんが死亡(94) ミハイル・ロンム監督「ありふれたファシズム 野獣たちのバラード」の脚本も担当
「ソ連のスーザン・ソンタグ」と言われていた批評家のマヤ・トゥロフスカヤさんが亡くなった。94歳だった。ニューヨークタイムズが報じたのだが、3月4日でドイツのミュンヘンの自宅でだった。この十数年はドイツに移住していたのだと言う。(2019/03/28)


台湾・中央研究院・講演(2019.3.19.) 「日本近代化」再考−明治維新150年に際して   子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
昨年2018年は明治維新(1868)150周年に当たりました。特別に国家的な行事がなされたわけではありませんが、書店の棚を埋める形で明治維新と日本近代史の再考察本が出版されたりしました。だがそれらは明治維新とそれから始まる日本近代史を本質的に読み直したり、問い直したりするものではありません。だれも明治維新が日本近代史の正当にして正統な始まりをなす変革であったことを疑っていないからです。私は数年前から、正確にいえば15年の秋から津田左右吉の大著『文学に現はれたる我が国民思想の研究』とは何かを問うことを課題にした市民講座(公民教室)を開いてきました。津田左右吉(1873-1961)は『古事記』『日本書紀』に見る神話が天皇朝の神代以来の正統性を弁証するためのものであることを文献批判によって明らかにした『神代史の研究』(1913)などで、戦後日本で高い評価を受けた文化史的歴史研究者です。(2019/03/24)


シャルリ襲撃で殺された漫画家、ジョルジュ・ヴォランスキの漫画1000点以上が閲覧できるサイトが登場。エロスを描いて一番のフランスが誇る漫画家
2015年1月にフランスの風刺漫画シャルリエブドの編集室が襲撃され、漫画家たちが殺されたのだが、その中の一人がジョルジュ・ヴォランスキ(Georges Wolinski)だ。かつては月刊シャルリの編集長でもあった。フランスで70年代から80年代にかけてデビューした当時の若手作家たちにとってヴォランスキは父的な存在だった。そのヴォランスキだが、日本でシャルリ事件というとイスラム教徒に対するヘイトの漫画家が殺されたのは仕方がない、みたいな反応もあった。しかし、ここに出てくるヴォランスキの漫画を見れば、そうではなかったことがわかるだろう。(2019/03/21)


[核を詠う](281)本田一弘歌集『あらがね』から原子力詠を読む(1)「福島の土うたふべし生きてわれは死んでもわれは土をとぶらふ」  山崎芳彦
 今回から本田一弘歌集『あらがね』(ながらみ書房、2018年5月28日刊)から原子力詠を読む。著者は福島市生れ、福島県会津若松市に在住する歌人で、高校教師の職にあり、福島の地にあって精力的に「ふくしま」を詠い続けている。2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島原子力発電所の過酷事故による厄災と向かい合って「ふくしま」を生きる歌人が、いま直面する現実を踏まえて短歌表現する鋭くも骨太にして繊細な作品群を読みながら、筆者は本連載でかつて-本田さんの歌集『磐梯』(青磁社刊、2014年11月)を読ませていただいた(「核を詠う」176〜177号)作品を想起し、読み返しながら、『あらがね』の作品につなげて、著者の「ふくしま」の現実を詠む視座の人間の根源に迫る深さ、ひろがりに、その重厚ともいえる対象との向き合いに、改めて強い感銘を受けた。筆者の読みによる「原子力詠」の狭さをおそれつつ、歌集『あらがね』を読ませていただく。(2019/03/17)


映画 「よあけの焚き火」  土井康一監督のメッセージ
ドキュメンタリー映画や番組で知られている桜映画社がこのたび劇映画を製作し、ポレポレ東中野で上映中です。大藏流狂言を受け継いできた家族が出演します。伝統の継承を軸に家族の葛藤や絆、さらには地域のあり方を問いかけながら現代日本を見つめた映画です。以下は土井康一監督のメッセージです。 ●土井康一氏のこの映画製作への思い  『よあけの焚き火』の原案はポーランドの作家ユリー・シュルビッツの『よあけ』という絵本にあります。 シュルビッツの『よあけ』にはさらにルーツがあり、それは唐の詩人、柳宗元(りゅうそうげん)の 『漁翁(ぎょおう)』という詩に行き着きます。もともと中央の官僚であった柳宗元は政治的な争いに敗れ地方に左遷されます。 その失意のなか左遷先で目にした美しい自然と、そこに生きる人々の姿に心を打たれて読んだ詩が 『漁翁』だと言われています。 名もない漁師が明け方に川岸で火を起こし、朝食を摂っている。ふと気づけばいつの間にか漁師の姿はなく、 船を漕ぐ声だけが響いてくる。(2019/03/16)


日仏会館図書室図書室「日仏の翻訳者を囲んで」 第九回 コリーヌ・カンタン氏 ( 司会 丸山有美 )
さて、3月6日に行われた「日仏の翻訳者を囲んで」(通算で第九回)ではフランス著作権事務所のコリーヌ・カンタン代表取締役がトークを行いました。フランス著作権事務所はフランスの本の邦訳や、日本の本の仏訳など双方向で著作権交渉を行う企業です。なんと日本で翻訳されるフランス書籍の8割近くがこのフランス著作権事務所を介しているのだそうです。年間にすると150〜180冊に及ぶと言いますから、2日に1冊くらいのハイペースです。そういう意味ではフランス書籍の翻訳活動を考える人にとってコリーヌ・カンタン氏はいずれ必ずや出会うことになる人と言って過言ではありません。(2019/03/09)


[核を詠う](280)藤田光子歌集『つるし雛』から原子力詠を読む「夫や子に会へるまではと被爆せし母は地獄の二十日を生きし」  山崎芳彦
 今回読む藤田光子歌集『つるし雛』(短歌研究社、平成23年8月刊)は、前回の「蒲原徳子短歌集『原子野』から原子力詠を読む」に際して記した、友人から送っていただいた2冊の歌集のうちの一冊である。広島への原爆投下によって母、妹を失い、弟も火傷を負う、さらに多くの学友の原爆死という悲惨を体験した著者は、「わがために勤務代りて原爆死せる学友に生かさるる日日」と詠っているように、辛うじて被爆を免れて「生かさるる日日」に出会った短歌創作(七十歳近くになって居住地の埼玉県飯能市の短歌教室に入会)の中で竹山広の『とこしへの川』を読み、さらに「先生から『書くことにより死者への鎮魂にもなるのだ』と言われ…」、限られた人にしか話さずに来た広島原爆にかかわる体験を短歌表現しつづけたと、歌集の「あとがき」で記している。その作品は「死者への鎮魂」と共に今を生きる人々、これからを生きる人々への反原爆・反核の訴えでもあると筆者は思う。(2019/03/06)


[核を詠う](279)蒲原徳子短歌集『原子野』の原子力詠を読む「原子野に掘りし遺骨の幼なきを成仏すなと胸に抱きしむ」 山崎芳彦
 今回は蒲原徳子短歌集『原子野』(合同出版社、2011年8月9日刊)から原子力詠を読ませていただくが、この短歌集はこの連載を読んでくださっている友人から、「知人から託された」として送っていただいた2冊の歌集のうちの一冊である。ありがたいことである。この歌集『原子野』の著者は佐賀県生まれ(1920年)、佐賀県に在住された歌人であり、長崎に原爆が投下された後に、長崎に嫁いだ姉一家の遺骨を求めて、まだ原爆の被害で惨憺たる状況、残留放射能がなお悪魔の牙をむいていた長崎市内に入り、その悲惨を目の当たりに見、被爆者と出会う体験をした。著者も残留放射能の被害を受けたであろう。その時の過酷な体験の記憶を作者は50年余にわたり自身の胸の奥ふかく封印し、家族にも告げなかったという。語らず、詠わずにいたその時の体験と思いを、作者は80歳近くになって短歌表現しはじめ、卒寿の記念に次男の方が、作者の10年余にわたる短歌作品を収めた歌集を用意されたという。『原子野』はそこから生まれた短歌集である。(2019/02/16)


オーストラリアのボサノバ歌手 アンナ・サーレイ(Anna Salleh )
オーストラリアのシドニー在住のボサノバ歌手、アンナ・サーレイ。子供のころ、父親からリオ・デ・ジャネイロを舞台にした「黒いオルフェ」(Orfeu Negro)を見せてもらったことがきっかけで、ブラジルの音楽に夢中になったと地元新聞で読んだ。だが、ボサノバやサンバも歌うが、ジャズ歌手という風に地元では知られているようだ。(2019/02/12)


独仏共同出資の放送局ARTEのドキュメンタリー”Le piège des Kim ”(キムの策略) 核兵器をめぐる北朝鮮とアメリカの交渉の歴史を見つめる
ARTE(アルテ)と言えばドイツとフランスの共同出資でできた放送局で、欧州では高い評価を得ているようです。ARTEはその作品の中からいくつかをYoutubeに設けたチャンネルに放流しているため、フランス語を学ぶ学生やテーマになっている歴史や文化に関心のある人は一見の価値のあるプログラムのように思われます。前回紹介したのはヒトラーとスターリンの独ソ不可侵条約がどのように結ばれたかを振り返るもので、豊富な映像資料を駆使して歴史を語っていました。国境を超えることで相互に持っている映像を足し算ではなく、掛け算にできるということが感じられ、それまで活字でしか触れることのできなかった欧州史を映像で見ることができた、という希少な経験となりました。(2019/02/06)


[核を詠う](278)角川『短歌年鑑2019年版』から原子力詠を読む「福島に廃炉は成らずおそらくはわが子の子の子の子の子の世まで」  山崎芳彦
今回は角川『短歌年鑑2019年版』(角川文化振興財団、平成30年12月6日発行)所載の「「自選作品集」、「「題詠秀歌」、「作品点描」から、筆者の読みによる原子力詠を抄出させていただく。月刊総合歌誌『短歌』を発行している角川の『短歌年鑑』は、短歌界の動向を知るうえで貴重な資料であると、筆者は毎年欠かさず読ませていただいているし、保存している。この連載の中でも、2011年の福島原発事故以降、同年鑑からの原子力詠の抄出・記録を続けてきた。今回の「自選作品集」には600人近い歌人による自選作品各5首が収載された。3000首に近い全作品を読むことができ、拙いながらも詠むものの一人である筆者にとって、よい勉強の場を与えられたと思っている。「題詠秀歌」は月刊「短歌」の題詠の企画に応募の作品から選者によって秀歌として選ばれた作品396首が掲載されている。「作品点描1〜9」は、9人の歌人が総合短歌紙誌に掲載された歌人の作品を抽いて、それぞれの読み、評言を記していて、興味深く読んだ。(2019/02/04)


ムンクの生きた時代   髭郁彦(ひげいくひこ):記号学
ムンク展 (2018年10月27日から2019年1月20日まで上野の東京都美術館で開催されていた) は沢山の人でいっぱいだった。何故これほど多くの人がここに集まっているのか。私には理解できなかった。ここに集まった人々の関心はムンクの代表作と言われている「叫び」に集中していた。確かにこの絵は一時代を築いた表現主義の先駆者に彼を押し上げたという意味で、注目すべき作品である。だが、不気味で、グロテスクとも言い得る絵を見たいと何故これほど多くの人々が思うのか。そこに宣伝効果に載せられた大衆心理以上のものを探し出すことができるのだろうか。私にはそれが理解できなかったのだ。(2019/02/04)


小林正樹監督のドキュメンタリー映画「東京裁判」がデジタルリマスター版として公開 〜トラック54台分のフィルムを4時間半に〜
小林正樹監督のドキュメンタリー映画「東京裁判」がデジタルリマスター版として公開される予定です。全編で4時間半にも上りますが、日本が巻き起こした戦争責任を考えるうえで最高の資料であるだけでなく、小林正樹という切れ味の鋭い知的な監督による傑作でもあります。東京裁判の終了後、25年が経過して記録フィルムが公開されたことが映画化のきっかけだったと言われています。実際に編集が始まったのは1978年のころのようです。編集を担当したのは様々な名作を手掛け、映画の編集で名前が知られていた浦岡敬一氏(1930 - 2008)でした。ドキュメンタリーということもあり、フィルムを切り出していく具体的な作業は浦岡氏が担当していたことになります。(2019/01/24)


[核を詠う](277)朝日歌壇(2018年1〜12月)から原子力詠を読む(2)「汚染水八十九万トンのタンク群上空には八年目の秋雲」  山崎芳彦
 前回に引き続き「朝日歌壇」(2018年)から原子力詠を抄出するが、その前に今年1月13日の同歌壇に、安倍政権による沖縄県の辺野古沖埋め立て強行についての作品が多く入選して掲載されているので、その歌を抄出・記録しておきたい。まことに許し難い安倍政治の蛮行について、多くの主権者が強く批判しているが、詠う人々も早くから作品化してきている。今回は1月13日の「朝日歌壇」入選作品のみを記録するにとどめるが、今後どのようなかたちでか、沖縄を詠った作品をまとめたいと考えている。(2019/01/19)


フランソワ・リュファンが「黄色いベスト」に捧げる新作ドキュメンタリー映画を製作中
フランスで2016年に始まり大きな動きとなった政治変革運動の「立ち上がる夜」(Nuit debout)。その起爆剤となったのがドキュメンタリー映画「メルシー・パトロン!」だった。これはフランス北部のテキスタイル工場が工場の東欧移転によって閉鎖となり、労働者が疲弊していく状況と、それに対する闘いを描いた映画である。この映画が2016年3月31日にパリの共和国広場で無料上映されたことで多くの人々の心に火をつけたのだった。監督のフランソワ・リュファンは当時、北の地方都市アミアンでFAKIRという隔月の新聞を創刊編集していたが、そのジャーナリズムと闘争の延長線上で初監督した映画が「メルシー・パトロン!」である。数か月で50万人の観客を集め、翌年のセザール賞最優秀作品賞を得ている。(2019/01/18)


[核を詠う](276)朝日歌壇(2018年1〜12月)から原子力詠を読む(1)「ほんとうに使う気なんだ核兵器を扱いやすい大きさにする」 山崎芳彦
 今回から朝日新聞の「朝日歌壇」の2018年の入選作品から原子力詠を読む。この連載で、これまでも毎年「朝日歌壇」に掲載された作品からの原子力詠の抄出・記録をしてきたが、新聞歌壇の特徴、意義と言えるだろう社会詠、時代の動向を映した生活詠に、筆者は魅かれることが多い。筆者の読みであるから、行き届かず、作者の思いに沿わない抄出があることが少なくないことを自戒しながら、掲載された全作品(筆者のスクラップによる。)を読み返した。朝日歌壇が掲載される月4回、毎回40首(選者の共選作品も含む)を読むことは筆者にとって楽しい、学びの時間でもあったことを思い返しながら1年分をまとめて読んだ。同歌壇に対しては、少なからぬ毀誉褒貶もあるが、やはり読むに値すると筆者は改めて思っている。(2019/01/08)


ある詩人の肖像   髭郁彦(ひげいくひこ):記号学
「確か 英語を習い始めて間もない頃だ。/ ある夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。」という言葉で始まる詩や、「二人が睦まじくいるためには / 愚かでいるほうがいい / 立派過ぎないほうがいい / 立派過ぎることは / 長持ちしないことだと気付いているほうがいい」という言葉で始まる詩を読んだことはないだろうか。ありふれた些細な出来事が誰にでも判る平易な言葉で物語られた詩。これらの詩の作者である吉野弘の展覧会が桶川市にあるさいたま文学館で10月6日から11月25日まで開催されていた。吉野の詩を初めて読んだのは中学生の頃だったと思う。彼の「夕焼け」という詩が国語の教科書に載っていたのだ。その詩の小さな物語性に私は心を打たれた。小さな物語性。そう、彼の詩にはいつも、日常的なささやかな物語が語られている。彼の詩の物語性は長く記憶に残るものである。(2018/12/28)


香港映画「誰がための日々」を見る  宇波 彰(うなみ あきら):明治学院大学名誉教授
去る2018年12月12日に、私は黄進(ウォン・ジン)監督の香港映画「誰がための日々」(2016年)を見た(原タイトルは「一念無明」)。香港のある家族の物語である。父親はトラックの運転手をしている。母親は病気であるが、この夫婦は別居生活をしていた。次男は結婚していて、アメリカで働いているので、親の面倒を見ることはできない。長男(彼がこの映画の主人公である)は、献身的に母親の介護をしていたが、彼女の死後、疲労からか鬱病になって一年のあいだ入院していた。退院した彼は父親の家に行くが、家とはいっても、それは香港の裏通りにある、エレヴェーターのない粗末なアパートの一室である。父親は、「二歩しか歩く空間のない」その狭いワンルームの部屋に長男を迎え入れる。(2018/12/26)


[核を詠う](275)波汐朝子歌集『花渦』から原子力詠を読む「核マーク付けし原発の扉(ドア)のまへ放射痕ある胸騒ぐなり」  山崎芳彦
 今回読ませていただくのは波汐朝子歌集『花渦』(雁書館、2004年5月刊)だが、福島の歌人である著者は、まことに哀惜に堪えないが、今年9月10日に逝去(享年89歳)された。朝子さんの夫である波汐國芳さんから喪中のお葉書をいただいて知ったた。「失った妻の存在は何物にも代え難いものではありましたが、ともに歩んだ日々を胸に抱き心持ち新たに新年を迎えたいと存じます。」と記され、また「波汐朝子が歌人として病に負けずに闘い抜いた記録『花渦』より一首をしたためます。」として、朝子さんの歌、「ダムのため削がれし山の痛み知る片乳のみの吾なればこそ」があげられていた。筆者は、電話で失礼ではあったが心からのお悔やみを申し上げるとともに、歌集『花渦』についておうかがいしたところ、さっそくお送りいただいた。波汐朝子さんには、國芳さんにお願いごとの電話を差し上げた時、何回かお声をお聞きすることがあっただけだが、この連載の中で歌誌『翔』を読ませていただいきた中で朝子さんの短歌作品を読み、感銘を受けることが多かった。波汐朝子さんのご逝去はまことに口惜しく、悲しい。(2018/12/22)


地元のサッカー選手たちにシェイクスピア劇の台詞を語ってもらったイリーナ・ブルック氏(演出家 Irina Brook)
シェイクスピア劇に関する短いビデオ映像がフランスで話題を呼んでいる。南仏ニースのサッカーチーム(OGC Nice )の選手たちが一人ひとりシェイクスピアの一節を語っているものだ。映像は2分20秒。登場する選手たちの多くは黒人や移民の子弟と思われる。彼ら一人一人がシェイクスピアの言葉を見事に自分の言葉にしている。その力強さが胸を打つ。まさにシェイクスピアの魅力が凝集されていることを感じさせられる。演出したのはフランスのニースで劇場のディレクターとして活躍してきた舞台演出家のイリーナ・ブルック(Irina Brook)氏だ。(2018/12/21)


中江兆民『民約訳解』を読むーその1 ■明治維新の近代・7  子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
我より法を為(つく)り、我より之に循う ─中江兆民『民約訳解』を読む・その1 「此の約に因りて得るところ、更に一あり。何の謂いぞ。曰く、心の自由、是なり。夫れ形気の駆るところと為りて自から克脩することを知らざる者、是れ亦た奴隷の類のみ。我より法を為(つく)り、而して我より之に循う者に至りては、其の心胸綽として余裕あり。然りと雖も、心の自由を論ずるは理学の事、是の書の旨に非ず。議論の序、偶たま此に及ぶと云うのみ。」[1](2018/12/19)


【核を詠う】(274)福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(2)「三十三年前癌に克ちたる吾なるに又も癌とは被曝のゆゑか」  山崎芳彦
 前回に続いて、福島の「翔の会」発行の季刊歌誌『翔』から原子力詠を読むが、今回は第63号、64号からの抄出である。「原子力詠」として抄出・記録させていただいているが、筆者の読み、受け止めによるものであり、作者の意図や思いに沿わない場合があることと思うのだが、「詠む」と「読む」の關係、筆者の作品の背景に寄せる思いに免じてご寛容をお願いするしかない。(2018/12/14)


【コミュニティによる風景】(下) 江南ハウジングの共用空間における住民の自主的な利用を観察して  文・写真/村井海渡
 江南ハウジングは、低所得者層向けの住宅政策をすすめるソウル市が、都心での開発が難しいため、都心から離れた大規模住宅地において供給している集合住宅の一つだ。供給にあたって、1〜2人住まいの増加による世帯構造の変化、集合住宅で発生する様々な社会問題に対応するため、新しい住まい方や住宅供給方法の見直しが求められていた。国際コンペで設計者が選ばれ、3ブロックあるうちの1ブロック(1065戸)を山本理顕の設計事務所が勝ち取り設計した。(2018/12/09)


【コミュニティによる風景】(上) 江南ハウジングの共用空間における住民の自主的な利用を観察して  文・写真/村井海渡
 訪れたのは、日本の建築家、山本理顕が韓国ソウル市江南に設計した公共住宅である。ソウル駅からバスで1時間ほど郊外へ向かう。いくつか山を越え、起伏のある道を南へ進むと、徐々に自然が増え、山が切り崩されて開発された村が現れる。そこが目的地のバス停 hoening villageだ。幹線道路沿いのバス停から村の方へ歩くと、高層住宅群が見えてくる。3ブロックある内の1ブロックが目的の江南ハウジングだ。そこで見たのは、コミュニティによって管理された空間における、生き生きとした暮らしの風景である。(2018/12/04)


[核を詠う](273)福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(1)「被曝より七年を経てわが庭の汚染土の山やうやく消えぬ」    山崎芳彦
 今回からは、福島県の歌人グループ「翔の会」の季刊歌誌『翔』(編集・発行人 波汐國芳)の第62号〜第64号から原子力詠を読みたい。この連載の中で、『翔』の原子力詠については平成23年4月に発行された第35号に始まって今回読む第64号まで、ということは東日本大震災・福島第一原発の過酷事故が起きた直後から7年余にわたって、「翔の会」に拠る福島歌人の短歌作品から原子力詠を抄出・記録させていただくことなるということである。歌を詠む者の一人、また読む者として力不足の筆者にこのような機会を与えていただいていることに深い感謝の思いを申し上げなければならない。(2018/12/02)


マルクス生誕200年記念国際シンポジウム「21世紀におけるマルクス」ご案内
 現代資本主義が大きな転機を迎えている今、マルクス生誕200年を記念し、21世紀におけるK・マルクスの理論・学説・思想の意義と課題を経済理論・学史・思想・歴史・現実分析の視角から総合的に論じます。以下の関係7学会の合同企画です。,経済理論学会、経済学史学会、社会思想学会、基礎経済科学研究所、マルクス・エンゲルス研究者の会、唯物論研究協会、信用理論研究学会。(2018/11/25)


[核を詠う](272)『短歌研究2018短歌年鑑』の「2017綜合年刊歌集」から原子力詠を読む(2)「汚染土こそ母の悲しみなだれ咲く辛夷の下のフレコンバッグの」 山崎芳彦
 前回に続いて『短歌研究2018短歌年鑑』の「2017綜合年刊歌集」から原子力詠を抄出するのだが、10月7日に原子力規制委員会が東海第二原発の「20年運転延長」を認め、老朽の同原発の再稼働への道を開いたことに、予想されたこととはいえ、改めて安倍政権下のこの国の国家権力の基幹的存在としての位置を占める原子力マフィアがどれほど反人間的に稼働するものであるかを認識させられた。原発ゼロを求める人々の声、願いも聞こうとしなければ聞こえないのであろう。しかし、人々は「核と人類は共存できない」、原子力社会に未来はないことをこの国の理念とする政治・経済・社会の実現に向かって、その声・行動を止めないに違いない。原発ゼロを目指す粘り強い運動が続いている。読んできた多くの短歌作品、いま読んでいる原子力詠が、そのことを確信させることのひとつでもある。(2018/11/11)


「今日文学になにができるのか?」 日仏会館のシンポジウム その3
10月16日に日仏会館で行われた「今日文学になにができるのか?」というシンポジウムでフランスからブランディーヌ・リンケル(Blandine RINKEL)という名前の若い作家が来日した。彼女は作家でもあるけれども カタストロフ(CATASTROPHE)という音楽グループに属して歌手としても活動中だという。以下がカタストロフの公演の映像の1つである。(2018/11/04)


【核を詠う】(271)『短歌研究2018短歌年鑑』の「2017綜合年刊歌集」から原子力詠を読む(1)「澱みたる核廃絶の泥沼に蜘蛛の糸一本垂らして欲しい」  山崎芳彦
 前回から長い間を空けてしまったが、今回は短歌研究社の『短歌研究2018短歌年鑑』(2017年12月発行)に掲載された「年刊歌集」から原子力詠を抄出したい。この連載の中で、これまでも短歌研究社の『短歌年鑑』から「年刊歌集」を読んできたが、毎年、同社編集部が寄贈を受けた全国の短歌結社の歌誌、多くの歌集、短歌総合誌に掲載された作品から、同社編集部が選出、再録した短歌作品を読むことは、筆者にとっての喜びである。同「年刊歌集う」には約3000人の歌人による一万首を超える短歌作品が採録されていて、その中から筆者が原子力詠として読んだ作品を抄出させていただくのだが、ルーペを使用しながら1万首を読む中で筆者なりに心を打たれ、共感を覚える作品は数多い。その中から原子力詠を抄出するのだが、誤読、読み落としなど不手際があればお詫びしなければならない。(2018/11/04)


「今日文学になにができるのか?」 日仏会館のシンポジウム その2
10月26日に日仏会館で行われたシンポジウム「今日文学になにができるのか?」の時に聴衆として1つ思ったことがあった。それはここで問われている「文学」にフィクションとノンフィクション、さらに登壇者のマリエル・マセ氏が力を入れて研究し自らも実践しているらしいエッセイの3つのジャンルのことである。登壇者のうち、小野正嗣氏を含めて2人は小説家である。そしてマセ氏はエッセイストの顔を持っている。しかし、ノンフィクション作家はこの日は登壇しなかった。今年亡くなったアメリカの作家のトム・ウルフはニュージャーナリズムの旗手として一世を風靡したが、それはノンフィクションが今後は文学の中心となる、と宣言したことだった。(村上良太)(2018/11/02)


「今日文学になにができるのか?」 日仏会館のシンポジウム 
10月26日に日仏会館で「今日文学になにができるのか?」と題するシンポジウムが行われた。いささか大上段のテーマに感じられないこともないが、逆に言えばそのくらい大きな意味を文学に持ってもらいたい。登壇者はフランスから来日したマリエル・マセ氏(フランス国立社会科学高等研究院)とブランディーヌ・リンケル氏(作家)、そして日本の側は小野正嗣(作家)氏と司会の根本美作子(明治大学)氏である。それぞれみな、興味深い活動をしている人々だが、今回のシンポジウムで中心的なテーマとして浮上したのが難民や移民の問題だった。作家の小野正嗣氏はパリに留学していた時代に難民の支援をしていたパリ大学の教授の家に出入りしていたそうで、小野氏にとっても難民問題はそういう形で身近に見聞した問題だということだが、特に僕が興味深く思ったのは国立社会科学高等研究院のマリエル・マセ氏の発言だった。(2018/11/01)


日仏討論会「戦争の記憶を比較する:特攻隊神話とレジスタンス神話」 アンスティチュ・フランセ関西ー京都 稲畑ホール 10月25日(木)
今月25日にアンスティチュ・フランセ(関西ー京都)が日仏討論会「戦争の記憶を比較する:特攻隊神話とレジスタンス神話」(10月25日(木) 17:00 〜19:30)を企画しています。ウェブサイトには、次のように書かれていました。「第二次世界大戦期の記憶をめぐる国内の対立は、日仏いずれにおいても、神話をめぐって展開されている。英雄/犠牲者としての特攻隊神話、ヴィシー症候群を癒すためのレジスタンス神話。特攻の記憶を研究する福間良明氏とヴィシー症候群の名付け親であるアンリ・ルソー氏という日仏の二人の専門家をお迎えして、歴史認識問題にも連なる戦争の記憶の問題を考えてみたい。」(2018/10/22)


プラハでミュシャ・トリオ(Mucha trio ) を立ち上げました!  ルドミラ・パヴロヴァー(Ludmila Pavlová バイオリニスト)   
東欧の音楽の盛んな街、プラハで活躍している若いバイオリニスト、ルドミラ・パヴロヴァー (Ludmila Pavlova)さんが新たな音楽トリオを結成したと連絡をくれました。メンバーには日刊ベリタでも以前紹介したクラリネット奏者のアンナ・パウロヴァ―さんが参加しています。パウロヴァ―さんはプラハの春国際コンクールで二位に輝いています。そして、もう一人、ピアニストにはヨハンナ・ハニコーヴァ(Johanna Hanikova)さんが参加しています。ハニコーヴァさんもまたスメタナ国際ピアノコンクールで入賞した経験がある人で、3人いずれも実力が認められた若い演奏家です。(2018/10/20)


国体論のための制度論的序章  子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
  現代の日本における国家論の不在を私はいってきた。われわれにあって国家とは容易く議論できる代物ではないようだ。ましてやこの国を作り替えた方がいいなどと人はいったりはしない。そんなことはいえない何か重みがこの国にはあるのか。国家を人間が作り出した制度の一つとは見ないようにさせる何かがここにはあるのだろうか。それはこの国の王権的始原の神聖性であるのだろうか。あるいは国家的結合の由来と未来とを悠久の天地に同一化させている神話的民族性からくるのであろうか。「そもそも国家とは何ゆえに在るのか」「国家とは住民の目的意識にしたがって作られたものではないのか」「国家が作られたものであるならば、その作り替えもできるのではないか」「この国家が衰弱したとき、その更新の要求を住民はもちうるのではないか」などなどの議論がなぜわれわれ日本人の間からは生じないのか。(2018/10/19)


24年にわたる再建への闘いを達成 − KBS京都放送労組3冊目の闘争記録出版 −  隅井孝雄(すみいたかお):ジャーナリスト、京都在住
 9月21日、KBS労組は、達成した再建闘争の三冊目の記録、「市民が支えたKBS京都の再建」の出版記念の集会を開催した。24年にわたる再建闘争を中心になってけん引してきたKBS労組古住副委員長はあいさつの中で、この出版をもって再建闘争の終止符としたいと表明した。集会には闘争を共にしてした、弁護士、学者、文化人、一般市民、闘争の過程で社員化された組合員、そして今は役員となった元組合員などおよそ50人が一堂に会して、長い年月をかけて一歩も引かず展開され、成果を上げた闘争の経過をこもごも語り合った。(2018/10/13)


セシル・ヴァン・デ・ヴェルデ(カナダの社会学者)来日シンポジウム  現代の若者論は単なる若者論ではなく、未来社会がどうなっていくかを考えるものである 
日仏会館・フランス国立日本研究所がこの秋、企画している様々なシンポジウムに目が離せない。フランスの作家や研究者を招いて日本の作家・小野正嗣と語らせる「今日文学に何ができるか」(10月25日)もそうだし、歴史修正主義と闘ってきた歴史学者のアンリ・ルッソを招く「表現の自由はどこまで許されるのか?」(10月22日)やカナダの社会学者セシル・ヴァン・デ・ヴェルデを招く「グローバルな怒り?ネオリベラルの世界で大人になること」(10月12日)もそうだろう。これらのテーマが世界で共通する重要なテーマだからだ。(2018/10/11)


バスター・キートンの「石器時代」  "The Stone Age " (1923) by Buster Keaton
サイレント映画時代の喜劇の王様と言えばチャップリン以外にもたくさんの才能が存在しましたが、その多くが今日、忘却されているのは大変残念なことです。バスター・キートンも抜群の喜劇俳優です。たくさんの喜劇を残していますが、いずれもサイレントです。たとえば「石器時代」という15分弱の映画は喜劇時代にいかに恋人をつかまえるか、という闘いを描いていますが、冒頭の登場シーンからばかばかしいナンセンスさにあふれていて、今見ても新鮮な魅力を保っています。1923年の映画です。(2018/10/06)


「思想史講座」のお知らせー10月のご案内  子安宣邦(こやすのぶくに):大阪大学名誉教授
*だれでも、いつからでも聴講できる思想史講座です。 *「明治維新150年」がいわれています。「明治維新」と「日本近代」との当たり前のこの結びつきを読み直してみようと思います。この読み直しを私に促したのは津田左右吉の明治維新観です。津田は維新に国民的変革としての正当性あるいは正統性を認めませんでした。この維新観は私に「維新と日本近代」との読み直しの可能性を与えました。この大きな課題に半世紀にわたる私の思想史的作業のすべてをもって答えるつもりです。*「明治維新と日本近代」はしばらく「国体」の問題をめぐって考えたいと思っています。まずはじめに「国体」概念の創出をめぐって考えます。(2018/10/04)


ニューヨークタイムズで文芸評論を長年執筆したミチコ・カクタニ氏が自身の家族の物語を投稿 日系人の強制収容の記憶とトランプ時代
ミチコ・カクタニという名前はニューヨークタイムズの文芸評論を書く記者として長年、よく知られた存在でした。ピューリッツァ賞も受賞しています。日系人なのでミチコ・カクタニと書きましたが、日本の順序にすればカクタニ・ミチコです。ツイッターを見ると、彼女の最新刊に今年7月に出版された"The Death of Truth: Notes on Falsehood in the Age of Trump" (真実の死:トランプ時代の嘘に関するメモ)があります。(2018/10/03)


「日仏の翻訳者を囲んで」第5回  ミリアン・ダルトア=赤穂さん(翻訳家) 聞き手:新行内美和(日仏会館図書室)
9月26日の夜、東京・恵比寿にある日仏会館図書室で日本語とフランス語の間で翻訳活動をしている第一線の人を招いて話を聞く「日仏の翻訳者を囲んで」の第5回目が行われた。この日のゲストはフランス人女性の翻訳家、ミリアン・ダルトア=赤穂さんで、彼女の日本での生活は23年に及ぶ。日仏会館図書室によると、ミリアン・ダルトア=赤穂さんがこれまでに翻訳したの作品群には小川糸著『食堂かたつむり』、『リボン』、『にじいろガーデン』、『ツバキ文具店』、中村文則著『銃』、『掏摸(スリ)』、『去年の冬、きみと別れ』、本谷有希子著『自分を好きになる方法』、『異類婚姻譚』、羽田圭介著『スクラップ・アンド・ビルド』、ドリアン助川著『あん』、『ピンザの島』などがある。(2018/09/27)


9・30「グラムシを読む会」
2018年9月度 「グラムシを読む会」 のご案内 (2018/09/22)


東京演劇アンサンブル公演 「トゥランドット姫 あるいは嘘のウワヌリ大会議」
ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトにこだわってきた東京演劇アンサンブルが今回、上演しているのはブレヒト晩年の未完の作品「トゥランドット姫 あるいは嘘のウワヌリ大会議」と題する風刺的作品である。劇団の案内によると、ブレヒトは政治権力に負けず真理を追究する知識人を主役に据えた戯曲「ガリレイ」を書いたのち、この作品では知識人の黄昏を描こうとしたのだという。この劇は架空の中国の物語が下書きになっているが、その国には皇帝がいて、木綿を専売しているが、その年は木綿が豊作になったために大量に倉庫に隠して品薄にして値段を高騰させた。それによって民衆は木綿価格の高騰により、暴動も起きかねない不穏な気配にすらなっている。(2018/09/16)


ニューヨークタイムズは大坂なおみ氏の勝利をこう伝えた " Pushing Japan to redefine Japanese " (彼女の優勝は日本に日本人の再定義を促す) 
 テニスの全米オープンの女子シングルスで優勝を飾った大坂なおみ選手について、ニューヨークタイムズは「日本に日本人の再定義を促す」ことになると伝えている。大坂なおみ選手の母親は日本人で、父親はハイチ系アメリカ人だからだ。 (2018/09/11)


「マルクスは何故『資本論』を完成させなかったのか」  周回遅れの読書報告(その72)  脇野町善造(わきのまちぜんぞう) 
山口重克・平林千牧編『マルクス経済学・方法と理論』は、随分と昔になくなった日高普教授の還暦記念としてまとめられたものであるから、その古さが知れる。執筆者のなかには、渡邊寛、侘美光彦、杉浦克己ら、もう世を去った人達も少なくない。この記念論文集に、福留久大の「マルクス農業労働者論」という論文が収められている。その論文の176頁〜177頁に次のような文章がある。(2018/09/10)


藤田嗣治あるいは戦争画の巨匠   髭 郁彦(ひげ いくひこ):記号学
彼女は頬杖をつきながら、一人カフェで手紙を書いている。大きなインク染みがある手紙。インク壺を倒したのか。苛立って文字を消したのか。どちらの予想も外れているだろう。何故なら彼女の表情は朧気で、視点は定まっていないからだ。片方の目はそこに、もう一方は向こう側に向けられている。いや、そうではない。この絵をしっかりと見つめると、彼女が斜視であることに私は気づいた。藤田嗣治が1949年に描いた「カフェ」という作品を、私は7月31日から10月8日まで東京都美術館で開催されている「藤田嗣治展」で初めて、実際に目の前で見た (「カフェ」には三つのバージョンがあるが、彼女の斜視が一番はっきりと判るものは今回展示された作品である)。この絵に描かれた彼女が斜視であったこと、それが藤田の戦争画に関する謎を説く一つの手がかりになるのではないか。(2018/09/09)


【核を詠う】(270)『福島県短歌選集平成29年度版』から原子力詠を読む(5)「恋しきは野の花々よふるさとを逐はれて街に住みゐるわれは」 山崎芳彦
 『福島県短歌選集平成29年度版』を読み始めてから、筆者の事情もあって時間がかかってしまったが、今回で読み終える。福島第一原発の事故によって苦難を強いられながら日々を生き、7年を経てもなお「原発苦」、「原発の罪の告発」などを短歌表現し広く世に発信し続ける福島歌人の作品を読み、拙くともこのような形で伝えることが、為しうることの少ない筆者の「反核」の行動の一つであるとも考えている。拙くとも詠う(訴える)ものの一人である筆者も、もっと詠わなければならないとも思う。(2018/09/08)


【西サハラ最新情報】  冬のサーカス・女団長ローザの追悼公演  平田伊都子
 2018年8月25日、ジョン・マケイン米上院議員が81才で死去しました。 葬儀にはブッシュ元米大統領やオバマ前米大統領や政界の大物が招かれたのに、故マケインが2008年米大統領選で共和党候補となった際、副大統領候補だったサラ・ペイリン元アラスカ州知事や、現職の♠米大統領の参列を断りました。 出入り禁止はマケイン本人の遺志だったとか、、断られた♠米大統領は、ゴルフに行きました。 どっちもどっち、頑固だね、、 (2018/09/04)


チャーチルは何に苦悩したか――映画「チャーチル ノルマンディーの決断」を観て――  岩田昌征(いわたまさゆき):千葉大学名誉教授 
8月下旬に新宿は武蔵野館で映画「チャーチル ノルマンディーの決断」を観た。1944年6月6日連合軍ノルマンディー上陸作戦決行前の4日間、その作戦に猛反対して、連合軍最高司令官アイゼンハワーや英国王ジョージ6世に訴え続ける英首相チャーチルの狂気に近い、あるいは神経症そのものの姿が画面に映し出される。反対の根拠は、第一次大戦中に海軍大臣としてチャーチル自身が推進したガリポリ上陸作戦の大敗北、それによる数多くのイギリスの若者が無益に血潮の中にただよった記憶の噴出である。何万人、あるいは何十万人の青年の生命を百パーセント勝利の保証なくして賭ける事に国民の最高指導者たる首相は断固として反対する。(2018/08/29)


【核を詠う】(269)『平成29年度版福島県短歌選集』から原子力詠を読む(4)「福島県南相馬市小高区で七年ぶりに稲刈られたり」 山崎芳彦
 『福島県短歌選集』を読み続けながら、核兵器、核発電について思うことが多い。8月6日の広島、9日の長崎それぞれの平和祈念式典をはじめ、全国各地さらには海外でも、核禁止を求める多くの活動が繰り広げられたが、改めてこの国の政府、安倍首相をはじめとする核容認・推進勢力の許し難い姿勢が際立っている。安倍首相は広島、長崎の式典で、国連の核兵器禁止条約に敵対する立場を、多くの国々の代表が出席している前であからさまにした。「近年、核軍縮の進め方について、各国の考え方の違いが顕在化しています。」と述べ、核兵器禁止条約の発効を目指す多くの国々の真摯な取り組みが「考え方の違い」を顕在化させているかのごとく同条約発効の妨害者として振舞った。「核保有国と非核保有国の『橋渡し』の役割」などと言葉を飾りながら、核大国による新しい核兵器の開発の進展、核脅迫による他国の支配を容認する安倍政府の言う「核廃絶」の欺瞞は国際的にも通用しない。(2018/08/21)


サルトルらが創刊したフランスの評論誌Les Temps Modernesに日本の政治について書きました  村上良太
日刊ベリタに昨年、シリーズ企画として掲載した野党共闘などに関する政治についてのインタビューを含めた拙稿を再編集したものがフランスの評論誌Les Temps Modernes(レ・タン・モデルヌ)最新号(2018年7月〜9月号)に掲載されました。政治学者の中野晃一教授、国会議員の辻元清美氏、そして日本共産党広報部長の植木俊雄氏らへのインタビューが核になっています。冷戦終結以後、日本の政治システムがどう変化したか、そして小選挙区制にしながら、今日の自民の一強という状況がなぜ生まれたのか、そして野党と市民がどうこの状況を乗り越えようと試行錯誤をしてきたのか、ということを綴っています。(2018/08/11)


[核を詠う](268)『福島県短歌選集平成29年度版』から原子力詠を読む(3)「核のごみ何れ処分はできるだろう見切り発車を原発に問う」 山崎芳彦
 筆者の事情により長い間を空けてしまったことをお詫びしながら、前回に続いて『平成29年度版福島県短歌選集』の原子力詠を読み続ける。福島歌人の作品を読みながら、原発事故後7年を経ても、福島原発事故がもたらした災厄の先行きの見えない現実の中で懸命に生きて詠う人びとの作品からほど遠い、この国の原子力・核にかかわる実態について思わないではいられない。政府は「第5次エネルギー基本計画」で、原発を「重要なベースロード電源」としての位置付けのもと、原発の再稼働の推進、核燃料サイクル政策の推進、原発輸出を含む原子力技術の海外への提供などの「原子力政策の再構築」方針を決め、「福島の復興・再生」を謳いながら、原発回帰への道をさらに進める。原発推進勢力の「福島の原発事故の反省」とは、多くの人々が求める原発ゼロとは真反対の、原発の新増設・リプレイスを懐に抱えた原子力社会の維持・継続・深化への構想なのだ。(2018/08/01)


ブレヒトの芝居小屋の仕事   志賀澤子 ( 東京演劇アンサンブル ) 〜移転に伴うクラウドファンディングの呼びかけ〜 
東京演劇アンサンブルはこの度、ブレヒトの芝居小屋を閉じ、劇団を移転することになりました。そして新しい拠点をみつけ、演劇公演を続けるための応援基金のお願いをはじめました。今、支えてくださった皆様の存在に深く感謝し身が引きまる思いです。改めて私たちの歩みを手繰りなおしながら、次への継承と飛躍を期しております。(2018/07/02)


[核を詠う](267)『福島県短歌選集平成29年度版』の原子力詠を読む(2)「福島に帰れ放射能うつるからと心なき言葉転校の子に」 山崎芳彦
 前回に続いて『福島県短歌選集平成29年度版』から原子力詠を読むのだが、福島第一原発の壊滅事故による被災によって、県内避難を含む福島に住み生活をしている人びと、県外へ避難し苦難の日々を送っている人びとの実態が、一様ではないけれども、いまも深刻であることが様々な表現によって詠われていること、福島の詠う人々が生きる真実を詠い続けていることに、作品を読む者の一人として改めて思いを深くしないではいられない。「地震(なゐ)起こる度に福島原発の異変なきやと気にかけ暮す」(黒沢聖子)、「行く末のことはわからぬころころと落葉は転ぶわが足元に」(近内静子)を読むとき、使用済みあるいは未使用の原子力燃料棒ををはじめ高レベル放射性廃棄物、たまり続ける大量の汚染水、実態をつかめないままの核燃料デブリなどを抱え込んだままの原発があり、さらに核汚染物質を詰め込んだまま年を経て劣化して積み上げられているフレコンバッグのある地で生きている人びとの日々の思いがこのように詠われているのに対して、「原発回帰」を前提にしたまま「福島復興」を言い募る、危険な動きが強まっていることには怒りを禁じ得ない。(2018/07/01)


ロシアの注目のバンド "Otava Yo " ( Отава Ё , オタヴァ・ヨ )が初めての来日コンサート   
 1年前に日刊ベリタにロシアのバンドに関する記事を記したことがありました。ロシアの伝統音楽を蘇生させ独特のビデオを作っている注目のバンド "Otava Yo " (オタヴァ・ヨ)です。ちょうど、ニューヨークのインディフィルムフェスティヴァル( NYC Indie Film Awards)で最高賞のダイアモンド賞を受賞しましたので記事を書いたのですが、ユーモアあり、ペーソスあり、切れのいい音楽あり、で見た人はきっと魅了されてしまうでしょう。下のリンクの4分40秒のビデオもシュールな物語。(2018/06/29)


[核を詠う](266)『福島県短歌選集平成29年度版』の原子力詠を読む(1)「『急復興』為政者言ふも緑なか累累黒き汚染土袋」 山崎芳彦
 福島県歌人会(今野金哉会長)が毎年刊行している『福島県短歌選集』の平成29年度版(平成30年3月20日発行)から、原子力詠を読みたい。この連載では、これまで平成23年度版から、つまり東日本大震災・福島第一原発の重大事故があった時から、多くの福島歌人が原発事故による深刻な被災のなかでどのように短歌を読んできたかを『福島県短歌選集』によって読み続け、筆者の行き届かない読みによってだが記録し続けてきた。今回読む同選集平成29年度版の発刊について、今野会長は巻頭の「発刊に当たって」のなかで、創刊以来64年間、一回の休刊もなく刊行してきたことの意義を述べながら、しかし高齢化による会員数の減少とともに「原発事故に伴う避難生活が長引いていることにより作歌意欲が湧かないという方も多数おられます」という現状、原発事故による被災の辛く厳しい現況が続いていることについて言及している。原発事故から7年を経て、「私たち歌人は、こうした困難な条件の渦中において生きている一人の人間としての『真実の声』を三十一文字に込めて訴え」ていくことを呼びかけている。筆者も福島歌人の思いをしっかりと受け止めたい。(2018/06/20)


[核を詠う](265)金子兜太の原発・原爆俳句を読む「『相馬恋いしや』入道雲に被曝の翳」 山崎芳彦
 今回は、今年2月に98歳で逝去された俳人・金子兜太さんの原発・原爆を詠った俳句作品を読みたい。筆者は俳句についての造詣もないし、よくその名を知ってはいたけれど金子兜太さんの作品を系統的に読んできてもいないので、金子さんの句集に直接あたっての作品抄出ではなく、角川の月刊俳誌『俳句』5月号の「追悼・金子兜太」特集と同誌の付録「金子兜太読本」に触発されて、その他いま手の届く資料に当たっての本稿であることを言わなければならない。金子俳句の中の原子力にかかわる作品のごく一端に触れることにより、筆者にとっては俳句への関心を深める入り口に立った思いもある。(2018/06/05)


[核を詠う](264)能登原発阻止を闘った短歌「愛し能登 原発地獄」を読む「原発のゴミ捨て場らし奥能登は俺もお前も網引き田を打つ」 山崎芳彦
 筆者の事情て前回から長い間を空けてしまったが、今回は1960年代後半から、日本型工業化社会、高度経済成長を目指す政府、製造業を中心とする大企業が一体となってのエネルギー政策のため、集中的に原発推進国策の標的にされた北陸地方で、原発を受け入れることは自らの地域が「原発地獄」に陥ることを容認することになるとして、反原発の闘いに取り組んだ農民の一人である前濱勝司さんの短歌を読む。「愛し能登 原発地獄」と題して「北陸地域問題研究会」の会報「いろりばた」の発刊第一号に掲載された短歌作品を、筆者は八木正著『原発は差別で動く 反原発のもう一つの視角』(明石書店、2011年6月に新装版として発行、同書の初版は1989年8月)によって読むことが出来た。著者の八木氏(故人)は社会学者であり金沢大学教授でもあったが、1986年に住民を主体とする「北陸地域問題研究会」を立ち上げ会報・ミニコミ紙「いろりばた」を発刊し、地域住民を主体にした反原発運動に大きな役割を果たした。『原発は差別で動く』の八木氏の論考とともに同書に収録され、著書の過半を占めている「いろりばた」は貴重な、いま改めて学ぶべき「民衆智」だと思う。(2018/05/25)


日仏会館のシンポジウム 「ミシェル・フーコー: 21世紀の受容」 フランスから2人の気鋭の哲学者が来日し、フーコーについて語った
 5月21日、東京の日仏会館で20世紀の哲学者ミシェル・フーコー(1926- 1984)に今日改めて光を当てるシンポジウムが行われた。タイトルは「ミシェル・フーコー: 21世紀の受容」。この催しのためにフランスから2人の気鋭の哲学者が来日して、フーコーについて最新の思索やフランスにおける議論などについて語り、また会場の聴衆との質疑応答も行った。私はミシェル・フーコーについてはほとんど著作に触れたことがなかったためにどこまで二人の哲学者の話についていけるのだろうか、と多少不安でもあった。(村上良太)(2018/05/22)


「宮廷式パジョン」  な・すんじゃ( 韓国伝統料理人 ) 
「宮廷式パジョン」 細ねぎ、ニラ、貝柱、あさり、牛肉、パジョン(ねぎのジョン)普通よくあるパジョンと違いは三合(サンアプ)。「パ」はねぎの意味です。ねぎと入れる具材にうすい衣をつなぎにして焼きます。主な具材はあさりのむき身で、宮廷式の場合はこれに牛肉や季節の海鮮物を入れて焼きます。(2018/04/24)


【核を詠う】(263)福島の歌人グループの歌誌『翔』の原子力詠を読む(4)「メルトダウン天の岩戸を揺るがして神を恐れぬ民にあらむか」 山崎芳彦
 福島の歌人グループ「翔の会」の季刊歌誌である『翔』の第58号から61号までを読んできて今回が最後になる。もちろん『翔』は主宰の波汐國芳さんをはじめ会員各氏のさらなる作歌活動によって今後も続けられていくに違いないし、筆者もさらに『翔』の作品を読ませていただきたいと願っている。福島の地にあって、東京電力福島第一原発の過酷事故によって苦難を強いられながら、その実を写し、生を写し、詠い(訴え)残していく短歌人の一層のご健詠を願うものである。原発事故から7年を経て、現在進行中の原発事故による人々の苦難と、行先の見えない事故原発の処理の現実にも関わらず、この国の政官財を中心とする勢力の原発回帰路線が推進されている。今月10日に経済産業省の有識者会合「エネルギー情勢懇談会」は原子力発電を維持する方向を位置づけた提言をまとめた。再生可能エネルギーを「主力電源」と位置付けてはいるが、原発依存をやめようとせず、大手電力が送電線の空き容量その他を理由に再エネの買い取り制限を強めている不当な再エネ妨害を許しているエネルギー行政の下では空文だ。(2018/04/17)


【核を詠う】(262)福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠を読む(3)「夕暮れを避難区域の街ゆけば一瞬よぎる原子炉デブリ」 山崎芳彦
 今回読む歌誌『翔』は創刊60号を記念して「還暦号」特集である。会員の短歌作品とともに散文特集で構成されている。波汐國芳さんの巻頭言「継続は力」によると、平成十四年十一月十七日に創刊、以来「編集事務は編集委員が行うが、製本作業は同人全員が集まって行い、いわゆる同人自らの手作りである。こうしてあっという間に十五年が過ぎ、そして六十号を迎えた。」とのことである。「とにかく継続の力によって、大きな発展があったことは疑う余地がない。しかも、未曽有の3・11東日本大震災及び原発事故の被災という負の現実に遭遇しながらも、それを乗り越えてここまで来たという思いが深い。それは作歌に当たっての自己の在り方を掘り下げ、皆で力を合せ、プラス志向で被災に怯むことなく、坂路を登る思いで頑張って来たから、視野がひらけ翔の発行を続けて来れたのである。」とも記している。(2018/04/05)


シンポジウム 「世界文学から見たフランス語圏カリブ海  〜 ネグリチュードから群島的思考へ 〜」  
 3月25日(日)と26日(月)の2日間に渡って東京の日仏会館で「世界文学から見たフランス語圏カリブ海 〜 ネグリチュードから群島的思考へ 〜」と題するシンポジウムが行われた。ネグリチュードとは厳密に説明しようとすると多分、難しいのだろうが、カリブ海のマルチニック島などに住む黒人の血を持った人々が、かつて宗主国であったフランスなどの西欧近代社会に対するコンプレックスを克服するべく、黒人であることにむしろ誇りと尊厳を見いだす考え方だった。今回のシンポジウムは副題に「ネグリチュードから群島的思考へ」とあるように、もしかしたらネグリチュードをさらに乗り越えて「群島的思考」なるものを目指したシンポジウムだったのかもしれない。(2018/03/27)


【核を詠う】(261)福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠を読む(2)「石棺の二文字悲し原発の事故の残り火永久保存」 山崎芳彦
 今回は歌誌『翔』の第59号(平成29年4月発行)の原子力詠を読むのだが、福島第一原発の過酷事故によって核発電の重大な危険性、人々の生活の破壊や環境汚染が明らかになり、しかもその事故の全貌や原因は基本的な点で未解明である。したがって「新規制基準」が原発の安全性を担保するには程遠く、新基準に合格したからといってその原発を稼働・運転することが認められるはずもないのに、ここに来て大飯原発3号機、玄海原発3号機が再稼働することですでに7基が再稼働することになる。原子力規制委員会は、再稼働の審査申請をしている16原発26基のうち7原発14基で新規制基準への適合を認めているから、再稼働はこれからも相次ぐことが必至だ。安倍政権のもとでの原発推進政策が、福島原発の事故が現在進行中であり、多くの人びとの苦難がつづき、事故原発の後始末の見通しもつかず、核汚染廃棄物の山の前で立ち往生しているにもかかわらず、「原発回帰」、さらに海外への原発輸出の路線が、政府・大企業経済界のむき出しの癒着によって進められている。司法の判断の政権追随も目に余る。(2018/03/24)


【核を詠う】(260)福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠を読 む(1) 「被曝せし福島荒野果てもなく犬の遠吠え聴く夕べなり」 山崎芳彦
 今回から、福島の歌人グループ「翔の会」の季刊歌誌である『翔』(編集・発行人は波汐國芳さん)の第58号(平成29年2月刊)〜61号(平成29年12月刊)の作品群から筆者の読みによる原子力詠を抄出、記録していきたい。歌誌『翔』については、この連載の中で平成23年(2011年)4月発行の第35号から、つまり2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島第一原発の過酷事故以後に発行されたすべての号にわたる原子力詠を読ませていただくことになる。力不足の筆者の読みによる原子力詠の抄出なので、作者の方々にとって、意に添わない不本意な面が少なからずあるに違いないにもかかわらず御勘如をいただき、原発事故により厳しい環境のもとにあっても短歌作品を生み、歌誌に編み続けてきた詠う人々に敬意と感謝の思いを深くしないではいられない。筆者なりに心を込めて読ませていただいている。(2018/03/16)


ポスト安倍時代の「Nスぺ」に期待したい特集案4題  ポスト真実の後に真実の時代を
ポスト安倍時代の「Nスぺ」に期待したい特集案4題 1、「なぜ日本人の人質を救えなかったのか」 2015年1月から2月にかけ、日本人はISILの人質になった二人の日本人の運命を思い、怒りと恐怖にとらわれた。なぜ日本政府は後藤健二さんと湯川遥菜さんを救うことができなかったのか。なぜ救援本部はヨルダンに置かれ、ISILと交渉能力のあったトルコに置かれなかったのか。その後、政府の検証委員会が開かれ「問題なし」との結論となった。だが、日本人の命を守るために独立した検証を行う必要がある。 (2018/03/10)


【核を詠う】(259)朝日歌壇(2017年1〜12月)から原子力詠を読む(3)「搬入車待ちて立つ人杙(くい)のごとし中間貯蔵の巨穴(おおあな)の底」 山崎芳彦
 いささか間を空けてしまったが、朝日歌壇(2017年1〜12月)の原子力詠を読むのは今回が最後になる。先日、筆者が加入している短歌同好会の歌会があり、筆者も拙い歌を出詠した。「喜寿過ぎて八十路に近くなりたるも『核の傘』には寿(ことぶき)あらじ」、「訃報ありまたも癌死とぞ核の時代(よ)のいやますますに増ゆる病魔の」の2首だったが、歌のつたなさは別にして共感の言葉をいただいた。身のめぐりに癌に罹患する親族や知友の多さを語る歌友が少なくなかった。筆者は、「核の時代」というべきほぼ八十年に蓄積され、追加され続けている核による地球規模の環境汚染がもたらしていることの一つに癌の増加があると思っている。そのほか、生命を脅かすさまざまな事態が進行し拡大しているに違いない。核をめぐる情勢はいま、米国、ロシアの核兵器の新たな増強、展開による緊張の激化、さらに安倍政権による核発電の再稼働促進、海外への輸出推進など容易ならざる局面にある。「核の時代」の終焉への道のりはなお厳しいが、何が出来るか、詠う人々もその厳しさに立ち向かおうとしている。(2018/03/05)


【核を詠う】(258)朝日歌壇(2017年1〜12月)から原子力詠を読む(2)「九条は死文となりてこの国は核に呪はれ核に死すかも」 山崎芳彦
 前回に続いて「朝日歌壇」の原子力詠を読むが、今回は2017年5月〜9月第一週(9月4日)の入選歌からの原子力詠の抄出・記録になる。2017年7月7日に国連総会は「核兵器禁止条約」を加盟国122カ国の賛成で採択し、同条約の発効に向けて大きな歩みを前進させた。だが、日本政府はこの画期的な、人類全体の生存と安全を守るための、「核兵器は違法であり、悪である」とする国際社会の価値の共有に背を向けた。核保有大国とその「核の傘」に依存する国々と共にこの条約に反対し、成立を妨害したのである。「核兵器禁止条約回避してどの面下げて原爆忌の客」(中原千絵子)、「HIBAKUSHAと初めて記されし条約の批准果たせぬこの国の夏」(井上孝行)、「〈核兵器禁止条約〉に一言も触れぬ首相の六日、九日」(鬼形輝雄)その他、日本政府の姿勢に怒る作品が入選歌として選ばれている。多くの人々が、詠わなくても強い怒りと、悲しみ、このような政府を持ってしまっていることへの危機感を痛感した。その中から歌が生まれたのであろう。(2018/02/19)


【核を詠う】(257)朝日歌壇(2017年1〜12月)から原子力詠を読む(1)「長女去り長男されど老二人春の畑打つ再稼働の町」 山崎芳彦
 今回から朝日新聞に掲載されている「朝日歌壇」の2017年1月〜12月の入選作品から原子力詠を読む。この連載ではこれまで一年分を一巻に収録した『朝日歌壇』(朝日新聞出版、4月刊)で読んでいたが、今回は筆者のスクラップした綴りから読むことにした。毎回欠かさず同欄を切り抜きしたので、それによることにした。朝日歌壇の選者は佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏、馬場あき子の4氏で、これまでと変わらず、毎回一人10首の入選歌を選んでいるが、複数の選者の共選歌もある。膨大な投稿歌から選者が毎回10首ずつの入選歌を選ぶのだから容易ではないだろう。同歌壇に対する評価、毀誉褒貶はさまざまだが、筆者は選者各氏の個性と目配りの利いた選歌を魅力と思っている。これまで、同歌壇の作品の中から、多くの原子力詠を読ませていただいたことに感謝している。(2018/02/12)


【核を詠う】(256)『角川短歌年鑑平成30年版』から原子力詠を読む「トン袋五段に積まれ汚染土は海までつづく野ざらしのまま」     山崎芳彦
 今回は角川『短歌年鑑(平成30年版)』(平成29年12月7日、角川文化振興財団発行)の「自選5首作品集」、「特選作品集・年間ベスト20」、「題詠秀歌」に収載された作品から、筆者が原子力詠として読んだ短歌作品を抄出、記録させていただく。本連載ではこれまでも毎年の角川『短歌年鑑』から原子力詠を読み続けてきたが「平成30年版」についても読ませていただく。「自選5首作品集」には約600人の歌人の作品約3000首と厖大な作品が収録されており、そこから原子力にかかわる作品として読んだ歌を抄出したので、読み誤り、作者の意に添わない抄出になっていることがあればお詫びを申し上げるしかない。(2018/02/02)


【核を詠う】(255)遠藤たか子歌集『水のうへ』から原子力詠を読む「臨界事故隠しにかくせる年月のながさよ二歳児三十歳(さんじふ)になる」 山崎芳彦
 前回まで3回にわたって2011年3月11日以後の作品を収めた遠藤たか子歌集『水際(みぎわ)』から原子力詠を読んだが、同歌集を読む中で遠藤さんが「原発への危機感は2010年に出版した歌集『水のうへ』をはじめ、これまで継続して歌ってきました」(『水際』のあとがき)ことを知り、お願いをしたところ、まことにありがたいことに歌集『水のうへ』(2010年、砂子屋書房刊)をご恵送いただくことができた。今回は、その歌集から原子力詠を抄出、記録させていただく。福島第一原発事故以前に歌われた原発への危機感を短歌表現した作品を、この連載の中で、福島の歌人の東海正志『原発稼働の陰で』、佐藤祐禎『青白き炎』、若狭の歌人の奥本守『紫つゆくさ』大口玲子『ひたかみ』などの歌集から読んできたが、今回の遠藤さんの『水のうへ』も原発事故以前に、短歌人の事実を視る確かな眼差し、鋭い感性によって原発への危機感を作品化し、発信していた貴重な一巻であると思う。(2018/01/24)


作家アラン・マバンクゥ氏がマクロンに宛てた「大統領への公開書簡」 フランコフォニーに対する考え方が違っているのではないか? lettre ouverte à Emmanuel Macron par Alain Mabanckou
  アフリカ中西部のコンゴ共和国出身でフランスで法律学を学び、現在はカリフォルニア大学で文学を教えている作家のアラン・マバンクゥ氏。2016年には権威あるコレージュ・ド・フランスで黒人文学を講義したことでも現在、フランス語圏の作家の中で最も注目されるひとりである。そのマバンクゥ氏は祖国コンゴ共和国の不正選挙を嘆いて、かつてオランド大統領への公開書簡を発表したことがあった。今回はマクロン大統領への公開書簡である。フランス語を話す人々による想像の共同体であるフランコフォニーを国家プロジェクトにしようというマクロン大統領のフランコフォニーに対する考え方に植民地主義が根底に潜んでいることを指摘している。(2018/01/21)


マクロン大統領の表現「フランスとフランコフォニーの諸国」に疑義を呈した作家アラン・マバンクゥ氏
コンゴ共和国出身でフランス語圏で活躍する作家であるだけでなく、カリフォルニアの大学で文学の教鞭を取っているアラン・マバンクゥ(Alain MABANCKOU)氏がフランスのエマニュエル・マクロン大統領のフランコフォンに関する発言に異議を呈した。マクロン大統領がドイツで「ドイツはフランスとフランコフォニーの諸国を迎えてきました・・・」と発言したことが1つのきっかけだったようだ。(2018/01/20)


有機の「丹波黒豆」を煮た   朝鮮時代のソユグ先生の黒豆煮    な・すんじゃ( 韓国伝統料理人 ) 
  京丹波の有機の黒豆で今回は朝鮮時代のソユグ先生の黒豆煮にしました。12月30日、ストーブを利用してことこと煮ました。韓国で買ってきた有機の黒豆と出来上がりが少し違う、味は変わらなく旨いが豆が柔らかく食感が変わる。しかし美味しくて、ちょこっとつまむおせちの黒豆とは違うものです。(2018/01/19)


【核を詠う】(254)遠藤たか子歌集『水際(みぎわ)』から原子力詠を読む(3)「避難先に食料を送りくれたるは沖縄の友 五年が経つた」    山崎芳彦
 遠藤たか子歌集『水際』の原子力詠を読んできて今回が最後になる。貴重な短歌作品を読むことができた、さらに多くの人々による原子力詠を読んでいきたいと願っている。歌うことが行動の一つであれば、それを読むことも原子力社会からの脱却を目指していく力を蓄え強めていく行動のひとつであると思っている。その作品が訴え、伝えること、それを受けとめ考えることが、さらにさまざまな人を動かす力の源のひとつになり得るはずだと考えている。核をめぐる国内外の現状は、非常に深刻な状況にある。これ程核兵器の使用がさかんに公然と語られるのはかつてなかったのではなかろうか。また原発が国際的な商品として、政府・財閥企業によって押し出されているのも目に余る。報道によると、日立製作所がイギリスで進める原発事業に日英両政府が官民で総額約3兆円を投融資する資金枠組みが大筋合意したという。日立製作所といえば、次期経団連会長に内定している中西宏明氏(現在経団連副会長)が会長を務めている。中西氏は安倍政権と太いパイプを持つことで知られているという。(2018/01/17)


[核を詠う](253)遠藤たか子歌集『水際(みぎわ)』から原子力詠を読む(2)「放れ牛に草を喰ませる除染法おそろしここまで来たるにんげん」 山崎芳彦
[お詫びとお願い:前回(252)につきまして、掲載時(12月31日午後1時)から1月1日午前10時までの時間帯の記事に全文を掲載出来ませんでした。その時間帯にお読みいただいた方にはこのページ右に表示の核を詠うをクリックして「核を詠う(252)」を検索いただき、全文をお読みいただければ幸いです。お詫びしてお願いいたします。筆者]。前回に続き、遠藤たか子歌集『水際』から原子力詠を読み続ける。(2018/01/04)


【核を詠う】(252)遠藤たか子歌集『水際(みぎわ)』の原子力詠を読む(1)「炉心溶融起こり駅舎もながされてこの後われにふるさとは無し」 山崎芳彦
 今回から遠藤たか子歌集『水際(みぎわ)』(2017年10月17日、いりの舎刊)から原子力詠を読むのだが、著者の遠藤さんはこの連載で前回まで5回にわたって読んできた合同歌集『あんだんて』を発行してきた南相馬短歌会あんだんての会長、代表をつとめてきた歌人である。筆者は遠藤さんとお目にかかったことはないのだが、福島第一原発事故の翌年の2012年に合同歌集『あんだんて』第4集が刊行されたことを知って電話を差し上げ、同歌集をこの連載で読ませていただくお願いをしてこころよくお送りいただいたことを思い出す。それから5年を経て、また電話でお願いして『あんだんて』第5集〜第9集を、前回まで5回にわたって読ませていただいた。その中で遠藤さんが歌集『水際』を上梓されたことをうかがい、ありがたくも頂戴して大切に読ませていただいた。筆者なりに一生懸命、心を集中させて読ませていただいたつもりである。これまでも数多くの福島の歌人の原子力詠を読ませていただいてきたが、またひとつ今を生きているひとびと、これからを生きるひとびとにとって貴重な短歌作品が編まれたことをしっかりと受け止め、つたないけれどもこの連載で読んでいきたい。(2017/12/31)


❴核を詠う](251)南相馬短歌会あんだんての合同歌集から原子力詠を読む(5) 「見えぬはづの放射能黒き袋の立方体に見せつけらるる」   山崎芳彦
合同歌集『あんだんて』第九集(平成29年6月発行)から原子力詠を読ませていただくが、同第五集から今回の第九集までの、南相馬短歌会に集う決して数多くはない歌人の作品を読んできて思うことは多い。人が生き、縁ある人びととともに生活を営み、喜怒哀楽、愛別離苦様々な、しかし当り前の日々を送り、それをつなぐこと、決して望むことばかりではないにしても。その人々が生きる環境を根底から脅かし破壊する結果を招く危険性のある原子力発電所の存在の理不尽、反人間性を、福島第一原発事故がもたらした災厄を経験してもなお、国の政策、大資本企業の事業として許すことは、あの広島、長崎の原爆被爆による人々の惨憺たる苦難を経験しても国連の核兵器禁止条約に反対し、「核の傘の下」から「核兵器の自前生産、核兵器保有」への策謀に重なることに違いないと思わないではいられない。短歌作品は作者の意図を越え、読む者に多くのことを考えさせることが少なくない。「詠む」と「読む」の交錯が創作するものもあるのだろう。(2017/12/18)


「嬬恋村のフランス料理」23 煮込み料理に寄り添う、冬のバターライス   原田理(フランス料理シェフ)
フランス料理での米料理と言うとイメージしにくいかもしれませんが、米はフランスでは野菜の一部としてよく食べられている食材です。今回はその中でも我が家でよく登場するバターライスのお話です。日本人にとって米は非常に重要な食材で、日本人の魂と言っても過言ではないように思います。フランスではパンがその位置に該当するとは思いますが、米も比較的良く食べる食材です。もちろん日本人のように銀シャリの炊き立てを楽しむのとは少し趣向が違いますが、なんにせよ重要な炭水化物の位置を占めています。(2017/12/17)


【核を詠う】(250)南相馬短歌会あんだんて合同歌集から原子力詠を読む(4)「核災の五年目五月孫が来るじいちゃんの墓おそうじをする」 山崎芳彦
 今回読む、合同歌集『あんだんて』第八集は平成28年6月に発行されたものだが、「哀しみはおんなじなのに『帰還』という言葉は集団(そこ)に軋轢を生む」(梅田陽子)、「住民ら反対するも解除なる特定避難の百五十二戸」(原 芳広)、「春待ちぬ帰還せるひと数割か母は九割戻ると信ず」(根本定子)、「閻魔のごと帰還促すわが声に息をのみこむあなたの反応」(社内梅子)など政府の避難指示解除、復興の名のもとの「帰還強制」ともいうべき理不尽な施策が強まる中での、原発事故による被災者の更なる苦悩の中での作品が少なくない。10月10日の「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟をうけての福島地裁判決が福島原発事故についての国の法的責任、東電の過失を認め、断罪したように、加害責任を負うべき国が,被災者に対する賠償、-補償の打ち切りを切り札にして被災地への帰還を強制するかの如き暴挙によって、被害者が苦しまなければならないことの理不尽を、多くの短歌作品は歌い、訴えている。(2017/12/02)


「嬬恋村のフランス料理」22 原木ハモンセラーノで生ハム生活   原田理(フランス料理シェフ)
今回は原木生ハム生活のお話です。生ハムを食べようと言うとき、スーパーのスライスパックは定番の商品だとは思いますが、原木(足一本丸まるのハムの塊)を家庭に置くというのはなかなか大変な選択のように思えますが、実は意外とそうでもないのです。日常的に燻製製品を常備するとき、ソーセージやベーコンの選択肢がありますが、我が家では以前ベーコンのスライスパックを置いていました。1パック\300ほどのベーコンを月に12パックほど使いますが、2ケ月で24パック。\300×12×2ヶ月で¥7200。対して生ハムの原木は1本¥13000ほどしますが2〜3ヶ月常温保存で食べることが出来ます。(2017/11/27)


初めてのライブから2年。12月にはレコーディングをします   川村絵理
2年前の8月、人生で初めて歌のライブを開いた川村絵理さん(44 ).千葉県勝浦の生まれで、両親は「海の家」を経営していた。子供のころから音楽が好きだった川村さんは身体障害者の施設で働きながら歌を歌い始めたのだった。あれから2年、川村さんはどう歩んできたのだろうか、尋ねてみた。川村絵理「初めてのライブから2年… ライブの本数も増え、自分がシンガーになったんだなあ、と思えるようになりました。唄う事に必死で、顔も強張り、余裕もなくステージに上がっていたのですが、最近は唄う楽しさを感じられるくらいの余裕が出て来たようです。・・」(2017/11/23)


【核を詠う】(249)「南相馬短歌会あんだんて」合同歌集から原子力詠を読む(3)「意地を捨て希望を捨てて国策に呑みこまれゆく産土の地は」 山崎芳彦
 今回は、南相馬短歌会あんだんての合同歌集『あんだんて』の第七集(平成27年6月発行)から原子力詠を読むのだが、読みながらいま原子力社会の維持、推進を目指す政・財・官・学の勢力が進めている様々な原発促進の策謀について考えないではいられない。先の総選挙での主権者の意思を捻じ曲げる選挙制度と憲法違反ともいえる国会解散のもとでの「大勝利」を謳う安倍政府とその追随勢力は、福島原発事故の収束どころかメルトダウンした福島第一原発が900トンとも推定される核燃料デブリを抱えてその取り出しや安全な処理の見通しもつかないまま、原発の新増設・リプレイスに向けて動き始めている。政府に対する電気事業連合会、経団連などの働きかけが強まっている。国が原発を重要なベースロード電源として位置づけている以上、「老朽・定年原発」が目白押し「定年延長」を強行したとしても限界があるのだから、原発新増設・リプレイスは欠かせないというのである。そこには、福島原発事故による被害による人々の苦難に向ける眼はない。(2017/11/21)


