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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2006年04月25日23時47分掲載
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「占領下で死ぬのはいや」 ビビおばあさんの言葉 リバーベンド日記
■女王様の訪問… バグダードは今、暦の上では春だ。わたしたちは冗談まじりにイラクに春は無いなんて言ってる。寒くて風の天気から、すぐにじめじめした砂嵐のふた月、そして燃えるような乾いた熱さ、つまり夏へと入ってしまう。それでも、この4月はじゅうたんや敷物を巻いて夏服を取り出すための月だ。夏服を取り出して冬服を片づけるのは、家族全員かかってのおよそ1週間しごとだ。冬服から夏服に全て替え終わる時には、家中がナフタリンや衣類や肌着の虫除けのために時々使う新品の石鹸のにおいになってしまう。(TUP速報)
恒例の「春の大掃除」などのほかには、ここ数週間はイラク基準に照らしてさえ不安定になっている。バグダードのアーダミヤ地区では、特にここ1週間、激しい戦闘があった。ほとんどいつも何かしらの衝突がアーダミヤでは起きてはいるのだけれど、1週間前、内務省のならずもの部隊とゲリラの間で大々的な戦闘となった。その結果として、私たちのところに年配の親類が滞在することになっ た。彼女の息子、母のはとこは「母の心臓は興奮に耐えられないんだ。銃弾で二階の窓が粉々に飛んだ時、心臓発作を起こすんじゃないかと思った」と我が家に彼女を連れてきた時にそう言った。
1週間前のアーダミヤでの突発的な衝突の前までは、イラク人特殊部隊(内務省のならずもの)が去年この地域で彼らがやっていたような家々の強制捜査をしない限り、イラク治安部隊に対してこの地域での闘いはしないという「暗黙の協定」がゲリラとイラク警察の間に存在していたらしい。
そんなことで、私たちはビビZ(「ビビ」は、バグダードの方言で「おばあさん」とか「おばあちゃん」の意味)との日々を共に過すことになった。彼女の正確な年令をわたしたちは知らないのだけど、ゆうに80歳台に入っているんじゃないかと思う。 彼女は柔らかくほとんど透明な皮膚をしていて、小さな顔は長い白い髪の房で縁取られていて、一見頼りなく壊れそうに見える。彼女の眉はと ても白く、肌の白さとほとんど区別できないので、黒い瞳が、いまだにとても生き生きと魅力的に輝いてみえる。
■魅力的なお年寄り
イラク人家族の中で最年長であることの特徴は特権を持つということだ。ビビZは、王者の気品と威信にみちて部屋から部屋へと動き回っている間に、わが家を統治する暫定的な女王に自ら就任した。私たちの家に到着してものの10分以内に、彼女は私の部屋を占領し、私はたちまち居間の居心地の悪いソファーに左遷された。 彼女は何時間も費やして宿題から家事までのすべてを監督し、1番良い冬服のしまい方、カーペットの巻き方、代数の勉強について当然のように助言を与えた。 料理こそしないけれど、もったいなくも時々お味見をしてくださり、いつもこれがひと匙、あれがひとつまみ足りないと気付かれるのであった。
お年寄り世代のイラク人と席を共にするのには魅力を感じる。何だか複雑な気持ちが湧き上がってくるのだ。それはどんなものかというと、彼らはイラクのような国に住んでいて多くの悲劇と栄光を経験してきているから、彼らと一緒に居るとイラクの可能性への期待感に興奮したり、生涯続くかと思われる不安定さにがっくりしたり、そんな気持ちの狭間に投げ込まれるのだ。
