「戦後レジーム(体制)からの脱却」を旗印とする安倍晋三首相は平和憲法9条(=戦力不保持、交戦権否認)を改悪して日本を「戦争する国」に仕立て直す考えに執着している。憲法改悪のための国民投票法は2007年5月14日の参院本会議で民主、共産、社民、国民新の野党4党が反対したが、自民、公明の賛成多数で可決、成立した。いよいよ改憲に向けて動き出すことになるが、このような安倍政権の平和から戦争へ―という基本路線の旋回の背景に日米安保=軍事同盟が存在していることを見逃してはならない。(安原和雄)
この日米安保=軍事同盟体制は「平和のため」、「日本を守るため」と思いこんでいる人もいるが、本当にそうだろうか。「日米安保条約は時代遅れ」と断ずるアメリカ人の著作を手がかりに考えたい。これは日米安保体制に対するアメリカ国内からの内部告発ともいえるだろう。
著作は、チャルマーズ・ジョンソン著/屋代通子訳『帝国アメリカと日本 武力依存の構造』(集英社新書、2004年7月刊)。原文は「When Might Makes Wrong」など米国のイラク攻撃後に書かれた論文集。 著者は1931年生まれ、国際政治学者。カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授、米国日本政策研究所所長で、東アジアの専門家としても知られている。本書は発刊後3年近く経っているが、今こそ手に取ってみるに値する作品だと考える。私(安原)のコメントつきで要点を紹介したい。
▽「力こそ正義」のアメリカに追随する日本
・米軍はいいかげん「家に」帰るべき時 ソ連が消滅し、中国は商業戦略による経済発展に力を注いでいるとあっては、世界各地に駐留するアメリカ軍は、冷戦の終結とともに縮小されていて当然であった。米軍は東アジアに長居をしすぎている。いいかげん「家に」帰るべき時なのだ。 アメリカの軍事力にいくら頼っても世界平和が実現するわけはなく、国際協調と外交によってのみ、それは達成されるのだ。イラク問題では日本が中立を保とうとせず、「力こそ正義」というアメリカの政策に同調したのは憂うべきことだ。しかも日本は、自国の憲法を侵してまでアメリカに追随した。これでは法による統治に重きを置かない国とみなされても仕方がない。
・時代遅れの日米安保条約 日米安保条約はいまや冷戦時代の遺物だ。(中略)日本のかつての植民地であった朝鮮半島、あるいは中国本土に対して米軍が攻撃を仕掛けようとするとき、日本国内の軍事施設を利用できるなどと本気で信じ込むことができるのは、20世紀の東アジアの歴史に無知なワシントンの似非(えせ)戦略家くらいなものだろう。 (中略)2000年6月のピョンヤン首脳会談(朝鮮半島の南北首脳会談)から始まった朝鮮半島の緊張緩和にともない、日米安保条約に基づく安全保障政策はまったく時代遅れになってしまったが、アメリカと日本はいまだにそこにしがみついている。一つには覇権主義の、また一つには従属関係のせいだ。
・日本は東アジアにおけるアメリカの第一衛星国 東アジアの冷戦は、ソ連の消滅とともには終わらなかった。むしろアメリカは、古くさい冷戦構造を支えるべく日本と韓国をそのまま忠実で従属的な衛星国の地位に置きつづけた。つまりアメリカが長年東アジアに軍隊を配備しているのは、新しい形の帝国主義の一環である。旧ソ連が東ヨーロッパでヘゲモニーを握りつづけたように、アメリカは東アジアの国々に対する覇権を是が非でも保ちつづけようとしているのだ。 日本は東アジアにおけるアメリカの第一衛星国であり、朝鮮半島やフィリピン、台湾海峡など東アジア各地に軍事作戦に繰り出すときの前哨基地として、思うがままに利用できる聖域だ。朝鮮戦争でも、ベトナム戦争でもアメリカは日本をそのように使ってきた。
〈コメント〉有害無益な日米安保体制 本書を読むと、アメリカ人の思考様式も親ブッシュ的思考から反ブッシュ的思考に至るまで多様であることが分かる。「日本はアメリカの従属的衛星国に成り下がっている」というのが本書の基本認識となっている。何のためにか。 それは日米安保体制を背景に、アメリカが覇権主義を行使するために軍事作戦の前哨基地として日本列島を思うがままに利用するためである。これでは日米安保体制は日本の安全、平和のために戦争を防ぐのではなく、アメリカ主導の戦争のため以外の何ものでもないということになる。戦争を仕掛け、相手を攻撃するための装置である日米安保体制は、もはや有害無益の存在といえるだろう。
▽被害妄想をたきつけるための脅威論―軍産複合体の存在