【核を詠う】(248)「南相馬短歌会あんだんて」の合同歌集から原子力詠を読む「避難せる人等あまたの訃が届きその無念さの重き三年」  山崎芳彦
 今回は合同歌集『あんだんて』第六集(平成26年6月発行)から原子力詠を読み、記録するのだが、11月6日付朝日新聞の「朝日歌壇」に「責任は電力会社と国と出る福島原発二〇〇〇の死者よ」(福島市・澤 正宏)があり、10月10日の福島地裁判決が国と東京電力の事故の責任を認め、損害賠償の支払いを命じたことを詠った作品として読みながら、「福島原発二〇〇〇の死者よ」の句に強い印象を受けた。原発事故関連死者は2,000人を越えているといわれ、人々の生活環境を根底から破壊し、今も苦難を強いている責任と賠償の義務は当然あるけれども、原発事故はなお現在進行中である。償いきれない責任を持つ国、電力企業と原発を推進しさらに続けようとしている政治・経済支配勢力はさらに罪を重ねるに違いない。人の命、健康で文化的な生活を営む人びとの権利より大切なものがあると考える原子力推進勢力は、核発電も核兵器をも必要だとしていることを、今の安倍政府とその同調勢力が進めている原子力政策はあからさまにしている。(2017/11/10)


【核を詠う】(247)「南相馬短歌会あんだんて」の合同歌集から原子力詠を読む(1)「何といふ風のいたずら原発のなきわが町に放射能降る」 山崎芳彦
 福島県の「南相馬短歌会あんだんて」(代表・遠藤たか子)が毎年発行している合同歌集『あんだんて』の第五集(平成25年5月刊行)〜第九集(平成29年6月刊行)をお借りすることができ、読んでいる。この連載の71回目(2012年10月24日掲載)で同歌集の第四集(平成24年5月発行)を読ませていただいてから今日まで毎年発行されてきたのになぜ毎回読ませていただかなったのか、筆者の悔いは深い。同会に集った歌人(第九集13名)による作品群は「この地に住む者にとって大地震や津波、放射能への恐怖が根底にあることは紛れもない事実で、これからも歌い継いで行かなければなりませんが、自由に何でも歌える『場』であることも大切にして行きたいと思っています。」(第五集の「あとがき」 遠藤たか子さん)とする歌人集団の合同歌集にふさわしい、思いの深い、感性の豊かな、個性が生かされた作品の集積であると思いながら、5年間に蓄えられ一首一首を読ませていただく喜びをいただいてもいる。(2017/11/01)


今度はマーラーをルンバ演奏  米ピアニスト、ヨアキム・ホースレイ氏  ピアノを打楽器として使う
ピアノを打楽器として使うという新しいコンセプトで独自にアレンジしたベートーヴェンの交響曲7番を披露して、世界に知られたアメリカのピアニスト、ヨアキム・ホースレイ(Joachim Horsley)氏。アレンジはキューバのルンバのリズムやテクニックを使ったものだ。第二弾はマーラーの編曲で、今回もルンバ風に編曲されている。クラシックの交響曲とルンバのアウフヘーベンを聞くことができるだろう。(2017/10/29)


コグマチャプサルトッ   な・すんじゃ( 韓国伝統料理人 ) 
 韓国伝統料理の研究者で料理人のな・すんじゃさんが今回披露したのは「コグマチャプサルトッ」。Q これはなんでしょうか? な すんじゃ 「サツマイモともち米粉のやきもちです。素朴ながら上品な味です。」(2017/10/27)


犬と地中海  イタリア北西部の町、スポトルノから
エリ・マルチ二さんの飼い犬の名前はギルダと言うそうです。マルティ二さんの住まいは地中海のすぐ近くです。イタリア北西部でフランスとの国境に近いスポトルノです。マルチ二さんがギルダと家の周りを散歩したら、ギルダが海岸前の柵のところで立ち止まって海を見つめていました。Ely "Gilda pensava a come scendere in spiaggia" 「ギルダはどうやったら海岸に降りていけるか考えていたのでしょう」(2017/10/25)


インターネットが美術を変える  海を隔てたコラボレーションの試み 東京・代田橋の画廊で展示中  A new challenge of artists in the time of Facebook ~ from an exhibition at an art gallery in Daitabashi,Tokyo ~
先日、日刊ベリタで「画家、ジャック・フレッシュミュラー氏、東京に現る  代田橋の画廊で共同展」という記事を書いた。フレッシュミュラー氏の展示会が東京で開かれたことを紹介したものだったが、展示会場の代田橋の画廊で出会った企画者の夫婦から、今回の展示会が少し新しいことに挑戦しているのだ、という話をうかがった。それが何かと言えば3人の画家の共同展なのだが、彼らは初顔合わせであり、それだけでなく、企画者たちとも初めての顔合わせなのだ、という。その経緯について、主催者たちから説明を受けた。それが以下の英文で、その下に付したのは拙訳である。(2017/10/22)


画家、ジャック・フレッシュミュラー氏、東京に現る  代田橋の画廊で共同展 Artist ,Jacques Flèchemuller visits Tokyo to hold an exhibition with two others from France
ジャック・フレッシュミュラー (Jacques Flechemuller)氏について本サイトで記事を出したのは丁度1年前の秋だった。フレッシュミュラー氏がパリのコリーヌ・ボネ画廊で個展を開いた時のことだ。その時はボネさんにインタビューをさせていただき、その原稿を訳して載せたのだが、今回はフレッシュミュラー氏ご自身が東京にやって来る、ということがあって、さっそく展示会場を訪ねた。(2017/10/21)


【核を詠う】(246)山崎啓子歌集『白南風』の原子力詠を読む「核持ち込みの密約隠され五十年被爆柿の木二世を増やす」  山崎芳彦
 今回は前回までの山崎啓子歌集『原発を詠む』に続いて刊行された第二歌集『白南風』(2017年7月24日、デザインエッグ社刊)から原子力詠を読む。作者は7月2日に逝去されたので遺歌集となるが、『原発を詠む』の発行が6月26日であったことを考えると、ご遺族、関係者の方々の作者への思い、愛惜のほどが偲ばれる歌集である。この歌集の「あとがき」は作者自身が6月21日の日付を入れて記したものであり、病床にあった作者が最後の力でこの歌集の刊行に直接かかわられたのかと推察もする。前歌集には作者の「後世の誰かに伝へむ原発を恨む末期がん患者の歌を」の一首が象徴するように2011年の福島第一原発事故をテーマとする作品が、埼玉県に住む歌人によって深い思いと原発に対する怒り、原発廃絶への願いが真摯に詠われたことの意味・意義の大きさを思ったが、今回の歌集『白南風』によって作者の核に対する危機感が、福島原発事故以前から深くあったことを示す作品があり、『原発を詠む』に至る基盤が蓄積されていたことを知らされた。筆者が知らないところで多くの人々が原子力詠を紡ぎ、訴えていることをあらためて感じさせられた。(2017/10/17)


車の代わりにラクダを一頭
21世紀の動力源としてラクダが浮上している。ラクダは車と比べると乗れる人数に限りがあるが、地球環境にやさしく、車にはない動物との生きた関係がある。戦争でもするのでなければ、時速80キロで急ぐ必要もない。(2017/10/16)


「(セクハラ・プロデューサーは)もちろん、一杯いますよ」 エマ・トンプソンも告白 ハリウッドプロデューサーのセクハラ問題 日本でも横行か
 「映画に出演させてあげよう」地道で実力もありながら比較的無名な女優に映画出演の話をしながら、ホテルの部屋で触る・・・ハリウッドの大物女優たちが大物プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン氏を告発しており、ニューヨークタイムズを中心に反響が大きい。エマ・トンプソン、ロザンナ・アークエット、アンジェリーナ・ジョリー、グィネス・パルトローなどの有名女優たちもワインスタイン氏からセクハラを受けたとインタビューで答えている。彼女たちは新人時代にこうした経験をしており、アンジェリーナ・ジョリー氏は以後、ワインスタイン氏がプロデュースする映画には絶対に出ないことにしたし、同僚たちにも注意をした、と語ったとされる。ニューヨークタイムズはスクープとして大きな紙面を組んでこの問題を報じているが、BBCも追いかけ始めた。(2017/10/13)


【核を詠う】(245)山崎啓子歌集『原発を詠む』の原子力詠を読む(3)「子らの声戻らぬ避難解除の地 桜咲けども地母神(じぼしん)の鬱」  山崎芳彦
 前回から間を空けてしまったが、山崎啓子歌集『原発を詠む』を読む。今回が最後になるが、この間、安倍総理大臣による国会の「違憲解散」があり、小池都知事による「希望の党」の結党に引きずりまわされるような民進党の「身投げ解党」、それを是としない民進党の有志の「立憲民主党」立ち上げなどの動きが続いてきたが、その中にあって安倍政治とそれを補完する勢力の改憲の企み・安保法制の容認と戦争をする国づくりを許さない闘いとしての総選挙をより力強く前進させることの重要性はますます高まっていると思う。(2017/10/06)


パリで演技と歌に打ち込むジージ・ルドロンさんに聞く Interview : Gigi Ledron ( actress )
今回、パリで映画や舞台で活躍中の女優、ジージ・ルドロン( Gigi Ledron )さんにインタビューさせていただきました。パリでは様々な人種が共生していて、芸術の分野でもそれぞれの特徴を生かしながら互いに火花を散らしながら、時には助け合いながら切磋琢磨しています。ルドロンさんは黒人の人生を表現してきました。それは都市に生きる人間の生と情熱でもあります。ルドロンさんが生まれたのはパリ郊外のサンドニという町です。ルドロンさんの女優としての半生や芝居にかける情熱についてお聞きしました。(2017/09/25)


【核を詠う】(244)山崎啓子歌集『原発を詠む』を読む(2)「忘れ得ず 去年(こぞ)六月の嫗の死『私はお墓に避難します』」山崎芳彦
 前回に続いて山崎啓子歌集の原子力詠を読むが、「福島を思う」、「福島とともに『事故から六年』」としてまとめられた、作者の原発事故被災に苦しむ人々、地域に寄せる深い思いを短歌表現した作品からあふれる原子力発電に対する怒り、原発ゼロ実現への願いと作者自身の意志に心を打たれる。その根底に「核と人間は共存できない」という確信があるのだと思う。ところが、この国は原子力発電を「欠かせないエネルギー源」として「福島原発事故以前」に戻ろうとするだけでなく、「非核三原則の見直し―米国の核兵器の日本への配備」論が、「北朝鮮のミサイル・核開発の脅威」を理由に大手を振って語られ始めている。自前の核兵器開発保持への布石であるに違いない。核発電の維持存続と核兵器配備―核兵器開発への企みはコインの裏表であろう。(2017/09/21)


アラブ文学の英訳者、デニス・ジョンソン・デイビーズが死去 Obituary of Denys Johnson-Davies
今頃になって知ったことだが、今年5月にアラブ文学の偉大な翻訳者だった英国人が亡くなっていた。享年94。名前はデニス・ジョンソン・デイビーズ(Denys Johnson-Davies )で、デイビーズ氏が翻訳活動を始めた頃はこんな風に言われていたと言う。「アラビアに文学などない。あるのは『コーラン』と『千夜一夜物語』だけさ」こうした中でデイビーズ氏が最初に「近代アラブ短編小説集」として翻訳紹介した作家にはYusuf Idris, Tayeb Salih, Zakaria Tamer, Naguib Mahfouzeら20人がいた。(2017/09/19)


「嬬恋村のフランス料理」21   コックコートへの思い   原田理(フランス料理シェフ)
西洋料理の料理人が着る白い制服の事を「コックコート」と呼びます。言うまでもなくこの制服がわれわれの職業の象徴です。料理人の労働は基本的に長く、その間ずっとこの制服を着ているのですから、当人たちにとっては人生の大半を過ごす戦闘服でもあります。今回はそんな制服の話を。(2017/09/12)


【核を詠う】(243)山崎啓子歌集『原発を詠む』を読む(1)「『虫や鳥の異変の次はヒトの番』生態学の説怖ろしき」  山崎芳彦
 今回から読む山崎啓子歌集『原発を詠む―末期がん患者の最後の闘い』(2017年6月26日刊、デザインエッグ社発行)の作者は埼玉県越谷市の歌人であったが、まことに残念なことにこの歌集が完成した直後の7月2日に逝去されてしまった。享年69歳であった。この歌集が刊行されたことを知って筆者が作者のお話を聞きたいと思いご自宅に電話を差し上げて、御夫君の山崎啓次氏からそのことをお聞きし、歌集発行の経緯などについても伺ったのだが、歌集の完成を喜んで一週間後にはかなくなられた作者を偲んで、またその歌業の意義を尊く思い、この連載に取り上げさせていただく。(2017/09/09)


【核を詠う】(242)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(7)「原子炉の温排水はテトラポット囲む日本海の岸に渦巻く」  山崎芳彦
 『昭和萬葉集』から原子力にかかわって詠われた短歌作品を読んできたが、巻九(昭和25年〜26年、1950年から1951年)に始まった連載も今回の巻十九(昭和49年、1974年)、巻二十(昭和50年、1975年)で終る。この「核を詠う」連載では以前に巻七(昭和20年8月15日〜22年、1945年〜1947年)、巻八(昭和23年〜24年、1948年〜1949年)の原子力詠を読んでいるので、合わせると1945年〜1975年、戦後30年にわたって『昭和萬葉集』に収録された原子力詠を読んできたことになる。この連載では原子力詠に限って記録してきたのだが、筆者は全作品を読んできたので、戦後30年の歴史、筆者にとっては5歳〜35歳に重なる時期に全国の多くの歌を詠む人びとの作品をかなり集中的に読んだことになる。読みながら、自らの前半生期といってもよいだろう時代と、その時代を生きた我が生きざまを重ね、見つめなおし、見えてはいなかったこと、見ようともしなかったことの大きさを思い知らされ、感慨は単純ではないのだが、『昭和萬葉集』があってよかったと改めて先達に感謝したいと考えている。(2017/08/29)


【[核を詠う】(241)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(6)「この国の核武装せむ怖れさへすでに怪しまず世は動きゆく」 山崎芳彦
 今回読む『昭和萬葉集巻十六』(昭和45年〜46年、1970〜1971年)、『同巻十七』(昭和47年、1972年)、『同巻十八』(昭和48年、1973年)は、1970年代初頭の4年間に詠われた短歌作品を収録している。1960年の日米安保条約改定反対闘争から10年を経て、経済の「高度成長」、「所得倍増」が謳われる中で、しかし時の支配層が進めた政治・経済政策の「毒」は人々を管理社会に取り込み、人々が生きる環境を痛めつける「公害」を全国各地に深刻化させ、さらに労働組合などへの巧妙な分断工作により戦後の革新運動の「混迷」を深化させていた時期であったと、筆者は自身の生活史を通じて思っている。この時期、筆者はある青年組織の月刊機関誌の編集記者として働いていたが、取材記事、ルポルタージュとして、公害、職業病、労働災害、自衛隊、労働青年の生活の実情…などをテーマにして拙い文章を書いた。その中での経験を思い返しながら『昭和萬葉集』を読んでいるのだが、さまざまな感慨が、自身の無様な生き方への哀しい振り返りとともに湧いてくる。特に、今回読む『昭和萬葉集』の時期は殊更である。(2017/08/14)


【核を詠う】(240)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(5)「この年もものぐるほしくなりにけり八月の空夏雲のたつ」山崎芳彦
 今回読むのは『昭和萬葉集』の巻十四(昭和39年〜42年、1964〜1967年)、巻十五(昭和43年〜44年、1968〜1969年)の原子力詠だが、1950年代から後半から激しさを増したアメリカ、旧ソ連、イギリスの核実験競争が、大気圏内実験から地下核実験へと形を変えながら続き、さらにフランス、中国も核保有国として名乗りを上げた時期でもあった。同時に、東西対立の中であわやと思わせる核戦争の危機もあり、アメリカ、旧ソ連による核兵器のそれぞれの陣営各国への配備がおこなわれた。日本について言えば、アメリカは米軍統治下にあった沖縄への核ミサイル配備など「沖縄の核基地化」、日米安保条約の下での核を積んだ艦船、原子力潜水艦の寄港、通過を実質的に自由に行うことを認める核密約を結ぶなどアメリカの核戦争政策・態勢への協力をすすめた。広島・長崎・第五福竜丸をはじめとする日本漁船のビキニにおける被爆を経験したこの国では、原水爆禁止運動、原子力潜水艦の寄港反対闘争が高まり、複雑な、政治勢力間の対立・矛盾・分裂による困難の中でも「核戦争反対・原水爆禁止」の声はやまなかった。巻十四、巻十五に収録された原子力詠に示されている。(2017/08/06)


江原道薬トラジ(桔梗) のどの痛みや咳にも良いが癌の予防や免疫力に  な・すんじゃ( 韓国伝統料理人 )
「江原道薬トラジ(桔梗)」です。のどの痛みや咳にも良いが癌の予防や免疫力に。煎じたあとのトラジはナムルにして捨てるところが無い。(2017/08/01)


「嬬恋村のフランス料理」20 〜五十嵐総料理長のフランス料理、そして帆船 〜 原田理(フランス料理シェフ)
これまで僕が一方ならぬお世話になった先代の五十嵐輝昭総料理長。その退任に当たって僕に7年間ずっと厳しく伝えようとしてきたフランス料理の伝統とはなんだったのか。そんな思いをもって、今回改めて五十嵐シェフに話を聞きました。 Q なぜフランス料理をやることになったのですか? (五十嵐) われわれの時代は、何より手に職をつけるのが必須だった。母親が寮母をやっていて、寮生たちに料理を作るのを幼い頃から見ていた。その背中を見続けていたので、福島県立田島高等学校を卒業後に、手に職をつけるとなったときに自然と料理を選んだ。(2017/07/29)


【核を詠う】(239)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(4)「汚染せし雨多く降りし夏過ぎて妻みごもりぬいかりのごとく」 山崎芳彦
 今回は『平和万葉集』の巻十二、巻十三から原子力詠を読むのだが、両巻には昭和32年(1957年)〜昭和38年(1963年)の作品が収録されている。前回に巻十、巻十一で、東西冷戦下でアメリカ、ソ連(当時)が激しい核兵器の開発・増強のための核実験を繰り広げた1950年代における「核の時代」のもとで、広島・長崎の原爆投下による悲惨な経験の記憶と明らかになるその実態を短歌表現するとともに、一層深刻・危険になる核実験競争の中でのビキニ環礁での日本のマグロ漁船の第五福竜丸の被曝、漁船員が受けた「死の灰」被害、無線長・久保山愛吉さんの原爆症による無念の死、日本各地にも降った高い濃度の放射能雨、核実験禁止要求運動の高まりなどを映す短歌作品を読んできたが、今回の巻十二、巻十三でもそれを引き継いでの原子力詠が数多く、多彩に収録されている。(2017/07/27)


「嬬恋村のフランス料理」19 〜総料理長への手紙 〜 原田理(フランス料理シェフ)
総長は僕の前に彗星のように現れたリアルなシェフでした。師匠と呼べる人を持たず、街場の小さな店を任されたときから、ほぼ独学で料理を学び、書籍を買いあさり、本を見ながら何とかフランス料理を作ってきた僕にとって、初めての厳しいリアルなシェフです。マッシュルームの剥き方ひとつ、ブロッコリーの花の裂き方ひとつに徹底した方法論を突き詰め、ほんの数時間の宴会の為に幾日もかけて仕込みを行ない、潤沢な予算と豪華な技術を使うと言う、フランス料理が資本主義経済に押されていない時代の料理を作る偉大な時代の、偉大なシェフです。(2017/07/26)


「茄子の蒸し物」  冷たく冷やしてペロリです  な すんじゃ( 韓国伝統料理人 )
  なすを縦半分に切り、根元を外さずに3ミリぐらいの厚さにきる。蒸気のあがつた蒸し器になすを入れて約5分蒸す。根元を残し、2枚ずつに離して盛り付ける。合わせタレをかけ、白髪ねぎを飾る。(2017/07/20)


【核を詠う】(238)『昭和萬葉集』から原子力詠を読む(3)『原子力研究所敷地の調査すと爆破音いくたびか村をゆるがす」 山崎芳彦
 「核兵器の使用がもたらす破局的な人道上の結末を深く懸念し、そのような兵器全廃の重要性を認識し、核兵器が完全に除去されることが必要であり、これがいかなる場合にも核兵器が決して再び使用されないことを保証する唯一の方法である。」、「核兵器の使用の被害者(ヒバクシャ)及び核兵器の実験により影響をうけた人々にもたらされる容認しがたい苦しみと危害に留意し、先住民に対する核兵器活動の不均衡な影響を認識し、全ての国が国際人道法や国際人権法を含め適用される国際法を遵守する必要があることを再確認し…核兵器の全面的な除去の要請に示された人道の諸原則の推進における公共の良心の役割を強調し、国連や国際赤十字その他の国際機関及び地域的機関、非政府機関、宗教指導者、国会議員、学術研究者、及びヒバクシャが行っている努力を認識し」(「核兵器禁止条約」の前文から)核兵器の保有や使用、実験、製造、核兵器使用の威嚇などを幅広く禁じる国際条約が国連の交渉会議で、国連加盟国のほぼ3分の2の122ヵ国の賛成によって採択された。9月から署名が始まり50カ国の批准で発効する。(2017/07/15)


ハン・ヨンスの写真3 Photographs of Han Youngsoo 3 〜 漢江の光景 scenery of Han river ~
韓国の写真家、ハン・ヨンス(Han Youngsoo 1933 - 1999 )の娘さんからヨンスの最新の写真集が送られてきた。タイトルは「時は河を流れゆく」 "Time Flows in River " 。収録されたハンガリーの写真研究家のKincses Karolyの解説によると、今回の写真集で3冊目になるそうだ。今回は漢江という河に焦点が当てられて編集されていて、河をめぐる庶民の生活風景や憩いが見えてくる。撮影されたのは1956年から1963年の間で夏もあれば冬もあり、春夏秋冬の味わいがある。(2017/07/07)


【核を詠う】(237)『昭和万葉集』から原子力詠を読む(2)「ビキニより帰りて子をも望めなき人らにさえや何の補償ぞ」 山崎芳彦
 『昭和萬葉集』の巻十、十一は、昭和27年〜31年(1952年〜1956年)の短歌作品を収録している。その作品群の中から原子力詠を読んでいるのだが、この時期は原子力の時代史の中で、世界的にも、また日本においても極めて重要な時期として記録、記憶されなければならない時期であると言えよう。1945年に歴史上初めての原子爆弾の使用、つまり広島・長崎への米国による原爆投下が行われ、その恐るべき惨禍、「核の地獄」を起点にして第二次世界大戦後の米・ソを核とした東西冷戦激化のもとで、より凶悪な核兵器開発、熱核兵器(水爆)の実戦化のためのとめどもない実験が繰り広げられた時期である。1952年に米国が、53年にソ連(当時)が本格的な水爆実験を行い、さらに水爆を運搬可能・実戦的なものにするための実験が繰り返され、その中で米国の太平洋ビキニ環礁における水爆実験による日本のマグロ漁船第五福竜丸の核放射能「死の灰」の被害があったのだ。読んでいる『昭和萬葉集』には、広島・長崎の原爆、そして「第五福竜丸」の死の灰被害、放射能雨などを詠った短歌作品が多く収録されている。(2017/07/06)


ほのぼのとした味わいの漫画家、パスカル・ブロンド―さんにインタビュー Interview : Pascal Blondeaux ( illustrator , cartoonist )
漫画家のパスカル・ブロンド―(Pascal Blondeaux)さんにお会いしたのはパリのエコミュゼというギャラリーでの共同展示会の時でした。医療用麻薬の使用を政府は認めよ、というキャンペーンで、20人以上の漫画家、イラストレーター、画家、写真家らが作品を持ちよりました。その一人、パスカル・ブロンド―さんの作品はほのぼのとしたもので、北アフリカの上空をハシッシュの翼を持った鳥が飛んでいる、というものでした。そのタッチがあまりにもほのぼのとしていて、日本の漫画家の園山俊二を思い出してしまったのです。(2017/07/06)


家族の肖像 フランス その6 「私の仕事」(レジャーヌ・ボワイエ) Family portrait in France #6  Réjane Boyer ” My work "
フランスの古城のある小さな町、エクアンに住むレジャーヌ・ボワイエさんとその家族の歴史を何度かに分けて、取材してきました。レジャーヌさんの家族は祖父の代から政治に強い関心を持ってきたそうです。夫のマルセルさんは社会党の支持者でエクアンでは「コンセイエ」と呼ばれる、選挙で住民から選ばれる有識者委員の業務を行ってきました。仕事の合間を縫ってボランティアで自分の知識や経験を活用して行政支援を行う制度だそうです。(2017/07/01)


【核を詠う】(235)『朝日歌壇2016』から原子力詠を読む(2)「放射線のガードが固く覗(のぞ)けない溶け落ち沈むデブリの姿」  山崎芳彦
 前回に続き『朝日歌壇2016』から原子力詠を読み、今回で終るのだがそのなかに、「唯一の被爆国なり発議して賛成すべきを『反対』と言う」(諏訪兼位)という短歌がある。今月15日から国連本部で再開されている「核兵器禁止条約」の成立を目指す交渉会議に、日本政府が核保有国とともに不参加であることへの怒りと失望を詠っていると読める。実際には、この作品は昨年11月21日付の「朝日歌壇」入選作品であるが、その時には日本政府の同交渉会議不参加が明らかになっていたことから詠われた作品であり、詠った通りになったことに、作者は改めてこの国の政府の核政策、外交への怒りを強くしていると思う。「核兵器禁止条約」案は、その前文に「核兵器使用の犠牲者(ヒバクシャ)や核実験による被害者の苦難を心に留める」の一節を盛り込むことになっていることを思えば、日本政府が同条約に反対し、核保有国に同調する態度は国内外の理解を得られない。原発事故でも国際的な批判を浴びており、日本政府の原子力政策への批判は強まる。(2017/06/19)


【核を詠う】(234)『朝日歌壇2016』から原子力詠を読む(1)「高浜原発止めし裁判長は飛ばされて生命守らぬ国は哀しも」 山崎芳彦
 朝日新聞の「朝日歌壇」に入選した作品を毎年一巻にまとめた『朝日歌壇』が刊行されているが、その2016年版(『朝日歌壇2016』、2017年4月30日発行、2016年1〜12月の入選作品を収録)から、筆者の読みによる原発詠を抄出、記録する。本連載で、これまでも2011年以後の『朝日歌壇』の作品を毎年読み続け、記録してきたが、今回も読ませていただく。朝日歌壇の選者は、馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏の4氏で、毎回10首ずつを入選作品として選んでいるが、複数の選者の共選になる作品もある。同書の巻頭に選者4氏による「年間秀歌」10首(『朝日歌壇賞』受賞作品1首を含む)が掲載されているが、馬場あき子氏は「敷島のフクシマに国勢調査あり人口ゼロとされし町はも」(熊本市・垣野俊一郎)を朝日歌壇賞受賞の作品として選び、「国勢調査で『人口ゼロ』とされたフクシマの町への深い哀悼の心がこもったものだ」と評している。(2017/06/04)


【核を詠う】(233)『角川短歌年鑑・平成29年版』から原子力詠を読む 「なにごともなかつたやうに列島に原発ともる ひとおつ、ふたつ」 山崎芳彦
 今回は、月刊短歌総合誌『短歌』を発行している角川文化振興財団の刊行になる角川『短歌年鑑』の平成29年版(平成28年12月刊)に収載の、全国の歌人600余名の「自選5首作品」、さらに「角川歌壇」特選作品、「題詠秀歌作品」から、筆者が原子力詠として読んだ作品を抄出・記録させていただく。本連載ではこれまでも、毎年、角川『短歌年鑑』の原子力詠を読み続けてきたが、「平成29年版」についても、読ませていただく。掲載されている短歌作品は膨大で、そのなかから筆者の読みにより「原子力詠」を抄出したので、誤読、作者の意に添わない抄出になってしまっていることがあれば、お許しを乞うしかない。原子力詠として読んだ多くの作品には、2011年3月11日の福島第一原発事故にかかわって詠われた歌が多くを占め、短歌界にも同事故が大きな衝撃を与え、6年が過ぎても様々な表現により原発問題が詠いつづけられ、さらに広島・長崎の原爆にかかわる作品、核問題を取り上げた作品も少なくない。(2017/05/25)


プラシド展 〜 デフォルメの真実 〜コリーヌ・ボネ画廊 Exposition of Placid at Galerie Corinne Bonnet
イラストレーターや漫画家で同時に絵画も描く人がいるが、パリの14区にあるコリーヌ・ボネ画廊はそうした画家をよく扱っている。今、展示を行っている画家のプラシド(Placid) もそうした画家の1人で漫画集もたくさん出版してきた人である。プラシドの絵画を見ると、そこでは強烈なデフォルメが行われている反面、非常にリアルでもある。何がリアルなのか、と言えば表情である。(2017/05/21)


[核を詠う](232)『平成28年度版福島県短歌選集』から原子力詠を読む(3)「たやすげに復興といふくちびるの動きをぢつと見てゐる梅花」 山崎芳彦
 「平成28年度場福島県短歌選集」から原子力詠を抄出し記録してきたが、今回が最後になる。今回読む作品の中に、福島原発事故の被災が人々にもたらしている苦難の実態、真実が、まさに人間が「生きる」上でいかに深刻なものであるかが明らかにされている。政府や東電が言う絵空事の「復興」宣伝ではなく、人々の生きる条件、さまざまなことがあっても人として家族や地域の仲間とともに生きていく環境が破壊されていることの底知れぬ深刻さを福島の詠う人びとは、まさに今を生きている現実の中から「人間の復興」を求める短歌作品を紡ぎ出している。「震災前九人住みゐしわが家族いまは離散す桜花舞ふ」(吉田信雄)、「百四歳の母は逝きたり原発に逐はれしふるさとひたに恋ひつつ」(同)、「避難せる子等が各地で『菌』呼ばわり殴るにも値せぬ人が居る」(横田敏子)、「汚染土に米の作れず農終る避難の果てに夫も逝きたり」(山崎ミツ子)、「福島の惨事なきがごと次々と再稼働さす愚か者たち」(守岡和之)…多くの「人間の声」は、響きあい重なり合って多くの人びとに届けと、原子力社会からの脱却を呼び掛ける。(2017/05/16)


【核を詠う】(231)『平成28年度版福島県短歌選集』から原子力詠を読む(2)「次々と再稼働する原発の報道憂ひふくしまに住む」 山崎芳彦
 今は亡き大岡信さんが朝日新聞に連載したコラム「折々のうた」の平成15(2003)年2月7日付で福島の歌人・波汐國芳さんの作品、「汚染進む海と思えり生(あ)れ出(い)でし鰭(ひれ)欠け魚(うお)の傾き泳ぐ」を取り上げて次のように書いている。「『落日の喝采』(平成14)所収。うちくつろいで日々を送っている市民の食卓では、『鰭欠け魚』のような不気味な存在は姿を見せない。そんな魚は私たちの生活権には許されない、と無意識に思っている人も多いはずだが、作者は歌集あとがきで書く、『私の住む地域は原発十基を抱えるという環境にありますが、その安全神話が崩壊した今、不安がつのるばかりです』。右の歌など読むと、水俣病の予言性は実際大きかったと改めて痛感する。」(岩波新書『新折々のうた7』、2003年11月刊所収)。(2017/05/06)


探偵ドラマから恋愛ドラマまで  インタビュー エリザベート・ブールジーヌ(女優)Interview : Elizabeth Bourgine ( actress )
 アメリカの文学界が生み出した代表的な私立探偵がフィリップ・マーロウだとしたら、フランスでは誰か。様々な意見があるでしょうが、候補の一人は作家のレオ・マレが生み出したネストール・ビュルマでしょう。ハードボイルドでありながら、ユーモアも込められており、フランスではファンが多く、映画化も繰り返し行われ、漫画にもなっています。俳優や漫画家を変えて代々受け継がれています。その1つ、映画「ネストール・ビュルマ ショックの探偵」に出演した女優のエリザベート・ブールジーヌさんです。(2017/05/03)


群馬県立近代美術館の検閲への抗議と要請  「これは憲法が禁じている検閲である」  
 群馬県立近代美術館による白川昌生さんの作品「群馬朝鮮人強制連行追悼碑」を撤去させた措置は、憲法が禁じる検閲にあたり、認められません。強く抗議するとともに、作品の速やかな展示の復活を求めます。(小倉利丸)(2017/04/29)


【核を詠う】(230)『平成28年度版福島県短歌選集』から原子力詠を読む(1)「隠されしメルトダウンと知る朝の緋の立葵われを見下ろす」 山崎芳彦
 今回から読む『平成28年度版福島県短歌選集』(平成29年3月刊行)は、福島県歌人会(今野金哉会長)が会員である福島歌人235氏から寄せられた平成28年度の短歌作品(一人10首)を収載するとともに、福島県歌人会の概況を明らかにした貴重な年刊歌集である。昭和29年度の創刊であるからこの平成28年度版(第63巻)まで一度の中断もなく刊行されてきたことになり、東日本大震災・東京電力福島第一原発事故による被災の中にあっても福島の歌人がこの年刊歌集を継続してきたことの意義は大きく、敬意を表すべきことだと、筆者は思っている。この連載の中で平成23年度版以来今回まで毎年度読ませていただき、原子力詠に限らざるを得なかったが記録させていただいたことは、筆者にとってありがたいことである。福島の歌人の方々一人一人のお名前と出会うのは懐かしい思いを誘う。いろいろとお世話になった方も少なくない。上梓された個人歌集を読ませていただきもした。原子力詠に限らず、心打たれる作品と出会うことが出来たことは、拙くとも詠う者の一人である筆者のよろこびでもある。(2017/04/25)


ベルリンにたどりついた亡命俳優たちの劇団  "The Exil Ensemble ” ニューヨークタイムズ文化欄から 
ベルリンに中東からの難民によって構成された亡命劇団"The Exil Ensemble ”というのがあるそうだ。ニューヨークタイムズの文化欄の4月17日の記事”Refugees find home is a Berlin theater"(難民が見つけた住まいはベルリンの劇場だった)で読んだのだが、写真入りでかなり大きく取り上げられていた。ドイツ語だとどういう単語かわからないが、英語で言えば亡命劇団、とてもわかりやすい。俳優は男女7人で、出身はシリア、パレスチナ、アフガニスタンである。いずれも過酷に弾圧されたり、戦乱の最中だったりする地域だ。そして、今、上演しているのが「冬の旅」(Winterreise = Winter Journeyと題されたドキュメンタリー的なドラマだと言う。そこにはユーモアや笑いも盛り込んでいるようだ。(2017/04/19)


【核を詠う】(229)福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠(3)「列島は難破の船ぞ福島の避難の民は今も散り散り」  山崎芳彦
 歌誌『翔』の原子力詠を読み、記録させていただいてきて、今回で終るが、作品を読むほどに、福島歌人の短歌をとおして福島原発の事故がもたらした被災が6年を経てなお、ますます、人々の生活に深い苦難を及ぼしていることを思わないではいられない。原発事故によって受けた被害は、避難指示によって避難を「強制」された人びとはもとよりだが、避難指示対象区域外からの自主避難者、さらに避難せずとどまって生きる人々にとっても、さまざまに深刻なものだった、いや今も深刻であることを、これまで読んできた短歌作品は伝えている。政府や原子力関連産業界、原発再稼働推進勢力が原発事故被害者の被害の実態をまともに受け止めることなく、したがって求められる対応をすること無く、さまざまに加工された数字を並べ、人間なき復興計画を描き出しているなかで、今村復興相の「暴言」ではない本音が露わになったのだ。あの非人間的な発言は、今村大臣固有のものではなく、現政権、原子力推進勢力の「本音」の一片なのだろう。(2017/04/16)


仏映画「河で眠る人」俳優パスカル・トゥルモさんにインタビュー  Interview : Pascal Turmo / acteur " Dormeuse Duval "
今、フランスで公開中のマニュエル・サンチェス監督の新作「河で眠る人」 " Dormeuse Duval "に出演した俳優のパスカル・トゥルモさんにインタビューしました。この映画はフランス東部国境地域アルデンヌ地方を舞台にしています。繰り広げられるのは初老にさしかかった夫婦のもとに若く美しい女性がパリから訪れ、波紋を投げかけます。一方、夫婦の妻を演じるマリーナ・トメ(Marina Tome)氏のロマンスの相手役を夫の友達でもあるパスカル・トゥルモ氏がつとめています。トゥルモ氏は映画よりも舞台を主に活動の場にしてきた俳優で、マリヴォー、シェイクスピア、モリエール、ホルヴァート、A・ミラーなどの芝居に出演しています。(2017/04/07)


【核を詠う】(228)福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠(2)「核のごみ次の世代に渡す罪吾も負ひつつ歌詠みゆかな」 山崎芳彦
 前回に続いて福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』から原子力詠を抄出、記録させていただくのだが、作品を読みながら改めて思うのは、この国の政府と電力企業及び原子力関連大企業が連携して、満6年前、2011年3月11日の東京電力福島第一原発の壊滅事故による底知れない、いつ終わるとも知れない核災害を、あたかもなかったこと、あるいは恐れることのないこととして、原発復活政策を推進していることの罪深さである。世界最悪レベルとされた原発事故による被災の深刻さは、コンパスによって引かれた被災地の設定や、空間線量率で推定される年間積算線量による核放射線量の数字、森林や河川、水路を含む人が生き暮す環境を除く限定された「生活環境」の除染…によって解決されることではない。そして「加害者」「事故責任者」による被害者・避難者に対する一方的な「帰還政策」―すべてを被災者の事故責任に押しつけ自らの責任を軽減さらに無いことにする「避難指示解除」、そして原発再稼働が進められている。(2017/04/06)


「ニンニク粥」な すんじゃ( 韓国伝統料理人 )
「ニンニク粥」季節の変わり目、体調管理にやさしいお粥です。入れるニンニクの量の割に出来上がりの匂いはほとんどないのです。数十年前に初めて食べました。いつだったかははっきり覚えていないぐらい。自分で作りました。日本の白がゆとは違う美味しさがあります。(2017/03/30)


【核を詠う】(227)福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠「原発はパンドラの箱に潜みゐて開けに来る人今も待つらし」 山崎芳彦
 今回から福島県内の歌人グループ「翔の会」(波汐國芳代表、会員30名)の季刊歌誌『翔』の第52号(平成27年7月刊)〜第57号(平成28年11月刊)の作品群から、筆者の読みによって原子力にかかわって詠われた歌を抄出、記録させていただく。筆者の読みによる抄出なので、作者の方々にとって不本意な、作歌意図と違った誤読があるとおそれながらの抄出であり、その場合のお許しをお願いしなければならない。歌誌『翔』の作品については、この連載の中でこれまで第35号(平成23年4月発行)〜第51号(平成27年4月発行)迄、つまり平成23年の3・11東日本大震災・東京電力福島第一原発の壊滅的事故が起きた以後に発行されたすべての号を読ませてきていただいており、今回はその引き続きになるわけだが、筆者にとってこの『翔』との出会いはまことに貴重な、ありがたいものである。「翔の会」の会員歌人の皆さんに感謝を申し上げなければならないし、3・11以後の様々な苦難の中にあって、『翔』の発行をたゆまず、1号の休みもなく続けてこられた歌人の力に敬意をますます深くしている。(2017/03/24)


「マソンファクルジョプ」  な すんじゃ( 韓国伝統料理人 )
「マソンファクルジョプ」この料理は柿酢を使います。柿酢がやっと作れたので教室でお伝えすることができました。柿酢は1年半かけて作ったトンドン酒からの酢と柿を発酵3ケ月、合わせて発酵3ヶ月で約2年。やさしい加減で良くできました。市販の柿酢を使えば簡単です。でも自家製の柿酢を作りたかったので時間がかかりました。柿酢は熱は通うしません。酵母になるように柿は自然に白い酵母になるものが付いた柿を拭かないで使います。(2017/03/18)


【核を詠う】(226)福島の歌人・波汐國芳歌集『警鐘』を読む(3)「放射線多きに住むを病葉(わくらば)の透きて見えくる命ならずや」   山崎芳彦
 読んでいる波汐國芳歌集『警鐘』が第32回詩歌文学館賞を短歌部門で受賞した。同文学賞は日本詩歌文学館振興会などが主催してすぐれた詩歌(詩、短歌、俳句各部門)作品に対して与えられるものだが、波汐さんの歌集『警鐘』の受賞は、福島第一原発事故を踏まえて「文明の反人間的な暴走」に警鐘を発する短歌作品(3・11以後『姥貝の歌』、『海辺のピアノ』、『警鐘』の3冊の歌集を刊行している)に対する評価によるものと思い、この連載の中で3歌集をはじめ多くの波汐短歌を読んできた筆者の喜びは大きい。そして改めて『警鐘』をしっかりと受け止めなければならないと思っている。今回が「警鐘」の作品を読む最後になるが、前回抄出した「科学者ら希(ねが)うは核融合とう 陽のほかに陽をつくる事とう」、「陽の中ゆ核の盗人(ぬすっと) 滅びへの道馳せゆくを文明と言う」、「何でそんなに急いでいるの 人類の終(つい)がみるみる迫りて来るを」などの作品について、改めて注目させられることがある。核融合発電をめぐる動きである。(2017/03/16)


料理への情熱 3 講師をしていた頃  原田哲(さとし、シェフ)
九州から上京して憧れの料理人になった原田哲(さとし)さんでしたが、一時期、店を離れて料理学校の講師をしていた時期もあるそうです。今、下北沢で料理を作っていて、当時の教え子が毎日のように訪ねてくるそうです。いったい、どのような先生だったんでしょうか、原田哲さんにお聞きしました。(2017/03/05)


料理への情熱  2 修業時代の2人のシェフ 原田哲(さとし、シェフ) 
今、東京・下北沢のビストロで居酒屋料理をフレンチに昇華しようと創作料理に打ち込んでいる料理人、原田哲さん。九州から料理人になるために上京した原田哲(さとし)さんに今回は修業時代についておうかがいしました。 Q どのような料理修行をされたんでしょうか? 「ただただ過酷。この一言に尽きます。何度死ぬと思ったかわかりません。今となってはあの時間は人生で一番尊い時間だったと実感してますが、当時はただただ逃げ出したい日々でした。。。」(2017/03/05)


料理への情熱  1 始まりは「お母さんお休みの日」 原田哲(さとし、シェフ) 
 日刊ベリタにフランス料理について群馬県・嬬恋村から寄稿していただいているシェフの原田理(おさむ)さんには4歳年下の弟がいます。弟もまた料理の世界に入って活躍しています。しかし、兄弟はそれぞれ得手不得手があるようであり、また、性格も大いに違っているようです。そんな兄弟がどのように料理に情熱を抱いたのか、どのように料理人の道を歩いてきたのか。今回は弟の哲(さとし)さんにお聞きしました。哲さんは現在、東京・下北沢にあるビストロ「bistroCHAP(ビストロチャップ)」などでシェフをしています。(2017/03/04)


【核を詠う】(225)福島の歌人・波汐國芳歌集『警鐘』を読む(2)「反原発ひたすらにして草紅葉(くさもみじ)炎立てるはわれへみちびく」  山崎芳彦
 いま読んでいる歌集『警鐘』の冒頭の一首、「ああ我ら何にも悪きことせぬを『原発石棺』終身刑とぞ」について、作者の波汐さんは「現在の私の正直な気持ちである。それは被曝地福島県に住む者の共通の思いであるに違いない。」として、次のように述べている。「多くの人が自ら誘致した原発ではないのに、大震災が原因であるとはいえ、当局側が事前の対策を怠ったがために大事故を招き、言ってみれば人災によって多くの人に被害を及ぼしたのである。そして、事故の収束までには三十年〜四十年もかかるといわれる。この地で生活する限り一生付き合わなければならない過酷な情況といわねばならず、まさに終身刑を科せられたようなものだと言ってはばからないからである。」(波汐さんが編集発行人である歌誌『翔』第52号の巻頭言)という。この「原発石棺」とは、破滅原発に覆い被せる構築物の意ではなく人々の生きる現在と将来を暗く閉じ込めるものの象徴だろう。(2017/03/03)


音楽にかける青春  富士山の麓でのコンサート   ルドミラ・パヴロヴァー(バイオリン奏者) Ludmila Pavlová ,violinist
2年前にインタビューしたチェコの若いバイオリニスト、ルドミラ・パヴロヴァーさんは来日公演を希望していましたが、このたび、願いがかなってとうとう実現しました。静岡県で10回のコンサートを行うためです。前回のインタビューでも少し触れましたが、コンビを組んでいるピアニストのスタニスラフ・ガーリン氏、そしてチェロ奏者のペトゥル・マリスク氏と3人でトリオを組んでの来日公演でした。オールビス三重奏団(Orbis Trio)という名前です。(2017/02/28)


大富豪に対する失業家族の闘いを描いた「メルシー・パトロン!」がセザール賞(最優秀ドキュメンタリー映画賞)を受賞 フランソワ・リュファン監督
フランスでセザール賞の発表があり、最優秀ドキュメンタリー賞にフランソワ・リュファン監督の「メルシー・パトロン!」が選ばれた。この映画は報道によれば50万人の観客を動員した異例のヒット作となった。だが、それだけでなく、大富豪と闘う失業した労働者の家族のために監督自ら出演して知恵を貸し、ともに闘う映画として、フランス人に勇気を与えた。立ち上がれば政治は変えられる、という思いを抱かせ、2016年は1968年以来の政治の熱い季節となった。(2017/02/25)


「闇の国々」はこうして生まれた ブノワ・ペータース(漫画脚本家) Sur « Les Cités obscures » et la bande dessinée franco-belge Benoît Peeters
谷口ジローと親交が厚かったフランスの漫画脚本家・作家のブノワ・ペータースさん。ペータースさんが作画家のフランソワ・スクイテンさんとのコラボレーションで生み出したバンドデシネ(BD、漫画)「闇の国々」は1982年以来、13冊が出版され、谷口ジローも一目置いていたという作品です。欧州のバンドデシネ(漫画)の歴史はこの作品なしにしては語れないほど大きな影響を与え、今日に至っても国境を越えて漫画家たちにインスピレーションを与え続けています。今回、ブノワ・ペータースさんに「闇の国々」が生まれた経緯や作品が生まれた背景にあるベルギーの漫画文化についてお聞きしました。(2017/02/25)


「谷口ジローの思い出」ブノワ・ペータース  "Souvenir de Jirô Taniguchi " Benoît Peeters
先日亡くなった漫画家の谷口ジロー氏を悼む人は日本だけでなく世界にたくさんいます。日本でも翻訳出版されているフランス=ベルギー漫画の傑作「闇の国々」シリーズの脚本を書いているブノワ・ペータース(Benoit Peeters)さんもその一人です。フランスで出ている谷口ジローの追悼記事の多くにペータースさんの話が出ています。実はペータースさんは谷口ジローと、ともに漫画の世界の作家として、長年、非常に深い交友を重ねてきた人でした。そんなペータースさんに谷口さんとの思い出をおうかがいしました。(2017/02/24)


【核を詠う】(224)福島の歌人・波汐国芳歌集『警鐘』を読む(1)「炉心溶融告げしロボットしんしんと他界の方も視てきたるかや」  山崎芳彦
 今回から福島に住み原発短歌を詠いつづけている歌人、波汐國芳さんの歌集『警笛』(2016年12月刊、角川書店)を読ませていただく。この連載の中で波汐さんの歌集『姥貝の歌』、『渚のピアノ』の作品を読み、また波汐さんが編集・発行人の季刊歌誌『翔』(翔の会発行)、さらに『福島県短歌選集』(福島県歌人会発行、年刊)などで波汐さんの旺盛な作歌活動の果実である作品を読み、記録させていただいてきた。今回から読む『警鐘』は福島原発事故をテーマにした歌集『姥貝の歌』、『渚のピアノ』につづく「三部作の括り」と作者自身が位置づけている歌集だが、3・11はまだ終わっていないどころか現在進行中とも言わなければならない状況にあり、被曝地福島に生き、暮らす作者は「被曝地に住むほかなきを緋柘榴の裂くる口もてもの申さんか」と詠っているように、これからもさらにその短歌人としての生の証としての作品を紡ぎ、世に問い続けるに違いないと、筆者は畏敬の念を深くしながら思っている。波汐さんの詩精神は強く深い。(2017/02/22)


エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロと大阪、そして春 パトリス・マニグリエ(哲学者)”Eduardo Viveiros de Castro, Osaka and Sakura ”Patrice Maniglier
パリ大学ナンテール校で哲学の教鞭をとる哲学者、パトリス・マニグリエ准教授が来日します。大阪でエドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ(Eduardo Batalha Viveiros de Castro)の人類学に関するシンポジウムが行われるのです。「クロード・レヴィ=ストロースは『人類学は人類全体規模における人間主義である』と言った。あるいは、こうも言い替えられよう、『地球規模における』と。哲学も世界中に広がっている。そういうわけで、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロによって提唱された(新しい)人類学により、地球上の様々な場所で人類学の新しい方向づけが試されるのだ、と言っても決して言い過ぎではないであろう。」(2017/02/21)


ネット時代の現代に氾濫する不安と絵画 インタビュー: ブラン・ルノー(画家) Brann Renaud ( peintre)
パリで活躍している画家のブラン・ルノー氏は一見、何気ない肖像画や風景画に見えて、実はその中に彼の独特の想像を加えて、絵画的光景を再構築しています。その不可解な変化に見る人は注目することになりますが、簡単に答えは出てきません。むしろ、答えを拒み続けるようでもあります。インターネット時代には検索すれば簡単に答えの言葉が10も100も出てきますが、彼の絵画はそうした情報の回路とは異なる回路へ私たちを誘っているかのようです。そんな画家のルノーさんにインタビューしました。(2017/02/20)


たくましく、笑える主人公ピュ―ティアの生みの親 エルサ・ブランツさん(漫画家) Interview : Elsa Brants (dessinatrice ”Save me Pythie” )     
日本とフランスをつなぐものに、かつては浮世絵がありました。印象画の画家たちに霊感を与えたのは北斎や写楽、広重などの浮世絵でした。そして今日、日本の漫画がフランスの漫画家に新たな霊感を与えています。またフランスの優れたBD(漫画)も日本に紹介されるようになりました。今日紹介するフランスの人気漫画家、エルサ・ブランツさんも日本のアニメ―ションを見て育ったそうです。「 セイブ・ミー・ピュ―ティア(Save me Pythie) 」という漫画シリーズがヒットしており、日本でも一部紹介されました。ブランツさんにフランスの漫画事情やデビューまでの経緯などをお聞きしました。(2017/02/14)


漫画家、谷口ジローの死を惜しむフランス  フランスの漫画家・イラストレーターからのメッセージ Message from France showing gratitude to cartoonist, Jiro taniguchi who passed away last week
漫画家、谷口ジローの逝去は日本だけでなく、それ以上にフランスで大きな悲しみを呼んでいます。昨日、その一端を記事で紹介しました。今日はフランスの漫画家から追悼のメッセージが寄せられましたので紹介したいと思います。寄せてくださったのはイラストレーターのフランソワ・ラヴァール(Francois Ravard)さんです。(2017/02/13)


【核を詠う】(223)『平和万葉集巻四』から原子力詠を読む(4)「お金よりいのち認めた差し止めに漁火は燃ゆる若狭の海に」  山崎芳彦
 『平和万葉集巻四』を読み、原子力詠として筆者が読んだ作品を記録してきたが、今回で終る。同集のすべての作品を読んだのだが、この連載の意図が「核を詠う」短歌作品を読み記録することにあるので、同集に収録された貴重な、今日の時代と向かい合い、平和と民主主義、憲法の精神に立って、許し難い逆流政治と対峙する多くの作品群を記録することができないことに強い心残りがある。同集に収載された作品一首一首の背後には、作者一人一人にとどまらない多くの人びとの強い思いが込められているはずである。そのことを思いながら、もとより作品それぞれに寄せる筆者の感慨は必ずしも単純ではないが、しかし大切に読んだ。「平和」を冠した万葉集が編める時代を失ってはならない。(2017/02/12)


漫画家、谷口ジローの死を惜しむフランス でもその代表作は「遥かな町へ」と認識されていた Le dessinateur ,Jiro Taniguchi est décédé à l'âge de 69 ans. 
フランスでも今、漫画家、谷口ジローの死を悼む報道が一斉にメディアに出回っている。しかし、日本で代表作として挙げられている「孤独のグルメ」や「『坊ちゃん』の時代」とは違って、代表的作品としては”Quartier Lointain"が一斉に報じられていた。これは「遥かな町へ」という作品になる。そして、谷口ジローは当地フランスほどには日本で偉大な作家の扱いを受けていない、と指摘している報道もある。(2017/02/12)


家族の肖像 フランス その5 夫はこう考えた・・・  Family portrait in France #5  Marcel Boyer "I think the best is ecologic socialism"
パリ郊外、エクアン在住のレジャーヌ・ボワイエ(Rejane Boyer) さんの家族の話を4回に分けて聞いてきました。レジャーヌさんの祖父は社会主義、父は共産主義で、レジャーヌさん自身は共産主義から社会主義に移行して今日に至っています。では同じく社会党支持者だという夫のマルセル(Marcel)さんはどのような家族の出身なのでしょうか?そして、今日、フランス社会党の凋落をどう見ているのでしょうか?(2017/02/11)


パレスチナの占領下を生きるための演劇 俳優、ムハンマド・ティティ さんに聞く Mohammed Titi (actor , "Yes Theatre " in Hebron)  "Theater changed a lot of my personality, I became more optimistic." 
パレスチナのヨルダン川西岸地区の最大の都市、ヘブロン。人口21万人のこの町に2008年、1つの劇団が生まれました。名前は「Yes Theatre」(イエスシアター)。劇場は手作りで、住民の大半は演劇体験がなかったそうです。ヘブロンにはユダヤ教徒が今も入植しており、その警備のためイスラエル軍の兵士が銃を手に住民の監視と検問を行っています。こうした緊張とストレスにさらされた状況に生きる少年少女に自己表現の道を拓き、演劇を通して状況を客観的に見つめ、自己の生き方を深く考えさせる演劇活動を地道に行ってきたのがイエスシアターです。その舞台は海外の演劇祭で賞を受けるなど、クオリティの高さも評価されています。(村上良太)(2017/02/08)


アルザス地方の歴史ロマンシリーズの漫画作家 アンヌ・トイフさんに聞く Interview : Anne Teuf (dessinatrice , auteur de " Finnele" )
欧州でもフランスやベルギーを中心にした漫画文化圏があります。そこでは日本の漫画も広く読まれています。と同時に欧州の歴史や文化、美術を反映した物語が実にたくさん作り出されていて、日本に紹介されているのはほんの大海の一滴に過ぎません。まだまだ日本では未知の優れた作品があり、未知の作家もたくさん存在します。それらの作品群の中には日本では未だあまり知られていない欧州各地の人々のリアルな歴史や意識が刻印されたものもあります。今回、インタビューしたアンヌ・トイフ氏は長年、イラストレーターとして生きてきた女性漫画家ですが、最近、アルザス地方を舞台にした歴史ロマン「Finnele」を連作しています。(2017/02/05)


【核を詠う】(222)『平和万葉集 巻四』から原子力詠を読む(3)「たとうれば冷えたグラスに熱湯注ぐ 老朽原発の危うさのこと」  山崎芳彦
 岩波書店の月刊誌「世界」の1952年5月号に、当時の編集長だった吉野源三郎が特集「平和憲法と再武装問題」の巻頭言として「読者に訴う」を書いた。その中で、当時の吉田茂内閣が「防衛力」漸増計画による警察予備隊の増強など、日本の再軍備を進めるとともに、アメリカの駐留軍に多大な権益を譲渡するなどの政策をあからさまにしたこと、また国内に防衛力増強は憲法違反ではない、さらには憲法を改定して公然と再軍備すべしなどの主張が台頭していることを踏まえて、「全国民のこの上なく重要な利害に関係し、次第によっては国家の死活にかかわる、かかる重大な問題に決定を与えるべきものは、言うまでもなく、主権の存する国民以外にはない。そして国民とは、私たち一人一人を措いて他にあるのではない。かくて私たち一人一人の前には、自己と全同胞に対する責任を自覚しつつ、深慮と勇気とを以て決断せねばならぬ深刻な問題がすでに迫って来ているのである。」と強い筆勢で訴えている。(吉野源三郎『平和への意志 『世界』編集後記一九四六――五五年』、1995年2月、岩波書店刊より引用)(2017/02/02)


家族の肖像 フランス その4  社会主義者の娘シャルロット Family portrait in France #4  Daughter of socialists, Charlotte
 パリ近郊の町に住むレジャーヌ・ボワイエ(Rejane Boyer)さんの半生とその祖父と父の人生模様の一端をこれまで見てきました。ボワイエさんの祖父は社会主義者、父は共産主義者、そしてボワイエさんは最初は父の影響で共産主義者でしたが、のちに社会主義者に転じています。今回はボワイエさんの娘、シャルロットさんについてです。現在、30代半ばのシャルロットさんはやはり社会主義者なのでしょうか?また、どのような仕事について、どのように現代生活を送っているのでしょうか?(村上良太)(2017/01/25)


ホームレスの人々に焦点を合わせる写真家 マルク・メルキ氏に聞く Interview : Marc Melki ,who is focusing on "SDF "
パリにはホームレスが近年増えています。フランスではSDFと略称されていますが、これは”sans domicile fixe”=「定まった住居を持たない」という言葉から来ています。こうした困難な状況の人々に焦点を当てている写真家がマルク・メルキ氏です。メルキ氏は様々なトピックを扱う写真家で、フランスのマスメディアに作品を提供しているプロの写真家です・2012年にはフランソワ・オランド政権の誕生の瞬間を撮影した一連の写真もあります。メルキさんが今のフランス社会や政治をどのように見ているのか、インタビューしました。(村上良太)(2017/01/24)


ベートーヴェンの交響曲第七番をルンバで演奏したピアニスト、ヨアキム・ホースレイ氏にインタビュー 「ハバナのベートーヴェン」はどうやって生まれたのか? Interview : Joachim Horsley ,who plays "Beethoven in Havana "
ベートーヴェンの交響曲第七番をキューバのルンバ形式で演奏しているピアニストがいます。今、世界で注目され始めているヨアキム・ホースレイ(Joachim Horsley)氏です。この演奏の驚異的なところはピアノの使い方が革命的であり、ピアノをピアノとしてだけでなく、打楽器としてピアノの鍵盤以外の胴体の部分を含めてフル活用していることにあります。いったいそのような演奏スタイルをどうやって作り出したのでしょうか?ヨアキム・ホースレイ氏の人となりは?そのあたりをお聞きしました。(2017/01/21)


「イラストレーター、ルル・ピカソ (Loulou Picasso) との出会い」 日比野克彦 ( 現代美術家、東京芸術大学教授)氏に聞く Katsuhiko HIBINO " My memory of joint exhibition with Loulou Picasso in Tokyo and Paris "
 パリの鬼才として知られるイラストレーターのルル・ピカソ(Loulou Picasso) 氏に日刊ベリタで2か月前にインタビューを行いました。ルル・ピカソ氏は1970年代半ばにパリの芸術大学に入学後、すぐにイラストレーターとして世に出ることになります。それまでの画学生とは違って、画廊での発表ではなく、新聞や雑誌といったマスメディアを自らのカンバスとして確信犯的にメディアをハイジャックしたと言っています。ルル・ピカソ氏の特色はモノクロームの色彩を自在に使いこなすことにありました。この2か月前のインタビューでルル・ピカソ氏が東京で日本の個性的な芸術家である日比野克彦氏と共同で1991年に展覧会を開いたことがわかり、日比野克彦氏に個展の経緯などを今回独自にインタビューしました。(2017/01/20)


批判精神に富むフランスのニューウェーブ歌手、オリビエ・エベール氏に聞く Interview : Olivier Hebert
フランスの歌手、オリビエ・エベール(Olivier Hebert)氏は前回、ベリタでも紹介しましたが、風刺漫画家のジャン=フィリップ・ミュゾー(Jean-philippe Muzo )とサルコジ大統領を風刺する歌のビデオクリップを作ったアーチストです。歌手のエベール氏は1970年代末の高校生の時にトゥールーズで「レ・フィスドジョワ」(Les Fils de Joie)というバンドを結成して見事、メジャーデビューを果たしています。フランスのニューウェーブとして注目されました。その後も音楽活動を続けていますが、風刺ソングにも象徴されるように強いメッセージを持ち、歌であると同時に小説のような反抗精神に富む物語性を持っています。こうしたエベールさんの音楽がどのように作られてきたのかお聞きしました。(村上良太)(2017/01/20)


[核を詠う](221)『平和万葉集 巻四』から原子力詠を読む(2)「牛飼いの双葉の女(ひと)は置き去りの黒毛白骨と化ししを嘆く」  山崎芳彦
 「わが軍と国会で言ひし安倍首相 その昂揚は限りもあらず」(山崎芳彦)。 筆者のつたない一首だが、「わが軍」は言い間違いではなく、「安保関連法」の成立によって自衛隊が新しいステージに入ったことを、安倍首相だけでなく自衛隊の制服組幹部をはじめ、この国を戦争ができる国にするために営々として、時には「匍匐前進」、また時には「堂々行進」してきた勢力の本音を国会の場で口にしたのであっただろう。言い直しや訂正の方が、彼らの本心とは違うのだ。この歌を作ったあと筆者は、「『戦争をしてはならぬ」と常(つね)言ひし母の墓処に孫と香焚く」、「この孫らいかなる生をとげゆくや戦争法思ひて脳(なづき)の火照る」とも詠ったのであった。『平和万葉集 巻四』を読みながら、つたないながら、敢て筆者の既作を記した。(2017/01/19)


「僕はどうやってバカになったか」(2001) の著者、マルタン・パージュ氏に「その後」を聞く  Interview : Martin Page ( romancier "Comment je suis devenu stupide " )
大学で何にでも知的好奇心を寄せるがゆえに出世コースにも乗れず、非常勤講師をしながら孤独で不安定な生活をしていた25歳の若者が、ある日、こうした生活にけりをつけ、変身しようと決意する。そして飛び込んだのがヘッジファンドの世界だった・・・対照的な2つの世界を渡った若者の心情と冒険を描いた小説「僕はどうやってバカになったか」は2001年に出版されるや、フランスを始め、世界各地でヒットしました。(村上良太)(2017/01/17)


『わたしを離さないで』 ──限られた生の証をいとおしむ  熊沢誠(甲南大学名誉教授 労使関係論)
2016年の3月に終わったテレビの連続ドラマには、私としてはかなりめずらしく惹かれた作品が二つあった。ひとつは貧しくもひたすらに思いやりに満ちた介護職員と引っ越し作業員の愛の曲折を社会と生活のしがらみのなかで描く、わが敬愛する坂元裕二脚本の『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』であるが、もうひとつは、カズオ・イシグロ原作・森下佳子脚本の『わたしを離さないで』である。後者は、同じ原作、同じストーリーのイギリス映画『私を離さないで』(2010年、原作は2005年刊)を直ちに思い起こさせる。この日本のTVドラマとマーク・ロマネク監督作品との違いが興味ぶかい。(2017/01/13)


新作小説「私はダンスをしていた」(”Je dansais”) 〜女性を閉じ込める男性の眼差しについて〜 作家キャロル・ザルバーグ Carole Zalberg on her latest novel.
フランスで活躍中の作家キャロル・ザルバーグ(Carole Zalberg)氏の新作小説が発売されました。タイトルは「私はダンスをしていた」(Je dansais )で出版社はグラセット(grasset)です。今回の小説はザルバーグさんにとって1つのチャレンジだったようです。どういう小説なのか、またどういった点でこの小説がチャレンジだったのかザルバーグさんにお聞きしました。(村上良太)(2017/01/12)


【核を詠う】(220)『平和万葉集 巻四』から原子力詠を読む(1)「核の火を見つけてしまひしそのゆゑの悔しきことを繰返すかな」     山崎芳彦
 今回から『平和万葉集 巻四』(『平和万葉集』刊行委員会編集・発行、2016年5月刊)に収載された短歌作品の中から、原子力にかかわって詠われた作品(筆者の読みによる)を読ませていただく。同集は、短歌界にとどまらず、文学・芸術・学者・文化人、各分野から多くの賛同者を得て刊行に至ったもので、「戦後七十年の中で、もっとも重要で、あらたな展望を生みだしている、現在の歴史的情況の中、短歌の表現の力で結集した人びと1232人の2463首の志」(帯文)と謳われているように「いま戦争と平和の時代の岐路に立って」編まれた短歌アンソロジーである。その作品群の中から原子力詠に限って抄出させていただくのだが、この連載の中で、かつて『平和万葉集 巻三』(2000年発行)を読んだことを思い起し、「戦争と平和の時代の岐路」のことばに、改めて感慨を深くしている。(2017/01/11)


シャルリエブド襲撃事件から2年 風刺画に詳しいイタリア人の映画監督が事務所を訪ねてインタビュー   フランチェスコ・マッツァ( Francesco Mazza , regista, Italian film director )
世界を震撼させたパリの風刺メディア、シャルリエブドがイスラム聖戦主義者の2人組に襲撃されてから今年の1月7日でまる2年になります。イタリア人の映画監督、フランチェスコ・マッツァ氏は風刺番組に長年携わった経験から、風刺文化を理解することの大切さを訴えてきました。風刺画はジャーナリズムの機能を持っており、その読み方を正しく理解する必要があると言うのです。今回、マッツア氏は襲撃から2周年を前に、シャルリエブドの新しい事務所をパリに訪ねて、人事担当者と風刺画家の一人にインタビューをしました。(2017/01/05)


フランスらしい洗練されたイラストを描くフランソワ・ラヴァールにインタビュー  Interview : François Ravard  
イラストレーター/漫画家のフランソワ・ラヴァ―ル( Francois Ravard )はフランスらしい洗練された作品を描いています。そのタッチには文芸誌ニューヨーカーの漫画家にも通じるものがあると思いますし、また同時にほのぼのとした世界を描く漫画家、サンペにも影響を受けたと本人も語っています。しかし、ラヴァ―ル氏らしい味わいが絵にたっぷり加味されているので決して模倣の域には留まっていません。彼のイラストを見ていると、1枚の絵の中に光線の加減で生まれる濃淡が描かれていることがわかります。雲でも、海の表面でも、室内のキッチンでも、あるいは海水浴場でも実に絵にトーンがきめ細かく描き込まれていて、言葉では表現できない感覚を伝えてくれます。(村上良太)(2017/01/04)


読書家の新年の挨拶  〜 本の価値を守り、次代へ受け継いでいく 〜 書評家・ジャーナリスト、ジャン・ビヤンボーム(Jean Birnbaum)
フランスのルモンド紙で書評を扱う「本の世界」を担当しているジャーナリストのジャン・ビヤンボーム(Jean Birnbaum)氏の新年に臨んだ挨拶です。(2017/01/02)


【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき』を読む(7)「ケロイドを人に晒して叫ばねば平和忘れる乾きたる国」   山崎芳彦
 「かつて、やはり長崎で被爆した林京子の『ギヤマン・ビードロ』を読んで、原爆体験が文学表現に結晶するまでに三十余年の時間が必要だった意味を納得させられた。原爆被爆者は、被爆を思い出とすることはできない。原爆は被爆の時から被爆者の体内に棲みつき、彼や彼女が生きる限り原爆もまた生き続けるからである。思い出とはならない体験。思い出ならば美化されてゆくこともあろうし、また、風化してゆくこともあるだろう。だが原爆被爆の体験は、美化とも風化とも無縁にひたすら深化されてゆくのみである。時間とは、そこでは深度なのであった。」(佐佐木幸綱、竹山広第一歌集『とこしへの川』の「竹山広論 序にかえて」より 『竹山広全歌集』2001年刊に拠る)(2016/12/31)


ウラジーミル連発  プーチン大統領と安倍首相    谷克彦 (数学月間の会 世話人)
安倍晋三首相とプーチン大統領の会談は2日間にわたって行われ,12月16日夕方に共同記者会見が行われました.内容のない会見でしたが40分にわたり,安倍首相がプーチン大統領をファーストネームで「ウラジーミル」と何度も呼びかけ,「君(きみ)」という呼びかけも使いました.(2016/12/23)


【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき』を読む(6)「娘を灼きし核を積みゐるかも知れず原潜せめて八月よ去れ」 山崎芳彦
 前回から、筆者の都合によって長く間を空けてしまったことをお詫びしなければならないが、『原爆歌集ながさき』の作品を読みながら、いま安倍政府が高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉方針を打ち出したものの、しかし核燃料サイクル政策の堅持とその中核となるプルトニウムを繰り返し使える高速炉の開発方針を打ち出し、長崎に投下された原爆に用いられたプルトニウムを使っての核発電を推進することを決め、すでに「高速炉開発会議」の1回目の会合を開いたことを許し難いと思っている。プルトニウムを利用した核エネルギーに依拠する体制の構築を目指す国策による「プルトニウム社会」化に、人間の未来はないと、長崎の原爆がもたらした悲惨を体験した人々の短歌作品を読みながら思わざるを得ない。「高速炉開発会議」を構成するのは経済産業大臣、文部科学大臣、日本原子力研究開発機構理事長、電気事業連合会会長、三菱重工社長(平成28年10月7日時点)である。もちろん、核発電推進・強化を目指す安倍政権の政策の柱の一つである。(2016/12/21)


なぜ闘士たちの姿をコラージュで作るのか 美術家ムスタファ・ブータジン氏に聞く Interview : Mustapha Boutadjine
ムスタファ・ブータジンという美術家の存在を知ったのはパリのコリーヌ・ボネ画廊との関わりからでした。「抵抗のコラージュ」という個展が開かれたからです。名前から想像がつく通り、ムスタファ・ブータジン氏はアルジェリア生まれで現在、パリで活躍しています。その作品はすべてコラージュで、描かれるのは闘士ばかりです。たとえばアルジェリアの独立のために戦ったジャミーラ・ブーパシャ(Djamila Boupacha)です。彼女はアルジェリア独立闘争のさなか、1959年にアルジェで起きた爆弾テロ未遂事件の容疑者として逮捕されました。アルジェリア民族解放戦線 (FLN) のメンバーだったのです。(村上良太)(2016/12/21)


フランス人の風刺歌 「7月14日(パリ祭)」   "14 JUILLET" par OLIVIER HEBERT / DESSINS MUZO
フランス人の権力批判は風刺漫画だけではなく、歌や詩の分野でも盛んです。フランス人にとってフランス革命こそは近代史上最大の出来事と言えるものですが、その革命を祝う国民的行事、7月14日のパリ祭をモチーフに作られた風刺歌があります。シンガーソングライターのオリビエ・エベール(Olivier Hebert)氏が作った「7月14日(パリ祭)」です。(2016/12/20)


中年になって絵の道に転じる ベロニク・ショーバンさん 冬眠から目覚めて Interview : Véronique Chauvin
人生も半ばすぎて芸術家に転じる人は比較的少ないのではないかと思います。日本で考えれば転職する場合は蕎麦作りの修業をしたり、運転免許を取得したり、経理の勉強をしたり、調理師免許を取得したりなどなど手堅い実務的な分野に進む人が多い印象があります。ところが今回、インタビューをさせていただいたベロニク・ショーバンさんは教師の仕事を辞めて美術の分野に転じた人です。というよりも現在、画家に転じつつあるその進行形と言ってもよいでしょう。ショーバンさんは10年越しに少しずつ変化してきたと言います。いったい、なせ彼女の人生は転機を迎えたのでしょうか。そして美術の分野で第二の人生を始められるのはフランスならではの事情があるのでしょうか?そのあたりをお聞きしました。(2016/12/20)


