臨時国会(9月10日召集)最大の焦点は、インド洋で米軍中心の多国籍軍に対し、海上自衛隊が現在実施中の給油を今後も継続するための法的措置をとれるかどうかである。 安倍政権は現行のテロ対策特措法(11月1日で期限切れ)の延長策よりも、新法の成立によって、給油継続を図る考えと伝えられるが、参院で第1党になった民主党は給油継続そのものに反対している。 肝心の米軍主導の対テロ戦争はかえってテロの拡大を招き、対テロ戦争としては失敗に終わっている。そういう対テロ戦争を後方支援するための給油を継続する理由はないだろう。継続にこだわるのは愚策というべきであり、参院選での自民党の惨敗以降、いよいよ行き詰まりが深まる安倍政権―という印象が広がるばかりである。
▽型どおりの所信表明に終わった給油問題
安倍首相は臨時国会召集に先立つ9日、訪問先のオーストラリア・シドニー市内で記者会見し、各紙の報道によると、インド洋での給油継続について「国際公約となった以上、、大きな責任がある。野党の理解を得るため職を賭していく」と表明し、給油継続ができなくなった場合、「職責にしがみつくことはない」と明言した。これは政治責任を取り、退陣する意向を示したものと受け止められている。 これだけの決意を明確にしたのだから、臨時国会での所信表明では、さぞかし給油継続がなぜ今重要なのかについて詳しく説明するだろうと予想していたが、実際にはごく短い型どおりの見解表明に終わり、「職を賭す」ほどの覚悟を感じさせるものではない。その内容は次の通り。
私は今後とも主張する外交を展開する。世界の平和と安定なくして、日本の安全と繁栄はない。米国同時多発テロで、24名もの日本人の尊い命が奪われたことを忘れてはならない。テロとの闘いは続いている。 テロ特措法に基づく海上自衛隊の活動は、諸外国が団結して行っている海上阻止活動の不可欠な基盤となっており、国際社会から高い評価を受けている。灼熱のインド洋で黙々と勤務に従事する自衛隊員こそ、世界から期待される日本の国際貢献の姿である。 ここで撤退し、国際社会における責任を放棄して、本当にいいのか。引き続き活動が継続できるよう、是非ともご理解いただきたい。
▽大手6紙の社説にみる論調
大手6紙の社説(産経のみ主張、9月11日付)は給油問題でどう書いたか。まず見出しを紹介しよう。 朝日新聞=首相の決意 理解に苦しむ論理だ 毎日新聞=安倍首相 退陣含みの国会が始まった 東京新聞=安倍演説 言葉が軽すぎないか 読売新聞=所信表明演説 海自の活動継続は国際責任だ 産経新聞=首相の決意 国民の心に届く説明必要 日本経済新聞=退路を断って臨時国会に臨んだ安倍首相
これらの見出しから社説・主張の中身もそれなりに推測できるが、以下に要点をまとめてみる。大づかみにいえば、朝日、毎日、東京は批判的であり、読売と産経は給油継続に賛成の立場をとっている。一方、日経は悲観的な状況判断に立って首相を激励する視点をうかがわせている。
朝日=「国際公約」は手前勝手だ 給油活動の継続を「国際公約」と位置づけたのも納得できない。テロ特措法の期限が切れる11月1日までの活動は、国会の多数が賛成したことであり、日本の国際公約と言えなくもない。だが、首相自身が米ブッシュ大統領らに「継続に最大限努力する」と誓ったからといって、それを「国際公約だ」と言いつのるのは手前勝手というものだ。
毎日=手詰まり状態にある首相 国会審議前に自ら進退に言及するのは異例のことだ。それだけ首相が手詰まり状態にあることを示していよう。(中略)テロ特措法の期限切れを想定し、政府・与党で検討している新法も柱は海上自衛隊の給油活動だ。給油活動を休止し、アフガニスタンでの人道支援をという民主党との隔たりは大きく、歩み寄りは難しい。
東京=首相としての資質にかかわる発言 私たちはバッシングを受けながらも、なお政権にとどまる理由を知りたかった。しかし、納得できる答えはなかった。そもそも、続投を宣言しながら、テロ特措法が延長できなければ退陣するとの発言は整合性を欠き、理解に苦しむ。少し混乱しているのではないか。首相としての資質にかかわる問題ともいえる。
読売=世界の平和と日本の繁栄 首相は、所信表明演説で「世界の平和と安定なくして、日本の安全と繁栄はない」と述べた。通商国家である日本として当然である。日本の国益の観点からも、国際テロとの戦いの継続という「国際社会における責任」を放棄することはできない。政府は、民主党の主張も聞きながら新法案を提出する準備を進めている。
