一年の世相を表す恒例の「今年の漢字」に「偽」が選ばれた。今年ほど政府、企業によるごまかし、偽装、悪質な手抜きが氾濫した一年がかつてあっただろうか。その最後に登場した今年最大の「偽」として日本の海上自衛隊による初のMD(ミサイル防衛)実験の「成功」を挙げたい。 防衛省は「成功」をはやしているが、技術的に仕組まれた「成功」ではないかという疑問が残る。その上、この「成功」に浮かれていると、気づいたときは、時すでに遅し、で国民は大重税にあえいでいるという偽計に陥っている懸念がある。しかも集団的自衛権の行使という憲法違反の問題が浮上してくる。これら三重の「偽」にご用心、と言っておきたい。今後この「偽」がどこまで肥大化していくのか、その展開に目が離せない。
▽疑問を投げかけた毎日新聞社説
MD(正確にはBMD=中距離の弾道ミサイル防衛)実験の成功を社説(または主張)で取り上げたのは大手6紙のうちつぎの3紙のみである。まず見出しを紹介する。 *毎日新聞(07年12月19日付)=「MD実験 まだ夢のシステムではない」 *産経新聞(同上)=「ミサイル迎撃成功 日米同盟緊密化の契機に」 *読売新聞(12月21日付)=「ミサイル防衛 効果的運用へ日米連携が重要だ」
産経、読売はMD推進の立場であり、批判的視点が欠落している。これに対し、毎日はいくつかの疑問点を投げかけているので、その要旨を紹介する。
海上自衛隊のイージス艦(注・安原)「こんごう」が米ハワイ沖で海上配備型の迎撃ミサイルSM3の発射実験を初めて行い、迎撃に成功した。 防衛省によると、米軍が陸上施設から模擬ミサイルを発射した後、数百キロ離れた海上の「こんごう」はレーダーでミサイルを探知、SM3を発射し、高度100キロ以上の大気圏外で標的に命中させたという。
標的は、北朝鮮の中距離弾道ミサイルを想定していた。(中略)今回の実験成功によってMDシステムをめぐる数々の問題が解決されたと考えるのは、あまりに早計だ。 まず技術的な問題がある。ハワイでの実験は、天気の良い条件で行われた。しかも、海自はあらかじめ米軍から模擬ミサイルの発射時間を知らされていた。このため、予期できない状況での有効性が証明されたわけではない。
次に費用面の問題が依然として不透明だ。防衛省は2012年度までに開発・整備費として8000億円から1兆円を見込んでいるが、新技術の開発や米側との交渉次第では倍増する可能性もあるという。 そもそもMDシステムの開発は、米国の軍需産業に大きなビジネスチャンスを与えたとすら言われるだけに、野放図に費用が膨らむことがないよう、国会は財政面からも厳しく点検していく必要がある。
日本以外の地域に向かいそうな弾道ミサイルへの対処も、灰色領域として残っている。政府は従来、米国を狙ったミサイルを日本が迎撃するのは、集団的自衛権の行使にあたる可能性が高いと説明してきたため、安倍前内閣は解釈の変更に傾いていた。福田内閣がこの問題をどうするのか明らかになっていない。 日本のMD構想は北朝鮮による98年のテポドン発射が直接のきっかけだった。政府はMDシステムが専守防衛にかなうと強調しているが、日米共同での運用は中国を含む東アジアを刺激し、新たな軍事技術の開発競争を誘発しかねないことにも注意を払わなければならない。(以上、毎日社説の紹介)
(注)イージス艦とは 目標の捜索、探知、分類識別、攻撃までの一連の動作を高性能コンピューターによって自動的に処理するイージス(Aegis=盾)防空システムを備えた最新鋭の艦艇。レーダー、ミサイルと組み合わせて一体的に運用される。海上自衛隊は現在4隻のイージス艦を保有している。 費用も巨額である。例えば07年度防衛予算をみると、1隻のイージス・システム搭載艦の能力向上等(SMー3ミサイルの取得等を含む)の費用総額は約309億円、うち07年度予算に計上されたのは6億円で、残りの303億円は08年度以降の後年度負担となっている(07年版防衛白書から)。いったんイージス防空システムを搭載すると、兵器の技術革新による能力向上がいかに巨費を要するかが理解できるだろう。
▽注視を怠ってはならない3つの「偽」