日本のアニメで育った第一世代のフランス人漫画家アレクサンドル・アキラクマさん Interview : Alexandre Akirakuma   日仏に共通する騎士道物語への郷愁
フランスと言えば日本のアニメオタクがたくさんいる国として知られていますが、日本のアニメに浸って育った第一世代に属する漫画家の一人がアレクサンドル・アキラクマ(Alexandre Akirakuma) さんです。アキラクマとは見かけない名前ですが、これはペンネームで本名はアレクサンドル・ラングロワさんです。ペンネームのアキラクマはラングロワさんが影響を受けた日本の漫画「AKIRA」と家族のトーテムである熊(これも日本語)を足し合わせたものだそうです( トーテムって・・・いったい、どこの出身なんだ??)これからわかるように、日本文化から影響を受けたのだと言います。その漫画作品の中にも平安時代の京都を描いたものがあり、アニメだけではなく、日本の古い文化にも魅せられているのだそうです。そんなアレクサンドル・アキラクマさんにインタビューをしました。(村上良太)(2016/12/16)


家族の肖像 フランス その3  Family portrait in France #3   結婚と町での暮らし
「家族の肖像 フランス編」で第1回目はパリの北の郊外に住むレジャーヌ・ボワイエ( Rejane Boyer )さんに祖父の時代から家族の歴史を回顧していただきました。2回目は父親の時代を振り返りました。レジャーヌさんの家族は共産党員だった父親と社会党員だった祖父とでしばしば議論になってしまったという左派の一家でした。そして、レジャーヌさん自身も左派の思想を受け継いで育ちました。その後、レジャーヌさんはどのように結婚して、家庭を築いていったのでしょうか?3回目の今回はレジャーヌさんの結婚と町での生活を語っていただきます。(2016/12/03)


【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき』を読む(5)「そり返る鬼百合の斑点眼に痛し原爆後遺症に生きあえぐ日々」 山崎芳彦
 「核反対に反対をするその国は日本(にっぽん)でないやうな日本」(東京都・上田国博、11月28日朝日歌壇入選歌)という歌を読んだ。去る10月27日に、国連が核兵器禁止条約制定を目指す交渉を来年三月から始めるための決議を国連第一委員会で採択したが、この決議に日本が反対したことへの抗議の思いを込めた作品であると思う。12月初旬に開かれる国連総会本会議でも、この決議に日本は反対するが、交渉には参加する意向を明らかにするともいわれる。「唯一の原爆被爆国」と日本政府は言い続けながら、「核兵器禁止」の国際法による枠組みを作り、推進するための交渉を、核保有大国の側に立って、核軍縮、核保有国との合意の追求などを主張し、実質的には核兵器を法的に禁止する条約の制定を「妨害」する役割を果たすのではないのかと、安倍政府の原子力政策を考えれば、思わないではいられない。(2016/11/30)


「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ)
群馬、長野は海が無く、我が家では魚介類は日常的に食べることが少ない食材の一つです。そんなところも内陸部分が多いフランスと似ているところかもしれません。 社内の友人を招いて楽しむ会食を我が家は日常的に行なっていますが、時に遠方から妻や私の友人や家族が訪ねて来てくれるときがあります。そんなとき、気合の入った魚料理を作る時間は、僕にとっては格別の楽しみの時間です。今回はそんなときのお話を。(2016/11/23)


イラストレーター・画家  ルル・ピカソ氏のインタビュー パリのグラフィックデザイナー集団 「バズーカ」 とその後 Interview : Loulou Picasso ( dessinateur )
1970年代と言えばすでに40数年の歳月が流れた遠い時代に思われます。しかし、その時代は欧米も日本も先進社会では中流層が拡大し、繁栄を謳歌した時代でもありました。中流層のボリュームが増えたということは新聞ジャーナリズムにおいても、かつての限られた少数のエリート層だけではない幅広い層に訴求できる刺激的な紙面が求められるようになることを意味します。その鍵の1つがグラフィックデザインでした。フランスでは1970年代半ばに若手のグラフィックデザイナーたちが大手新聞に進出し、新しい感覚で次々とイラストを描いたのです。その先駆けが1974年にパリの高等美術学校の5人の学生によって結成されたBazooka(バズーカ)というグループでした。(2016/11/22)


読書について フランスの作家、キャロル・ザルバーグさんに聞く  Interview : Carole Zalberg
これまでの政治家の枠を破るドナルド・トランプ大統領が生まれ、大きく変貌しつつあるアメリカ。そのアメリカに強い関心を持ち、アメリカと欧州を舞台にした小説を書いてきたフランスで活躍中の作家がキャロル・ザルバーグさんです。ザルバーグさんの代表作にはL'invention du desir’(欲望の発明), ’A defaut d'Amerique’(アメリカの欠陥), ’Feu pour feu’(火には火を)などがあります。これらはフランスのメディアでも大きく取り上げられた作品です。ザルバーグさんが米文学に対してどのような興味があったのか、それと同時にザルバーグさんがどんな読書を若いころしていたのかお聞きしました。(2016/11/20)


韓国伝統料理人、な すんじゃ氏の一品  「トミミョン」
「トミミョン」直訳だと鯛麺ですが宮廷の鯛鍋です。勝妓楽湯という別名があります。素晴らしい歌舞音曲にも勝の意味です。(2016/11/18)


家族の肖像 フランス その2  Family portrait in France #2   民衆の歴史を振り返る
「家族の肖像 フランス編」で第1回目はパリの北の郊外に住むレジャーヌ・ボワイエ( Rejane Boyer )さんに祖父の時代から家族の歴史を回顧していただきました。今回はその2回目、父親の時代を振り返ります。フランスはいわゆる「西側」陣営に含まれ、ソ連や東欧などの共産諸国とは鉄のカーテンで隔てられていたはずです。しかし、フランスには強い社会主義政党が存在しており、現在も与党の座を維持しています。ボワイエさんの家族もまた左翼でした。しかし、左翼同士の間でも一枚岩になるのが難しい事情が潜んでいたようです。(2016/11/16)


【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき」を読む(4)「なみよろふ長崎の山・海を越え六万の鐘哭きてとどろけ」 山崎芳彦
 日本政府の「内閣官房国民保護ポータルサイト」に『武力攻撃やテロなどから身を守るために』パンフレットがあるが、その中の「核物質が用いられた場合」の項を見て、核爆発による被害と対応についての記述のあまりの矮小化、歪曲に驚き、広島・長崎の原爆被害体験・被爆者に対する冒瀆ともいうべき内容に怒りを禁じ得なかった。「核爆発の場合」の留意点として、「閃光や火球が発生した場合には、失明する恐れがあるので見ないでください。」、「とっさに遮蔽物の陰に身を隠しましょう。地下施設やコンクリート建物であればより安全です。」、「上着を頭から被り、口と鼻をハンカチで覆うなどにより、皮膚の露出をなるべく少なくしながら、爆発地点からなるべく遠く離れましょう。その際、風下を避けて風向きとなるべく垂直方向に避難しましょう。」…などと書いている。広島・長崎の原爆被害や被爆者の体験はなかったことなのか。現憲法下でも核武装できる、国連の核兵器禁止条約づくりに向けた取り組みには反対、核発電を推進、の安倍政府の本質をここにも見る。(2016/11/13)


作家ジャン=フィリップ・トゥーサン氏にインタビュー  〜衝撃的デビュー作「浴室」はどのようにして生まれたのか?〜 Interview : Jean-Philippe Toussaint How the masterpiece, " La salle de bain " was created ? "
1985年、パリで1冊の風変わりな小説が出版されると大ヒットし、瞬く間に世界各地で翻訳され、その頃の文学界の話題をさらいました。「浴室」と題するその小説は主人公の若者が浴槽に閉じこもって出てこなくなる、という風変わりなシチュエーションと同時に、その文章もパスカルの箴言集のように短いパラグラフに分かれ、その1つ1つにナンバーがつけられているという珍しいものでした。 「(1)午後を浴室で過ごすようになった時、そこに居を据えることになろうとは思ってもみなかった。浴槽の中で思いをめぐらせながら、快適な数時間を過ごしていたにすぎない。・・・」(2016/11/10)


イタリアの第一線のイラストレーター Davide Bonazzi (ダヴィデ・ボナッツィ) 氏のインタビュー 錯綜する世界をシンプルに表現して訴える
 今、世界が抱えている様々な問題や事象を1枚の絵にする、これがイタリアのイラストレーター、Davide Bonazzi (ダヴィデ・ボナッツィ) さんの仕事です。ただし、それはクライアントの依頼を受けたプロとしての仕事です。私がボナッツィさんのイラストと出会ったのは最近のことですが、シンプルで美しいイラストだと思いました。現実の世界は錯綜して、その中に1本の線を見つけるのは簡単じゃないと思うのです。ボナッツィさんはどのようにしてイラストを描いているのでしょうか、インタビューを行いました。(2016/11/09)


「宣長問題」から「仁斎問題」へ  子安宣邦 ( 近世日本思想史 大阪大学名誉教授 )
私はかつて「宣長問題」とは何かを論じたことがある。それは加藤周一が「ハイデガー問題」に擬して「宣長問題」をいったことへの批判としてであった[1]。加藤がいう「宣長問題」とは次のような「宣長における謎」を指している。「今さらいうまでもなく、宣長の古代日本語研究が、その緻密な実証性において画期的であるのに対し、その同じ学者が、上田秋成も指摘したように、粗雑で狂信的な排外的国家主義を唱えたのは、何故かということである。」(2016/11/08)


フランスBD(漫画)界の名匠、ジャン=マルク・ロシェット氏  その3 Jean-marc Rochette ( dessinateur )  山への思いを漫画に    
悪夢的な近未来世界と戦う若者たちを描いた漫画「脱走者」(Le Transperceneige)などで知られるフランスBD界の名匠、ジャン=マルク・ロシェット(Jean-marc Rochette) さんが今、取り組んでいるのが青年時代に憧れた山岳への思いを漫画に描くことだ。なぜ山なのか。その答えは前回のインタビューに込められていた。(2016/11/05)


ロシア構成主義の建築物の場所を示したモスクワ地図 「なぜ私たちはこの地図を今、作ったか?」 デザイナーの一人にインタビュー 'Save the Constructivist buildings in Moscow.'
 最近、とても興味深い1枚の地図を目にしました。円形の中に建物や模様や言葉がびっしり密に描き込まれていて、西洋版の曼陀羅図みたいな印象です。聞くとそれはモスクワの地図でした。いったい何のためにこの地図が今、作られたのか。そこに何を読み込めるのか。地図を作製したデザイナーの集団, Baklazanasの一人、ロシア人のイリーナ・ゴリャチョーバ(Irina Goryacheva) さんにインタビューしました。I interviewed a Russian designer Irina Goryacheva ,who created The New Moscow map showing the existing Constructivist buildings with her colleagues in 'Baklazanas', a designers' group in the Republic of Lithuania.(2016/11/03)


【核を詠う](特別篇2)】『原爆歌集ながさき』を読む(3)「被爆医師の証言記録読み返しまさに地獄絵図に顔そむけたく」 山崎芳彦
国連総会第一委員会(軍縮)は10月27日に、核兵器を法的に禁止する「核兵器禁止条約」について来年から交渉を開始するという決議が、123カ国の賛成によって採択されたが、日本政府は主な核保有国と共にこの決議に反対した。この「唯一の原爆被爆国・日本」の態度に対する怒りと失望は、広島・長崎の被爆者をはじめ、同決議を推進した内外のNGO関係者はもとより、国連加盟国の圧倒的多数を占める非核保有国の中で強まっている。これまで核兵器禁止条約についての国連決議に日本は「棄権」することを常としてきたが、今回はさまざまな理由をつけたとはいえ「反対」に踏み込んだことへの批判は、来年から始まる国連の会議が進むほどに強まることは明らかだ。ことあるごとに「『核廃絶』に向けて主導的な役割を果たす」と口にしてきた日本政府の「まやかし」はもはや通用しない。「対米追随」との声が多いが、核保有を企む安倍政府の本質であるというべきではないだろうか。米国のせいだけにしてはなるまい。(2016/11/03)


映画 『母と暮らせば』 (2015) のものたりなさ──山田洋次が見失ったもの   熊沢誠(甲南大学名誉教授 労使関係論)
『母と暮らせば』(2015)は、巨匠・山田洋次が、戦後70年を期し「松竹120周年」を記念して世に問う映画としては、豊穣な実りというにはあまりにほど遠い作品であった。1948年8月9日の長崎、助産婦として暮らす伸子(吉永小百合)のもとに、原爆で跡形なく消えた息子・浩二(二宮和也)が立ち現れる。それ以来、浩二はしばしば訪れて、母をいたわり、また、「嫁」のようになにかと伸子を励ます浩二の恋人・町子(黒木華)との思い出にふけるという儚い幸せの時を過ごす。だが、町子がついに、傷ついて復員していた同僚の教師(浅野忠信)と結婚して再出発することを決心したとき、浩二は、消え入るように息絶える伸子と手を携えて雲の彼方に歩んでゆく。(2016/11/01)


「写真家の日誌」  報道写真家、アラン・ケレール(Alain Keler)  政治家が国民を捨てても何とも思わぬ国の姿
世界の一線で活躍してきたパリの写真通信社MYOPに所属する報道写真家アラン・ケレール氏(Alain Keler)。彼は今、フォトジャーナリズムについての思いを「写真家の日誌」(Journal d'un photographe)として書き記しています。今回も前回に続いてハイチの取材写真から。Journal d'un photographe / Leur histoire vient de basculer / Haiti / 02-1986. Lundi 10 fevrier 1986. (2016/10/31)


シチリア島発の音楽レーベルDiesisを女性二人で立ち上げて アッシア・ナニア Interview : Assia Nania
前回、シチリア島を拠点にテクノとクラシックを融合した新しい音楽活動を行っているGioli のジョルジア・リパリ  (Giorgia Lipari)さんにインタビューを行いました。クラブを中心に世界を旅しながら演奏活動を始動したばかりですが、今年5月には初のアルバム「メカニカル・ハート」もリリースしたばかり。そのリパリさんのマネージャーをつとめ、写真や映像を撮影してウェブサイトを作っているのが、同じくシチリア島出身のアッシア・ナニア (Assia Nania) さんです。音楽家のGioliは二人が作り上げたものと言えますが、今月、さらに新しい活動を始めたのだと言います。今回はマネージャーで写真家・デザイナーのアッシア・ナニア(Assia Nania)さんにインタビューします。(2016/10/31)


家族の肖像 フランス    
パリに飛行機で飛んでいた時、偶然、隣に座った人が〜夫婦でパリに団体旅行に出かけるそうですが〜スチュワーデスと僕とのやり取りを見て僕が旅慣れている人と思ったらしく次のように尋ねました。男 「私は妻と今回初めてパリに行くのですが、どこか見ておくべきものとか、お勧めとかありますか?」 僕 「パリには3日もいると目ぼしい観光スポットは大体回れるものです。ルーブル美術館とか、凱旋門とか。そういう観光を軽んじる必要はないと思うのですが、できれば土地の人と誰か一人でも友達になるといいのではないでしょうか」(2016/10/30)


核を詠う](特別篇2)『原爆歌集ながさき』を読む(2)「草鳴りに声あるごとし原子禍を二十年経し丘風過ぐるとき」 山崎芳彦
『原爆歌集ながさき』の作品を読みながら、改めて、原爆の投下による惨憺たる苦難の中で生き延びた被爆者の短歌作品を読むことの意味を考えないではいられない。長崎で被爆した秋月辰一郎医師はその著書『長崎原爆記―被爆医師の証言』(昭和41年、弘文堂刊)を、「この記録は、昭和二十年八月九日、長崎原爆投下以来、一ヵ年の地獄のような悲惨、医学と人間の無力さを、同じその被爆地にいて書き綴ったものである。その意味で、これは被爆医師である私の一年間にわたる原爆白書であるといえると思う。」と書き起こし、「この年の夏から秋にかけて、次から次へと身近な人びとの生命が奪われていった。そして重傷者の呻きのなかで辛うじて生き残った人は、焼けあとの石ころのように、虫けらのように生きなければならなかった。」と記している。秋月氏の短歌に「おそかりし終戦のみことのりわれよめば焦土の上の被爆者は哭く」(『昭和萬葉集』巻七に所収)がある。「おそかりし」を繰り返してはならないが、いま安倍政権の原子力政策をみるとき、核兵器、核発電とこの国の今を深く思わないではいられない。(2016/10/29)


パリのアニメ監督が浮世絵に挑戦 幕末維新を舞台に「怪盗物語」を出版 カミーユ・ムーラン=デュプレ氏  Interview : Camille Moulin-Dupré ( dessinateur ) 
今年、パリのアニメーションの監督が浮世絵の世界に挑戦しました。カミーユ・ムーラン=デュプレ氏です。浮世絵と言っても、漫画本の体裁を取っています。幕末から維新にかけての日本を舞台にした物語でタイトルは「版画・怪盗物語」です。白黒と灰色のみの世界ですが、そこに無限の色調を生み出しています。(2016/10/26)


【核を詠う】(特別篇2)『原爆歌集ながさき』を読む(1)「今年(こぞ)も又 ものぐるほしく なりぬらむ 八月の空 夏雲の立つ」 山崎芳彦
 今回から『原爆歌集ながさき』(長崎歌人会・岡本吉郎編、昭和42年8月9日発行)の作品を読み、記録するが、この連載の「特別篇2」とさせていただく。この連載の中で歌集『廣島』を「特別篇」として読んだため「特別篇2」とした。歌集『廣島』は昭和29年に発行されたが、『原爆歌集ながさき』はその13年後の発行である。当時の長崎歌人会会長として同歌集の発行に取り組み、編者・刊行者となっている岡本吉郎氏は、「長い間の願いであった原爆歌集ができてうれしく思います。…この本を発刊することを得て、私の心にかかることは何もありません。」と記しているが、おそらくは長崎歌人として「原爆歌集」を一巻としてまとめたい思いがかなって、同歌集編集委員とともに万感迫るものがあったことと推察する。同歌集を手にもって読みたいと願って探しもとめていた筆者としても、このほどようやくそれがかなって、この連載に採録できることを、喜びとしている。(2016/10/22)


音楽にかける青春 岩宙平さん(28) その2  チェコで若者たちに音楽を教える
東京からプラハ音楽院に留学後、チェコに留まりプロの指揮者として活躍中の岩宙平(ちゅうへい 28)さんについては前回、この欄で紹介しました。バイオリニストのコースから指揮へ方向を変え、ドヴォルジャークやショスタコーヴィッチの曲を振ってデビューしたのです。作曲家としても活動しており、その将来には大きな期待がかけられています。その傍ら、岩崎さんはチェコの少年少女への音楽教育も精力的に行っています。その活動はどのようなものなのか、お聞きしました。(2016/10/17)


政治闘争の勝敗を最初に決めるのは言語をめぐる闘い   ガエル・ノアン (Gaëlle Nohant 作家)  
今日、日本では言葉の使い方が変わってきています。たとえば「保守」という言葉も過去とは異なる意味で使う政治学者が現れています。実は、同じ現象がフランスにもあるのだ、と言います。フランスの作家のガエル・ノアン(Gaelle Nohant)氏です。以下はノアンさんからのメッセージです。「今、私が読んでいる有益な本がこれです。非常に熱心に読んでいます。ビクトル・クレンペラー著「第三帝国の言語」です。この本を読みながら、私は自分の考えが固まっていくのを感じています。それはつまり、あらゆる戦争も、そしてあらゆる政治闘争もまずは言語の領域から勝ち取られていくものだ、ということです」(2016/10/16)


パリのジャン=フィリップ・ミュゾー(Jean-Philippe Muzo)氏  芸大1年で個展を開いて中退 好きなイラストを描いて50年 
パリのモンパルナスに近いコリーヌ・ボネ画廊で昨夕、ベルニサージュ(個展開幕の集まり)を迎えたのがイラストレーター・漫画家のジャン=フィリップ・ミュゾー(Jean-Philippe Muzo)氏の個展です。ミュゾー氏は新聞や雑誌に多数、イラストを描いてきた風刺漫画家で、かつまた、本も多数作ってきた人です。穏やかなタッチの中に批評がピリッと込められています。(2016/10/14)


【核を詠う】(219)『朝日歌壇2015』から原子力詠を読む(3)「福島は遠くにありて川内の原子炉二基が粛粛と立つ」 山崎芳彦
『朝日歌壇2015』から原子力詠を読んできて、今回で終るのだが、作品を読みながら改めて思うのはこの国の原子力政策が、今極めて危険な道を歩みつつあるということだ。広島・長崎の原爆、福島の原発事故によって明らかな、核と人間が共存することは出来ないこと、殺戮と破壊のための核爆弾も、ひとたび過酷事故を起こせば取り返しのつかない災厄をもたらす核発電も、持ってはならないという教訓から真に学ぼうとしないまま、核兵器開発の潜在能力の保持という企みを秘めながら、核発電を国策として推進しようとしていることが明らかになっている。「核武装について国家戦略として考えるべき」というかつての発言を撤回しようとしない防衛大臣を選任し、擁護する総理大臣が、核発電体制を国策として強化する施策の最高責任者である。(2016/10/12)


漫画家ローラン・ロルメド氏の風刺作品群 Laurent Lolmède 
パリで活躍している漫画家のローラン・ロルメド氏(Laurent Lolmede)はアンダーグラウンド的な独特のタッチで、個性的な世界を作り出しています。タンタンの登場人物のパロディ作品群があるかと思えばフランスの巨大なスーパーマーケットであるオーシャンをモチーフにした漫画もあります。その1つに、ミレーの「晩鐘」の祈りを捧げる夫婦を絡めたものがあり、グルーバル競争の中でフランスの農民たちが置かれた状況への風刺になっているように思われました。ロルメド氏にインタビューをしました。(2016/10/12)


フランスBD(漫画)界の名匠、ジャン=マルク・ロシェット氏 その2  Jean-marc Rochette ( dessinateur )  世界の破滅と究極の美
Q 前回のインタビューの最後の回答ですが、「なぜ、世界は破滅に向かっている」とお考えになるんでしょうか? A 世界は終焉に向かっていると思うのは資源が限られているからです。一方、人類の欲望は限りがありません。ですから人類がこのように長期的に生存できるとは思えないのです。そして人類は狂気のリズムでガンを転移させています。人類はそれ自体この地球にとって致死的に危険な存在となってしまいました。(2016/10/08)


作家キャロル・ザルバーグと猫  猫は不眠の長い夜の優しい仲間  Carole Zalberg et un chat
「作家と猫」というタイトルの写真入りの本を日本で見かけますが、海外でも猫はヘミングウェイをはじめ、多くの作家のバディ(仲間)のようです。パリで旺盛な執筆活動を続けている作家のキャロル・ザルバーグ(Carole Zalberg)さんの場合もそうでした。ザルバーグさんの代表作にはL'invention du desir’(欲望の発明), ’A defaut d'Amerique’(アメリカの欠陥), ’Feu pour feu’(火には火を)などがあります。(2016/10/07)


「脱走者」などの名作で知られる、フランスBD(漫画)界の名匠、ジャン=マルク・ロシェット氏 Jean-marc Rochette ( dessinateur ) 
近未来の破滅的な世界から逃れようとする男を描く漫画シリーズ「脱走者」など数々の名作で知られる、フランスBD(漫画)界の名匠、ジャン=マルク・ロシェットさんに話を聞きました。「脱走者」の原題は’Le Transperceneige’(雪を貫くもの)。気候変動などで生存が危機に瀕した最後の生き残りの人類が、巨大な列車に乗り込み、その列車は永遠に雪の中を走り続ける。列車は階級社会となっており、先頭の客車には富裕な貴族が乗り込み、最後尾には貧民たちが詰め込まれている。そんな巨大列車の中で貧民車両の主人公が客車を前進しながら冒険をする物語。発表から間もない1985年に漫画界のカンヌとも言われるアングレーム国際漫画祭でPrix Temoignage Chretienという賞に輝きました。そして、2013年には韓国の名匠、ポン・ジュノ監督がこの漫画を原作にした実写の映画「スノーピアサー」を発表しています。(2016/10/03)


イスタンブールの「悪い娘たち」  トルコ出身の風刺漫画家、ラミズ・エレール(Ramize Erer) のおオシャレで奔放な世界
最近、痛快な風刺漫画を見た。若い女性がカミソリでせっせと体中、脱毛している漫画で、最後に毛を剃り終わってベッドに入ると、毛むくじゃらな大男が現れて愛撫する、というものだった。なんとも皮肉な漫画だが、スカッとしていて後味は悪くない。作者はラミズ・エレール( Ramiz Erer 1963- )という女性で、トルコのイスタンブールからパリに移住した風刺漫画家だと知った。 彼女は「悪い娘たち」という一連の漫画で知られており、悪い娘たちというのはつまり、快楽主義的にふるまうということだ。トルコのようなイスラム社会においてそのような自由奔放な娘たちの行状を新聞に描くことは勇気ある挑戦だっただろう。(2016/10/03)


【核を詠う】(218)『朝日歌壇2015』から原子力詠を読む(2)「ふる里は遠きにありて思えとや原発避難民十万余」  山崎芳彦
 「原爆を知れるは広島と長崎にて日本といふ国にはあらず」(竹山広 歌集『地の世』)という短歌を、いま開催中の臨時国会における安倍総理大臣の所信表明演説をテレビ放送を聞きながら、不意に思い起した。長崎の原爆被爆者である歌人が、その最晩年に詠った一首である。竹山さんはは2010年3月に90歳で亡くなった。25歳の時、長崎市で原爆に被爆し、被曝地の惨憺たる状況の中にあって「悶絶の街」の実相を身をもって体験した竹山さんは、それから65年を原爆被爆者として生き抜き、この国の短歌界にあってまことに貴重な、すぐれた歌業をなした人であることはよく知られている。この歌人の前記作品を安倍総理の所信表明演説中に思ったのは「福島では、中間貯蔵施設の建設、除染など住民の帰還に向けた環境整備、廃炉・汚染水対策を着実に進めながら、未来のエネルギー社会を拓く『先駆けの地』として、新しい産業の集積を一層促進…」と語っているときだ。(2016/10/01)


フランスBD界の巨匠 テッド・ブノワ氏、亡くなる  「ブレイクとモーティマーの冒険」シリーズなどエルジェの影響を受け明快なタッチの漫画をフランスで描く
フランスの著名な漫画家・台本作家のテッド・ブノワ氏(Ted Benoit 本名ティエリー・ブノワ)が亡くなった。69歳だった。ブノワ氏はフランス人だが、「タンタン」の作者で知られるベルギーの漫画家エルジェの影響を受け、明快なタッチの漫画を描いた。その代表作には「ブレイクとモーティマーの冒険」(les aventures de Blake et Mortimer)シリーズや、伊達なサングラスがトレードマークの「レイバナナ」(Ray Banana)などがある。(2016/10/01)


米劇作家エドワード・オールビー氏、死す  「動物園物語」 「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」ほか
アメリカの劇作家エドワード・オールビーが逝った。享年88.代表作の1つ、 「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」が新聞の追悼記事で最も触れられている。この劇は映画化もされているが、アメリカの地方大学の教授夫婦の日常を赤裸々に描いた喜劇的な作品だった。しかし、かつてオールビー氏は「不条理演劇」というラベルで紹介されていた。デビュー作の「動物園物語」が普通のドラマとは相当に異なる物語だったからだ。(2016/09/20)


僕の好きな映画  フィリップ・ラゴートリエール Philippe Lagautrière
僕が最初に映画館で見た映画はたぶん、アルベール・ラモリスの「赤い風船」(1956)だった気がする。それから、ジャック・タチの「僕のおじさん」。それから、ロベール・デリの”Les Branquignols"。もっと後になると次のようになります。(2016/09/20)


僕の好きな本  フィリップ・ラゴートリエール Philippe Lagautrière
子供の頃、僕の両親は夜に読書するのを禁止していたんだ。だから、僕は本をシーツの下に隠して、小さなランプを使ってこっそり読んでいた。たくさんの本をむさぼるように読んだんだ。親の禁止に立ち向かうこと、これは読書の世界への最良の入り方だったと思う。最良の本を10冊ほどに絞るのはとても難しい。いい本はたくさんあるからね。だから、今、頭に思い浮かぶものを列記してみよう。(2016/09/19)


ジャック・フレッシュミュラー展 < Je vous aime beaucoup (私はあなたを熱愛します)>Jacques Flèchemuller  コリーヌ・ボネ(パリの画廊主)
  パリのコリーヌ・ボネ画廊では今月から、ジャック・フレッシュミュラー展が開催されています。定点観測の場所をコリーヌ・ボネ画廊にしている理由は何より筆者が独断と偏見において面白い画廊だと感じるからに他なりません。そこでは70年代から80年代にかけて若者だった当時の売れっ子の前衛アーチストたちが、フランス経済が下降し、国が困難を極めている現在、どのように生きているかが見えるからでもあります。そして、彼らは今日も意気軒高であり、自由の空気を持っています。今回、展示が始まったジャック・フレッシュミュラー氏もそうしたアーチストの一人なのです。画廊主のコリーヌ・ボネさんに聞きました。(2016/09/17)


【核を詠う】(217)『朝日歌壇2015』の原子力詠を読む(1)「福島も日本固有の領土ですもどれない人十二万人」  山崎芳彦
 今回から『朝日歌壇2015』(2016年4月、朝日新聞出版刊)から原子力に関わって詠われたと筆者が読んだ短歌作品を抄出、記録していく。同書は、朝日新聞が毎週月曜日に掲載している「朝日歌壇」選者(馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏)の選による入選全作品(2015年1月〜12月)を一巻にまとめたものである。この連載の中で2011年3月の福島第一原発事故以後の「朝日歌壇」入選作品のうち原子力詠を、記録し続けてきたが、今回も同じように抄出・記録する。同歌壇の入選作品は、毎週数千通の投稿作品の中から選者それぞれが10首を選んだものだが、その中から筆者の読みによって原子力詠を抄出しているのだから、記録する作品の背後には全国の投稿者による膨大な作品があるわけで、入選とはならなかった作品にも貴重な作品が多くあるに違いないことに思いを馳せもする。(2016/09/16)


「嬬恋村のフランス料理」17 〜会食の楽しみ〜 原田理(フランス料理シェフ)
  家族や仲間と食べる夕飯は特別な時間を演出してくれます。今回はそんな日々の話を。仕事をするということは同時に悩みを抱えると言うことでもあって、そんなときは美味しい食事や仲間との会話が日々のストレスを解消してくれます。それは都心でも嬬恋村でも同じことだと思います。が、嬬恋村は車がなくてはコンビニエンスストアにも行くことができない土地柄。仕事が終われば社員寮に帰るのみで、休みの日にも車がなければ部屋にこもることを強制されます。(2016/09/14)


パリのイラストレーター・画家のルル・ラーセン(Lulu Larsen)氏が亡くなる  「バズーカ」(Bazooka)という若手グループに参加、リベラシオン紙などのメディアで活躍
パリのイラストレーターで画家のルル・ラーセン氏が8月末に亡くなった。享年62.ルル・ラーセン氏(本名 フィリップ・ルノー)は1974年にバズーカ(Bazooka)という若者のイラスト制作集団に参加し、リベラシオン紙などのメディアへ進出、奔放で自由なタッチで仲間とともに新しい時代を築いた。次の映像はバズーカを取材したRomain Slocombe氏がルル・ラーセン氏にインタビューした時のもの。彼のイラストが多数インサートされていて、未見の人にとっては貴重な映像資料である。(2016/09/08)


[核を詠う](216)『福島県短歌選集 平成27年度版』から原子力詠を読む(4) 「大熊に子を探すとう父ありてはるばる通う年(ねん)に十五回」 山崎芳彦
 『福島県短歌選集 平成27年度版』を読んできて、今回が最後になるが、この歌集の作品、とりわけ原子力詠を読みながら安倍政府が進めている「原発回帰政策」の理不尽、非人間的な本質に怒りを深める。政府はいま、核発電復活を推進しているが、福島第一原発の事故によって多くの人びとが塗炭の苦しみを満五年を越えて強いられているにもかかわらず、その福島を原発復活政策の梃子にしようとしている。「福島復興」を謳いあげ様々な絵図面と幻想的な計画書、核放射線の危険性基準の恣意的な引き下げ、汚染地域の外見的なクリーンアップなどにより原発の事故があっても、それを克服し「復興から発展」ができるのだと見せかける政策を次々と打ち出している。(2016/09/07)


フランスの前衛的作家ミシェル・ビュトール氏が死去   
フランスの前衛的作家として知られるミシェル・ビュトール氏が亡くなった。89歳だった。もっとも著名な作品は1957年に発表された「心変わり」という小説であり、原題はLa Modification。これは主人公の男がパリからローマに向けて移動していく際の心境をつづった旅の物語だが、主人公の人称を「 vous = あなた」として書いた新しい文体として話題になったという。(2016/09/07)


[核を詠う](215)『福島県短歌選集 平成27年度版』から原子力詠を読む(3) 「放射性物質ふふむ雪ならむ白き時間がふくしまをふる」   山崎芳彦
 昨年、2015年元旦から東京新聞・中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井各紙がそれぞれ朝刊の一面に毎日1句を掲載し続けている「平和の俳句」(金子兜太・いとうせいこう選)の昨年一年間の俳句をまとめた『平和の俳句』(2016年7月刊、小学館発行)を読みながら、改めてこの企画を今も続けている関連各紙の英断と底力に敬意を深くしている。同書に2015年8月15日掲載の作品「千枚の青田に千の平和あり」(浅田正文、石川県金沢市)があり、いとうせいこう氏が「作者は福島県の旧緊急避難準備区域から金沢に仮住まいする。」と説明を付している。金子氏は「これはドナルド・キーンさんの翻訳も掲載された。文句なくいい句です。金沢を訪れた際、実際に作者の方にもお会いした。みずみずしい、いい句ですね。」と評している(「2015年を振り返って」印象に残る句5句の一つに選んで)。(2016/08/22)


[核を詠う](214)『福島県短歌選集 平成27年度版』の原子力詠を読む(2)「あの山の向かうは原発で住めぬ町とガイドは指しぬわが故郷を」  山崎芳彦
 今回も『福島県短歌選集 平成27年度版』の原子力詠を読み続けるが、読むほどに原発事故による災害、核放射線による大気、土、水、人間をはじめ生命あるものへの加害は、その存在をいかに危うくするものであるかを思わないではいられない。このことは、人間にとっていえば現実の生きる営みを深刻に阻害され、将来を毀損されることでもある。いま読んでいる福島歌人の作品には、農林水産畜産業に携わってきた人々がその道を閉ざされる、それぞれの業に生きることを困難にされている現状への思いが様々に表現されているものが多い。原発事故は、人が生きることを根元的に妨げているのだ。被災は広く深い。福島の原発事故が改めて明らかにした「核と人間は共存できない」ことをこの8月に、広島、長崎の原爆被爆のこの国の体験とつなげて考えたいと思う。(2016/08/11)


【核を詠う】(213)『福島県短歌選集(平成27年度版)』の原子力詠を読む(1)「原発の格納容器の闇の中ロボット映すおどろおどろし」 山崎芳彦
 前回から一か月もの間を空けてしまった。筆者の事情によるものであり、お詫びを申し上げながら今回からは福島県歌人会編による『福島県短歌選集 平成27年度版』(平成28年3月20日発行)から原子力詠を読ませていただく。同選集は福島県歌人会が創刊以来62年間にわたって、一度の中断もなく継続して福島県歌人の作歌の果実を収めてきた貴重な年刊歌集の平成27年度版である。平成23年3月11日の東日本大震災・福島第一原発の過酷事故による被災にもくじけることなく、いやその苦難を真っ向から受け止めて福島の歌人は短歌表現をより確かなものに磨き上げ、作品を生み出し続けてきて、この国の短歌史に大切な歩を切り拓いていることに敬意を深くしている。(2016/08/03)


詩人たちは逝った  エリ・ヴィーゼル著 「夜」  セブリーヌ・ダンフルー(著述家) Severine Danflous 
  詩人たち、証言者たちが息を引きとっていく。そして、再び夜がすべてを覆い隠す。だからこそ、私たちは世界に光を輝かせ、この世界で詩を失わずに生きていくために、力(超人の勇気)が必要だ。「ある日、私たちが労働から帰ってくると、法廷の前に3つの絞首台が設置されていた。3本の黒い縄がついている。親衛隊員たちが私たちの前で、機関銃を向けていた。いつもの儀式だ。3人が罪人として鎖に繋がれていた。まだ子供もそこにいる。悲しい目をした天使だった。・・・」(2016/07/21)


どうして事実に縛られるの? インゲボルク・バッハマン著「マリーナ」について  セブリーヌ・ダンフルー(著述家) Severine Danflous 
 実話に基づいた作品というのが、映画でも、文学でも流行していてまるで「実話」がすべてを覆いつくしているみたいですね。そこで今回、私が取り上げたいのはオーストリアの女性作家・詩人であるインゲボルク・バッハマンの小説「マリーナ」です。バッハマンは「マリーナ」の中でこんな風に綴っているんですよ。「いつか女性が真紅の黄金の目を持つ日が来るでしょう。髪も真紅の黄金となるのです。また、女性という性も詩として再創造されるのです」(2016/07/19)


コンゴの政情について僕はフランスの外務大臣と話した  アラン・マバンクゥ(作家 Alain Mabanckou )
アラン・マバンクゥ(作家)「僕は7月8日、オルセー河岸(フランス外務省)に赴き、外務大臣のジャン=マルク・エロー氏にコンゴの政情について訴えることができました。フランスは僕が以前フランソワ・オランド大統領に提言した方向で動いています。コンゴで行われた昨年の憲法改正と今年3月の大統領選挙が引き起こしている政情危機を脱するために、コンゴ共和国政府とフランス政府の対話がいかに必要で、緊急を要しているか、ということです」(2016/07/11)


「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
僕には4つほど歳の離れた弟がいます。小さい頃は二人ともいわゆる悪ガキで、いたずらや問題を起こして、よく両親に怒られていました。僕の成長が遅く、弟のほうが身長の伸びも早かったので、よく双子に間違えられたりしたものです。僕はフランス料理人になることを早くから決め、16歳で家を飛び出して修行に入り、都内で一人暮らしを17歳の時に始めましたが、最初に自分の部屋に呼んだ家族は弟でした。彼が学生の時分に東京に遊びに来たりして、いろいろな場所に行きましたが、将来について特段意図はありませんでした。ある時、弟が「フランス料理人になりたい」と言っていると両親から聞いた時は驚きました。兄の背中を見ていたわけではないでしょうが、彼自身が望んで同じ道を歩むことになったのです。(2016/07/06)


音楽にかける青春 岩宙平さん(28) プラハで指揮者デビュー  Chuhei Iwasaki
今、もっとも生き生きとした日本の指揮者の一人がプラハで活躍中の岩宙平氏(28)です。プラハ音楽院に留学後、ドヴォルジャークやショスタコーヴィッチの曲を振って指揮者デビュー。作曲家としても活動しており、自作のシンフォニーも指揮しています。将来、大きな期待がかけられる人でしょう。今回、その岩崎さんに、プラハでの音楽生活についてお聞きしました。(2016/07/03)


ロシアへの旅  アンナ・パウロヴァー ( チェコのクラリネット奏者 ) Anna Paulová
音楽の街、プラハのクラリネット奏者、アンナ・パウロヴァーさんが今回、演奏旅行にやってきたのはロシア。チェコとロシアと言えば、過去の歴史には苦い記憶もありました。1968年、ソ連の戦車がやってきて人間の顔をした社会主義を目指した「プラハの春」を押しつぶしてしまったことです。しかし、1993年生まれの未だ22歳のアンナさんにとっては、ソ連時代も直接知らない過去の歴史です。(2016/07/02)


【核を詠う】(212)今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(6)「融け落ちし燃料デブリは何処ならむ爆ぜし建屋に氷雨降る今日」 山崎芳彦
 今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品を読んできて今回が最後になるのだが、福島原発事故の被災の実態、本質を短歌作品として詠み、福島の地から発信する今野さんのさらなる営為が続くに違いない。今野さんの作品は、原発事故が5年を経ても収束するどころか放射能汚染が人々を苦しめ続け、平穏、平和に健康で文化的な生活を営む人間の権利が蹂躙されている現実と、将来への不安を、まさに福島に生き、暮らす歌人としての真実の息づかいで短歌表現してきたし、これからもし続けるのであるに違いない。多くの原発事故被害者と、原発があるかぎり「明日の被害者」にならざるを得ないこの国の多くの人びとがさまざまな「原発ゼロ」を目指す運動に取り組んでいる。それに対して、安倍政府と加害者である電力企業と原発推進勢力は原発事故被害者を蹂躙する暴力的ともいえる姿勢をあらわにし、原発回帰を急いでいる。いま、参院選の中で、憲法と原発をひとつのこととして考えなければならないと思う。(2016/06/27)


パリの画家/漫画家のオリビア・クラベルさんにインタビュー2 Interview Olivia Clavel ブリジット・フォンテーヌの奇想天外な歌 「ヌガー」のビデオクリップづくり
フランスのポップ歌手、ブリジット・フォンテーヌ( Brigitte Fontaine )が1988年に出したアルバム「フランスの心臓」に収録された「ヌガー」( Le Nougat )。ヌガーとはキャンデーにナッツが練り込まれた甘い菓子です。その歌詞はこんな風に始まります。「朝、元気いっぱいで目が覚めた私はコーヒー沸かしのスイッチを入れた。それから私は浴室に飛び込んだ。すると、そのとき、私の体は凍りついた!シャワーの下に1頭の象がいたからよ。象は私をやさしく見つめた。私は赤くなって口ごもりながら尋ねた。(2016/06/26)


「レ・タン・モデルヌ誌」(Les Temps Modernes) サルトル、ボ―ヴォワール、メルロー・ポンティらが創刊 今も時代のテーマを取り上げる パトリス・マニグリエ(Patrice Maniglier パリ大学准教授・哲学者)
 「レ・タン・モデルヌ誌」を知っていますか?サルトル、ボ―ヴォワール、メルロー・ポンティ、モーリス・ナドーらが1945年に創刊した評論誌です。きっと皆さんはご存じないでしょうね。僕の友達や知人、そして運動の仲間たちの大半は「レ・タン・モデルヌ」に関して偏見を抱いています。「レ・タン・モデルヌ」は自由な評論に特徴があるんです。形式の自由ではなくて、内容の自由ですよ。また、そのボリュームに限定されたアカデミックな評論誌というわけではありません。(もちろん、わずか50ページしかない評論誌というのは類がないでしょうが)。しかし、「レ・タン・モデルヌ」は極度に辛辣な評論ですら掲載可能な媒体なのです。(2016/06/24)


作家ピーエル・パシェの「眠る力」について  セブリーヌ・ダンフルー(著述家) Severine Danflous 
作家でエッセイストのピエール・パシェが亡くなった。パシェが亡くなったので私は再び彼の作品を手に取ってみた。「眠る力」というタイトルの素晴らしいエッセイだ。このエッセイの中で、パシェは作家のフランツ・カフカと夜について言及している。(2016/06/22)


二つとない交友であったー溝口回想   子安宣邦 (近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
このような交友が溝口以外のだれかとの間にできることはない。それは二つとない交友であった。だがそう思っているのはこの世に残る私であって、あの世の溝口がそう思っているかどうかは知らない。私が本郷の文学部の建物で学部学生時代以来ふたたび溝口に出会ったのは、やがてあの大学紛争が起きようとする1967年の4月であった。それは12,3年ぶりの再会であった。その4月に私は倫理の助手となり、彼は中文の助手となった。50年代の半ばすぎ〈革命〉運動に挫折した私たちは疲れ切って大学にもどってきた。だが溝口はいつも元気であった。彼には挫折がなかったのかもしれない。当時フランス文学をやっていた私は中文の溝口たちと文学サークルを作ったりしていた。(2016/06/20)


【核を詠う】(211) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(5) 「核事故に多大の被害をもたらしし東電よりの謝罪未だなし」 山崎芳彦
 福島の歌人・波汐国芳さんは月刊歌誌『現代短歌』4月号の特集「東北を詠む」のショートエッセイに「起つ心こそ」と題して次のように書いた。(2016/06/13)


【核を詠う】(210) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(4) 「戻れないもう戻れない戻りたい三者三様に今を苦しむ」 山崎芳彦
 今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品の中に、大熊町に住み原発の危険に警鐘を鳴らす歌を詠い、歌集『青白き光』の作者として知られ、原発事故の被災者としてふるさとを奪われ、避難先のいわき市で亡くなられた佐藤祐禎さんを偲び、たとえば「原子炉の爆ずるを危惧せし君なりき『青白き光』を残して逝けり」その他の歌が収められている。深い思いのこもった作品が多い。この連載の中で、原発詠を読み始めた最初の頃に佐藤祐禎さんの作品を何回かに分けて読み、記録したが、福島県の歌人の多くが佐藤さんの憤死ともいうべき死を悼み、惜しんでいる。月刊総合歌誌「現代短歌」4月号は好企画「特集・東北を詠む」を編み、福島をはじめ東北各県の歌人の作品と、読みがいのあるショートエッセイをまとめた多くの頁を組んでいるが、その中で福島県の歌人である伊藤正幸さんが佐藤祐禎さんを詠うとともに、彼岸にある佐藤さんに宛てた手紙のかたちをとったエッセイがある。心を打たれる1ページに、筆者は福島歌人の、ますます深くなっている思いの深さ、原発事故被災の苦難の中で結ばれている歌の縁の強さを改めて思った。今野さんの『セシウムの雨』を改めて大切な歌集と思いもした。(2016/06/02)


パリの「立ち上がる夜」 フランス現代哲学と政治の関係を参加しているパリ大学の哲学者に聞く Patrice Maniglier
  パリの共和国広場で3月31日に始まり、現在も続いている「立ち上がる夜」(Nuitdebout)と呼ばれる討論会。その議論に運動が始まった当初から参加しているパリ大学在籍の哲学者がいます。パトリス・マニグリエ氏(ナンテール校)です。マニグリエ氏はいったいどんな哲学を大学で研究していて、哲学と運動との関係はどのようなものなのでしょうか?マニグリエ氏に聞きました。(2016/05/29)


もう一つのフランス−野沢協氏追悼 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
ピエール・ベール著作集の個人全訳を成し遂げた野沢協さんが亡くなったのは昨年11月18日であった。私はその死を知らなかった。東大の仏文時代の旧友松原雅典からの年賀状によってはじめて私は彼の死を知った。なぜ私はその死を知らなかったのか。ほとんど新聞の見出しを眺める程度で、記事の中味を読みもしなくなったせいなのか。あるいは腰痛と高血圧に悩まされ、もっぱら自己への配慮に昨年中深入りしていたせいなのか。この忘れがたい人の死を私は知らずにいたのである。仏文科の先輩である野沢さんから声を掛けられ、近づきになり、時には沢崎浩平らとともに彼の立派な書斎にまであがりこみ、夜を通して話をしたりしたのは1954年のことであったか、55年のことであったかはっきりしない。それは半世紀をこえる時の隔たりのせいだけではない。私は自分のキャリアーから仏文科時代を消し去ってきた。その時代のことをあえて語ることはなかった。(2016/05/26)


【核を詠う】(209) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(3) 「幼子の内部被曝値高まれり梔子(くちなし)しろくこの年も咲く」 山崎芳彦
 歌集『セシウムの雨』の著者である今野金哉氏は、現在福島県歌人会の会長の任にあるが、同歌人会が毎年度刊行し続けている『福島県短歌選集』の平成27年度版(第62巻、平成28年3月20日刊)の巻頭言の中で、「『あの日』から五年が経った現在、(略)幾許かの明るい兆しも見えますが、辛く厳しい状況はなお続くのであろうかと暗澹たる気持ちを払拭することができません。/しかしながら、私たちは、こうした困難な生活環境や条件に生きている独りの人間としての『真実の声』を三十一文字に込めて訴えていく義務もあるものと考えています。(略)本選集が、次代に生きる人間への貴重な記録や今後における防災への警鐘になり、さらには『災害・事故の風化』にストップを掛ける大きな役割を果たすことも可能であるものと考えています。」と記している。原発事故による被曝地である福島県の歌人がどのように詠い、生きるかは、福島にとどまらないこの国の現在と未来にとっての重要な道標であると思う。(2016/05/24)


【核を詠う】(208) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(2) 「自死といふ逃避思ひし日もありきセシウム汚染の畑を捨てて」 山崎芳彦
 福島に生きる歌人の今野金哉氏の歌集『セシウムの雨』の作品を読んでいるのだが、福島第一原発事故による原子力災害が5年余を経てなおも多くの人びとに深刻な苦難を強いていることを痛感させられる作品群である。歌人として、詠わないではいられない、書き残したいとの思いによって編まれたこの歌集の短歌作品を読みながら、改めて福島原発事故の加害者である国や東京電力をはじめとする原発推進勢力が今すすめている、その責任を果たすどころか、まことに理不尽、反人間的な本質をむき出しにした政策、対応に怒りを覚えないではいられない。例えば、いま政府は福島県南相馬市に出されている避難指示を7月中に解除する方針を決めている。これまでにも、いくつかの地域の避難指示が解除されてきたが、南相馬市の避難指示解除は、帰還困難区域を除く避難指示をすべて解除していこうとする政府の「原発による避難を消滅させる」「原発被害避難者切り捨て」への一里塚とすることを狙ったものともいえる。原発事故被害者の苦難のさらなる深刻化につながる「原発棄民政策」の推進であり、原発再稼働促進政策と裏表の政策であろう。(2016/05/17)


【核を詠う】(207) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(1) 「悪夢かと思へる炉心熔融(メルトダウン)なり悪夢の呪縛解くる日は何時(いつ)」 山崎芳彦
 「この歌集は、すべての政治家、すべての反原発運動家そして全ての東京電力社員に読んでほしいと考えて出版したものである。」と巻頭に記された今野金哉歌集『セシウムの雨』(平成28年3月11日、現代短歌社刊)を今回から読ませていただく。福島市在住の歌人である今野金哉氏は、福島県歌人会の会長の要職に就いて活躍しているが、この歌集について「本歌集に収めた作品は、あの忌まわしい大震災発生の日から経た約五年間における、いわゆる『東日本大震災』に伴っての、途方もない悲劇の現実を真摯に詠み溜めた記録でもある。」(「あとがき」)と記している。まさに東京電力福島原発の過酷事故がもたらした災厄、受難の日々の中での歌人の魂の発露である短歌作品は、福島原発事故が無かったかのように、原発再稼働・原子力社会への回帰が進められつつある今、多くの人びとによって読まれ、今日の力、未来の力として原子力依存社会からの脱却の礎のひとつになるものだと筆者は、今野氏の「詠い残したい、書き残したい」真情に敬意を深くしつつ、原子力詠作品を記録させていただく。(2016/05/08)


【核を詠う】(番外篇・憲法詠) 九条歌人の会編『歌集 憲法を詠む 第八集』を読む 「征きし人の遺言かとも九条を抱き生きこしわが半生は」 山崎芳彦
 「従来から、政府は、憲法第九条と核兵器との関係についての純法理的な問題として、我が国には固有の自衛権があり、自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法第九条第二項によっても禁止されているわけではなく、したがって、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、それを保有することは、必ずしも憲法の禁止するところではないが、他方、右の限度を超える核兵器の保有は、憲法上許されないものであり、このことは核兵器の使用についても妥当すると解しているところであり、・・・」(4月1日の安倍内閣が閣議決定した逢坂誠二衆院議員の質問主意書に対する答弁書)。この答弁書では、「我が国は、いわゆる非核三原則により、憲法上は保有することを禁ぜられていないものを含めて政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持している。」、また核不拡散条約の非核兵器国としての義務を負っていることからも一切の核兵器を保有し得ないこととしている、ともしている。従来からの政府見解を維持した答弁書だといわれるのだが、現憲法のもとでも核兵器の保持と使用は認められているという見解である。(2016/04/30)


「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
豚足いわゆる豚の足はフランスではPied de porc(ピエドポール)と呼ばれ、比較的ポピュラーな食材のひとつ。今回はそんな豚足のお話を。日本で豚足と言えば一杯飲み屋で出てくる、刻んでぷにぷにのつまみを思い浮かべる方が多いとは思いますが、パリなどのビストロで豚足と言えば丸焼きか詰め物のことが多いです。豚足の丸焼きだけで商売している店もあるくらいで、丁寧に下処理された豚足は、これがあの豚の足なのかと思うほどに繊細で濃厚な味わい。大好きな料理の一つです。(2016/04/30)


大川周明と「日本精神」の呼び出し2 〈大正〉を読む 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
3 世界史を経緯する二問題 大川が「世界史」とともに呼び出す「日本精神」とは何かをたずねる前に、「世界史を経緯しつつある二問題」を見ておきたい。ヨーロッパの世界史的な没落とともに、「世界史」は大川の眼前にその顕わな姿を見せはじめた。「世界は歴史の未だ嘗て知らざる徹底的革命に面して居る。故に数限りなき事象が、紛糾錯雑を極めて吾等の周囲に起伏する。然も其等一切の事象のうち真個世界史的意義を有するものは、まごう可くもなく唯二つである。世界史を経緯しつつある此等二個の事実を、明白確実に領会することは、取りも直さず非常なる世界変局の深層を把握する所以である。」(2016/04/24)


大川周明と「日本精神」の呼び出し1 〈大正〉を読む 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
1「日本精神」という語 「精神多年の遍歴の後、予は再び吾が魂の故郷に帰り、日本精神其者のうちに、初めて長く得ざりし荘厳なるものあるを見た。」これは大川周明が『日本精神研究』[1]の「はしがき」の冒頭でいう言葉である。大川の多年の精神的遍歴の後に「日本精神」は再発見されるのである。やがて十年後の昭和の人びとの耳に猖獗をきわめるほどにこの言葉は注ぎ込まれることになるが、大正末年のこの時には「日本精神」は大川に再発見される言葉であった。(2016/04/24)


【核を詠う】(番外篇・憲法詠) 九条歌人の会編『歌集 憲法を詠む 第八集』を読む(3) 「戦死せし父の生涯を問い続くる友の歌集は挽歌におわる」 山崎芳彦
 総合短歌月刊誌の『現代短歌』(現代短歌社発行)の4月号から注目すべき連載「連続対話・平和と戦争のはざまで歌う」が開始された。歌人の吉川宏志が時代に危機意識を持つ歌人たちとの対話をしていく企画であるが、第一回目には、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)に参加している歌人・矢野和葉と「分離した個人を繋ぐ、個としての言葉」と題しての対談を行っている。内容に触れることはできないが、小見出しに「日常の感覚でデモを語る」、「<私>の言葉の回復運動」、「私が生きる小さく多様な社会を詠む」が立てられ、矢野の作品も取り上げて、興味深い対談が展開されている。短歌雑誌としては、ユニークな、しかし時を得た企画として今後も注目していきたい。(2016/04/20)


英劇作家のアーノルド・ウェスカー氏が亡くなる
戦後英国現代演劇の1つの頂点を作ったと言える劇作家、アーノルド・ウェスカー氏が12日、亡くなった。83歳だった。第二次大戦後の英国演劇界では多彩な才能が花開いた。「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」で一躍著名人となったトム・ストッパード、「花咲くチェリー」や「すべての季節の男」などで知られるロバート・ボルト、「料理昇降機」などブラックユーモアと警句で知られ、ノーベル賞を受賞したハロルド・ピンターなどがそびえているが、アーノルド・ウェスカー氏もそれらの山脈の1つの頂をなした。(2016/04/17)


Cinema à la maison シネマ アラメゾン 「ロード トゥ パーディション」 原田理
  マフィア映画は数あれど、私が繰り返し見て愛してやまない映画のひとつが「ロード トゥ パーディション」。ジャンルとしては物珍しくも無いが、アクションが中心だったり、友情が中心だったりしたものが多い中で親子関係にのみ焦点を絞った映画は数少ない。アクションや殺戮シーンに焦点を持ってこず、人間ドラマのみで構成されるマフィア映画はとても魅力的だと思う(2016/04/11)


【核を詠う】(番外篇・憲法詠) 「九条歌人の会」編の『歌集 憲法を詠む 第八集』を読む(2) 「デモに散りし樺美智子の顔ふとも 今なお背負うかなしみなりて」 山崎芳彦
 「憲法九条を守る歌人の会」(九条歌人の会)編の『歌集 憲法を詠む 第八集」の作品を読んでいるが、この「九条歌人の会」の呼びかけ人の一人に、筆者が「核を詠う」連載の第一回で読ませていただいた長崎の原爆被爆歌人の故・竹山広さんの名がある。竹山さんの名は短歌界を超えて広く知られているし、遺された膨大な作品群を収録した「竹山広全歌集」(ながらみ書房刊)がある。この竹山さんの歌集『空の空』(2007年、砂子屋書房刊)に、「遷りゆく意志』と題する憲法を詠んだ一連の作品があるが、九条歌人の会の呼びかけ人に名を連ねた時期に詠まれた作品として、改めて読み返しながら、筆者は感慨を深くした。その一連を記しておきたい(2016/04/10)


【核を詠う】(番外篇・憲法詠) 「九条歌人の会」の「歌集 憲法を詠む・第八集」を読む(1) 「九条破壊・軍国を企む政治なり花も声あげよ日本の四月」 山崎芳彦
 前回から期間が空いてしまったが、今回から番外篇として憲法にかかわって詠われた短歌作品を読んでいきたい。「憲法九条を守る歌人の会」(略称「九条歌人の会」事務局電話03−6902−0802)編の『歌集 憲法を詠む・第八集』(2015年11月5日発行)は、同会の呼びかけ人の作品(27人の各1首)、2014年応募作品(158人の各1首)、さらに「抄出作品」(歌人10氏が故人10氏の作品を抄出し掲載、川柳10句を含め100作品)で構成された合同歌集である。「『平和な未来を守るために、日本国憲法を守るという一点』で、戦前の轍を踏むことなく思想、信条、創作方法の違いを超えて手をつなぐことが、いまある創造の自由を守ることにも繋がることであると考えます。/短歌にたずさわる者にふさわしく『憲法九条』を守る心を創意をこらした幅広い工夫で表現し、平和を願う国民の、大きな流れになるよう力を尽くしましょう」(2005年に発表の「九条歌人の会」アピールより)とする明確な意思をもって多くの短歌人が詠む作品によって編まれた歌集は貴重であろう。同歌集の作品を読んでいきたい。(2016/04/04)


音楽にかける青春 シチリアの音楽家、ジオリ(Gioli) クラブミュージックとクラシックの融合を目指す19歳 最初のアルバム‘Mechanical Heart’の発売は来月
  イタリアのシチリア島の都市パレルモ。ここでクラブのテクノミュージックとクラシックを融合して新しい音楽を作っている19歳の女性がいます。バンドの名前はジオリ(Gioli)。19歳のジョルジア・リパリ(Giorgia Lipari)さんとマネージャー&アート・ディレクターのアッシア・ナニア(Assia Nania)さんで作り上げたグループです。リパリさんはシンセサイザーを駆使しながら、大胆不敵に新しい挑戦を続け、クラブでの演奏は盛況の人気音楽家です。初アルバムの発売も目前で、アルバム販売に合わせた世界ツアーにこれから船出します。そんな前途洋々のジョルジア・リパリさんにインタビューを行いました。(2016/04/04)


コレージュ・ド・フランスのアラン・マバンクゥ氏(作家) 2回目の講座でネグリチュード運動を語る 盟友ラフェリエール氏も’登場’
 パリで市民に開かれた最高の教育の場コレージュ・ド・フランスでコンゴ出身の作家アラン・マバンクゥさんが3月から講義を始めました。昨日、二回目の講義を終えて、次のようなメッセージが送られて来ました。(2016/03/30)


共著「Rethinking Representations of Asian Women」(再考・アジアの女性をどう描くか)
  アジアの研究者が共通のテーマで書いた「Rethinking Representations of Asian Women」(再考・アジアの女性をどう描くか)というタイトルの本があり、英語圏で発表されています。日本から伊地知紀子教授(大阪市立大学)も編集者の一人として参加し、また1つの章を担当しています。以下の紹介文は筆者の一人である伊地知氏によります。(2016/03/19)


「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
 しゅわしゅわと音を立てながら、ソムリエがシャンパンをグラスに恭しく注ぐときには、何ともいえない高揚感のようなものがあります。レストランの席に付き、やっと着いたという思いと、これから始まるディナーへの高まる期待。充実した泡で喉を潤しながら、メニュ選びへと流れてゆく序曲のようなものでしょうか。(2016/03/17)


思想史講座で「江戸思想を読む」 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
4月からの思想史講座で「江戸思想を読む」を始めます。その理由を書きます。福沢諭吉は明治の変革に際し、「一身にして二生を経るが如し」といっています。これは明治維新の体験を文明論的転換の体験としていったものです。しかし明治維新を文明論的転換としていうとき、その転換は非文明的な前近代社会から文明的な近代社会への転換として理解され、自覚されることになります。福沢だけではない。多くの日本人における明治の変革の体験というものは、そうした文明論的な転換の体験であったように思います。(2016/03/17)


パリの画家/漫画家のオリビア・クラベルさんにインタビュー Interview Olivia Clavel
 パリで70年代にバズーカという若い漫画家・イラストレーターの集団が生まれ、リベラシオン紙などで新しい感覚のイラストを切りひらいていきました。バズーカの中心メンバーの一人が画家・漫画家のオリビア・クラベルさんです。現在も漫画や美術の分野で活躍中です。今回、クラベルさんにインタビューさせていただきました。(2016/03/15)


金時鐘先生「大佛次郎賞」受賞のお祝い会 伊地知紀子(大阪市立大学教授)
今日は、済州4・3事件公開学習会をKCC会館にて。徐仲錫先生(韓国・成均館大学校名誉教授)をお迎えし、「朴槿恵政権下の済州4・3運動の課題」というタイトルで韓国歴史教科書国定化問題と済州4・3についての学習会でした。終了後は、このたび『朝鮮と日本に生きるー済州島から猪飼野へ』(岩波新書)で「大佛次郎賞」を受賞された金時鐘先生のお祝い会となりました。(2016/03/14)


パリの画家イザベル・コシェローさん グラフィックデザイナーから画家への転身 Isabelle Cochereau
 パリのモンパルナスに近い14区のコリーヌ・ボネ画廊で行われた共同展示会の場で画家イザベル・コシェロー (Isabelle Cochereau )さんの絵に出会いました。人物画を描いていますが、顔にモザイクのようなものがあり、それは女性の顔にポルノグラフィックなイメージがかけられたものだと気づきました。今まで見たことがない独特の人物画であり、画家のどのような探究のプロセスからこうした世界が生まれるのか、知りたく思いました。(2016/03/13)


【核を詠う】(206) 『角川短歌年鑑・平成28年版』から原子力詠を読む(2) 「汚染物の貯蔵地になる運命(さだめ)もち泡立草のなかなるわが家(や)」 山崎芳彦
 「原爆を知れるは広島と長崎にて日本といふ国にはあらず」という、長崎原爆の被爆歌人である竹山広の歌(竹山広歌集『地の世』)がある。2月22日に出された長崎地裁の「長崎『被爆体験者』集団訴訟」(被爆者健康手帳の交付を求める)に対する判決(松葉佐隆之裁判長)を読みながら、この短歌を改めて思った。原爆投下から70年余を経たいま、80歳を越えた原爆被害者がこのような裁判を闘って、原告161人のうちわずか10人のみに被爆者健康手帳の交付が認められるという判決を得たのである。長崎の「被爆体験者」が被爆者手帳の交付を認められたのは初めてだという。爆心地からの距離によって、行政が指定した「被爆地」から外れた地域の原爆被害者は「被爆体験者」として、「被爆者」と区別され、被爆者手帳の交付を受けられず、容易ではない訴訟を起こし、理不尽な交付申請却下が多数ななかで、極めて一部の原告に被爆者手帳の交付が認められたというのだ。敗訴した原告は控訴し、なお闘い続けることになる。まことに、無残な国である。(2016/03/06)


「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ)
フランスにはセレブリティ御用達の高級レストランから本当に庶民的なビストロまで多種多様な飲食店がありますが、フランス料理人を目指す志を持った若人たちは皆だれもが一度は高級レストランへの夢を持つのだと思います。きらびやかな内装、恭しくもフレンドリーなサーヴィス、豪華なワインセラーに辞書のようなワインリスト、そして磨きぬかれた技術と料理への情熱、選び抜かれた食材で作られる、伝統と最新のフランス料理。しかし、その舞台裏は生き馬の目を抜く競争と、評論家やガイドブック、インターネットレビューからのプレッシャーと、たゆまぬ努力による血と汗と情熱の結晶です。(2016/03/03)


ディカプリオがアカデミー賞・主演男優賞を受賞 受賞のスピーチで地球環境問題に触れる
長年、米アカデミー賞の候補に何度も上りながら受賞を逃してきた俳優のレオナルド・ディカプリオ氏が今回、主演男優賞を受賞した。出演した映画「レヴェナント 蘇えりし者」は19世紀のアメリカの荒野を舞台にしたサバイバルと復讐の劇で、監督はメキシコ出身の才人、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ。(2016/03/01)


「日本思想史の成立」について−「台湾思想史」を考えるに当たって 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
私は宣長たち国学者を〈日本的なもの〉の固有主義的な主張者だとみなします。アメリカの日本研究者は宣長らの国学をnativismと訳しますが、それは正しい訳し方です。この宣長らによる〈日本はもともと日本である〉という固有主義は、明治(1868)以降の近代国家形成のなかで民族=国家主義(nationalism)として継承されていきます。そしてこの近代に継承された〈日本的なもの〉をめぐる思惟と志向は、昭和(1925)にいたってヨーロッパ文献学、解釈学的方法をもって「日本思想史」あるいは「日本精神史」を成立させることになります。日本人の思想的テキストだけではない、あらゆる言語表現から解釈的に抽出される「日本思想」「日本精神」そして「日本的民族性」が記述されていくことになります。(2016/02/26)


【核を詠う】(205) 『角川 短歌年鑑・平成28年版』から原子力詠を読む(1) 「放射能消去できぬにやすやすと死の灰積み置く遺灰のごとく」 山崎芳彦
 今回から『角川 短歌年鑑・平成28年版』(月刊短歌総合誌「短歌」1月号増刊 平成27年12月刊)から、原子力にかかわって詠われた作品として筆者が読んだ作品を抄出・記録させていただく。『角川短歌年鑑』はこの連載の中で平成24年版以後毎年読んできているが、「核を詠う」短歌作品を読み、記録することを目的にした連載を続けている筆者にとって欠かすことはできない貴重な年鑑である。同年鑑では、毎年、さまざまな特集企画・データによって短歌界の現状、動向について、多角的に俯瞰するとともに問題提起も行っていて示唆を受けることが多い。所載の多くの短歌作品から、筆者なりの読みによって「原子力詠」を渉猟するのだが、そのためには全作品を読むことになり、拙く詠う者の一人でもある筆者にとっての勉強の場ともなっているのである。(2016/02/23)


画廊主コリーヌ・ボネ氏 Corinne Bonnet(la galerie Corinne Bonnet) 芸術家と今の世界 Artists and the world
 コリーヌ・ボネ画廊の創設者であるコリーヌ・ボネさんは今、フランスでテロによって高まってきているものものしく警戒的な空気に抵抗するための展示会を開催しています。「世界の源を見つめる16人の眼差し」という共同展示会です。画廊はパリのモンパルナスの近くにあり、現代文化の中で強い光を放っています。コリーヌさんは「芸術家こそ表現の自由の最後の砦であり、開かれた心の最後の砦であり、繊細な知性の最後の砦である」と語っています。(2016/02/23)


サンジェルマンデプレで行われた人類学者ルネ・ジラールへの追悼の集い ジャン・ビヤンボーム(Jean Birnbaum)
 昨年11月、「模倣される欲望」の理論で知られる人類学者のルネ・ジラール氏がカリフォルニアの自宅で亡くなりました。享年91.生まれはフランスのアヴィニヨン。その後、渡米してスタンフォード大学などを中心に活躍しました。それから3ヶ月後の2月16日、パリで追悼の式典が行われ、ル・モンドの書評も含め多彩な執筆活動を行っているジャーナリストのジャン・ビヤンボーム氏も参加し、そのときの思いを記しています。「今夜、人類学者ルネ・ジラールの追悼の式典が行われた。僕も出席して、その素晴らしさにとても感動したんだ。ハイドンの音楽が流れ、聖書のヨブ記とルカの福音書が朗読された。ミサが行われたのはサンジェルマンデプレにある教会で、ここは生前、ジラールがパリに居たとき通っていた場所なんだ。」(2016/02/19)


丸山眞男「超国家主義の論理と心理」を読む 〜丸山の「超国家主義」論は何を見逃したか〜 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
日本ファシズムには始まりがないと丸山はいう。彼はこれを日本ファシズムには『我が闘争』がないといういい方でしていた。丸山という現代日本の代表的知識人のこの臭みのあるいい方は、二つのことを意味している。一つには日本ファシズムを〈国体論的国家主義〉の始まりのない漸進的な過激化としてとらえることである。二つには丸山の日本ファシズムの記述は日本的特異性の記述に終始することである。この二つは日本ファシズムを丸山が〈超国家主義〉として概念構成することの両面である。丸山は日本ファシズムを〈超国家主義〉として概念構成することによって、すなわち日本ファシズムを〈国体論的国家論〉の問題に還元してしまって、1930年代における世界史的全体主義の成立の問題から切り離してしまう。(2016/02/11)


<大正>を読む 子安宣邦 和辻と「偶像の再興」−津田批判としての和辻「日本古代文化」論
<1 偶像の破壊>『日本古代文化』の大正9年初版[1]の序で、「在来の日本古代史及び古代文学の批評」は彼にとっては「偶像破壊の資料」に過ぎなかったといっている。少年時代以来、和辻はさまざまな理由から「日本在来のあらゆる偶像を破壊しつくして」きたという。明治22年(1889)生まれの和辻にとってその青少年期は日露戦争の戦後という時代であった。日本近代史は最初の戦後をその時期に経過し、人びとも最初の戦後をその時期に体験したのである。日本は日露戦争とともに帝国主義的近代に入っていく。和辻ら明治後期の青年における近代意識の形成は、眼前の近代への批判意識の生起とともになされるものであった。あるいはむしろ批判意識とともに近代が彼らに自覚されるのである。青年和辻の最初の著書が『ニイチェ研究』であることは象徴的である。彼らは近代にそれが作る偶像の破壊を通して向き合うことになるのである。(2016/02/11)


パリの芸術家 パタフィジシャンの画家、ゴルゴ・パタゲイ氏に聞く
フランスには前衛芸術の流れが19世紀から脈々と流れており、その思想的源流の一つがアルフレッド・ジャリの文学世界に霊感を得て世界を違った視点から眺める「コレージュドパタフィジック」という流派です。この流派には作家のボリス・ヴィアンやレイモン・クノー、ジョルジュ・ペレック、詩人のジャック・プレヴェール、映画監督のルネ・クレールなどが参加しており、文学のみならず美術や映画など多くのジャンルに影響を及ぼしてきました。彼らはパタフィジシャンと呼ばれています。今回、パタフィジシャンの画家であるゴルゴ・パタゲイ(オウム、パタフィジシャン)氏に話を聞きました。(2016/02/09)


【核を詠う】(204) 「短歌研究」誌の「2015綜合年刊歌集』から原子力詠を読む◆ 崋己責任誰が取るのか靄の中経済と言ふ二文字が走る」 山崎芳彦
 九州電力の川内原発1、2号機が昨年後半に再稼働したのに続いて、この1月末に関西電力高浜原発3号機がプルサーマル発電を開始し、2月中には同4号機も発電を始める。安倍政権の下で原子力発電をはじめ、原子力の利用推進に共通の利害関心を持ち共に支え合い、共同する広範にわたる「原子力複合体」の動きは激しい。その勢力がまず目指すのは国内の原子力発電の復活、「福島原発事故以前」への回帰であり、その上に立って日本の原発モデルの海外への輸出や原子力関連事業の拡大に違いない。「3・11」以前にこの国を戻すことによって、「3・11」を飛び越えた地点に着地しようとするのだが、その先に何があるのだろうか。「戦後」から「戦前」へ、そして「戦中」に行きかねない時代への道を作っている安倍政権とその仲間たちと、「原子力複合体」は重なっている。危うい「現在」である。改憲の旗を掲げ、首相に"国民総動員"の権力を与えかねない「緊急事態条項」の新設すら言う安倍首相が、この夏に衆参同時選挙に打って出る可能性もある。(2016/02/09)


