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2007年05月21日14時28分掲載
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スハルト批判の動き風化 ジャカルタ暴動から9年のインドネシア
【じゃかるた新聞特約21日】1998年5月21日朝、スハルト元大統領が退陣を発表し、32年の独裁政治に終止符を打ったインドネシア政変の日から21日でちょうど9年。昨年ユドヨノ大統領が、スハルト一家の不正蓄財裁判の打ち切りを宣言したため、国民の怒りに満ちたスハルト体制批判と燃えるような改革機運はすっかり影を潜めた。ジャカルタでは20日、「民族覚醒の日」を記念する若者ら数人が旧ホテル・インドネシア前で民族主義者の写真を掲示するパフォーマンスをし「公平な社会」を訴えたが、反政府デモの動きはなかった。
じゃかるた新聞のニュース・ファイルの中から、当時の日本の読売新聞の号外が見つかった。「スハルト大統領辞任」の巨大な文字に続いて「学生デモ、経済危機受け、独裁体制に幕」と大見出しが踊っている。裏には「スハルト氏の栄光と挫折」の写真集。
また在留邦人向けの「外務省海外危険情報」のファイルも見つかった。それによると5月20日の「民族覚醒の日」に向け、アジア航空、日本航空、全日空がジャンボ機の臨時便をスカルノハッタ空港に飛ばした。外務省の国外退避勧告を受け、日本大使館はジャカルタ市内の主要なホテルに集合するよう呼び掛けている。
「ジャカルタは暴徒化した民衆による放火、投石、商店略奪が発生し混乱状態となりました。20日の民族覚醒の日に向け、緊張が高まるので退避勧告を発出します」と記録されている。これを受け、在留邦人のうち約1万人が、東京、名古屋、大阪のほか、シンガポール、バリ島などへ脱出した。
■幸い邦人は無事だった
東京放送のジャカルタ駐在代表でもある石居日出雄さん(ジャパン・クラブ個人部会顧問、日本食レストラン「蘭」経営)は、当時の取材を想起し、20日夜、「インドネシア独立後の歴史で、スカルノ政権が事実上崩壊した1965年の9・30事件や田中首相訪問の際の反日暴動に続く大事件だった。
当時、タムリン通りのホテル・サリ・パン・パシフィックの屋上階の取材本部を拠点に、市内各地と空港を取材したが、戦車や装甲車に阻まれ、車での移動は困難だった。華人街コタを中心に燃え上がる黒煙を見て震え上がる邦人たちのことを心配した。幸い邦人は大きな事故に巻き込まれなかったが、危機管理を一歩誤ると大変なことになる恐れが十分にあった。オランダ占領末期から日本軍政期、戦後も含め、今日まで半世紀以上もインドネシアに住んでいるが、5月暴動ほど大規模な危機はなかったと思う」と語った。
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