「仏教経済塾」としては、やはり仏教経済学とはなにか、を説明する必要がある。仏教経済学の話をすると、「仏教経済学ってなに?」と聞かれることが多い。私はこれまで仏教経済学のキーワードとして、いのちなど七つを挙げて説明してきた。 しかし最近「多様性」を新たに加えて八つのキーワードにするのが適切だと考えるようになった。実はこれは6月末に発表された日米首脳会談の共同文書「新世紀の日米同盟」への批判ともなっている。このように時代の動きを観察しながら、仏教経済学を育ててゆきたいと考えている。
▽「いのちの尊重」をキーワードに
私は仏教経済学のキーワードを一つだけあげれば、それは「いのちの尊重」だと答えることにしている。そして大学経済学部で教えられている主流派経済学である現代経済学には、この「いのちの尊重」という概念、思想はない、とつけ加える。 いいかえれば、現代経済学は戦争(=暴力)を好む―「好む」という表現が気に入らない人には、戦争に「反対しない」と言い直しておきたい―ところに特色がある。大学の経済学者で例えばアメリカの不当なイラク攻撃に「反対」を叫んでいる人は、実はほんの少数なのである。
こういう説明に「なるほど」とうなずく人もいるが、なかには依然、「なぜわざわざ仏教を持ち出さなければならないのか」という疑問が消えないらしい。
私は仏教経済学の特質に新たに「多様性」を加えて次のように説明したい。 1)仏教経済学は次の八つのキーワードからなっていること いのち、平和(=非暴力)、簡素、知足(=足るを知る)、共生、利他、持続性それに多様性―の八つである。これらの理念、実践目標は仏教の根幹をなしている。
2)仏教経済学は新しい時代を切りひらく世直しのための経済思想であること 仏教の開祖・釈尊の教えを土台にすえて、21世紀という時代が求める多様な課題―地球環境問題から平和、経済社会のあり方、さらに一人ひとりの生き方まで―に応えることをめざしている。その切り口となるのが、仏教の重視するいのち・簡素・知足など八つのキーワードで、これらの視点は主流派の現代経済学には欠落している。だから仏教経済学は現代経済学の批判から出発しており、その現代経済学に取って代わる新しい経済思想である。
3)仏教経済学? それとも知足の経済学? もう一つの課題は、名称である。仏教経済学という名称は適切なのか? という疑問はいろんな人からいただいている。私は仏教経済学を「知足の経済学」とも呼んでいる。なぜなら仏教は知足(=足るを知ること)を重要な理念としているから。一方の現代経済学は「貪欲の経済学」と名づけることもできる。「もっともっと欲しい」という貪欲を前提にした経済思想だからである。
▽なぜいま「多様性」が求められているのか
さて従来の7つのキーワードになぜ「多様性」を新たに加えるのか。 理由の第一は仏教は地球上の生きとし生けるものすべての「いのち」や人間の生き方の多様性を重視してきた。釈尊の「対機説法」、つまり一人ひとりの個性、能力は多様に異なっており、それにふさわしい説法を試みたことからも多様性を重視していたことが推測できる。
第二に日米首脳会談後に発表された共同文書「新世紀の日米同盟」(06年6月29日発表)は、「自由、人権、民主主義、市場経済、法の支配、平和」を繰り返し、指摘しているが、「多様性」という文言はついに出てこない。これは従来の数ある日米共同声明でも同様である。なぜなのか。 多様性は、特に米国の覇権主義、単独行動主義とは相容れないからである。多様性を重視すれば、複数主義、多元主義の容認、つまり異質の思想、行動を認めざるをえなくなる。 ところが現実は日米首脳たちの独断的なスタイルの自由、人権、民主主義、平和などの押しつけとなっている。米国主導のイラク攻撃とその後の民主化などは、その具体例であるだろう。 だからこそ独断、押しつけを排して、真の自由、人権、民主主義、平和を実現するためには多様性をキーワードとして位置づける意義が今日きわめて大きくなった。ここに着目したい。
第三に「八つのキーワード」の八という数字は末広がりを示しており、豊かな未来性を感じさせる。現代経済学が滅びゆく過去の経済思想であるのに反し、仏教経済学はこれから大きく育っていく未来の経済思想であることを示す「八」といえる。
*安原和雄の仏教経済塾は
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