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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2008年03月16日20時50分掲載
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山は泣いている
23・ニュージーランド紀行(中) 森全体がみずみずしく呼吸している 山川陽一
第6章 外国に学ぶ・3
▽ルートバーントラック
1年200日は雨が降ると言われるフィヨルドランド国立公園やマウントクック国立公園。その降雨日数と雨量の多さ故に高山は万年雪をいただき、長大な氷河が発達し、しっとりとコケとシダに覆われた豊かなブナの森を育てる。
フィヨルドランド国立公園は、その姿を永遠に保存すべき対象として世界遺産に指定されている。この国立公園は、世界でもっとも広い国立公園のひとつといわれているが、地図を広げると国立公園の境界線をかすめるように国道が一本通っていて、そのほかの自動車道といえば、トレッキングトレールへ通じるただの2本が見られるだけだ。そのトレッキングトレールとて数本が地図上に記されているだけで、あとは恐らく水路でしか行けないところに数えるほどの小屋のマークがあり、それ以外はなにひとつ人造物のしるしのない大地がひろがる。 その中の1本のトレールがわれわれが今回歩くルートバーントラック(Routeburn Track)である。ルートバーントラックは正確にいうとフィヨルドランド国立公園と隣接するマウントアスパイアリン国立公園にまたがってルートがつけられている。
われわれは、前夜に各自が持参するシーツとバスタオルを渡され、早朝 Routeburn Walk LTD社差し向けのバスでホテルを出発、テイアナウ(TE ANAU)経由でトレールの出発点ディバイド小屋(Divide Shelter)に向かった。
ルートバーンは2泊3日に設定されておりルートの両端から入ることができる。日帰りでのウオーキングは別にして、小屋泊またはテント持参の場合は、個人でクイーンズタウンにあるDOC(Department of Conservation)のフィールドセンターか国立公園のビジターセンターで申し込むか、あるいはRouteburn Walk LTDのガイドつきツアーに申し込む必要がある。Routeburn Walk LTDのツアーは定員40名で現地人のガイドが3名つき、2泊ともこの会社が管理する専用の小屋に宿泊する。 われわれのツアーのメンバー10名もこれに参加するという形が取られるので、われわれの外に他の旅行社のツアーで来た人や直接個人でこのツアーに参加した人などの混成部隊となる。その時々でいろいろな国、いろいろな地域の人たちとの出合いがあるわけで、いい思い出ができる。
ガイドのカフ・キリキリはマオリ族出身で高校時代1年間交換留学で石川県に来ており日本語が堪能な22歳。アンドリューははにかみやでハンサムなスポーツマン。リアムはガイドの中では一番年長で経験豊富、地形や植物など数百万年前からここに生きているかのようにもっともらしく説明してくれる。みんな明るく、ひょうきんな好青年達である。小屋での朝夕の食事の支度、途中休憩の小屋でのお茶の準備など彼らが全部サービスする。
デバイド小屋でトイレを済ませ、バスに積んできたランチを渡されていよいよ出発。トレールはすぐにコケとシダに覆われたブナの森の中に踏み入っていく。ブナの木は3種類あり、ぎざぎざがある小さい葉のシルバービーチ(Silver Beech)、ぎざぎざがあって少し大きい葉のレッドビーチ(Red Beech)、葉にぎざぎざのないのがマウンテンビーチ(Mountain Beech)で、日本のブナと基本的に違うのはどれも全部常緑樹である。葉の大きさも日本のものがはるかに大きい。 地面には絨毯を敷き詰めたようにコケが生え、ブナの木にも地膚が隠れるぐらいのコケがまつわりついている。森の中を1時間も歩くとこの日の最大の見所、キーサミット(Key Summit)の分岐に着く。ここで荷物を置いてキーサミットを往復する。
30分も登ると点在する池塘越しに岩と雪の峰々がまぢかに迫ってくる天上の楽園に出る。日本で言えばさしずめ北アルプスの雲の平というところだろうか。北西の方向に、ミルフォードトラックとの間に横たわるダーラン山脈、その中で盟主のように輝いている一番左がクリスチーナ(Mt Christina)、真ん中がクロスカット(Mt Crosscut)、右がリトル(Mt Lyttle)。
山を眺めながらゆっくり昼食をとり、荷物のデポまで戻って歩き出すとすぐにホーデン小屋(Howden Hut)だ。すぐ側のホーデン湖から流出する流れが美しい。今日の宿泊場所マッケンジー小屋(Mackengie Lodge)まで3時間の標識がある。途中天空からイヤーランド滝(Earland Falls)が3段になって見事に落ちている。雨の時はたちまち水量が増えて、時に滝下につけられている道を通過することが不可能になり、ずっと下のイマージェンシールートを使うことが余儀なくされるらしい。 マッケンジー小屋まではブナの森に入ったり、森をぬけて眺めのいい道にでたり、いたるところにできている小さな流れを渡ったりして楽しい歩行が続く。森の中ではケアの鳴き声がひびき、木々の合間から雪を頂いたクリスチーナの姿が垣間見られる。いつの日も山登りはつらく、早く今日の宿泊場所につかないかとそればかり考えながら下を向いて歩くのが常であるが、この日の歩行は時間の経過を忘れてしまうほど魅力に溢れたもので、これでもう終わりなのかと思えるほどの楽しい気持ちで小屋に着いた。
