「悪いが、あんたの子どもを撃っちまった。ホラ、500ドル」。かつて聞いた話ですが、世界ブランドのスポーツシューズ・メーカーがインドネシアに構える工場の全女性工員の給金“年間総額”は、バスケットボールの“一”スター選手に支払った広告出演契約金に満たないそうです。本稿で、エンゲルハート氏は、ブッシュ大統領がアフガニスタンとイラクで推進する対テロ戦争の巻き添え死亡者の弔慰金をニューヨークでの9・11事件犠牲者の補償金と比較し、想像を絶する現代世界の差別構造の一側面を明るみに出します。(TUP速報)
凡例:(原注)〔括弧内原注〕[訳注]《リンク》
トムグラム: 格差は200万ドル近く 抗マスメディア毒・常備薬サイト「トムディスパッチ・コム」 2007年5月13日
虐殺の代償はなにで決まるのか? 米国政府による人命の評価額は、ニューヨークとアフガニスタンで天地の開き ――トム・エンゲルハート
人間の命には、どんな価値があるのだろうか?
たいてい、私たちはこれを心情――思い出、悲嘆、愛、切望、ありとあらゆること――の問題だと考える。つまり、あまりにも深遠、あまりにも大切な存在なので、値段を付けるわけにはいかない。では、改めて聞く。この世に、ほんとうに値段のないものなんてあるのだろうか?
生命保険に加入したことがある人なら、ご存知のように、私たち人間は、命に――そして、死に――値段を付けることが確かにできる。ヴィヴィアナ・ゼリザーの本『金で買えない子どもの値付け』は、児童労働法規以前のあの時代、1870年代に米国で労働者階級相手の小児保険ビジネスが始まり、当時の貧困家庭にとって、子どもは実効価値のある存在だったので、大当たりしたと教えてくれる。たとえば、一歳児の場合でも、週払いで小銭を何枚か、総額10ドルの掛け金で、いつの日か家計の足しになる将来の所得能力を失うような事態に備えることができた。
裁判所が仲に入って、家族にとって所得のある子どもの実質評価額はいくらになるかを鑑定した。当時、貧しい街の子どもたちは、「またか」というように馬車とか路面電車や列車に轢かれ、あぜんとするほど数多く死んでいた。このような事態をニューヨーク・タイムズは1893年の社説で「児童虐殺」と書き、陪審員たちもそれに準じて対応した。同年のこと、ほんの7歳だったエティ・プレスマンが、9歳の姉とニューヨークのラドロー通りを横断中に馬車に巻き込まれて死亡している。そのさい、裁判所は父親が受け取るべき「娘の勤労および所得」補償金を1000ドルと認定した。(父親の証言はこうだった――「そのとおりです。私どもは、私の稼ぎと子どもたちの稼ぎを合わせてやっていけたのです。子どもたちの稼ぎが週3ドルになりましたので」)
最近、これを思い出したのは、別種の「児童虐殺」――この場合は、3月はじめ、アフガニスタンのジャララバード近くで米軍海兵隊が狂乱のうちに繰り広げた殺人行為を伝えるニューヨーク・タイムズ記事のおかげだった。おっと失礼、ペンタゴン用語では「過剰な武力行使」となるはず。精鋭の海兵特殊作戦部隊に属する一小隊のハンヴィー[高機動性多目的装輪車両]車列が、ミニバン自爆攻撃の待ち伏せに遭って、隊員1名が負傷した。初報《*》では、「逆上した車両集団が脱出するさい、10人もが殺され、34人が傷害を受けた。怪我をしたアフガン人たちは、米兵たちが逃走中に民間車両や歩行者を撃ったと話した」と伝えられた。アメリカ側は、間髪をいれず、被害の一部は「過激分子の発砲」によるものだと抗弁した。(「アフガニスタン駐留米軍の主任報道官、デイヴィッド・アチェッタ中佐は、脱出のさい、複数の箇所で武装集団が米軍を銃撃したのかもしれないと述べた」)
http://www.msnbc.msn.com/id/17446441/
後ほど、海兵隊員たちが「過剰な武力」《*》を著しく過剰に振るい、また待ち伏せ攻撃が終わってからも延々とそれを続け、10マイルにわたる道路沿いのあちこちに少なくとも6か所におよぶ殺傷沙汰の発砲現場を残したことが認定された。(ワシントン・ポストが入手した)米軍調査報告の草案によれば、標的になったのは、歩行中または車中の「純然たる民間人」であり、「いかなる類の挑発的または脅迫的行為にも」及んでいないアフガン人だった。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/04/13/AR2007041302171_pf.html
報道によれば、そのさい、海兵隊は「4歳の女児と1歳の男児、3人の年配住民を含めて12人」を殺害し、34人に傷を負わせた。ニューヨーク・タイムズのカーロッタ・ゴール《1》の記事によれば、「16歳の新婚女性は、自宅農家に草の束を運んでいるときに撃ち倒された……75歳の男性は、自分の店に向かう途中に撃ちこまれた弾丸の数があまりにも多く、彼の息子が現場に来たとき、遺体の身元確認ができないほどだった」。(その時の米兵たちは、たまたま現場に遭遇したAP通信社のアフガン人カメラマンからカメラを取り上げ《2》、「銃撃により殺害された四輪駆動車内のアフガン人の3遺体」を撮影したものなどの写真を「消去」した)
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2007/04/15/MNGVLP8BM51.DTL 《1》