音楽にかける青春 ミラン・ルジェハークさん 留学先のストックホルムからの手紙 Milan Řehák ’Letter from Stockholm’
 プラハでアコーディオン奏者を目指して修行に勤しんできた音楽学生のミラン・ルジェハークさんが、昨年秋、スウェーデンに留学しました。ルジェハークさんは期待の新星で、この数年、パルドゥビツェ(チェコ)やプーラ(クロアチア)やサンクトペテルブルク(ロシア)などで開かれた国際コンクールで優勝を何度も経験しています。そして新しい冒険の地、ストックホルムから手紙が届きました。「 スウェーデンでの今の生活はこの地に留学したかった思いの結果によるものです。その思いは満たされています!ストックホルム王立音楽学校でAnita Agnas先生の指導を受けているんです」(2016/02/08)


【核を詠う】(203) 「短歌研究」誌の『2015綜合年刊歌集』から原子力詠を読む  屬里召泙兇觝堂堝への動きにてさきの川内けふの高浜」 山崎芳彦
 今回から、月刊短歌総合誌「短歌研究」(短歌研究社刊)が「2016短歌年鑑」として発行した2015年12月号に収載した「2015綜合年刊歌集」から原子力にかかわって詠われた作品を読む。この年刊歌集は、短歌研究社編集部が「寄贈を受けた短歌綜合誌及び全国結社短歌雑誌等に掲載のものより選出」した作品と「平成27年に寄贈を受けた歌集から2首を基準に採録した」作品群で、4000余名の歌人の作になる約1万2000首が収録されている。その作品群から筆者が原子力詠として読んだ歌を抄出した。誤読、作者の意図に添わない抄出があることを恐れるが、あればご容赦を乞う。(2016/01/29)


「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ)
 マイナス20度の世界になり、外に出ると耳がキーンとしてくる底冷えの嬬恋村の真冬は、厳寒一色の銀世界。夜な夜な温かいものに飢えるこの季節は、色とりどりのスープが身も心も温めてくれます。フランスも嬬恋もあたたかなスープは母の味わい。今回はそんなスープの話です。出勤時間が徒歩で3分ほどのホテルまでの路も、夜間に雪が降り積もったあとの早番の出勤だと、一歩ずつスノーブーツで踏みしめながら前に進み、積もり具合によっては10分以上かかります。嬬恋の冬の室内はホテルも家も、ボイラーで炊く暖房の副作用でとても乾燥して、慢性的な冬の脱水状態が続きます。からっからで唇もかさかさ。仕事していてもリップクリームと水分補給は必須です。(2016/01/22)


ブルキナ・ファソのテロ事件で写真家/ビデアストのレイラ・アラウィ(LEILA ALAOUI)氏も死亡 〜マグレブ地方の人々や欧州へ越境した人々の息吹を伝える写真家・ビデオ芸術家だったようだ〜
  写真家でビデオ・アーチストでもあるレイラ・アラウィ氏がアフリカのブルキナファソの首都、ワガドゥグーで1月15日に起きたテロ事件で重傷を負い、3日後の18日に亡くなった。ビデアスト(ビデオアーチスト)、写真家として、ルーツの地であるモロッコなどを旅して、多様な文化の足跡や、フランスに移民したマグレブ地方の労働者らの声を伝えてきた。(2016/01/19)


【核を詠う】(202) 『朝日歌壇2014』から原子力詠を読む(3) 「体内に残留放射能もつ不安おしこめて生きし六十九年」 山崎芳彦
 「不意打ちの水爆実験の報を聞く 金時鐘(きむしじょん)の回想記を読みゐるさなか」(金時鐘著『朝鮮と日本に生きる』を読んでいるときに、北朝鮮の水爆実験を知った。) 山崎芳彦  短歌表現とは言えないが、1月6日の北朝鮮の水爆実験を知った時の1首である。(2016/01/17)


【核を詠う】(201) 『朝日歌壇2014』から原子力詠を読む(2) 「福島に手当求めて流れ着く作業員という我らも難民」 山崎芳彦
 関西電力高浜原発3、4号機の再稼働について福井地裁が昨年4月に運転差止め仮処分決定の「樋口判決」が出されたのに対して、その8か月後の12月24日に、同裁判所(林潤裁判長)はその仮処分命令を取り消す決定を行い、政府・電力企業の意に添い高浜原発再稼働への道を開いた。関西電力は、その翌日には3号機への核燃料の装着を開始し、この1月下旬には運転を開始する予定だ。運転差し止め仮処分命令を発令した判断が、福島原発事故の教訓を真摯に受け止め、人びとの心を打つ内容だったのに対して、今回の「再稼働の結論ありき」といえる決定は、万が一にも高浜原発の重大事故が起きた場合の責任を自覚したものとはいえず、ただ政府と原子力規制委員会の「新規制基準に合格」を丸呑みした不当な決定である。そして、この決定を受けて関西電力が高浜原発で開始するのは、プルトニウムとウランを混合したMOX燃料を使用するプルサーマル発電であることに注目、警戒しなければならない。安倍政府が「国策」として推進しようとする核燃料サイクル事業の一環をなすものであり、まさに原子力エネルギー依存体制への回帰・逆走が始まる一歩である。(2016/01/04)


ホーネッカー・ジョーク
  密告や監視が日常的に行われる世界を好む人々はいるのでしょうか。独裁国家は言論の自由が奪われた世界です。独裁国家では人々は抑圧されるために、政治指導者を風刺するジョークがたくさん作られるます。ベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツにもホーネッカー・ジョークと呼ばれるものがありました。(2015/12/25)


【核を詠う】(200)『朝日歌壇2014』から原子力詠を読む(1) 「原発の輸出を約し握手する総理テレビに笑みを浮かべて」 山崎芳彦
 今回から『朝日歌壇2014』(朝日新聞出版、2015年4月30日刊)から原子力詠を読む。同書は、朝日新聞が毎週月曜日に掲載している「朝日歌壇」の入選作品を収録しており、今回読むのは2014年1月〜12月の作品であり、筆者の読みによる原子力詠を抄出させていただく。馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏各氏が選者であり、各回4氏がそれぞれ10首を選んでいるが、共選の作品もある。投稿作品は膨大な数に上る中からの入選作品であり、したがって入選作以外に様々な優れた、貴重な作品群があるに違いないと思いながら、特に筆者は原子力詠として読んだ作品のみを抄出させていただくので、選ばれなかった作品についていろいろなことを想像することもある。また、入選作品をすべて読みながら、心に深く残り、感動させられる作品に出会いながら、別途、ノートに記録してもいる。やはり、新聞歌壇ならではの社会詠、とりわけ戦争と平和、人権、格差社会の中での生活などを短歌表現している作品に注目する。(2015/12/22)


コンゴ出身の作家アラン・マバンクウ氏がコレージュ・ド・フランス教授に 3つの大陸で黒人の生と文学を見つめる 3月17日に就任記念講義
 コンゴ出身の黒人作家アラン・マバンクウ氏がフランスの高等文化教育機関コレージュ・ド・フランスの教授に選出されました。来年3月17日に就任記念講義を行う予定です。講義のテーマは「アフリカの黒人に焦点を当てた、植民地における文学について」。コレージュ・ド・フランスの教授には哲学者のアンリ・ベルクソンやミシェル・フーコー、歴史学者のフェルナン・ブローデル、人類学者のクロード・レヴィ=ストロース、社会学者のピエール・ブルデューなど、フランスを代表する知識人が就任しています。しかし、一般の大学と異なり、講義が市民に開かれているのが特徴です。(2015/12/18)


【核を詠う】(199)『現代万葉集』(2014年・15年)の原子力詠を読む(3) 「被爆せし人間として生きる身の救えぬままのフクシマ四年目」 山崎芳彦
 『現代万葉集』(2014年・2015年)から原子力詠(筆者の読みによる)を読み記録しているが、今回で終る。今回は作品の抄出に先立って、前回に記した「世界核被害者フォーラム」(11月21日〜23日、広島市に海外9ヵ国からの参加を含め約900人)において採択された「フクシマを忘れない、繰り返させない特別アピール」全文を記しておきたい。「来年はチェルノブイリ原発事故から30年、フクシマから5年という節目の年を迎える。私たちは『核と人類は共存できない』という原点に立ち、世界中が原発に頼らない再生可能なエネルギーへの転換を図るとともに、核兵器の廃絶をめざし、人類の生存とこの地球を守るために、繋がりあい連帯しながら行動する。。このことを特別アピールとして決議し、チェルノブイリとフクシマの思いと痛みを自らの問題として受け止め、みんなの行動で核のない未来の実現を目指していこう。」との呼びかけである。(2015/12/14)


【核を詠う】(198) 『現代万葉集』(2014・15年)の原発詠を読む(2) 「公のテロではないのか 海が死に民族が死ぬ原発事故は」 山崎芳彦
 前回に引き続いて『2014年版現代万葉集』から、原子力詠を抄出・記録する。前回は「東日本大震災」の項にまとめられた作品群からの抄出だったこともあり原発事故にかかわる歌が多かったが、今回はそれ以外の項目全体から筆者の読みによる原子力詠を抄出させていただくことから、原発にかかわる作品とともに原爆を詠った作品が少なくない。ともに「核被害」であり、原子力エネルギーの、あってはならない「利用」がもたらした人間の苦難、将来にわたっての地球的レベルでの苦しみと破綻につながる道筋の中での原爆被害、原発被害を経験しているこの国の人々が様々な方法で、そのことを明らかにし、伝え、破滅への道を閉ざす課題を担っていることを思えば、短歌文学にかかわり、作品を創造している全国の歌人、詠う人びとの作品は貴重であると思いながら、読ませていただいている。(2015/12/06)


ティパサの1日 アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリアのジャーナリスト)Abdelmadjid Benkaci
 今日のティパサの写真です。晴れやかな1日で、多くのアルジェリア人の訪問者がいましたが、外国人の姿も見かけました。お目当ては古代ローマ時代の遺跡です。ティパサに来ると、古代ローマの歴史の一端に触れることができるのです。でも、それだけでなく、ティパサには太陽と海と森があります。監視人をたくさん雇う予算がないので、みんなでこれらの遺跡を守る必要があります。そのためには健全な公共精神が欠かせません。(2015/11/29)


【核を詠う】(197) 『現代万葉集』(2014・2015年)の原子力詠を読む(1) 「半減期三十年後は百十歳天網恢恢疎にして漏らす」 山崎芳彦
 短歌界最大の超結社歌人団体である日本歌人クラブ(三枝昂之会長)は2000年から毎年、全国の歌人に自選3首の応募を呼びかけ、編纂した日本歌人クラブアンソロジー『現代万葉集』を刊行(日本歌人クラブ編、NHK出版発行)している。この連載の中では、以前に『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読み抄出、記録させていただいたが、東日本大地震・福島原発事故後に歌人がこの大事件をとらえて短歌表現した数多くの貴重な、後世に残すべき作品を読んで、改めてこの国の短歌文学の果たしている一つの重要な役割について考えさせられたことを思い起す。今回からは、2014年版、2015年版の『現代万葉集』を読み、筆者が原子力詠として読んだ作品を記録させていただく。2013年、2014年に作られ『現代万葉集』に収載された作品群からの抄出になる。非力な筆者だが、両歌集合せて約12000首に及ぶ全作品を読み、原子力詠としてとらえた作品を抄出したのだが、誤読、読み落としがあることをお詫びしお許しを乞いたい。(2015/11/28)


「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ  原田理(フランス料理シェフ)
  時間に余裕がなく、さくっと食事を済ませたいという時によく作るのがサンドイッチ。フランスでも手軽な日常の食事として楽しまれているサンドイッチは忙しい日々の強い味方です。なによりカトラリーを使わずに食べることが出来て、後片付けの手間が少ないのが魅力です。重石だけあればいいのですから。(2015/11/27)


テロと報復戦争の時代に ベルギー出身の作家ジャン=フィリップ・トゥーサン氏は・・・
 かつてフランスの哲学者・作家・批評家のサルトルは「飢えた子供の前で文学に何が可能か」と問いかけたことがあった。今、身近に進行しているテロや戦争といった危険な空気の中で、ベルギー出身でフランスで出版活動を続けてきた作家のジャン=フィリップ・トゥーサン氏は新作「フットボール」(サッカー)の中から、次の引用をして、自分の思いを伝えている。(2015/11/25)


Cinema à la maison「シネマ アラメゾン」 わが青春の「タイタニック」 〜つくづく女は恐ろしく、偉大だ〜 原田理
貧しくも誇り高い青年と人生に戸惑う上流階級の娘が偶然にも、豪華客船「タイタニック」に乗り合わせ、恋に落ち、結ばれるが、船は処女航海で氷山と接触し沈没する。年老いた娘は人生の最後まで秘めていた秘密を打ち明け、最後に安らかに眠るストーリー。封切ってすぐには大ヒットしなかったのだが、結果は当時史上最高の興行収入になってしまった。ネットでの情報交換が現代ほど頻繁でなかった時代のこと、口コミロングランでじわじわと感動を引き寄せ、史上最高まで延びたという見方もおおいに出来る。アカデミー賞でも11部門に輝き、主題歌を歌ったセリーヌ・ディオンの知名度も飛躍的に上がった。(2015/11/24)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(7) 「日経歌壇・産経歌壇」(7〜9月) 「100時間それはたったの4日間4日で国是覆すとは」 山崎芳彦
今回は日経新聞の「歌壇」、産経新聞の「産経歌壇」(いずれも7〜9月)の入選・掲載作品から、戦争法にかかわる短歌と筆者が読んだ作品を記録させていただく。これまで、各新聞歌壇の7〜9月間の入選・掲載短歌作品から、筆者の読みで、戦争法にかかわる作品を記録してきたが、この八月を含む夏の時期だから、戦争、原爆被爆の体験や記憶などを詠った作品が多く、作者からは「戦争法」とかかわって作歌したわけではないとの指摘を受ける作品が含まれることと思っている。筆者としては、そのことを考えなかったわけではないが、「戦争法案」をめぐる社会の激動のなかで、戦争にかかわって詠われた新聞歌壇の作品を抄出・記録することは意味あることと考えて行ってきたことであり、「主観・独断」の批判があれば甘んじて受けるつもりであることを、記しておきたい。それにしても、この夏、戦争について、様々に、豊かに詠われたことは確かだし、大切なことだったと、改めて思っている。(2015/11/19)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(6) 「東京歌壇」(7〜9月) 「切れ目なく人波つづき国会を呑みこむ人の海となりたり」 山崎芳彦
 今回は東京新聞の「東京歌壇」(7〜9月)の作品から戦争法にかかわる歌として筆者が読んだ短歌を記録させていただくが、その前に同紙が今年一月一日から毎日、朝刊一面上段の左に掲載している画期的というべき「平和の俳句」(中日新聞、北陸中日新聞、中日新聞inしずおかとの共同企画、募集作品から金子兜太・いとうせいこう両氏が選)が、当初計画の戦後70年の今年一年間から、来年以降も継続することになったことを知った喜びを記しておきたい。多くの読者からの心からの要望、意見に応えての継続であり、選者の金子兜太、いとうせいこう両氏の希望でもあるという。このことは、「平和」を守ろう、もっと平和な社会、世界をと願う人々に敵対し、逆行する危険な政治が、いままさに行われている中での快挙であり、平和を求める様々な運動への励まし、共同の意思、ジャーナリズムの見事な立ち姿を示すものであると感動している。戦争法に反対する運動の中で力強く掲げられた金子兜太さんの筆になるプラカード、ポスター「アベ政治を許さない」は今後も掲げ続けられるのだと思う。(2015/11/09)


「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ)
 美しかった紅葉も散り、落ち葉が道路をおおい始め、木々が裸になって冬の足音が聞こえてくると、初めて嬬恋に来た頃を毎年思い出します。あの頃の自分はひどく落ち込んでいて、肉体的にも精神的にも人生最悪とも言える状態でしたが、軽井沢の駅からシャトルバスに乗り、山道を進むうちに標高による気圧で耳の中がつんとしながらも、窓の外に見える、雪がうっすら積もった林と、壮大な浅間山がきらきらと美しかったのを昨日のことのように覚えています。(2015/11/04)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(5) 「読売歌壇」(7〜9月) 「ひたひたと足音迫り来る気配われの青春奪ひし戦の」 山崎芳彦
 今回は読売新聞の「読売歌壇」から、戦争法にかかわっての短歌と筆者が読んだ作品を抄出、記録させていただくが、「戦争法にかかわって」というのが的を得ているか、異論も出るかもしれないとも思っている。現在、大きな問題として、安倍政権が「成立」を強行した安保法制をめぐって詠われた作品というより、先の戦争の記憶や、体験がを多く歌われている。しかし、それらの作品が、戦争法の強行採決や、解釈改憲による現行憲法の「破壊」などをめぐる社会的な激動、老若男女を問わない広範な人々の多様な運動などによって、改めて触発されて、戦争を詠うということも少なくなかったのかとも思う。「読売歌壇」の場合、選者(岡野弘彦、小池 光、栗木京子、俵万智の4氏)を選んでの投稿ができる。そのことも影響があるのかと思ったりもする。戦争法に直接かかわっての歌の多寡の是非を言うつもりはないし、いまこの時に、戦争について詠い、考えることの意味は、やはり重いものがあると考える。(2015/11/02)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(4) 「朝日歌壇」(7〜9月) 「総理大臣からその国を守らねばならないといふこの国の危機」 山崎芳彦
 「人間の常識を超え学識を超えておこれり日本世界と戦ふ」(南原繁) この短歌は、南原繁(政治学者、元東京帝国大学総長)の作品で、『昭和萬葉集』の第一回配本となった巻六(昭和54年2月8日刊行)の冒頭の一首である。昭和十六年十二月八日、米英に宣戦の証書が詔書を発布した日の短歌であるこの歌は、南原繁の唯一の歌集とされる『形相』(初版は昭和23年3月、創元社刊、昭和43年6月に図書月販<後のほるぷ社>が復刊、昭和59年7月に岩波文庫版が刊行)によるもの。この作品について、『昭和萬葉集』の編集協力に携わった歌人の来嶋靖生は、「この巻頭の一首は『昭和萬葉集』全体の存在意義を秘めた、大きな一首である。言うまでもなく、その後の国の動向、現在の国の状況などを思うとこの一首の暗示するものは限りなく深く、大きく、かつ重い」(月刊歌誌「短歌研究」2015年8月号の「文化的想像力いま何処―『昭和萬葉集』の思い出」)と書いている。(2015/10/25)


「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ)
  ここ嬬恋村は一年を通して冷涼な気候が特徴ですが、夏が涼しくて過ごしやすいぶん、紅葉が落ち始める今時分から始まる冬の寒さはとても厳しいです。比較的早く溶けるとは言っても、しっかりと積もる雪とマイナス15度の氷点下の世界です。暖房はしっかり効いていますが、湿気のなさは如何ともしがたく、30数パーセントの湿度では肌ものどもからからです。そんな日々が11月〜4月後半の半年間続きます。乾燥した長い冬の部屋に閉じこもるしかない日には、温かい料理を用意しながらキッチンの火口の前にへばりついていたいものです。今回はそんな日に作る煮込み料理の話を。(2015/10/21)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(3) 「朝日歌壇」(7〜9月)◆ 峪笋総理だからと云ふ総理だから危険と感じる我ら」 山崎芳彦
 前回に続いて『朝日歌壇』(朝日新聞)に掲載の短歌作品から、戦争法にかかわって詠われたと筆者が読んだ作品を抄出、記録するが、各紙の新聞歌壇を読みながら『朝日歌壇』の入選歌に戦争法にかかわる作品が他紙と比べ格段に多いことを改めて感じている。戦争法というべき安倍政権の「安保法制」をめぐって国民的な議論がかなりの期間にわたって行なわれ、「戦争法案反対」の声と運動の大きな高まりのなかで、それをわが事として多くの短歌作品を詠んだ作品が増えていることを『朝日歌壇』が映しているのだろうと思う。それは、同歌壇への投稿作者の作歌のありようと選者の視点ともかかわることであろうが、選者の一人である佐佐木幸綱は、2014年『朝日歌壇』において、次のように書いている。「社会詠の増加」と題する文章だが「大きな流れとしては、個人の日常の生活に取材した投稿作が圧倒的に多い、そんな時代がつづきました。それが一昨年後半から昨年にかけて、流れが変わってきたような気がします。」として、次のように社会詠の増加について述べているが、それがいまも続いているといえよう。(2015/10/16)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に読む戦争法詠(2) 「朝日歌壇」(7〜9月)  崋禺圓貿筏擇靴呂犬畫欧に反戦デモは報道さるる」 山崎芳彦
 「日本の資本家が彼等の企業の危機を侵略によって開こうとし、冒険的な日本陸軍がそれに和した結果、私は三八式小銃と手榴弾(しゅりゅうだん)一個をもって比島へ来た。ルーズベルトが世界のデモクラシイを武力によって維持しようと決意した結果、あの無邪気な若者が自動小銃を下げて私の前に現われた。こうして我々の間には個人的に何等殺し合う理由がないにも拘らず、我々は殺し合わねばならぬ。それが国是であるからだが、しかしこの国是は必ずしも我々が選んだものではない。」という、大岡昇平の小説『俘虜記』の一節を、筆者は新聞歌壇から戦争法にかかわって詠われたと読んだ短歌作品を記録しながら、不意に思いだし、昭和42年発行の新潮文庫版を本棚から探し出し、既に赤茶けたページを繰って確かめた。『俘虜記』と並んで昭和29年発行の同文庫の『野火』もあった。読み返し始めている。読みながら、戦争法が「成立」した現在について、思うことは多いし、戦争に向かう国家権力の本質についての示唆を受けている。(2015/10/09)


【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に読む戦争法詠(1) 「毎日歌壇」(7〜9月)「狼が来るぞと言へばまとまるや 安保論議のやり方憎し」 山崎芳彦
 安倍首相は国連の総会をはじめ各種会議での発言、核国首脳との個別会談において、安保法制(戦争法)の成立をさかんに吹聴しながら、日本の国連常任理事国入りの画策をしている。戦争法は米国から歓迎されているが、その他の国々の受止めは一様ではない。その戦争法が日本の主権者の猛反対、憲法学者や元最高裁判事、元法制局長官らの違憲宣告、大きな戦争法反対のうねりを無視して、全国から駆け付けた人びとが国会を包囲して戦争法の廃案を求める中で、主権者の声を聞かない国会議員の頭数のみを力としての強行採決によって「成立」したものであること、自ら「国民の理解は得られていない」と認めている法制であることは、もちろん言うはずもない。これからも安倍首相は、あらゆる機会をとらえて「積極的平和主義」、「国際貢献」、「同盟強化」などを言いながら、戦争法の宣伝を続けるだろう。だが、言えば言うほど、自衛隊、武力の行使拡大への懸念と不信が国際的に広がる可能性も強い。かつての軍国主義日本への記憶を甦らせる国やその国民は少なくないに違いないし疑念を募らせる国も多いだろう。(2015/10/03)


シャルリー・エブドのシリア難民を扱った風刺画について 〜批判に対する作者RISSの反論〜 Ryoka
  今週号のシャルリー・エブドで、難民の風刺画に対する批判に複数のメンバーが言及しています。その中でも問題とされる風刺画を書いた張本人のRISSが社説で反論しているので訳しました。 (2015/10/02)


音楽にかける青春 フランク・ルッソ(Franck Russo 29歳)「プラハの春」に入賞 クラシックに限らず幅広い音楽に挑戦中のパリの新進演奏家 J'ai toujours aimé les projets originaux et m'exprimer de toutes les manières possibles. (Franck Russo)
   クラリネット演奏家のフランク・ルッソさん(Franck Russo, 29)は今、パリで活躍中の新進音楽家です。今年の5月には「プラハの春」クラリネット国際コンクールで3位に輝きました。クラシック音楽だけでなく、実に幅広い挑戦を続けているルッソさんに、これまでの音楽修行や今後の活動などについてお聞きしました。Q 今、どこに住んでいますか A  僕はパリ国立高等音楽院に進学して以来、パリに住んでいます。パリは信じられないような都会で、とくに芸術家にとっては発展を遂げるにはなくてはならない場所だと思います。この街で多くの大切な人に出会い、彼らのおかげで今日の自分があるのだと思っています。音楽の教授たち、友人、そして共演仲間たち。演奏仲間たちとは本当に親友になって、いくつものプロジェクトを実現できました。(2015/09/27)


【核を詠う】(196) 『福島県短歌選集 平成25・26年度』の原子力詠を読む(9) 「汚染土を潜り抜け来し蝉ならん声明(しょうみょう)のごと森を震わす」 山崎芳彦
 『福島県短歌選集』(福島県歌人会発行)の平成25年度版、26年度版を読ませていただき、集中の原子力詠を抄出させていただいてきたが、今回が最後になる。今回、同選集の作品に入る前に、勝手ながら筆者の拙い短歌の数首を、冷や汗を掻きながら記すことをお許し願いたい。安倍政権による許しがたい戦争法強行採決による「成立」のあと、彼岸詣りをしながら、この夏に詠った短歌の一部を思い起した。(2015/09/22)


嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ)
  群馬県・嬬恋村は野菜が豊富です。名物のキャベツをはじめ近隣の直売所ではいろいろな野菜を売っています。週に一回の妻との買出しも野菜を買いに行くことがメインのイベント。一週分の野菜を買いにランチがてら軽井沢まで行き、かごにいっぱい買ってきて、二人で冷蔵庫に収めるというのが二人そろった休日の定番コースです。群馬県はナスも特産で、ここ嬬恋の直売所にもたくさん並んでいます。特に丸ナスは最高です。(2015/09/20)


Cinema à la maison 「シネマ アラメゾン」 愛しの「トゥルーロマンス」 〜タランティーノの知られざる原風景〜 原田理
 1994年、クエンテイン・タランティーノが監督二作目でいきなりカンヌの大賞に輝いたとき、世界の映画ファンは狂喜した。一映画マニア(それもかなりのオタク)が突然、伝説の監督になってしまったのだ。まさに映画のストーリーそのもの。そのタランティーノが世界に認められる前の知られざる1ページを垣間見ることできる作品が、彼の処女作といってもいい1993年に公開された「トゥルーロマンス」。血と暴力に満ちた破天荒のロードムービーだ。だが、同時に、行きずりの若い男女に芽生えた究極の愛の物語でもある。(2015/09/19)


アルジェリアからの手紙 生贄の祭りが今年も近づいてきた・・・ アブデルマジド・ベンカシ(アルジェリア人ジャーナリスト Abdelmadjid Benkaci)
   イスラム教徒の生贄の祭りは何世紀にも渡って行われてきた宗教儀式です。歴史によればAid El Kebirないしは生贄の祭りとはアブラハム(イブラヒム)の逸話にちなんだものです。アブラハムは神から息子のイシュマエルを生贄にするように命じられ、神に服従の姿勢を示すために実際にイシュマエルを殺そうとしました。その時、神はアブラハムに一頭の羊を送り、その羊を息子の身代わりとして生贄にささげよ、と命じたのです。(2015/09/13)


嬬恋村のフランス料理7 無限の可能性をもつパスタ 原田理(フランス料理シェフ)
  フランス料理ではありませんが、ピザやパスタ、サンドイッチと言った、いわゆる粉ものの洋食は、日本人の生活に浸透しきった感のある西洋料理です。僕自身このどれもが大好きですが、好きな理由は作るときの手軽さもあるように思います。今回はそんな日常の食事の代表「パスタ」の話を。職場でも家庭でもパスタは人気の料理です。麺の種類が豊富で、ソースや味付けも無限大。何より日本人は麺が大好きです。(2015/09/11)


【核を詠う】(195) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)から原子力詠を読む(8) 「収束のつかぬ原発汚染水に基準値超えるノドグロの出づ」 山崎芳彦
 『福島県短歌選集』を読み続けているが、筆者の事情で前回から長く間を空けてしまったことをお詫びしなければならない。この間、戦争法案をめぐって、その廃案を求める大きな運動が前進して、さらに広がりを見せていることに、憲法破壊・唯我独尊の安倍政権の許しがたい政治への怒りの高まりに、小さくとも筆者自身にできることを為していきたいとの思いは強い。福島第一原発事故による被災にかかわって詠われた作品を抄出させていただきながら、改めて原子力発電がひとたび過酷事故を引き起こせば、人々の生活をどれほど深刻な苦難に陥らせるものかについて考えさせられ、同時にその苦しみや困難の現実の中で、確かな日々の生活を5年を越えて維持している人びとについて、思うことは多く、きれいごとだけでは済まされないさまざまな「生」の姿があるに違いない。原発事故被災により強いられた苦難の数々があるに違いない。戦争法を企む安倍政権は、事故被害者の苦しみの現実を無視し、環境破壊の深刻さを無視し、「原発回帰」にまっしぐらである。それだけでなく、核燃料サイクル事業の現実化への取り組みを策謀している。その陰に核兵器保有への企みが見える。(2015/09/08)


「嬬恋村のフランス料理」6 デザートの喜び 原田理(フランス料理シェフ)
  今日はしっかり料理を作りこんで、愛妻や仲間たちと食卓を囲みたい、という時の夕食に必要なのがデザート。美味しいデザートは食事の最後を甘美な時間で締めくくってくれます。レストランで締めに提供するデザートだと和やかさも大事ですが、どちらかと言うと、それまでの料理よりも華やかにと意識して作り、提供することが多いのですが、家庭ではフィナーレは和やかに。これが家庭とレストランのデザートを分けるポイントかもしれません。(2015/09/05)


「嬬恋村のフランス料理」5 衝撃的なフォワグラ 原田理(フランス料理シェフ)
  最近ではいろいろと、良い面悪い面が取りざたされることが多いですが、フランス料理にとってなくてはならない食材、それが「フォワグラ」です。賛否両論ある中で、今回は勇気を持ってフォワグラについて書くことにしました。書籍で呼んで知ってはいたものの、実際にフォワグラを食べたのは、修行時代にシェフが焼いたものを食べさせてもらったときでした。今でもわすれない、衝撃的にうまかったことを覚えています。(2015/08/27)


人生初のライブまであと一週間 勝浦出身の女性シンガー、川村絵理さんに聞く
  この8月末に人生で初めてステージで歌う女性がいます。川村絵理さん(42才)。東京・小岩のミュージックパブがその舞台。川村さんが生まれ育ったのは千葉県勝浦市、国内有数のカツオが水揚げされる港町です。歌が好きだった川村さんは高校を卒業して上京した後、身体障害者の施設で働きながら、その間もカラオケなどで歌い続けてきました。今、思いがかなって初めてのステージ。一週間後にライブを控え、準備に追われる川村さんに話を聞きしました。(2015/08/23)


音楽にかける青春 バイオリン奏者 ルドミラ・パヴロヴァー Ludmila Pavlová 人は演奏している音楽とともに生きていかなくてはならないことを知りました
  音楽の街、プラハ。この秋、プラハでの音楽の勉強を一段落して、ウィーンに旅立とうとする若いバイオリニストがいます。ルドミラ・パヴロヴァーさん、21歳。現在、プラハ芸術アカデミー音楽学部の生徒です。昨年の夏、著名なバイオリニスト、ヴァーツラフ・フデチェク氏の夏期講習で一番優秀なバイオリニストの学生に選ばれた彼女は演奏旅行にも同行して経験を積むことができました。ソロイストとして、これから大きな未来があるルドミラ・パヴロヴァーさんに音楽修行についてお聞きしました。 (2015/08/20)


【核を詠う】(194) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)から原子力詠を読む(7) 「中間貯蔵施設容認 ふくしまののうぜんかづら燃えている天」 山崎芳彦
 九州電力川内原発1号機の再稼働の暴挙、無謀に対する警告のように桜島(鹿児島市)の火山噴火が激しくなり、噴火警戒レベルが引き上げられ、さらに大規模な噴火の発生の可能性が高いと、気象庁が警戒を呼び掛けている。噴火警戒レベルが4(避難準備)に引き上げられ、避難も始まった。大事に至らないことを願うが、この桜島の噴火について川内原発の再稼働問題とかかわっての重大事象として大きく取り上げられることが多くないことに、異様な感じを持つ。桜島火山は巨大噴火を起こすカルデラ火山(陥没地形)として、川内原発の再稼働との関わりで問題になった姶良(あいら)カルデラ内にあり、2.6万年前から活動が続いており、桜島火山のマグマ周りには260立方kmに及ぶマグマが蓄積されていると見られ、この半分の量が桜島火山として噴出したとしても超巨大噴火の可能性が否定できないという。それは、川内原発に隣接する姶良カルデラにおける超巨大噴火あるいは大規模噴火の可能性を完全に否定はできないということだとされる。(2015/08/19)


「嬬恋村のフランス料理」4 ほのぼのローストチキン 原田理(フランス料理シェフ) 
  ローストチキン、フランス語でプーレ ロティはフランス人たちにとっても、ちょっとしたご馳走。フランスの家庭でも休みの日になると、お父さんが「今日はプーレロティにするか!」などといって台所に立ち、料理を作る父親を尊敬のまなざしで見つめ、子供たちがわくわくしているようなイメージの家庭料理でしょうか。(2015/08/13)


【核を詠う】(193) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)から原子力詠を読む(6) 「被曝物行き場の無きを被曝してあらばわれらも行き場の無きや」 山崎芳彦
 まことに許しがたいことだが、九州電力の川内原発1号機が今日8月11日に起動して再稼働、14日には発電・送電を開始、9月上旬には営業運転に入る予定だ。東京電力福島原発の過酷事故発生からほぼ4年半、この間、大飯原発の一時的な再稼働(2012年7月〜13年9月)期間を除いては原発ゼロが続いたが、その間電力不足による「危機」はなく、再生可能自然エネルギーの拡大への取り組み、電力消費のあり方に関する社会的な関心の高まり、脱原子力エネルギー社会に向かおうとする広範な運動も活発になっている。原発維持・再稼働を目指す政府の方針、電力企業をはじめとする原子力マフィアグループに対する異議申し立ての声は高まり、この間、福井地裁による画期的な関西電力大飯原発「稼働差し止め判決」(2014年5月)、高浜原発3・4号機の「稼働禁止仮処分決定」(2015年4月)、さらに最近の東京第5検察審査会による東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3名を被疑者として福島第一原発事故による業務上過失致死傷罪を問う「強制起訴」の議決(2015年7月17日議決)などもある中での川内原発再稼働の暴挙だ。(2015/08/12)


女性映画監督ソルヴェイグ・アンスパック(Solveig Anspach)氏の早すぎる死
 女性映画監督のソルヴェイグ・アンスパック(Solveig Anspach)氏をご存知でしょうか。恥ずかしながら、筆者は知り得ませんでした。しかし、今月7日にまだ54歳の若さで癌で亡くなったと報じられており、特にフランス人の女性たちが非常に悲しんでいるようです。(2015/08/11)


セルビアの旅 『バルカンのスパイ』を5都市で公演2 公家義徳(俳優・演出家)
  セルビアの国民的作品『バルカンのスパイ』を日本人がどう演じるのか、注目が集まった。およそ10日間の公演で集まったメディアは150社にもおよび、演出の杉山剛志は毎日朝からテレビ出演、記者会見、セルビアで一躍時の人となる。日本を発つ前にはこんなこと想像もしていなかったのだから、ぼくたちは驚き、そして非常に興奮した毎日を送ることになった。(2015/08/09)


音楽にかける青春 アコーディオン奏者、ミラン・ルジェハークさん(21) 「アコーディオンは大きな可能性を秘めた未開拓の楽器」 'Accordion is an instrument with a great potential and with possibilities' (Milan Řehák)
  まだ21歳ながらこの数年、パルドゥビツェ(チェコ)やプーラ(クロアチア)やサンクトペテルブルク(ロシア)などで開かれた国際コンクールで優勝を何度も経験しているアコーディオン奏者がミラン・ルジェハーク(MILAN REHAK)さんです。アコーディオンと言えばパリのミュゼットやアルゼンチンのタンゴなどがすぐに思い浮かびますが、チェコではどんな風にアコーディオンが演奏されているのでしょうか。アコーディオン奏者の新星、ミラン・ルジェハークさんにお聞きしました。Recently MILAN REHAK got first prize on several international accordion contests such as Pardubice(Czech), Pula (Croatia) or Saint Petersburg(Russia).He is still 20 years old. When we hear a word 'accordion',we associate musette of Paris or tango of Argentina.But what music is played in Czech with accordion? Then I interviewed a young accordion master of Czech, MILAN REHAK.(2015/08/09)


【核を詠う】(192) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)の原子力詠を読む(5) 「原発に仲間も家族も引き裂かれ安住の場なく彷徨ふわれら」 山崎芳彦
 いま参議院の特別委員会で「戦争法」案の審議が続いているが、8月5日に中谷防衛大臣が答弁のなかで、自衛隊が核ミサイルの輸送、提供が可能であるとする発言を行った。戦争法案を構成する重要な法律である「重要影響事態法案」、「国際平和支援法案」における戦争中の他国軍への後方支援に関して、「後方支援」の輸送任務として核ミサイルの輸送を行うことは「法律上は排除していない」と答弁した。8月6日付朝日新聞朝刊によると、「法案では後方支援の「輸送」任務に、何を運ぶかの制限がなく弾薬も武器も輸送できるため、『核兵器、化学兵器、毒ガス兵器は輸送可能か』と問われた中谷氏は『法律上は排除していない』と答えた。後方支援の『補給』をめぐっても、中谷氏は核兵器を搭載した戦闘機や原子力潜水艦への補給は『法律上除外する規定はない。現に戦闘が行われていない現場であれば給油はできる。』と認めた」と報じている。付け加えて、非核三原則があるので核兵器輸送は想定していない、政策上の判断として実施しない、などと述べても、戦争法案が成立すれば自衛隊が核兵器を戦闘中の他国軍に提供することになることは、閣議決定のみで明白に憲法違反のことを合憲と解釈する政府のもとでは無意味である。8月6日の前日の出来事だ。(2015/08/06)


音楽にかける青春 プラハの春・国際クラリネットコンクールで優勝した韓国の Sang Yoon Kim 氏
  今年の五月、プラハの春・国際クラリネットコンクールで見事、第一位に輝いたのが韓国出身の青年、Sang Yoon Kim氏(27)でした。彼はいったいどのように音楽を磨いてきたのでしょうか?Sang Yoon Kimさんにインタビューを行ってみると、国境を越えてひたむきに音楽への夢を追いかけているひとりの青年の姿が見えてきました。Mr.Sang Yoon Kim, from South Korea, got the first prize on the international clarinet contest in Praha in May.He was 27 years old. I wonder how he developed his music so I interviewed him.(2015/08/04)


「嬬恋村のフランス料理」3   ぼくが嬬恋に来た理由  原田理(フランス料理シェフ)
 人生には自分のその後の方向性を変えてしまう出会いがある。と誰が言ったかはわかりませんが、少なくとも僕と総料理長の対面はそうだった様に思います。人生を賭けた店を、経営に対する疲れから後進に移譲した僕は、絶望のさなかにいました。生活、資金、時間、意志のすべてを投入したフランス料理店は、身内とは言え、別の経営者に移り変わり、15の時より目標であり、結果でもあった自分の分身ともいえる店舗はなくなってしまいました。自分の技術や気持ちを注入する先はもうなく、目の前にあるのはこの先の人生への不安です。もうフランス料理を、いや、お客様に料理そのものを作れないのではないだろうか、と。(2015/08/02)


音楽にかける青春 アンナ・パウロヴァー(クラリネット奏者) ’Now I cannot imagine my life without clarinet’ Anna Paulová
  音楽の都プラハ。この街でチェコ人の若い女性クラリネット奏者アンナ・パウロヴァーさんは暮らしています。この春、プラハで行われたプラハの春・国際クラリネットコンクールでは二位に輝きました。まだ21歳の音楽学生ですが、素晴らしい演奏をしています。将来の期待できる新人です。今回、パウロヴァーさんにインタビューを行いました。Anna Paulova lives in Praha, the city of music. She got second prize in an international clarinet contest at Praha this May. She has big talent and has a bright future as a soloist. Then I interviewed her about her life with music and clarinet.(2015/08/01)


トランス脂肪酸について 谷克彦(数学月間の会・世話人)
  米食品医薬品局(FDA)は16日,食用油などに含まれ,肥満や心臓病との関連が指摘されるトランス脂肪酸を,2018年6月までに食品添加物から全廃すると発表しました.日本でもトランス脂肪酸の低減をうたっている企業が出始めました.トランス脂肪酸は,マーガリンやクッキーを焼くのに使うショートニングオイルなどに含まれているそうです.トランス脂肪酸は悪玉コレステロールを増やすと言われています.また,アトピーなどにも悪影響がありそうです.脂肪酸のシス型とトランス型の分子構造について簡単にまとめておきます.(2015/07/30)


夏のジャズフェスの想い出 滝川雅弘(クラリネット奏者)
  想い出深い夏のジャズフェスは2005年の「国際クラリネットフェストTAMA東京」で、学生の時にジャズクラリネットを始めたきっかけとなったアイドル、バディ・デフランコ( Buddy DeFranco、クラリネット奏者) と同じステージで演奏出来た事です。(2015/07/29)


【核を詠う】(191) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)の原子力詠を読む(4) 「広島と長崎ありて福島あり核の連鎖を語気強く言ふ」 山崎芳彦
 衆議院で強行採決された「戦争法」案の審議が参議院で開始され、各種世論調査で圧倒的に多い反対の声を無視して、安倍政権はその成立に向けて突き進もうとしている。この国の主権者の戦争をする国になることを拒否する声も、憲法学者をはじめこの「戦争法」案が違憲だとする多くの人びとの声も、「憲法解釈権は我にあり」とする安倍首相は聞こうとしない。そして、この安倍政権は原発再稼働促進政権でもある。原発ゼロを求め、原子力社会からの脱却を求める人々の声も聞こうとはしない。戦争と原子力を重ねるとき、そこには人間否定の冷酷無惨な社会像が見える。それが安倍政権とその同調勢力が目指す政治がもたらす社会である。いま、福島歌人の短歌作品を読みながら、暑いこの夏を、原発事故被災者を苦しめ、心を冷えさせる安倍政権に対する怒りに共感することしばしばである。(2015/07/29)


「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ)
  ここ嬬恋村を車で走っていると、日本ではあまり見かけない広大なキャベツ畑に出くわします。そう、嬬恋村はキャベツの有名な産地、春夏の出荷量では全国一位です。高原が広がり冷涼なところがキャベツの栽培に適しているのです。山肌から平地にかけて広がるキャベツ畑は、この季節、最盛期を迎えます。そして、キャベツ畑の先に小高い丘があります。ここは「愛妻の丘」と呼ばれています。年に一度全国から夫婦が集まって、男が妻に愛を叫ぶイベント「キャベチュー」が行われます。(2015/07/28)


「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ)
  毎日木漏れ日を浴びながら夢から覚め、妻の入れたレモンティーを飲んでから、木立を3分ほど歩くと職場に到着。今日の朝食は慌しかっただろうかなどと考えながら、日を浴びて渡り廊下を歩み、自分のデスクに向かいます。ここは嬬恋村にある230室ほどのリゾートホテルで、たくさんの方が避暑に来るトップシーズンには、毎朝夕各600名分ほどの食事を提供します。僕の名前は原田理、料理の理と書いておさむです。フランス料理にささげた25年。料理人です。(2015/07/25)


ハン・ヨンスの写真 Photographs of Han Youngsoo 村上良太
  韓国人の写真家、ハン・ヨンスの作品に最初に触れたのは今年の春だった。白黒の風景の中に市井の生活があり、子供たちの生き生きとした日々が写し出されていた。未知の人だけれど、第一線の写真家に違いないと思った。 (2015/07/24)


ジャズは社会そのもの 滝川雅弘(クラリネット奏者)
  私がJazzを始めた20代の頃。大阪市谷九に今も有るSUBと云うJazz Clubのオーナーでベーシストの故西山満氏から『Jazzは誰かが走れば一緒に走る,誰かが遅れれば一緒に遅れる,と云う気持ちが無ければ演奏出来ません。』と教わりました。又、大学の先輩でピア二ストの竹下清志氏から『自分が間違ってると思う物に合わせたらだめ』とも教わりました。(2015/07/24)


【核を詠う】(190) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)の原子力詠を読む(3) 「決められぬ政治を拒否せる選択が決めすぎる政府となりたり 無念」 山崎芳彦
 「戦争ができる・戦争をする国」にするための「戦争法案」成立を急ぐ安倍政権・与党は7月15日に衆議院安保法制特別委員会で強行採決し、翌日に本会議でも可決した。「戦争法へ見ざる聞かざる嘘言ひ募る 強行採決の安倍政治は悪だ」。国会前に身を運ぶことができなかった筆者は、無念の思いでテレビの映像を見ながら歌ともいえないが、一首を口にした。今回の見出しの「決めすぎる政府となりたり 無念」と詠った福島歌人の、安倍政権の原発推進政策の非道に怒る一首とも重なる。戦争法を急ぐ安倍政権は、原発再稼働を急ぎ強行する政権でもある。九州電力川内原発に核燃料が搬入され、原子炉に装着する作業が始まり8月中旬の再稼働に向けて、最終段階にある。この15日には四国電力伊方原発3号機に対する原子力規制委員会の規制基準適合の審査書決定が行われた。川内原発再稼働を皮切りに原発列島への回帰のための流れ作業がすすむ。(2015/07/20)


レイナルド・アレナス著 「めくるめく世界」
  野心的な名作を手掛けてきた国書刊行会によるレイナルド・アレナスの小説「めくるめく世界」。アレナスはキューバの東部の町、オルギンの出身です。東部と言えばキューバでは貧農が多く、革命の揺籃となったのも東部の農村地帯でした。本書(原題は'El Mundo Alucinante')は国の独立と宗教の自由化を目指して教会と国家権力に追われ続けるメキシコ人のカトリック修道士の波乱万丈の物語です。この小説が世界で高く評価されている理由はアレナスが用いたリアリズムを越えた不思議な空想の世界が、苛酷な宗教弾圧のリアルな歴史に溶け込んで、独特の文学空間を創りだしているからに他なりません。(2015/07/14)


夏目漱石著 「吾輩ハ猫デアル」の復刻に挑戦 2
Q この本の技術上の特色は? A 明治期に西洋式造本を取り入れた際、書物の工芸的性格を払拭してこれを導入。その後、日本独自の装飾的装丁が施されて今日までの和式洋本装丁文化を創り上げてきたわけです。その善し悪しは別として、これは天麩羅、トンカツを始め、欧州ではお目にかかれない洋品小間物等と同列上にある現象で、「書物」とてこれらと同列であることを再認識したいという気持ちはありますね。それがどうした、と言われても困りますが…。(2015/07/05)


夏目漱石著 「吾輩ハ猫デアル」の復刻に挑戦 1
 この春、夏名漱石著「吾輩ハ猫デアル」が旧字体にルビをふって復刻されました。復刻にトライしたのは古い印刷技術である活版印刷機械を代々、所有する小さな独立印刷工房です。挿画も古い時代のものが掲載され、当時の読書の形が再現されました。復刻にトライした東京の九ポ堂の二代目の主、酒井道夫さんに話を聞きました。Q 九ポ堂の二代目の主、酒井さんはなぜ猫を復刻しようとそもそも思われたのか。(2015/07/05)


抽象絵画の世界 目に見える世界と見えない世界 トリスタン・バスティ(Tristan Bastit)氏
  抽象画家のトリスタン・バスティ氏に初めてお会いしたのは2002年の夏のこと。パリの書店で行われた文学の夕べでした。その時、バスティさんは毅然とした印象で少し怖い印象がありましたが、後にお会いしてみると、その時の印象とは裏腹に非常に温和で親切な人であることを知りました。現在、74歳のトリスタン・バスティさんはパリだけでなく、スペインやベルギーでも個展を続けています。妥協しない個性的な作風に人気が集まっているのです。(2015/07/03)


文化財をめぐる争いから平和と交流のための文化財返還運動に 有光健
2014年10月29日にソウル・故宮博物館講堂で開催された「文化財探し韓民族ネットワーク」の創立大会において、「韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議」を代表して講演した有光健さんの講演要旨です。(出典:韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2015)(2015/07/01)


【核を詠う】(188) 『福島県短歌選集』(平成25年度・26年度)から原子力詠を読む(1) 「原発事故にいくさを重ね思ひをり避難の列が黒々と見ゆ」 山崎芳彦
 今回から福島県歌人会の発行になる『福島県短歌選集』の平成25年度版(平成26年3月刊)、同26年度版(平成27年3月刊)に拠り、福島県の歌人が平成25〜26年に詠った原子力にかかわる(筆者の読みによる)短歌作品を読み、記録させていただく。この連載の76回目から数回にわたって同選集の平成23年度版(平成24年3月刊)を読ませていただいたことがあったが、福島第一原発事故直後の時期に詠われた福島歌人の作品群に強い感銘を受けるとともに、原発社会について多くのことを考えさせられる契機の一つとなったことを思い起す。今回は25年度版と26年度版の作品を読むわけだが、原発事故後の厳しい状況が続く中で、多くの福島歌人が詠った作品の集積だけに、歴史的にも貴重な意味を持つ短歌作品群であると考える。(2015/07/01)


作家のジャン=フィリップ・トゥーサン氏が生まれ故郷ブリュッセルの美術館で初個展 写真シリーズ「読書を愛する」と新作小説「風景の消失」
  この夏、トゥーサン氏は初めてベルギーで展覧会に参加し、写真や新作小説などを披露します。もともとトゥーサン氏はベルギーのブリュッセルで生まれたものの、13歳の時にパリに移り住んで、パリの大学で学びました。出版活動もパリがベースに。そんなトゥーサン氏にとって、今回のベルギーにおける展示は自らの故郷に帰ってきたような非常に大切な機会のようです。(2015/06/28)


【核を詠う】(187) 福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠を読む(3) 「廃炉への四十年は幻か先へ先へと延ばされてゆく」 山崎芳彦
前回に引き続き、福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』を読む。今回は第50号、51号から原子力詠を抄出し、記録させていただくが、この一連で既発行の同誌について読み終えることになる。同誌は今後も発行されて、会員各氏の貴重な作品を蓄積し、残し、伝え続けていく大きな役割を継続していくことになるに違いない。この連載の中で、また読むことができることを願いつつ、とりあえず今回で終る。「廃炉への四十年は幻か…」と、この51号に三好幸治さんの作品があるが、この6月12日に政府は関係閣僚会議で福島第一原発の廃炉に向けた工程を改訂し、1〜3号機の使用済み核燃料プールからの核燃料取り出し時期を「最大三年遅れとなる」ことなどを決め。福島の歌人である三好さんの洞察の確かさが作品で示された。そして「幻か先へ先へと延ばされてゆく」ことによる人々の苦悩と、それをもたらしている政府、東京電力をはじめ、原子力維持を推進する者たちへの怒りは、短歌を力として、鋭く深い。(2015/06/19)


【核を詠う】(186) 福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』の原子力詠を読む(2) 「原発の事故後をめらめら燃ゆるもの暴く心と隠す心と」 山崎芳彦
 前回に引き続き福島の歌人グループ「翔の会」の歌誌『翔』から原子力詠を読み、記録する。今回は同誌の第49号(平成26年11月29日発行)を読ませていただくのだが、福島原発事故の被災により背負わされた苦難の日々の中で詠われた短歌作品を読みながら、このほど政府・経済産業省が示し、7月にも政府案として正式決定される2030年度の電源構成(エネルギーミックス)において、原発比率を20〜22%としていることに、強い怒りを覚えないではいられない。原子力発電を純国産エネルギー源であり運転コストが低廉で、安定して供給できるベースロード電源として位置づけ、原発なしには必要な電力の供給が不可能であるとする、この原発回帰・重視の政府の電源構成案は、あの福島原発事故がなかった、人びとの苦しみもなかった、さらに今後も原発事故は起こらないと言うに等しいものだ。(2015/06/10)


【核を詠う】(185) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(1) 「庭の土入れ替へなりて除染といふ 入れ替へ叶はぬ心は如何に」 山崎芳彦
 今回から、福島の歌人グループ「翔の会」の季刊歌誌『翔』(編集・発行人 波汐國芳)の第47号(平成26年4月20日発行)〜第51号(同27年4月26日発行)の原子力詠を読み、記録させていただく。歌誌『翔』については、この連載の144回から148回まで、第35号(平成23年4月24日発行)〜第46号(同26年2月1日発行)迄の作品を読ませていただいたが、その後現在までに発行された号の作品を読み継ぐことになる。「翔の会」に参加している歌人14氏が福島の地で詠みつづけている短歌作品を継続して読むことができるのは、波汐さんはじめ会員方々のおかげであり、深く感謝するとともに、この連載の趣旨のために「原子力詠」にかぎっての抄出となり、記録できないすぐれた作品が少なくないことが、いつものことだが心残りとなる。お許しを願うしかない。もちろん、筆者はすべての作品を感銘深く読ませていただいている。(2015/05/31)


【核を詠う】(184) 齋藤芳生歌集『湖水の南』から原子力詠を読む(2) 「咲き残る庭の小菊も根こそぎに袋に詰めて除染土と呼ぶ」 山崎芳彦
 前回に続いて齋藤芳生歌集『湖水の南』から原発にかかわる作品(筆者の読み)を抄出、記録させていただく。この歌集には、作者にとっての福島が、原発事故によって放射能汚染に傷つけられた山河、除染作業によって土や樹木をはじめ自然が痛めつけられ、人々の生活のありよう、関係にも複雑な裂け目が作り出されていることを声高にではないが、自らにとってのふるさとの現状との向かい合いによって詠われた作品が多く、読者の一人である筆者の心に深く沁みいり、改めてさまざまなことを考えさせる。前回にも触れたが、作者は震災・原発事故以前に中東のアブダビで三年間暮らし、帰国後、東日本大震災の日に東京で編集プロダクションに就職するための面接を受けていて採用が決まり、約二年半を東京で過ごしたのだが、その間に作った作品の多くが、作品の制作順にではなく編集されたこの歌集の、時間・空間が交錯した構成の中にあって、やはり福島を歌った作品は重く深い。(2015/05/22)


【核を詠う】(183) 齋藤芳生歌集『湖水の南』から原子力詠を読む(1) 「連翹の枝を挿すなり父祖の土地の放射線量を測るかわりに」 山崎芳彦
 今回から福島市に在住する歌人の齋藤芳生(さいとうよしき)さんの歌集『湖水の南』(本阿弥書店、2014年9月刊)から、原子力にかかわる作品(筆者の読みによる)を抄出し、記録させていただく。作者の齋藤さんは『湖水の南』について、2010年から2014年にかけて発表した作品を収めていること(編集にあたり大幅な改編や改作を行い、未発表の歌も何首か加えた)、また彼女が東日本大震災が起こったその日に東京の編集プロダクションで働くため面接を受けていて、採用が決まったことからその後の約2年半を東京で過ごすなかで歌った作品が多いことを、「あとがき」で明らかにしている。同歌集は、原発事故により被災した福島についての作品を冒頭に置いているが、大震災・原発事故によって苦悩する福島への作者の思い、視座のありようを歌集の構成によって示しているものと思いながら読んだ。(2015/05/14)


【核を詠う】(182) 澤正宏さんの原子力詠を読む(2) 「原発のこと言わないのと問う友よ味噌汁にもそれ入っているよ」 山崎芳彦
 前回に続いて澤正宏さん(福島市在住、福島大学名誉教授)が原発にかかわって詠った短歌作品を読んでいく。福島第一原発の事故にかかわって様々な体験をし、そのなかで1974年から始まった福島第二原発訴訟の裁判資料を集成した『福島原発設置反対運動裁判資料 全7巻』を作成するさきがけとなり、完成させる原動力の一人である澤さんは、短歌作品により福島の現状を発信してもいる。前回に記した経過により、この連載の中で澤さんの短歌作品を読み、記録することができたのだが、「このたびの大震災、原発事故で、記録して置くこと、記録していくことの大切さを痛切に知らされました。記録(言葉、事実)とは歴史を遺し、歴史を作り、歴史の証人になることなのですね。」とのメールをいただいて、『福島原発設置反対運動裁判資料 全7巻』さらに『伊方原発設置反対運動裁判資料 全7巻』の編集に深くかかわってその刊行に大きな役割を果たした人の言葉として、深く共感する。この拙い連載もできる限りは、との思いを強くした。(2015/05/07)


【核を詠う】(181) 澤正宏さんの原子力詠「フクシマ四年目の春」他を読む(1) 「風花にもう同じ冬は来ぬ思い廃炉の行方は日々の棘ゆえ」 山崎芳彦
 今回から澤正宏さん(福島市在住、福島大学名誉教授)の原子力詠を読み、記録させていただく。澤さんについて筆者は、朝日歌壇にしばしば入選されていること、この連載の中で読んできた『朝日歌壇』の年刊(2012年、13年、14年)に収録された作品を記録したことによって存じ上げていたが、まことに不勉強なことに福島大学で教鞭をとる近現代文学研究者として『西脇順三郎の詩と詩論』など多くの著書を持ち、さらに『福島原発設置反対運動裁判資料 全7巻、別冊1』(クロスカルチャー出版)、『伊方原発設置反対運動裁判資料 全7巻』(同前)の編集に携わり解題、解説の執筆をされていることについては知ることがなかった。最近になって、『今 原発を考える―フクシマからの発言(対談 安田純治・元福島原発訴訟弁護団長×澤正宏・福島大学名誉教授)』(改訂新装版、クロスカルチャー出版、2014年5月刊)を読み、また澤さんとの少しのメール交流によって、一端を知るのみである。(2015/05/02)


パリの芸術家、トリニ―・プラダ氏 〜今年もヴェネツィアのビエンナーレ国際美術展に臨む〜
  イタリアのベニス(ヴェネツィア)では2年に一度、国際美術展が開催されています。2年に一度ということで、ビエンナーレと呼ばれています。今年は5月9日から11月22日まで、ということで開幕寸前です。多くの芸術家が参加しますが、パリから参加するトリニ―・プラダ(Triny Prada) さんもその一人。トリニ―さんは南米のコロンビア出身で、パリに留学して美術を学び、その後パリにアトリエを構えています。(2015/05/02)


歴史に翻弄される人間の生 画家ダイアン・ババヤン
  アインシュタインとキュリー夫人が並んで立っている。背後には赤い空が広がっていて、足元には起伏のある大地が続いている。二人が拓いたのは「核の時代」であり、それは広島や長崎の惨禍を招いてしまった。そのためか、科学者の肖像でありながら、不安な印象が胸に迫ってくる。イラン出身の女性の画家、ダイアン・ババヤン(Diane Babayan)氏の一枚である。名字の・・・「ヤン」は作家のウイリアム・サロ―ヤンや、映画監督のアトム・エゴヤンと同じで、アルメニア系の名前だ。ババヤン氏の両親もイラン在住のアルメニア系だった。(2015/04/24)


【核を詠う】(180) 『短歌研究・2014綜合「年刊歌集」』から原子力詠を読む(3) 「フクシマは沖縄と同じ構造と言ひ切りしのち暫く黙しき」 山崎芳彦
 『短歌研究・2014綜合「年刊歌集」』の作品群から原子力にかかわって詠われた(筆者の読みによる)作品を抄出、記録して来たが、今回が最後になる。この「年刊歌集」に選された原子力詠をを読みながら、筆者は福島第一原発の過酷事故による被災によってさまざまに深刻な人々の生活のこと、人が生きる環境と原子力のこと、さらにいまは停止している各地の原発再稼働に向かおうとしている政府、電力企業、財界など原子力に利益を求める原子力マフィアグループの動向、原子力依存社会からの脱出を求めて闘う人々のことなど、いろいろなことを考える。それは、いま私たちが生きている社会の現実とこれから迎える時代について様々な面から考えることに重なる。前回にも触れたが、福井地方裁判所が関西電力高浜原発3、4号機の再稼働を禁止する仮処分決定を下したことは、昨年の大飯原発3、4号機運転差し止め判決に続いて、樋口英明裁判長が憲法によって保障され尊重されなければならない人格権を守る立場を踏まえた明快・適正な司法判断として高く評価されるものだが、これに対して原子力マフィアグループは、理不尽極まりない攻撃を一斉に開始している。許しがたい、司法の良心に対する挑戦である。権力を持ち理不尽に揮う危険な勢力が束になっている。(2015/04/22)


【核を詠う】(179) 『短歌研究・2014綜合年刊歌集』から原子力詠を読む(2) 「この国のありやうの今かくあるを許せるわれらなれば口惜し」 山崎芳彦
 今回も短歌研究社刊の『2015短歌年鑑』所載の「2014綜合年刊歌集」から福島第一原発事故にかかわって詠われた短歌作品をはじめとする原子力詠を読むのだが、本稿を入力している最中、今日4月14日に福井地方裁判所において、福井、京都、大阪、兵庫4府県の住民9人が関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働差し止めを求めた仮処分申請について樋口英明裁判長が、関西電力に対して「再稼働を認めない仮処分」の決定を出したことが報道された。この仮処分決定により、直ちに高浜原発3、4号機の稼働は禁止されることになり、異議申し立てによる決定の取り消しがない限り再稼働禁止の命令は有効に働くことになる画期的なものである。(2015/04/16)


【核を詠う】(178) 『短歌研究2014綜合年鑑歌集』から原子力詠を読む(1) 「福島の子と言ひかけて止めらるるごとき蹉跌を繰り返すのみ」 山崎芳彦
 今回から短歌研究社発行の「2015短歌年鑑」(月刊「短歌年鑑」2014年12月号)に綴込として収録されている「2014綜合『年刊歌集』」から、筆者が原子力詠として読んだ作品を記録させていただく。これは短歌研究社編集部が寄贈を受けた短歌綜合誌及び全国結社短歌雑誌等に掲載の作品から選出して編まれたものだが、「全国歌人4000余名の '14年度作品を抜萃収録」しており、作品数は1万を大きく超えて膨大である。この歌集の中から、原子力にかかわって詠われたと筆者が読んだ作品を抄出させていただくのだが、読み違いなど不適切があればお詫びしたい。昨年の同年刊歌集も読ませていただいたが、「核を詠う」と題してこの連載を続けてきている筆者としては、短歌界がさまざまな形で原子力にかかわる作品を記録し、後世に残していくことの大切さを思っている。この年刊歌集から原子力詠を抄出させていただくのも、そのような思いからである。(2015/04/08)


【核を詠う】(177) 本田一弘歌集『磐梯』から原子力詠を読む(2) 「超音波機器あてられて少女らのももいろの喉はつかにひかる」 山崎芳彦
 前回に続いて会津若松市在住の歌人である本田一弘さんの歌集『磐梯』から原子力詠を読ませていただく。前回に読んだ作品群から明らかなように、本田さんはこの歌集に多くの東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故にかかわって詠った作品を収めている。その中から、筆者が原発事故にかかわった歌として読み取った作品群を抄出させていただいているのだが、短歌という定型詩を踏まえた、文語詠により、時に会津の方言、上代の東北方言をも効果的に駆使して、原発事故が人々にもたらした災厄の深刻さ、被災した人々や自然に寄せる思いを表現し得ていることに、「歌の力」を改めて認識させられた。歌おうとすることに見事に対応していることばの響き、声調は読む者に伝えるべきことを、訴えることを沁みいるように届け、共鳴をよぶ。今回でこの歌集を読み終えるのだが、詠う―訴える、生を写す短歌作品が、原子力、原爆や原発と人びとのいのち、生活、社会のありようについて、深く、本質的に表現する文学であることを、拙く詠う者の一人である筆者は考えている。(2015/04/03)


【核を詠う】(176) 本田一弘歌集『磐梯』の原子力詠を読む(1) 「ふくしまの雲を縫ひなば放射性物質ふふむ空をとぢむや」 山崎芳彦
 福島県会津若松市在住の歌人である本田一弘さんの歌集『磐梯』(青磁社、2014年11月刊)から原子力詠(筆者の読み)を読み、記録させていただきたい。本田さんは福島市に生まれ、高校教師の職にあり会津若松市に住まわれているが、短歌結社「心の花」に所属して活躍している。この歌集は氏の第三歌集であるが、「後記」に「磐梯は、磐の梯なり。天空に架かる岩のはしごなり。夫れ神は天上より磐梯を伝って地に降りたまひけむ。会津なる磐梯山は、福島の空とわれらの地とを繋ぐかけはしなり。/日々仰ぎ愛してやまぬ山の名をわが第三歌集の題とせり。平成二十二年から二十六年夏までの作三百十一首を収めつ。年齢でいへば四十一歳から四十五歳までの歌を略制作順に編みたり。」と記している。あの3・11東日本大震災・福島第一原発事故以前の歌は序章部の四十余首で、あとは震災・原発事故後の作品ということになる。磐梯山を架橋として繋がれている福島の空と地の現在を作者は歌って、この一巻を成したわけである。犠牲者への思いと、作者が生きる福島の現実を歌った作品の集積から、「原子力詠」として筆者が抄出することにおそれを持ちつつ記録させていただく。(2015/03/28)


【核を詠う】(175) 『角川短歌年鑑平成27年版』から原子力詠を読む(2) 「汚染され除染されそして放棄されなほ生きをらむ咎なき土は」 山崎芳彦
 東京電力福島第一原発の事故から4年が過ぎた。短歌界でも、この国では未曽有の原発事故によって引き起こされた事態に大きな衝撃を受け、とりわけ深刻な被災を受けた福島の地の歌人をはじめ、原発列島化してしまったこの国に生きる現実を改めて思い知らされ、将来にわたって暗い霧の中にあるような不安を抱かざるを得ないことに気付かされた全国の歌人がさまざまな短歌表現をもって、詠う者としての姿勢を示してきた4年であったと思う。直接的なテーマとして詠わないでも、いまを生きる人間として原発・原子力の影を何らかの形で背負いながらの作歌は、生きる時代を離れて詠うことはできないのだから、原子力とのさまざまな向かい合い方や意識を映す作品を生んでいるだろうと思う。筆者には捉えきれない作品の背景や作者の意図、翳を読み切れないままに、たとえばいま読んでいる『角川短歌年鑑』に載っている短歌作品からも見過していることが少なくないに違いない。(2015/03/18)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(16) 「八月の広島の空すみ極まりいづこより湧くかわが悲しみは」 山崎芳彦
 「核を詠う」連載の特別篇として、歌集『廣島』を読み、その全容を記録しようとし始めたのは2014年8月6日付からなので、すでに7カ月になるが、今回で終る。読みながら夢に魘される夜もあったし、正直、神経の不安定な状態に苦しむ日もあった。歌集の作品を読むと同時に、広島、長崎の原爆被害に関わる記録文献や、さまざまなジャンルの文学作品も読むことによって、改めて原子力にかかわる人間、社会の根源的な問題について多くのことを考えさせられた。考えたことについて、改めて記す機会を持ちたいが、いまは、広島、長崎への原爆投下というあの悲劇的な事態をもたらしたのは、この国が軍国主義の国家権力を総動員して、侵略戦争を行い、「大東亜共栄圏」の美名を看板に戦争を拡大したことによることを、当然すぎるかもしれないが、考えたい。いまだからこそである。(2015/03/11)


【核を詠う】(174) 『角川短歌年鑑・平成27年版』から原子力詠を読む(1) 「原発も武器も売り込みなうなうと生くる幸せを満喫せんか」 山崎芳彦
 今回は、角川学芸出版編の『角川短歌年鑑平成27年版』(平成26年12月、株式会社KADOKAWA)に所収されている短歌作品のうち「平成26年度 自選作品集659名」から、原子力詠(筆者の読みによる)を読ませていただく。全国にわたる歌人659氏が平成26年度の自作短歌から一人5首を自選した作品集だから、3295首が掲載されていることになる。その中から筆者が原子力にかかわって詠われているものと読んだ作品を抄出して記録するので、丹念に全作品を読んだつもりではあるが、読み違い、読み落としなど作者の意に添わないことがあることを恐れる。その場合、お詫びをするしかない。この連載では、これまで同年鑑の平成24年版から毎年読ませていただいているが、年々、記録する原発詠の作者数、作品数は減少している。しかしこのことをもって原子力に関わって作品化された短歌が減少しているということはできない。各地で営々として詠う歌人がいる(2015/03/04)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(15) 「つづきゆく平和まつりの人中をいのち寂しくわがひとりなり」 山崎芳彦
 立花隆氏が「被爆者なき時代」と題して、月刊「文藝春秋」3月号の巻頭随筆を書いている。その中で、氏は、いまNHK広島が氏と原水禁運動とのかかわりを描く番組を作っていて、昨年その広島編がロンドンに拠点を置く反核運動団体CND(核軍縮キャンペーン)のリーダーを呼んでの対談を軸に作られ全国に流れたこと、今年は間もなく、長崎篇を加えた新版が全国ネットで流れることになっていることを書き、「つい先日その流れで長崎大学のRECNA(核兵器廃絶研究センター)との共同プロジェクトという形で『被爆者なき時代に向けて』という特別講義と学生六十名が参加してのワークショップが・・・行われた。ここで、私は『被爆者なき時代に向けて』に二重の意味を持たせた。一つは今後核戦争を起させないようにするにはどうすればいいのかという問いかけだが、もう一つは本当に被爆者がいなくなる時代を考えろの意味だ。」と記している。後者は広島、長崎の被爆者が亡くなり、いなくなる時代に、被爆体験をどう継承していったらいいのかが、いま若い世代に突きつけられているということである。重要な問題提起だ。(2015/02/25)


【核を詠う】(173) 波汐国芳歌集『渚のピアノ』の原子力詠を読む(5) 「被曝物行き場の無きを被曝してあらばわれらも行き場の無きや」 山崎芳彦
 福島市在住の歌人である波汐国芳さんの歌集『渚のピアノ』を読み、原子力詠(筆者の読み)を抄出させていただいてきたが、今回が最後になる。波汐さんの短歌作品を、歌集『姥貝の歌』、さらに波汐さんが編集人である歌誌「翔」、その他を通じて読ませていただき、この連載の中にかなりの回数にわたって記録してきたが、福島の歌人が東日本大震災・福島原発事故を詠いつづけ、詠い残していることの意味は、この国の短歌界にとどまらず社会的、歴史的に極めて大きく貴重であると思う。とりわけ原発事故、原子力にかかわって自らの体験、生活の具体を短歌表現し続けることは、すでに70年を経ようとしてなお続いている広島、長崎の原爆による被爆者・被災者の苦しみの歴史を考えても、その被災の態様は同じではないが、核災として同じであり、その現実とこれからの歴史の実態の真実を知ることができない原発災害であるだけに、詠うものが自ら背負うべき課題といえるとさえ考える。(2015/02/17)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(14) 「九日後の終戦の日に『原爆』の文字が始めて見ゆる我が日記帖」 山崎芳彦
 原子力規制委員会が、九州電力川内原発1・2号機に続いて、関西電力高浜原発3・4号機について新規制基準合格の審査書を正式決定する。原発の再稼働を前提とする許可を出すということである。すでに多くの原発が審査の申請を出しており、原発再稼働軌道を次々に走り出すことが必至の状況だといえよう。安倍政府の「原発回帰」国策が、さまざまな手法で促進されている。「再稼働」国策に応じる自治体に様々な優遇措置を講じ、応じなければ冷遇する。政府、原子力利権マフィアによる権力・金力がふるわれている。辺野古への基地移設に反対する県民の総意を受けて政府と対峙する沖縄県に対する対応の、まさに主権者を踏みつける安倍政権の姿である。原発についていえば、すでに再稼働を越えて、稼働年限の延長、そしてさらにリプレース(新設)許可への計画も、また核燃料サイクル事業推進方針も固められつつある。その先に自前の核兵器生産への陰謀が見えないか。(2015/02/11)