・いわゆるテロとの戦いと先制攻撃 2001年後半に、いわゆるテロとの戦いの時代がやってきて、アメリカはようやくソ連に代わる口実を見つけた。もう「不安定状態」などという曖昧模糊(あいまいもこ)としたものから東アジアを守るために軍隊を置いている振りをする必要がなくなった。 いまや米国大統領は東アジアであれ世界のどこであれ、アメリカがそこにいるのは、テロリストのネットワークを叩きつぶすためであり、さらに大量破壊兵器を製造しようとする国はどこであろうと先制攻撃をする、そのためであると堂々と言っている。たとえ同じ兵器をアメリカが先に使うのを抑制するための配備であるのが明らかな場合であっても、斟酌(しんしゃく)されないのだ。 「テロリズム」の脅威は、大半がでっち上げで、半永久的に臨戦態勢をとるのをアメリカ国民に納得してもらうために、ブッシュ大統領とその取り巻きが見出した最新版「赤の脅威」だ。
・軍産複合体などの自己利益追求の策略 米国に対する「9.11テロ」(2001年)のあと、アメリカは2度、先制攻撃による戦争(アフガニスタンとイラクへの攻撃)を起こした。これはテロの脅威にことよせてアメリカの外交政策を牛耳り、自分たちだけの利益を追求しようとする一部勢力お得意の策略だった。 この勢力には軍産複合体や職業軍人たち、イスラエルの政党クリードと親密な関係にある助言者と支持者、そしてアメリカ帝国を作り上げたい熱狂的な新保守主義者、いわゆるネオコンが含まれる。ワシントンの右派系財団やシンクタンクに集まるネオコンたちは、いわば「チキンホーク(軍隊や戦地での実戦経験のない軍事戦略家)」の戦争愛好者で、「9.11」以降の浮き足立った国民感情を利用し、ブッシュ政権を(中略)戦争ごっこに駆り立てていった。
アメリカの軍産複合体は、冷戦を支え長引かせたのと同じ国民的な被害妄想をたきつけるために、「テロリズム」だの「ならず者国家」などといった抽象的な概念をことさらに脅威として言い立てている。
〈コメント〉「テロリズムの脅威」の発信元は軍産複合体 軍部と兵器関連産業との融合体である軍産複合体がアメリカ社会の自由と民主主義にとって重大な脅威となっていることに警告を発したのは、アイゼンハワー米大統領が1961年ホワイトハウスを去る際に全米国民向けに行った告別演説であった。 それから40数年経過した今日、軍産複合体は「軍産官学情報複合体」へと多様なメンバーを抱えて肥大化し、自己生存のために敵や脅威を仕立て上げ、それを世界に向かって発信していく装置にさえなっている。それが誇張された「テロリズムの脅威」である。脅威としての「敵」が消えてなくなれば、軍産複合体自体もその存在理由を失うから、常に脅威をかき立て、敵をつくる必要がある。日米軍事同盟にもそういう側面があることを見逃すべきではない。
▽弾道ミサイル防衛システムの脅威
ブッシュ政権は戦争の恐怖を駆り立てるために「ならず者国家」に対して「弾道ミサイルによる防衛」で国を守らなければならない、と米国国民と他国に信じ込ませようとするプロパガンダを行ってきた。「ならず者国家」とは、経済力では取るに足らないイラン、イラク、リビアそして北朝鮮という4つの小国を暗に指す用語だ。 中国は弾道ミサイル防衛システム(BMD)が本当は自国のささやかな核抑止力を無に帰することを狙っているのでは、と考えてこれに反対している。ロシアは、この構想が1972年に調印した弾道弾迎撃ミサイル制限条約と相容れないとしてはねつけている。米国の同盟諸国(NATO=北大西洋条約機構)はBMDがミサイル増強競争を誘発するのではないかと懸念して、双手をあげて同調しようとはしない。
こうした反対にもかかわらず、ブッシュ政権は有効性も証明されていない、非常に不安定なシステムを断固として推し進めようとしており、「9.11テロ」以降の愛国心の高揚の中で議会はペンタゴンに要請されたあらゆる予算措置にゴーサインを出してしまう。 ブッシュ政権はBMDを推進するにあたって、あらゆる手段を講じてシステムの不具合や危険性に関する公式の情報を隠そうとした。
〈コメント〉弾道ミサイル防衛に日本も本格化 日本も2007年度当初から弾道ミサイル防衛システムを日米軍事一体化の下で導入する段階を迎えている。しかも06年夏以来の北朝鮮のミサイル発射実験、核実験をきっかけに前倒しの導入が進みつつある。 導入に必要なコストは総額1兆円を超えるといわれ、巨大な資源と税金の浪費になる恐れが強いだけではない。日本国憲法が禁じている集団的自衛権の行使(米国が攻撃される場合、日米安保=軍事同盟の一員、日本が攻撃されなくとも、日本の軍事力行使によって阻止すること)につながるという重大な問題を提起する。なぜなら米国を狙った弾道弾が日本上空を通過すれば、日本が直接攻撃されたわけでもないのに、日本が弾道弾を迎撃することを目指そうとしているからである。 久間章生防衛相は5月17日の参院外交防衛委員会で、弾道ミサイルが発射された直後に迎撃する航空機搭載レーザー(ABL)について「技術的研究はやぶさかではない」と前向きな考えを示した。(『毎日新聞』07年5月18日付)
▽アメリカはソ連崩壊に学ばないのか?
