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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2006年07月11日05時08分掲載
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米「天才大学生」を“刺殺”した元学生が保釈へ、遺族は法の規定に怒り
クリスマスイブの前日、カナダのオタワのバーで、喧嘩の仲裁に入った前途有為な若者が、ナイフで刺され死亡した。大学でコンピューター工学を専攻し、在学中からカナダの大手ネットワーク機器メーカー「Nortel」でプログラミングの仕事をするなど、天才肌の学生だった。その事件から8年経った今、その学生を刺し死亡させた男が、刑期の3分の2を服役したため、この夏に保釈されることになった。死亡した青年の母親は、息子を殺した者が法の規定とはいえ、釈放される事態に、苛立ちの色を濃くしている。(ベリタ通信=江口惇)
各種報道によると、オタワ大学に通っていたアンディ・モフィッティさん(当時23歳)は1998年12月23日、大学最後の試験を終え、オタワのバーで祝杯を挙げていた。アンディさんは、コンピューターに精通し、学友からも一目置かれていた。その希望にあふれた彼が、志半ばで凶刃に倒れようとは、誰一人思ってもいなかった。
バーにナイフを隠し持った男がいた。ヘンリー・ダニンジャー(当時26歳)。大学は単位が足りず、中退していた。学問より、麻薬密売に熱心な男だった。ヘンリーは、かつてのルームメートが、自分の所持していた麻薬を盗んだと思い、取り返すつもりでルームメートがいるバーでやってきていたのだ。
間もなく、ヘンリーとそのルームメートの間で喧嘩が起きた。バーにいたアンディさんが制止に入った。その後の状況は詳しくはわからないが、ヘンリーが抜いたナイフが、アンディさんの胸を突き刺した。床に血が流れ、アンディさんは帰らぬ人になった。
アンディさんは高校卒業後、オタワ大学に入学した。コンピューターの知識で卓越した能力を発揮し、仲間からコンピューターのグル(教祖)として尊敬された。兄もオタワ大学卒業後「Nortel」に務めていた。アンディさんは2年生の夏休みに、「Nortel」で、プログラム作成の仕事をしたりした。
ヘンリーは、当初第二級殺人(情状酌量の余地があるとされる)に問われた。3カ月間拘置されたが、間もなく保釈された。保釈中は自宅軟禁の身だったが、隣家に小水を振りかける“事件”を起こしている。
▼司法取引で故殺に
本裁判に入る前に、ヘンリーは検察側との司法取引に応じ、第二級殺人ではなく、「故殺」の罪で禁固5年の判決を受けた。「故殺」は、計画性がなく、一時的な激情で殺人を犯すことで、第二級殺人よりは罪が軽くなる。
巻き添えで死亡したアンディさんの遺族は、ネット上に追悼ウェブサイトを立ち上げた。スポーツ好きで家族から愛されていたアンディさんに対する遺族の切々たる思いが書き綴られている。
アンディさんは、出身地のブロックビルに埋葬されたが、カナダでは、英雄になった。2003年には、勇気を奮って仲裁に入った行為を称えて総督勇敢メダルが贈られている。
コンピューターの天才だったアンディさんと、麻薬で落ちこぼれたヘンリーとは、奇しくも同じ町の出身だった。アンディさんの母親は、あの時、バーでヘンリーがナイフを抜きさえしなかったら、アンディは今でも生きているのに、と悔やんでいる。
遺族たちは、ヘンリーが8月に出所し、町に戻ってくることには耐え切れない気持ちだ。ヘンリーは現在33歳。アンディさんは23年間で短い人生を終えた。ヘンリーは今後の人生をどう送るのだろうか。
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