<A href="http://jijieigo.at.webry.info/200804/article_53.html" target="_blank">ブログ版</A>
ベネズエラにおける言論締めつけに関するopenDemocracyの記事Venezuela's media in a Bolivarian stormを読んでいて、結びのところで引っかかった。そこにはこう書かれていた。
“With many other areas of national life already subject to strict government control, journalists in Venezuela-local and foreign-are, understandably, waiting for the other shoe to drop.”
引っかかったのは“waiting for the other shoe to drop.”直訳すれば「国民生活の他の多くの分野が既に政府の厳しい統制下にあり、ベネズエラのジャーナリスト、地元の人も外国人も、もう片方の靴が落ちるのを待っている」である。
ランダムハウス英和大辞典にはdrop the other shoeで「(主に、芳しくないことの)仕上げをする。だめを押す」はあった。wait for the other shoe to dropは英辞郎にあった。「(起こるはずのことを)不安な気持ちで待つ」を意味するという。
Wikipedia にはThe phrase "waiting for the other shoe to drop" typically refers to anticipation of an event that is causally linked to an event that has already occured.とある。
変わった表現なのでネットで調べると、その起源は次のような話からきているらしい。
ある旅人が夜遅く宿に着いた。隣の部屋(下の部屋というバージョンもある)の客は眠りが浅いので静かにするようにと注意された。ベッドに入ろうと靴を片方脱いだ時、落として大きな音を立ててしまった。もう片方の靴は注意して、静かに脱いだ。ベッドに入ってしばらくすると、隣の男が壁をたたいて叫んだ。「いつになったら、もう片方の靴を脱ぐんだ。気になって、眠れないじゃないか(I can’t sleep, waiting for you to drop the other shoe!”)」
20世紀の初めころから使われている表現らしい。演芸場の寸劇からきている可能性もあるが、はっきりしたことは分からないという。
不安な気持ちで待つカラカス在住のPhil Gunsonは記事でこう述べている。
“The 1999 constitution, introduced by Chávez, protects freedom of expression; for instance, it specifically outlaws prior censorship. But a recent judicial order, banning certain types of press coverage of a sensitive political case, is just one sign that such guarantees are by no means watertight.”(チャベスによって導入された1999年の憲法は、表現の自由を守っている。例えば、事前検閲を明確に禁止している。しかし、微妙な政治的ケースについて一部の取材を禁じた最近の司法命令は、そのような保証が完璧なものではないことのほんのひとつのしるしである)
http://www.opendemocracy.net/democracy-protest/venezuela_media_3800.jsp
(と)
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