上記の毎日新聞社説は、つぎの3つの問題点をうかがわせている。いずれも「偽」につながる問題点であり、注視を怠るわけにはいかない。 ①技術上の問題として、実験「成功」はあらかじめ仕組まれていた。 ②開発・整備費として1兆円を見込んでいるが、今後野放図に費用が脹らむ恐れがある。 ③日米共同でのMD運用は、平和憲法違反の集団的自衛権行使を意味する。
①技術上の問題について 毎日新聞社説はつぎのように指摘した。 ハワイでの実験は、天気の良い条件で行われた。しかも、海自はあらかじめ米軍から模擬ミサイルの発射時間を知らされていた。このため、予期できない状況での有効性が証明されたわけではない ― と。
これはいいかえれば天候やミサイル発射時間など実験成功に必要な条件をあらかじめ整えておいて行われた実験であったことをうかがわせる。海上自衛隊にとって初の実験であり、これに失敗すれば、MD導入・配備が頓挫する可能性もあり、是が非でも実験を成功させなければならないという配慮を優先させただろうことは想像に難くない。
朝日新聞(12月19日付)は現地ハワイ発の記事「BMD成功、課題は山積」でつぎのように報じた。 今回の実験は発射の場所と時刻を明示し、「かなり初歩的(米軍関係者)」― と。
②開発・整備費について 上記の朝日新聞は必要費用についてつぎのように書いている。 BMD最大の問題点は膨大なコスト。今回の実験の費用は標的のミサイルを含めて総額約60億円。米国が80年代からこれまでにBMDに投じた予算は1000億ドル(約11兆円)を超す。防衛省幹部は「米国に言われるままにBMD整備を進めていたら、将来いくら費用がかかるか分からない」と懸念する ― と。
現在すでに開発を進めている次世代の迎撃システムを導入すれば、総額6兆円にも、という数字も飛び交っている。いったいどこから誰からこの巨費を調達するのか。ズバリ指摘すれば、大衆課税を意味する消費税の増税、つまり大衆負担の大重税である。兵器メーカーを含む財界の総本山、日本経団連はすでに将来、消費税を17%にまで引き上げることを求めている。消費税率1%引き上げは約2.5兆円の増税に相当するから、17%の消費税が実現すれば、現行5%からみて総額約30兆円(2.5兆円の12倍)の大増税となる。
軍事費そのものが本来巨大な浪費である。それに数兆円規模のMDという新たな血税の浪費が加われば、笑いが止まらないのは、防衛利権を食い物にする軍産複合体(兵器メーカー、防衛省、自衛隊、国防族議員などで構成)であろう。「消費税の社会保障財源化」(07年11月20日の政府税調の答申)、つまり「社会保障財源としての消費税の引き上げ」というもっともらしい口実による増税で、MD推進の負担を大衆に転嫁する結果となるのは手の込んだ「偽」ではないのか。
③憲法違反の集団的自衛権行使について 毎日新聞(07年12月17付)は、記事「ミサイル防衛本格稼働 課題残し見切り発射」でつぎのように指摘した。
日本の周辺国が中距離弾道ミサイルを発射した直後は、標的が日本か、米国など第三国なのか分からない可能性がある。しかしミサイルは10分で首都圏に到達する。他国を狙ったミサイルを日本のMDで迎撃することは、憲法9条で禁じられている集団的自衛権行使(注)に当たるとされ、安倍前政権が憲法解釈見直しを検討したが、結論は出ていない ― と。 政府は憲法違反を承知で集団的自衛権の行使に踏み込もうとしているのか。これほどあからさまな「偽」はないだろう。
(注)集団的自衛権とは 自国が直接攻撃されていない場合でも、密接な同盟関係にある外国への武力攻撃がなされた場合、それを実力で阻止する国家の権利のこと。国連憲章や日米安全保障条約など国際法上は認められている。 しかし日本政府の従来の憲法解釈(その元締めは内閣法制局)によると、つぎのようである。「憲法9条が許容している自衛権の行使は、わが国を防衛するために必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、集団的自衛権の行使は、その範囲を超えるもので、憲法上許されない」と。 なお現行の日米安保条約(1960年6月発効)は「日米両国が国連憲章に定める個別的または集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、日米安保条約を締結する」とうたっている。
