小泉純一郎首相とブッシュ米大統領は2006年6月29日(現地時間)、ワシントンのホワイトハウスで首脳会談を行い、「世界の中の日米同盟」を明記した「新世紀の日米同盟」と題する共同文書を発表した。9月に退陣する小泉首相にとっては最後の日米首脳会談であるが、共同文書に盛り込まれた日米同盟の将来図は何を示しているのか。 私(安原)は、さり気なく記されている「ミサイル防衛協力」に特に注目したい。これは今後の国民負担増を招くだけではない。核・ミサイル軍拡を誘発し、平和を脅かす危険な選択といわざるを得ない。
▽共同文書「新世紀の日米同盟」のポイント
まず共同文書「新世紀の日米同盟」の中から私が重要とみる要点を以下に紹介したい。 1)両首脳は、日米関係が歴史上最も成熟した二国間関係の一つであるとの見解で一致した。双方の指導の下で、より広範でより強化された協力関係が同盟の下で達成されたことを大いなる満足の意をもって振り返り、21世紀の地球的規模での協力のための新しい日米同盟を宣言した。
2)両国はテロとの闘いにおける勝利、地域の安定と繁栄の確保、市場経済の理念・体制の推進、人権の擁護、シーレーンを含む航海・通商の自由の確保、地球的規模でのエネルギー安全保障の向上といった利益を共有している。
3)日米の安全保障協力は、弾道ミサイル防衛協力や日本における有事法制の整備によって、深化してきた。
4)大統領は、アフガニスタン及びイラクにおける日本の人道復興支援、ならびにインド洋での多国籍軍に対する日本の支援を称賛した。
5)両首脳は、「世界の中の日米同盟」が一貫して建設的な役割を果たし続けるとの認識を共有した。両首脳は、日米間の友好関係や地球規模での協力関係が今後ともますます発展していくことを希望した。
▽なぜ大統領はインド洋での日本の支援を称賛したのか
若干の解説を加えよう。 *「新世紀の日米同盟」あるいは「世界の中の日米同盟」とは、日米同盟の地球規模での軍事的、経済的な協力関係を指している。いいかえれば、米国の地球規模での覇権主義的・単独主義的行動に日本が協力を惜しまないことを意味している。 共同文書は小泉首相の私的文書ではない。日本政府の公的な誓約である。だから小泉首相が退陣した後も、日本がこの文書を破棄しない限り、日本は「ポチ」よろしく忠実に米国に従っていくことを約束したともいえる。
*市場経済の理念・体制の推進、シーレーン(海上交通路)の確保、地球規模でのエネルギー安全保障の向上―などは何を意味しているか。 以下のような含蓄であることを読み取りたい。 ・新自由主義とも称される市場原理主義による公的規制の緩和・廃止、自由化、民営化を眼目とするいわゆる小泉改革路線は今後も継続すること ・経済成長に必要な原油などエネルギーの安定的な確保をめざすこと。日本が米国主導のアフガニスタン、イラク攻撃に協力したのは、中東地域の原油確保のためには軍事力(=暴力)行使も必要と判断したこと ・経済成長に不可欠な資源・エネルギーの安全輸送(原油の場合、中東から東南アジア海域を経て日本に至る海上交通路の確保など)のために、在日米軍の再編による日米軍事力の一体化と実戦能力の強化を活用すること
*大統領が「インド洋での多国籍軍に対する日本の支援を称賛した」のはなぜなのか。 日本はインド洋に常時2隻の自衛艦を配置し、主として米軍に対するいわゆる「後方支援」として石油を供給してきた。日本では後方支援を戦争とは別物とみる見方が一般的だが、これは間違っている。 日本の石油補給(国民の税金が注ぎ込まれている)がなければ、米軍はイラクへ侵略し、虐殺を繰り返すことはできなかった。いいかえれば、日本は後方支援によって米軍の侵略と虐殺を手助けし、幇助(ほうじょ)罪に相当するという見方も有力である。ドイツ、フランス、ロシア、中国などがイラク攻撃に「ノー」と異議を唱え、孤立感を深めた米大統領にしてみれば、小泉政権の戦争協力に感謝しないわけにはいかないだろう。
▽東京新聞のみがミサイル防衛協力に言及
弾道ミサイル(BM=Ballistic Missile)防衛協力が何を意味するかをみる前に、ここで大手6紙の社説(7月1日付)が今回の日米首脳会談と共同文書をどのようにとらえているかに触れたい。まず見出しは以下の通りである。
朝日新聞「同盟一本やりの危うさ」 毎日新聞「<盟友>依存超えた関係構築を」 読売新聞「『同盟の深化』で広がる外交戦略」 産経新聞「<民主主義>支援は当然だ」 日経新聞「最良の瞬間を演出した日米の首脳」 東京新聞「安保だけが同盟ではない」