【核を詠う】(172) 波汐国芳歌集『渚のピアノ』の原子力詠を読む(4) 「冬囲いの菰(こも)を外さば列なさん木喰い・人喰い虫・セシウム魔」 山崎芳彦
 いま読み続けている波汐さんの短歌作品に福島原発事故によってもたらされている核放射線にかかわって詠われたすぐれた作品が多い。今回抄出する作品の冒頭は「セシウムは鳥」と題する一連である。原子力災害の過酷さは、直接の健康被害がいま生じているかという視点を超えたところにある。10数万人に及ぶ人々が避難を強いられ、放射線被曝の不安に苦しめられ、今現在にとどまらず将来にわたる不安を抱えて生きなければならない、家族が離ればなれの生活を強いられ、職を奪われ、農畜産物海産物などが売れなくなって生活基盤を失うという危機に落とし込まれた人々も多い。原発事故から間もなく満4年になろうとしているが、原発事故の最大の問題である核放射線による被災の現実と将来について、政府と原子力利権マフィアは核放射線安全論を広げ、「復興」の名のもとに避難者の帰還促進、被災者、避難している人々に対する補償の軽減・打ち切り、さらに権力・金力による原発再稼働の促進など、理不尽の限りを尽くしている。(2015/02/06)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(13) 「復興を伝へてゆけど身のめぐりに原爆犠牲者困窮のさま」 山崎芳彦
 「わたしは、ABCCに半殺しにされたことがあるんですよ。思っただけでも腹が立つ。原爆を落したうえに被爆者をモルモットにするアメリカ。原爆が落とされるもとになった戦争を始めた日本の国は何もわたしらのためにしてくれない。わたしが貧血や体の具合が悪くて寝込んでいた時にABCCの人が、検査をすれば病気の原因がわかるからいうて自動車で迎えに来るんです。いやだ言うても三日も続けて来るんで断り切れず、血をとらない、病名を知らせる、薬を出すという約束で行ったんです。ところが検査室に行くと、血はとられる、いろいろ聞かれたり検査をされたり、立っているのもつらいほどだった。そして平気な顔で、血を入れ替えてやろうかなんていう。薬もない。挙句の果てに歩けないほど参っているわたしを、広島駅まで来て置いていきおった。」(2015/01/29)


【核を詠う】(171) 波汐国芳歌集『渚のピアノ』の原子力詠を読む(3) 「原子炉は陽(ひ)の火盗むをその怖れ知りしこの国他に売るという」 山崎芳彦
 「あの3・11から三年と八カ月が過ぎた。冷静に周りを見てみると、意識や思いの二極化が進み、それがさらに深刻な分断を生んでいる。離婚、自殺、突然死・・・。そうした暗い部分にはあえて目を背けて蓋をし、無理に3・11前に戻ろうとする動きも見える。それでいいのだろうか。身近には百人百様の喜びや悲しみ、苦しみがある。それに目を凝らして、いま何が起きているのか、起ころうとしているのかを、きちんと伝えなければならない。強くそう思う。」(日々のブックレット3『このさんねん』、日々の新聞社刊2014年11月より。)、いわき市から2011年3・11の東日本大震災・福島第一原発事故について『日々の新聞社』(編集責任者・安竜昌弘)が報道したものを中心にまとめたブックレット3の「おわりに」で安竜氏が記している。これまでに『このいちねん』『このにねん』も発行、その三号目である。(2015/01/19)


今、演劇に何ができるか? 襲撃事件の後に
  パリの劇場を根城に活躍してきた演出家、ピーター・ブルック氏の娘であるイリーナ・ブルック氏(女優、演出家)がパリの襲撃事件に関してフランスメディア le Nice-Matin (1月14日)のインタンビューを受けている。彼女は1年に一度に限定せず、もっと劇場に足を運んでほしいという。(2015/01/16)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(12) 「悲しい日をほんたうに悲しめないお母さんたち、ビラ読む眼がぬれてひかる」 山崎芳彦
 アメリカは、1945年8月6日、9日に広島、長崎に原子爆弾を投下し、歴史上初めての核兵器による無差別大量殺戮・破壊の戦争行為を行い、その惨禍はまさに反人間の極みというべき核被害を無差別に、被爆者にもたらした。その翌年1946年夏に「クロスロード作戦」なる核実験シリーズをマーシャル群島のビキニ環礁において行い、さらに1954年には同じビキニ環礁で水爆実験を含む核実験シリーズ「キャッスル作戦」を実施した。この1954年3月1日の水爆実験によって日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が被災し、乗組員23人が大量に放出された放射性物質を含む「白い灰」を浴びた。同船の無線長・久保山愛吉さんは9月23日に東京大学附属病院で死亡した。「水爆犠牲者第一号」となったのだが、アメリカはそのことを認めてはいない。他の船員の健康被害も深刻なものだった。(2015/01/10)


【核を詠う】(170) 波汐国芳歌集『渚のピアノ』(2) 「被爆苦を超えんとしつつ吹雪くなか我の走れば並木も付き来」 山崎芳彦
 波汐さんの歌集『渚のピアノ』の刊行は2014年の短歌界にとって、やはり貴重な果実として評価された。様々な評言がある。東日本大震災・福島第一原発事故にかかわっての作品を、自らの歌人としての立ち位置を明確に定めて多くの作品を発表し続けている仙台市在住の歌人である佐藤通雅氏は、現代短歌新聞の5月号(平成26年)で、「福島に生きる人の歌」と題して、歌集の作品をひきながらの批評を書いている。波汐さんについての紹介もあるので引用させていただく。「波汐国芳は一九二五年にいわき市に生まれ、現在は福島市在住。もうじき九十歳に達しようとする今日まで、福島に根を下ろしてきた。そして思わざる原発事故に遭遇する。事故後のいわきの浜辺を歩いていて、半ば砂に埋もれているピアノに出会う。白い歯をむき出し、まだ息があるようにも思えたという。歌集の題はここからとった。」と、記したうえで、作品を上げながら多くのことを述べている。(2014/12/30)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(11) 「後の世にかかる兵器は使はざれ署名運動にわが名したたむ」 山崎芳彦
 井伏鱒二の小説『黒い雨』(新潮文庫、昭和53年版)を読んだ。これまでに何度か読んでいるが、歌集『廣島』を読んでいる中で読み直そうと思ったのだ。最近になって、川上郁子著『牧師の涙 あれから六十五年 老いた被爆者』(長崎文献社、2011年1月、第2刷)を読んだこともきっかけになった。また、集英社の刊行になる「コレクション戦争と文学」第19巻の『ヒロシマ・ナガサキ』(2011年6月、コレクションの第一回配本)に収録されている作品も読んでいる。歌集『廣島』を読んでいるさなかに総選挙があり、安倍政権の与党を“大勝”させる結果になり、それが有権者の52パーセントの投票率で、全有権者から見ればほぼ四分の一の得票によるものであったことを考えると、暗澹とするし、このまま安倍政権の専横を許すことになれば、かつてこの国が歩んだ「戦争の歴史」、人びとが塗炭の苦しみの中であえいだ時代への逆戻りの一里塚を踏むことになると恐れる。(2014/12/25)


【核を詠う】(169) 波汐国芳歌集『渚のピアノ』の原子力詠を読む(1) 「汚染水天より降るを原発の事故の収束見えぬ長梅雨」 山崎芳彦
 今回から福島市在住の歌人である波汐国芳さんの第十三歌集『渚のピアノ』(いりの舎刊、平成26年3月発行)を読ませていただく。この連載の中で波汐さんの作品は、2011年3・11の東日本大震災・福島第一原発事故以後に刊行された歌集『姥貝の歌』(平成24年8月刊)で読み、また波汐さんが編集発行人である季刊歌誌「翔」(歌人グループ「翔の会」)の平成23年4月から26年2月までに刊行された12巻により同グループの歌人の方々の作品と共に読ませていただいた。その波汐さんが「この歌集は、現在における私の呼吸そのものである。」とする『渚のピアノ』を読みうることは、筆者にとっての喜びでもある。「批評の眼をもって時代を視、日常の生活の中から素材を見つけ、それを踏まえて前向きに詩的現実を創造してゆく中に己も起ちあげていくことを自分に課して来ました。それこそ、被災地福島の復興にもつながると信じる」(あとがき)と言う波汐さんの作品群だ。(2014/12/16)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(10) 「列島にひそかに降りつぐ原子灰にをののきつつ生くる日日をみじめに」 山崎芳彦
 歌集『廣島』を読み始めて10回目になるが、『廣島』の短歌作品は、原爆投下による悲惨の中で生き延びることを得た作者たちが、自らの過去の悲惨を語っているだけではなく、あのような惨禍がどのような政治の道筋の中で引き起こされたかをしっかりと認識することを、そのような歴史を再び繰り返すことのないよう訴えているのだと、筆者は読んでいる。そして、詠い、言い残す暇もなく一瞬のうちに殺された十数万の死者の無念をも読まなければならない歌集だと思っている。いま12月14日投票の総選挙戦の最終盤にさしかかっているが、メディアの調査によると、あろうことか現政権与党が議席の三分の二を超すことが予測されるという。現行選挙制度のもとでの議席数が、有権者の総意を反映しないことは明らかだが、この二年間の安倍政権の「政治」を承認し、さらに今後の政権運営、恐らくは許しがたい悪政のための「数の力」を与える結果を考えることは耐え難い。戦争する国への道だからだ。核武装をも危惧する。(2014/12/12)


【核を詠う】(168) 小島恒久歌集『原子野』の原子力詠を読む(2) 「原爆祈念館の奥にひそまる死没者名簿わが名もやがて此処に記されむ」 山崎芳彦
 小島恒久さんの歌集『原子野』を前回に続いて読ませていただくが、今回で終る。この歌集は、2005年11月に上梓されたのだが、集中には「原子炉被曝」と題した原発にかかわっての作品5首がおさめられている。長崎の原爆被爆者である作者は、歌集名に示されるように原爆が投下された時の状況を短歌表現し、自らの被爆体験、被爆後遺症の苦難、そして被爆の半世紀後に癌を発症して原爆症認定を受けたことを作品にしている。原爆に被爆し、「生き残ったものの義務として、原爆について詠み継いでいく」という作者は、自らの体験をふまえて、ビキニの死の灰による第五福竜丸の被災、イラク戦争での劣化ウラン弾、そして原発についても詠っている。(2014/12/05)


中国人の作家が習近平・国家主席の文学談話をニューヨークタイムズで批判 習国家主席の文芸活動座談会の影響力について警告
  中国人の作家、慕容雪村(ムーロン・シュエツン)氏がニューヨークタイムズ紙上で習近平・国家主席の文学に対する見解を批判した。このコラムは習近平・国家主席が北京で招集した「文芸活動座談会」における談話に対する批判である。シュエツン氏によれば習近平・国家主席は市場主義経済のもとで出版されている俗悪な文学を批判し、社会主義に奉仕する文学が求められていると語ったとされる。(2014/11/24)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(9) 「北支那の父は帰らず妹と原爆症の母をみとりぬ」 山崎芳彦
 歌集『廣島』を読んでいるのだが、そのさなか、九州電力の川内原発の再稼働に鹿児島県の伊藤祐一郎知事と県議会が同意したと報じられた。先に立地自治体の薩摩川内市が再稼働に同意していることから、安倍政府の原発稼働、他国への原発輸出促進政策の下、立地地域のみならず広範な周辺住民の不安と反対、さらに全国的な原子力社会からの脱却を望む人々の願いと意思を無視して、原発列島再稼働の突破口にされようとしていることに、広島、長崎への原爆投下によって殺された人びと、生き延びてもなお塗炭の苦しみを、今もなお苦しんでいる人々とともに、激しい怒りと、各地の原発再稼働を、おそらくこれから相次いで進める安倍政権とその同伴勢力を、権力の座から追放することへの決意と覚悟を新たにしなければならないと、強く思う。(2014/11/18)


'Ton jihad et le mien'(お前の道と私の道) 中東に帰りたい欧州在住のムスリム青年の心の葛藤と家族を描いたフロレンス・カーの新作小説
  今、フランスで発売されたばかりの新刊書「Ton jihad et le mien(お前の道と私の道)」はフロレンス・カーによる小説だ。現在ニース在住の女性作家、カーはレバノン生まれ。以前はジャーナリストで専門は中東だった。この小説は今、話題を独占しているイスラム国などのジハード(聖戦)が底流にある。(2014/11/12)


【核を詠う】(167) 小島恒久歌集『原子野』の原子力詠を読む(1) 「講義初めに被爆体験語ること慣ひとし来て四十年経ぬ」 山崎芳彦
 今回から小島恒久歌集『原子野』の原子力詠を読ませていただく。前回まで小島さんの第二歌集『晩祷』の作品を読んできたが、今回からの『原子野』は順序はさかのぼるが2005年1月に短歌新聞社から刊行された第一歌集である。作者が40年余にわたる長期の作歌の中断を経て再び作歌を再開した1996年以後の作品によって編まれたこの第一歌集について作者は、「歌集名は『原子野』とした。長崎での被爆体験は、その後の私の生き方の原点をなしたし、この歌集でも原子野をたび重ねて読んでいる。そうした私の鎮魂と平和への思いをこめて歌集名とした。」とあとがきに記している。(2014/11/10)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(8) 「八とせ経て原爆病があらはれてあはれや死にき新妻たか子」 山崎芳彦
 いま読んでいる歌集『廣島』が刊行された1954年に、角川書店の短歌総合月刊誌「短歌」10月号には、歌人5氏(岡野直七郎、山田あき、須賀是美、佐々木妙二、福戸国人)による座談会「原爆歌集『廣島』の意義」が掲載された。筆者は当該誌を読んでいないのだが、「短歌」2013年1月号の付録(「『短歌』創刊1954年ベストセレクション」)に上記座談会が復刻再録されているのを読むことができた。歌集『廣島』が出版されたのが1954年8月だから、その直後に企画されたのであろうと思うと歌集『廣島』の出版が当時の短歌界に大きな衝撃を与え、注目される出来事だったことがうかがえる。(2014/11/03)


【核を詠う】(166) 小島恒久歌集『晩禱』の原子力詠を読む(3) 「若く被爆し原爆症病むわが終のつとめと叫ぶ『脱原発』を」 山崎芳彦
 小島恒久歌集『晩祷(ばんとう)』から原子力詠を読んできたが、今回が最後になる。向坂逸郎氏の志を継いで、経済学者・大学教授として、さらに社会運動、労働運動、平和運動などへの積極的な貢献を一貫して続けている作者の短歌作品は、多岐にわたる題材をとらえつつ、しかも深く勁い「志」につらぬかれた剛直にして素純なひびきを持っていると、筆者は読んでいる。作り物ではない確かな歌意とひびきは、「歌は人である」と考えている筆者にとって強い魅力をもつ短歌である。いわゆる、狭い意味での「歌壇」と呼ばれる世界の枠にとどまらない作品が、「アララギ」に拠って短歌の道を深めた作者によって詠いつづけられていることに、改めて多くのことを考えさせられてもいる。(2014/10/24)


「鶴彬ってだれ?」 抵抗する17文字 永田浩三さんのお話 笠原真弓
 高円寺南9条の会主催の「鶴彬ってだれ?亅に行く。なるほど、権力に楯突いて自説を曲げずに17音字の川柳に世の中の理不尽を吐いていった鶴彬である。9条の会が、言論が弾圧されそうになっている今の時期に、取り上げるのは的を射ていると一人納得して、出かけることにした。プログラムは映画「鶴彬 こころの軌跡亅と永田浩三さんのお話で、映画の方は、一度見たので、軽い気持ちだった。ところが、この映画がよかった。(2014/10/16)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(7) 「被爆せる事細細と記したる皮剥げし手帖我が秘めて持つ」 山崎芳彦
 『証言は消えない 広島の記録1』(中國新聞社編、未来社、1966年6月刊)を読み返している。同書は『炎の日から20年 広島の記録2』(同前),『ヒロシマの記録 年表・資料篇』とともに刊行された、中国新聞社ならではの優れたジャーナリズムの為し得た業績の一環であると、筆者は思っている。購入して半世紀を超えて筆者の書棚にこの三冊が並んでいる。この連載を始めてからしばしば助けを借りている。中國新聞社は原爆投下の爆心地から約900メートルの位置にあって、原爆によって従業員のほぼ三分の一にあたる114人の犠牲者を出し、本社は全焼したという。しかし、8月9日には代行印刷により新聞を発行した。9月に入ってから自社印刷を始め、同月11日から13日までの紙面で原子爆弾の威力、放射能の影響などを具体的に伝える「原子爆弾の解剖」と題する座談会(広島市を訪れ調査に取り組んでいた東大医学部の都築正男博士らによる)により、原爆報道を行った。同新聞社の広島・原爆報道は、今日も核兵器廃絶、戦争のない世界実現を目指すジャーナリズム活動として、見事に一貫していると思う。(2014/10/16)


【核を詠う】(165) 小島恒久歌集『晩禱』の原子力詠を読む(2) 「かの夏浴びし放射能がわが身内にひそみ癌となり出づ六十年経て」 山崎芳彦
 今回も小島恒久歌集『晩祷(ばんとう)』(文中で歌集名の「とう」の表記を「祷」とさせていただくこと、お詫びしてお許しをお願いします。前回の文中で「文字化け」によりご迷惑をおかけしました。筆者)の原子力詠を読むが、同歌集に収録されている作品から、筆者としてどうしても抄出しておきたい作品に「水俣」、「原田正純氏逝く」と題する一連がある。言うまでもなく、この国の「公害」(大企業と国家権力、さらにその御用学者らによる犯罪というべきだろう)の歴史に深く刻印され、被害者とその家族を言葉に言い表しがたい様々な苦難と悲惨に陥れ、いまなお苦しめている水俣病にかかわって詠われた作品である。筆者が水俣病について関心を深めたのは、石牟礼道子さんの『苦海浄土 わが水俣病』(講談社、1969年刊)によってで、激しい衝撃を受けて、当時関係していたある雑誌に短い書評を書いたことを記憶している。(2014/10/11)


今年のノーベル文学賞はパトリック・モディアノ氏に 〜フランスの作家〜
  今年のノーベル文学賞はパトリック・モディアノ氏に。(2014/10/09)


手と足をもいだ丸太にしてかえし 反戦川柳人鶴彬碑前祭に参加して 笠原真弓
 鶴彬は(1909〜1938)、第2次世界大戦中に投獄され、赤痢に感染して29歳の若さで、手錠をベッドにくくりつけられたまま、病院のベッドで死んだ、プロレタリア川柳人である。また、日本無産者芸術連盟の会員でもあった。9月14日、鶴彬の生地、石川県かほく市で碑前祭があった。(2014/10/05)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(6) 「傷一つなき友なれど放射能の悪気を吸ひてさみしく逝きぬ」 山崎芳彦
 1945年8月6日午前8時15分、B・29爆撃機エノラ・ゲイが広島市の中心部の相生橋を目標に投下したウラン原爆“リトルボーイ”が爆発した。原爆によって破壊され消滅するその時の様子をエノラ・ゲイの操縦士ポール・ティベッツは「巨大な紫色のキノコ雲がすでにわれわれの高度より約5000メートル高い1万3500メートルまで立ち上り、おどろおどろしい生き物のようにまだ湧き上がっていた。しかし、さらに凄まじかったのは眼下の光景だった。いたるところから炎が上がり、熱いタールが泡立つように煙がもくもく立ち上がった。」と語った。彼は、また別の機会に「ダンテが我々と一緒に機上にいたとしたら、彼は戦慄を覚えたことだろう。ほんの数分前に朝日を浴びてはっきりと見えた町が、いまはぼんやりとした醜い染みにしか見えないのだ。町はこのおそるべき煙と炎の下に消滅してしまっていた。」とも語った。(『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』、早川書房刊)(2014/10/02)


【核を詠う】(164) 小島恒久歌集『晩禱』の原子力詠を読む(1) 「己れのみか子らのうけつぐ遺伝子にも怯えて生くる被爆者われらか」 山崎芳彦
 今回から福岡市在住の小島恒久氏の歌集『晩禱(ばんとう)』(現代短歌社、2014年1月20日刊)から原子力詠を読ませていただく。著者の小島氏は、九州大学名誉教授であり、経済学者、社会運動家としての活躍によって著名だが、アララギ派の歌人として、自らの長崎での原爆被爆体験をはじめ、鋭い視点から社会・歴史・国際問題・平和などにかかわる短歌作品を詠みつづけている。歌集『晩禱』は、2005年に刊行した第一歌集『原子野』(短歌新聞社刊)に続く第二歌集であるが、筆者が8月の毎日新聞で同歌集を知った時には、出版社にも在庫がなく、未知の小島さんに直接電話をし「ぜひ読ませていただきたい」とお願いをしたところ、快諾いただき、励ましの言葉までいただいた。さっそくご恵送いただいて、作品を読みながら幅広く多彩なテーマを短歌表現された、88歳の現在に至る生き方を映している603首に感銘を受けている。(2014/09/26)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(5) 「眼醒むれば恐れつつ診る我が肌に斑点未だなし勤めに出づる」 山崎芳彦
 今読み続けている歌集『廣島』に収録されている作品は原爆被爆後9年を経た時点で一般公募により寄せられた6500首の中から選歌された1753首なのだが、被爆直後の体験をそのままに詠った作品が多く、また生き残っての苦難の生活、原爆に対する怒り、さらに将来への不安や、平和への願い、ビキニ環礁における米国の水爆実験による漁民の被曝問題などについても、作者にとって終わりのない「原爆被爆体験」、生き残った被爆者の思いを、隠すことなく写し、短歌表現している。この歌集が世に出るまでの9年間、原爆の真実は、米軍占領統治下にあって、厳しいプレスコードに抑え込まれた期間もあり、被爆者の実相は明らかにされず、したがって被爆者医療も困難を極め、国の対策も貧困な状況が続いた。(2014/09/18)


【核を詠う】(163) 本田信道『歌ノート 筑紫から』の原子力詠を読む(3) 「フクシマを思ふ歌詠め、浅はかに足のとどかぬ淵に入るとも」 山崎芳彦
 本田信道『歌ノート 筑紫から』の原子力詠を読んできて、今回が最後になる。作者は九州・筑紫の地に在って東日本大震災・福島原発事故の被災地に深く思いを寄せ続け、詠い続けている。「過去形に放るなかれ原発のメルトダウン三基とはに見据えよ」、「フクシマを思ふ歌詠め、浅はかに足のとどかぬ淵に入るとも」、「フクシマを思ふ歌あれ、当事者のまことに迫る思ひの丈の」。福島を思い、原発について真剣に考えることは、離れた地に住んでいても、実は自身のこと、そしてこの国の現実とそこに生きる人々のことを思い、詠うことでもあると筆者は心打たれている。(2014/09/12)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(4) 「声涼しくアリランの唄歌ひたる朝鮮乙女間もなく死にたり」 山崎芳彦
 「およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による『一般の犠牲』として、すべての国民がひとしく受忍しなければならないところであって、政治論として、国の戦争責任等を云々するのはともかく、法律論として、戦闘、講和というような、いわゆる政治行為(統治行為)について、国の不法行為責任など法律上の責任を追及し、その法律的救済を求める途は開かれていないというほかはない。」(「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について」、原爆被爆者対策基本問題懇談会意見報告、昭和55年12月11日)―この「原爆犠牲受忍」論は、広島・長崎の原爆被害者対策だけではなく、この国の戦争犠牲者対策に一貫している政策の論理である。(2014/09/06)


【核を詠う】(162) 本田信道『歌ノート 筑紫から』の原子力詠を読む(2) 「被爆地と被曝地帯とある国の原発存続、どこまで論じた」 山崎芳彦
8月17日の朝日新聞に政府広報(復興庁、内閣官房、外務省、環境省)の全面広告「放射線についての正しい知識を」なるものが掲載された。政府広報だから、他紙にも一斉に展開されているのだろうと思ったが、確かめていない。それは、「今月3日、政府は福島県より避難されている方々を対象に、放射線に関する勉強会を開催し、放射線に関する様々な科学的データや放射線による健康影響などについて専門家からご講演をいただきました。」その内容の一部(だろう)が、「放射線を恐れるな」、「福島原発事故による放射線被曝は危なくない」キャンペーンであった。政府公認・御用達の放射線に関する「専門家・有識者」グループの一員としておなじみの中川恵一・東京大学医学部付属病院放射線科准教授と、レティ・キース・チェム国際原子力機関(IAEA)保健部長(当時)がCMタレントである。(2014/08/25)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(3) 「水を欲る切なる願ひにそひかねつみとりする夜がまだ明けやらぬ」 山崎芳彦
 歌集『廣島』の作品を読みながら、『日本原爆詩集』(太平出版社刊、1970年)をも時折開いて読んでいるのだが、それぞれを読んでいて、かつて読んだ濱谷正晴氏(一橋大学大学院教授・当時)の講演記録「原爆体験〜原爆が人間にもたらしたもの〜」(2009年9月19日、原爆体験聞き書き行動実行委員会)を思い起こした。プリントしておいたつづりを探し出して、その中の「証言分析1.“これが人間か?!”」の項を読みながら、いま読んでいる短歌、詩がいかに、筆者が実際には知らない原爆投下による悲惨の実態を写しているか、明らかにしているかを痛感し、その表現の持つつよい力について思った。原爆に関わる歌集、詩集、あるいは様々なジャンルの芸術作品が大切に残され、多くの人々によって読まれ、目に触れることは、核兵器、核エネルギーについての危険な論理による政策が陰に陽に、政府権力とその同調者によって進められている今、大きな意味を持つと考える。(2014/08/19)


哲学者 木田元さん亡くなる
  木田元さんが亡くなった。木田さんと言えばハイデッガーやメルロー・ポンティなどの研究者であっただけでなく、中央大学で教鞭をとりながら大衆向けにわかりやすい哲学入門を多数執筆したことでも知られる。(2014/08/18)


【核を詠う】(161) 本田信道『歌ノート 筑紫から』の原子力詠を読む(1) 「壊れたる原発そこに在りつづく 爆発完了継続被曝進行形」 山崎芳彦
 今回から福岡県に在住の歌人、本田信道氏の『歌ノート 筑紫から』(いりの舎刊、平成26年6月14日)から原子力詠を読ませていただく。約40頁の冊子には、作者が平成23年3月から26年3月の間に作歌した短歌253首と長歌8首が収録されていて、その多くが東日本大震災、福島第一原発事故をテーマにした作品である。九州・福岡の地に在ってこれ程の作品を東日本大震災・福島原発事故にかかわって詠われた歌人の存在を知って、そしてその作品群を読んで筆者は感動と作者への敬意の念を、深い共感の思いとともに覚えている。お願いをして、この連載の中で、筆者が原発・原子力詠として読んだ作品に限らざるを得ないが、記録し、少しでも多くの人に伝えさせていただく。(2014/08/16)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』を読む(2) 「一瞬の放射能深くをさなごの五臓おかせしを八年後に知る」 山崎芳彦
 日本軍国主義の侵略戦争とアメリカ政府の許されない戦争犯罪が惹き起こした広島、長崎への原爆投下によって未曽有の惨禍がもたらされた日から69年、6日には広島で平和祈念式典が,9日には長崎で平和祈念式典が開催された。筆者はテレビで両式典を視聴したのだが、この二つの式典の来賓席に座り、また挨拶を述べた安倍晋三首相の存在に深い違和感を覚え、また安倍首相自身がその席に身を置くことへの不快感に苛立っている心情を感じた。特に、長崎の式典で田上長崎市長が平和宣言で集団的自衛権の行使容認閣議決定に言及し「平和の原点が揺らいでいるのではないかという不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれている。」と述べた時の眼の動き。(2014/08/10)


【核を詠う】(特別篇) 歌集『廣島』(歌集『廣島』編集委員会編)を読む(1)  山崎芳彦
 八月を迎ふる暦いちまいを繰る吾が指にこころ宿るも  山崎芳彦。今年2月に、求めていた歌集『廣島』の初版の一冊を手にすることが出来た。新宿・早稲田のある古書店に、その一冊は古色蒼然とした、危うい姿でひっそりとあった。粗雑に扱えば表紙も、中の頁も剥がれてしまいそうな状態のその一冊は、しかしこの国の歴史にとって貴重な歌集、世界で初めて原爆の投下による被害を身をもって体験し、少なくとも9年後までは生き延びた人々が、その言いようもなく理不尽な苦難、痛苦の日々のなかにあって、その生の真実を短歌表現した作品を集成した歌集である。(2014/08/06)


【核を詠う】(160) 吉田信雄歌集『故郷喪失』から原子力詠を読む(2) 「原発の地に命あり竹ふたつ物置の屋根を突き抜けて伸ぶ」 山崎芳彦
 福島第一原発事故で故郷を追われ、会津若松市にて避難生活を余儀なくされている福島県県大熊町の歌人吉田信雄さんの歌集『故郷喪失』の作品を抄出させていただき、今回で終わる。読みながらその望郷の思い、抽象的でも観念的でもない人間の生活の具体、実態の貴重さを、短歌作品として表出されていることに感じるものがあればあるほど、原発の持つ反人間的本質、人間と共存できない原子力エネルギー利用社会からの脱出、脱原発社会の構築を希求する思いが強まる。それに対して、理不尽な政治、経済的な思惑と「利益至上主義」で、事故が引き起こす底しれない災厄を経験しながらなお原発維持・再稼働ばかりでなく海外への輸出商材としてこの国の首相がトップセールスに走り回っている事態には、言う言葉もないほどの怒りを禁じえない。(2014/08/01)


平和への思いを詠う短歌コンクール「八月の歌」(朝日新聞社主催・岐阜県高山市共催)の入選・奨励賞作品決まる 山崎芳彦
 平和への願いを詠む短歌コンクール(朝日新聞社主催、岐阜県高山市共催、高山市教育委員会後援)の入選作品10首と奨励賞受賞作品が決まった。このコンクールは、今年が6回目で、一般の部には海外三カ国からの14人を含め1162首が、また中学・高校の部には2008首の応募作品が寄せられた。フランスで平和活動に取り組んでいる歌人、美帆シボさんが選考して入選10首(一般、中学高校の部各5首)と奨励賞作品(一般15首、中学・高校の部24首)が決まった。表彰式と「平和を考える座談会」が8月2日に高山市で開かれる。(2014/07/31)


【核を詠う】(159) 吉田信雄歌集『故郷喪失』から原子力詠を読む(1) 「二十年は帰れぬと言ふに百歳の母は家への荷をまとめおく」 山崎芳彦
 今回から吉田信雄さんの第一歌集である『故郷喪失』(現代短歌社刊、平成26年4月)から原子力にかかわって詠われた作品を読ませていただくのだが、歌集名が示すように原発事故によって故郷を追われた作者の歌集である。吉田さんは、福島県・大熊町に生まれ、在住していたが福島第一原発の事故で現在は会津若松市に避難して生活している。その吉田さんの避難生活の中での作品が多く収録されているのだから、その生活の中で生み出された短歌作品のどれを読んでも原発事故と結びついていて、改めて「原子力詠」と括って読み、作品を抄出することが躊躇われるというのが、筆者の率直な思いである。この歌集には、「故佐藤祐禎さんに捧ぐ」と記され、「あとがき」に吉田さんは「私を短歌の道に引き入れてくれた、そして無念にも昨年避難地いわきにおいて他界された故佐藤祐禎さんに、また歌の題材として多く登場する私の長命の両親にこの歌集を捧げたい。」と書いている。(2014/07/24)


【核を詠う】(158) 『朝日歌壇2013年1〜12月』から原子力詠を読む(3) 「『東京は安全です』と言われれば区別の助詞の『は』がひっかかる」 山崎芳彦
 今回で『朝日歌壇2013年1〜12月』から読む原子力詠の最後になる。多くの人が原子力、特に原発事故に関わる短歌作品を詠み、朝日歌壇に投稿していて、選者によって採られて掲載されている作品の背景には相当な数の作品があることを思いながら読んでいる。筆者の感想を一つだけ記すが、いまこの国の全国各地に原発があり、その再稼働問題がかなり差し迫った状況にある中で、それぞれ原発が立地している地域(狭い範囲ではなく)に生活されている人々の中から、多くの短歌作品や、それだけでなく詩や俳句などの文学作品が生まれ続けてほしい、それが積極的に新聞媒体をはじめ、中央、地方の歌壇世界などの中で広められることがもっとこれから続けられてほしいということである。福島原発事故以前から、その危険性、事故の避けられない発生を警告する作品が、福島をはじめ原発立地周辺の歌人、詩人によって発表されていたことを、筆者は3・11後になって知ったのであった。筆者の不勉強、感性の鈍さ。(2014/07/18)


【核を詠う】(157) 『朝日歌壇2013年1〜12月』から原子力詠を読む(2) 「原発を笑みもてセールスせし首相この国どこへ導くならむ」 山崎芳彦
 前回に引き続いて『朝日歌壇2013〜12月』から原子力詠の5〜8月の作品を読ませていただく。その前に安倍内閣が7月1日に閣議決定した「集団的自衛権の行使」と称する、この国の憲法が明確に否定する戦争・武力行使を、「憲法解釈」によって正当化する暴挙を行い、これまですでに進めて来た特定秘密保護法の制定や、武器輸出三原則を「防衛装備移転三原則」に変更したこと(防衛装備の海外移転、高性能化、国際共同開発・生産の推進などを内容とする)その他様々な準備を行ってきたのに加え、さらに閣議決定を踏まえて、たとえば安倍首相のオーストラリア訪問による防衛装備の協定調印や同盟関係形成への踏み込みなどに見られる極めて危険な動きがあるなかで、7月6日付朝日新聞の「朝日歌壇」に選者によって採られたいくつかの作品を読んでおきたい。(2014/07/08)


【核を詠う】(156) 『朝日歌壇』(2013年1〜12月)から原子力詠を読む(1) 「悲しみのつづきにかなしみのフクシマありふるさとに降るきさらぎの雪」 山崎芳彦
 今回から『朝日歌壇2013 1〜12月』(朝日新聞出版刊 2014年4月)から原子力にかかわって詠われた作品(筆者の読みによる)を読みたい。これは、朝日新聞の毎月曜日(新聞休刊日にあたる場合は前日の日曜日)の朝日歌壇欄に掲載された2013年1〜12月の全作品をを収録した一巻である。朝日新聞の歌壇欄は明治43年に始まる長い歴史を持ち、多くの短歌愛好者の投稿作品から選者により選ばれた入選作品が掲載されるものであることは知られているが、かなり膨大な投稿作品の中から選者(現在は、馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏の4氏)が各10首(共選あり)の入選作品を選ぶのだから、投稿作品の多さからみると、ごく限られた一部が「狭き門」を通って掲載されることになる。(2014/06/24)


【核を詠う】(155) 山本司歌集『揺れいる地軸』の原子力詠を読む(5) 「日本の地軸揺れ来しこの後の行方を問わんいかなる国へ」 山崎芳彦
 山本司さんの歌集『揺れいる地軸』から原子力にかかわる作品、と作者が読んだ短歌を読ませていただいてきたが、今回で終わる。この歌集の「あとがき」で山本さんは東日本大震災、福島第一原発事故に向き合って、「歌人としては徹底してこれらの事態の今後の推移を作歌すべきだと思いが至り、この歌集の刊行を得た」と記したが、2011年3月11日から一年間で実に2590首を詠み、その後も精力的に詠み続けた果実から、この歌集に719首を収められたという。筆者も拙く歌う者の一人であるが、山本さんの作歌への情熱的な取り組みに敬意を深くした。日々、たゆまず、思いを凝らし、社会の動きをとらえ、作品化し続けている山本さんは、今日も歌っておられることだろうと思いながら、この連載に歌集から抄出掲載させていただいた。お礼を申し上げたい。(2014/06/17)


【核を詠う】(154) 山本司歌集『揺れいる地軸』の原子力詠を読む(4) 「首都圏の子らの身体に異変起きぬ被曝との関わり明かすすべなく」 山崎芳彦
 今回も山本司歌集『揺れいる地軸』から原子力詠を読み続けるのだが、前回、作品を読む前に福井地裁の大飯原発3、4号機運転差し止め命令判決について、筆者が感銘を受けた内容を記したものの判決要旨の前半部分にとどまったので、今回も続けることをお許しいただきたい。多くの方が判決内容を読まれていると思うのだが、筆者としてもこの歴史的・画期的な判決内容について、あえて記しておきたい。(2014/06/10)


【核を詠う】(153) 山本司歌集『揺れいる地軸』の原子力を詠む(3) 「地図上に“原子力村”は見当たらずストロンチウムのごとく浮遊せる」 山崎芳彦
 前回から、筆者の事情で間をあけすぎてしまったことをお詫びし、今回も引き続き山本司歌集『揺れいる地軸』から原子力詠を読ませていただく。いま、この国で原子力・原発にかかわっての動きは極めて重要な局面にあると言わなければならないと思いながら、短歌作品を読んでいる。(2014/06/01)


カラスは見てる! アメリカ映画詩人が創った東京カラス記録映画 平田伊都子
 2014年5月19日、アメリカ文化センターでカラスが主人公の<東京和歌>というドキュメンタリーを観ました。 午後3時開演ということもあって、観客は僅か20人足らず、大部分が関係者という、外来者としては超贅沢な映画会でした。 映画製作者のクリステイン・サミュエルソンとジョン・ハプタス夫妻による懇談会もあって、愉快で幸せな午後のひと時を過ごすことが出来ました。 夫妻によると日本での公開は初めてだそうで、重ね重ね得をした感じです。(2014/05/22)


映画撮影者ゴードン・ウイリスさん、死去(82) 「マンハッタン」「アニー・ホール」「ゴッドファーザー」「大統領の陰謀」
  映画撮影者のゴードン・ウイリスさんが亡くなった。享年82。ウイリスさんがカメラマンとして手がけた作品にはウディ・アレン監督の「アニー・ホール」や「マンハッタン」「カメレオンマン」などがあり、そのほかフランシス・コッポラ監督とは「ゴッドファーザー」がある。アラン・J・パクラ監督と組んだ「大統領の陰謀」も話題になった映画である。米映画の名作が目白押しである。(2014/05/22)


【核を詠う】(152) 山本司歌集『揺れいる地軸』から原子力詠を読む(2) 「原発の作業員死せり原因は不明と発表 未だに変わらず」 山崎芳彦
 前回に引き続いて山本司歌集『揺れいる地軸』から原子力にかかわる作品を読み続けるのだが、歌集に収録された山本さんの作品は、東日本大震災の大地震・津波による被害の深刻さや、あるいは政治、経済、社会の動向、さらには世界的視野での動き、その他多方面にわたり、その作品群をもって編むことによって「揺れいる地軸」を掘り下げ捉えようとする意図があるのが特徴だと思えば、原子力詠に限定しての作品抄出は、作者の意に合わないだろうことを考えながら、あえてこの連載の意図によって読ませていただくことをお許し願いたい。(2014/05/03)


【核を詠う】(151) 山本司歌集『揺れいる地軸』から原子力詠を読む(1) 「原子炉の溶融なりしとぞ政・財・官の癒着のごとく」 山崎芳彦
 今回から山本司歌集『揺れいる地軸』の原子力に関わる作品を読ませていただく。北海道在住のこの歌人について筆者は、社会問題について積極的に詠い続けている歌人という印象をもっていたが、必ずしも多くの作品を読んできたとはいえない。「新日本歌人」全国幹事・選者としての活躍について、そのことを知る人から山本さんについて聞き知っていたのだが真摯な人柄、積極的な作歌姿勢の歌人との評価である。同人誌「炎(ほむら)」、「歌群」の代表でもある。 歌集『揺れいる地軸』(角川学芸出版、2014年2月発行)はその歌集名からもうかがわれるように、2011年の3・11東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故を基調のテーマにし、さらにその基底にある時代、政治、社会、世界の動向などをもとらえ、記録した山本さんの短歌作品の集成であるといえよう。(2014/04/24)


【核を詠う】(150) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(7) 「ああ原発 人の脳もぽろぽろと事故の風化が進みゐるらし」 山崎芳彦
 福島の歌人グループ(翔の会)による季刊歌誌『翔』(編集・発行人・波汐國芳)の第35号(平成23年4月発行)から読み始め、今回は第45号、第46号(平成26年2月発行)を読ませていただくが、2013年3・11の東日本大震災・福島第1原発の壊滅事故発生直後から今日に至るまでの期間に「翔の会」に参加する福島の歌人たちが詠い続けてきた作品から、原子力詠を抄出してきたことになる。「翔の会」の諸氏のご好意によるものであり、筆者の力不足から意に添わないことも少なからずあったことと、感謝しつつお詫びもしなければならない。今回で、この一連は一応の区切りとし、今後発行されていく『翔』をまた読ませていただく機会を待ちたい。「翔の会」に拠り、福島の地にあって作品を発表し続ける皆さんの歌人魂により、なお続くであろう厳しい日々のなかで紡がれる作品の真実と、皆さんのご健勝を願う思いは切である。(2014/04/17)


【核を詠う】(149) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(6) 「原発の炉心の光見えざれば何年かかる故郷への道」 山崎芳彦
 『翔』第44号の短歌作品を読みながら、福島第一原発の壊滅事故による核放射能の排出、拡大、人の暮らす場所のみならずあらゆる場所、自然環境を汚染し続けていることについて、その底知れない危険を感じつつ、日々を生きる人間、かかわりあう自然のさまざま、過去も現在も未来をも受け止めて詠われていることに、筆者は詠うものの一人として共感と敬意を感じないではいられない。同時に、原発・原子力に関するこの国の政治、経済、社会、人々のありようについて多くのことを考えさせられ、自分を省みさせられることに、短歌文学の持つ意味についても思うことが少なくない。(2014/04/08)


【核を詠う】(148) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(5) 「原発に真向ひ生き来し友なるを歌集一冊『青白き光』」 山崎芳彦
 福島の歌人による同人歌誌『翔』(季刊)を読んできているが、今回は第42号(平成25年1月26日発行)、第43号(同4月27日発行)の作品から原子力詠を読ませていただく。同誌の作品はもとより原子力にかかわる短歌に限定して収録しているわけではなく、それぞれの歌人が個性のある多彩な作品を寄せている。しかし、この連載で詠み始めた第35号(平成23年4月発行)以後、東日本大震災・福島原発壊滅事故に関わっての作品が大きなウェイトを占めているのは、地震・津波の被災と、さらに深刻極まりない原発事故が解決、収束の見通しがなく続いているなかで、福島の地に生き、生活し、思い、日々を過ごしながら詠い続けているのだから、それぞれ置かれている立場や生活の場、家族や地域の現実が異なりはしても、当然であろう。(2014/03/28)


ユトレヒトでアニメ映画祭
  3月19日(水)から23日(日)まで、オランダのユトレヒトでアニメ映画祭が行われている。ユトレヒトは首都アムステルダムから30キロばかり南に下った町だ。長編や短編、さらに学生による作品など、カテゴリー別にコンペティションが行われる。ウェブサイトによると審査員は中国、トルコ、フランスなど多国籍からなる。(2014/03/23)


【核を詠う】(147) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(4) 「覚醒せよ覚醒せよといふ声す原発事故の深き闇より」 山崎芳彦
 今回も歌誌『翔』の作品を読む。同誌の第40号(平成24年7月29日発行)、第41号(平成24年12月1日発行)を読むのだが、東日本大震災・福島原発壊滅事故から満1年余が経過した時期の発行だが、地震・津波による被災、原発事故による被災が複合・加重しあって、同誌を刊行する福島の歌人たちは大きな苦難が続いているなかで短歌作品を詠い続けていた。(2014/03/21)


【核を詠う】(146) 福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(3) 「野も山も放射能汚染にさらされて逃げゆく所もう無き吾等」 山崎芳彦
 今回は歌誌『翔』の第39号(平成24年4月29日発行)から原発詠を読むが、東日本大震災・福島原発壊滅事故から1年余を経た時点の発行であり、原発事故、放射能汚染に関わって詠われた作品が数多く掲載されている。まさに原発事故の収束の見通しは無く、放射能禍の中にあって生き、生活し、さまざまなことを考え、感受しつつ「翔の会」の歌人たちは詠い続けたことが示されている。(2014/03/16)


侮りがたし! ドイツの芸術力 へニング・ワーゲンブレット氏(イラストレーター)の絵本  村上良太
  欧州で芸術と言えばフランス。あるいはイタリア。それが常識だが、ドイツも侮りがたいパワーを持っていた!今欧州の書店で売り出し中の絵本がロバート・ルイス・スティーブンソン作「海賊と薬剤師」(Der Pirat und der Apotheker)。表紙を見ればおわかりの通り、わくわくするイラストがつけられている。この本、パリで信頼できる個性的な書店複数で同時に売出し中だった。ドイツ語は不明だが、イラストにスタイルがあり、力があると思った。(2014/03/15)


ドイツの才気ある女性芸術家・イラストレーターが集結「SPRING誌」 2004年から自 前で刊行
  ドイツ人の女性の芸術家やイラストレーターが集まって、漫画やイラストなどを中心にした個性的なビジュアル誌を毎年刊行している。媒体の名前はSPRING。今こそ女性の芸術パワーを示そうと2004年にハンブルクで最初の号が自主制作的に生まれ、今日まで参加アーチストたちが広告を取り、自前で定期的に発行を続けている。そして3月の現在、新刊の準備中だ。参加アーチストには国際的に活躍しているアーチストが多い。(2014/03/13)


【核を詠う】(145)福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(2) 「原発の火葬を思ひ原子炉の建屋の残骸箸もてつまむ」 山崎芳彦
 2014年3月11日の今日、筆者はパソコンの前に座って本稿を書いている。あの日、2011年3月11日にもこの場所にいて、突然の地震の、かつて経験の無い衝撃に驚き、あわててパソコンを切り、その間にも激しくなる揺れに尋常でない事態を考え、必須と思われるものをバッグに詰め、厚手の上着を身につけ、ポケットに詰められるだけの食品を入れ、ペットボトルの水を持って、家を出た。茨城県南部の農村部のわが家は周辺が水田であり、家の近くの農道に、立っているのも難しいほどの揺れのため、座り込んで一人家を見ていた。しばらくすると、家の屋根のぐしの辺りが崩れ始め、屋根の上を瓦が転がり落ちだすのが見えた。(2014/03/12)


【核を詠う】(144)福島の歌人グループの歌誌『翔』から原子力詠を読む(1) 「原発の差し止め訴訟起こししがブラックリストにのりたるわれら」 山崎芳彦
 今回から、福島市をはじめ同県内にに在住する歌人集団の「翔の会」が季刊で発行し続けている歌誌『翔』の第35号(平成23年4月24日発行)〜第46号(平成26年2月1日発行)、つまり平成23年の3・11以後、現在までに発行された号から、原発、原子力に関わって詠われた(筆者の読みによる)作品を読ませていただく。(同誌編集発行人の波汐國芳さんにお願いし快くお送りいただいた。「謹呈」とあった。深く感謝の思いの中にある。)(2014/03/08)


【核を詠う】(143)『角川短歌年鑑』の「作品点描」(平成24〜26年)から原子力詠を読む(3)「原発なき未来を語る人のをりグラスの氷ゆびでつつきて」 山崎芳彦
 「角川短歌年鑑」の直近3年(平成24〜26年版)に収載の「作品点描」に取り上げられた原子力詠を読んできて今回が最後になるが、主として平成23年の3・11福島第一原発の壊滅事故によって引き起こされた災害にかかわって、福島はもとより全国の歌人、詠う人々が、さまざまな視点から詠った作品の、おそらくは極めて限られた一部を読ませていただいたことになる。3・11から3年、東北の被災からの復興は人々の苦しみから考えれば道遠しと言うべき状況であり、とりわけ福島第一原発事故による災害は、事故収束への見通しが立たないまま10数万人の人々が避難生活を強いられ、原発立地周辺地域の一部は核放射能の脅威により人が生活し、共同体を形成し、人間の歴史をつないでいくことができない「異界」にされようとしている。(2014/02/25)


ノーラのニューヨーク(写真)日記
  ニューヨークのブルックリン在住のイラストレーター、ノーラ・クリュークさんからのメールです。今、ニューヨークでも雪が降りやまないそうです。この写真を見てください、と。窓の外は白い雪景色。そんなノーラさん、それでも、と言います。(2014/02/17)


【核を詠う】(142)『角川短歌年鑑』の「作品点描」(平成24〜26年)から原子力詠を読む(2)「内部被曝の世代といふが現れむ団塊の世代の死に絶えし頃に」 山崎芳彦
 福島市在住の歌人・波汐國芳さんの短歌作品「活断層覚む」十五首が「うた新聞」2月号(いりの舎発行の月刊短歌総合紙)の一面の「今月の巻頭作家」欄に掲載されているのを読みながら、1925年生まれ、歌歴70年におよぶ波汐さんの意欲的な、詩精神ゆたかな原発詠に心うたれた。そのうちの5首を記したい。(2014/02/14)


【核を詠う】(141)『角川短歌年鑑』(平成24〜26年)の「作品点描」から原子力詠を読む(1) 山崎芳彦
 「角川短歌年鑑」は、毎回「作品点描」にかなりの頁を割いて、その年の総合短歌誌、結社誌などに掲載された作品から、歌人が作品と作者を「点描」する企画を続けている。「点描」を書く歌人が選ぶ歌人とその作品についての評言、作品の読みなど、それぞれ個性や視点の据え方は当然区々であり、面白い企画だと読んでいる。今回から、その「作品点描」が取り上げた原子力詠を、平成24〜26年版の3年分を読みたい。(2014/02/07)


【核を詠う】(140)『角川短歌年鑑平成26年版』の「自選作品集」から原子力詠を読む(2)「阿武隈川くねり流るる流域の中通りとぞ苦しむ大地」 山崎芳彦
 前回に続いて『角川短歌年鑑平成26年版』に所収の「平成25年度自選作品集675名」から、原子力にかかわって詠われたと筆者が読んだ作品を読ませていただく。角川短歌年鑑の自選作品集を読み始めたのは、平成23年度から数えて3回目になるが、自選作品集(作者各5首)のなかから原発詠として読み、抄出させていただいた作者と作品の数は、平成23年度が107人、208首(自選作品集全体は688人、3440首)、24年度が73人、138首(全体679人、3395首)、25年度が53人、109首(全体675人、3375首)であった。筆者の読みによるものであるし、作者各5首に限定して自選された作品集なのだから、この3年間の数字によってなにごとかを推論したり、原子力を詠う短歌についての傾向を考えるベースにするつもりはない。『角川短歌年鑑』の「自選作品集」の3年間の「推移」をあげたに過ぎない。(2014/01/30)


独創的な作家エドワード・ゴーリーの記録映像 米ドキュメンタリー作家がウェブで公開
  A:エイミーは階段から転がり落ちた。B:ベイジルは熊に襲われた・・・子供たちがどう死んだかをワンフレーズでアルファベットのAから続けていく絵本「ギャシュリークラムのちびっ子たち」(The Gashlycrumb Tinies)。不気味な手毬歌のようだが、同時にあっさりと淡々とつづられていく。こんな作風で世界的に知られる不思議な米作家、エドワード・ゴーリー(Edward Gorey,1925年-2000年)。(2014/01/24)


【核を詠う】(139)『角川短歌年鑑平成26年版』の「自選作品集」から原子力詠を読む(1)「この国に人の住めざる地は増えむ 遠く松木村、今、原発に」 山崎芳彦
 角川学芸出版編集による「角川短歌年鑑平成26年版」(平成25年12月、株式会社KADОKAWA発行)は、2013年の短歌界をさまざまな視点から総括する評論、座談会、作品の収載、さらに短歌界に関わる各種資料などを編んで、貴重な年鑑である。毎年、このような企画が続けられていることは、短歌文学についての歴史的な資料的価値とともに、短歌界、歌人が当面している課題や問題点を一年を区切りにして提起するという大切な役割を果たしているというべきだろう。この連載では前回まで短歌研究社の「短歌研究2014年版短歌年鑑」を読んだが、それにつづいて角川の「短歌年鑑」から、この連載、「核を詠う」短歌作品の収集と記録、という立場から読ませていただくことになる。「核を詠う」短歌作品ということで読んでいるのだが、筆者の読み、受け止めによってのものであるので、作者の作歌意図にそぐわない場合もあると思う。筆者が責めを負うしかないがご寛容をお願いする。(2014/01/23)


「おれは帰らなければならない」・・・ 望郷の悲しみと祈りを詩う浪江町の詩人・根本昌幸詩集『荒野に立ちて―わが浪江町』を読む 山崎芳彦
 福島県浪江町に生まれ育ち、暮らし続け、あの3・11以後、避難を余儀なくされ、いまは相馬市に住み、詩を書き続けている根本昌幸さんの詩集がこのほど刊行された。『荒野(あらの)に立ちて―わが浪江町』(コールサック社刊、定価1500円+税)である。東日本大震災、あの巨大地震と津波による被災に加えて、東京電力福島第一原発の壊滅事故によって恐るべき核災に襲われた原発立地地域の浪江町を故郷とし、理不尽にもその故郷を追われた詩人が、あの3・11以後に書き記した作品によって編まれた望郷の深い祈りと願いがこもった詩集である。(2014/01/13)


【核を詠う】(138)『短歌研究2014年版短歌年鑑』の年刊歌集から原子力詠を読む(3) 「原発の事故責任を問はぬまま我慢を強ふる『絆』と言ひて」 山崎芳彦
 朝日新聞1月6日(月)付朝刊の「朝日歌壇」は、今年に入っての初回になるが、選者4氏が採った作品を読み、少し驚いた。いや、驚くことはないのだろう。短歌を詠む人々がいま深い関心を持ち作品化しないではいられない題材として、特定秘密保護法、福島原発事故を巡る現状があり、多くの作品が出詠され、選者も採るべき作品として選んだということであるのだろう。(2014/01/12)


【核を詠う】(137) 『短歌研究2014年版短歌年鑑』の年刊歌集から 原子力 詠を読む(2) 「憎まれて拒まれてまた除かるる吾らの土地よ陽炎の立つ」 山崎芳彦
 福島県いわき市在住の歌人、高木佳子さんが「うた新聞」(いりの舎発行)の一月号の特集「新春発言」において「坑内のカナリアとして」と題して、相当に刺激的で重要な問題提起をしているのを読んだ。高木さんは2011年3・11の東日本大震災・福島第一原発の壊滅的事故の被災をしたのだが、お子さんを含む家族が厳しい環境のなか、いわき市にとどまって生活し、同地から短歌作品はもとより、多くの短歌誌紙への評論やルポルタージュの発表、さまざまな会合に参加しての発言、個人歌誌の発行、インターネットブログでの報告など、積極的に発信をしている。地域に根ざしての行動も行っている。(2014/01/07)


第一次大戦から100年 オランダからの手紙 〜日中関係を平和に解決しよう〜 ジャズマンのメッセージ
  1914年に始まった第一次世界大戦から100年が過ぎた欧州。オランダでディキシーランドジャズを演奏しているバート・ブランス(Bert Brandsma)さんから、メッセージが届きました。日本と中国の間の緊張が高まっている事に対してです。(2014/01/05)


【核を詠う】(136)『短歌研究2014短歌年鑑』の年間歌集から原子力詠を読む(1) 「線量に日々をかこまれ福寿草ののぞくフクシマ三年目なり」 山崎芳彦
 月刊短歌総合誌「短歌研究」(短歌研究社発行)12月号は2014年短歌年鑑として編集されている。当然、2013年の短歌界を回顧し、また展望する内容となっている。特集座談会「3・11から2年、震災詠を考える」(司会・佐佐木幸綱)では東日本大震災・福島原発事故にかかわっての短歌会の特徴として、現代歌人協会が『東日本大震災歌集』を出版したのをはじめ、短歌結社の「歩道」が『歌集平成大震災』を刊行、宮城県歌人協会が『東日本大震災の歌』を刊行するなど歌人団体がアンソロジーを企画出版したことを挙げている。(本連載の中で、『東日本大震災歌集』、『歌集平成大震災』から、原発にかかわる作品を読ませていただき、記録した。) (2013/12/28)


【核を詠う】(135) 『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読む(5) 福島の子らの書きたる短冊にガンにならないやうにとありぬ」 山崎芳彦
 「その後の生を虚しくするようなトータルな破局を破滅と私は呼ぶが、このような破滅的な事故が絶対に許されてはならないと私は思う。確率という概念をあえて用いるならば、破局的な大事故の確率は十分に小さくなくてはならないが、破滅的な事故の確率は絶対的にゼロでなければならない。つまり、どんなにわずかでも破滅の可能性が残るような技術は、究極の『死の文化』であり、そのような技術の選択はすべきでない。」(高木仁三郎『巨大事故の時代』、弘文堂、1989、P210) (2013/12/18)


【核を詠う】(134)『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読む(4) 「十万年使へぬ土地をさらしつつ再稼働する原発はある」 山崎芳彦
今回も『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読むのだが、2011年3・11の東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故がこの国にとっていかに重大な出来事であったかを、短歌作品を通して改めて考えている。この連載では原発詠を抄出して記しているが、原発事故がどれほど深刻な影響を人々の生活、生存、社会のあり方、さらに自然環境に与えているか、この事態がなぜ起きたのか、これからどのように福島をはじめ被災地の復興、再生を実現していくのか。脱原発社会に向けてどのように進むのか。3年目を迎えようとしているなかで、反国民的な本性を剥き出しにしている安倍政権とその利害共同勢力には適切、機敏な政策実行を委ねることができないことは、閉会した国会における安倍政権・与党の振る舞いを目の当たりにして明らかである以上、国民的な議論と行動によって、虚構の「大予党」(現政権を許してしまった前回総選挙においては投票率59.3パーセントの中で自民党の得票率は小選挙区でも43パーセント、比例代表区にいたっては27.6パーセントに過ぎなかったことを考えれば、有権者の4分の1の支持を受けたに過ぎなかったことを思い起こそう。今年7月の参院選でも投票率52.6パーセントで自民党の得票率は比例代表で34.7パーセント、選挙区で42.7パーセントだったから前有権者ベースではやはり20パーセント台の得票率だ。)の独裁的な政治、行政執行に対して歯止めをかけるあらゆる手段と方法を講じる力を、困難はあっても構築していくことが求められているというしかない。(2013/12/13)


【核を詠う】(133)『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読む(3) 「放射能見えず臭はず冬に入るみちのくの海、大地、森、河」 山崎芳彦
 今回も『現代万葉集』の原子力詠を読むのだが、それに先立って、原発、原子力問題とも深くかかわることになるに違いない「特定秘密保護法案」について、筆者の思いなどを記しておきたい。(2013/12/05)


イラストレーター ソフィア・マルチネック  〜見る人をわくわくさせる天才〜  
  パリはモンマルトルでドイツ文学を専門に扱うBUCHLADEN書店の女主人ギゼラ・カウフマンさんに推薦されたのがソフィア・マルチネック著「HUHNER、PORNO、SCHL’A’GERREI」という潤沢に自作のイラストをつけた本だ。ギゼラさんはパリ在住のドイツ人で、パリに住む多くのドイツ人が本を買いにやって来る著名な書店である。そして、ギゼラさんの本に対する造詣は深い(2013/12/01)


ファシズム研究の山口定氏、亡くなる
  今月17日、ファシズム研究に取り組んだ山口定(やすし)大阪市立大学名誉教授・立命館大学名誉教授が亡くなった。東大法学部卒業。79歳だった。山口氏の専門は欧州政治史で、中でもドイツのファシズム研究では第一人者だった。ナチスが政権を奪うまでの過程を分析した著書もあれば、戦後の新たな極右運動を分析紹介した本もある。(2013/11/29)


【核を詠う】(132)『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読む(2) 「いざ目覚めよ豊葦原の荒ぶる山原発いらぬと火焔をあげよ」 山崎芳彦
 前回に引き続き日本歌人クラブ編『2013年版現代万葉集』から原子力(原発事故、放射能禍、原爆)にかかわる作品を読むが、いま筆者がどのようなことを考えながら作品に向き合っているかについて、少し記しておきたい。(2013/11/28)


【核を詠う】(131)『2013年版現代万葉集』から原子力詠を読む(1) 「福島にむきあう広島 ヒロシマとフクシマ 雨の八時十五分」  山崎芳彦
日本歌人クラブ(秋葉四郎会長)が全国の短歌作者に呼びかけ、2013年版『現代万葉集』作品を募集(2012年1年間の自選作品3首)し、出詠歌(1837名、5511首)を編集した日本歌人クラブアンソロジー2013年版『現代万葉集』が10月25日に刊行された(NHK出版発行)。日本歌人クラブは約5000人が加入する短歌界最大の超結社団体だが、2000年(平成12年)から毎年度『現代万葉集』を刊行している。(2013/11/18)


島倉千代子を偲んで再録【演歌シリーズ】(14)吉岡治 歌手再生の手練 � ―大川栄策、島倉千代子、瀬川瑛子の甦り―  佐藤禀一 
 歌手、島倉千代子が死んだ。絶妙のペンで、まがまがしさと妖しさ漂う歌謡芸能の世界を記した威友佐藤稟一がベリタに連載した先品の中から島倉に触れた文章を採録する。佐藤稟一も早やこの世にいない。(大野和興)(2013/11/14)


パリの芸術家〜子供と親が遊べる文化の場を作る彫刻家ヴァンサン・ベルゴン〜
  パリで活躍している多彩な彫刻家、ヴァンサン・ベルゴン(Vincent Vergon)氏が今、取り組んでいるのは子供と親がともに遊べる場を作ること。それはアミューズメント産業が多額の投資をして建設するものとは性格を異にしていた。パリの北に位置する郊外のオーベルヴィリエ。アフリカなどから渡ってきた移民が多く暮らす地域だ。また同時に家賃が高くなったパリからやってきた芸術家たちの新たなアトリエの拠点にもなっている。(2013/11/04)


【核を詠う】(130) 『朝日歌壇2013』から原爆・原発詠を読む(4)「除染の『除』、減染の『減』しかれども消染の『消』あらずして冬」 山崎芳彦
 『朝日歌壇2013』から、原発、原爆にかかわって詠われた(と筆者が読んだ)短歌作品を抄出し記録してきたが、今回で終る。多くの原発事故の被災や原子力エネルギー依存社会が生み出した矛盾が短歌表現されている作品を読むとき、人々の生命、生活、社会のありようと原子力のかかわりの深刻さ、これからどのように原子力の問題を考え、短歌文学の分野でも表現していくか、きわめて今日的な課題であることを改めて思った。そのためにも、核、原子力について、私たちが生きている現実の中で、知るべきことを知り、考え、時には行動し、向かい合う姿勢が必要であろうと考える。(2013/11/01)


パリの文化の危機  家賃の高騰で書店が閉店  芸術家は郊外へ
   パリでまた一つ書店が閉店することになった。モンマルトルで25年営業してきたブッシュラ−デン(BUCHLADEN)書店だ。この書店はドイツの本を中心に日本文学の翻訳書も含め、外国書の専門店として知られてきた。1年以内に店を閉じることになるという。(2013/10/26)


【核を詠う】(129)『朝日歌壇2013」から原発詠を読む(三) 「炎天に我もとぼとぼ蟻のごと脱原発を唱えて歩く」  山崎芳彦
 二度目になるが、『放射性廃棄物―原子力の悪夢』(ロール・ヌアラ著、及川美枝訳 緑風出版刊 2012年4月)を読んでいる。著者のロール・ヌアラはフランスの日刊紙『リベラシオン』の原子力、環境問題を専門にしている記者だが、同書は彼女が積み重ねてきた放射能汚染・放射能廃棄物に関する調査の結果を、私たちに示してくれている。同書は、彼女がドキュメント映画「放射性廃棄物―終わらない悪夢」制作(2009年)のために八ケ月にわたって「放射性廃棄物についての調査で世界中のゴミ捨て場を回ってきた」記録をまとめた貴重な一冊である。(2013/10/26)


【核を詠う】(128)『朝日歌壇 2013年版』から原子力詠を読む(2) 「『おれたちはただのマウスよ』南相馬の放射能浴びし若きら叫ぶ」 山崎芳彦
 前回に引き続き『朝日歌壇 2013』から原子力詠の短歌作品を読み続けるのだが、現在、第185回臨時国会が開かれている。筆者は安倍首相の「所信表明演説」を聞き、新聞紙上で読んだが、聞きながら、読みながら、気分が悪くなった。そこには、日本の人々の現実、とりわけ東日本大震災・原発壊滅事故の実情を軽視し、この国の人々の現在と未来の生活と生命に対する無責任、弱肉強食社会にさらに向かう政権の本質を、言葉を飾り、躍らせてはいるが、差別と強者尊重・弱者足蹴の言語によって構成した「所信」があった。(2013/10/21)


パリの芸術家  〜ベンジャミン・ハドソン・ディーン〜
  僕がベンジャミン・ハドソン・ディーン(Benjamin Hudson Dean)というフランス人らしくない名前の画家に出会ったのは一枚の絵を前にしている時だった。それはオランウータンの肖像画だった。オランウータンを肖像画にする、という発想に驚いたのと、オランウータンの毛が油絵にしても妙にゴワゴワと厚くなっていて、カンバス自体が起伏に富んでいて不思議な絵だな、と感じたのだった。人を食った印象もある。実はこの毛の素材は実際の樹皮を使っているのだと教えてくれた。「生素材」というコンセプトで芸術活動に取り組んでいる人々がいる。これをTXBRUT(テクスチュア・ブリュット)と呼んでパリで絵の連作を行っているのがベンジャミン・ハドソン・ディーン氏だ。(2013/10/19)


フランスの演出家パトリス・シェロー氏の死
  10月7日、フランスの演出家、パトリス・シェロー(Patrice Chereau)氏がガンで亡くなった。68歳だった。舞台の演出家だったほか、映画監督としても「王妃マルゴ」「傷ついた男」「愛する者よ列車に乗れ」などの力作を作っている。ルモンド紙では3ページにわたる大々的な追悼記事を組んでいた。家族はもともと絵を職業としており、母親は服飾のためのデッサンを、父親は画家だった。子供の頃から絵を両親から手ほどきされた経験が、「対象を見つめる」演出家への素養となったのだろうと書かれている。映画監督としても知られる人だが、フランスにおいては舞台演出家としての存在感の方が先行している。(2013/10/16)


パリの芸術家  カンバスは地下鉄の切符の裏
  パリには地下鉄が発達している。様々なラインが網の目のように走っているおかげで、交通に不便はない。地下鉄の乗車賃はどこまで乗っても距離に関せず同額だ。駅の入口で切符を機械に入れてチェックが入ると、あとはどういう経路でもかまわない。出口で切符を機械に入れて回収することはない。扉を押して出るだけだ。合理的といえば合理的だ。そんな地下鉄の切符に絵を描いている画家に出会った。(村上良太)(2013/10/15)


【核を詠う】(127)「朝日歌壇2013年」から原爆・原発詠を読む(1) 「原発の再稼働否(いな)蟻のごととにかく集ふ穴あけたくて」 山芳彦
 今回から『朝日歌壇2013』(朝日新聞出版刊、2013年4月)から、原発・原爆などにかかわって詠われた作品(筆者の読みによる)を読み、抄出していきたい。本連載では、以前に、同2012版を同様にして読んでいるが、今回の作品は2012年1月〜12月の朝日新聞歌壇欄に発表された投稿入選歌を一巻にまとめられた作品からの抄出になる。(2013/10/15)


パリの芸術家  写真家ベルナール・ルッソ
  40人が参加したパリの芸術青空市、'Place aux artistes!'。そこには写真家も4〜5人参加していた。その一人、ベルナール・ルッソ(Bernard Russo)氏はアジアや中東など世界各地を旅行して写真を撮影していた。彼のブースに行くと、10数枚の写真が壁に掲げられて販売中だった。中心にアジアの田園や寺院を歩く女性の写真があり、また側面にはイスラム社会の静謐な一コマをとらえた写真が掲げられていた。(村上良太)(2013/10/14)


パリの芸術家〜政治と芸術について〜写真家ニコル・ペシュキン 2 〜
  40人の芸術家による青空市「Place aux artisites !」に参加し、「デモ行進する人々」(Gens en marche)というコラージュ作品を展示していたニコル・ペシュキンさんに政治と芸術についてお聞きした。(村上良太)(2013/10/10)


パリの芸術家 〜ラルザックの夏の思い出〜
  パリ5区のモーベール広場で行われた芸術展、「Place aux artistes!」。40人の芸術家が参加したが、中には写真家もいた。僕の目を惹きつけたものに写真のコラージュがあった。それは人々がデモ行進をしている写真の切り張りだった。タイトルは「Gens en marche」(行進する人々)。ウーマンリブもあれば、移民の権利を擁護するデモのコラージュもあった。しかし、中でも目を引いた1枚の大行進には「ラルザック→パリ 710km」という幕が掲げられていた。ラルザックとは何だろう?多くの人々が野原を行進している。何かの抗議運動に違いない。(2013/10/10)


【核を詠う】(126) 鴫原愛子歌集『光を握る』から原発詠を読む「七ケ月余の避難生活より帰り来て里の荒廃を悲しむわれは」   山崎芳彦
 福島県南相馬市の歌人・鴫原愛子さんの第一歌集『光を握る』(北炎社 2012年12月刊)には福島第一原発の壊滅事故による被災にかかわって詠われた作品が収載されている。原発事故によって南相馬市は大きな打撃を受け、各地への避難を余儀なくされた市民が多かったが、鴫原さんは娘さんが住む横浜に退避し七ケ月を過ごし帰郷したという。(2013/10/09)


パリの芸術家〜 'place aux artistes !'  パリの空の下で40人展 〜
   ギャラリーに入るのは敷居が高くないか?普通の生活者の目に留まる場所で展示をやろう・・・。そんな考えを抱いたパリのギャラリーが青空の下で展示会を始めた。’Place aux artisites!'( 芸術家に場所を!)という展示会、この秋は10月5日から3日間、パリ5区のモーベール広場で行われた。展示に出品したのは40人の芸術家たち。(村上良太)(2013/10/08)


ベルギーの人形劇団 TOF 〜切れ味が鋭い大人の笑い〜
 前回、フランス東部、シャルルビル=メジエールの国際人形劇フェスティバルについて報告した。その時参加していた個性的な人形劇団の1つを紹介しよう。ベルギーの「TOF」だ。1987年から人形劇を上演している劇団で、海外公演を盛んに行っているが、本国ベルギーでは首都ブリュッセルの国立劇場などで公演している。TOFとはベルギーの言葉で「すごい」とか「偉大な」という意味だそうだ。シャルルビル=メジエールで今年上演して大好評だったのが次の出し物。(村上良太)(2013/10/05)


【核を詠う】(125)『平和万葉集 卷三』から原爆・原発詠を読む(4) 「詠まずにはゐられで詠みし正田篠枝描(か)かずにゐらで描きし丸木俊はや」   山芳彦
 『平和万葉集 卷三』を読んできたが、今回で終ることになる。原爆、原発に関して詠われた作品を抄出、記録させていただいたが、13年前に編まれたこの作品集を、現在の政治・社会の状況を踏まえて読んで深く共感する短歌作品の多くに出会えたと思っている。(2013/10/04)


パリの芸術家   トリスタン・バスティ
  パリ19区にアトリエを構える画家のトリスタン・バスティ(Tristan Bastit)氏を訪ねた。バスティ氏はフランスでは巨匠に入る人だが、若い頃から中央画壇やアカデミズムには背を向け、独自の歩みを続けてきたと聞く。ベルヴィルという地下鉄の駅を出ると、あたりはチャイニーズとベトナム人がたくさんいる街であることに気づく。アトリエは2階。初めて訪ねると、バスティ氏は一人昼食のパスタを食べていたところだった。(村上良太)(2013/10/04)


パリの芸術家 ジャンヌ・ブシャール   
  同時代を生きるパリの芸術家はどんな人たちなのか。どんな作品を作り、どんな生活をしているのか。それを見たいと思った。今回訪ねた芸術家はジャンヌ・ブシャール(Jeanne Bouchart)さん。彫刻家で、1967年生まれのベテランだ。彼女はスペインやベルギーなど海外でも個展を開き、日本でも何度か展示を行っている。(村上良太)(2013/10/03)


[核を詠う](124)『平和万葉集 巻三』から原爆・原発詠を読む(3) 「核廃絶願いて夜々を折る鶴の六百羽となる古稀の夏至の日」   山崎芳彦
 『平和万葉集 卷三』から原子力に関る短歌作品を読んでいる(前回のタイトルで原爆・原発詠を読む(3)としてしまいましたが(2)の誤りでした。今回が(3)になります。お詫びして訂正します。)が、13年前に刊行された短歌アンソロジーを読みながら、核をめぐる、とりわけ原発をめぐる現状をみていると、しばしば暗澹たる思いに落ち込まないではいられない。とともに、現実の動向の無慚さに足をとられ、心沈ませているわけにはいかないと自身を鼓舞して、自らなしうることに目を向けようとしている。(2013/09/29)


パリの散歩道  シャルルビル=メジエール
  パリから東に240キロ離れた街、シャルルビル=メジエール。日本人にはあまりなじみのない名前かもしれないが、人形劇の国際フェスティバルが2年に一回開かれている。9月20日から29日の10日間の公演期間に世界中から人形劇団が集まってくる。実は世界的に有名な祭典で1961年に始まり、今年で17回目。かつては3年毎だったのが2009年から2年毎になり、フェスティバルの規模も年々発展しているようだ。今回、パリで取材中のアーチストがこのフェスティバルに参加することになり、取材でついていった。(村上良太)(2013/09/29)