http://www.usatoday.com/news/world/2007-03-04-afghanistan-attack_N.htm 《2》
ニューヨーク・タイムズ《*》のデイヴィッド・S・クラウドによれば、先日の火曜日[5月8日]、アフガニスタンでの盛んな抗議のあと、旅団司令官のジョン・ニコルソン大佐が、海兵隊に殺された(現時点で)19名のアフガン人の遺族たち、および負傷させられた50名に面会した。大佐は、「今日、私は、アメリカ人がアフガンの罪のない人びとを殺し、負傷させたことを深く、深く恥じ、はなはだ遺憾に思いつつ、あなたがたの前に立ちます」と公式に謝罪した。そのうえで彼は、死者1名につき約2000ドルを遺族に支払った。軍はこれを「弔慰金」と呼んでいるが、イラクでも、不当と判断された死亡事例に対し、同じような性格の金を支給している。
http://www.nytimes.com/2007/05/09/world/asia/09afghan.html?ex=1336363200&en=89414e75b3252176&ei=5090&partner=rssuserland&emc=rss
最近、ACLU[米国自由人権協会]は、情報公開法にもとづく情報開示請求によって、イラク人とアフガン人が提出した損害賠償金請求(および、それに対する支給拒否を含む軍の決定)の一部を明るみに出した。これは不快な読み物である。エディター&パブリッシャー《*》のグレグ・ミッチェルは次のように記す――「本のカバンを爆弾入れと勘違いされ、わが国の兵士に撃たれた9歳の男の子の命に、(代償を支払うとして)われわれはどのような値段を付けるのだろう? 500ドルなんて、信じられるだろうか? わが軍がイラク人ジャーナリストを橋の上で銃撃したさい、わが国は未亡人に2500ドルを支払った――だが、彼女のつつましい要求額、5000ドルではなかったのは、なぜか?」。
http://www.editorandpublisher.com/eandp/columns/pressingissues_display.jsp?vnu_content_id=1003571125
イラクでの支給額は、2005年ごろには、不当な死一件につき、すでに平均約2500ドルになっていたようだ。この額《1》は、たとえばハディーサ《2》で、やはりハンヴィー車列が攻撃を受け、海兵隊員1名が負傷したあとの海兵隊の暴走のさなか、罪のないイラク人24名が虐殺され、その遺族が受け取ったものだった。(「彼らは小さな赤ん坊から成人男女までさまざまだった」と、事件を目撃した海兵隊員、ライアン・ブリオンズは語った。「ぼくの頭からあれを振り払えることは決してないだろう。ぼくはいまだに血の臭いを嗅ぐことができる」)
http://www.boston.com/news/nation/washington/articles/2006/06/08/condolence_payments_to_iraqis_soar?mode=PF 《1》
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?pid=88850 《2》
この習いはジョージ・ブッシュの戦争で新たに始まったのではない。ヴェトナム戦争のさい、アメリカの宣撫工作の一環として、米国の担当官たちは米軍による不当な死に対する「見舞金」と呼ばれるものを支給していた。当時、米国はヴェトナムの成人を約35米ドルと評価していた。ちなみに、児童の命は15ドルほどの値打ちだった。
16歳のアフガン人女性が自宅農家に草束を運んでいたさいに虐殺され、その命の米ドル評価額を厳密に定めたのは誰なのか、あるいは、どのような算定式によって、その決定がなされたのか、私たちは知らない。虐殺された罪のないアメリカ人たちの命の価値を米国政府が定めた方法については、私たちはもっと詳しく知っている。だが、それを知るためには、2001年9月11日攻撃の傷跡を振り返らなければならない。攻撃の13日後にブッシュ大統領の署名により発効した連邦議会法にもとづき、9月11日犠牲者補償基金が創設され、同基金のケネス・フェインバーグ特別管理人が、33か月をかけて罪のないアメリカ人の命の評価額を慎重な公的立場から算定したおかげで、あの日に殺された愛しい人たちの遺族や配偶者たちは金銭的評価額――平均180万ドル――を米国政府から支給された。(世界貿易センターで就労中の少数の不法移民《3》のためにも、もっと多くいた勤務中の外国人と同じように支払われた) しかし、エティ・プレスマンの時代と同様、この場合でも、犠牲者の推定逸失生涯所得にもとづき、議会の委託により算定された人命の金銭的価値は大きくバラついていた。
http://en.wikipedia.org/wiki/September_11th_Victim_Compensation_Fund 《1》
http://www.cbsnews.com/stories/2004/01/16/national/main593715.shtml 《2》
http://www.nytimes.com/2006/09/03/nyregion/03families.html?ex=1314936000&en=83bf1bce4575607d&ei=5088&partner=rssnyt&emc=rss&pagewanted=print 《3》