日米安保・軍事同盟を根本から批判する社説はいまや皆無である。ただ毎日、読売、産経、日経4紙が微妙な差があるとはいえ、同盟肯定論あるいは賛美論を展開しているのに対し、朝日、東京は批判派に属している。しかし共同文書に記された「弾道ミサイル防衛協力」に言及したのは東京新聞1紙のみである。次のように述べている。
「共同文書に<憲法>の文字が見あたらないことも気になる。今後、在日米軍再編やミサイル防衛協力などの作業を進めていく場合でも、日本には踏み外せない枠がある。米国が過大な期待を抱かないよう、その念押しをすべきではなかったか」と。
▽ABM条約を脱退した米国、ミサイル防衛協力に積極的な日本
さて共同文書に盛り込まれた「日米の弾道ミサイル防衛協力」というテーマは今回初めて登場したわけではない。これまでのいきさつに若干触れておきたい。2005(平成17)年版『防衛白書―より危機に強い自衛隊を目指して』(防衛庁編)は「弾道ミサイル攻撃への対応」というテーマで10ページにわたって詳細に記している。 その要旨を紹介したい。
*ブッシュ米政権は弾道ミサイル防衛を国防政策の重要課題として位置づけ、02(平成14)年6月、対弾道ミサイル・システム制限(ABM=Anti-Ballistic Missile)条約から脱退し、ミサイル防衛体制の構築を推進している。
*政府は03(平成15)年12月、安全保障会議と閣議で弾道ミサイル防衛(BMD=Ballistic Missile Defense)システムの導入を決定し、04年度(約1068億円の予算を計上)からその整備を開始している。
*わが国が整備を進めているBMDシステムは、自衛隊のイージス艦(注1)とペトリオット・システム(注2)の能力を向上させ、両者(イージス艦による上層での迎撃とペトリオット・システムによる下層での迎撃)を統合的に運用し、迎撃する多層防衛の兵器システム。これに加えてわが国に飛来するBMを探知・追尾するセンサー、さらに迎撃兵器とセンサーを効果的に連携させてBMに対処するための指揮統制・通信システムから構成されている。
(注1)イージスはギリシア神話に出てくる胸甲のこと。高性能のレーダーコンピューターによって、敵対する複数の目標を同時に探知し、迎撃ミサイルなどの発射・誘導を自動的に行う防空システムを装備した軍艦をイージス艦と呼ぶ。 (注2)ペトリオット・システムは空からの脅威に対処するための防空システムの1つ。ペトリオットは地上配備型の地対空ミサイルの名称。
*ミサイ防衛協力の今後の見通しはどうか。05年版防衛白書は次のように述べている。 「日米防衛協力の強化は、わが国のBMD能力の向上につながるだけではなく、世界におけるBMの拡散や使用を強く抑制するものであると考えており、防衛庁は引き続き積極的に進めていく」と。 「積極的に進める」とは、BM技術の先進化(相手国の迎撃回避措置など)に対応した能力向上を継続的に図っていくこと、さらに防護範囲の拡大や迎撃確率の向上などに取り組むことを指している。
*06年5月1日、日米間で合意された在日米軍再編「最終報告」は、「再編案の実施により、同盟関係における協力は新たな段階に入る」と指摘した上で、重要な柱であるミサイル防衛について次のように述べている。 「双方が追加的な能力を展開し、それぞれの弾道ミサイル防衛能力を向上させることに応じて、緊密な連携が継続される」と。
▽巧みに演出されるミサイルの「脅威」と「抑止力」
以上のようなこれまでの経過と今後の展望を概観すると、飛来するBM(弾道ミサイル)を撃ち落とすための日米ミサイル防衛協力は、いまさらニュースとして報道する価値はないと一般メディアはとらえているのかも知れない。 しかしそれはいささか浅慮とはいえないか。多くの人が気づかないような形で書き込まれたミサイル防衛協力に着目すべき理由は何か。 まず「飛来するミサイルの脅威」と「迎撃ミサイルの抑止力」が用意周到に演出されていることを指摘したい。
1998(平成10)年8月に北朝鮮が日本上空を超えるBM(テポドン1・注1)の発射を行ったため、当時「北朝鮮脅威論」がしきりに喧伝され、同年政府はBMDに関する日米共同技術研究に着手することを決めた。その時の内閣官房長官談話(同年12月25日)は次の諸点を指摘した。 ・近年BMが拡散している状況にあること ・BMDシステムがわが国国民の生命・財産を守るための純粋に防衛的な手段であること ・本年9月衆議院でなされた北朝鮮によるミサイル発射に関する国会決議で「政府は国民の安全確保のためのあらゆる措置をとる」べきこととされていること (注1)テポドン1は射程約1500キロ以上で、日本列島を越えて三陸沖に落下した。