・ソ連の崩壊とアメリカ単独の覇権 ソ連が崩壊したのは、イデオロギーによって経済機構が硬直化したこと、帝国主義を拡大させすぎたこと、さらに改革する力がなかったことが原因だった。 第二次大戦後の40年間、「ソ連の脅威」がアメリカにとって世界中で共産主義を撲滅する工作の多面的な展開を正当化する格好の口実になっていた。冷戦が終結し、アメリカ帝国を広げていく根拠が消えてしまったとき、アメリカは軍隊を引き揚げるどころか、同盟を強固にし、世界中に展開する軍事基地を強化した。(中略)国外での警察活動を要するような新たな脅威となる情勢を見つけ出そうとしてきた。北朝鮮に極端に挑発的な姿勢をとったり、「9.11テロ」のあと、大統領名でテロに対して宣戦布告をするという装いで、世界全体に対してアメリカ単独の覇権を主張するようになったのも、すべてその延長だ。
・帝国主義の過剰な拡大の危険、そして現代版ローマ帝国 アメリカは対テロ戦争を宣言したことで、帝国主義の過剰な拡大に大きく弾みをつけてしまった。危険なのは、アメリカが無意識のうちに、ソ連の轍を踏むことだ。冷戦の「勝ち誇り」に囚われていると、間違いなくその道へと突き進むだろう。 アメリカはいまや現代版ローマ帝国は自分だという考えに有頂天で、「たとえ同盟国を怒らせることになろうとも」単独で行動すると決意しているのである。
〈コメント〉アメリカ帝国もソ連崩壊の後追いか 帝国主義の過剰な拡大が危険そのものの道であることはソ連崩壊によって証明済みである。ところがアメリカは冷戦の「勝ち誇り」と対テロ戦争による覇権の追求によって、その道を猪突猛進している。しかもブッシュ大統領が「アメリカは現代版ローマ帝国」という自己陶酔に陥っているとすれば、もはや「付ける薬はない」といえるだろう。 もっともローマ帝国も結局は滅びたのである。ニクソン大統領は1971年、「古代ローマが滅びたように現代アメリカもその過程に入りつつある」と洞察に満ちた演説をした後、敵対関係にあった中国を訪ね、歴史的な米中和解に踏み切り、世界をアッと驚かせた。ブッシュ氏もニクソン氏と同じ共和党の大統領ではあるが、器量の質的違いというほかない。
▽日本は米国との時代錯誤の関係を見直して、平和を
・日本は軍事拡張主義とは一線を画す外交政策を アメリカはこの先何十年も、あさはかで拙速な軍事行動のつけの支払いを味わわされつづけることだろう。イラク戦争による、思いもかけなかった悪影響があちこちに出てきている。 アメリカは世界に手を伸ばしすぎている。日本は米国との時代錯誤の関係を見直して、アメリカの軍事拡張主義とは一線を画す外交政策によって平和を生み出す努力が必要である。
・日本は東アジアの「不沈空母」でありつづけるか? 控えめに言ってもアメリカはもはや日本が東アジアの「不沈空母」でありつづけるのを当てにできそうもない。日本の政治体制が刷新された暁には、人々の心にくすぶるアメリカへの反感が表に出て、東アジアにおけるアメリカの地位も揺らぎはじめるだろう。あたかもベルリンの壁が崩壊したときのソ連のように。
・アメリカと東アジアとの協定の変更を! アメリカはアメリカ軍を無期限に駐留させることなく、国家対国家の対等な同盟関係に転換していく必要がある。米軍を前進配備することは、それ自体紛争を誘発しかねず、東アジアの大きな不安定要因になっているからだ。 東アジアの衛星諸国は早晩反旗をひるがえすだろう。東ヨーロッパのソ連衛星国が示してみせたように。そうなってはもう手遅れだ。西太平洋地域におけるアメリカ軍の存在によって得てきた何もかもが失われてしまっているだろう。