2日目、午前中雨という前夜の天気予報がずばりと当たって朝から雨。このコース最大の登りがあるハリスサドルを越えていくので、上下の雨具をつけた完全武装で出発する。小屋を出ると5分でマッケンジー湖にでて、そこからすぐブナの森の中の登りになる。峠まで約3時間の登り。雨にしっとりとぬれたコケ、森林限界を抜けると眼下にマッケンジー湖の全貌が見下ろせる。雨と風が強い。 途中、ガレ場にひっそりと咲くマウンテンクックリリー、左手に深く広く広がるホリフォード谷にかかった見事な虹、風と雨に悩まされながら、簡単にはまた来ることは出来ないという思いからその都度足を止めカメラを取り出す。ハリスサドル(Harris Saddleサドル=鞍部=峠)に近づくにしたがって山容もアルペン的になってくる。強風の中をハリスサドルの小屋に飛び込むと先に着いたガイドがコーヒーを沸かして待っていてくれる。ツアー登山ならではの贅沢である。
昼食をとって出発。強風とガスの合間に山上湖が見え隠れする。鞍部を越えて下りにかかる頃、強風に雲が吹き飛ばされて天候がいっきに回復してくる。振り返ると、ガスがきれていま越えてきた山塊が美しい湖水をたたえて聳えている。進行方向には見事にU字を型どった圏谷が広がる。 道々ガイドのリアムがこの山の成り立ちや、咲いている植物の説明をしてくれるが、専門的でさっぱり解らない。どうやら250万年くらい昔の火山活動でこの界隈の地形が形成されたらしい。ニュージーランドの花は一面のお花畑といったものではなく、岩陰などにそっと花弁を開いている。マウントクックリリー、ホワイトマウンテンデージー、イェローマウンテンデージー、スノーマーガレット、クッションプラント、などなど。どの花も多分原種に近いせいだろうか、いろとりどりというわけではなくて白か黄色である。
ニュージーランド上空のオゾンホールの影響で紫外線の量は日本の5,6倍はあると言われており、ある種の植物の葉の部分に白色の繊毛があるのは強力な紫外線から身を守るためである。森の中に生えている同じ種は緑の葉のままである。
道中こんなレクチャーを受けながら、山でこんなに楽をしていいのだろうかと思えるほどルンルン気分で時間が過ぎていって、この日もあっという間に終着のルートバーンフォールズ小屋(Routeburn Falls Lodge)に到着する。名前のごとく小屋の前はハリスサドルから集めてきた渓谷の流れが滝を落とし深いゴルジュを形成している。一軒はRouteburn Walk LTDの専用小屋、もう一軒は一般宿泊用の二軒の小屋があるだけで、そのほか一切の人工構築物がないのが気持ちいい。
夕食までの間、時間があったので、Routeburn Track LTDのプライベートトレールであるペディースピーク(Peddy’s Peak)に案内してもらう。下ってきた道を少し戻ると左手の岩峰から落ちてきている沢沿いに細い踏み跡がつけられている。標識もないし、ガイドブックにもなにも書かれていないから、一般のひとはこの踏み跡をたどっていくと上に隠し展望台があるなどとは思ってもみない。30分も登ると岩盤の所々に池塘が点在するプラトーにでる。周囲の山々が一望でき、明日下るルートバーン谷のU字渓谷の眺めがみごとだ。森林限界が定規で線を引いたように識別できる。
3日目、雨という天気予報にもかかわらず、朝起きて空を見ると、東に黒い雲があり少し風は強いが、時折青空が広がり、雲間からのぞく太陽がまぶしい。気温はかなり低く、出発時間にはちらちら小雪が舞ってきた。
今日は最終日である。渓谷にそった森の中をトラックエンドまで半日のコースである。小屋を出るとすぐに森の中に入っていく。途中「1994年1月の大雨で大規模ながけ崩れがおきた」という標識がある斜面を横ぎる。モレーンの上をトラバースするふみあと程度の道をつけただけで土木工事をした形跡はまるでない。
同じブナの森でも昨日まではシルバービーチやマウンテンビーチが主体だったが、気がつくとレッドビーチ主体に変わってきている。苔のほかに羊歯類も多くなっている。小一時間の歩行で川沿いにあるルートバーンフラット小屋に到着し、モーニングティーをとる。川の流れと森のコントラストがとても美しい。 ひと休みした後また森の中のトレールに戻る。時折吊り橋を渡ったり、木の間から垣間見られる川の流れに目をやったり、見事なシダやコケの絨毯に目を落としたりしながら歩く。徐々に天気はよくなり、だんだん森が明るさを増してくる。ここら辺はブナの木も若いせいか葉の色も若草色に輝いている。森全体がみずみずしく呼吸している。森をぬけてしまうのが惜しくて、わざとゆっくり歩いたり、立ち止まったりするが、とうとう川を挟んで向こう側にバスターミナルでバスを待つ人々が見えてきて、最後の吊り橋を渡るとそこがルートバーントラックの旅の終わりであった。
昼食をとったあと、バスの乗客になってグレノーキー(GLENORCHY)経由2時間の行程でクイーンズタウンに戻った。 (つづく)
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