▽MDの実験強行への抗議声明
「みどりのテーブル」(環境政党をめざす組織で、先の参院選(07年7月)東京選挙区で当選した川田龍平氏を支持した)会員の杉原浩司氏(核とミサイル防衛にNO!キャンペーン)が12月18日会員向けの情報メールで流した〈【抗議声明】こんごうのSM3実験強行に抗議する!〉の内容を以下に紹介する。つぎの3点を強調している。
・MDの本質は、米軍が核をも含めた先制攻撃(予防戦争)を行うための「先制攻撃促進装置」にほかならない。 ・日本列島と住民は、米軍による「先制攻撃のための盾」として反撃の矢面に立たされることになる。 ・MDは日米の「軍産学複合体」を一体化させている。日米の軍需産業や国防族に半永久的に利権を提供する悪質なプロジェクトである。
【抗議声明】 07年12月18日午前7時(日本時間)すぎ、海上自衛隊イージス艦「こんごう」が米ハワイ・カウアイ島沖で迎撃ミサイルSM3による模擬弾道ミサイルの迎撃実験を強行した。防衛省は実験の「成功」を発表した。11月6日に標的を追尾・捕捉する実験を行うなど入念な準備を積み重ねた末の「成功」は、模擬弾頭の飛行コースなどが予め計算された、実戦とは程遠い「出来レース」にほかならない。
今回の迎撃実験はまず何よりも、ハワイの海と空と大地を侵すものであり、到底許すことはできない。こんごうが使ったハワイにおける「ミサイル防衛(MD)」実験施設(太平洋ミサイル射場)は、先住民族が崇めてきた土地や海を侵略したうえに構築されている。 さらに、「防衛」を前面に掲げるMDの本質は、米軍が反撃を恐れることなく核をも含めた先制攻撃(予防戦争)を行うための「先制攻撃促進装置」にほかならない。日本が配備を開始したSM3(海上配備型)やPAC3(陸上配備型)などのMDシステムは、米軍のMDシステムを補完する。日本列島と住民は、米軍による「先制攻撃のための盾」として反撃の矢面に立たされることになる。
こんごうの迎撃ミサイルの照準は、憲法9条にも向けられている。迎撃は大気圏外の宇宙空間で行われており、宇宙の軍事利用を禁じた「宇宙の平和利用原則」に違反する。また将来、米国向けミサイルの迎撃も可能とされる日米共同開発中(三菱重工などが参加)の新型SM3の搭載が見込まれており、集団的自衛権の行使を射程に入れている。 加えて、新型SM3は第三国への輸出が想定されており、武器輸出禁止三原則をさらに空洞化させることは必至だ。MDは、日米安保戦略会議で「はらわたを見せ合う」と防衛省幹部(当時)が形容するほどに、日米の「軍産学複合体」を一体化させている。
現在、隠されてきた軍需利権の深い闇に捜査のメスが入り、MD が最大級の利権の温床であることが明らかになりつつある。再逮捕された守屋前防衛事務次官は、MD導入の脚本と演出を担った張本人であった。 SM3ミサイルは1発約20億円、こんごうへのSM3搭載費だけで総額412億円が投じられた。当面導入するシステムだけで1兆円、将来的には6兆円にも及ぶとされるMDは、「スパイラル(らせん状)開発」の名のもとに日米の軍需産業や国防族に半永久的に利権を提供する悪質なプロジェクトである。
石破茂防衛相は実験後の会見でMDの費用対効果を聞かれ、「人命が救われることがお金で計れるか」と大見得を切った。しかし、軍需産業の救済に多額の税金を投入する一方で、薬害肝炎被害者や貧困にあえぐ人々を切り捨てようとしてはばからない残酷な政府の閣僚に、そうした言葉を発する資格はない。
MDは、米国による東欧への配備計画が米ロ間で深刻な軍拡競争の引金となっているように、軍事対立の拡大と資源の浪費のみをもたらす百害あって一利なしのプロジェクトである。日本政府はMDにのめり込むのではなく、軍拡競争自体にストップをかけ、軍縮を促進する「踏み込んだ外交」こそを展開すべきである。