〈コメント〉アメリカ人・愛国者として、日本への忠告 本書の著者のような人物こそ真の愛国者ではないだろうか。アメリカが軍事拡張主義の道を突っ走ることによって衰退へと進むことを黙視できないという誠実さを感じる。 愛国者面をして、国が破綻していくのを後押しするような輩 ― 最近日本ではこの種の自称・愛国者が急速に増えつつあるような印象がある ― は、真の愛国者とはほど遠い。 覇権のためのミサイルも星条旗も早々と収めて、海外から軍事基地を含めて撤退し、「普通の国」になればいいのである。そのためには米国民がその意志としてブッシュ政権の先制攻撃論に待ったをかけ、その上、広く根を張っている軍産複合体をどう解体するかという難事業が待ちかまえている。
「米国との時代錯誤の関係を見直せ」、「軍事拡張主義とは一線を画す外交政策を」という指摘は、日本の針路に対する友人としての適切にして有り難い忠告と受け止めたい。 これを実現するには日米安保=軍事同盟体制を日本国民の意志としてどう解体し、破棄して、日米友好条約に衣替えするかという歴史的課題が控えている。
▽平和憲法体制と矛盾する日米安保体制
ここで現行日米安保条約(正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」、1960年6月23日発効)の主要な条文(全部で10条)とその主旨を概略説明したい。
・第2条(経済的協力の促進)=両国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また両国間の経済的協力を促進する。 ・第3条(自衛力の維持発展)=武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる。 ・第5条(共同防衛)=共通の危険に対処するように行動する。 ・第6条(基地の許与)=日本国の安全、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、陸空海軍が日本国の施設、区域を使用することを許される。 ・第10条(有効期限)=この条約が10年間存続した後は、いずれかが相手国に条約終了の意思を通告することができ、その場合、この条約は通告後1年で終了する。
以上の条文からも分かるように第2条は日米経済同盟としての日米安保体制であることをうたっている。米国側の自由市場原理主義的な民営化、自由化などの対日経済的要求に日本が簡単に屈服する印象を与えている理由は、この第2条にある。 一方、第3、5、6条は軍事同盟としての日米安保体制であることを明記している。特に第3条(自衛力の維持発展)は日本国憲法の第9条理念(戦力不保持と交戦権否認)と真っ向から対立し、矛盾しているが、「必要最小限度の自衛力は憲法違反ではない」という解釈改憲によって9条理念を事実上空洞化させ、安保体制にすり寄る形でつじつまを合わせてきた。
さらに第6条から分かるように「日本と極東における平和と安全の維持」が当初の日米安保の適用範囲とされていたが、ここ数年来その範囲が「アジアと世界の平和と安全」に広がり、07年4月末の日米首脳会談でも「世界とアジアのための日米同盟」を改めて確認した。米国側の意向に沿う形で適用範囲を地球規模に広げてきたわけで、軍事同盟としての日米安保体制は海外での戦争を念頭に置いた危険な方向に大きく変質している。
このような日米安保体制の変質ぶりを念頭に置いて、憲法9条を骨抜きにする改憲への動きが何を意味するかを考えると、それは地球規模で日米の軍事一体化の下に「戦争する国・日本」への仕上げを意味していることは明らかである。そういう日米安保体制を是認するのか、それとも拒否するのか―問われているのはこの一点に集約できる。
第10条(有効期限)は、条約発効10年後の1970年以降にはいつでも主権者である国民の意志によって日米安保条約を破棄できることを明記している。憲法9条の理念を守り、生かすためには、この第10条を活用して主権者としての意志を明らかにするときである。
*「安原和雄の仏教経済塾」より転載
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