【核を詠う】(123)「平和万葉集 卷三」から原爆・原発詠を読む(3) 「臨界の核もたやすく起るとは事故の日までは思ひみざりき」  山崎芳彦
 前回に引き続き2000年に刊行された『平和万葉集』から、核、原子力にかかわる短歌作品を読むが、原発をテーマに詠われた作品が多いことに、いろいろなことを考えさせられている。(2013/09/24)


【核を詠う】(122)『平和万葉集 卷三』から原爆・原発詠を読む(1)「人智もて星の滅びに勤(いそ)しむや兵器にあらぬ核も怖るる」  山芳彦
 今回から読む『平和万葉集 卷3』は2000年8月15日に刊行されたアンソロジーだが、書名が明かしているように「平和を愛するという一点での共同とその発展」という目的に賛同する短歌人をはじめ文化・芸術の各分野で活動する有志の協力によって刊行されたものであることが、刊行発起人(加藤克己、近藤芳美、中野菊夫、武川忠一、碓田のぼる)による序文に記されている。(2013/09/15)


【核を詠う】(121)高木佳子歌集『青雨記』から3・11以後の作品を読む 「むざんやな をさな子の手にほのあかきヨウ化カリウム錠剤ひとつ」 山芳彦
 福島県いわき市在住の歌人・高木佳子さんの歌集『青雨期』(2012年7月 いりの舎刊)から、2011年3・11以後の大震災・福島原発の壊滅事故に関って詠われた作品を読ませていただく。同歌集は高木さんの第二歌集で約300首が収載されているが、1〜鶩の章のうち鶩の49首が3・11以後の作品である。この歌集は第13回現代短歌新人賞を受賞している。(2013/09/09)


「カメラマンとは何か」〜フィルムからビデオへ〜
カメラマンとは何なのか。愚問かもしれない。だが、テレビの映像はカメラで撮影される。だからカメラマンの技術や感性が問われる。しかし、近年、誰でも手軽に撮影できる民生用のビデオカメラが普及して、カメラマンとは何なのか、その存在が改めて問われているように思う。そのことを考えるために、テレビの始まった当初のフィルム時代の話を往年のカメラマンに聞きに行った。フィルム時代とビデオ時代でカメラマンの仕事も大きく変わったのではないか、と思われたからだ。(村上良太)(2013/09/02)


【核を詠う】(120)大口玲子の短歌「さくらあんぱん」(月刊歌誌「短歌」2012年6月号所載)他を読む 「いくたびも『影響なし』と聞く春の命に関はる嘘はいけない」 山芳彦
 大口玲子さんの3・11以後の短歌作品を読んでいるが、その間、福島第一原発の放射能汚染水のきわめて深刻な流出、漏出の問題が、海への流出拡大もあって、原発事故による放射能の環境に対する汚染が引き続いていること、それに対する対策が極めて不透明かつ有効性を欠くことなどもあり国内にとどまらず、国際問題ともなっている。日刊ベリタ上でも、諸氏がこの問題についての解説記事を書かれている。筆者は改めてこの問題について立ち入らないが、福島の原発事故は今もなお続いている、そしてさまざまな事象が明らかになってきているし、これからも何が起こるか予測しがたい厳しい状況にあることを、確認しておかなければならないことを改めて思う。原発の壊滅的な事故がいかに深刻な事態を将来にわたって引き起すものであるかについては、チェルノブイリの経験からも、いまなお進行中である被害の実態を学ばされているのである。(2013/09/02)


【核を詠う】(119)大口玲子歌集『トリサンナイタ』から3・11以後の作品を読む③ 「なぜ避難したかと問はれ『子が大事』と答へてまた誰かを傷つけて」 山崎芳彦
 大口玲子歌集『トリサンナイタ』から、第三部に収録されている作品、2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故以後の短歌作品を読んでいるが、今回がその最後になる。同歌集に収録されている作品は2005年末から2012年1月までに発表された作品だから,作者が「晩春の自主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ」と詠っている「真旅」はなお進行中であり、宮崎市での母と子の生活が続いている。さらに多くの短歌作品が、その生活における真実、生きているなかで作者が詠わずにはいられない作品が、仙台に残り新聞記者としての仕事をしている夫が、月に一回宮崎を訪れ、家族三人のときを持つ場面も含めて、詠い重ねられているし、積み重ねられていくことになるだろう。(2013/08/22)


【核を詠う】(118)大口玲子歌集『トリサンナイタ』から3・11以後の作品を読む◆ 嵌媾佞亮主避難、疎開、移動、移住、言ひ換へながら真旅になりぬ」 山芳彦
 前回に続き大口玲子歌集『トリサンナイタ』から2011年3・11以後の作品を読むが、大口作品の特徴、まぎれのない確かな表現力によって、原発事故による放射能を避けて、子とともに自主避難し夫とともに居住していた仙台から九州の宮崎県に移住して生活している日々のありようを、具体的に、明瞭に詠っていることに、ひきつけられる。原発事故から日をおかずに避難した自身の「生活」を詠っているのだから、被災の実情や苦悩を詠う原発詠とは違うテーマ、作品であるが、しかしまぎれもなく母と子の、原子力放射能による深刻なこの国の状況のなかでの苦難を、生きる具体を詠って、その短歌表現は貴重である。(2013/08/15)


【核を詠う】(117)大口玲子歌集『トリサンナイタ』から3・11以後の作品を読む  屐愿杜呂鮴犬爐燭瓩某佑鮖Δ垢福戮叛鼎なる怒り湛へて言ひき」 山芳彦
 今回から大口玲子(おおぐちりょうこ)さんの第4歌集『トリサンナイタ』から、2011年3・11以後の作品を抄出、記録させていただく。同歌集は2012年6月に角川書店から出版され、筆者もすぐに読んだのだが、この連載では1年後の今回になってしまった。同歌集は、歌壇では昨年度の大きな収穫と評価され、若山牧水賞、芸術選奨新人賞などを受賞するとともに、東日本大震災・福島原発の壊滅事故の後、居住地の仙台市から当時2歳の子を連れて避難し、仙台市にある新聞社の記者である夫を残し、いくつかの地を経て宮崎県に在住して、その生活のなかで原発問題について詠い、発言し続けていることから広く社会的にも注目されている。(2013/08/11)


【核を詠う】(番外編)本連載筆者の原発・原爆詠 「文明と言へど原子力の冠をつければにはかに世は暗くなる」  山芳彦
 今回は、この連載の筆者である私の拙い原発詠を記させていただく。昨年10月30日に「番外編」としてまことに拙いと承知しながらも、詠うものの一人としてこの連載のなかに掲載させていただいたが、それに続く拙作、昨年8月以降に作歌した一部を掲出させていただくことにした。声調ととのわず、表現の齟齬の多いことを自覚しているが、現在の筆者の詠う力量であるから恥とするのではなく、さらなる鍛錬をわが身に課してのことである。脱原子力社会に向かっての、多くの人びととの共同・連帯の取り組みのなかで、詠うものとしての力を蓄えていきたいと思う。(2013/08/03)


フランスの俳優〜フランソワ・パティシエ 喜劇に魅かれて〜
  フランス人の中には日本文化に関心を持つ人が少なくない。俳優のフランソワ・パティシエ氏もその一人。日本を訪れたことがあり、東日本大震災の時には励ましの言葉を送ってくれた。彼は舞台に立つことが多いが、映画にも出演する。最近だと、フランスの名匠、アニエス・ジャウイ監督の最新作「Au bout du conte 」。ジャウイ監督はパートナーのジャン=ピエール・バクリ(俳優)と喜劇の脚本を多数共同執筆しており、社会性のあるコメディを作ってきた。この映画に出演しているパティシエ氏も3年前に「何か自分たちでも面白いことをやろう」と俳優仲間と脚本を書き、後に30分の短編映画「不測の事態」(Contretemps)を自主製作した。これはやることなすことすべて裏目に出てしまう不器用な男の喜劇で、自ら主演している。手に触れるものすべてが壊れたり、事故ったりする。そして出会った女も男の不幸に飲み込まれていく。この短編映画は今春、カンヌ映画祭にも出品されたばかりだ。(以下はインタビュー)(2013/07/23)


【核を詠う】(116)三原由起子歌集『ふるさとは赤』から原発詠を読む(4) 「再稼動のニュースが聞こえて心臓が脳が身体が地団駄を踏む」  山芳彦
 7月21日午前9時、参議院議員選挙の投票所から戻ってきて、パソコンの前に座って本稿を記している。マスコミの報道や、実際に知人友人、地域の人びととの接触の感じから、何とも気鬱というか、心が晴れない感覚というのが、今の心境である。低投票率、政権与党、中でも自民党の大幅議席増を思うと、やはり心が重い。選挙の結果だけで社会が変わるものとは考えてはいないが、原発再稼働、輸出を進める勢力が政権をより強固なものになったとして振舞うことを想像すると、やはり耐えがたい嫌悪感にとらわれてしまう。(2013/07/22)


パリの散歩道  ショーウィンドウのビザールな置物
  パリのショーウィンドウの写真が送られて来た。台の上に置かれているのは動物の置物のようだ。しかし、どこか風変わりな風貌である。(村上良太)(2013/07/21)


南青山の前衛美術の現場  VOID+  
 地下鉄「表参道」駅から徒歩3分の東京・南青山に美術の展示場VOID+(ヴォイドプラス)がある。建物は瀟洒な住宅のようだが、テナントのデザイン会社が建物内部のわずか7平米の茶室のような空間を使って前衛美術の展示を行っている。実際、訪ねてみると「うわぁー、なんて狭いんだ!」とまず思うだろう。しかし、その限られた空間ならではの面白味がある。展示は年間4〜5回ほど。次回の展示は10月から2か月間催される3人の女性アートストによる連続展だという。(村上良太)(2013/07/19)


焚書の光景  
 「対談 知識人たちの阿片」や「回想録」などの著書のあるフランスの社会学者・哲学者のレイモン・アロンはその日〜1933年5月10日〜、ベルリンで焚書を間近に見ることになった。(村上良太)(2013/07/19)


パリの散歩道   夏の飲み物
   パリにも夏がやってきた。ここはセーヌ河の右岸に位置する4区のリボリ通り。後にそびえるのは「サンジャックの塔」。この塔はスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅の起点となっている。(村上良太)(2013/07/18)


パリの散歩道  アパートの取り壊し
  これはパリの古いアパートの取り壊し風景。場所はパリ市内北部の18区。モンマルトルの周辺にマルティール通りという名の通りがある。3世紀にローマ皇帝の異教迫害命令によって斬首されたキリスト教徒の坊さんが自分の首を持って布教しながらこの通りを歩いたという言い伝えがあり、マルティール(Martyrs=殉教者)の名前はそこから来ている。これはその通りで撮影されたもの。1つの建物が解体されると、隣に残る古い建物の煉瓦の断面が露わになる。いつごろ建てられたものだろう。後に見える新しいアパートと対照的だ。ミヒャエル・ハネケ監督の映画「アムール」(Amour)で痴呆症の進む老妻を看る老夫(ジャン=ルイ・トランティニャン)が暮らしていたのもこんな古いパリのアパートの上の階だった。(村上良太)(2013/07/13)


【核を詠う】(115)三原由起子歌集『ふるさとは赤』から原発詠を読む(3) 「やりなおしできない世界を覚悟して警戒区域はいつも真夜中」  山芳彦
 いまたたかわれている参院選の福島選挙区では自民党、民主党の陣営が原発問題を選挙の争点から外そうとしていると、朝日新聞の「2013参院選注目区から」では書いている。「福島 原発語らぬ自・民」の見出しで、「自民 高市発言ショック、封印徹底」「民主 電力労組支援 歯切れ悪く」のサブ見出しが目立つ。共産・社民両党は脱原発を訴えているという。なぜ、共産、社民が脱原発で協力し統一候補が立てられないのか、この福島で原発問題を大争点にして論議を徹底してつくせないのか、いろいろあるかもしれないが、残念でならないと思うのは筆者だけだろうか。両党とも国民主権を大切にするというのだから、国民の意思が議会に反映できるよう、大道について欲しかった。「わが党が伸びれば・・・」だけではない道が無いはずはないだろう。筆者の切実な思いである。(2013/07/12)


パリの散歩道 〜詩の市場〜
  6月、パリのほぼ中心に位置する第六区のサン・シュルピス広場(Place Saint Sulpice )で「詩の市場」が開催された。会場には特設ブースが設置され、出版社・書店が集まってきて詩集を並べた。(村上良太)(2013/07/11)


【核を詠う】(114)三原由起子歌集『ふるさとは赤』から原発詠を読む(2) 「福島を学ばぬままに再稼働を求める人らは富しか見えず」  山芳彦
 7月4日に参院選が公示され、21日の投開票に向けて選挙戦がたたかわれている。参院選だから政権を争う選挙ではないのだが、選挙の争点を考えればやはりきわめて重要な選挙である。参議院でも安倍政権の与党勢力が過半数を占め、万が一にも3分の2に達するようなことがあれば、この国はきわめて危険な状況を迎えることになるだろう。(2013/07/07)


【核を詠う】(113)三原由起子歌集『ふるさとは赤』から原発詠を読む(1) 「突破する力がほしい阻まれたふるさとへ続く道の途中に」  山芳彦
 福島県・浪江町出身(東京在住)の三原由起子さんの第一歌集『ふるさとは赤』(本阿弥書店刊、2013年5月20日)を読みたい。福島原発の壊滅事故によって、ふるさとが、人びとが切り刻まれるように痛めつけられ、核放射能の汚染はその地で生れ、育ち、人としての自分を支えてくれた力を奪った。ふるさとは人の住めない苦しみの地にされてしまっている。人びとは、ふるさとから切り離され、あがきのなかで生きている。(2013/07/03)


【核を詠う】(112)『東日本大震災歌集』(現代歌人協会編)から原発詠を読む(4)「燃え滓の始末も出来ぬ原発なれど買ふてくだされ 技術でござる」   山芳彦
 『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』(岩波書店 2013.4.16発行)を読み始めた。同書は1986年4月26日のチェルノブイリ原子力発電所第4号炉の爆発事故による大惨事の影響を観察し、記録した研究者達の研究成果を5000点以上の文献・資料に基づいて系統的にまとめたものであり、膨大なデータと検証研究論文で構成されている。著者は、アレクセイ・V・ヤブロコフ博士ほか3氏、翻訳は星川淳氏を中心とするチェルノブイリ被害実態レポート翻訳チームによる。貴重な報告書であると思う。(2013/06/25)


【核を詠う】(111)『東日本大震災歌集』(現代歌人協会編)から原発詠を読む(3)「原発の五十基超ゆる現実にひしがるるのみ未だ間に合ふか」   山芳彦
 「命より金」「人間より経済成長」の安倍政権の本質をもっとも象徴的に明らかにしていることの一つは、その原発政策であるといっていいだろう。地球規模で人間の未来を暗黒の中に陥れる安倍政権の原発政策である。6月2日の全国規模での反原発行動の中での、芝公園の抗議集会で大江健三郎氏が「政権は政治的・経済的な根拠ですべてを進め、『倫理的』ということを考えない。核不拡散条約未加盟のインドと原子力協定を結ぶのは、広島・長崎への裏切りであり、国内の原発再稼働推進が福島原発事故で苦しんでいる人々への裏切りであるのと同じことだ。次の世代が生き延びることのできる世界を残すことを何よりも根本の倫理的根拠としてやっていくことが自分の仕事だと考えている。・・・」と語るのを聞きながら、筆者は高木仁三郎氏の著書『プルトニウムの恐怖』(岩波新書)に書かれている内容を思い起こしていた。(2013/06/16)


【核を詠う】(110)『東日本大震災歌集』(現代歌人協会編)の原発詠を読む(2)「安全と言ひくるめくる国側に東北の鬼とし老爺は声あぐ」  山芳彦
 岩波文庫の『志賀直哉随筆集』(1995年刊、高橋英夫編)を拾い読みしていて、「閑人妄語」の項の記述に呼びとめられた気がして、いろいろ思いをめぐらしながら読んだ。いろいろなことが書かれているのだが、たとえば、(2013/06/11)


【核を詠う】(109)『東日本大震災歌集』(現代歌人協会編)から原発詠を読む(1)「ヒロシマの廃墟と重ね東北の原発事故のぬけがらの街」    山崎芳彦
 全国の歌人780人を会員とする現代歌人協会(佐佐木幸綱理事長)が刊行した『東日本大震災歌集』(2013年3月11日付発行)は、同協会が去る3月9日に福島市の福島テルサで開催した「現代短歌フォーラム イン福島」―3・11はどう表現されたか―の企画とともに、それに先立って全会員に呼びかけ作品を募り(1人1首、483名が出詠)まとめたアンソロジーである。(2013/06/05)


【核を詠う】(108)歌集『平成大震災』(「歩道)同人アンソロジー、秋葉四郎編)の原発詠を読む(6)「原発の知識とぼしく過ぎしわれセシウムなるもの知りて戦く」 山芳彦
 歌集『平成大震災』に収録された作品から、原発にかかわって詠われた(筆者の読みによる)短歌を読んできて、今回で終るが改めて結社「歩道」のこのアンソロジー出版に敬意を表したいし、作品を寄せられた歩道同人の方々への共感を強くしたことを記しておきたい。この歌集を編集しながら、「作品の前では流涕佇立、長く時が流れてしまったのである。同時に、本集を後世に残す意義を改めて感じさせられもして、奮い立って仕事をつづけたのでもあった。」と「あとがき」に書いた秋葉氏の真情に感動を新たにしている。(2013/05/25)


【核を詠う】(107)歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー、秋葉四郎編)(5)「放射能の許容基準値越えしとぞわが頼むべき浄水場が」  山芳彦
 「憲法九条を守る歌人の会」(略称「九条歌人の会」)の会報「歌のひびき」10号が送られてきた。同会を運営して下さっている歌人諸氏に感謝するとともに、同会に賛同するものの一人としてできることをもっと積極的になさなければと考えている。7月4日公示、21日投票の予定の参議院議員選挙が迫っているが、自民党はアベノミクスの「成果」を謳いあげるとともに、改憲を争点として押し出し、参院でも改憲の発議に必要な3分の2を超える改憲勢力の議席を目指している。当然、原発再稼働問題も大きな争点となる。(2013/05/18)


【核を詠う】(106)歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー、秋葉四郎編)から原発詠を読む(4)「覚悟なく原発依存の成長に酔ひしわれらかと心のきしむ」   山芳彦
 円安・株高を囃しながら、安倍首相の財界・大企業を帯同してのセールスツアーを大々的に宣伝し、さらに目立つことなら何でもやって人気取りに狂奔している成果なのか、世論調査で高い支持率を誇っている自民党・安倍内閣だが、参議院選挙を経て多数を占めてから推進しようとしている政策の内容、政治姿勢を見ると許してはならない、恐るべきものというしかない。そのことについて内田樹(うちだたつる)・神戸女学院大学名誉教授が5月8日付朝日新聞朝刊(13版)17面のオピニオン欄に寄稿した「壊れゆく日本という国」は安倍政権の政治の本質を明らかにしていて、一読に値する。「『企業利益は国の利益』国民に犠牲を迫る詭弁 政権与党が後押し」「国民国家の末期を官僚もメディアもうれしげに見ている」の大胆な見出しが躍っているが、十分に政治の現在に迫る内容である。(2013/05/15)


【核を詠う】(105)歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー、秋葉四郎編)から原発詠を読む(3)原発の汚染おそれて放置せし葱が列なし坊主花咲く 山崎芳彦
 筆者の住む茨城県南部の地では、このゴールデン・ウィーク中にほぼ田植が終わり、連日のような強風の中で、幼い苗が水張田に葉先を覗かせ列をなしゆれている。夕方には田の面があかねに染まり、夕陽が水面に映り、田の道を歩くのは心地よい時間である。時どき田の中に立つ農婦に会うがその顔もあかねに染まっている。(2013/05/09)


【核を詠う】(104)歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー、秋葉四郎編)から原発詠を読む(2)「原発の事故にて休耕となりし田にしみじみとして雨ふりにけり」  山崎芳彦
 前回に続いて歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー)を読むが、前回、今回ともに東北各県の歌人の震災、津波、原発事故による被災を詠った作品を読み、その中から原発事故にかかわる作品を記録しているところであるが、自らの、あるいは家族、親戚、友人、知己の具体的な体験を踏まえ、生活の現実から生れる心情、心からの思いを短歌表現して深く切実である。(2013/05/06)


【核を詠う】(103)歌集『平成大震災』(「歩道」同人アンソロジー、秋葉四郎編)から原発詠を読む(1)「放射能の風評被害は若きらの結婚にまで差し障るなり」  山崎芳彦
 全国に1150名の出詠会員を持つ短歌結社「歩道」(月刊歌誌『歩道』を発行、編集者・秋葉四郎)が、「歩道」同人アンソロジーとして刊行した歌集『平成大震災』(秋葉四郎編、平成25年3月、いりの舎刊)は、ひとつの短歌結社が東日本大震災・福島第一原発事故をテーマにして全国の同人が詠った作品を集成した歌集として大きな意義を持つ、短歌史に残る事業だと評価したい。(2013/05/01)


【核を詠う】(102)横田敏子歌集『この地に生きる』の原発詠を読む(2) 「わが歌の誰に届くや届かぬやされど詠み継ぐ原発の歌」  山崎芳彦
 前回に続いて福島の歌人・横田敏子さんの歌集から原発詠を読むのだが、その前に、前回にも触れたフランスから海上輸送されているプルトニウムMOX燃料について考えながら、それにしても今、なぜこのようなことが行なわれているのだろうかと、深い闇のなかさまようように考え込む。(2013/04/22)


【核を詠う】(101)横田敏子歌集『この地に生きる』の原発詠を読む(1) 『福島の歌人(うたびと)たちよ声高く原発事故を詠い継ぐべし』  山崎芳彦
 本稿で書くのは、いささか不適当であろうことを承知の上で、あえて書き記しておきたい。国際環境NGОグリーンピースは4月15日付で、福島第一原発事故後初のMOX燃料のフランスからの国際輸送が差し迫っていることについて「不要かつ危険なMOX燃料国際輸送はただちに中止を」の声明を発表した。(2013/04/19)


【核を詠う】(100)波汐國芳歌集『姥貝の歌』の原発詠を読む(3)「放射能に一生付き合えという罠のこの騙し金突き返さんか」   山崎芳彦
 この「核を詠う」の連載も今回で100回目になった。2011年8月に先行きの見通しもなく、3・11東日本大震災・福島第一原発の壊滅的事故の衝撃に触発されて、自分が何ができるかを考えた末に、原爆、原発にかかわって詠われた短歌作品を読み、記録しようと、そして出来るかぎり遺そうと考えて、この日刊ベリタの一隅を使わせていただくことが許され、スタートしたのだった。そして拙いながらも、少なくない人々の助けも借りて、原爆短歌、原発短歌を読み、多くのことを学ばされながら、続けている。(2013/04/15)


セルジュ・ラトゥーシュ氏が講演「消費社会からの脱出」 
 「経済成長なき社会発展は可能か?」を書いたセルジュ・ラトゥーシュ(Serge LATOUCHE)氏が来日し、講演を行う。タイトルは「消費社会からの脱出」。場所は東京・恵比寿駅に近い日仏会館にて。案内のちらしによれば5月24日(金)18:30〜20:30。要申込み。定員120名。参加費無料。(2013/04/12)


【核を詠う】(99)波汐國芳歌集『姥貝の歌』の原発詠を読む(2)「花水木  花明かり道たった今擦れ違いしは放射能なり」  山崎芳彦
 福島原発の事故は収束どころか、なおはかり知れない危険な状態が続いている。原発立地周辺の町の避難区域の「緩和」措置、町の復興などを政府は言うが、原発のトラブルが続発している現状、依然として変らない東電や政府、関係者の隠蔽体質のなかで、実際にどのような事態が原発内部で起こっているのか。電源機能維持にかかわる事故による燃料プールの冷却機能の停止、汚染水を際限なく溜め続けながら地下貯水槽からの汚染水流出の続発と、その汚染水がどのように拡散され地下に浸透し影響するのか、さらに海への流出の危険性など、最近報じられているだけでもきわめて深刻な状況だ(2013/04/10)


【核を詠う】(98)波汐國芳歌集『姥貝の歌』の原発詠を読む(1)『原発を詠み次ぎ警鐘鳴らししに叶えられざりき無力なるゆえ』   山崎芳彦 
 今回から、福島の歌人・波汐国芳さんの歌集『姥貝の歌』(<うばがいのうた>、平成24年8月 いりの舎刊)を読ませていただく。波汐さんの第12歌集だが、その原発詠を多く含む、「平成二十三年三月十一日以降の作品に新作未発表の作品を加えたものを主として、大震災以後の今日的視座で編集構成し、この時代に生きている者の生の証にしようと考え」(あとがき)刊行されたこの歌集は、短歌界だけでなく各方面からの注目を集めている。(2013/04/06)


【核を詠う】(97)岩井謙一歌集『原子(アトム)の死』の原発短歌を読む<3> 山崎芳彦
 角川の「短歌」4月号に、岩井謙一氏が「歌集歌書を読む」を書いている。そのなかで、福島の歌人・横田敏子さんの歌集『この地に生きる』(ながらみ書房刊)を取り上げて紹介しているのだが、読んで驚いた。(2013/03/31)


【核を詠う】(96)岩井謙一歌集『原子(アトム)の死』の原発短歌を読む<2>   山崎芳彦
 福島第一原発の事故は、とうてい収束しているなどといえる状況でないことを明らかにする事態が、最近しばしば伝えられている。たとえば原発施設内の排水関係施設の異常により放射能汚染水が排出され海に流し込まれたこと、停電により使用済核燃料を冷やす水の循環が長時間停止したこと、それ以外にも原子力敷地内の放射線量が依然として異常に高いままであること、除染作業を巡っての受注建設業者の下請け構造が絡んでのさまざまな不正行為、その他おそらくは多種多様な不具合が原発施設の各所施設の機器等で起きていると想像することは難くない。事故以前の原発の歴史を考えると重大な事故が起きても東電をはじめ各電力企業、監督機関が長期にわたってその事実を隠蔽し続けた実態があるのだ。(2013/03/26)


【核を詠う】(95)岩井謙一歌集『原子(アトム)の死』の原発短歌を読む<1>  山崎芳彦
 岩井謙一氏の歌集『原子(アトム)の死』が刊行されたのは2012年9月であり、発売後遅くない時期に、筆者は購入した。同歌集については、早くから少なくない歌人が論評を行なっていた。筆者もこの連載の中で何度か岩井氏の脱原発に反対し、敵意さえ感じられる作品、言説について触れてきたが、率直に言ってあまりの無残ともいうべき作品や言説を、正面から取り上げたくないと考えてきた(2013/03/21)


【核を詠う】(94)『現代万葉集 2012年版』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(5)  山崎芳彦
 東日本大震災・福島原発の壊滅的事故から満2年が過ぎ、3回目の3・11を迎えた。悲しみの日であり、怒りの日でもある。この2年の日々が被災者にとってどのような時間であったのか、失った家族、縁者、隣人のかけがえのない貴重で、忘れることの出来ようのない、諦めることの出来るはずがない共に生きた生命の喪失、それはとりもなおさず現実を生きる過酷な日々であると、筆者は、共有しきれないけれども、寄せる思いは深いものがある。震災短歌・原発短歌と一首一首、出会えるかぎり出会い、読むとき、ここに記せるのは原発にかかわって詠われた作品にかぎらざるを得ないが、詠った人を思い、その人々とつながる人々を思い、その現実から紡がれる作品をできるかぎり過たず読み切ろうと、私という人間をかけてつとめているつもりである。(2013/03/14)


ノーラのニューヨーク(写真)日記 2
  ニューヨークで雑誌や新聞にイラストを描いているイラストレーターのノーラ・クリューク(Nora Krug)さんから新たな写真が届きました。1枚の絵に見入っている女性。手は後ろ手に組んでいます。女性の服装には横にラインが入っており、絵画の線描とどこかシンクロしているという印象もあります。添えられた文章は短いものでした。 (2013/03/12)


【核を詠う】(93)『現代万葉集 2012年版』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(5)  山崎芳彦
 安倍政権の「アベノミクス」囃子が、株価の値上がり、円安の進行、金融緩和の強行などを笛や太鼓に、マスメディアの掛け声によって盛んである。安倍首相の昂揚した「強い日本」「世界一の日本」「自立自存の気概」などもひときわ声高である。改憲、国防軍などの言葉に躊躇もない。(2013/03/10)


【核を詠う】(92)『現代万葉集 2012年版』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(4)  山崎芳彦
 前回、孫引きによってだがドイツのメルケル首相諮問委員会の『ドイツのエネルギー転換・安全なエネルギー供給のための倫理委員会』の提言について触れたが、「倫理委員会〜安全なエネルギー供給」報告書 『ドイツのエネルギー転換・未来への共同事業』(2011年5月30日)と題する文書(翻訳 百濟勇駒澤大学名誉教授)によって、もう少し内容を見たい。(2013/03/05)


ステファン・エセル氏、死去 (享年95) 世界の人権運動に貢献
  2月27日、パリの自宅でステファン・エセル(Stephane Hessel)氏が亡くなった。第二次大戦後、世界人権宣言の執筆に参加しただけでなく、近年は「ウォール街を占拠せよ!」という運動やアラブの春などの抗議運動にも大きな影響を与えた。その著書は、Stephane Hessel著「Indignez-vous!」(「怒りなさい!」。英訳のタイトルは「Time for Outrage(怒るとき)」)である。(2013/03/03)


【核を詠う】(91)『現代万葉集 2012年版』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(3)  山崎芳彦
 アベノミクス効果を持ち上げる空気が、危険域に入っている。円安、株高、デフレ誘導、日米同盟強化などがマスコミではやされ、つれて原発、沖縄、社会福祉の切り下げ、格差の増幅などについてのまともな検証、事実にもとづく評価、地を這うようにして続けられている社会の変革への動きなどは、軽視され、社会の崩壊現象ともいうべきさまざまな人間の尊厳を毀損する事件の続発などについてその深部の闇を抉るような報道は衰えている。(2013/02/24)


【核を詠う】(90)『現代万葉集 2012年版』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(2)  山崎芳彦
 前回に引き続いて、日本歌人クラブ編『現代万葉集2012年版』に収録された作品から、原発にかかわる短歌を読んでいくが、本連載でこれまでに読んできた作品も含めて、3・11の福島原発事故以前から原発の危険な実態に着目して詠い続けた歌人が少くない作品をさまざまな形で発表してきたこと、そして3・11以後福島、東北に限らない全国で原発にかかわる作品が詠われていることに、短歌文学のもつ優れた、貴重な意義を、改めて痛感する。(2013/02/21)


【核を詠う】(89)『現代万葉集2012年刊』(日本歌人クラブ編)から原発短歌を読む(1) 山崎芳彦
 日本歌人クラブは、約5000人の歌人が加入する歌壇最大の超結社団体だが、2000年(平成12年)から毎年度、日本歌人クラブアンソロジー『現代万葉集』を刊行している。その2012年版は2012年10月25日に出版され、全国の1808名の歌人が5424首を出詠している。この2012年版『現代万葉集』について、現在同クラブの会長を務めている歌人・秋葉四郎氏は、「はじめに」で、「昨年は、東日本大震災という国難に遭い、更に南紀地方に大水害があった。そのほかにもさまざまな事件があり、多くの国民が心を痛めた。・・・現代短歌アンソロジー今年度版『現代万葉集』は、そんな社会を背景にした、現代日本の歌人たちの作品がここに集成されたことになる。」と記しているが、福島第一原発事故にかかわっての作品が多く寄せられ、収録されていることが、2012年版『現代万葉集』の大きな特徴となっていると言ってもいい。(2013/02/17)


【核を詠う】(88)角川『短歌年鑑 平成25年版』所載の自選作品集から原発詠を読む(2)  山崎芳彦
 前回に引き続いて角川『短歌年鑑』の自選作品集から原発にかかわる作品を読むが、前回の文中の「吉川宏志氏の『言葉と原発』について」の2行目にある引用文「『原発を使っているのに・・・』」の「原発」は「電気」の誤りですので、お詫びして訂正させていただきます。ご容赦ください。(2013/02/10)


ノーラのニューヨーク(写真)日記
  ニューヨーク在住のドイツ人イラストレーター、ノーラ・クリューク( Nora Krug )さんから写真による便りが届きました。ノーラさんはニューヨークタイムズ、ガーディアン、ボストングローブ、ルモンドディプロマティーク、ヴァニティフェアなど、世界の新聞・雑誌にイラストを描いています。(2013/02/10)


追悼 岩淵達治氏 (演出家・ドイツ文学者)     村上良太
   ドイツ文学の岩淵達治氏が亡くなられた。享年85。岩淵達治氏と言えば20世紀最大の劇作家、ブレヒトの研究では第一人者であり、個人訳で刊行したブレヒト戯曲全集訳はその最大の成果だろう。だが、それ以外に劇作家・演出家としての顔も持っておられた。戦後ドイツ演劇を肌で体験した貴重な演出家だった。こうして書いていると思い出されるのは岩淵さんが舞台上でアカペラで歌った「三文オペラ」の主題歌「マックザナイフ」だ。すっくと姿勢よくたち、朗々と歌われた。日生劇場でイタリアから歌手のミルバを招いてブレヒト作「七つの大罪」を演出した時の余興の一幕である。著名な知識人ながら、気取ったところはなかった。(2013/02/10)


【核を詠う】(87)角川『短歌年鑑 平成25年版』所載の自選作品集から原発詠を読む(1)  山崎芳彦
 角川『短歌年鑑 平成25年版』には、679名の歌人の「平成24年自選作品集」(各5首)が収録されている。誌上では歌人の生年により年代別にまとめているが、それぞれの作品のなかから原発にかかわって詠われたと筆者が読んだ作品を抽いておきたい。作者の意に反した読みがあれば、お詫びするしかないが、作者5首に限定しての自選作品であるから、原発詠があってもこの作品集には収められていない作品がそれぞれの作者の作品には少なくないであろうことは推測される。(2013/02/06)


パスカル・バレジカ著「パリの歴史的通り (Rue Historique de Paris)〜パリはシュールレアリストの町〜」
  パスカル・バレジカさんの新著が欧州で発売となった。タイトルは「パリの歴史的通り(Rue Historique de Paris)」。バレジカ氏はパリは超現実主義の町だという。その真意はパリは単に物質や歴史で構成されるだけでもなく、虚構が巧妙にまぜられた町だということだ。だからパリはシュールレアリストの町だという。それが何を意味しているかは、実際に本書をひもといていただくしかない。(2013/02/05)


【核を詠う】(番外編)「原発と短歌」についての歌人の評論を読む(1) 角川『短歌年鑑平成25年版』所載の小高賢氏の論考について  山崎芳彦
 角川『短歌年鑑平成25年版』(平成24年12月刊)が、“震災・原発と短歌”をテーマとする評論で構成する特集を組んだことは、先に触れた。同特集は、岡井隆「僕の方からの提案」、佐藤通雅「3・11大震災、原発問題と短歌はどう向き合ってきたか」、小高賢「『宿痾』を脱する契機に」、吉川宏志「言葉と原発」、高木佳子「『震災詠』と言う閉域」の5氏の評論で成っているが、その評論を読んでの感想を、内容を引用しながら書いてみたい。同年鑑は24年版でも震災・原発に関する篠弘、吉川宏志らの評論を掲載し、筆者はそれらについて、この連載の中で感想を書いたことがあった。(2013/01/26)


【核を詠う】(86)吉川宏志歌集『燕麦』から原発にかかわる作品を読む 「原爆と原発は違うと言い聞かせ言い聞かせきてしかし似てゆく」  山崎芳彦
 前回までかなりの回数を重ねて、福島の詠う人々の短歌作品を読んできた。原発にかかわる歌を抄出して読んだのだが、福島原発が壊滅的な事故がひきおこしたことによる災害のもたらす人々への苦難、その実態は何とも言い難く深刻であることを改めて思い知らされた。筆者としては、ひたすら読み、思い、記録することに努めたつもりだが、原発が本質的に抜き難く持つ核の反人間性を、原爆短歌を読み続けたときと同じように見ないではいられない。(2013/01/19)


【核を詠う】(85)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った作品を読む(15) 相馬短歌会『松ヶ浦』・伊達町つくし短歌会『つくし』・きびたき短歌会『きびたき』各歌集から  山崎芳彦
 岩井謙一という歌人がいる。氏は第四歌集として『原子(アトム)の死』を昨年(2012年)9月に刊行したが、そのなかに次のような短歌がある。(2013/01/13)


【核を詠う】(84)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った作品を読む(14) 福島・松川短歌会合同歌集『思い草』の作品から   山崎芳彦
 『角川 短歌年鑑 平成25年版』(平成24年12月刊 角川学芸出版)は、昨年の同24年版に続いて、原発と短歌にかかわる企画を組んでいる。同年鑑については、掲載されている作品も含めてこの連載のなかで読んでいくつもりだが、今回は「論考 震災・原発と短歌」の中の歌人・吉川宏志氏の「言葉と原発」と題する評論の内容の一部を見ておきたい。吉川氏は同24年版で「当事者と少数者」で原発問題について貴重な問題提起をしていた(この連載の42回、43回で氏の見解について触れた。)が、今回の評論も大切な論点を提示している。(2013/01/07)


【演歌シリーズ】(30)  “ひばり映画”と昭和銀幕の華  ―山田五十鈴の妖艶―  佐藤禀一
 2012年8月に逝った私の大好きな女優津島恵子出演の名作『お茶漬けの味』(昭27 監・小津安二郎 出・佐分利信 鶴田浩二 笠智衆 木暮実千代 淡島千景 三宅邦子)『ひめゆりの塔』(昭28 監・今井正 出・岡田英次 信欣三 殿山泰司 香川京子)を観たのは、後年フィルムセンターか名画座においてである。でも、大曾根辰夫(辰保)監督の『魔像』(昭27)は、リアル・タイムで観ている。妻が美しすぎ周囲から妬まれ、そのからみで人を斬ってしまうバンツマこと阪東妻三郎。美貌の妻を演じたのが津島恵子なのだ。静かな美しさを醸し出していた。でも、心がときめいたのは、彼女の入浴シーンだ。湯気の立ち昇る檜風呂に浸る津島恵子……。(2013/01/06)


【演歌シリーズ】(29)  “ひばり映画”と昭和銀幕の華―津島恵子の純白―   佐藤禀一
 歌が先か、映画が先か定かではないが、美空ひばり出演映画は、ことごとく当たり、そこで歌われた歌は、ことごとくヒットした。私が『悲しき口笛』(昭24)を観たのは、ラジオで歌を聴いてからだったと記憶している。11歳の時である。“ひばりちゃん”は、1歳年上のお姉さんだが、同時代のスター誕生と心を踊らせた。この作品以前の“ひばり映画”3本『のど自慢狂時代』(昭24 監・斎藤寅次郎 出・アチャコ 杉狂児 灰田勝彦 並木路子)『踊る龍宮城』(同 監・佐々木康 出・大辻司郎 川路龍子 奈良光枝)『あきれた娘たち』(同 監・斎藤 出・田中春男 アチャコ 久我美子)は観ていないが、ひばり10代の58本すべてリアル・タイムで観惚けた。(2013/01/04)


【演歌シリーズ】(28) エロスが香る由紀さおりの歌声 供縦祺察淵蹇璽痢璽函砲隆映宗檗  〆監c桧
 別れ歌の手練(てだれ)中島みゆき、藤圭子、八代亜紀……。いずれも低い声に魅力がある。由紀さおりも例外ではない。歌謡曲歌手としてのデビューが、高い美音をはためかせた『夜明けのスキャット』(詩・山上路夫 曲・いずみたく)でその印象が強かったので、高音歌手に数えられている。でも、低音の表情にも味わいがある。(2013/01/02)


【核を詠う】(83)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った作品を読む(13) 『平成23年版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<8> 山崎芳彦
 安倍内閣が発足すると同時に、原発政策の明らかな方向が示されている。やはり、ひどい政権を成立させてしまったものだと思う。原発政策に限らず、この政府がこれから行なおうとする国策は、人びとを苦難の時代に引きずり込もうとするものだといわざるを得ない。そうはさせない、と思う。(2012/12/31)


【核を詠う】(82)福島の歌人たちか原発災の日々を詠った作品を読む(12) 『平成23年版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<7> 山崎芳彦
 前回、山口幸夫著『原発事故と放射能』(岩波ジュニア新書)について触れたが、今回も同著を読んで考えさせられ、これまで筆者も感じてきたことに、さらに刺激を受けるとともに頭の中を整理させられた内容について、福島歌人の作品を読む前に、記したい(2012/12/29)


【核を詠う】(81)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った作品を読む(11) 『平成23年版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<6>   山崎芳彦
 衆院選で「大勝」した自民党の原発政策の、予想はされたが、まことに危険な内容が明らかになりつつある。選挙中には、いささかの化粧を施していたが、政権の座につくことがなってむき出しの原発維持・新設容認の方針があからさまだ。いよいよ、脱原発への逆流が強まることになる。(2012/12/26)


【核を詠う】(80)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った短歌作品を読む(10)『平成23年版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<5>  山崎芳彦
 衆議院総選挙の結果は、予想していたように、自民党の大幅な議席増で自民・公明両党による連立政権が復活することになったが、予想される新政権は、この国の進路にきな臭い、危うさを感じないわけにはいかない。この間の選挙期間中に安倍・石破自民党、石原・橋本維新その他の勢力が撒き散らした、改憲―「国防」軍事力の強化、日米同盟の深化と領土問題を梃子にした「自ら国を守る」思想動員、景気・経済回復を唱えての原発維持存続の意思表示・・・が吹き荒れ、禍々しい空気が、依然として核放射能を撒き散らしているこの国のなかで舞った。(2012/12/20)


【核を詠う】(79)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った短歌作品を読む(9)『平成23年度版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<4>  山崎芳彦
 最近出版された詩人・若松丈太郎さんの『福島核災棄民―町がメルトダウンしてしまった』(2012年12月9日発行、コールサック社刊)を読んでいる。若松さんについては、この連載の中で『福島原発難民』(2011年、コールサック社刊)やアーサー・ビナードさんとの共著詩集『ひとのあかし』(若松さんの詩とビナードさんの英訳詩、斎藤さだむさんの写真で構成、2012年、清流社刊)などについて触れたことがある。まだお目にかかってはいないが、東海正史さんの歌集を南相馬市立図書館に蔵書があることを確かめていただくなど、お世話になった。電話での交流だけだったが、まことに親切な応対、励ましをいただいたことが忘れられない。以来、尊敬する詩人として、少なくない作品をも読ませてもいただいている(2012/12/14)


【核を詠う】(78)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った短歌作品を読む (8)『平成23年度版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<3>    山崎芳彦
 総選挙が奇妙な熱を帯びている。これまでになく多くの政党が名乗りを上げそれぞれいかにも独自の政策を掲げているかのように、テレビ媒体の中で「論戦」を、はげしい口調で展開しているのだが、そのにぎやかさのなかで、例えば、改憲して国防軍を、核武装を想定してのシュミレーションを、原発の維持を、などという物騒なことが、不思議ではなく語られている。この選挙戦は、あたかもどのような非条理、破天荒ともいえることでも、言いたい放題に言い、その空気に有権者、国民を引きずり込もうとする企みを持って展開されているのではないかと、思わせる。(2012/12/10)


【核を詠う】(77)福島の歌人たちが原発災の日々を詠った短歌作品を読むА 慂神23年度版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<2>  山崎芳彦
 福島第一原発の作業員の被曝についての情報が、今になって種々明かされているが、例えばWHOの求めに応じて東京電力が報告しているとして、朝日新聞が12月1日付の朝刊(13版)1面トップで、「甲状腺被曝 最高1.2万ミリシーベルト」と白抜きの大見出しで報じている。素人の筆者でも甲状腺に100ミリシーベルト以上浴びると癌が増えるといわれ、それも甘すぎるリスク判断だとする見方も少なくないことを知っている。(2012/12/04)


世界が見た韓国版ラップ「ガンナムスタイル」 渦巻く賛否両論
  韓国人のラッパー、PSYによる「ガンナム(江南)スタイル」という映像がユーチューブにアップされ、10億アクセスに迫る勢いになっている。世界中でパロディ版が生まれているほか、PSY自身も歌手・女優のマドンナと共演したりしている。「ガンナムスタイル」に対する世界の反応は賛否両論だった。(2012/12/01)


【核を詠う】(76) 福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読むΑ 慂神23年度版 福島県短歌選集』(福島県歌人会編)から<1>  山崎芳彦
 この国の政府、大企業の恐るべき所業を見るにつけ、この国に未来はないのではないかという虚無感に襲われる。もちろん、その虚無感に溺れ沈み込んではいられないのだが、余りにも理不尽、非道なことが行なわれていることに怒りを禁じえない。(2012/11/26)


【核を詠う】(75)福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読む⑤ 新アララギ福島会の合同歌集『あらゝぎ 東日本大震災特集号』から(下) 山崎芳彦
 前回に引き続いて新アララギ福島会の合同歌集から、原発にかかわる短歌作品を読み継ぐ。「原発にかかわる」と書いたが、同歌集の作品はほとんどすべてが原発とかかわって読まれた作品というべきである。直接原発そのものとかかわって歌っていなくても、この日々の作者達の生活を原発、放射能の翳が、その濃淡やあらわれかたの違いがあっても。ただ、ここに紹介するのは、筆者による抄出歌である。この歌集が広く読まれることを願いつつの抄出である。(2012/11/20)


【核を詠う】(74)福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読むぁ/轡▲薀薀福島会合同歌集「あらゝぎ 東日本大震災特集号」から(上)  山崎芳彦
 すべて一括りにしていうわけではないが、この国のジャーナリズムの原発についての論調に、特に経済関係の特集や解説記事には、驚かされることしばしばである。最近発行された「週刊東洋経済」臨時増刊の「原発ゼロは正しいのか 電力政策・無策の恐怖」を読み、その感を新たにしている。(2012/11/15)


日本に関心を持つ売れっ子イラストレーター、ノーラ・クリューク(Nora Krug)  村上良太 
  作家デイブ・エガーズが編集したアメリカの短編小説を集めたアンソロジー「The Best American Nonrequired Reading 2012」の中に2篇の味わい深い漫画が収められていたことについては先日書いたばかりだ。その1篇はノーラ・クリューク(Nora Krug)による「kamikaze」という作品だった。これは第二次大戦中の神風特攻隊の隊員を描いた作品である。独特のタッチであるだけでなく、デフォルメされているとはいえ、日本の日常がかなりリアルに描かれていた。こうした日本の歴史がアメリカのアンソロジーに登場していることに僕は驚いた。この本を買ったのはデトロイト空港内の書店で、成田空港に向かう飛行機の中で読んだ。(2012/11/13)


【核を詠う】(73)福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読む 弦短歌会福島支部歌集『3・11福島から 歩き続ける』から   山芳彦
 いま、3・11福島原発事故以後、国内で唯一稼働している関西電力大飯原発3・4号のある敷地内の断層(破砕帯)現地調査が行なわれ、その結果についての評価会合を原子力規制委員会が開いているが、「活断層である可能性は否定できない」とする合意が11月4日の会合で示された。11月5日付朝日新聞朝刊によると、|倭悗滑った痕跡が見つかり、12・5万年前にできたものとみられる、滑りの原因を活断層とみて矛盾はないが、地滑りの可能性もある・・・というものだが、現地調査を行なった専門家の意見が割れたことから、7日に再会合を開くことになったという。(2012/11/06)


【核を詠う】(72)福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読む② コスモス福島支部歌集『災難を越えて 3・11以降』から  山崎芳彦
 コスモス短歌会の福島支部会員22名の歌人が、平成23年12月に刊行した歌集『災難を越えて―3・11以降』がある。県内各地に住まわれている会員が、それぞれの東日本大震災・福島原発事故からほぼ10ヶ月の「災難」の生活の中で詠った短歌作品が、各会員10首の出詠でまとめられた貴重な一冊である。いささか遅れたが、同支部の高橋安子さんにお願いして、快く同歌集をご恵送いただいた。同じ福島県内でも各地在住の人々の作品だけに、それぞれ特徴のある作品がまとめられている。(2012/11/02)


【核を詠う】(番外編)本連載筆者の3・11以後の原発・原爆短歌 「さわだちてこの身をめぐる血の鳴れば国会包囲へと病みを忘れぬ」  山崎芳彦
 この連載の筆者である私も、まことに拙いが詠うものの一人である。もとより、自分を「歌人」と思うことはなく、生活の中で湧き出る感慨を、短歌形式で表現するものの一人である。短歌を作り始めて11年、亡き母の短歌作品を「全歌集」として、自分で編集・版下作成をして刊行したのをきっかけに、母が参加していた短歌会にあとを追う形で入会し、作歌の指導を受け、今日に至っている。その私が、昨年の3・11東日本大震災・福島原発事故を契機にして、拙くとも詠うものの一人としてなにができるか、原発・原子力の社会から脱け出るためにできることを考える中で、原爆にかかわる短歌、そして原発にかかわる短歌を読み、出来るかぎり記録して、より多くの人の眼に触れさせ、また後に遺していくことに、取り組もうと思い立った。(2012/10/30)


【核を詠う】(71)福島の歌人たちが原発災の1年の日々を詠った短歌作品を読む 々臚渦僚検悗△鵑世鵑董戮慮業短歌から  山崎芳彦
 2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島原発の破滅的な事故からすでに1年7ヶ月が過ぎた。福島原発の周辺地域はもとより、地震・津波に加えて原発の壊滅的な事故による核放射能の放出と拡散、汚染による被害は人々を故郷の地、生活の地から追い、生活基盤を一気に破綻の状況に陥れた。今日に至っても、苦難の日々を生きなければならない状況がつづいていることは、政府や電力企業がどのように言おうとも、「収束」などと首相が早くに宣言したことの無責任ぶりを、改めて怒りを持って思い起こされるに違いないことを、隣県の地に住み、放射能のホットスポットといわれる地域に生活しているだけでも、身に沁みて考えられる(2012/10/24)


【核を詠う】(70)ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集「連祷」を読むァ 屬錣燭蕕佑亠△譴未劼箸弔龍兇△蠅夜に入り雪となりしひろしま」  山崎芳彦
 深川さんの歌集『連祷』の作品を読みながら思うことは、その生き方の真摯さ、生きた時代と真正面から向かい合い、人間が人間として生きるために、それを妨げるものとは不屈に闘い、とりわけ平和を脅かし人間性を貶め傷つけるものに対して一歩も退かず対峙する、わが身を前に出してたたかう強靭で、深く広い視野を持って実践する行動力が生み出す、詩精神の美しく確かな発露である。(2012/10/12)


【核を詠う】(69) ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集『連祷』を読む ぁ崟鐐茲硫坦家鏗欧卜ち会えり いずれを問うや戦争の罪」   山崎芳彦
 深川宗俊歌集『連祷』の作品を読み続けるのだが、その前に、今回読む作品群と直接にはかかわらないが、深川さんの一篇の詩を記しておきたい。深川さんが精力を傾け取り組んだ三菱重工の広島工場に強行連行され兵器生産に従事させられた朝鮮人徴用工の指導員として働いていたとき、ともに原爆に被爆した朝鮮人徴用工246人(家族5人を含む)が、1945年9月15日に帰国の途についた(深川さんは広島駅頭まで見送った)にもかかわらず、その後祖国に帰り着いていないことを知った。(2012/10/07)


【核を詠う】(68) ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集『連祷』を読む 「われもまた隣人なりき原民喜の炎の街の跡たどりゆく」 山崎芳彦
 今回読む深川さんの歌集『連祷』の作品には、ヒロシマの戦後の情景を原爆の記憶、人々の姿、深川さんに刻み込まれた心象風景などが、さまざまに表現され、印象深い。多くの広島の歌人、詩人、作家は川を深くシンボリックに詠み、書いているが、今回読む一連にもひろしまの川が多く詠われている。そして川といえば橋である。川に生きる生物である。そして、原爆投下時の被爆者が求めた水、多くのいのちを弔った川でもある。(2012/09/23)


英国で人気のテレビ番組「ダウントン・アビー」の裏舞台 −本当の持ち主の素顔とは?
 日本ではそれほど話題になっていないようだが、英米で大人気となっているのが、英国製時代物ドラマ「ダウントン・アビー」。20世紀初頭の英国の大邸宅を舞台に、伯爵一家の人間模様を描く。ロケ地をたずね、本物の伯爵夫人に話を聞いてみた。(ロンドン=小林恭子)(2012/09/19)


【核を詠う】 (67) ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集「連祷」を読む ◆峺覆屍(し)を日本大使館前にと言い遺し李南洙は死にき貧困のなかに」  山崎芳彦
 いま、竹島(独島)をめぐって、日韓関係に穏やかではない状況が、ある意味では意図的に作り出されている。筆者はこの島の領有権、領土問題について何らかの判断を持つものではないが、日本の少なくない政治家と勢力が、この事態を利用して「領土を守るのは国の主権の問題であり、主権を侵されて国の独立はない」などとして、中国との尖閣諸島をめぐる問題にもからめて「国を守る」「日本人が命をかけて領土を守ろうとしなければ・・・」などと煽りたて、近隣諸国との緊張を高め、そのことによって日米関係の深化、オスプレイの沖縄基地への配備など基地能力の強化、自衛隊の軍事力の強化、歴史教育の変質化などを企んでいることは、警戒しなければならないと考える。特に、自民党総裁選の候補者のほぼ全員が、積極的な改憲論者であり、日本軍国主義の侵略戦争を正当化する見解を隠さない政治家であり、とりわけアジア諸国に対する非道な行為の歴史を隠ぺいしあるいは欺瞞的に歪曲して恥じない、醜い精神、政治信条の持ち主たちである。(2012/09/17)


【核を詠う】(66) ヒロシマの真実を追求し詠い闘った深川宗俊の歌集『連祷』を読む  屮▲ぅ粥爾寮室森の海をわたり沈みゆきしや祖国を前に」   山崎芳彦
 今回から、深川宗俊さんの歌集『連祷』(1990年8月6日発行 短歌新聞社刊)の作品を読むことになるが、個人歌集一巻としては異例ともいえる812首という多くの作品を収めた335頁の大冊である。この歌集について、深川さんと交友の篤かった水野昌雄氏はその著『続・続・歴史の中の短歌』(2007年 生活ジャーナル社刊)で、次のように論じている。(2012/09/10)


テレビを見る   信友直子
  NHKのドキュメンタリーで久々に号泣しました!これを書いてる今もまだ胸がいっぱい。。。「我は勇みて行かん〜松本幸四郎“ラ・マンチャの男”に夢を追って〜」先日1200回公演を突破したミュージカル「ラ・マンチャの男」に挑み続ける松本幸四郎さんを追った作品です。(信友直子 TVドキュメンタリーディレクター)(2012/09/03)


【核を詠う】(65)原爆被爆下の広島で詠い闘った深川宗俊の歌集『広島―原爆の街に生きて―』を読む(3) 「骨髄を蝕ばまれ死にゆく少年の記憶になき一九四五年八月六日」  山崎芳彦
 この歌集の作品を読むのは今回で終るが、1959年の出版なので、原爆投下からほぼ14年間に詠われた作品と考えてよいと思うが、戦後まもなくの歌人の中でも際立った逸材として注目された深川さんの短歌表現力が発揮された作品群であるとともに、その『広島―原爆の街に生きて―』の歌集名にふさわしい視点の豊かさ、広がり、そして表現のリリシズム、ヒューマニティに、筆者は感動しながら読んでいる。(2012/09/03)


【核を詠う】(64)原爆被爆下の広島で詠い闘った深川宗俊の歌集『広島―原爆の街に生きて―』を読む(2) 「被爆の痕(あと)暗く遺す父の骨ありといわれ焼場の熱気するどし」  山崎芳彦
 深川宗俊さんの短歌作品を読みながら、この連載の初めのころの回で触れたが、筆者は一度だけ、ほとんどすれ違うようにだがお会いしたことがあったことを、改めて思い起こしている。すでに40年以上も前のことだが、原爆の被爆二世のこと、広島の被爆者の実態や、文化運動について深川さんに取材したのだった。その頃、筆者は短歌に特別の関心を持たなかったので、短歌についてお聞きすることはなかった。(2012/08/30)


よこはま若葉町多文化映画祭2012 ( 8月25日 〜 9月2日 )
 シネマ・ジャック&ベティで行われる「よこはま若葉町多文化映画祭」 (2012/08/24)


【核を詠う】(63)原爆被曝下の広島を詠った深川宗俊歌集『広島−原爆の街に生きて―』を読む ゝ空つかみ熱いよ熱いよと少女のこえ呪いのごとく日陰なき街  山崎芳彦
 深川宗俊(19211〜2008)さんは、広島の原爆被爆者として、被爆下の広島の実相を詠い、優れた反戦、平和の詩歌作品を創造し、戦後の広島の反戦・反原爆の詩歌運動を、峠三吉らとともに推進した歌人、詩人である。さらに三菱重工広島機械製作所に勤務して朝鮮人徴用工の指導員であった体験を踏まえ、戦争の被害加害と厳しく誠実に向かい合い、広島で被爆した朝鮮人徴用工問題に取り組み、日本政府と軍事産業に対して賠償責任を追及する運動の先頭にたち裁判闘争を前進させる上で大きな役割を果たした。「被爆二世」問題など、原爆被爆者の運動、さらには松川事件など戦後の混乱期に起きたさまざまな冤罪事件にも取り組んだ。深川さんの足跡をたどろうとすれば、戦後の、広島だけにとどまらない、反戦、反核、民主主義の文学と、実践活動の業績を見なければならないと思う。(2012/08/21)


【核を詠う】(62)占領下の広島で原爆の惨禍を詠った詩歌集『黒い卵』(栗原貞子)の短歌を読む(2)「焼け跡の瓦礫の中ゆいく千のいまはの際の悲しかりけん」  山崎芳彦
 8月6日の広島、9日の長崎それぞれで今年も平和記念・祈念式典が開かれ、原子爆弾の被爆者が受けた悲惨な犠牲の実態を訴えつつ、核兵器の廃絶を世界に訴えると共に日本政府が原爆被爆者に対するより正当な補償の対策を講ずることなどを求めた。同時に、福島の原発事故に関連して「核と人類は共存できない」(広島)、「放射能におびやかされることのない社会を再構築」(長崎)を、それぞれ宣言のなかで昨年に続いて表明していることは、「脱原発」の言葉が入っていないとの指摘もあるが、一昨年までには取り上げられることのなかった原発、「核の平和利用」に対する否定、少なくとも重大な懸念の意思を表明したものとして受け止めてよいと思う。(2012/08/13)


【核を詠う】(61)占領下の広島で原爆の惨禍を詠った詩歌集『黒い卵』(栗原貞子)の短歌を読む(1)「子らよ、子らよ、よく無事なりし、しつかりと二人の子らの手を握り締む」  山崎芳彦
 八月が、今年もめぐってきた。筆者は、毎年カレンダーをめくり八月にかえるとき、心の中で八月六日、九日の広島、長崎の原爆によって殺されたひとびとのことを思うのが常となっている。十五日の敗戦の日は、憎しみの日となる。「なぜ、この日が十五日でなくもっと早くなかったのか」と思うと、東京大空襲、海外の戦地に屍を晒し、あるいは傷を負い惨憺たる苦しみを強いられた人々の無惨さに思いが及ぶ。(2012/08/06)


フランスからの手紙28 〜マリの悲劇  La tragédie du Nord Mali〜パスカル・バレジカ
6月の末、ニジェールのマハマドゥ・イスフ大統領はパリの「日曜新聞」に「マリはアフリカにおけるアフガニスタンになろうとしている。リビアが巨大な武器庫となっており、様々な武器の密売人がそこから武器を仕入れていくのだ。そしてリビア南部はマリのジハーディストたちの後方基地になっている」と語った。実際、NATOがリビアに軍事介入した後、大量の高性能かつ最新兵器が捨てられ、それらのかなりの量はイスラム原理主義グループのアキム(AQMI)によってサハラに持ち運ばれた。(2012/07/31)


【核を詠う】(60)原発銀座で詠う若狭の歌人・奥本守歌集『生かされて』から原発短歌を読む 「日雇いの農民被曝者の写真見る寝転ぶのみにて死を待つばかり」  山崎芳彦
 昨年3月11日に起きた東京電力福島第一原発の事故をめぐる政府事故調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)の最終報告が去る7月23日に発表されたことで、民間事故調(北澤宏一委員長、2012年2月発表)、国会事故調(黒川清委員長、同5月発表)が出揃った。東京電力の報告書(6月発表)もあるが、これは当事者による調査・検証であり、社会的に評価に耐えうるものとしては認められまい。 (2012/07/31)


【核を詠う】(59)原発銀座で詠う歌人・奥本守歌集『若狭の海』から原発短歌を読む「プルサーマル安全と審査を認めるは人の命を見捨てることか」  山崎芳彦
 若狭の歌人・奥本守さんの第三歌集『若狭の海』(平成13年3月 ながらみ書房刊)に所載の原発にかかわる短歌作品を読むが、第一歌集『紫つゆくさ』、第二歌集『泥身』それぞれの原発短歌に引き続くことになる。(2012/07/23)


【核を詠う】(58)原発銀座で詠う若狭の歌人・奥本守歌集『泥身』から原発短歌を読む(2)「事故現場のビデオを隠し通報を遅らせし『もんじゅ』の指導者許せず」  山崎芳彦
 前回に少しだけ触れたが、17万人がそれぞれの志を持って集った「7・16 さようなら原発10万人集会」(東京・代々木公園)に、筆者も参加した。自分の体調をはかりながら、前夜まで参加を決めかねていたが、「十万の人が『さよなら原発』を叫ぶ明日ぞ吾も言ふべし」という、つたない一首を手近の紙に書き付けて、参加を決めた。(2012/07/20)


【核を詠う】(57)原発銀座で詠う若狭の歌人・奥本守歌集『泥身』から原発短歌を読む(1)「絶対にないと言われし細管のギロチン破断す美浜二号機」  山崎芳彦
 若狭の原発歌人、奥本守さんの第二歌集『泥身』(平成9年6月、ながらみ書房刊、絶版)に収録されている原発短歌を読む。前回まで二回にわたって奥本さんの第一歌集『紫つゆくさ』(平成3年3月刊)の原発にかかわる作品を読んだが、『泥身』にも多くの原発短歌が収録された。歌集の「あとがき」で奥本さんは次のように書いている。(2012/07/17)


【核を詠う】(56)若狭の歌人・奥本守が原発を詠う短歌を読む(2)歌集『紫つゆくさ』から 「原子炉の内に漏れたる放射能浴びて病む人死ぬ人を聞  山崎芳彦
 福井県の若狭湾には、国民の強い反対・抗議の声を「大きな音」としか聞かない野田首相の強権的な再稼働「決断」によってフル操業に入った関西電力大飯原発3号機も含め、15基もの原子炉がひしめいている。もし、ここで原発事故が起きたらとは、野田首相も原発にかかわる関係者も考えないのであろうか。「想定外」のことは、実は想定されることを福島原発の経験は明瞭に示したはずではなかったのか。最近の国会における論議、政府の答弁を聞いていると「安全神話」が、これまでと表現は変っても、聞くに堪えない語り口で語られている。(2012/07/16)


【核を詠う】(55)若狭の歌人・奥本守が原発を詠う短歌を読む(1)歌集『紫つゆくさ』から 「働きし敦賀高浜大飯まで事故は相次ぐ原発の炉に」  山崎芳彦
 「福島原子力発電所事故は終っていない。・・・世界が注目する中、日本政府と東京電力の事故対応の模様は、日本が抱えている根本的な問題を露呈することになった」(2012/07/12)


フランスからの手紙27 〜ポルトガル人がアンゴラに移民〜L’émigration portugaise en Angola  パスカル・バレジカ
これまで移民の流れはそれが合法であれ、非合法であれ、アフリカから欧州に向かうものだった。しかし、ポルトガル、スペイン、ギリシアのいわゆる「南欧」が直面している深刻な不況を前に、これまでと異なる事態が生じており、非合法に欧州からアフリカに向かう流れが生じている。(2012/07/08)


【核を詠う】(54)福島原発事故による放射線被曝からの避難を詠う大口玲子の「逃げる」を読む 「避難民となりてさまよふ仙台駅東口みなマスクしてをり」  山崎芳彦
【核を詠う】(54)福島原発事故による放射線被曝からの避難を詠う大口玲子の「逃げる」を読む 「避難民となりてさまよふ仙台駅東口みなマスクしてをり」                        山崎芳彦(2012/07/05)


【核を詠う】(53)大口玲子歌集『ひたかみ』の「神のパズル―100ピース」を読む(3)「原子力関連施設いくつ抱へ込み苦しむあるいは潤ふ東北よ」 山崎芳彦
 大口玲子歌集『ひたかみ』から、連作「神のパズルーピース100」を読んできて、今回が最後になる。この連載の中で作品を読み記録するたびに、核に関わる作品以外の、すぐれた、心を揺り動かされる作品に出会うとき、それらの作品を記録することが出来ないことを残念に思うことしばしばである。しかし、「核を詠う」作品を読み記録するシリーズとして連載を続け、原子力文明の中にある現実、そこにつながっている歴史にかかわる(と筆者が読んだ)短歌作品を収録していく意図の中では、やむをえないことと、思い切らざるを得ない。(2012/07/01)


フランスからの手紙26  あのキプロスが欧州連合理事会の議長国となる・・・Chypre va présider l’Union Européenne… パスカル・バレジカ
  2012年7月1日からキプロスは欧州連合理事会の議長国をつとめることになる。これは欧州連合の機能の一つである。半年ごとに、加盟国の1つが欧州連合理事会の議長国となるのだ。キプロスも27加盟国の公式の1国である。しかし、キプロスは通常の国ではない。そしてキプロスが投げかけるのは政治問題だけではない。経済問題や地政学的な問題をも投げかけているのだ。(2012/06/30)


【核を詠う】(52)大口玲子歌集「ひたかみ」の「神のパズル―100ピース」を読む(2)「もし夫が被曝して放射性物体とならばいかにかかなしからむよ」 山崎芳彦
 前回に続いて、大口玲子歌集『ひたかみ』に収められている原子力に関わる連作「神のパズル―100ピース」を読んでいく。大口さんの短歌のひとつの特徴として、時代の大状況、戦争、歴史、社会問題に積極的に目を向けて短歌表現した作品が多いということがあると思う。いま読んでいる「神のパズル」もその代表的な作品群で、読むとおり、大口さんは原子力エネルギーの利用・原発について自らの位置を明らかにし、抽象的、概念的にではなく「われ」の体験や実感、積極的な対象への接近によって具体的に「われ」に関ることとして詠い、さらに状況に身を入れて行った。筆者は、彼女の作品に竹山広の短歌と重なるものを見る。(2012/06/24)


≪twitterから≫丸山真男と安保闘争
丸山真男は安保闘争のとき、当時すでに日本一の学者だったけれど、昼間は毎日、学生と一緒にデモに出て国会前で座り込みを続け、(世に倦む日日)(2012/06/23)


【核を詠う】(51)大口玲子歌集『ひたかみ』の「神のパズル―100ピース」を読む 「『原発』と『原爆』の違ひ書かれあるパネル見てをり案内を聞かず」  山崎芳彦
 この連載48回目に、歌人・大口玲子さんについて、いくつかの作品とともに触れ、彼女の第三歌集『ひたかみ』(2005年5月、願書館刊)の中の、原子力、原発、原爆、放射線などに関わって詠った100首の大連作「神のパズル―100ピース」があることを記した。 (2012/06/20)


生涯現役・作家レイ・ブラッドベリ 91歳の死 〜成功の秘訣は図書館を卒業したこと〜
  今月、アメリカの作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)氏が亡くなった。91歳だった。ブラッドベリ氏はSF詩人というあだ名を持っていたように、’下級文学’と主流派文学サークルから相手にされなかったSFの中に、文学性を持ち込んだと評価されている。そうした評価の対象は特に短編小説に顕著だが、その一方で、「華氏451度」(1953)のように、全体主義の怖さを巧みに描いた小説でも優れていた。(2012/06/16)


【核を詠う】(50)『朝日歌壇 2012』(朝日新聞出版刊)から原発短歌を読む(5) 「汚染のち除染のち仮処分とう拭えざるままフクシマに冬」  山崎芳彦
 まことに許し難い、不条理を大銀行は言うものである。6月14日付朝日新聞朝刊の7面トップの記事のことだ。 「東電融資に特約条項 柏崎再稼働など事業計画順守」の見出しで、金融機関から東京電力への総額1兆700億円資金援助の大枠が固まった、として「電気料金の値上げや原発再稼働を前提とした東電の事業計画が守られなければ、融資を止められる『特約条項』を設けた。」というのである。(2012/06/16)


【核を詠う】(49)『朝日歌壇 2012』(朝日新聞出版刊)から原発短歌を読む(4) 「父をかえせ母をかえせと哭きし峠三吉 土を村をと呻く福島」   山崎芳彦
 「今のような状況の中で、私たちが本当に考えなくてはいけないのは、原子力に期待していたような時代状況からの、ある種、文明的な転換についてだと思います。そういう転換を成し遂げるためには、多くの人たちが原子力問題の根本を理解し、先を考える必要があります。今の日本の政府が大きな政策上の転換もなく、このまま進んでいくのであれば、今後、そのことによっていろいろな影響を受けるであろう若い人たちに、私なりのメッセージを届けること―・・・」(2012/06/11)


【核を詠う】(48)『朝日歌壇 2012』(朝日新聞出版刊)から原発短歌を読む(3) 「浜風がひそやかに野を山を越え太郎を眠らせセシウム降り積む」  山崎芳彦
日本の全原発が停止する日は十五夜と確認したり 大口玲子(2012/06/08)


パリからのメール 幻灯師ヴァンサン・ベルゴン氏の近況
  パリで独自の芸術を披露しているヴァンサン・ベルゴン(Vincent Vergone)氏から近況を伝えるメールが届きました。(2012/06/06)


【核を詠う】(47)『朝日歌壇 2012』(朝日新聞出版刊)から原発短歌を読む(2)「下肢のみが映る原発作業員躊躇いがちに復旧語る」  山崎芳彦
 大飯原発3・4号機の再稼働を巡る動きが緊迫化している。福島原発の、原発立地住民はもとより広範に被害をもたらし、世界を震撼させた事故は現在に至っても、何一つ問題は解明も解決されもていない。破壊された福島原子炉1〜4号機の実態すら明らかにされていないのが現状だ。厖大な核燃料と高濃度の使用済み核燃料を抱えたまま。かぎりない水の注入による「核燃料の保管」も、放射能汚染水の漏出、地下への浸透、海への流出垂れ流し。破壊された原子炉からの空気中への放射線の放出、日々環境汚染を続ける放射能・・・これらに有効な対策を打てず、周辺の農畜産漁業を破綻の淵に置き去りにしたまま、まことに姑息としかいいようのない舞台装置の上の「原子力ムラ」芝居で、「大飯原発の再稼動」を突破口にした原発体制の再構築のシナリオを見せられるのには、耐え難い。(2012/06/04)


モノの形と影   村上良太
    パリのアーチスト、ヴァンサン・ベルゴン(Vincent Vergone)氏の芸に光と影を使った見世物がある。プラキシノスコープと呼ばれる装置を使うものだが、日本では幻灯機と呼ばれてきた。暗闇の中でモノに光を投射し、その影で物語を作るのである。(2012/06/02)


【核を詠う】(46)『朝日歌壇 2012』(朝日新聞社刊)から原発短歌を読む(1)「生きてゆかねばならぬから原発の爆発の日も米を研ぎおり」  山崎芳彦
 東日本大震災・福島原発事故からすでに1年2ヶ月余が過ぎたが、被災者の苦境の深刻さは、依然として続き、その苦難の中で人々は困難に立ち向かい懸命に日々を生きている。それに対して、野田政権、国会の余りにも国民の現状と思いからかけ離れた、というよりも背信的なありようには、絶望的にならざるを得ないが、しかし、それでは彼らの思う壺にはまることになろう。必ずしも明瞭な見通しがあるわけではなくとも、全国各地で、地を這うように、さまざまに繋がりあい、力を通わせあいながら、現状を打開し、社会の変革に取り組む力が、それぞれの根拠地を構築しつつ広がりを作り出していることも、確かであろう(2012/05/31)