イラクでは、支払いが比較的に低額であるにもかかわらず、不当な死や、米兵たちに責任のある負傷と巻き添えの物的損害に対する公的支給の総額は、2005年末までに2000万ドルに達していた。エディター&パブリッシャーのミッチェルによれば、この金額は現時点で少なくとも3200万ドルに達し――しかも同じような性格の金が「部隊長の裁量により」非公式に支払われているので、これでも低目の見積もりとされている。(比較のためにあげると、9月11日補償金支給総額は70億ドル《*》の規模だった)
http://www.nytimes.com/2007/02/14/nyregion/14health.html?ex=1179028800&en=a34ff9e22cefbee1&ei=5070
現在のイラクにおける正確な平均支給額は不明だが、これを明らかに高めの5000ドルと仮定し、そのような「慰謝料」の合計額として、私たちの手元にある低めの数値、3200万ドルをこれで割ると、「偶発事件」は約6400件であったことがわかる(支払いの一部は複数の死者に対してなされているにしても、すべての死亡事例ではない)。これは驚くべき数であり、これらの事例はイラク人が実際にアメリカの占領軍に申請して、補償を認められたケースに限られていることを考えると、なおさらである。このことから、イラクでの犠牲者の数がいかに多いものであるか、幾分なりとも生のまま伝わってくる。ちなみに、公的に記録された「慰謝料」総額の3200万ドルは、世界貿易センターでの死者(または負傷者)に対する平均支給額の18人分に少し届かないだけ。
さあ、これではっきりした。「児童虐殺」の現代版において、米国政府は、すべての場所での罪なき人たちの死に対する虐殺代価の算定額を世界に明示したのだ――
2001年9月11日にアルカイダのテロリストに虐殺された罪のない民間人の遺族にとっての価値 …………………………………… 1,800,000ドル
イラクのハディーサで米軍海兵隊員たちに虐殺された罪のない民間人の価値 ……………………………………………………………………… 2,500ドル
アフガニスタンのジャララバード近くで米軍海兵隊員たちに虐殺された罪のない民間人の価値 ………………………………………………… 2,000ドル
米国政府には罪のない人びとの死に値段を付ける能がないなどと、金輪際、言わないでおこう。
(追記: ACLU[米国自由人権協会]が明るみに出した弔慰金支給文書をいくつか点検してみたいとお望みなら、手始めにグレグ・ミッチェルの記事「悪いね、あんたの子どもを撃っちまった。ホラ、500ドル」《1》をお読みになるとよい。〔下の方までスクロールすると、実例の引用を見つけることができる〕 さらにお調べになりたいなら、「ACLU、アフガニスタンとイラクにおける民間人犠牲者の記録を公表」《2》、次に事例に関するACLUデータベースを見つけるためには、「外国人請求法にもとづくアフガニスタンとイラクにおける請求の記録」《3》をチェックなさるとよい。ヴェトナム戦争における見舞金支給の数値は、ヴェトナム戦争中の米国の戦争犯罪と民間人死亡《4》に関する専門家、トムディスパッチのニック・タースが提供している)
http://www.editorandpublisher.com/eandp/columns/pressingissues_display.jsp?vnu_content_id=1003571125 《1》
http://www.aclu.org/natsec/foia/29316prs20070412.html 《2》
http://www.aclu.org/natsec/foia/log.html 《3》
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-vietnam6aug06,0,6350517.story?coll=la-home-headlines 《4》
[筆者]トム・エンゲルハートは、ネーション研究所のトムディスパッチ・コム(「抗マスメディア毒・常備薬サイト」)の主宰者、アメリカ帝国プロジェクト《1》の共同創始者であり、最近著に、トムディスパッチ対談集の第1弾、『任務未達成――アメリカの偶像破壊者・異端者たちとのトムディスパッチ対談集』(ネーション・ブックス)《2》がある。
http://www.americanempireproject.com/ 《1》
http://www.amazon.co.jp/Mission-Unaccomplished-Tomdispatch-Interviews-Iconoclasts/dp/1560259388 《2》
[原文] Tomgram: The Nearly Two Million Dollar Gap TomDispatch.com ("a regular antidote to the mainstream media") posted May 13, 2007 at 5:08 pm
http://www.tomdispatch.com/index.mhtml?emx=x&pid=194387 Copyright 2007 Tom Engelhardt
[翻訳]井上利男 /TUP
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