【openDemocracy特約】7月12日に危機が起きてから、イスラエル軍はレバノンに対して厳しい懲罰を加えて続けているが、ふたつの疑問がイスラエルの中東ウォッチャーを最も当惑させている。ひとつは、ヒズボラの指導者、ハッサン・ナスララ師がイスラエルへの越境作戦に対して大規模な反撃を予期していたのか、あるいは単に誤算だったのか。もうひとつは、イスラエルは、そのような危機に対して有事計画を持っていたのか、あるいはその計画は最初からこのような容赦ない軍事力を加える予定だったのか、である。
二番目の疑問に対する答えは、イスラエル軍が3つの戦線―ガザでのハマス、レバノンでのヒズボラ、それにシリアの可能性―を構える困難な見通しに直面している中、少なくとも明らかになるであろう。2人の兵士の拉致に対してのイスラエルの反応の凶暴性は、イスラエル人でさえも驚かした。
「イスラエルの住民がサイル攻撃にさらされようとしていたのに、(イスラエル首相のエフド)オルメルトがそのような危険を犯すとは本当に驚いた。そのような劇的なやり方でヒズボラを追いつめると彼が決めたことには、もっと驚いた」とテルアビブ大学政治学部のシャウル・ミシャル教授は語る。
しかしミシャルは、イスラエルが6月25日にガザでハマスに拉致された、もうひとりの行方不明の兵士、ジラード・シャリトを探している時に、「非常に賢明な指導者」であるナスララ師が兵士を拉致するための作戦が招く事態を誤算したことにも驚いた。「イスラエル政府がまだ新しく、その指導者は内政の経験、特に軍事経験が乏しいということをナスラッラーは考慮に入れると思った」とミシャル。
ドフ・ケニンは、イスラエルのクネセット(国会)の左派政党でユダヤ・アラブ連合グループのハダシュ党のメンバーで、彼が言うところのイスラエルによる「占領戦争犯罪」をたびたび批判してきた。誰も、作戦を行っているどちらの側も、危機がどこに向かっているのか分かっていないと彼は見る。
「個人的には、イスラエル政府の方向に大変憂慮している。2人の兵士の拉致を、ヒズボラ、そして多分シリアとも清算をするチャンスとして語っている。これは大変心配だ。前にも、このシナリオがうまくいかなかったことがある。レバノンの泥沼にはまって、多くの血が流され、多くのイスラエル人とレバノン人が殺された。状況を変えることはできない」
レバノンの新しい形
その他いく人かの人のアナリストは、最近の暴力行為の高まりは、イスラエル政府が予想していたものでも、望んでいたものでもないという点で一致するが、アミル・ペレツ国防相(労働党指導者)の約束、イスラエルとそのふたつの最も活発な敵、ハマスとヒズボラとの間の力の均衡を変えるというのが多分、本当の意図であるとも言う。
「今回は大きな違いがある」とベングリオン大学のイスラエルの軍事政策と安全保障と政治の専門家、アビ・セーガル講師は言う。
「レバノンでの過去の作戦では、イスラエルは、かいらい政府に対して行動を起こしていた。レバノンの真の政府はシリアであった。ベイルートで危機を起こしてシリアに影響を及ぼそうというのは、少しばかげていると常に思っていた。いまは情勢が変わった。レバノン政府がある。シリア人はレバノンの外にいる。イスラエルは、正統なレバノン政府に対し、ヒズボラを支配下に置くよう要求できる。レバノンは7万人から8万人の軍隊がある。ヒズボラは南部に3千人ほどいる。治安はベイルートから始まらなければならない。なぜなら、主権国家はこのような耐え難い状況を我慢し続けることはできないからである」
シャウル・ミシャルもアビ・セーガルも、ナスラッラーがイスラエルの意図をひどく誤解し、代価を支払うことになると見る。「彼は誤算をしたと思う」とセーガルと言う。「ヒズボラを慎重かつ注意深く非難している(レバノンのドルーズの指導者、ワリド)ジュンブラットと(他の)レバノンの報道官の反応に注意すべきだ。レバノンで危機をつくりだすことは、レバノン人一般大衆にヒズボラへの対抗策を要求させることになるかもしれない」
ワリド・ジュンブラットは以前は軍閥で、レバノンの政治における卓越した生き残りのひとりである。7月13日には、ヒズボラのイスラエルのパトロールへの攻撃を、レバノンをイスラエルとの戦争に引きずり込む「常軌を逸したもの」とし、ヒズボラの力を制限するように要求した。
ナスララが攻撃とそれが引き起こす事態を計算していたかどうかの質問に、ミシャルは強い口調で言った。「彼は大きな誤算をしたと思う。なぜなら彼の判断は過去を基にしているからだ。(エフード)バラクと(アリエル)シャロンのもとの数年間で、イスラエルという国に対する錯覚ができた。レバノンとすなわちヒズボラに対し、思い切ったことをする前にはちゅうちょし、現存する軍事社会の不利益を最小限にするというであろうというものだ。この大規模な反応に、彼は驚いたと思う」
