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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2006年10月13日14時50分掲載
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二極化社会を問う
「人さまの命」を第一にしない日航経営 進む下請け化と労働現場の荒廃 草野耕治
JALとJASが完全に一体化し、10月1日から新しい日航JALグループが動き出した。ここ何年も、次々と安全上の問題を起こしてきたJALは、問題を克服したのか。JALの元整備員として、現場をつぶさに経験してきた草野耕治氏に、安全をつかさどる職場で何が起きているのかを報告してもらった。そこから浮かび上がるのは、グローバル化のもとで進められる効率一辺倒の「安全対策」とそのしわ寄せをまともに受けている下請け労働者、その体制を支える労働組合分裂政策、の存在である。構造的ともいえるこれらの問題を解決しない限り、「空の安全」は取り戻せない。(大野和興)
「人さまの命」を第一にしない日航経営 進む下請け化と労働現場の荒廃 草野耕治(元日航整備員)
◆職制は、労務管理は一生懸命やるが、業務そのものを知らない
この10月1日、日航はJAL・JASを「完全」統合し、一社化となった。これを受けて去る10月5日、元日航社員を対象に、西松遙社長をはじめとする役員によって「安心とこだわりの品質で世界を結ぶ『日本の翼』になろう」と題する経営ビジョンの説明会が催された。
トップで説明に立った西松社長は、経営ビジョンの設定に関して冒頭で次のように発言している。
「昨今の不安定な環境下で質・量ともに追求するというのは、なかなか難しいテーマであろうということで、量のところを少し目標から落として、クオリティー(品質)向上に力を入れるというのが、直近の当社の進むべき道だろうと、そういう意味で『安心とこだわりの品質で』という標語を使わせていただいた」
この発言には、少々耳を疑った。これまで一貫して量的拡大路線を基調にした経営方針を追求してきた日航が、「クオリティー(品質)に軸足を置くことが当面のテーマ」だというのである。ほんとうですか? 参加者の一人である元乗員は、
「今の社長さんのお話を伺っていてですね。現役と話してみると『どうしようもないよ』と言っているのが多いんですよ。それなのに、機材を換えればいいと言っているだけで、一番肝心な働く人たちがどうしているのか、全く出てこないじゃないですか。……またまた事故が起こる可能性があるんじゃないですか。たまたま今は事故が起きていないことかもしれないんですよ」
と声高に詰め寄った。それは、この説明会の話の中心が、1485億円の増資に関する問題と、その増資によって、中小型機を5年間で86機購入するとともに、現有の大型機69機をリタイアさせ、大型機の比率を68%から38%にするということだったためであろう。
また、整備関係に関する説明では、安全推進本部を新たに設置する。整備員に関しては、安全啓発教育により、基本手順の遵守とマニュアルを守ることを再教育する。そのために、マニュアルの見直し、現場で分かり易いマニュアルにするということであった。
この点に関しても、同席の元整備員から次のような指摘がなされた。
日航は問題が起こると、組織・マニュアルを作るのが実にうまい。だが、作ってもそれを見る者がいない。組織も機能しない。ただ作るだけである。それは、当事者が逃げに回り、何をやるのか、何を確認するのか分からない者がいるからである。さらに、職制は、労務管理は一生懸命やるが、業務そのものを知らない。
この手厳しい指摘に、整備担当執行役員は、苦笑いを浮かべて「中間管理職が弱かった」との苦しい答弁であった。
◆人心荒廃の元凶は「分裂労務政策」
日航は、昨年来から一連のインシデントやトラブル続きであったが、それらを誘発する要因は様々にある。前記の元乗員が「どうしようもない」と発言したとおり、日航内の人心の荒廃は計り知れないほど深刻な状況にある。この状況の元凶は、1965年来の「組合分裂政策」こそが、今日の危機的な疲弊状況を生み出した根源的なものである。この「分裂労務政策」は、人々の絆を徹底的に分断し、差別し、対立と不信を醸成し、自己保身に汲々とする小心集団を作り出してきた。
集団の上から下まで蔓延しているこの自己保身こそが、「事なかれ主義」と「無責任体質」という企業風土である。これが日航の体内で蝕んでいる「病原」である。
軸足となる品質は、いうまでもなく運航機材品質である。それを直接担うのが運航乗務員であり、地上の整備員である。とりわけ問題なのは、安全運航を背負う運航・整備という企業存立の要となるその現場の隅々にまでこの病原が浸食していることである。この両者には互いの信頼感に基づいた共同・連携作業が不可欠である。にもかかわらず、その現場に信頼感・連帯感を喪失させる「分裂労務政策」が、幾たびもの航空事故に際して社会的批判を受けながらも、40年の永きにわたり経営方針として継承されてきたのである。
前述の元整備員が、いみじくも「職制は、労務管理は一生懸命やるが、業務そのものを知らない」と喝破した通り、「人さまの命」を預かる仕事よりも、「分裂労務政策」を優先させるという本末転倒した実態こそ、日航内の人心の荒廃とトラブル多発の主因となっているのである。
◆グローバリゼーションに直撃される下請け社員
さらに、整備部門の実情は、もはや本体整備員だけでは定例整備をこなせず、定例の機体重整備の半数近くを海外に外注し、なおかつ、国内でもはるかに低品質(未だ未熟練者が多数)の下請け関連会社に委託を重ね、自社整備の解体(2004年度の機体自社整備比率は24%・国交省資料より)に突き進んでいることである。なお、この問題は、「規制緩和」と称して安全のタガを緩めた国交省にも責任がある。
