(openDemocracy.net=ベリタ通信)ラテンアメリカの歴史にあった出来事を思い起こさせる意思表示として、エボ・モラレスは就任100日目に当たるメーデーの日、油田とガス・パイプラインに軍隊を送り込んで、国有財産であると宣言し、その日を祝った。外国では、これは時代錯誤な動きにみられるかもの知れないが、ボリビアでは、最も貴重なな経済的資産を国有化するという新大統領の公約を実現するものと見なされている。
経済的・政治的既成勢力からの否定的な国際的反応は素早かった。最も厳しい批判をしたのは直接影響を受ける会社、主にブラジルのPetrobras とスペインのRepsol-YPFであった。Petrobrasは5月4日、ボリビアへの将来の投資は停止すると発表した。モラレスの決定は欧州連合とスペイン政府にも非難され、より控えめではあったが、ブラジルのルラ政権もこれをとがめた。
もっと深いレベルでは、こう解釈されている。モラレスがボリビアのエネルギー資源の国有化を発表する2日前にキューバを訪問し、フィデル・カストロとベネズエラのウゴ・チャベスと一緒に現れたのは、ラテンアメリカにおける米国の主要な敵の間に味方を作ろうとするボリビア新政府の傾向のさらなる証拠であると。これは政府間のレベルでも影響を与えるであろう。国際通貨基金、世界銀行、米州開発銀行(ボリビアの主な外国債権者であり、社会貸付の主要な源)らの機関は、ボリビアによる外国投資の国有化を歓迎しないであろう。
懸案の問題
ガスの国有化は2003年以来、検討課題になっていた。その年、サンチェス大統領は、伝統的敵国と見なされていたチリ経由でパイプラインを通じ、ボリビアのガスを米国に売る計画を立てたが、それに対する反対する大衆運動、いわゆる「ガス戦争」で辞任に追い込まれた。後継で短命であったメサ政権は、2004年7月に行われたガス問題についての国民投票での圧倒的な賛成票に応じて、炭化水素資源についてボリビアの所有権を宣言、2005年に所有権を明記した炭化水素法を成立させた。また、外国投資企業が支払わなくてはならない税金を上げた。
投資企業は慎重に対処し、民族主義的な怒りの対象にならないように、前面には立たないようにした。特にモラレスが当選した2005年12月の大統領選挙戦の間ではそうであった。しかし、彼らは非公式には、強要されたもとで新しい契約を結ばせられることには反対することを明らかにしていた。ほかのことはともかく、他の民族主義的な石油・ガス生産国がまねをするような先例となることを恐れた。そうした恐れは、世界第5位の石油経済国であるベネズエラの「ボリバル革命」の潮流から生まれている。2005年11月、チャベスは主要投資企業がベネズエラで操業を続けたいのなら、新しい契約を結べなければならないと宣言した。
ボリビア当局は、1996年の炭素水素産業の民営化にさかのぼる現行の契約は無効であると主張する。ボリビアの法律で定められている議会の承認がされていないからであるというのが理由だ。投資家企業はそうした主張を歯牙にもかけていない。もし国有化が即座に実施されれば、賠償を求めて国際的な仲裁を求めることも検討している会社もある。
民族主義者の伝統
ボリビアの天然資源の国有問題は、人々の記憶に深く刻まれている。石油産業は過去2回、最近では1969年に国有化された。1952年の革命とともに、ボリビアは鉱山業を国有化し、その後の経済発展を財政的に助ける歴史的な措置をとった。
しかし、1985年以後、政策の揺れで、世界銀行が奨励する「ワシントン・コンセンサス」モデルの影響のもと、経済的新自由主義の方向に転換した。19990年代、ボリビアは「資本化政策」といわれる新しい型の民営化を先駆けて行った。この資本化政策では、外国企業は国営企業の株式の半分を取得し、経営権を握った。残りの株式は、年金生活者のために投資に回された。
モラレスの台頭は、この流れの中で理解できる。これは経済自由化がもたらした乏しい成果への根深い幻滅と外国企業に対する反感の高まりを反映している。ボリビアの過激な政治的伝統を利用して、モラレスは2005年12月の選挙で新しい政策を公約したが、「国有化」が正確に何を意味するのか、意図的にあいまいなままにした。
5月1日の発表は、内容を少し明確にした。モラレスの声明は、選挙の後、1月初めの就任前に欧州とアジア諸国を訪問した際に発せられた、安心させるような言葉よりも、意味合いにおいて、かなり過激であるようだ。
声明に付属していた条件によれば、ボリビアにある外国企業は180日以内に撤退するか、新しい契約を結ばなくてはならない。新たな契約は公的部門へのサービスの提供に限定している。政府はまた、少なくとも2つのガス田について、課税を大幅に引き上げると発表した。提示している条件は、1996年の民営化で認めた条件のようには魅力的ではないが、政府はBP, British Gas, Total, Repsol、Petrobrasらの外国投資企業はボリビアに残るであろうと予測している。さらに、撤退した会社の代わりに参入を希望している会社、多分、中国の会社が入ってくるであろうと予想している。