産経=給油は海上輸送路の維持にも貢献 無償の給油には累計約220億円の費用がかかっている。しかし、日本の国際社会での地位や海上輸送路の維持にもつながることを考えれば、「無料ガソリンスタンド」といった批判は不謹慎で、自虐的すぎる。同盟国米国との信頼関係維持は拉致問題の解決や日本の安全保障にも資する。給油活動の継続がもつ意味は大きい。
日経=首相は捨て身の覚悟で政策遂行を 9日の記者会見で自ら退陣の可能性に触れたことで、首相は今国会中に給油継続を実現するという目標を課したといえる。テロ特措法に限らず、野党が反対する法案を成立させることは極めて難しくなった。(中略)政権を取り巻く状況は一段と厳しい。首相は捨て身の覚悟で政策を遂行する責務を負っている。
▽対テロ戦争をどう考えるか?―「米国の爆撃こそが国際テロの見本」
毎日新聞(07年9月11日付)は社会批評家、米マサチューセッツ工科大学のノーム・チョムスキー教授(78)とのインタビュー記事(聞き手は小倉孝保記者)を掲載した。これは「9.11」(01年9月11日の米同時多発テロ)から6年になるのにちなんで行われた。 同教授は「米国の爆撃こそが国際テロの見本」などと語り、多くのアメリカ人や日本人が抱いているのとは180度異質のテロ観を提示している。そのテロ観には大筋で共感を覚えるので、以下に大要を紹介する。
*米国の対テロ戦争は、テロの脅威を増大させた (同時多発テロが世界に与えた影響は、との問いに対し)9.11の直後から予測されたことだが、いろいろな国が「テロからの保護」を口実に市民の管理を強めた。そして最も大きなインパクトを与えたのが(米軍による)イラク侵攻だった。これによりテロの脅威は明らかに増大した。
*イラク、アフガン侵攻は戦争犯罪 (ブッシュ米政権は「テロとの戦い」と主張している、との質問に対し)米国が「テロとの戦い」を宣言したのは初めてではない。レーガン政権も「テロとの戦い」を口実に中米、南部アフリカ、中東を軍事攻撃した。これは強国がプロパガンダとしてよく取る手法で、ブッシュ政権も同様だ。 イラク侵攻は戦争犯罪であり、日本やドイツの指導者が(第二次大戦で)裁かれたのと同じものだ。アフガン侵攻も戦争犯罪だ。(アフガンを実効支配した)タリバンは米国に、9.11とウサマ・ビンラディン(9.11テロの首謀者とされる)との関係を示す証拠を出せと要求したが、米国はこれを拒否した。タリバン政権転覆のため米国が爆撃したことこそ国際テロの見本だ。
*暴力ではなく、警察的手法で解決を (米国は9.11テロにどう対処すべきだったのか、という質問に対し)テロ攻撃は犯罪であり、警察による捜査手続きが行われるべきだった。国際的な問題なら国連のような機関で対応しなければならない。ビンラディンのような人物を暴力で攻撃すると、怒りを増大させるだけに終わる。証拠を積み上げ、警察的な手法で解決するしかない。 イラク侵攻でテロの脅威は増大した。テロの脅威を減らすには、警察的なやり方しかない。
*米国の中東政策がアラブ人に反米感情を植え付けた (9.11と米外交政策との関連は、との質問に対し)関連は当然、ある。長年の米国の中東政策がアラブ人に反米感情を植え付け、9.11へとつながった。第二次大戦以降、米国にとって石油資源の支配が重要な課題になり、それに即した政策を米国は取った。自国が石油を使用するためではなく、石油を支配することで日本のような産業国への拒否権を確保しようとしたのだ。
*もう一つの「9.11」の方が世界への影響は大きい (同教授が「これだけは言っておきたい」と切り出し、語ったこと)01年は2度目の「9.11」で、最初の「9.11」は1973年に米国の支援を受けた南米・チリの軍部が、民主的に選ばれたアジェンデ社会主義政権を打倒したクーデターのことだ。アジェンデ大統領ほか、多数(約3000人)が殺害あるいは行方不明となった。 このクーデターによって中南米では、反対派を暗殺して独裁政権を打ち立てる歴史が始まった。最初の9.11の方が2番目よりはるかに大きな悪影響を世界に与えた。
聞き手の小倉記者は最後に次のような解説で結んでいる。 被害者として「9.11」を考えるとき、加害者としてもう一つの「9.11」に思いをはせるべきだ。それなくしてテロの恐怖は消えない。教授が伝えたかったのは、そういうことではないか―と。
これには私(安原)も同感である。 以上のような同教授の見解の大筋は、これまで彼の著作で表明している持論であるが、こういう少数意見をこの時点であえて紹介した毎日新聞の見識を評価したい。
▽なぜ給油継続が愚策といえるのか?