【核を詠う】(45)『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)から原発短歌を読む(5)「子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え」 山崎芳彦
『短歌年鑑平成24年版』の「平成23年度自選作品集」(688名の歌人が各5首を自選)から、2011年3月11日以後の原発にかかわる(筆者の読みによる)作品を読んできて、今回で終るが、同年鑑には、11人の歌人がそれぞれ他の歌人の作品を取り上げコメントしている「作品点描」や月刊歌誌の「短歌」の企画の「公募短歌館」の特選作品集にも少なくない原発短歌が収録されている。別の機会に読むことにさせていただく。印象に残る作品があり、心残りだが他日を期したい。(2012/05/24)


【核を詠う】(44)『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)から原発短歌を読む(4)「世界すでに昏れ落ちたりきカーテンを閉ざしてホットスポットに住む」  山崎芳彦
 南相馬市の詩人・若松丈太郎さんの詩、日本に住み詩作をはじめ多彩に活動するアーサー・ビナードさんの英訳詩、つくば市在住の写真家の斉藤さだむさんの写真、で構成された美しい本、『ひとのあかし』(2012月1月 清流出版刊)を読んでいる。(2012/05/21)


【核を詠う】(43)『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)から原発短歌を読む(3)「原爆忌六十六年目の野辺に汚染の藁をにれがむ牛ら」   山崎芳彦
 前回に引き続き『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)に収録された作品から原発にかかわる(筆者の抄出による)短歌を読み続けるが前回にも予告したとおり、はじめに、同年鑑に掲載の吉川宏志氏の評論「当事者と少数者」の後半、「少数者」についての論述を紹介する。(2012/05/17)


【核を詠う】(42)『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)から原発短歌を読む(2)「原発に憤り堪えているような入道雲ののぼる北空」   山崎芳彦
 引き続き『短歌年鑑』に収録の作品(自選作品集、各5首)から、原発にかかわる(と筆者が読んだ)短歌を読むが、同年鑑に所載の、吉川宏志氏の評論「当事者と少数者」に、筆者は注目し、共感した。震災・原発事故を詠う歌人のありようについて、氏の見解は、柔軟にして強靭な内容で説得力を感じさせられた。その内容について、少し触れてみたい。引用させていただくので、吉川氏の意と異なるものになれば、筆者の責任であり、お詫びするしかない。(前回の冒頭の部分で、「同年鑑に収録されている短歌作品は平成22年10月から24年9月の期間のものと考えてよいだろう」と記してしまったが、「平成22年から23年9月の期間」の誤りでしたので訂正してお詫びを致します。)(2012/05/12)


【核を詠う】(41)『短歌年鑑平成24年版』(角川学芸出版刊)の原発短歌を読む(1)「誤ちて人が持ちたる禍つ火ぞ原子の力いま手に負へず」 山崎芳彦
 角川学芸出版が毎年刊行する「短歌年鑑」の平成24年版が発刊されたのは昨年12月7日で、同年鑑に収録されている短歌作品は平成22年10月から24年9月の期間のものと考えてよいだろう。年鑑の内容は、短歌作品はもとより、評論や座談会などがかなりのウエイトを占めているし、平成二十三年度出版の歌集・歌書・合同歌集一覧、一年間の歌壇の出来事などや全国結社・歌人団体の住所録と動向、全国短歌人名録など資料もあり多彩な編集内容だが、月刊総合歌誌「短歌」を出版している同社にふさわしい年鑑となっている。(2012/05/11)


5月4日は故キース・へリングの誕生日
  今日はキース・へリングの誕生日にあたるとグーグル検索のページに出ていた。キース・へリングと言えば、ニューヨークの地下鉄の壁などに、ポップな絵を落書きしていたアーチストだ。しかし、1990年にエイズで亡くなった。亡くなったのは31歳だから早すぎる死と言えよう。(2012/05/04)


【核を詠う】(番外編)福島原発事故独立検証委員会の報告を読む(2)「『二つの原子力ムラ』の『共鳴』が原発推進の原動力」という歪曲  山崎芳彦
 前回は、福島原発事故独立検証委員会の報告書が、原発の「安全神話」について、反(脱)原発の主張と運動(「原理原則に基づくイデオロギー的反対派」と報告書はいう)が原発推進の「原子力ムラ」の「安全神話」を強化する土壌を提供したとする、悪意に満ちた歪曲の論理を展開していることについて指摘したが、今回は、同報告書の「原子力ムラ」論について、思うところを述べてみたい。前回の「安全神話」論ともかかわって、検証委員会の考え方が露わになる部分と思われるからだ。(2012/05/03)


【核を詠う】(40)3・11後に原発を詠う原発列島各地の歌人の作品を読む(3)「六ヶ所に溜まり続けし使用済核燃料の行き場が見えぬ  山崎芳彦
 4月25日の朝、朝日新聞の朝刊(13版)の隅々にまで目を配って、特に原発に関する記事を見逃すまいと読み終えて、大きくため息をつきながら本稿を書き始めた。原発というと、すぐ正力―渡辺の読売新聞を連想するのだが、朝日新聞のほかには日刊紙を購読していないので、日々の新聞ニュースは朝日新聞のみになる。特別の思い入れがあって同紙を購読しているわけではないが、気になることがあれば友人に他紙を見せてもらうことにしている。(2012/04/26)


“戦後最大の思想家”吉本隆明の死  精神としての人間を探索  三上 治
 3月16日に亡くなった吉本隆明さんを悼む各種の記事に共通するのは“戦後最大の思想家”と評する点だった。精神的父親のように敬う人も多い半面、敵意を持つ人も少なからずいた。しかし、彼が思想的な巨人であり、戦後最大の思想家であったことは誰もが認めていたことであるように思う。吉本さんに初めて会ったのは19歳の頃であり、それ以来、公私に渡りお付き合いさせていただいた。その恩恵をどのように考えていいのか、未だ測りかねている。それほど大きなものだったが、自分自身の中では最後まで分からないのかも知れない。今はそれでもいいのだと思っている。(2012/04/24)


【核を詠う】(39)3・11後に原発を詠う原発列島各地の歌人の作品を読む◆峪故絶えぬ敦賀原発並みいれば魔界ゆくごとくこころ戦く」  山崎芳彦
 「原発を一切動かさないということであれば、ある意味、日本が集団自殺するようなものになる」―民主党の政調会長代理である仙石由人が4月16日の名古屋市内における講演会で、このように述べ、「日本の経済・社会が電力なしでは生活できないということは、昨年の計画停電騒ぎで明らかだ」と強調したことが、翌17日付の朝日新聞朝刊で報じられた。各新聞とも、この仙石発言を報じたであろう。この仙石「民主党内実力者」議員は、大飯原発の再稼動をめぐる関係閣僚会議にも出席して、再稼働の議論を主導していることも報じられている。(2012/04/22)


【核を詠う】(番外編)福島原発事故独立検証委員会の報告書を読む(1) その「安全神話」論と、「反原発運動」に対する逆立ちした批判・攻撃  山崎芳彦
 福島原発事故の大変は、一年余を経てますます深刻化している。大震災の被害による現地住民の苦闘、地域崩壊の危機、政府の対策のどうしようもなく焦点の定まらない、しかも遅れの現状。そして福島原発事故の先の見えない被害の甚大さ・深刻さの中での原発再稼働への暴走。このような現状を考えながら、筆者は、以前にも少し触れた「福島原発事故独立検証委員会」(北澤宏一委員長、一般財団法人日本再建機構イニシアティブ―船橋洋一理事長、が同機構のプロジェクトとして検証委員会を設置した。)の調査・検証報告書を遅れ馳せながら読みつつ、同機構、検証委員会そのものに、強い違和感を感じた。同プロジェクト機構・検証委員会の構成については、あえて触れない。(2012/04/17)


【核を詠う】(38)3・11後に原発を詠う原発列島各地の歌人の作品を読む  峺暁 原潜 原発ゆるすまじ 核は現代の死神ならん」  山崎芳彦
 大飯原発の再稼働にむけて、野田政権は突っ走っている。原発安全神話の再構築を、従来の「安全基準」の見せ掛けの厳格化も含め、さまざまな詐欺師的手法で、果たそうとして、再稼働のための儀式を、時をおかず急いでいる。福島原発事故以来の経過が、政府の「収束宣言」の偽りを暴き、原発立地地域の人びとはもとより、国民的な危機の状況は全く解決されていないで、将来が見通せない苦境、全国各地に広がる放射能不安のなかで、大飯原発再稼働に反対する声が高まっている。(2012/04/15)


「砲火にさらされる文化」 イリナ・ボコバ氏(ユネスコ事務局長)のNYTへの寄稿
  週末のニューヨークタイムズにユネスコ事務局長のイリナ・ボコバ氏が寄稿していた。タイトルは’Culture under fire'(砲火にさらされる文化)である。その発端となったのはシリアとマリのそれぞれの内戦で、内戦によって文化遺産が砲火にさらされ危機に瀕しているというのだ。(2012/04/10)


フランスからの手紙 25  Paris existe-t-il ? (パリは存在するのか?) パスカル・バレジカ
  今、パリに関する本を1冊書き終えたばかりである。毎回、執筆の度に自問するのだが、それは「パリは本当に存在しているのか?」という問いである。なるほど、私たちは疑問の余地がないほど確かな現実の町で暮らしている。私はこの町で生まれたのだし、何十年とこの町をあらゆる方向に歩き回ってきた。徒歩で何キロもだ。確かにパリはそこにある。それでも欧州全域や世界から見ればとても小さな都市に過ぎない。ロンドンに比べればとても小さいし、欧州の大きな都市に比べても小さい。(2012/04/08)


【核を詠う】(37)3・11後の原発短歌を読む 三原由起子「3・11後の私」(福島・浪江町出身の歌人が詠う) 山崎芳彦
 福島原発の地・浪江町出身の歌人、三原由起子さん(東京在住)とお目にかかる機会があった。前回の稿で触れた「福島に寄せる短歌と写真展」の会場で、同展に作品を展示していた三原さんとお会いしたのだった。三原さんは、角川書店発行の月刊歌誌「短歌」3月号の特集座談会「3・11後、歌人は何を考えてきたか」(被災地在住歌人を交えた二世代座談会)の30代以下世代の座談会に出席し、積極的に福島原発の被災地であるふるさとに寄せる思い、原発にかかわる歌を詠うことの大切さ詠い続ける決意について語っていたことを読んでいたので、ぜひ作品を送っていただけるようお願いしたところ、3・11以後に短歌総合誌その他に発表した作品をまとめて「20011年3月11日後のわたし」と題して、送って下さった。(2012/04/07)


【核を詠う】(36)3・11後の原発短歌を読む 佐藤祐禎「流亡」」(福島原発の地を詠い続ける歌人の作品) 山崎芳彦
 春の彼岸が過ぎた。東日本大震災・福島原発事故から一年が過ぎた。いや、「過ぎた」といってよいだろうか。過ぎてはいない、過去形で語れる日々ではないと思う。被災者の生活、原発の現状、日本の現実、ひとくくりに表現することは出来ないが、何事も過去になってはいない。何も解決してはいないなかで、多くの人々が苦難に耐え、生き、たたかっている。その実態の全容を筆者ごときが記すことは出来ない。出来ないから、人に聞き、教えられ、自らの生き様を省み、なしうることは何かを考える。原爆短歌を読み、原発短歌を読み、記録しているのも、その営みのひとつと思っている。(2012/03/31)


[演歌シリーズ](26)番外篇 あれから一年 福島市から“原発”発言(3) ―増えつづける自主避難者―  佐藤禀一
 福島市・東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)から北西へ60キロ、事故・水素爆発時風下。2012年3月11日現在放射線量毎時0.76マイクロシーベルト(文科省・福島県測定)、年積算換算6.66ミリシーベルト。低線量放射線を浴びつづけてのからだへの影響は、乳幼児・小学生で10年後、大人は20年後にわかると言われている。これまで、誰も体験していない。(2012/03/27)


【核を詠う】(35)福島原発の地で詠った佐藤祐禎歌集『青白き光』の原発短歌を読む(3)「廃棄物をよこしてくれるなと泣き出しぬ六ヶ所村より来れる女は」 山崎芳彦
 佐藤祐禎(福島県双葉郡大熊町に在住されていたが、現在は原発事故に追われて、いわき市に居住)さんの歌集『青白き光』の中の原発にかかわる作品を読んできたが、今回で読み終えることになる。平成十六年に初出版の歌集に、ほぼ5年後の福島原発事故を予感させる、あるいは事故を招きかねない電力企業の実態と、その背景にある国策に対する憤りを短歌作品としながら(これは、たたかいだ)、その地で生き、しかし、ついには怖れていた原発事故によって「運命に翻弄され」「明日をも知れない浪々の身」となり、なおも詠い続けている歌人は、同歌集が昨年末に、いりの舎により文庫版として再刊されたのち、「『青白き光』を読んでくださる皆様へ」と題する一文を書いている。(いりの舎と、東京・世田谷のせたがや地域共生ネットワークの共催で、去る2月23日〜26日に東京・下北沢で開催された「福島に寄せる短歌と写真展」―福島県双葉郡と歌集『青白き光』の世界〜失われつつある故郷を想い続けるために〜を訪れた際に、いりの舎社長・玉城入野氏から戴いた。会場には、被災した福島の写真と、佐藤さんの短歌、福島・浪江町出身の歌人である三原由紀子さんの作品が展示されていた。)(2012/03/23)


【演歌シリーズ】(25) 番外篇 あれから一年 福島市から“原発”発言(2) ―元祖「Mr.100ミリシーベルト」の死に想う―  佐藤禀一 
 12行のベタ、顔写真なし、小さな死亡記事であった。『朝日新聞』全国版に載った訃報であった。重松逸造(しげまついつぞう)享年92歳。いま、政府がよりどころにしている“放射線医学”の基(もと)をつくった人である。細野豪志原発相の発言がその内容をシンボリックに表している。(2012/03/21)


【核を詠う】(34)福島原発の地で詠った佐藤祐禎歌集『青白き光』の原発短歌を読む(2)「原発を知らず反対せざりしを今にして悔ゆ三十年経て」  山崎芳彦 
 東日本大震災・福島原発の壊滅事故が起きた昨年の3月11日から1年が過ぎた。東北各県はもとより全国各地で、更に世界各国の多くの都市で、大震災・大津波による死者を悼み、被災者を激励する行事・行動が行なわれ、福島原発事故の教訓から「原発ノー」「脱原発」を求める行動が広範に展開された。(2012/03/20)


【演歌シリーズ】24) 番外篇 あれから一年 福島市から“原発”発言 (1)―信夫山、花見山、阿武隈川も泣いている― 佐藤禀一
 私の住んでいる福島市。東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)から北西へ60キロ、風下にあたる。事故後一年、2012年3月11日の放射線量毎時0.76マイクロシーベルト(文科省、福島県定点観測)。国は、原発事故の収束宣言をしたが、福島市にある山・湖・沼、福島市を流れる川、福島市に住む人の心が大変なことになっている。(2012/03/18)


【核を詠う】(33)福島原発の地で詠った佐藤祐禎歌集『青白き光』の原発短歌を読む(1)「いつ爆ぜむ青白き光を深く秘め原子炉六基の白亜列なる」 山崎芳彦
 前回までの東海正史歌集『原発稼働の陰に』に続いて、東海さんと同様、福島原発の地で短歌を詠み続け、平成十六年七月に歌集『青白き光』(短歌新聞社刊)を出版した歌人、佐藤祐禎さんの原発にかかわる作品を読んでいく。前回の最後に記したように同歌集は昨年十二月に、いりの舎から文庫版で再版されている。同書には佐藤さんの「再版によせて」が付されていて、佐藤さんの近況を知ることができる。筆者は昨年十一月に、短歌新聞社刊の『青白き光』を国会図書館から、地元図書館経由で借りて、図書館内で閲覧し、全文をノートに書き写しながら読んだが、本稿では、いりの舎版で再読していく。(2012/03/12)


「セールスマンの死」がブロードウェイで再演 主演はフィリップ・シーモア・ホフマン、演出はマイク・ニコルズ
  ニューヨークタイムズによると、アーサー・ミラーの傑作「セールスマンの死」がブロードウェイで再演される。劇場はバリモア劇場、3月15日からだ。主演はフィリップ・シーモア・ホフマン、個性的な性格俳優だ。演出は「卒業」などの映画監督でもあるマイク・ニコルズである。(2012/02/27)


「医す者として」〜若月俊一医師と佐久総合病院の60年〜ポレポレ東中野で上映中
  東京・東中野のポレポレ東中野で「医す者として」というドキュメンタリーが上映されている。監督は鈴木正義さん、グループ現代というTV番組の制作プロダクションのプロデューサーである。「医す者として」が描いているのは佐久総合病院の院長だった若月俊一医師の医療活動とその信念だ。(2012/02/22)


現代の遊牧民〜「モダン・ノマドの日記 2」  アンドレイ・モロビッチ
   デインジャー(’危険’)は砂漠の真ん中にスキー用品店を開いている。シベリアの凍土地帯にではない。サハラ砂漠にだ。ここでデインジャーはスキー板やスキー靴を売っている。滑降、ターン、ジャンプすべての用途に答えるスキー用品がそろっている。(2012/02/16)


  • 2012/02/13 


  • 米歌手ホイットニー・ヒューストンさん、48歳で亡くなる 死因は調査中
     アメリカの歌手、ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)さんが48歳で亡くなった。スペインの新聞エル・パイスは12日付のウェブ版で、ヒューストンさんが(11日)死体で見つかったことを伝えている。エル・パイスの情報源はヒューストンさんの広報担当であるクリステン・フォスターさんがAPに伝えた内容であり、そこでは死因や死亡場所などの情報は伏せられていた。(2012/02/12)


    【核を詠う】(30)福島原発の地で詠った東海正史歌集『原発稼働の陰に』を読む(1)「放射能に血病み骨病む君のため出来る何あり星宿(せいしゆく)暗し」  山崎芳彦
     「『放射能』と書いて『無常の風』とルビを振りたいものだ」 と、原爆の反人間的本質を描いた小説『黒い雨』の作者である作家・井伏鱒二は、彼の友人であるジャーナリスト・松本直治の著書『原爆死・一人息子を奪われた父親の手記』(一九七九年七月 潮出版社刊 二〇一一年八月十五日増補改訂版を同社より刊行)に寄せた序文で書いた。同書は、北陸電力に就職した愛息が東海・敦賀両原発に出向して安全管理課の業務に従事したが、放射能被曝による舌癌で三十一歳の若さで死去した経緯を追及してまとめた手記であるが、放射能の被曝が原因であることを認めず、被害者に挙証責任を転嫁する電力会社に対して企業の挙証責任を追及して「病める原発への証言」つづったものである。(2012/02/12)


    【核を詠う】(28)正田篠枝遺稿集『百日紅―耳鳴り以後』短歌を読む(5)「かたことの言葉言いそむ初孫よ悲しき世紀の死の灰降らすな」 山崎芳彦
     長崎で原爆被爆した作家で、小説『祭りの場』(1975年、芥川賞受賞)はじめ被爆体験とその後の生を題材にした多くの作品を書いてきた林京子さんが、岩波ブックレットの813『被爆を生きて 作品と生涯を語る』(2011年7月刊、聞き手・島村輝氏)で、自らの被爆から福島原発事故にかかわって「核」について多くを語っている。聞き手の島村さん(フェリス女学院大学教授 「逗子・葉山9条の会」事務局長)との対談だが、読み応えがある。(2012/01/28)


    少女が原発事故から逃げている。逃げるけれども逃げられない。 大野一夫
     少女が原発事故から逃げている。逃げるけれども逃げられない。24年前のチェルノブイリの事故直後に描いた絵です。甲板から眺める原発列島の夜炎 は僕の俳句ですが、昨年描いた絵です。(2012/01/27)


    【核を詠う】(27)正田篠枝遺稿集『百日紅ー耳鳴り以後』短歌を読む(4)「われ死なばこの目与えんと言いたれば被曝眼球は駄目といわれぬ」  山崎芳彦  
     ひき続いて、正田篠枝さんの『百日紅』収録の短歌を読みたい。(2012/01/24)


    【核を詠う】(26)正田篠枝遺稿集『百日紅―耳鳴り以後』短歌を読む(3)「春までの生命と医師が告げし身の花の便りを聞くは嬉しも」 山崎芳彦
     前回には正田さんの原爆被爆死の人びとの冥福を祈るための三十万名号書写について、主として月尾菅子著『正田篠枝さんの三十万名号』に拠って記したが、蓮見ワクチンの治療を受けながらの在京中は、月尾さんの親身で行き届いた気配りで、新しい出会いの喜びや、近郊(千葉、茨城など)へのドライブなどを楽しむ日々もあった。短歌を通じての交友、「歌縁」という言葉もあるが、正田さんの苦難の多かった晩年の中で、喜びの多い時間に恵まれたことがしのばれて、うれしい。(2012/01/23)


    現代の遊牧民〜「モダン・ノマドの日記」〜アンドレイ・モロビッチ 
      アフリカからEメールが届いた。「僕はここに最低でも月に一度は来ることだろう。よそに移動する前にだね。これから僕はもう一度北に向かって3週間移動する。そこでラクダやヤギを飼っている遊牧民の一家と暮らすんだ。彼らの生活のリズムやデテールをもっと知りたいと思っているのさ。」Eメールの送り主はスロベニア人の作家アンドレイ・モロビッチ氏。スロベニアでは13冊本を出しているそうだ。モロビッチ氏が「ここ」と書いているのはアフリカ北西の海岸にあるヌアクショット(Nouakchott)という町である。(2012/01/15)


    【核を詠う】(25)正田篠枝遺稿抄『百日紅―耳鳴り以後』短歌を読む(2)「三十万人が原爆にて爆死せり三十万名号われは書かなん」 山崎芳彦
     『原爆歌人の手記 耳鳴り』が出版された翌年の一九六三年(昭和三十八年)、正田篠枝さんは、それまでも貧血をはじめさまざまな原爆後遺症による体調の不調、苦痛に苛まれながらの生活を過してきたが、加えて乳の下や背中に痛みを覚え、かつてABCCの検査結果で「ガンの兆候」を指摘されたこともあって不安を強めた。彼女は『耳鳴り』に所載の詩「癌」に「癌なんて 嫌だと 思いました/癌よ 吹き飛んで 消えて 失(な)くなって/くれよっ とおもいました/・・・/癌は こりこりです 父は 原爆後 癌で/苦しみ 苦しみ 亡くなりました/癌よ 消えてくれ たのむ たのむ と思いました」と書いている。(2012/01/12)


    【核を詠う】(24)正田篠枝遺稿抄『百日紅―耳鳴り以後』短歌を読む(1)「みなさんの心にふれて役にたつものであれかし祈りて止まず」  山崎芳彦
     原爆被爆歌人の正田篠枝さんの短歌作品を読み継いできたが、彼女が原爆症癌とのたたかいの果てに1965年(昭和40年6月)に広島市平野町の自宅で死去して1年後、一周忌に彼女の遺稿集が出版された。広島詩人会、広島歌話会の有志が遺稿編集委員会を設け、正田篠枝遺稿集『百日紅―耳鳴り以後』を編んだのであった。(2012/01/07)


    [演歌シリーズ](23)日本のブルース 供集凝痛雄・柳ジョージ二人のブルース歌手が逝ってしまった― 佐藤禀一
     ブルースのイメージを「ハードボイルド小説」(註)と言ったのは、相倉久人である。油井正一とともに、私の最も心を寄せるジャズ評論家である。ハードボイルド小説の源流は、映画にもなった『老人と海』『誰がために鐘は鳴る』の小説でお馴染みのアーネスト・ヘミングウェイだ。出来るだけ情感を削ぎ、ドキュメンタリー・タッチで描く。(2012/01/03)


    【核を詠う】(23)正田篠枝『原爆歌人の手記 耳鳴り』短歌を読む(8)「勤めより 帰りし息子 ひそと怯え 安保反対の 署名をすなと」   山崎芳彦
     正田篠枝さんの『耳鳴り』が平凡社から刊行されたのは、1962年(昭和37年)であった。同書の刊行にいたる経過について、水田九八二郎氏の『目をあけば修羅 被爆歌人正田篠枝の生涯』(未来社刊 1983年)では「『耳鳴り』の原稿四百枚は弟誠一から岩波書店に持ちこまれ、同書店を経て専修大学教授で中国思想家の幼方直吉の手で平凡社の編集者、鈴木均に渡ったもので・・・」と記されている。また正田さんと1962年に出会い、以後、深く親密な交友関係を持った作家の古浦(旧姓浜野)千穂子さんは「原爆歌人正田篠枝とわたし」(『女がヒロシマを語る』 インパクト出版会1996年刊)で次のように書いている(2012/01/01)


    K−ポップの大攻勢に「クール・ジャパン」は惨敗 2011年のマレーシア
      東南アジア地域などにおいてドラマや映画、音楽などの文化面や製品ブランド力の面で韓流に奪われた主導権を取り戻そうと経済産業省が今年着手した「クール・ジャパン」戦略。しかし、ここマレーシアでは、マンガやアニメなどの分野を除けば、韓流に押されっ放し。とくに音楽面ではK−ポップの波の前に「クール・ジャパン」は形なしの1年だった。(クアラルンプール=和田等)(2011/12/31)


    [演歌シリーズ](22)日本のブルース 1 ―淡谷のり子『別れのブルース』―  佐藤禀一
     「流す涙で 割る酒は/だました男の 味がする /あなたの影を ひきずりながら/港 宮古 釜石 気仙沼」ーー気仙沼(けせんぬま)市内にこの歌碑がある。森進一が、昭和44年に歌って大ヒットした『港町ブルース』(詩・深津武志 補作・なかにし礼 曲・猪俣公章)。気仙沼は、この歌が心から歌える日に向かって、「海と生きる」を掲げ復興に向かって歩み出した。(2011/12/30)


    【核を詠う】(22)正田篠枝『原爆歌人の手記 耳鳴り』短歌を読む(7) 「灸すえて 原爆症に 堪えいると 学生ら目にすれば 常なく無口」  山崎芳彦
     原爆被爆歌人・正田篠枝さんの『耳鳴り』所載の短歌作品を読み続けているが、正田さんが原爆に被爆してから、この『耳鳴り』が出版された1962年(昭和37年)までの16年余の間に詠われた作品は、歌誌「晩鐘」(広島 山隅衛主宰)、「短歌至上」(東京 藤浪短歌会 主宰・杉浦翠子―月尾菅子)、「青史」(広島 短歌文学を研究する会)をはじめその他に発表された作品で『耳鳴り』に(2011/12/29)


    ディケンズ生誕200年を祝う −読者とともに生きた作家
     小説「クリスマス・キャロル」や「大いなる遺産」などで知られるのが、ビクトリア朝を代表する作家チャールズ・ディケンズ(1812−1870-年)だ。来年2月には生誕200周年を向かえ、英国各地で様々なイベントが開催される。「英国ニュースダイジェスト」(12月22日号)にディケンズの生涯や作品群を振りかえるコラムを書いた。以下はそれに若干付け足したものである。(ロンドン=小林恭子)(2011/12/25)


    【核を詠う】(21)正田篠枝『原爆歌人の手記 耳鳴り』短歌を詠む(6)「赤白の きょうちく桃の 咲き盛る 片かげたどり 原爆病院へ行く」  山崎芳彦 
     原爆歌人正田篠枝さんの『耳鳴り』の短歌を読んできているが、この『耳鳴り』が出版されたのが1962年(昭和37年)のことだから、歌集『さんげ』(1947年)も復刻収録されていることを考えると、正田さんが原爆に被爆してからほぼ17年間にわたっての短歌のなかのかなりの作品を読んできたことになる。正田さんが原爆被爆してからの、被爆時と直後の体験は『さんげ』に集約されていて、その悲惨な実態が、示された。正田さんの短歌作品だけではなく、芸術の各分野でも原爆の恐るべき殺戮と破壊のの実相とそれがもたらしたものの更に恐るべき悲惨を明らかにする作品も生まれ始めた。(2011/12/23)


    【核を詠う】(20)正田篠枝『原爆歌人の手記 耳鳴り』短歌を読むァ 崟依して 旅するごとく 身仕舞いす わが行く先は 原爆病院」 山崎芳彦
     冒頭から、誠に申し訳ないことですが、この連載の(16)、(17)の表題及び文中の一部に、筆者の不注意による誤りがありましたことを、お詫びして訂正させていただくことをお許し下さい。それは『被爆歌人の手記 耳鳴り』を『原爆歌人・・・』と誤記したことです。ここまで書いて、改めて手持ちの同書(昭和37年11月25日初版印刷、同11月30日初版発行)を見直しところ、奇妙なことに気付いた。カバーの表紙には 「耳鳴り 正田篠枝」 と印刷され 背表紙には「耳鳴り 被爆歌人の手記 正田篠枝」の印刷があり さらに目次の前ページの扉では「原爆歌人の手記 耳鳴り 正田篠枝 平凡社版」となっている。このことから、筆者の混乱が起きたのであった。(2011/12/15)


    【核を詠う】(19)正田篠枝『被爆歌人の手記・耳鳴り』短歌を読むぁ崋底に 幾千いるか くつわ虫 原爆後遺症の 孤独にひびく」  山崎芳彦
     「いろいろ 養生しましたけれど/どうしても しゃんとしません/親切な人に 紹介して いただいて/蔵本先生に 診て貰いました/蔵本先生は ABCCに 診察を 受けるように/紹介状を くださいました・・・かまぼこ型の 建物は 立派で 美しく/すべりころびそうに 綺麗で ありますが/誰も彼も 冷たい感じがします・・・結局 私の体は 貧血と 癌の兆候ありと/書いてありました/癌なんて 嫌だと 思いました/癌よ 吹き飛んで 消えて 失(な)くなって/くれょっ と思いました/貧血は 栄養と 安静で がんばろう と思いました/癌は こりこりです 父は 原爆後 癌で/苦しみ 苦しみ 亡くなりました/癌よ 消えてくれ たのむ たのむ と思いました」(「癌」 『耳鳴り』所収の詩より)(2011/12/11)


    【核を詠う】(18)正田篠枝『被爆歌人の手記 耳鳴り』短歌を読む 「妻死にて あまたの遺子と 泣き暮らすと のらせし人が 今日は酒酔」  山崎芳彦
     父・逸蔵が原爆後遺症による胃癌で死亡したあと、少なからぬ借金を抱え、再婚した夫に裏切られて離婚した正田篠枝さんは、早世した最初の夫との間に授かった長男の槇一郎と共に生活するために、原爆の被害で壊れた平野町の自宅を改造して、割烹旅館河畔荘を開業したことは、前回にも書いたし、旅館業に苦闘する生活を詠った短歌作品も読んできた。原爆に襲われるまでは、父の事業も順調で、生母、義母、夫に死なれる不幸はありながらも、恵まれた生活をしていたのから一変して、経験のない割烹旅館の経営は、マダムを雇って営業したとはいえ、容易なことであるはずはなかった。原爆被爆の症状も現われ始めている健康状態であるからなおさらであったろう。客との折衝、使用人との関係、さらに加えて営業資金や税金など経済的な苦労は、彼女の書きつづけた詩、短歌作品に、具体的に表されている。(2011/12/06)


    【核を詠う】(17)正田篠枝『原爆歌人の手記・耳鳴り』短歌を読む◆嵬襪六纏 昼は銀行 税務署と 働くおみな 肌はすさみぬ」  山崎芳彦 
     「金盥へ いっぱい吐血して 胃癌を宣告されました/ 昭和二十五,六年の当時は 胃癌が原爆と 関係があるとは 誰にも わからないのでありました/ それから後 あの人も この人も と 言うように ぞく ぞく と 死んで逝きました/ 父は 入院して 手術しました 輸血代に 三十万円借金が できた と 聞かされました/ 弟も 私も 間に合わず あわただしく さみしく 父は 生命を 終ってしまいました(以下略)」(2011/12/03)


    石堂淑朗氏(脚本家)が逝く
      脚本家の石堂淑朗氏が亡くなった。享年79。新聞で知ったばかりだが、亡くなったのは11月1日で本人と遺族の希望で公表を一か月控えていたという。今年は学生時代に恩恵を受けた人が次々と逝く。(村上良太)(2011/12/02)


    チリのニカノール・パラが受賞 セルバンテス賞
      チリの新聞「ラ・テルセラ」によれば2011年のセルバンテス賞はチリの詩人、ニカノール・パラ氏(Nicanor Parra,1914−)が受賞した。スペイン語圏では最高の文学賞である。(2011/12/01)


    セルバンテス賞候補者  スペイン語圏のノーベル文学賞
      セルバンテス賞はスペイン語で書かれた文学を対象に与えられる文学賞である。スペイン語圏のノーベル文学賞と言われているそうである。だから、スペイン人に限らない。今年のセルバンテス賞の候補者がエル・パイス紙に報じられている。(2011/12/01)


    スペインの漫画から 
     スペインのエル・パイス紙の漫画から。二人の男が穴を掘っている。いったい何をしているのだろうか。キャプションにはこうある。「頑張れば頑張るほど、沈んでいく。掘るのをやめろ」(2011/11/27)


    【核を歌う】(16)正田篠枝『原爆歌人の手記・耳鳴り』の短歌を読む①  「耳鳴りの はげしきわれは 耳遠く されど聞こゆる 対岸の蝉」  山崎芳彦
     正田篠枝さんの『原爆歌人の手記 耳鳴り』(昭和三十七年 平凡社刊)は、絶版になり、古書店にもなかなか見つからない稀覯本となってしまっている。正田さんが五十歳のときの出版で、四年後に正田さんは原爆後遺症の乳がんのため、死去する。同書には、篠田さんが、占領下の厳しい検閲下にあった昭和二十二年十月に秘密出版し、原爆短歌の嚆矢とされる歌集『さんげ』を収録するとともに、『さんげ』出版をめぐる経緯についても記していて、貴重な一冊である。(2011/11/27)


    【演歌シリーズ】(21)労働の歌(ワーク・ソング)掘 祝抄燭龍舛『ああ上野駅』『リンゴ村から』― 佐藤禀一
     昭和30年から48年、戦後史に記された日本経済の「高度成長時代」である。後に、それが泡沫(うたかた)であることを知るのだが、日本中が“経済繁栄”に浮かれた。『ああ上野駅』(詩・関口義明 曲・荒井英一)が歌われたのは、そのど真ん中、昭和39年のことである。(2011/11/24)


    【核を詠う】(15)正田篠枝歌集『さんげ』(原文)を読む  「武器持たぬ 我等国民(くにたみ) 大懺悔の 心を持して 深信 に生きむ」 山崎芳彦
     前回に続いて正田篠枝歌集『さんげ』の作品を読んでいくが、中国新聞が、同歌集の実物を広島市内在住の作家小久保均さん(81歳)が保管していた一冊が見つかったと報じている(9月23日)ことを知って、改めて、正田さんのこの歌集出版がいかに貴重なことであったかを知らされた。その報道によると、『さんげ』の実物はヒロシマ市立中央図書館や原爆資料館も所蔵していないとのことで、このほど「占領期の広島の文芸」をテーマに広島市文化協会文芸部会が企画展を計画(11月開催)し、市内に残る文学資料の掘り起こしを進める中で、母親が正田さんのいとこである小久保さんが保管していた一冊を見つけ出した、という。(2011/11/22)


    【核を詠う】(14)正田篠枝歌集『さんげ』(原文)を読む 「大き骨は 先生ならむ そのそばに 小さきあたまの 骨あつまれり」  山崎芳彦
     平山郁夫画伯の作品に「広島生変図」(昭和五十四年作、広島県立美術館蔵)の大作がある。私は、まだ実物を見たことがなく、画集で知るのみである。「全面を炎上する広島の町と炎で埋めつくし、右上隅の天空に不動尊を配した」(平山郁夫著『群青の海へ わが青春譜』 中公文庫)と、平山氏は「第一章 ヒロシマの熱い日」のなかで、この絵の構想について、悩みに悩んだ上で到達したものであることを書いている。(2011/11/17)


    ベルリンフィルとナチスの「蜜月」を検証するドキュメンタリー映画
      ドイツのベルリンフィルは2007年に創設125周年を迎えたが、この機会をとらえて、映画監督のEnrique Sanchez Lansch 氏がベルリンフィルがヒトラーの第三帝国とどう関わったのかを検証するドキュメンタリー映画を作った。タイトルは「The Reichsorchester」で、「第三帝国の交響楽団」となる。この映画はベルリンフィルが営んでいるディジタルコンサートで視聴可能だという。当時の巨匠、ヴィルへルム・フルトベングラー、ハンス・クナッパーツブッシュ、エーリッヒ・クライバーら指揮者による演奏が挿入されている。(2011/11/12)


    スペイン国民漫画賞はサンチアゴ・バレンスエラ氏の漫画「エリプティカ広場」に
      今年のスペインの国民漫画賞はサンチアゴ・バレンスエラ(Santiago Valenzuela)氏の「エリプティカ広場」(Plaza Eliptica)に決まった。(2011/11/08)


    パリの散歩道17  欧州語の謎    村上良太
       古代ローマ帝国域内にあった国々の言語は帝国の解体後、ラテン語をベースにしながらもやがてフランス語やイタリア語、スペイン語などに分かれていった。サッカー日本代表のフィリップ・トルシエ監督の通訳をしていたフローラン・ダバディー(Florent Dabadie,1974-)氏はフランス人だが、「フランス語と日本語、英語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、韓国語の7か国語を操る」(ウィキペディア)。この話はダバディ氏の日本滞在記「「タンポポの国」の中の私」の中で読んだ記憶がある。ダバディー氏は本書の中で、フランス語を母語とする自分から見ると、イタリア語とポルトガル語は覚えやすいが、スペイン語は少し難しいといったことを書いている。それはなぜなのか。(村上良太)(2011/11/07)


    【演歌シリーズ】(20)労働の歌(ワーク・ソング)供宗慷榛遏戞愀残鐐ァ抻海罰い力働歌―  佐藤禀一 
     「与作は 木をきる/ヘイヘイホー ヘイヘイホー」。「山は善」詩人山尾三省の詩魂(ポエジア)である。心から同感する。木々は、山の聖なる霊で、“山の神様”のものだ。熊、狐、狸、羚羊(カモシカ)などの獣たち、山菜や茸、草々もそうだ。福島の山と野と海に思いを馳せて、ふたつの唱を紹介したい。(2011/11/06)


    【核を詠う】(13)正田篠枝さんの歌集『さんげ』(原文)を読む 〇爐婿を 強要されし 同胞(はらから)の魂(たま)にたむけん 悲嘆の日記」 山崎芳彦
     正田篠枝(1910〜1965)の名は、歌集『さんげ』と切り離して語られることはない。広島に原爆が投下されて正田さん自身が被爆した翌々年の昭和22年に発行されたこの歌集は、当時厳しい占領軍による検閲の眼をくぐって、広島刑務所印刷部で印刷、秘密出版された(出版部数は100部、150部の両説がある)。この秘密出版の歌集が明るみに出れば死刑になると家族や周囲の人からとどめられる中で、「死刑になってもよいという決心」(正田さん自身が昭和37年出版の『耳鳴り』で記している。)で出版したこと、何より原爆に被爆した正田さんがその直後から原爆投下による悲惨な実態を短歌表現し秘密出版という形で世に出したことが、原水爆禁止運動が広島はもとより全国的な広がりを見せ始めた時期に、出版の経緯も明らかにされたことから、正田篠枝の名と歌集『さんげ』が各方面で語られ、正田さん自身もテレビ(昭和四十年四月、NHKテレビの「ある人生シリーズ」)の「耳鳴り―ある被爆者の記録」)に出演したことなどもあって、原爆短歌の嚆矢をなした歌人として、伝説的なエピソードも加えられて知られたと言える。(2011/11/03)


    【核を詠う】(12)『昭和の記録 歌集八月十五日』の原爆短歌を読むぁ  嵌樟さ経てケロイドに汗噴けり何の異変か脱皮かこれは」(長谷川純子)  山崎芳彦 
     前回に引き続き『歌集八月十五日』所収の原爆短歌を読んでいきたい。(2011/10/28)


    【核を詠う】(11)『昭和の記録 歌集八月十五日』の原爆短歌を読む 「放射能浴びしわが骨腐りゆく平和に生きし二十余年後に」(富田孝子) 山崎芳彦
     この連載の(7)で読んだ秋月辰一郎氏(1916〜2005年 医師、平和運動家)は、1945年8月9日午前11時2分に、長崎浦上第一病院の診療室で患者を診察中に原爆に被爆した。秋月氏は後に『長崎原爆記‐被爆医師の証言』(弘文堂・昭和41年刊)を著したが、同著は日本図書センター刊の『日本の原爆記録』(1991年、全20巻)の第9巻収められ、さらに日本ブックエースの平和文庫に再録・刊行された。(2010年)(2011/10/23)


    指揮者バレンボイム氏がスカラ座の音楽監督に就任
      指揮者のダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)氏がミラノ・スカラ座の音楽監督に就任した。リッカルド・ムーティが辞めて以来の音楽監督の就任となる。(2011/10/16)


    【核を詠う】(10)『昭和の記録 歌集八月十五日』の原爆短歌を読む◆ 峺暁ドームの窓枠錆びてつらなるに洩れくるは何 風か呻きか」(伊藤雅子) 山崎芳彦 
     前回に続いて『歌集八月十五日』に収録された原爆短歌を読んでいきたい。原爆にかかわる短歌は、原爆の被爆者による作品だけではない。戦地にいて家族や縁ある人を原爆で失った人が読んだ短歌も少なくないし、友人知己が原爆死した歌人が詠った作品も多い。この歌集にはそうした作品も収録されている。思いのこもった、詠わずにはいられない作者が少なくない。広島、長崎の原爆被災は、被爆者だけでなく多くの人々にかかわって、その生きようを深め、高くしているのではないだろうか。広島、長崎の被爆者に思いを寄せ、全国各地に暮らす被爆者とつながり、共に原爆について、日本の戦争の歴史について考え、学び、行動する人々がいることを、私も知っている。(2011/10/12)


    【核を詠う】(9)『昭和の記録 歌集八月十五日』の原爆短歌を読む  峺暁症末期の父を看取る日々記されざりき母の日記は」(阿部洋子)  山崎芳彦
     短歌専門出版社として、他には見ない貴重な出版事業を多様に展開している短歌新聞社が、同社の月刊総合短歌雑誌『短歌現代』の特別企画別冊号として、平成16年8月に刊行した同書は、「第二次世界大戦を経験したものにとって、この企画は長年の懸案でありました。人類の歴史上初めての原子爆弾をも被爆した我々の世代が、我々歌人が、この経験を詠い遺す意義は大きいと思います。戦後六十年という時間は、わたくし同様、皆様の思いを薄れさせる時間ではなかったと再認識した次第です。」と、後記で(I)のイニシャルで、同社の社長であり、著名な歌人でもある石黒清介氏(に相違ないと信ずる)が記している通りの、短歌界にとっての快挙というべき企画であったと思う。今後果たしてこれほどの戦争記録歌誌が編まれることがあり得るかと思わせる貴重な企画であった。(2011/10/08)


    [演歌シリーズ](19)労働の歌(ワーク・ソング) ―ブルースと『炭坑節』― 佐藤禀一  
      奴隷として、アフリカからアメリカに連れて来られた黒人達は、自分たちの音楽を禁じられた。主に異教信仰の音楽だからという理由で。でも、彼らは「フイルド・ハラー」という音楽を創った。(2011/09/29)


    【核を詠う】(8) 『昭和萬葉集』卷七・八の原爆短歌を読むぁ 峭萋發忘覆鮓討咾弔賃たゆる、鮮人の声しみて忘れず」(名柄敏子) 山崎芳彦
      『昭和萬葉集』卷八は「復興への槌音 昭和23年〜24年」と題されている。敗戦後3年を経て日本が「復興」への動きを見せ始めた時期としているのだが、そのような位置づけが適切であるかどうか、そう簡単ではなかったろう。米ソ対立による東西冷戦の緊張のなかで、米国は日本の「民主化、非軍事化」から反共の軍事的砦とする方針に転じた敗戦処理・占領政策をすすめ、ソ連(当時)・中国を背景とする朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の成立に対応して、南朝鮮で選挙を行ない大韓民国の初代大統領に李承晩をを当選させ、軍事的に中ソとの対抗勢力の構築に動き、他方、中ソ側は朝鮮民主主義人民共和国を砦として金日成政権を支援した。(2011/09/25)


    【演歌シリーズ】(18)番外篇 原発がひとのあかしを壊した―福島市、事故原発から北西へ60キロー  佐藤禀一 
      福島市。事故のあった福島第一原子力発電所(以下福島第一原発)から北西へ60キロ、警戒区域でも、避難指示地域でも、緊急避難区域でもない。しかし、風下に在り、モニタリングポストの線量は、比較的高く、ずーと毎時1.6マイクロシーベルト前後をカウントして来た。年に換算すると14ミリシーベルト。20ミリシーベルトより低いので安全? いま、私たちは数量に振り回されていないか。(2011/09/19)


    【核を詠う】(7)『昭和萬葉集』卷七・八の原爆短歌を読む 「おそかりし終戦のみことのりわれよめば焦土の上の被爆者は哭く」(秋月辰一郎)      山崎芳彦
     『昭和萬葉集』卷七・八に収録されている原爆短歌に、長崎の作者の作品は、詳しく調べて言うのではないが、広島の作者に比べ少ないと感じられたが、冒頭に挙げた秋月辰一郎氏の作品から読んでいきたい。(2011/09/18)

    【核を詠う】(6)『昭和萬葉集』卷七・八の原爆短歌を読む◆ 「天を抱くがごとく両手をさしのべし死体の中にまだ生けるあり」(深川宗俊)   山崎芳彦
      「8・6 原爆、広島上空でさく裂 ウラン爆弾。午前八時十五分、広島市大手町一丁目(旧細工町)島病院上空五百七十蛋宛紂せん光、直径百叩表面温度九千〜一万度の大火球、大量の放射能、ごう音、爆風、大火災。原子雲一万辰鬚海┐襦9い雨。広島市壊滅。((原爆投下機“エノラ・ゲイ号”パーソンズ大佐の航空日誌によれば、テニアン時間六日午前九時十五分三十秒、高度九千六百辰埜暁投下、投下五十秒後にせん光が起ったとしている。)(2011/09/11)


    語学に再挑戦 7 聾者の取材から見えた語学の心  村上良太
     語学というと、英語やフランス語などがすぐに頭に浮かぶが、手話もまた語学だと思う。1996年に聾者の映画監督とその妻を取材した時、口幅ったい言いかたになるが語学というものの本質に触れた気がした。監督はオーストラリアから来日して東京・両国で暮らしていたロバート・ホスキンさんである。妻の土屋靖子さんも聾者で、ホスキンさんの映画に女優として出演していた。(2011/09/09)


    モンブラン山頂には「鬼が出る」 自然への畏怖を伝える仏シャモニーのガイド協会の祭り
      「シャモニーはひどく貧しい山村で、山に鬼が出ると恐れられていた」─。登山とスキーのリゾート地として世界に知られる、フランスのモンブラン山塊の山道で、3人の古老が日本人観光客の私(飛田)に語った。地元の人びとの自然への畏怖の念は、シャモニーの高山ガイド協会の祭りにも残っている。山の日差しが強い8月、祭りの裏にある現在登山の発祥の地の歴史をさぐってみた。(パリ=飛田正夫)(2011/09/05)


    【核を詠う】(5) 『昭和萬葉集』卷七・八の原爆短歌を読む  崚珪紊念鬼どもが毒槽をくつがへせしか黒き雨降る」(正田篠枝)  山崎芳彦
      『昭和萬葉集』は昭和元年から50年間に亘る激動し変転した時代に作られた短歌の一大アンソロジーで、1979年から1980年末にかけて講談社が刊行した全20巻・別館1の大全集である。編集顧問に土屋文明・土岐善麿・松村英一を置き、選者には太田青丘、鹿児島寿蔵、木俣修、窪田章一郎、五島茂、近藤芳美、佐藤佐太郎、前川佐美雄、宮柊二が揃い、さらに編集協力者として上田三四二、岡井隆、島田修二らが備えるという編集体制を組み、時代を追って分類し配列しているが、項目立て、脚注、巻末の年表、各巻ごとに収録の全作者を対象とした作者略歴・索引など読者にとって行き届いた編集がなされている。(2011/09/04)

    【核を詠う】(4)起きがたく身を投げをれば九日の朝ぞ朝ぞと鳴きくるる蝉(竹山広「ながき一日」から)  山崎芳彦
      私事になるが、2010年3月30日に私は前年の3月に続いて心筋梗塞を発症して救急車で入院した。入院して3日後に、妻がぽつりと「竹山広さんが亡くなったわよ。」と呟くように言ったのを聞いて、私は「ああ、ついに・・・」という思いにとらわれた。いつのことかと聞くと、私が入院したその日のことだったという。ショックを受けるのではと考えて、妻は言いそびれていたようだ。私は、入院中に竹山さんをしのぶ歌をいくつか作った。まことに拙い歌で恥じ入りながら、私なりの記録として書かせていただく。(2011/08/29)


    【核を詠う】(3) 被曝二世といふ苛責なき己が呼名わが末の子のいまだ知らずも(竹山広『とこしへの川』から)  山崎芳彦
      竹山広さんの『とこしへの川』の中の作品を、さらに抽いておきたい。この歌集は、被爆から35年後までの作品を収めている。したがって被爆時だけでなく、原爆症つまり核放射能の被曝の健康への影響、後遺症の実相を明らかにする歌も、当然のことだが含まれる。竹山さんご自身、ご夫人、さらにはお子さんの健康について、さまざまに詠っている。被爆二世についての歌もある。(2011/08/21)

    フランスからの手紙23 〜責任ある億万長者とは?〜Un milliardaire responsable ? パスカル・バレジカ
      およそ10年ほど前になるが、私はアフリカの政治経済文化を扱う「若いアフリカ(Jeune Afrique)」という週刊誌の記事を書いていた。ある時、編集長は私にリー・クアンユーとウォーレン・バフェットの回顧録を読ませて、彼らに関する記事を書かせようとした。(2011/08/20)


    【核を詠う】(2) 鼻梁削がれし友もわが手に起きあがる街のほろびを見とどけむため(竹山広『悶絶の街』から)  山崎芳彦
      竹山広さんの歌集『とこしへの川』(1981年8月刊,雁書館)は竹山さんの第一歌集だが、61歳にして初めてまとまった歌集が世に出たことになる。竹山さんは16歳の頃に石川啄木を知り短歌に関心を寄せ、21歳には短歌結社に所属したり同人誌を同好の友人と出すなど、早くから作歌していた。25歳の1945年に長崎市浦上台一病院に入院中に原爆に被爆し5日間死者、負傷者の群がる惨憺たる状態の中をさまよい、上半身火傷の兄を看取り、翌日田平町の生家に帰った。そして、すぐに歌を作ろうとしたが被爆死した人々、傷つき苦しむ人々一人ひとりの顔が浮かび、夜も眠ることが出来ず、詠うことができず、以後十年沈黙せざるを得なかったという。(2011/08/17)

    チリのデモと作家イサベル・アジェンデ
      チリの新聞「ラ・テルセラ(La Tercera)」より。チリでは公教育の充実を求める学生、教師、親たちのデモが盛んになっている。その余波を受けたのが「精霊たちの家」などの作品で知られるチリの作家イサベル・アジェンデ(Isabel Allende)さんだった。この8月、アジェンデさんはサンチアゴで2010年度の国民文学賞を教育省から受賞するため自宅のあるSausalito(米、カリフォルニア州)からサンチアゴ入りする予定だった。ところが、一連のデモのために授賞式は延期に・・・。そこで、アジェンデさんは旅の目的を新刊小説のPRに急遽切り替えた。(2011/08/17)


    【核を詠う】(1)悶絶の夏から  山崎芳彦
      私は三・一一以来、原爆短歌を読み、探し、パソコンに入力している。この三ヶ月余の間に、広島・長崎の有名無名を問わぬ被爆者の作品数千首を読み続けてきた。そしてどうする、という段になると、まだ先が見えない。しかし、まだこのことを続けようと思う。これらの作品の陰には、原爆によって一瞬にして生命を奪われた二十万を越える人間の生命があることを思わないではいられないし、この国が原子力の「平和利用」の名の下に、原子力発電を行なっていること、そして核兵器製造技術とその原料確保の黒い意図が脈々と生き続けていることを考えないではいられない。原爆と原発はやはり同根だし、このまま行けば同じ結果をもたらすだろう。未来が過去の過ちを映すスクリーンであってはらない。原爆短歌はそう詠った。(2011/08/14)


    「おっぱいと東京タワー」が受賞を機に再編集版で放送
      乳がんと診断された自分にカメラを向け、闘病を通して家族や周囲の人々とのつながりを見つめ直した信友直子さんのTVドキュメンタリー「おっぱいと東京タワー」。放送は反響を呼び、国内ばかりか、海外の映像フェスティバルでも賞を得ましました。それを機に次の日曜日に再編集版で放送されることになったのです。(2011/08/02)


    文学と卒業   村上良太
      作家の開高健は海外旅行にしばしばスウィフトの「ガリヴァー旅行記」を携行していた。訳は中野好夫のものだった。「ガリヴァー旅行記」と言えば、少年少女文学全集で卒業してしまって以後、ホンモノを手にすることがない大人が多いと残念がっていた。(2011/08/01)


    公開シンポジウム「『日韓図書協定』後の韓国・朝鮮文化財問題を考える」  文化財返還は歴史認識共有の試金石
      日本による植民地支配下の朝鮮半島から日本へ流出した韓国・朝鮮文化財の返還問題に取り組む市民団体「韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議」は6月下旬、都内で公開シンポジウム「『日韓図書協定』後の韓国・朝鮮文化財返還問題を考える」を開催した。(坂本正義)(2011/07/31)


    フランスからの手紙 22〜ますますバカバカしくなる世界〜La fin d’un monde de plus en plus absurde  パスカル・バレジカ
      ベルギーはすでに1年以上連邦政府を有していない。(正確には2010年6月13日からだ) それでもベルギーは正常に機能しているようである。さらに、地上に新たな独裁的な経済システムを押し付けている格付け会社の意見に反して、ベルギーは2010年に財政赤字を予想以上に早く削減することに成功した。そればかりか、2011年の前半の経済成長も予想を上回った。これは中央政府が役にたっていない証拠なのだろうか?(2011/07/16)


    「被曝して骨の髄病み臥す君の悔恨しずかに聞く秋の夜」原発労働者を詠む詩人、歌人たち  若松丈太郎『福島原発難民』から  大野和興
      南相馬市の詩人若松丈太郎は、この5月に上梓した著書『福島原発難民 南相馬市・一詩人の警告』で、自身の作品だけでなく、原発が立地する福島県浜通りに住む多くの詩人、歌人の作品を紹介している。その多くはすでに故人なのだが、それらの人たちがうたう詩や歌の、なんと重く、悲しく、苦痛に満ちていることか。若松が紹介するそれらの詩歌から、原発労働者をうたったもののいくつかを紹介する(2011/06/27)


    詩人の直感力と想像力が描き出す予言の書  若松丈太郎著『福島原発難民 南相馬市・一詩人の警告』  大野和興
      暴走を続ける福島第一原発に隣接する福島県南相馬市に一人の詩人がいる。若松丈太郎さん、76歳。海岸から4キロ,原発から25キロの地点に住む若松さんは,自らを原発難民と呼ぶ。長く高校教師を勤めてきた若松さんは、原子力発電所近傍に住む詩人として,自身の思いを詩やエッセイにして折にふれ発表してきた。本書は原発事故があった2ヵ月後の5月10日、それら原発にまつわる作品をまとめて上梓したものだ。一読して、詩人の直感力と想像力に驚嘆した。1971年、第一原発の建設が始まった段階で,詩人はこう記している。(2011/06/26)


    悪魔の舌 
      ルモンドなどに寄稿しているパリの風刺画家サルドン(Vincent Sardon)はハンコ屋サルドン(tampographe Sardon)と称して、ハンコも制作販売している。サルドンのハンコのモチーフには悪魔や骸骨、裸体、独裁者など猥雑か不気味なものが多い。最近新しく構えたアトリエもペールラシェーズ墓地の裏にある。(2011/06/13)


    第18回東京国際ブックフェア テーマ国はスペイン
      7月7日(木)から10日(日)までの4日間、東京ビッグサイトで「第18回東京国際ブックフェア2011」が開かれる。今年のテーマ国は「スペイン」。スペイン文化省、スペイン書籍連盟が主催するパビリオンには幅広い分野のフィクション、ノンフィクションの本が出展される予定だ。(2011/06/08)


    ヴェニスで第54回ビエンナーレ展が始まる〜参加国数は過去最大〜
      ヴェニスで第54回ビエンナーレ展が始まった。6月4日から11月27日まで続く。ディレクターは美術史家、批評家、キュレーターのBice Curigerさん。今年は参加国が89と、過去最大の規模となった。(2011/06/08)


    ノーベル文学賞のマリオ・バルガス・リョサが来日講演
      昨年、ノーベル文学賞を受賞したペルーの小説家マリオ・バルガス・リョサが今月来日する予定だ。6月21日午後6時から東京のセルバンテス文化センターで講演を行う。講演は無料だが予約が必要だ。(2011/06/03)


    潮出版社 『パエトーン』―20年以上前の反原発マンガ無料公開中!
    【たんぽぽ舎原発情報】山岸凉子さんという漫画家さんの作品『パエトーン』が、潮出版の公式サイトで無料公開されています。『パエトーン』は、神になり代われると思い上がったパエトーンをめぐるギリシャ神話になぞらえて、原子力発電の是非を世に問いかけた短編マンガです。(2011/05/18)


    東京電力原発事故にささげる歌 『東電に入ろう(倒電に廃炉)』
      作者も、誰がうたっているかも不明ですが、ちょっと一息、笑ってください(人によっては、馬鹿にしていると、憤る方がいるかもしれませんが..)。いまyoutubeで評判。ー皆さんがたの中に/東京電力に入りたい人は いませんか/ひと旗あげたい人は いませんか?/東電じゃ人材/もとめてますー。元歌は、68年の高田渡の不朽の名作『自衛隊に入ろう』(日刊ベリタ編集部)(2011/05/15)


    【演歌シリーズ】(17) 「黒髪幻想」星野哲郎の情歌供宗屬澆世貳院廚縫┘蹈垢陵庄ぁ宗 〆監c桧譟
      美空ひばりの『みだれ髪』は、日本情歌の最良である。美空ひばりの最期の歌々が、お行儀の良すぎる『愛燦燦』(詩・曲・小椋佳)と『川の流れのように』では、寂しすぎる。星野哲郎と船村徹の渾身の情歌『みだれ髪』が美空ひばりの掉尾を飾ったことを喜んでいる。(本文から)(2011/05/08)

    【演歌シリーズ】(16)「黒髪幻想」星野哲郎の情歌 ー至福の出会いー  佐藤禀一
      作詩家がまず、歌い手の声の表情・表現力・個性をつかみ、時代の匂い、情、ロマン、別離や恋のドラマなどを纏わせて詩を書き、作曲家は、その詩と歌手の個性が最大限に発揮されるような旋律をつくる。(本文から)(2011/05/06)


    【演歌シリーズ(15) 番外篇】 福島第一原発惨事と反核日本映画 ―黒澤明監督『生きもの記録』ほか―   佐藤禀一        
      ドキュメンタリーでは、広島・長崎での被爆者の苦しみを描いた亀井文夫監督の『生きていてよかった』(1956年)がある。反核劇映画第1号は、『ゴジラ』(54年 監・本多猪四郎 特撮監督・円谷英二 出・志村喬 河内桃子 平田昭彦)であろう。相次ぐ水爆実験で、太古の眠りから目覚めた怪獣ゴジラ、邪悪な存在で口から放射線を吐き出し、東京を焦土に…。 (2011/05/01)


    新世代のアボリジニ・アーティストに聞く  「エネルギーが湧く音楽を」
      日本でアボリジニのロックバンド『ヨス・インディー』が紹介されてから早20年近く経とうとしている。ディジュリドゥを使い、先住民であることを全面に押し出していたアーティストたちであった。それに比べ、今日のジェネレーションYのアボリジニ・アーティストは、あまり自らの先住民としてのアイデンティティーを意識していないようだ。オーストラリアで注目を浴びているレゲエの生バンドDubmarine(ダブマリーン)にD-Kaz Man(ディー・カズ・マン)というアボリジニのボーカリスト兼ダンサーがいる。先月行われた音楽祭WOMAD(ウォームアド)のアデレード公演直前に、バンドのリーダーであるポール・ワトソンに話を伺うことができた。(豪アデレード=木村哲郎ティーグ)(2011/04/20)


    【ロシアのユーラシア音楽】(下) 東洋音楽の魅力を求めて 井出敬二
      モスクワ音楽院のマルガリータ・カラティギナ氏は、邦楽にとどまらず、さまざまな地域の伝統音楽にも造詣が深く、交流を進め、各地の本物のすばらしい音楽を紹介する活動をされている。モスクワの外交団も彼女のそのような活動には注目しており、モスクワでのインド大使館でのレセプション、イラン大使館主催の音楽会や米国大使館後援の音楽会でも彼女の姿を見かけたりする。カラティギナ氏の尽力により、中国天津音楽院の教授らによる古典中国音楽のコンサートが今春モスクワで開催された。(2011/04/18)

    【ロシアのユーラシア音楽】(上) ロシア人とイラン人音楽家が東京で大震災チャリティー・コンサート 井出敬二
      イランの音楽家によるペルシャ古典音楽のコンサートが4月24、26の両日、東京で開催される。東日本大震災の犠牲者への哀悼を表す新曲も披露、収益や会場での募金は被災者支援のために寄付される。コンサートを企画し、一緒に来日するのは、世界的に有名なチャイコフスキー記念モスクワ国立高等音楽院の世界音楽文化センター長マルガリータ・カラティギナさん。日本の琴にも造詣の深い彼女に、日本公演の意義や、西欧クラシック音楽を学んだロシアの音楽家が、なぜ邦楽を含めたユーラシアの音楽にひかれるのかなどについて、在モスクワ日本大使館の井出敬二公使が聞いた。(2011/04/17)


    ロシアの猫芸 「ククラチョフの猫劇場」
      モスクワにはククラチョフの猫劇場なるものがある。「猫の家」「人間と猫」などのレパートリーがあり、世界でも珍しい猫芸が堪能できる。(2011/04/16)


    劇作家ニール・ラビュート(Neil Labute) 〜アメリカ再生への一歩〜村上良太
      数年前、ニューヨークの演劇専門書店に入ったとき、「80年代とそうかわり映えしないな」と感じた。米演劇人が聞いたら怒るかもしれないが、90年代以後に大物が出ていない印象を受けた。それでも店内で演劇人と思しき人に尋ねてみた。僕「90年代以後のアメリカの劇作家で誰がお薦めですか?」演劇人(らしい人)「ニール・ラビュートとトニー・クシュナーかな」(2011/04/10)


    パリの散歩道15  地震、津波、原発・・・   村上良太
      日刊ベリタでこれまでパリで取材させていただいた方々から、今度の震災や原発事故に関するメールをいただきました。(2011/04/02)


    「おっぱいと東京タワー」がニューヨークフェスティバルで銀賞に輝く
      日刊ベリタで紹介した信友直子ディレクターの「おっぱいと東京タワー〜私の乳がん日記〜」がニューヨークフェスティバルで銀賞を受賞した。(2011/03/27)


    安部公房 「方舟さくら丸」       村上良太
      安部公房(1924-1993)が亡くなって20年近くたつ。没後間もない1995年、オウム真理教信者によるサリン事件が起きた時、安部の小説「飛ぶ男」が話題になった。そして福島原発事故で揺れる今、小説「方舟さくら丸」が思い出される。「方舟さくら丸」は地下採石場跡の巨大な洞窟に、核シェルターを作り上げ、その「乗組員」を探す「ぼく」の話である。そのシェルターの構造は次のようになっている。(2011/03/22)


    【演歌シリーズ】(14)吉岡治 歌手再生の手練 掘 渋臉遽漂、島倉千代子、瀬川瑛子の甦り―  佐藤禀一 
      大川栄策は、古賀政男の最後の内弟子である。デビュー曲は、師の『目ん無い千鳥』戦前、霧島昇と松原操が歌ってヒットしたカバー曲である。大川は、師の信頼も厚くまた、歌唱力も高く評価されていた。デビュー後、古賀政男ヒット・メロディーのLPも出している。また、『練鑑ブルース』など放送禁止歌がほとんどの服役者の愛唱歌を集めた『孤独の唄』というアルバムも出している。しかし、なかなか良いオリジナル曲に巡り合わなかった。では、何故、古賀政男は、大川栄策のデビューに、新曲ではなく『目ん無い千鳥』を歌わせたのか。(2011/03/17)


    浦安で開催予定だった第一回ドキュメンタリー映画祭が地震で中止へ〜
      浦安でドキュメンタリー映画祭が初めて開催される予定だった「第一回うらやすドキュメンタリー映画祭2011」が地震の影響でで中止となった。開催期間は3月20日(日)、21日(月・祝)の2日間で、テーマは持続可能な社会だった。原発を見つめる「祝(ほうり)の島」など、力作がそろっていた。監督らによるパネル討論も予定していた(日刊ベリタ編集部)(2011/03/15)


    【演歌シリーズ】(13) 吉岡治 歌手再生の手練 供重圓呂襪漾石川さゆりの甦り―  佐藤禀一  
      元ヤクルト、楽天の野球監督・野村克也。チーム強化策は、優秀選手を補給するのではなく、与えられた人材の隠れた才能を発掘し、新たな力を工夫させて再生する、そして、考える野球を選手全員に徹底させることにある。そのための言葉を重視した(2011/03/09)


    【演歌シリーズ】(12)吉岡治 歌手再生の手練 機週伐治の短詩と長詩―    佐藤禀一
      つぎのふたつの詩は、同じ詩人による(2011/03/07)


    佐渡島に復活する遍路旅  村上良太
      佐渡島で島の住職らが手を携え、88箇所の寺を回る佐渡遍路旅を復活させる努力を行っている。かつて空海や日蓮が訪れた佐渡島は古来信仰が熱く、約6万人の住民に対して寺が250、神社が250と過密な信仰地帯だ。しかし、昭和に比べ島民が半減し、檀家不足から多くの寺が補修すら満足にできない状態にある。そこで遍路旅の復活で島の信仰の再生を狙う。(2011/03/01)


    多文化主義国家オーストラリアで国民の半数が反イスラム感情持つ 
      オーストラリア国民の48.6%が反イスラム感情を抱き、それを態度に表わしているとの調査結果が明らかになった。全土の大学の研究者が数千人単位の国民を対象に10年がかりで、異なる文化に対する態度や人種差別体験に関して行った調査によるもので、同国の公共放送ABCが伝えた。(クアラルンプール=和田等)(2011/02/27)


    エドゥアール・グリッサンの死   
      2月3日、詩人・作家のエドゥアール・グリッサン(Edouard Glissant 1928-2011)がパリで亡くなった。享年82歳。グリッサンはカリブ海のマルティニク島で生まれ、パリで哲学と人類学を学んだ。マルティニク島はフランスの海外県にあたる。グリッサンの文学活動はグローバル化する世界の中で重要性を増している。彼が仲間と進めたクレオール文学とは?(村上良太)(2011/02/27)


    パリの散歩道14 〜幻灯師ベルゴンがアニメーションの原点に挑戦〜   村上良太
      パリで活躍中のアーチスト、バンサン・ベルゴン(Vincent Vergon) による6分11秒の短篇アニメーション、「ファントーシュの独楽(こま)」をご覧下さい。普段、僕らが見慣れた「アニメ」とは違った、アニメーションの原点があります。映像は以下のサイトで見られます。(2011/02/15)


    スティーヴン・ピムペア著『民衆が語る貧困大国アメリカ〜不自由で不平等な福祉小国の歴史』 (桜井まり子+甘糟智子 翻訳  中野真紀子 監訳)
     『民衆のアメリカ史』で有名な歴史家ハワード・ジンが監修する「民衆史シリーズ」 の一環である本書は、実際に貧困の中で生きる人々の体験や声を通して「語り直され」たアメリカ合衆国の貧困と社会福祉制度の歴史です。ニューヨークのイェシーバ大学で政治学と社会福祉政策を教える著者スティーヴン・ピムペアは、イギリス殖民地の時代から現在にいたる米国の貧者の体験を、歴史書や公文書、伝記、口述記録など幅広い分野の二次資料から拾い上げた膨大な数の弱者の声を、的確な仕分けと解説によってより合わせ、非常にわかりやすく、心にひびく読みものに仕立てています。いわゆる「下からの社会史」の試みとして、きわめて優れた業績です。(中野真紀子)(2011/02/08)


    一枚の写真から 〜ルーマニアの実力派女優オフェリア・ポピ〜
      かつてルーマニアといえばコマネチだったが、今はこの人だ。ルーマニアの演劇祭「シビウ国際演劇祭」は今日、世界三大国際演劇祭の1つに至るまで発展を遂げた。毎年5月末から6月上旬にかけて世界70カ国から参加があり、1日約35000人がつめかける。第18回目となる今年は5月27日から6月5日までだ。不況の中でもシビウは演劇で活気を保っている。特に女優オフェリア・ポピさんの人気は抜群だという。(2011/02/06)


    フランスからの手紙21 「フランス、チュニジア、未来...」La France, la Tunisie, l’avenir…パスカル・バレジカ
      21世紀最初の10年が終わった。新たなニュースは希望よりもむしろ脅威に響く。政治経済の指導者達は2001年に始まる世界の激変から教訓を得たのだろうか?否、彼らは何事もなかったかのように従来と同じ言動を繰り返している。そして世界は壁に激突していくのだ。(2011/02/04)


    フランスの女性映画監督たち 〜時代の転機を先取りしてヒット作を作ってきた〜
      フランスの女性映画監督にはヒットを飛ばしてきた人が何人かいる。時代の転機を先取りし、通念に挑み、新しい生き方を提案してきた。それらの映画は興行的にヒットしただけではなく、国の政策にすら影響を与えてきたと思われる。フランスの女性監督による3本の映画を例にとりたい。(村上良太)(2011/01/19)


    『となりのツキノワグマ』を読む――帯には「クマがこんなに写っていいのか!?」とある  笠原眞弓 
      金沢市街のはずれ、犀川のほとりにある姉の家の玄関先を仔クマが通り過ぎた。昨秋の昼日中である。姉は地方新聞の書評にあった表題の本『となりのツキノワグマ』(宮崎学著・撮影/新樹社刊)を購入。暮れに訪ねた私に、「おもしろそうよ。まだ読んでいないけれど」と渡した。どのページもそばに人がいれば「クマって○○なんだって!」と言わずにはいられない、私にとっての新知識が詰まっていた。(2011/01/14)


    今も続くオフ・ブロードウェイの傑作「ファンタスティックス」(The Fantasticks )    村上良太
    ブロードウェイはエスタブリッシュメントだろうが、オフには自由と前衛の匂いがあった。その象徴がオフ・ブロードウェイミュージカル「ファンタスティックス」だった。今、この世界最長のロングランミュージカルは劇場を移して上演されている。(2011/01/05)


    文化財返還問題を話し合う日韓共同シンポジウムから(下) まず返還することからすべてが始まる
      文化財返還の日韓共同シンポは、文化財返還の意味改めて問い直し、そのために立ちあがった韓国、日本の市民の運動を歴史の中に位置づける議論をした幕をとした。「『不法に入手した文化財すなわち盗品を持っていることは恥ずかしいことだ』という考え方を共通認識として持つことが、人間として最低限のモラルであると考えます」というパネリストの言葉が耳に残った。(坂本正義)(2010/12/29)


    文化財返還問題を話し合う日韓共同シンポジウムから(中) 日本政府の対応は評価
      文化財返還問題を話し合う共同シンポで、両国に研究者、国会議員、この問題に取り組んできた市民グループは、日本政府の対応は従来の姿勢を大きく踏み出すものだと評価した。(坂本正義)(2010/12/28)


    文化財返還問題を話し合う日韓共同シンポジウムから(上)「文化財の返還とは、民族の魂の返還である」 
      菅直人首相は、韓国併合から100年目を迎えた2010年8月に談話を発表し、朝鮮王室儀軌」等の朝鮮半島由来の図書を韓国へ引き渡すことを表明した。しかし、朝鮮王室儀軌167冊を含む朝鮮半島由来の図書1205冊の返還を取り決めた「日韓図書協定」は、12月3日に閉会した第176回臨時国会では承認されなかった。文化財の返還問題を話し合うためのシンポジウムが11月下旬、都内で開かれた。同シンポ出て行きされた問題を、以下3回にわたって報告する。(坂本正義)(2010/12/24)