政治的打算
モラレスの石油とガスの国有化宣言のタイミングは、国内の政治的考慮も計算に入れられていた。ボリビアの選挙周期はモラレスの就任で終わっていない。7月2日には、憲法を改正する制憲議会を選出する選挙が行われる。これはガスの国有化と同じように、2003年10月にサンチェスを退陣に追い込んだデモ隊が要求した、いわゆる「10月アジェンダ」における重要な問題のひとつであった。高かった支持率が低下しつつある兆しの中、モラレスは選挙を前に政治的主導権を取ろうとしている。
政府は既に右と左の双方の反対勢力から、圧力にさらされている。モラレスの支持が最も弱い東部の県サンタクルスでは、右翼の市民委員会Comite Pro Santa Cruz.が5月4日に1日ストを組織。同時に、左の反対勢力、特に、かつては強く、いまは弱体化した労働組合連合、Central Obrera Bolivianaは、モラレスを労働者の要求を裏切る「改革派」と見なすと明らかにしている。こうした立場に立つ他の労働組合連合もある。彼らは、教師、それに先住民族で高地に住む農民らで、モラレスが彼らの願望を軽視していると見なしている。
しかしながら、社会主義運動(MAS)のモラレスの支持者が、制憲議会で過半数を占めることはほとんど間違いないようだ。議会は、ボリビアの名目上の首都であるスクレで8月6日に開会する。最近、カトリック教会ら影響力のある勢力は、モラレスとMASが政治舞台を独占し、反対勢力が声をあげられなくしていると非難している。
これに対して、モラレスの支持者は議会を、普通のボリビア人、とりわけ過半数を占める先住民族、アイマラとケチャの政治参加の領域を広げる歴史的機会と見なしている。しかし、サンタクルスでは、そのような野望は懸念材料である。ボリビア東部の先住民族は、地元のビジネス・エリートによる支配に対して、特に、先住民族の土地利用を犠牲にしたアグリビジネス(特に大豆)の進出に、反抗的になっているからである。
難しい外交
外交政策では、特に、ベネズエラのチャベス政府と手を組んでいることで、モラレス政権は近隣のいくつかの国の反発を招いている。5月4日、モラレス、チャベス、ルラ、アルゼンチンのネストル・キルチネルが出席する、アルゼンチンのポルト・イグアスでの首脳会議は、対話の場となるかもしれない。しかし、ブラジルとアルゼンチンは、ベネズエラがメルスコール(ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイによる南米共同市場)へ干渉していることにいらつき、両国のエネルギー需要にボリビアが対応できなくなる恐れがあることを警戒している。
ペルーとコロンビアは、米国と最近交渉した自由貿易協定について、モラレスとチャベスが非難したことに困惑している。ペルーはまた、モラレスが6月4日に行われる大統領選挙の決選投票で、ナショナリストの候補者であるオジャンタ・ウマラへの支持を表明したことに反発している。一方、チリは、ボリビアが1879年から84年の戦争でチリが勝ち取った領土の一部をボリビアに譲り、待ち望んできた海への出口を与えるよう国際的圧力を掛けようとしていることに警戒している。
米国もボリビアでの出来事を驚きの目で見ている。ブッシュ政権はモラレスとチャベス、カストロの間の関係が友好的になっているのを疑いの目でみており、ボリビアでの出来事がペルーやエクアドルの選挙に影響を及ぼすのではないかと憂慮している。また「coca si, cocaina no(コカはいいが、コカインはだめ)」というスローガンに要約されるモラレスの麻薬対策に納得していない。ボリビアにおけるコカの栽培はここ数年、増加しており、コカの葉の国内消費(かんだり、煎じたりする)は全供給量のごく僅かしか吸収しているにすぎない。米国務省高官は4月末、ラパスを訪問し、麻薬撲滅についての米国の方針を改めて述べた。ボリビアは異なった方針をとるように見られる。
モラレス政権はまだ15週目であるが、米国の影響のもとで継承された統治形態と機構に対してますます異議が唱えられているラテンアメリカで、名をあげつつある。
*ジョン・クラベツリー オックスフォード大学ラテンアメリカ研究センター研究員
本稿はopenDemocracyネットにクリエイティブ・コモンズのライセンスのもとに掲載された。
http://www.opendemocracy.net/democracy-protest/bolivia_claim_3504.jsp
翻訳 鳥居英晴
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