私たちはあらためて要求する。 ・こんごうの佐世保への08年1月上旬の実戦配備を中止し、SM3を撤去せよ ・1月中にも計画されている日本海(予定)での日米共同MD演習を中止せよ ・入間、習志野基地配備のPAC3ミサイルを即時撤去し、PAC3配備計画を撤回せよ ・1月に計画している入間配備のPAC3の都心への移動展開演習を断念せよ ・ミサイル防衛から撤退し、東北アジアの核・ミサイル軍縮に向けたイニシアチブを取れ
2007年12月18日 核とミサイル防衛にNO!キャンペーン
▽ハワイから送られてきた「連帯のあいさつ」
日本の民間平和運動、「核とミサイル防衛にNO!キャンペーン」に対し、MD実験に先立ってハワイから送られてきた「連帯のあいさつ」を以下に紹介する。これは同じく「みどりのテーブル」会員向けに流されたメール情報による。「連帯のあいさつ」は次の諸点を強調している。 ・「ミサイル防衛」は嘘であり、「ミサイル防衛」の真の戦略的目的は米軍の攻撃能力を高めることにある。 ・私たちのハワイの大切な土地や、海、空が戦争の出撃地になることを許さない。 ・戦争ゲームに日本が加担することは、その平和憲法を裏切ることになる。
2007年12月11日 アメリカのいわゆる「ミサイル防衛」システムに日本が参加することに反対する皆さんに熱いあいさつと連帯を送る。 私たちは「ミサイル防衛」が嘘であることを知っている。「ミサイル防衛」の真の戦略的目的は米軍の攻撃能力を高めることにある。はるか上空から海底深くに到るまでの軍事的「全領域支配」を追求しようとするアメリカのあくなき姿勢は、平和と安全をもたらすものとは程遠く、地球全体を脅かす危険で新たな軍拡競争を加速させている。
米国は、太平洋地域における帝国拡大のために、独立国であったハワイに武力侵攻し占領した。現在、帝国の情報技術前線の拡大に伴い、米国のミサイル防衛プログラムは、ハワイの陸地や、海、空を侵している。 「こんごう」が撃ち落とす予定のミサイルは、カウアイ島ノヒリにある聖なる砂丘の上から発射される。この場所は、ハワイの先住民族である「カナカ・マオリ」(Kanaka Maoli)が伝統的に墓地にしてきた所である。 米軍による侵犯は、帝国が自らの領域を監視するための電子的な目や耳を設置しているハレアカラ山(マウイ島)やマウナケア山(ハワイ島)などの聖なる山々に広がり、強力なソナーがクジラたちを傷つけ殺しているかもしれない海中深くにまで及んでいる。
私たちは、私たちの大切な土地や、海、空が戦争の出撃地になることを許さないし、戦争マシーンの工作者たちに場所を与えることも許さない! 私たちは、ハワイ沖のミサイル防衛実験に日本が参加することに強く反対し、米国のミサイル防衛計画への日本の関与を拒否する皆さんのアクションに拍手を送る。こうした戦争ゲームに日本が加担することは、その平和憲法を裏切ることである。
平和と正義と非核の世界に向けて、私たちの声と行動を結集しよう!
DMZ(非武装地帯)ハワイ(アロハ・アイナ) アメリカフレンズ奉仕委員会ハワイ支部 オハナ・コア(非核独立太平洋) カウアイ平和社会正義連合 マル・アイナ非暴力教育行動センター
〈安原のコメント〉「聖なる砂丘」からミサイル発射 MD(ミサイル防衛)の開発・導入・配備・迎撃実験に反対している日本の「核とミサイル防衛にNO!キャンペーン」やハワイの「DMZ(非武装地帯)ハワイ(アロハ・アイナ)」などの動きは日本のメディアでは皆無といっていいほど報道されない。特にハワイでの反対運動の様子は日本では情報が少なすぎる。
上記のハワイからの「連帯のあいさつ」によると、海上自衛隊のイージス艦「こんごう」が初の迎撃実験に成功したという標的の模擬弾道ミサイルは米軍によって発射された。その発射地はハワイ先住民が伝統的に墓地にしてきた「聖なる砂丘」となっている。米軍とそれに協力する日本の海上自衛隊による聖地の侵犯は許せぬ、という先住民たちの叫びが伝わってくる。しかも「日本は戦争ゲームに加担して、平和憲法を裏切るようなことは避けて欲しい」という心底からの声も聞こえてくる。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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