そして今回の日米首脳会談を前に「北朝鮮、BM(テポドン2・注2)発射の準備」が米国発の情報に始まって、日本でも一般メディアでにぎにぎしく報道されたことを思い出したい。もちろん北朝鮮が実験試射にせよ、長距離BMを発射し、周辺諸国を刺激する行為は決して歓迎できることではない。 (注2)テポドン2は、北朝鮮が開発中といわれる新しい長距離弾道ミサイル。射程は3500キロから6000キロで、アラスカなど米本土の一部に届く可能性もある。
ただ注意すべきことは、北朝鮮脅威論が日米間の弾道ミサイル防衛協力という「負の選択」あるいは「マイナス効果」に対し、目くらましの効果をもつことである。つまり「ミサイル防衛協力も必要」とする空気を演出するための北朝鮮脅威論、という側面も否定できないだろう。
しかも以下のようなニュースが日米首脳会談の直前に米国発で流れてきた。 「米国防総省ミサイル防衛局は6月22日、ハワイ沖で行った海上からの弾道ミサイル迎撃実験に成功したと発表した。日本の自衛隊も参加しての初の実験である。北朝鮮の弾道ミサイル・テポドン2号の発射問題とは無関係と説明しているが、弾道ミサイルへの抑止力をアピールする狙いもある」と。
日米首脳会談の直前とは、いささかタイミングがよすぎないか。弾道ミサイルに対する迎撃ミサイルの迎撃確率には疑問があり、迎撃ミサイル・システムの開発、装備それ自体が巨大な浪費にもつながりかねない。「実験成功」をことさら宣伝するのは、その懸念解消をねらう演出とはいえないか。
そういう状況下で日米首脳会談におけるミサイル防衛協力推進が確認された事実について、ジャーナリズムが横を向いているとすれば、ジャーナリズムとしての責任放棄といわなければならない。
▽ 巨大な「負の選択」として暮らし、平和を脅かす危険
何よりも重要な点は、ミサイル防衛協力が、実は小泉政権後の日本だけではなく、世界にとっても巨大な「負の選択」として暮らし、平和を脅かす危険があることで、これを見逃すことはできない。
ミサイル防衛協力に必要な日本側の費用は約1兆円ともいわれる。しかもすでにみたように「技術の先進化に継続的に対応」していくのだから、その費用は膨れ上がることはあっても、減る可能性はないだろう。
一方、在日米軍再編のための日本側負担は約3兆円とされており、双方あわせて4兆円である。巨額の借金を抱えた国家財政のどこからひねり出すのか。4兆円は消費税2%程度に相当する。小泉政権後の消費税引き上げは、国民の日常の暮らしを直撃するが、そういう増税を日米同盟推進(ミサイル防衛協力、在日米軍再編など)のコストとして容認するのかどうか、の選択を迫られるだろう。日米同盟の賛美論者たちは同時に増税推進派でもあることを認識しておく必要がある。
日米の弾道ミサイル防衛協力が 世界の平和と安全に寄与するだろうか。答えは「ノー」であろう。 1995年ノーベル平和賞受賞者のジョセフ・ロートブラット氏(英国)は「世界平和のためにはBMD計画を放棄させることが不可欠」と次のように述べている。
「BMDが世界をより安全にすると示唆することは間違いである。それどころか、世界の安全を危機にさらすだろう。(中略)私たちは世界の安全をいまだ核抑止に依存しているようにみえる。しかし米国がBMDシステムによって守られたら、ロシアと中国は抑止力を失い、核軍備を増大すること、すなわち新たな核軍備競争によって均衡を回復せざるをえなくなるだろう」と。
また次のようにも指摘している。 「もちろんBMDは公式には、ロシアや中国ではなく、<問題国家>から自国を守ることを意図している。しかしこの口実は馬鹿げている。弾道ミサイルによるいかなる攻撃も、そうした国家にとって自殺行為である。(中略) ともかく<問題国家>や核保有国からの核の脅威に対処するための代替策は存在する。それは核兵器のない世界をつくることである」と。正論であり、賛成したい。 (東西の専門家20人の批判的見解を載せた『ミサイル防衛―大いなる幻想』=高文研、2002年=参照)
日米のミサイル防衛協力が引き金となって、再び世界の核軍拡を促進するとすれば、「新世紀の日米同盟」は危険な新冷戦時代の可能性を示唆してはいないか。地球と人類が滅びないための予防策は「核の廃絶」、思い切った「ミサイル軍縮」しかありえない。日米のミサイル防衛協力は邪道である。そのことを今回の日米共同文書の行間から読みとりたい。
*「安原和雄の仏教経済塾」ホームページは
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