日航には、子会社が275社、関連会社が99社ある。その内、機体・エンジン・装備関係の整備をする国内の子会社は9社である。
これらの会社の従業員は、グローバリゼーションの流れをもろに受けて、長時間・低賃金労働を強いられている。本工から出向した整備員は、自分の労働条件を決して彼らに話してはならないと口止めされている。それは、整備の作業指示書は、本工も下請けも全く同一のものを使っている。労働作業は全く同一でありながら、それぞれの雇用身分が異なるというだけで、賃金・諸手当・休暇・福利厚生等々のさまざまな労働条件の高低差がかなりのものだからである。航空連(航空労組連絡会)が2003年に調査した別表の基本賃金比較表(B/Uはされていない)に見るように、羽田で日航の機体整備を請け負っているJALTAM(JAL航空機整備東京)の賃金は、他の三社よりかなりの低賃金であり、さらに年齢がかさめばかさむほど格差がどんどん広がるのである。
【表・整備員の基本賃金比較】(本工と下請け) <table border="1"><tr><td>本工と下請け</td><td>22歳</td><td>25歳</td><td>30歳</td><td>35歳</td></tr><tr><td>JAL</td><td>184,612円</td><td>210,807円</td><td>261,837円</td><td>323,102円</td></tr><tr><td>JALTAM(下請け)</td><td>152,970円</td><td>172,691円</td><td>205,560円</td><td>239,065円</td></tr><tr><td>JAS</td><td>190,890円</td><td>223,840円</td><td>274,420円</td><td>348,710円</td></tr><tr><td>日東整(下請け)</td><td>183,360円</td><td>206,050円</td><td>244,180円</td><td>284,710円</td></tr></table> <table border="1"><tr><td>本工と下請け</td><td>40歳</td><td>45歳</td><td>50歳</td></tr><tr><td>JAL</td><td>387,148円</td><td>452,725円</td><td>523,029円</td></tr><tr><td>JALTAM(下請け)</td><td>282,569円</td><td>287,626円</td><td>298,071円</td></tr><tr><td>JAS</td><td>412,310円</td><td>471,620円</td><td>528,550円</td></tr><tr><td>JALTAM(下請け)</td><td>327,760円</td><td>368,430円</td><td>402,680円</td></tr></table>
この格差に不満を抱かない下請け社員は皆無であろう。当然のごとく、両者の間には感情的しこりを拭えず、目に見えぬ垣根が作られ、技術的な伝承の妨げになっているという。
また、この格差の歪みは、整備現場で、その機体の電気配線が人為的に切断されるという事件まで惹起されているのである。この事件を聞いたときには「まさか!」と信じがたい驚きを覚えている。個人的経験に照らしても、会社・職制によりどんなに理不尽極まりない事がなされても、その怒りを職制に向け、満身の抗議を叩きつけることがあっても、「人さまの命」にかかわる飛行機に傷を付けるようなことは決してなかった。その労働者としての節度さえ、もはや失われてしまっているのである。
このような無節操がはびこる中で、下請け社員の「行列」ができていると聞く。それは依願退職者が続出し、順番待ちだというのである。整備従事者の国家資格を取得すると、我慢も限界となり辞めていくのである。
最近聞いたところによると、会社側は低賃金労働や格差に対する労働者の不満の高まりを抑止しきれず、賃上げ等の労働条件の改善を余儀なくされているとの話である。
ちなみに、冒頭の説明会の話の中で、空港のカウンター業務部門でも、退職者が引きも切らず続き、「採用・教育・退職」の繰り返しで、低賃金労働による委託化の弊害が出ていることを吐露している。そのために、これまでのCS(Customer Satisfaction:顧客満足)からES(Employee Satisfaction:従業員満足)へ移し、社員の満足が軸になるようにしていくという。新規航空会社や外国航空会社にとっては、経験社員が向こうから来てくれるという、笑いの止まらない話である。
☆ ☆ ☆ JAL・JAS一社化のいま、社内で最も問題となっているのが、JAL化による労働条件の低下とJAS乗員の機長管理職化(組合を脱退させる)、JAS客室乗務員組合への分裂工作(JALFIO化・JALの第2組合)である。10月1日には、JAS乗組がストを構えて西松体制に迫ったことは報道のとおりである。こうした中で、JAL・JASの両客室乗務員組合が統一を宣言(9月28日付で組合員2,000名)したという朗報もある。
いま日航の危機的な人心荒廃を打開するには、何よりもまず「分裂労務政策」を直ちに撤廃することである。さらには、委託・下請け社員を本体正社員として雇用し、本体社員と同一条件にすることである。整備部門では下請け整備を解体し、本体の自社整備体制を再建することしかない。これこそが、「人さまの命」を預かる企業の責任であり、信頼回復の道である。
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