私は安倍政権が対テロ戦争支援のためにインド洋での給油継続に執着するのは、大道を見失った愚策だと考える。ここで給油活動を思い切って止めた方がアメリカからは失望を買うだろうが、多くの国々や良識ある世界の人々にはむしろ賞賛されるのではないかと考える。その理由は以下のようである。
1)テロ対策としてマイナスの効果しかないこと 上述のチョムスキー教授も指摘しているように米国主導の対テロ戦争は、むしろ怒りと反発を高め、かえってテロの脅威を増大させるという「マイナス効果」の悪循環に陥っている。 毎日新聞(9月12日付)は「自爆攻撃 急増」の見出しで次のように報じた。 「アフガニスタンで07年1〜8月に発生した自爆攻撃は103件に上り、今年は、過去最多だった06年(年間で123件)を大幅に上回ることが、国連アフガン支援ミッション(UNAMA)の調査で確実となった。標的は76%がアフガン治安部隊、北大西洋条約機構(NATO)軍主導の国際治安支援部隊だが、死者の66%は民間人だった」と。
2)米国主導の対テロ戦争は戦争ビジネスになっていること 米国は対テロ戦争を口実に巨額の軍事費を計上し、そのお陰で米国の戦争勢力といえる「軍産複合体」(軍部、兵器メーカー、エネルギー産業さらに保守的な研究者、メディアなどの複合体)が潤っている。こうして米国では戦争ビジネスが構造化している。その一方で命・人権の軽視が横行し、多様な貧困が累積し、経済的社会的な格差拡大を顕著にしている。 そういう大きな負の効果をもたらす対テロ戦争を日本が給油のための財政負担(給油費用は累計で約220億円)までして支援する大義名分はない。
3)事実上の参戦であり、憲法違反であること 米国は日本の給油活動の継続にご執心だが、それは給油という後方支援が中止されれば、米国の対テロ戦争そのものに支障を来すからである。日本では前線での戦闘・攻撃に参加しないで、後方支援(戦闘にかかわる給油、給水、物資の輸送など)にとどまっている限り、人道支援であり、参戦ではないという理解が多いが、これは誤解である。 前線での戦闘と後方支援は表裏一体の関係にあり、日本の給油活動は事実上の参戦である。憲法9条(戦争放棄、交戦権の否認)の違反に相当するだろう。
4)軍事力でシーレーン(海上輸送路)を確保する時代ではないこと 産経新聞の主張(9月11日付)は、「日本の給油は海上輸送路の維持にも貢献」と書いた。また平成18年版『防衛白書』は次のように指摘している。 「イラク人道復興支援特措法(03年7月成立)によるわが国の支援活動は、イラクをテロの温床とせず、(中略)将来にわたるイラクとわが国の良好な絆の礎(いしずえ)となるものである。これは中東地域全体の安定に寄与するのみならず、石油資源の9割近くをこの地域に依存しているわが国にとって、国家の繁栄と安定に直結する極めて重要なことでもある」と。 要するに石油の安定的確保とその海上輸送路の維持が自衛隊派兵のねらいだというわけだが、資源の確保を軍事力に依存する時代ではない。軍事力志向は、いかにも陳腐な経済大国的衝動であり、それとは異質の平和外交こそが資源の安定的輸入の決め手となることを認識したい。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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