ビビZの最初の思い出は君主制に関することで、彼女は明確にこれまでのすべての政府とリーダーを順番に記憶している。 彼女は、今返り咲いている人たちの何人かに関するゴシップさえ知っている。「あの若い男は王になりたがってたわ」と彼女はアル=シャリフ・アリ[立憲君主運動の指導者。ロンドンに拠点を置き、イラクの王政復古運動を展開している。1921年以降、1958年に軍事革命が起きるまで、イギリスの後ろ盾を得てイラクを統治してきたハシム家の子孫)のことを「彼は王女のひとりと宮殿のエジプト人使用人との間にできたんだと私は思うわ」とあるイラクのチャンネルの短い報道に彼が現れると、彼女はこっそり教えてくれるのだった。
今朝10時頃、電気は来なくなり、発電機を使うには早過ぎた。わたしは、ラジオを聞かなかければ夜のあいだに何が起こったのだかわからないじゃないのと意見を言った。ビビZは、1957年に最初に彼女が見たテレビのことを話してくれた。裕福なご近所のひとりがテレビを購入したのだけれど、夫が仕事にでかけるやいなや、その地域の女性たちは1時間テレビを見るために彼女のお宅に集まったものだそうだ。「男性がテレビに出ているときには、わたしたちはアバヤ[黒の長衣]を着たものよ」と笑った。「わたしたちが彼を見るようには、彼はわたしたちを見ることができないことをウム・アディルがわたしたちを納得させるのに2週間かかったわ」
「政治家はやっぱり悪かったの?」。後でわたしはジャファリがいくつかのコメントをしているのを見ながら尋ねた。
「歴史は繰り返す…。政治家はご都合主義者よ…。でもそんなことどうでもいいと思ってるの。彼らは悪かったけど、イラク人はマシよ」 彼女は説明を続けた―前世紀の間というもの、色とりどりのモザイク模様みたいな、ほんとに波瀾万丈で有為転変のイラクの政治だったけれど、ひとつのことだけは変わらずに残っていると―それはイラク人のお互いに対する誠実さと思いやりだと。
彼女は君主制時代の学生の反乱について話した。「イラクがポーツマス条約にサインしたとき、学生たちは王に対して反抗しデモを組織して、バグダード中追いかけまわされたの。父は警察官だったけど、彼らがわたしたちの地区まで学生たちを追い込んだとき、わたしたちは彼らを家に滑り込ませて、彼らを屋上から屋上に跳んで逃がれるのを助けたわ。イラク人はイラク人で、違いはあってもお 互いをめんどう見合ったわ…。女性や子どもたちは神聖で、誰もあえて家の中の女性や子どもたちに触れたりなどしなかった。」
■生き延びるために占領者に忠誠
当時、外国の占領者に忠誠を尽くすことは、絶対に許されざる罪だった。「今では、唯一生き延びる保証を得るには占領者に忠誠を誓うことだけど、それですら安全ではないわ」。彼女はこう言いながら深い溜息をつき、お祈り用の数珠が彼女の薄い手の中でそっと音をたてていた。
「何年も生きてきて初めて、私は死ぬのが怖くなったわ」。昨日の夜、夕食のあとみんなで座ってお茶をすすっている時、誰にいうともなく彼女は言った。わたしたちはみんな、彼女が長く生きることを望み、神のみこころならば、まだこれから何年も先があるわと言って、異議を唱えた。彼女はわたしたちが理解せず、どうしたって理解できないだろうというように頭を振った。「すべての人々は結局死ぬし、わたしは大方のイラク人より長生きをしてる―今では子どもたちや若い人たちが死んでいる。わたしは外国の占領下で生まれたからこそ死ぬのが嫌なの…。 わたしは死ぬときにもどこかの占領下でなんて思いもしなかったから」
2006年4月22日午後11時54分 リバー
(翻訳:リバーベンド・プロジェクト:ヤスミン植月千春)
*リバーベンド日記 戦火の中のバグダード、停電の合間をぬって書きつがれる若い女性の日記「リバーベンド・ブログ」。イラクのふつうの人の暮らしや女性としての思いを、家宅捜索、爆撃、爆発、誘拐、検問が日常で女性は外へ出ることもできず、職はなくガソリンの行列と 水汲みにあけあけくれる毎日の中で書いている。すぐ傍らに、彼女の笑い、怒り、涙、ため息が感じられるような筆致が、世界中で読者を獲得、「イラクのアンネ・フランク日記」とさえ呼ばれている。
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