    天才トミー・アンゲラーの「政治」展
      イラストレーター・画家・絵本作家のトミー・アンゲラー(Tomi Ungerer 1931〜)が来年3月末まで「ポリトリックス(Politrics)」と銘打った美術展を開催中だ。公開されているのはこれまでにアンゲラーが描いた政治をモチーフにしたポスターやイラストなど。開催場所はフランスのストラスブールにあるトミー・アンゲラー美術館だ。(村上良太)(2010/12/22)


    新訳 ジョージ・オーウェル著「1984年」 〜近未来の人間の言葉とは?〜
      オーウェルの「1984年」は全体主義社会の怖さを描く近未来SFである。舞台は「戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり」という不気味なスローガンを掲げる全体主義国家である。もとはソ連を描いたものと受け取られがちだったが、最近のアメリカにもよく当てはまるという人もいる。ハヤカワepi文庫「1984年(新訳版)」の巻末に寄稿しているアメリカの作家トマス・ピンチョンもその1人だ。(村上良太)(2010/12/18)


    コラムニストがいた時代  酒場で育ったマイク・ロイコ    村上良太 
      1980年代だったろう、コラムという耳慣れない言葉がわが国に入ってきたのは。勿論アメリカからだ。最も有名だったのはボブ・グリーンだろう。コラム集の「アメリカン・ビート」や「チーズバーガーズ」は日本でもベストセラーになった。またアート・バックウォルドの場合は、権力批判をベースにしたおちょくり気味のユーモアコラムだった。しかし、バックウォルドには世界を冷徹に見るジャーナリストの目があった。一方、上流階級を描くタキというギリシア系のコラムニストや、少し古風な作風のラッセル・ベイカーという人もいた。政治コラムニストではジェームズ・レストンが健在だった。ロジャー・サイモンの辛口コラムというのもあった。80年代にはこうしたコラムニストによるコラム集が日本で次々と出版された。(村上良太)(2010/12/11)


    第4回国際有機農業映画祭が11月27日に都内で  世界でここだけ有機農業映画祭、農と食、いのちの大切さを訴える
      市民の有志によって毎年都内で開かれている「国際有機農号映画祭」が今年も11月27日朝から、東京・国立オリンピック記念青少年センター大ホールで開催される。第4回を迎える今年の映画祭のテーマは「たね・水・いのち」。初公開の作品を含め、内外9本の作品が午前9時30分から午後8時まで上映される。参加費は2000円(25歳以下の方は1500円)。当日入場も可。(日刊べりタ編集部)(2010/11/25)


    「バイバイ フランス」〜閉ざされた島社会の肖像〜' Tchao la France', portrait d’une société bloquée  パスカル・バレジカ (フランスからの手紙 20)
      フラマリオン出版から出たコリーヌ・メイエ(Corinne Maier)著、「バイバイ フランス〜この国を去る40の理由〜」は一見、観光客には天国に見えるフランスが実際にはいかに暮らしづらい国になっているかを綴っている。著者のメイエはフランス人の精神分析医だが、数年前からベルギーで暮らしている。メイエがこの本で描いているのは閉ざされた国の姿である。(2010/11/21)


    【演歌シリーズ】(11)風を泣かせた詩人 石本美由紀   佐藤禀一
    遠藤実、川内康範、阿久悠、三木たかしとここ数年に身罷(みまか)った作曲・作詩の演歌人の情に耳を傾けて来た。しばらくつづくであろう。今回は、石本美由紀である。(2010/11/17)


    【演歌シリーズ】(10) 三木たかしの寂寥音  出会い なかにし礼   佐藤禀一
      『恋はハートで』(昭和42年)三木たかし作曲家デビュー曲、歌は、泉アキ、なかにし礼が詩を供した。なかにし礼ラスト作詩曲『風の盆恋歌』(平成元年)歌は、石川さゆり、曲は、三木たかしが供した。礼の詩がたかしのスタートを飾り、たかしの曲が礼の作詩家アデューを飾った(2010/11/12)


    ベトナム戦争中のハノイから   戦場カメラマン石垣巳佐夫氏
      日本人の青年がにこやかな軍人の脇に立っている。軍人の手は青年のひじをつかんで激励しているようだ。この軍人はボー・グエン・ザップ、ベトナム人民軍総司令官である。撮影されたのは北ベトナムが米軍と戦っていた時代である。青年は石垣巳佐夫カメラマン。石垣さんは日本電波ニュース社ハノイ支局に派遣されていた。ベトナム戦争中、北ベトナムに支局を持っていたテレビ通信社は日本電波ニュース社だけだった。(2010/11/10)


    シリーズ一枚の写真から 〜岩淵達治氏がドイツに発った日〜
      1人の若者が飛行機のタラップに立って振り返り、右手を挙げている。左手には鞄と花束。1957年10月5日、30歳の岩淵達治氏である。岩淵氏はこの日、ミュンヘンの大学に留学するため、羽田を出発した。現在、83歳の岩淵氏は演出家として、さらにブレヒト戯曲全集をすべて翻訳した翻訳家として知られる。後者ではその精緻な翻訳によって、1999年にドイツ政府からレッシング賞を授与された。だが、1957年のこの日にはまだ未知数の未来があっただけだ。(2010/11/06)


    フランスからの手紙19 フランスのウーマンリブ創設40周年〜70年以後のフランス女性の地位について〜La situation des femmes en France depuis 1970 パスカル・バレジカ
      1970年8月26日、10人ほどの女性解放運動(MLF)の闘士達はパリのエトワール凱旋門の下で無名戦士の妻に花束を捧げた。これがMLFの最初の公式の活動だった。その横断幕には「無名戦士よりも無名なのはその妻だ」と書かれていた。また「人類の二人に1人は女性である」とのスローガンもあった。後者は世の常識とはいうわけではかった。というのも、フランスで女性に選挙権が与えられたのは1944年のことであり、欧州では最も遅い国に入るからだ。(2010/11/03)


    カフカ作「変身」の中身     村上良太
      中学高校で課題図書として本が何冊か指定され、感想文を書かされる事がある。カフカの「変身」はそうした課題図書の中で最も短い本のひとつであり、僕も読んだ記憶がある。そればかりか美術の絵のモチーフにも使う事ができた。ところでこの小説の主人公であるグレーゴル・ザムザが変身した虫は具体的に何だったのか?という有名な謎がある。(2010/11/01)


    フランスからの手紙18  海峡華人‘ペラナカン’とシンガポール Les Chinois Peranakan et Singapour  パスカル・バレジカ
      パリのケ・ブランリ美術館で来年の1月30日まで興味深い催しが行われている。ペラナカン(Peranakan)の風習についてだ。ペラナカンとはマレーシア、インドネシア、シンガポールに何世代にも渡って住み着いた中国系の人々を指す。また彼らは「ストレートチャイニーズ」(海峡華人)と呼ばれることもある。(2010/10/24)


    「ただいま それぞれの居場所」(大宮浩一監督)が文化記録映画大賞を受賞
      日刊ベリタで紹介したドキュメンタリー映画プロデューサーの安岡卓治さんからメールが届きました。本年4月より全国劇場公開している「ただいま それぞれの居場所」(大宮浩一監督)が文化庁の文化記録映画大賞を受賞したそうです。「本作は、劇場公開に続き、全国各地での自主上映の動きにも広がりを見せております。今回の受賞が追い風となってくれることを望むばかりです。」(2010/10/22)


    こんなに共鳴した本はありません、文京洙『在日朝鮮人問題の起源』  崔 勝久
      文京洙『在日朝鮮人問題の起源』(クレイン、2007)、「在日」関係の本でこんなに共鳴したことはありません。文さんの学者としての謙虚な姿勢から、わからないことはそのままわからないと言い、断定的でなく、それでいてしっかりと事実は事実として押さえるという書き方をしています。私が共鳴したのは、文書から彼の人柄がしのばれるということもさることながら、彼の追い求めてきた思想的遍歴(「在日」としての生き方)に自分のそれが重なるように思えたからでしょう。(2010/10/06)


    「日本のアニメは子どもには危険」 マレーシア映像検閲局局長の発言に賛否
     「DVDとして出回っている日本のアニメには、マレーシアの子どもの心を堕落させるような否定的な要素が含まれているので危険だ」。日本のアニメが世界的に人気を呼び、市民権を得る中、マレーシアの映像検閲局(日本の映倫に相当)のフサイン・シャフィー局長がこのほどおこなった発言がアニメ・ファンや関係者に波紋を投げかけている。(クアラルンプール=和田等)(2010/10/04)


    フランスからの手紙17  フランスとロマ  〜ロマの強制送還を考える〜  La France et les Roms   パスカル・バレジカ
      8月27日の報告によると、ジュネーブに本部を持つCERD(人種差別撤廃委員会)はロマに対するフランスの政策を非難した。9月末には、ブリュッセルの欧州委員会が、フランスは欧州連合内における自由な人の移動を尊重していない、とフランス政府を強く非難した。さらにローマ教皇やキューバのカストロ元議長もフランスをとがめた。サルコジ大統領のフランスはレイシストになったのか?そもそもロマとは何なのか?(2010/10/03)


    パリの散歩道13    パリの芸術家天国      村上良太
      今、パリの5区で芸術家の青空市場が行われている。場所はモーベール広場(Place Maubert)だ。10月2日から4日まで、世界から集まった40人の芸術家が露天にそれぞれのブースを設けて展示を行う。実は、これは ‘Place aux artistes!’=「芸術家に広場を!」という取り組みの一環で、今回は第八回目の展示会になる。(2010/10/02)


    フランスからの手紙16 ラスコー、人類の輝く遺産 〜ウェブでできる洞窟画の鑑賞〜 Lascaux, un trésor du patrimoine de l’humanité  パスカル・バレジカ
      70年前の1940年9月、4人の少年が飼い犬を探していたとき、偶然に大発見をした。フランス南西部、ペリゴールにおいてだ。それはおよそ17000年から18000年前にさかのぼる、旧石器時代の絵や彫り物で飾られた見事なラスコー洞窟だった。(フランスからの手紙16)(2010/09/25)


    利川五重石塔の流出経緯が判明!〜韓国・利川市で五重石塔の返還を求める国際シンポジウム開催〜
      植民地時代の朝鮮半島から日本に流出した韓国・朝鮮文化財の一つ「利川五重塔」の返還問題を話し合う国際シンポジウムが8月下旬、韓国・利川市内で開催された。利川五重石塔とは、高麗時代(918〜1392年)初期に作られ、千年の長きに渡って京畿道・利川の地にあった高さ約6mの双子の石塔である。朝鮮総督府の庁舎があった李氏朝鮮の王宮「景福宮」において開催された、韓国併合5周年を記念する博覧会を装飾する目的で利川の地から一基が取り寄せられ、その後、総督府の許可に基づいて日本へ流出したという。(坂本正義)(2010/09/25)


    パリの散歩道12 詩人プレヴェールと「自由の街」  村上良太
      詩人ジャック・プレヴェール(Jacques Prevert1900-1977)に「自由の街」と題する詩がある。権力に抗する庶民の心を歌ったプレヴェールらしい詩である。(2010/09/19)


    パリの散歩道11 パリのブッキッシュな青春「1969年」  村上良太
      パリの出版社「六面体」を営むレミ・ベランジェ(Remy Bellenger)氏が、出版・書店業に足を踏み入れたきっかけは1969年8月のことだ。五月革命の1年後、ベランジェ氏は学生アルバイトで国鉄(SNCF)のパリ駅で切符切りをしていた。パリジャンの多くはバカンスに出かけていない。列車と列車の間はあくびが出るほど退屈だった。(2010/09/18)


    チェーホフ生誕150周年  〜演劇を革新した男〜
      今年はロシアの劇作家チェーホフ(1860-1904)の生誕150周年に当たる。チェーホフの劇には「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」の四大戯曲のほかに「熊」や「イワーノフ」などの比較的小品がある。東京演劇アンサンブルの演出家だった広渡常敏氏の胸には劇団創設以来、常にチェーホフ劇が、特に「かもめ」があったと聞く。しかし、ストーリー性や理屈だけで展開しない、デテールの豊富なチェーホフ劇には簡単にトライできない大きな壁があった。(村上良太)(2010/09/12)


    アンサンブルの時代に  〜ゴーリキー作「避暑に訪れた人びと」〜   村上良太
    練馬に「ブレヒトの芝居小屋」と名付けられた劇場がある。ここを根城にしている劇団、東京演劇アンサンブルが9月11日(土)から、「避暑に訪れた人びと」を上演する。原作はマクシム・ゴーリキーの未完の戯曲「別荘の人びと」(1904)だ。モスクワっ子はダーチャと呼ばれる別荘を持っているが、「避暑に訪れた人びと」もダーチャにやってきた中産階級の男女数人の劇である。(2010/09/09)


    戦争を企む人間を嗤うボリス・ヴィアン作「将軍たちのおやつ」  村上良太
      20世紀末、米国立公文書館の映像ライブラリーで資料検索していると、周りの視聴ブースではヒトラー、ムッソリーニ、東條、スターリンなどの映像があふれていた。あたかもその一角だけ、タイムスリップしたかの印象だった。アメリカの各局が20世紀を総括する歴史番組を準備していたのだろう。だが戦争の20世紀もようやく終わったとほっとする暇もなく、新たな戦争が始まった。ところで、フランスの作家・ジャズミュージシャン・作詞家のボリス・ヴィアン(1920-1959)は戯曲もいくつか残している。その傑作の1つに「将軍たちのおやつ」がある。テーマは戦争だ。(2010/09/05)


    【演歌シリーズ】(9)三木たかしの寂寥音 出会い 阿久悠(2) 佐藤禀一
      森昌子、桜田淳子、山口百恵、片平なぎさ、岩崎宏美、伊藤咲子、ピンク・レディー、石野真子、柏原芳恵、小泉今日子、中森明菜……後に、宗教に行ったり、家庭に入ったり、コンビを解消したり、役者になったり、歌手をつづけたり様々であるが、いずれも歌手として“時代を食った”。かつて『スター誕生』(NTV)という歌手のオーディション番組があった。ここから巣立った。(2010/08/30)

    フランスからの手紙15 欧州とアジア、過去の意外な関係( Des liens anciens et mal connus entre l’Europe et l’Asie)  パスカル・バレジカ
     パリのギメ東洋美術館では先週まで、1世紀から6世紀までの素晴らしいガンダーラ美術展が開催されていた。ガンダーラは現在のパキスタン北部とアフガニスタンにまたがり、そこでギリシア様式、ペルシア様式、インド様式が混合し、洗練された美術が花開いた。ペルシア世界とインド世界の境界に位置するガンダーラは、またマケドニアのアレクサンドロス大王の時代にギリシア人たちが到達した東の端でもあった。(2010/08/28)


    【演歌シリーズ】(8)三木たかしの寂寥音 出会い 阿久悠(1)  佐藤禀一
      初めて津軽三味線を聴いたのは、1973年12月、東京渋谷のジァンジァンでだ。心が泣いた。奏者は、高橋竹山(ちくざん)(初代)であった。男が、「一番寒いとき、津軽に三味線を聴きに行こう」そう女に言った。(2010/08/27)


    パリの散歩道10  郊外の瀟洒な劇場「アトリエ座」   村上良太
    モンマルトルに瀟洒な劇場、「アトリエ座」(Theatre de l’Atelier)があります。19世紀に建造され、小ぶりながらも欧州の古典的な建築スタイルの劇場です。パリの8月はバカンスの時期、多くの人が南仏などに出かけてしまいます。しかし、そろそろ町に人も戻りつつある頃。この劇場では映画でおなじみの俳優ファブリス・ルキーニによる朗読が始まろうとしています。(2010/08/22)


    【多田富雄を偲ぶ】(3) 脳死・臓器移植と能――死者の側から脳死の精神的受容を問う  笠原眞弓
      最近の新聞に、臓器移植が連載されていた。移植した人、しなかった人、提供した家族など多様な価値観が展開されていた。1997年6月に、脳死からの臓器移植が合法化された。そして2009年に改定され、今年7月から新しい法律の下、本人の拒否がない限り、家族が同意すれば提供でき、子どもからの移植も行えるようになった。しかし新聞記事を読む限り、問題は全く解決していないと感じざるを得なかった。ただ移植した事実が積み重なっていき、心の始末は依然として個人に任されていると……。(2010/08/19)

    フランスからの手紙14    ヨーロッパにおける分離独立の傾向について La tendance centripète en Europe    パスカル・バレジカ
      イタリアの作家クラウディオ・マグリス( Claudio Magris 1939-)のようなヨーロッパの偉大な良心の持ち主たちは、ヨーロッパは現存の国家を超えた連邦国家を形成するべきだ、と主張し続けている。ヨーロッパのいくつかの地域では分離独立を目指す動きが起きているが、そのような動きがヨーロッパに致命的な危険をもたらすと考えてのことだ。(2010/08/15)


    フランスからの手紙13  トルコは向きを変えるのか? La Turquie va-t-elle changer de cap ?  パスカル・バレジカ
    ケマル=アタチュルクは第一次大戦後、大変動に直面したトルコを近代国家に作り上げた。オスマン帝国の残骸の上にだ。この共和国は第二次大戦では賢明にも中立を守ったのだが、宗教的には政教分離の国家となった。これは世界でも珍しいことであった。1950年代以降は明確に欧米寄りの路線を選択した。1952年にはNATOに加わり、1963年には欧州連合の前身である欧州経済共同体への加盟を申請した。しかし、今、トルコはその方向を変えつつある。(2010/08/04)


    パリの散歩道9 世界最小のサーカス団を率いる幻灯師ベルゴン    村上良太
    バンサン・ベルゴン(Vincent Vergone)は幻灯機を使った見世物で評判のパリの人気アーチストだ。幻灯機とは、中心にランプがあり、絵を描いたガラス板をその前に置くと壁に絵が投射される仕掛けだ。単に一枚の絵だけでなく、絵を次々と投射すればアニメーションにもなる。幻灯機は映画の原型なのだ。ベルゴンは幻灯機を使って短編映画を撮影したり、自作のオブジェを影絵として動かすライブパフォーマンスを行ったりする。彼は彫刻家でもあり、オブジェ自体を作る才能もあるのだ。ベルゴンの不思議なオブジェと光と影の世界は一度見るとやみつきになる。(2010/07/30)


    【多田富雄を偲ぶ】(2) 「あの世へ行くときは、『融(とおる)』の早舞を舞っているかも知れません」 笠原眞弓
      すでに旧聞に属するが、どうしても書いておきたいと思う。6月18日、「多田富雄を偲ぶ会」は、梅雨冷の雨のなかで行われた。会場に着くと、故人縁の方々が大勢集まっている。紫の無地の紋付姿で式江(のりえ)夫人は、入り口でそのお一人おひとりとご挨拶をなさっていた。短い言葉をすばやく丁寧に交わしていくその奥では、うちとけた笑顔の多田富雄氏が白い花に囲まれてこちらを見ている。「いらっしゃい、待っていました」と、トーキングマシンを通さないやさしい声が聞こえたような……。(2010/07/29)

    【演歌シリーズ】(7) 変幻自在な三木たかし愛の旋律 供 美空ひばり『さくらの唄』―  佐藤禀一
      三木たかしの曲は、詩人の心をかきたてる。荒木とよひさ『時の流れに身をまかせ』(歌・テレサ・テン)、『つぐない』(歌・同)、なかにし礼『風の盆恋唄』(歌・石川さゆり)、阿久悠『津軽海峡冬景色』(歌・同)、『北の蛍』(歌・森進一)……。ここでは、あまり知られていないなかにし礼作詩の『さくらの唄』三木メロディに耳を傾けてみる。ひばりソングの中で、私の最も好きな歌の一つでもある。(2010/07/27)

    瀬川正仁著「なぜ尾崎豊なのか。」    村上良太
      ドキュメンタリー番組のディレクター、瀬川正仁さんの新刊が出た。「なぜ尾崎豊なのか。〜明日が見えない今日を生きるために〜」(バジリコ)だ。昨年10代から40代までを対象に行われたオリコンのアンケートで「最も衝撃を与えたロック・アーチスト」は尾崎豊だったという。(2010/07/25)


    フランスからの手紙12 「大きな食前酒」、フランス社会の新現象 Les’ apéros géants’, un nouveau phénomène de société en France  パスカル・バレジカ
      1年ちょっと前からフランスで「大きな食前酒」という現象が始まった。行動原理はできるだけ多くの人が集まって公共の場でアルコールを飲み、ともに愉しむことである。「大きな食前酒」の呼びかけ人はしばしば匿名でフェースブックなど、インターネットを通じて呼びかけている。そのため、情報は一気に広まるのだ。最初の「大きな食前酒」は2009年3月にノルマンディーの小さな町で起きた。(2010/07/21)


    【演歌シリーズ】(6) 変幻自在な三木たかし愛の旋律 ―坂本冬美『夜桜お七』 ―  佐藤稟一
      林あまり、歌人である。 (2010/07/19)


    フランスからの手紙11 欧州の「幽霊国」マケドニア Un ’État fantôme ’ en Europe : la Macédoine  パスカル・バレジカ
      1991年に独立したマケドニアは旧ユーゴスラビアの解体によって生まれた国の1つである。アルバニア、モルドバと並び、欧州で最も貧しい三ヵ国の1つである。一人当たりの国内総生産は3200ドルに過ぎず、失業率は35%に及ぶ。(2010/07/18)


    パスカル・バレジカさんの新刊「パリ」   村上良太
    「フランスからの手紙」を寄稿していただいているパスカル・バレジカさんが書き下ろしたガイドブックが出ました。パリ関係の本を出版しているパリグラム出版で、タイトルは「パリ〜歴史の中心地をぶらり歩く〜」(Paris, Promenades dans le centre historique)です。(2010/07/13)


    フランスからの手紙10  常軌を逸したフランス人たち!Ils sont fous ces Français !  パスカル・バレジカ
      最近、フランスの多くの政治家の言動は精神分析学の対象にふさわしいものに思われる。パリ近郊にCretailというコミューン(日本の市町村に該当)がある。このコミューンから選出された社会党 のdepute-maire(国会議員と市長を兼務する政治家)のケースは精神分裂病か、あるいは二重人格の興味深い例だ。(2010/07/12)


    今ここにある未来を描く  「原発と祝島」の映画2作、各地で上映中!  石田伸子
      遡ることすでに24年、1986年のチェルノブイリの原発事故は、大きな衝撃を人類にもたらしたはずだった。事故直後には、ヨーロッパのチーズは食べないとか、ワインもだめだとか、遠く離れた日本にあっても、危険を伝える情報が飛び交い、人びとは身を守るために右往左往。情報の隠ぺいで事故の全体像や被害はなかなかわからず、「住民の安全」なんて全然重視されない、というより、いったん事故が起きてしまったら、安全対策なんて無いに等しいということを世界中が思い知ったはずだった。 (2010/07/11)


    ≪演歌シリーズ≫(5)川内康範の愛の詩 供 宗柔長昌案燹慝鮃のブルース』 森進一『花と蝶』――  佐藤禀一 
      『THE SHADOW OF LOVE 〜気がつけば別れ〜』愛聴する一枚である。歌手は、MINA AOE、そう青江三奈である。1993年三奈47歳のときニューヨークで収録し、2007年Think!レーベルから復刻されたCDである。『恋人よ我に帰れ』などのスタンダ ード・ナンバーに英訳歌詩による『伊勢佐木町ブルース』(詩・川内康範 曲・鈴木庸一)も入れた13曲、うち6曲をモダン・ジャズのピアノの名手マル・ウォルドロンが寄り添っている。彼は、伝説的なジャズ・ボーカリストのビリー・ホリディ最晩年の伴奏者でもあり、ビリーを追悼した『レフト・アローン』を作曲した。1960年録音の同名のアルバムは、ジャズの歴史的名盤に挙げられている。中でもジャッキー・マクリーンの哀しみに濡れたアルト・サックスの“むせび泣き”は、逸品である。(2010/07/04)


    フランスからの手紙9  〜6月18日はワーテルローの戦勝記念日でもある〜Le 18 juin, c’est aussi l’anniversaire de Waterloo  パスカル・バレジカ
      今月フランスの政治指導者たちは経済と社会の危機的状況を忘れさせようとあらゆる試みを行った。6月初めにはドゴール将軍のレジスタンス演説を繰り返し放送した。それは70年前の1940年6月18日にロンドンからドゴール将軍がフランス国民に呼びかけたものだ。サルコジ大統領もロンドンに行った・・・。(2010/06/30)


    フランスからの手紙 8  中国とヨーロッパ 〜世界史から考える〜 La Chine et l’Europe  パスカル・バレジカ
      欧州人は中国の発展という重要な現象についてあまり意識していないようだ。中国と欧州の関係は中世にさかのぼる。当時は中国の方が進んでいた。紙、印刷術、羅針盤、火薬と火器はすべて中国の発明である。(2010/06/22)


    フランスからの手紙7 〜フランスの真ん中に生まれた中国のビジネス地域〜Un ’Business District ’Chinois en plein cœur de la France   パスカル・バレジカ
      シャトールー(Chateauroux)はフランス中部にある小さな街だ。住民はせいぜい5万人である。そこには1951年から1967年までフランス最大のNATO軍の基地があった。アメリカ人がやってきてそこに現実の街を作ったのである。最近、100万近い中国企業を束ねる軽工業連合会加盟の中国企業群がシャトールーの街とその空港に目をつけた。(2010/06/21)


    【多田富雄を偲ぶ】(1) 「科学と人文の融合こそ、人類の進むべき道」と提唱  笠原眞弓
      INSLA(自然科学とリベラル・アーツを統合する会)のホームページをあけると、その代表の多田富雄氏の訃報が掲示されている。訃報には「本会代表多田富雄は、4月21日(2010年)前立腺がんによるがん性胸膜炎で永眠いたしました。享年76歳でした。」とあり、「今後とも本会は、多田富雄の意思「広く、長く、深く」を引き継ぎ……」とのあいさつ文がある。その10日前に第3回INSLAの会でお会いしたばかりだった。そのときはお元気そうだったので、突然のことに呆然としていた。日本のすばらしい知性、理性、叡智が、彼とともにあちらの世界に行ってしまったと……。今日18日、「多田富雄を偲ぶ会」が行われる。(2010/06/18)


    フランスからの手紙6 危機の「解決」  〜欧州経済危機とサッカー〜 La 'solution ' à la crise  パスカル・バレジカ
      欧州サッカー連盟(UEFA)が2016年の欧州選手権の開催国がフランスに決定したと発表すると、フランスのサルコジ大統領は素晴らしいと声高に力強く語った。部分的にであれ、「危機の解決策」が見つかったから、というのがその理由だった・・・。 (2010/06/12)

    「朝鮮王室儀軌の韓国返還を!」 〜日本の植民地支配が残した傷跡〜
     日露戦争終結から5年後の1910(明治43)年8月29日、第一条「韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス」から始まる「韓国併合ニ関スル条約」が発効。これにより大韓帝国は消滅し、朝鮮半島は日本の植民地と化した。この「韓国併合」からちょうど100年目の今年、日本では様々な運動体によって、かつての植民地支配を見つめ直そうとする取組が行われている。一方、韓国でも、100年目の今年を日韓両国にとって画期的な年にしようと、大手マスコミ各社がキャンペーンを張るなど歴史問題の報道に力を入れており、4月に来日した韓国人ジャーナリストが語るところでは、さながら報道合戦の様相を呈しているらしい。(坂本正義)(2010/06/11)


    《演歌シリーズ》(4)川内康範の愛の詩(うた)(下) 情が濡れる究極のエロス 佐藤禀一
      川内康範は、心に残る愛の詩(うた)を書いた。森進一が唄った『おふくろさん』(曲・猪俣公章)は、川内と森の母親への想いをダブらせた無償の愛、慈悲の歌であることを前回書いた。一方、情が濡れる男と女の究極のエロスを描いた詩がある。「愛というのは、最終的に情死であるということです。片方が枯れれば、もう片方も枯れていくという。(中略)愛というものは軽く扱うものではない。命を賭けるものだということを突きつけたまでさ」川内康範は、”情死”の歌を書きつづけた。(2010/06/08)


    パリの散歩道8  夜行性の風景画家マザル     村上良太
      黄昏時から夜にかけて活動する風景画家に出会いました。画家の名はティエリー・マザル(Thierry Mazal)。動物にも日中活動するタイプと夜行性のものとがいますが、マザルの場合は夜行性です。彼が活動するテリトリーはパリとその郊外。夜の場合、街灯やイルミネーションなどの光を生かして描きます。そんな夜行性の画家が描く風景画に興味を感じました。(2010/06/05)


    フランスからの手紙5 ギリシアと欧州連合〜その異常さと冷笑主義〜La Grèce et l’Union Européenne : aberrations et cynisme  パスカル・バレジカ
      IMFと欧州連合はギリシア救済計画を採択し、ギリシア政府は厳しい再建策を発表した。ところでギリシアは欧州連合の中で脱税が最も盛んな国のひとつである。だがその異常さの最たるものは、莫大な富を持つギリシア正教会(ギリシアでも稀な大土地所有者である)が今まで課税されなかったことだ。(2010/05/29)


    パリの散歩道7 不動の金色の芸人  村上良太
    モンマルトルのサクレクール寺院の脇に不動の姿勢を保っている金色の芸人がいます。名前は知りません。頭から靴先まで金色に塗りたくっていますが、顔はよく見ると甘いマスクです。手にバトンを握り、ゴミ箱かダンボールで作ったらしい台座の上に立っています。不動の姿勢を続けるのも疲れるのでしょう。時々、台を降り、タバコをふかします。俳優のアルバイトなのでしょうか、この芸が専門なのでしょうか?観光客の女性たちが黄色い声を上げて一緒に写真を撮っています。(2010/05/26)


    無名のビルマ・ビデオジャーナリストたちの物語  『ビルマVJ−消された革命−』
      2007年9月、世界の目はビルマにくぎ付けになった。軍事独裁政権に抗してまず僧侶が立ち上がった。やがて路上は10万人の人々で埋まった。情報統制がすみずみまで行き届き、外国人ジャーナリストの入国が厳しく制限されているにもかかわらず、その模様は映像となって世界中に発信された。逮捕・投獄の危険をかえりみず現場から情報を発信し続けた「ビルマ民主の声」のビデオジャーナリストたちの活動がその陰にあった。タイトルの「VJ」とは、ビデオジャーナリストの意味である。彼らが発信した映像の中には、ビルマ軍兵士に銃撃され殺されたAPF通信記者、長井健司さんの姿も映っていた。この映画は、彼らが命懸けで送ってきた断片的な映像を再構成したものである。(日刊ベリタ編集部)(2010/05/03)


    フランスからの手紙4  ギリシアはどこへ? 欧州を考える(下)What about Greece ? 2   パスカル・バレジカ   
      一体なぜ欧州経済共同体(EC 欧州連合の前身)は1981年にギリシアの加盟を認めたのだろう?確かにギリシアは1959年に欧州経済共同体への参加を希望した。しかし、加盟条件の一つに民主主義国であるという条件があった。ギリシアといえば民主主義の生まれた国と思いがちだが、古代ギリシアを思い出してみると民主主義はアテネに限られていたし、その市民も多くなかった。女性は含まれていなかったし、アテネ市民が政治活動に参加できた理由は多くの奴隷がいたからだ。(2010/05/03)


    フランスからの手紙4 ギリシアはどこへ?欧州を考える(上) What about Greece ? 1 パスカル・バレジカ   
      欧州連合加盟国のギリシアが実質的に経済破綻した。加盟している他の国々は一概に無関心である。欧州の銀行や経済界のリーダー達は今回のギリシアの危機に乗じて利益を引き出そうと、法外な利息の融資を申し出た。人々はまじめな顔で有名なアテネのパルテノン神殿やパトモス島(島のキリスト教遺跡は世界遺産に指定されている)のような島々を売り払ったらどうか、などとギリシアに勧めさえした。しかし、結局のところ、ギリシアの経済破綻は欧州連合の倫理、政治、歴史における破綻を意味している。(2010/05/02)


    介護保険制度導入から10年 今上映中の映画「ただいま それぞれの居場所」を製作した安岡卓治氏に聞く  村上良太
      現在、上映中のドキュメンタリー映画「ただいま それぞれの居場所」(大宮浩一監督)は介護福祉施設の職員たちとそこに通い、暮らすお年寄りたちとの物語を描いています。今まで3K職場というイメージしか持てなかった介護施設がこの映画で素晴らしい場に見えました。 (2010/04/26)


    丸木美術館で沖縄をテーマに美術展開催  【企画展 OKINAWA―つなぎとめる記憶】
      丸木美術館で沖縄に関連した美術展を開催したい、という構想が語られ始めたのは数年前だったと思います。それが、やっと実現の運びとなりました。沖縄がこんなに話題の中心になっている時期に。いまほど、一人ひとりが沖縄をどう語るかというその視点が問われている時期はないと思います。(つるたまさひで)(2010/04/22)


    フランスからの手紙3 ’ユビュ的’な状況 〜西ロシアでの墜落事故に思う〜Une actualité ubuesque  パスカル・バレジカ
    こう書くと人は僕の事を極悪非道だと思うかもしれない。しかし、4月10日、ロシア西部のスモレンスクで発生したポーランド大統領らを乗せた飛行機の墜落事故は壮大だった。すべてのアナーキストが夢見る出来事である。大統領、軍の首脳、政界幹部らを一気に片づける出来事というのは滅多にないからだ。ポーランド人アナーキスト達はお祭りをしたに違いない。僕の女友達は「フランスにはとてもこんなチャンスはないわね」と言ったものだ。(2010/04/18)


    フランスからの手紙2 〜なぜパリの住民はフランス人から嫌われるのか?〜Les Parisiens, mal aimés des Français  パスカル・バレジカ
      何世紀もの間、フランス人はパリの住民を嫌ってきた。パリの住民に嫉妬し、パリの住民の事を尊大だと思ってきたのだ。しかし、パリの住民とは何だろうか?中世から伝染病、戦争、虐殺、飢餓などが続いたため、パリの人口は自然に増えたわけではなかった。パリの人口が増えたのは地方からの移住者と外国からの移民によってである。たとえばイタリアのロンバルディアに由来する‘ロンバール通り’のように 、過去のイタリア人の移民を想起させる地名がパリにはある。今日でもパリ住民のうち、パリで生まれた人はわずか3分の1に過ぎない。ということはつまり、フランス人のパリの住民に対する嫌悪というものは、2〜3世代の間に地方や外国からパリにやってきた人々への嫌悪なのである。(2010/04/16)


    パリの散歩道6  モンマルトルの丘に立ち  村上良太
    何年か前からパリを訪れるとモンマルトルの同じホテルに投宿する習慣が続いています。同じフロントマン(ウーマンでもある)が立っており、掃除のおばさんにも見覚えがあります。隣のカフェの主や近くの焼き栗屋台の夫婦にも見覚えがあります。そんな風にパリは懐かしい町になりつつあります。親しい知人も一人また一人と増え、彼らと食事をする機会なども生まれます。滞在期間には固定されたスジュールやノルマはまったくありません。(2010/04/13)


    テレビ制作者シリーズ11 「報道のお春」吉永春子ディレクター  村上良太
      TBSテレビで「魔の731部隊」「天皇と未復員」など数々の話題作を作った吉永春子ディレクターは「報道のお春」と呼ばれていました。帝銀事件、下山事件、松川事件などGHQ統治下に起きた一連の謎の取材を原点に、放送人生は55年に及びます。この20年近くは毎週、深夜のドキュメント番組「ドキュメント・ナウ」(旧「ドキュメントDD」)をプロデュースしてきました。ディレクターが一人でビデオカメラを回し、原稿・音楽・編集まで手がけるものです。こうした作り方に「カメラが安定しない」とか、「技術がない」などと批判する人も業界に大勢いました。しかし、吉永さんは信念をもっていました。「報道とは自分の目で発見したことを報じることである」現場で取材した人間が一番現場を知っている。その発見を伝える事がニュースである。そんな吉永さんの原点はラジオ時代にありました。(2010/04/08)


    パリの散歩道5 個性的なパリの書店に忍び寄る危機  村上良太
    パリは文学・思想・哲学など本の都市でもあります。しかし、町の書店は疲弊しつつあります。本が売れない。町の書店が消える。人々の集まる場がひとつ、またひとつ失われている。そんな危機が忍び寄っています。書店の実数や売上額のデータは持っていませんが、書店の人々の話では厳しさがひしひしと伝わってきました。(2010/04/04)


    今法案化が進められている劇場法への懸念  文化統制につながる危険を演劇人が指摘
    日本で演劇がどう作られ、運営されているか、一般にはほとんど知られていない。今、与党と一部の演劇人が劇場法という法律を作ろうとしている。しかし、それが施行されると文化統制につながる危険が懸念されている。一体何が起きているのか。木下順二作「山脈」を公演中の東京演劇アンサンブル・志賀澤子氏(共同代表)の寄稿を掲載する。(日刊ベリタ編集部)(2010/04/02)


    サリンジャーよ、永遠に!  フランスの作家ル・クレジオによる追悼の一文  村上良太
    1月27日、アメリカの作家J.D.サリンジャー(1919-2010)が亡くなりました。享年91。「ライ麦畑でつかまえて」や短編集「ナイン・ストーリーズ」など、その作品は社会からドロップアウトしていく若者の心情を描いています。フランスの作家ル・クレジオはサリンジャーの死から10日ほど後のルモンド紙(2月8日)に「サリンジャーよ、永遠に」と題する一文を載せました。(2010/04/02)


    《演歌シリーズ》(3) 川内康範の愛の詩(うた)(上)  『おふくろさん』の無償の愛  佐藤稟一
      『ヨイトマケの唄』(歌・詩・曲 美輪明宏)。聴くたびに涙が流れる。ヨイトマケ?知らない人の方が多いであろう。数人がかりで行う地固めの肉体労働のこと、また、その掛け声である。鉄の重い固まり(石でも)をやぐらに吊った滑車に取り付けた綱を引っ張って巻き上げ一斉に手を離す。ドスンと地面に落ちる。“エーンヤコラ、ヨ−イトマケ”の掛け声でドスンドスンと繰り返す。(2010/03/29)


    【フランスからの手紙】(1)パリは生きているか?〜パリの春・本の見本市〜Le printemps à Paris : le Salon du Livre  パスカル・バレジカ 
      パリの都市史を書いている著述家、パスカル・バレジカ(Pascal Varejka)さんから便りが届きました。これから不定期で、ファッション雑誌の華やかなイメージとは一味違う生活者の視点からパリと欧州の現実を綴っていただきます。1回目は「本の見本市」(le Salon du Livre)。(翻訳 村上良太)(2010/03/27)

    【パリの散歩道】(4) 「パリは死につつある」と語るパスカル・バレジカ氏(著述家)  村上良太
      「中世のパリ」「パリ 首都の物語」「図像で見るパリの歴史」などパリの都市史を多数執筆しているパスカル・バレジカさん(Pascal Varejka 1952-)を訪ねました。バレジカさんの本は日本の大学でも教科書として使用されています。文章が簡潔でわかりやすいだけでなく、写真や美術が多数使用されていて初心者にも読みやすいのです。パリの著述家はどんな暮らしをしているのでしょうか。(2010/03/23)


    ストリートでつながるポリネシア文化とヒップホップ、ポリネシアコミュミニティとLA
      アイリ・イングラさんは、パプアニューギニアの血を引くオーストラリア人のアーティストだ。パプアニューギニアのログ・ドラムのマスターとしても知られており、また、ヒップホップ系のクランプ・バンド『グリラ・ステップ』を率いている。このバンドは世界で唯一、ポリネシア文化を取り入れたクランプ・バンドになる。今月初めに行われた音楽祭ウォームアド(WOMAD)のアデレード公演で、イングラさんに話をうかがった。(豪アデレード=木村哲郎ティーグ)(2010/03/14)


    【パリの散歩道】(3) パリジェンヌの孤独を描くヴィルジニー・ブリエンさん  村上良太
      世界中の女性が憧れるパリ。しかし、そこで生きるのは中々厳しいようです。フランス人の女性画家ヴィルジニー・ブリエンさん(Virginie Brien 1973-)は一見、雑誌エルやフィガロに登場しそうなパリジェンヌです。しかし、その絵には孤独、断絶、涙、身を引き裂くような心の葛藤が・・・。果たしてパリジェンヌの心の奥は?(2010/03/11)

    ひとが生きる意味を問う 木下順二追悼公演「山脈(やまなみ)」  村上良太
      2006年に亡くなった劇作家・木下順二の追悼公演が今月下旬,東京演劇アンサンブルによって行われる。同劇団は過去に「蛙昇天」「オットーと呼ばれる日本人」「沖縄」「おんにょろ盛衰記」などの木下作品の上演を行っている。今回は初期の作品「山脈(やまなみ)」(1949年)。戦争末期、敗戦に向う日本でどうすれば新しい時代をひらく事ができるのか、それを誠実に考えた人々の生と死を描いている。(2010/03/08)


    【パリの散歩道】(2) MOMO(画家)  村上良太
      芸術の都パリ。大美術館でなく、普通の画廊に飛び込んで、今を生きる画家の暮らしや表現、そして思想に触れてみようと思いました。しかし、パリでも絵は玉石混交です。そんな中、強烈なパンチのある絵に出会いました。モモ(MOMO)という画家の絵です。すでにミラノやリスボンで個展を開き、ニューヨークでの展示も計画中とのこと。日本でも個展をぜひ開きたいと言います。(2010/03/01)


    【パリの散歩道】(1) ヴァンサン・サルドン(版画家)  「芸術家」嫌いの風刺画家  村上良太
    パリで旅行者がまず訪ねるのはセーヌ河畔のルーブル美術館やオルセー美術館です。筆者もそうした一人でした。ここには10代の頃、美術の教科書で見た名画がずらりと並んでいます。そうした美術を全身に浴びるのもよし。でも、今回はちょっと違った散歩を試みました。今を生きる等身大の絵描きや作家、編集者らを訪ねて見たのです。アメリカ発の不況は欧州にも雨雲をもたらしています。そんな中、彼らはどんな日々を生きているのでしょうか。(2010/02/18)


    石山永一郎編著「彼らは戦場に行った―ルポ 新・戦争と平和」
     ブッシュの戦争で殺されたイラクの人々、15万人。この中には大勢の子どもたちがふくまれている。本書は、この15万人を殺した側の兵士たちの物語である。練達のジャーナリストが世界を歩き、事実の断片をていねいに集め、再構成した物語は、「加害の側の兵士」もまた、身体を損傷し、あるいは失い、心を破壊されている実態を浮き彫りにしている。共同通信が配信して反響を巻き起こしたルポルタージュを、一冊の本で読めるのは、とてもうれしい。2009年12月、共同通信社から刊行された。(大野和興)(2010/01/28)


    戦災傷害者の無念を描く  ドキュメンタリー映画「おみすてになるのですか〜傷痕の民〜」  村上良太
      林雅行監督が新作「おみすてになるのですか〜傷痕の民〜」を完成しました。第二次大戦末期の空襲で重い傷を負い、暮らしに支障をきたしていても国家補償が得られず無念の思いを心に秘めて戦後を生きてきた民間の戦災傷害者たち。「国は私たちが死ぬのを待っているのか!」そんな彼らがカメラの前で体験を語り、傷ついた肉体を見せます(2010/01/21)


    水が狙われている!  映画『ブルーゴールド』サム・ボッゾ監督へのインタビュー  堀内 葵
      世界中が深刻な水危機に陥る中、企業を中心に水を商品化しようとする動きが加速している・・・。そんな恐ろしい現実を多くのインタビューや統計を使って丁寧に明らかにしていくドキュメンタリーが公開される。『ブルーゴールド - 狙われた水の真実』(配給:アップリンク)がそれだ。いま、水をめぐって何が起こっているかを紹介するとともに、このドキュメンタリーの監督サム・ポッゾさんに制作にまつわるあれこれを聞いた。(2010/01/15)


    連帯社会の全体像に迫る  ピープルズ・プラン研究所がオルタ・キャンパス「OPEN」を開講
      市民団体「ピープルズ・プラン研究所」は1月30日から、2010年のオルタキャンパス「OPEN」を開講する。OPENは“An Opening for People's EducationNetwork”[民衆教育ネットワークの開口点]の頭文字。講座は全6回で、安全保障や労働、ジェンダー、農と食など戸別課題を追求しながら全体を通して私たちにとって本当に暮らしやすい社会(「連帯社会」)を構想するねらいをもっている。(日刊ベリタ編集部)(2010/01/14)


    大山泰弘著『働く幸せ』を読んで  ベーシック・インカムと福祉の接合を提唱  根本行雄
      大山泰弘著『働く幸せ』(WAVE出版)は、小倉昌男著『福祉を変える経営』(日経BP社)につらなる障害者福祉について、障害者の自立について考えるうえで、とても参考になる本である。そして、現状について、肯定的な、漸進主義的な発想にとどまることなく、「ベーシックインカム」という新しい発想を促してくれている本でもある。(2010/01/02)


    【お正月読書案内】これで歴史はもう恐くない!  独断による歴史本 10日間コース  村上良太
      いよいよお正月。テレビを見てのごろ寝もいいが、たまにはまとめて読書もいい。ということで、独断的歴史書案内。今年、レヴィ・ストロース氏が亡くなりました。人類学のフィールドワークから線的に発展する歴史観にあえて異議を唱え、未開の民族の持つ循環的な歴史観にも存在理由があると訴えたのです。歴史には目的があるのか、ないのか。ないとすれば発展しつづける必然性はどこにあるのか。こうしたテーマが21世紀の今、立ち上がってきているように思われます。そこで、もう一度歴史書を読み直すことにも意味があるように思えます。(2009/12/31)


    国際有機農業映画祭(中) 改めて感じたレンズの力   村上良太
      国際有機農業映画祭2009を見ました。2本の映画について簡単に書きたいと思います。「みんな生きなければならない」(1984)と、「生きている土」(1982)です。これらはすでに四半世紀以上も前に制作されたフィルムによる記録映画です。しかし、今、改めて感じたのはレンズの力です。(2009/12/05)

    国際有機農業映画祭(上)農業も映像も手づくりの世界   李憲彦
      国際有機農業映画祭と銘打った催しが11月27、28両日、東京都内で開かれた。この映画祭はすでに3回を数える。今回の映画祭のテーマは「大切にしたいくらし」。農、食、自然、環境、そしてそれらを壊すもの、そんな映像が一挙に十数本上映され、700人は入る会場は、若い世代を中心とする観客で埋まった。そんな映画祭の模様をドキュメンタリーディレクター、映像作家、そして主催者側から、映画祭実行委員会代表の大野和興が紹介する。(日刊べリタ編集部)(2009/12/01)


    イスラム圏と西欧を架橋する作家ヤスミナ・カドラが来日  東京日仏学院「読書の秋」シリーズ  村上良太
      アルジェリアの作家ヤスミナ・カドラ氏が来日し、11月12日午後7時から東京日仏学院で酒井啓子・東京外国語大学大学院教授と対談します。ヤスミナ・カドラ(Yasmina Khadra)は今世界の注目を集めています。すでに36カ国、33ヵ国語に翻訳され、フランスではゴンクール賞候補にもなりました。2003年ノーベル文学賞を受賞した南アフリカの小説家J.M.クッツェーはカドラを「現代の大物作家」と評しています。東京以外では10日は福岡、11日は京都で催しがあります。対談は東京日仏学院「読書の秋」シリーズの一環です。(2009/11/02)


    イギリス、 図書館で電子書籍を借りる話   小林恭子
      英国のいくつかの図書館では無料で電子書籍を借りることができる。その結果、図書館の利用者が増えているという。まず、このサービスを提供する地元の図書館で名前を登録し、図書館のメンバーとなる。図書館内であるいは自宅で、その図書館のウェブサイトにアクセスし、自分のメンバー登録の数字を入力する。すると、選択した電子書籍をコンピューターにダウンロードできるようになっている。(2009/10/30)


    東北アジアの人々をつなぐ「平和の木」 第9回 南北コリアと日本のともだち展、開催
      日本、韓国、北朝鮮の子どもたちの絵画展交流を行っている「南北コリアと日本のともだち展実行委員会」が、10月23日から10月25日まで、東京・表参道の「こどもの城」で絵画展「第9回 南北コリアと日本のともだち展」を開催しました。この絵画展には、日本、韓国、北朝鮮の子どもたちが描いた絵が百数十点展示され、また日本、韓国、北朝鮮の3地域の子どもたちの描いた共同作品「平和の木」も展示されました。3日間で200人ほどが入場し、24日には「平和の木」の作成に携わった日韓の絵本作家、柳在守さん、田島征三さんによるトークイベントも行われました。(錦田薫)(2009/10/27)

    マレーシアの女性歌手ハンナ・タンが日本デビューへ レコード制作会社と契約
      日本の芸能界進出をめざしているマレーシアの女優兼歌手兼モデルのハンナ・タン(28)がこのほど、日本の新進気鋭の音楽事業グループ、フィルモア・ファー・イースト・グループ(本社;東京都品川区)と日本でアルバムを制作する契約に調印、マレーシア人アーティストとして初めて日本でデビューすることになった。マレーシアの英字紙スターが報じた。(クアラルンプール=和田等)(2009/10/26)


    パリの文学の集いに2000人が殺到、中心はル・クレジオ氏   村上良太
      昨年ノーベル文学賞を受賞したフランスの小説家ル・クレジオ(1940−)はフランスばかりでなく世界中で人気を博しています。ルモンド紙(10月6日付け)で10月3日、パリで行われた文学の集いに2000人もの聴衆が詰めかけた様子が紹介されました。集いは「本の世界」と銘打たれ、日本でもお馴染みのジャン=フィリップ・トゥーサンはじめおよそ20人の作家が講演や討論に参加しています。しかし中心はル・クレジオ、昨年のノーベル賞受賞者でした。人気の秘密はどこにあるのでしょうか。(2009/10/14)


    第4回 UNHCR難民映画祭-東京  人間が超えがたい状況に翻弄され、そこで悩み苦しむ時、人の心を動かす物語が生まれる   李憲彦
     UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)難民映画祭をみた。この映画祭で上映されている世界中の難民を描いた20の映画は、政治的なメッセージを訴える以前に、映画としての感動にあふれるものが多い。はじめの三日間で5作品を見たが、正統派のドキュメンタリーばかりでなく、アニメやフィクションの作品もあり、多彩なラインナップになっている。その中から、最も衝撃的だった作品を紹介しよう。(2009/10/04)


    イランに「おくりびと」はいるのか? テヘラン共同墓地ベヘシュト・ザハラーを訪ねて 大村一朗
      映画「おくりびと」のオスカー受賞のニュースは、映画大国イランでも、主要紙の文化欄や芸術欄で少なからず取り上げられた。そこでは、真摯な社会的ドラマとして評価されてはいるものの、この映画がイランで公開されることは、まずないだろう。男性の納棺師が女性の遺体を着替えさせたり、身体を拭いたりすることは、イスラムの倫理に触れるからだ。イランには、納棺師という仕事は存在しない。イスラムでは、果たしてどのように人を「おくる」のか。それを見るため、テヘラン郊外の共同墓地ベヘシュト・ザハラーへ向かった。(2009/10/03)


    『オバマとなら私にもできる−大統領のメールに学ぶ! 魔法の英語フレーズ40−』 平田伊都子著 イラスト:川名生十
     著者の平田伊都子さんは、ベリタにも執筆いただいている国際ジャーナリスト。今回の国連総会の一般演説で勇姿を見せたリビアのカダフィ大佐の単独インタビューで世界的にも著名な方だ。英語、フランス語、アラビア語など言葉の達人でもある。本書は、その平田さんにまだ大統領になる前のオバマ氏から来たメールから、人びとの心を揺さぶるフレーズを抜き出し、日本語訳と脚注を付けた。(日刊ベリタ編集部)(2009/09/30)


    松林要樹著「ぼくと「未帰還兵」との2年8ヶ月 〜『花と兵隊』制作ノート〜」   村上良太
      現在、劇場公開中で評判を呼んでいるドキュメンタリー映画「花と兵隊」の監督・松林要樹さんが制作過程を記録した「ぼくと「未帰還兵」との2年8ヶ月」(同時代社)を今月15日出版します。これは制作日誌でありながら、単なる苦労話集でなく、映画で語られなかった濃い話が詰まっています。(2009/09/13)


    これでギリシアはもう恐くない! <独断による古代ギリシア読書の旅 最短1週間>  村上良太
     今回は映画と読書でめぐる、「古代ギリシア1週間の旅」です。不況で旅行に行けないとお嘆きの方にもお薦めです。(2009/08/30)


    《映画》イメルダ- 美貌と権力を手にした「女帝」の生涯-    イノウエケンイチ
      60〜80年代に独裁者としてフィリピンに君臨したマルコス大統領夫人、イメルダ。その美貌と華やかな振る舞い、亡命後に判明した想像を絶する贅沢や不正蓄財など、センセーショナルな話題を振りまいてきた彼女が、初めて自らその半生を語ったドキュメンタリー。2009年9月12日よりポレポレ東中野他で。全国で順次公開される。(2009/08/29)


    これで劇場はもう恐くない!読書ガイド <独断による現代劇 最短1週間コース>    村上良太
     戯曲を読むことの価値が今、問い直されているのではないでしょうか。そこでいささか強引ですが夏休みを利用してできる1週間のメニューを仮に組んでみました。題して「これで劇場はもう恐くない!読書ガイド」。難解な現代劇ももう大丈夫・・・。(2009/08/11)


    「アニメ王国」日本に忍び寄る危機 博物館より業界の体質改善を 豪州研究者が警鐘 
      東南アジア地域を中心に世界的な人気を獲得した日本のアニメーション。漫画通を自認する麻生首相のアニメ博物館構想が論議を呼んでいる。だが、一見華々しい舞台に立っているかに見える日本のアニメ業界が、実は危機的状況に直面している、との声もある。東京大学の講師で『ジャパナメリカ 日本ポップカルチャー革命』の著書を持つローランド・ケルツさんが、オーストラリアの公共放送ABCでその舞台裏を明らかにした。(クアラルンプール=和田等)(2009/08/06)


    YuoTubeに静かに流れる『生活保護の唄』  塚本正治さんの歌声でこの世の難儀を訴える
     シンガーソングライター塚本正治(つかもとまさじ)さんが歌う『生活保護の唄』がYouTubeにアップされ、静かに広がっている。「税金年金おさめ続けても、ささやかなくらしなどありません」「戦前戦後のこの国の経済を支え、お役ごめんになって待っているのは生き地獄」と今の社会の困難をギターに乗せて淡々と唄い、「みんなで生活保護を取ろう、いのちまでとられる前にね」と結ぶ唄は、今の世相と人々の苦しみをとらえ、胸に響く。(大野和興)(2009/08/05)


    スーザン・ボイルさんへの過剰報道から考えるストリートカルチャー
    (2009/06/10)


    映画化された「飽食の海」  海はすべての人のもの
      2006年に岩波書店から邦訳が出版されている英国人ジャーナリスト、チャールズ・クローバーによる" The End of the Line"(邦訳名:「飽食の海 世界からSUSHIが消える日」)がドキュメンタリーとして映画化され、反響を呼んでいる。BBCやインデペンデント紙のインターネット・サイトでも映画に言及しつつ、過剰漁獲の問題を取り上げている。インデペンデント紙の記事は、三菱系列の企業がクロマグロの国際市場の40パーセントを押さえていることを指摘し、「車や電気製品で英国に知られている三菱が、絶滅の危機に瀕するクロマグロの、世界でも有数の流通業者だと知ったら、ちょっとしたショックを受けることでしょう。クロマグロはサイやトラと同じぐらい絶滅の危機にあるのですから」、というグリーンピースのキャンペーン担当者の発言で記事を結んでいる。[1](青西靖夫)(2009/06/05)


    ジェーン『自由の扉−今日から思いっきり生きていこう−』 世界中の傷つき苦しむ性犯罪被害者へのメッセージ
      7年前の2002年4月、神奈川県内の駐車場の車中で一人の女性がレイプされた。犯人は米空母キティーホーク所属の米兵、被害者はオーストラリアの女性だった。彼女への加害はなおも続く。駆け込んだ警察署でセカンドレイプに遭うのだ。男性警官によって、受診もできないまま傷ついた心身への配慮もなく、一晩中質問攻めにあう。さらに再現写真撮影という理由で、「レイプの格好がどんなものであったかをすべて教えろ」と迫られる。深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)に陥り、生きていくのがつらく、困難になったジェーンさん(仮名)がVictim(被害者)からSurviorとして再生していく心と行動の軌跡を手記と絵でつづった本書は、世界のすべての性犯罪被害者と戦争被害者へのメッセージである。本書は御茶の水書房から刊行され、6月初めに店頭に並ぶ。1600円+税。(大野和興)(2009/05/30)


    「途上国の子供たちに音楽を!」 バスキングをして世界を回ったデービッド・ジュリッツさんの旅記録
     在英バイオリニストのデービッド・ジュリッツさん(52歳)は、2年前、バイオリンと空っぽの財布を手にロンドンの家を出て、世界中をバスキングして回った。路上でバイオリンを弾きながら、通りがかりの人が恵んでくれるチップを生活費にしながら、50都市を旅した。室内楽オーケストラ「ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ」のコンサートマスターという本職を持ち、BBCの音楽フェスティバル「BBCプロム」でソリストとして演奏したこともあるジュリッツさん。バスキングの目的は発展途上国の子供たちに音楽を学ぶ機会を与えるための募金活動だった。「ミューズクオリティー」というチャリティー団体を立ち上げるための第一歩だ。ミューズクオリティーが主催する世界バスキング・ウィーク(6月8日ー14日)幕開けに先駆け、ジュリッツさんの旅の体験談の一部を紹介する。(ロンドン=小林恭子)(2009/05/25)


    漢検協会の腐敗から国語教育の現状を反省しよう
      財団法人「日本漢字能力検定協会」(略称・漢検協会)(京都府下京区)の一連の出来事は悪臭がぷんぷんしており、協会の腐敗体質が次から次へと露呈してきている。大久保昇前理事長と長男の浩前副理事長ら4名が、関連4社、その中でも、特に、広告会社「メディアボックス」の取引を巡り、協会に損害を与えた疑いが強まったとして、京都地検特別刑事部は近く、背任容疑で強制捜査に着手する方針を固めたという。この一連の出来事から国語教育のあり方を反省するうえで、私たちは、藤堂明保著『漢字の過去と未来』を読んでみる必要があろう。(根本行雄)(2009/05/21)


    集まれ!東北アジアの子どもたち! 「南北コリアと日本のともだち展」ワークショップ開催
      5月16日、東北アジアの平和と相互理解のために活動する「南北コリアと日本のともだち展」のワークショップが行われました。この催しは、日・朝・韓の子どもたちが共同制作する絵画「平和の木」の作成の第一歩です。日本、韓国、在日コリアンの子どもたちが30人ほど集まり、遊びながら交流を深めました。(錦田薫)(2009/05/20)


    《演歌シリーズ》(2) 遠藤実 三拍子(スリービート)の抒情(下) 佐藤稟一
      遠藤実二十四歳。『お月さん今晩は』(歌・藤島恒夫)詞・松村又一)で作曲家デビュー。歌手への思い止み難く着のみ着のままで上京。“流し”で糊口を凌ぎながら、独学で作曲を勉強した。ことわっておくが、私は、遠藤実の立志伝やサクセス・ストーリーを書くつもりは、ない。作曲家になるまでの経緯や感動的な出会いにも興味がない。(2009/05/18)

    《演歌シリーズ》(1) 遠藤実 三拍子(スリービート)の抒情(上) 佐藤稟一
      こころ。『万葉集』のうたうたは、“情”をそう読んでいる。情(なさけ)は、情(こころ)に抱かれ情(こころ)は、情(なさけ)によって豊かになる。 (2009/05/15)


    マレーシア映画「カラオケ」がカンヌで招待上映へ 
      マレーシアの映画監督クリス・チョン・チャイフイの作品「カラオケ」が、5月14〜24日に開催される第62回カンヌ映画祭で新人監督の登竜門ともいえる監督週間に招待上映されることになった。油椰子プランテーションと家族のカラオケ大会を舞台に展開される愛と裏切り、贖いを描いた作品だ。(クアラルンプール=和田等)(2009/05/06)


    日本の法の世界は「ガラパゴス的状況」  大河原眞美著『裁判 おもしろ ことば学』を読む    
      日本には専門用語、業界用語が多く、一般市民にはわかりにくいものや、誤解しやすいものが少なくない。今回は、大河原眞美著『裁判 おもしろ ことば学』を紹介したい。著者は言語学者であり、日本弁護士連合会(日弁連)の「法廷用語の日常語化に関するプロジェクトチーム」の一員であり、裁判員裁判の実施を見据えて、法廷用語をやさしく言い換えるための提案を行ってきた。その成果の一部が本書である。ここで、漢字クイズを出してみよう。次の漢字は、法廷用語としてはどのように読むのだろうか。(1)遺言(2)図画(3)居所(4)立木(5)問屋(6)一月(7)同人(8)競売 あなたはいくつ正解できるだろうか。(根本行雄)(2009/05/02)


    「アトミックサンシャインの中へin沖縄」における検閲をめぐって 表現の自由と憲法九条下の戦後美術展 小倉利丸
      沖縄県立博物館・美術館が主催する「アトミックサンシャインの中へin沖縄−日本国平和憲法第九条下における戦後美術」(4月11日から5月17日まで)に展示予定だった大浦信行の版画作品「遠近を抱えて」が、県教育委員会や県立博物館・美術館などから「教育的観点から配慮してほしい」という要請によって展示が中止された事件が起きた。(2009/04/30)


    「日本の法律はお役所のためにある」  コリン P.A.ジョーンズ著『アメリカ人弁護士の見た裁判員制度』
      インターネットの検索を利用して、裁判員制度についての本を調べると、驚くほど、たくさん出版されていることが分かる。筆者が書いた『司法殺人』(影書房刊)も、きっと、含まれているはずだ。当然のことながら、良書よりもそうでないものの方が多い。筆者は、専門書ではない一般市民向けに書かれているもので、わかりやすくて、面白くて、ためになるもので、しかも、価格が安いという、得をした気分にさせてくれる、欲張った注文に答えてくれる本を探し出した。それはジョーンズさんの『アメリカン人弁護士の見た裁判員制度』(平凡社新書 本体価格720円 2008年11月)である。(根本行雄)(2009/04/23)


    個と壁 村上春樹氏のエルサレム賞受賞スピーチに思う
      作家村上春樹氏はエルサレム賞受賞スピーチで、個の精神の重要性とそれを押しつぶす壁─元々は脆い個を守る為に個によって作られた壁が存在し、壁の中の個が押し潰されそうになる時、村上氏はそれに照明を当て警鐘を鳴らすとのメッセージを発したと考えられる。この壁を朝日などのメディアではイスラエル批判と理解し、パレスチナ人の個の精神を潰すものと考えているようであるが、壁自身があたかも命を持ち、意思を持ちだし「壁の創造主なる」個を押し潰す危険性こそを村上氏が恐れているのは私には疑いの余地もない。(トーマス・モリカワ)(2009/03/31)


    【映画】『女工哀歌(エレジー)』を観て 「世界の工場」中国の労働現場  紅林進
      中国、四川省の貧しい農村から広東省の縫製工場に出稼ぎに来た少女ジャスミン・リー(16歳)をとおして、「世界の工場」となった中国の労働現場の現実を描くドキュメンター映画。彼女はブルー・ジーンズの糸くずをハサミで切る仕事を延々と続ける糸切り係りの女工。この縫製工場の労働はまさに苛酷である。映画は3月17日、東京・ウィメンズプラザで大竹財団、アジア太平洋資料センターなどいくつかのNGOの共同主催で上映される。(2009/03/11)


    日本留学のマレーシア人父娘が絵画展 テーマは「対話」と「ネコ」
      日本で絵画を学んだマレーシア人父娘の作品展が、クアラルンプールの伊勢丹支店で3月20日から25日まで開かれる。同支店の別のギャラリーでは、父親の友人のマレーシア人陶芸家の陶磁器展と日本人の絵画展も同時開催される。展示の準備にいそがしいマレーシア人画家のヤップ・ホンンギーさんは、「わが国にも日本のようにもっとギャラリーを設けてほしい」と語る。(クアラルンプール=和田等)(2009/03/10)


    平和を願い、農業と環境をテーマに歌う  東チモールのミュージシャン、エゴ・レモスさんに聞く
      エゴ・レモスさんは東ティモールのミュージシャン。人口の8割が農民である自国の現状を表現し、持続可能な農業と環境をテーマにした歌をギターと共に奏でる。01年からは隣国オーストラリアの音楽フェスティバルなどに招待されるようになり、日本でも06年に名古屋を中心に、東京、大阪、北海道の環境コンフレンスなどで演奏。現在、レモスさんはオーストラリアの大学院で学び、毎年3月にアデレードで開催される音楽祭ウームアド(WOMAD)のアデレード公演に招待された。レモスさんに話をうかがった。(アデレード=木村哲郎ティーグ)(2009/03/08)


    映画「フロストxニクソン」 ジャーナリズムの映画として観る
     今月末から日本で公開される、米映画「フロストxニクソン」。「フロストxニクソン」の「フロスト」とはリチャード・ニクソン故米大統領(任期1969年―1974年)を、「フロスト」とは英国人のテレビ司会者デービッド・フロストを指す。全米を揺るがした政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」で失脚し、大統領を辞任したニクソンをフロストがインタビューした実話の映画版だ。(ロンドン=小林恭子)(2009/03/05)


    3月10日に5回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞受賞作品発表  DAYS JAPAN 5周年記念の夕べ
      月刊誌DAYS JAPANは、戦争が頻発し、人間の命が奪われ続ける現在、世界で起こる様々な状況を正しく人々に伝えることの重要性を考え、フォトジャーナリズムの発展を願って発刊されました。DAYS JAPANでは、2005年にDAYS国際フォトジャーナリズム大賞を設け、世界中から著名なフォトジャーナリストを含む非常に多くの作品が寄せられました。本年は、世界約50か国から、およそ5,000点の応募があり、2007年1月から2008年12月までに撮影された作品が集まりました。昨年12月のガザの空爆、四川省の地震など、深い悲しみの中で押されたシャッターが記録した写真が多くありました。去る2008年2月16日に行われた厳正な最終審査の結果、12作品の入賞が決定しました。どれもフォトジャーナリズムの力、人間の尊厳を実感させる、力強い作品です。(2009/03/04)


    【自著を語る】『司法殺人ー「波崎事件」と冤罪を生む構造−』  根本行雄
      ようやく、『司法殺人』を出版できることになりました。副題は、「『波崎事件』と冤罪を生む構造」です。「波崎事件」はまったく物証がなく、目撃証人もなく、自白がないのにもかかわらず、有罪となり、死刑の判決を受けたという点において、日本の冤罪の歴史なかでは、とてもめずらしい事件です。しかし、この「波崎事件」も、日本の冤罪の歴史をみてきますと、例外的な特殊なケースではないということがわかってきます。日本の、冤罪を生み出しやすい、その構造とそのメカニズムが、この事件においても歴然としており、明々白々であることがわかるからです。(2009/03/01)


    マレーシアと日本映画の架け橋をめざしたい 脚本家の田中靖彦さん
      東南アジアのなかで、タイやシンガポールと比べて日本の映画界との交流が遅れているマレーシア。だがその両国を急接近させる役割を果たすかもしれない「パイオニア」が登場した。マレーシア国立映像開発公社(FINAS)の招きで、2月9〜13日にかけてマレーシアの映画関係者を対象にした脚本に関するマスタークラスをおこなった脚本家で、米国ロサンゼルスの映画学校の講師を務める田中靖彦さんだ。田中さんにマレーシア映画が秘めた今後の可能性、日本の映画界とのつながりを深めていくための取り組みなどについて聞いた。(クアラルンプール=和田等)(2009/02/26)


    レンゾ日本26聖人記念館館長、列福式を語る。
        17世紀中ごろ、バチカンは徳川家光時代の日本人の殉教者を列福する動きを見せたが、決まらず、鎖国状況下で散った最後の宣教師・ペトロ岐部らの名 は人々の記憶から消えた。爾来、450年、さる11月24日、ついに、日本各地で殉教した144人が長崎市で列福された。長崎駅から徒歩10分。急坂を上がると、26体のブロンズ像が出 現する。裏手にはザビエル自筆の書簡も展示する日本26聖人記念館が控えている。ここを若き日の遠藤周作が『沈黙』を完成させるために何度となく立ち寄っ た。館内には今もイエズス会士がいる。名はデ・ルカ・レンゾ神父。福者の調査に携わってきたアルゼンチン出身の聖職者が舞台裏を語った。(李隆)(2008/12/28)


    来年、待望の来日公演が実現する 「世界の」ピアニスト内田光子氏 ―その素顔と在英の理由とは?
     世界中からやってきた才能あふれる芸術家がひしめくロンドンで、在英の日本人ピアニスト、ミツコ・ウチダのことを知らない人はいない。12歳から「音楽の都」ウィーンで教育を受け、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、ドビュッシー、シェーンベルクの卓越した弾き手として名声を獲得し、特に「モーツァルトの歓喜を彼女ほどうまく伝えられるピアニストはいない」(英「インディペンデント」紙)。一方、取材では「個人的なことは一切話さない」ことを信条とする内田氏の素顔はなかなか外には出てこない。来年11月には待望の来日公演が予定されており、氏が30年近く住む英国メディアの報道からその公私両面をたどってみた。(ロンドン・小林恭子)(2008/12/28)


    証拠写真欲しさに警察がフリーカメラマンからフィルムを押収 あれから34年、日本の報道を自由を問うて写真展とシンポジウムを開催  
      警察が証拠写真ほしさに立場の弱いフリーカメラマンに目を付け「殺人及び公務執行妨害」の家宅捜索令状で踏み込み、フィルムを押収していった事件があった。1971年11月10日、本土復帰に向け10日沖縄全島をあげてのゼネストがあり、その渦中で一人の警察官が火炎瓶を浴びて死亡した。その事件をめぐっての出来事だ。成り行きを危惧したメディア関係者有志は「報道の自由・吉岡カメラマンを守る会」(以降、守る会)を結成し、運動を進めた。あれから37年。「表現・報道の自由」をめぐる現在の状況を危惧する当時の有志約30人が真展+シンポジウム『写真眼2008―それは沖縄復帰からはじまった―』を開く。(ベリタ編集部(2008/11/07)


    アウシュヴィッツの聖人・コルベ神父を語り継ぐ東北人 白河市の博物館を拠点に平和と祈りを呼びかけ
      ポーランド政府から叙勲された日本人はまれである。その人々が今年7月から三ヶ月ほど、聖コルベ師のペン画11枚を東北で展示した。長崎時代の一枚もあった。聖コルベ師が身代わりを申し出た瞬間を再現した一枚もあった。叙勲者の一人である福島県白河市のアウシュヴィッツ平和博物館の我妻英司学芸員(44)は、原画貸し出しと原画展開催を呼びかける。(李隆(2008/11/05)


    【映画】「アメリカばんざい」を見て ホームレスの三分の一がイラク帰還兵という現実 山城智幸
      最近見たインターネットのあるアンケート(20〜40歳の社会人対象)で「働いてみたしヽ国」の一位はアメリカであった。主な理由は「実力主義で仕事のやりがいがありそうだから」だという。これが日本人が持つアメリカに対する良いイメージだとするなら、映画「アメリカばんざい」に描かれているのは、アメリカが持つ負の側面であり、アメリカの生の姿だろう。(2008/09/11)


    【ほん】 『官製ワーキングプアー自治体の非常勤雇用と民間委託−』が描く日本の労働現場の現実
      一昨年のNHKの番組をきっかけに広まった、アメリカ発の  「ワーキングプア」(働く貧困層)という言葉は、不幸なことに日本社会にすっかり定着してしまった。日本弁護士連合会は、今年10月の第51回人権擁護大会・シンポジウムにおいて、ワーキングプアの問題を初めて正面から取り上げるという。ワーキングプア拡大の要因は、財界の意向を汲んで進められた労働分野の規制緩和と、ほころびだらけの社会保障制度にあると言われるが、ワーキングプアは民間だけでなく官の世界からも大量に生み出されている。本書はタイトルのとおり、官の世界で生み出されているワーキングプアの問題を取り上げたもので、現役の市議会議員である著者が、官の世界を間近で見ている強みを生かして、地方自治体で働く非正規労働者の実態を明らかにしている。布施哲也著、七つ森書館刊。(坂本正義)(2008/09/10)








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