ミシャルは、過去に存在しなかった新たな条件が当てはまると言う。「ヒズボラはレバノンにおけるその地位が低下していると感じている。これが終わった後、レバノンの一般世論がどのようにヒズボラに対応するか、誰にも分からない」
これは、ヒズボラがイスラエルに対するレバノンの防衛者というその正統性のかなりの部分を失ったかもしれないということを意味する。「ヒズボラにとって、混乱をもたらすかもしれない非常に具合の悪い立場にナスララ自身がおかれかねない。ヒズボラのすべての施設が破壊され、中央政府の支持なしにレバノン一般で、特にシーア派社会内でその地位を維持するのは難しくなるであろう」
ヒズボラの南部での勝手な軍事行動に対するレバノンの姿勢に変化が多いにありそうであるが、イスラエル政府が、軍事行動を通じた地域再編を事前に立てる先見性を持っていると考える専門家はほとんどいない。「やりながら何とかする、というのがイスラエルの有事立案を正確に言い表したものだ」とミシャル。「出来事を追いかけるというのが、イスラエルの決定のやり方だ。それがイスラエルの政治文化だ。体系的に順を追って、これこれが起きるというような計画はなかったと思う。イスラエル、現政府もこのような有事計画は持っていないと思う」
国会議員のケニンは、政府はそのような予想できない危機に対してある種の計画は持っていたと考える。「が、問題は政府が計画を持っていなかったということではなく、たくさん持っているが、どれひとつとして現実と関連を持っていないということだ。前からずっとそうだ。1982年のレバノン戦争は、イスラエルとPLOの力の均衡を変えるためのものであった。結果は、PLOの撲滅でなく、ヒズボラの創設であった」
イスラエルの警告
ヒズボラからすればナスララは失敗を犯してないし、危機をつくり出した作戦の結果に満足している、とケニンは見る。「これは間違いなく彼が望んでいたものだ。彼は非常に頭がいい政治家だ。彼は拡大を望んでいたと思う。彼にとって、地域の重要な政治・軍事的勢力として、ヒズボラが引き続いて存在するためになる」
ミシャルは、(「すぐにでも」)国際的な介入が必要だし現実的だと考える。「わたしが理解するところでは、イスラエルの作戦を制限させる目的で、米国と欧州連合を巻き込んだ、いくつかの政治イニシアティブがありそうだ。今回はイスラエルとヒズボラの間ではなく、イスラエルとレバノンの間で新たな政治的均衡を再構築するために打開策を探る、直接、間接の接触が数日内にあるであろう。しかし、これがうまくいくためにはシリアと、イランとも接触しなければならない」
ミシャルによると彼が考える打開策は、レバノンからのシリアの撤退とレバノンの主権を全土に拡大することを求めた2004年9月の国連決議を再び取り上げることである。「これには、ヒズボラが政府の体制に全面的に組み込まれ、その戦士がレバノン軍の軍事体制に何らかの方法で組み込まれることを要する。ヒズボラは、レバノンの主流政治体制にもっと影響力を持つことで補償される」
アビ・セーガルは、7月13日にイスラエルのハイム・ラモン法相が言ったことを指摘する。「われわれはハイム・ラモンが言っていることに耳を傾けるべきだと思う」。ナスララは暗殺の対象で、ヒズボラはあらゆる場所で、「トリポリで、ベイルートで、どこでもでも」狙われる、というものである。
「ラモンが示唆しているのは、イスラエルはヒズボラとハマスがどこにいようと、彼らを攻撃するということだ。誰かがこの暴力のサイクルを止めようとするなら、レバノンとガザで努力を集中しなければならない」とセーガルは語る。終わるにしても、このように始まった「サイクル」は一夜にしてはとまらない。
*トーマス・オドワイヤー カントリーリスク・コンサルタント、ジャーナリスト。アイルランド出身。中東に20年間住む。ロイター通信の中東特派員、エルサレム・ポストの外信部長、ハーレツ紙のコラムニストを務めた。
本稿は独立オンライン雑誌www.opendemocracy.netに発表された。
原文
http://www.opendemocracy.net/conflict-middle_east_politics/hizbollah_3739.jsp
(翻訳 鳥居英晴)
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