TUP速報751号
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国家破産への道──アメリカは帝国を捨て民主制を守れるか
2007年、アメリカの不良債権処理額は過去最高に達した。だが、この混乱の原因とされるサブプライム問題も、カジノ経済も、アメリカを中心とする資本制経済システムの矛盾を告げる症状に過ぎない。途方もなく巨大化した軍産複合体という怪物が、米議会を飲み込み、アメリカを内から食い尽くそうとしている。アメリカ経済が破綻すれば、誰もが超大国の道連れとなる。
訳=川井孝子・安濃一樹(TUP)
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軍事ケインズ主義の終焉
チャルマーズ・ジョンソン 著
無謀な軍事政策を続けるブッシュ政権の面々は、倒産したエネルギー企業エンロンの経営陣によく似ている。みんな「だれよりも頭がいい」【1】つもりでいた。しかし、ホワイトハウスとペンタゴンにいるネオコンたちは、驕りが高じて大失敗をしでかした。帝国主義による戦争で世界支配をもくろんだはいいが、その策謀を支える財政の問題をどうすることもできない。
そのあげく合衆国は、2008年になって、異常事態に陥っていることに気づいた。もう高い生活水準も、浪費の絶えない肥大した軍隊も維持できない。巨大な常備軍をかかえ、7年にわたる戦争で破壊され消耗した機器を交換し、さらに宇宙空間で未知の敵に備えようとするなら、その経費の負担が国を滅ぼすだろう。
それなのに、この政府はもう支出を抑えようとさえしない。ブッシュ政権は負債を次の世代に押しつける。これから何世代もかけて借金を返済するか、あるいは踏み倒すしかない。このような無責任きわまりない財政施策を粉飾するために、(たとえば貧しい国々から前例のないほど借金するなど)さまざまな会計操作が行われてきた。もうすぐ、こんなごまかしは利かなくなる。
アメリカの債務危機には三つの大きな特徴がある。第一に、現会計年度(2008年)において、合衆国の安全保障とは何の関係もない「防衛」プロジェクトに、正気の沙汰とは思えない金額が支出されている。その一方で、人口の極少数を占める最富裕層の税負担率は、驚くほど低く据え置かれたままだ。
第二に、国内の製造基盤が止めどなく衰退し、海外に仕事を次々と奪われていっても、巨額の軍事費を支出していれば十分に経済を支えられると、いまだに信じられている。これが軍事ケインズ主義と呼ばれる思想である。近著(Nemesis: The Last Days of the American Republic 仮題『報復の女神ネメシス アメリカ共和国最期の日々』)で、この思想について詳しく解説した。ここに私の定義を述べよう。軍事ケインズ主義は、戦争を頻繁に行うことを公共政策の要とし、武器や軍需品に巨額の支出を行い、巨大な常備軍を持つことによって、豊かな資本主義経済を永久に持続させられると主張する。これは誤った信仰である。実際は、まったく逆だ。
第三に、アメリカは(人材と予算に限りがあるにもかかわらず)軍国主義にすべてを賭け、社会的インフラなど、国家の長期的な繁栄に欠かせない投資をないがしろにしている。これを経済用語で「機会損失」と言い、別のことに金を使ったために失われたものを意味する。
アメリカの公教育システムは、目も当てられないほど廃れてしまった。すべての国民に健康保険を提供することもできていない。世界最大の環境汚染国として果たすべき責任も放棄してきた。そして何よりも、民間のニーズに応える製造業が競争力を失ってしまったことに注目しなければならない。限られた人材と予算は、武器の製造よりも民需製品の製造に投入するほうが遥かに効率よく利用できる。三つの特徴について、ひとつずつ説明しよう。
▽財政破綻
軍事に関する政府の浪費ぶりたるや、どれだけ強調しても過ぎることはない。米国防総省の08年度予算は、他のすべての国々が抱える軍事予算の合計額を上回る。現行のイラクとアフガニスタンでの戦争は、この公式予算に含まれていない。これを賄う補正予算だけでも、ロシアと中国を合わせた軍事予算の総額より多い。08年度の防衛に関する支出は1兆ドルを超えると見込まれる。史上初めてのことだ。いまや合衆国は、他の国々に武器や軍需品を売りつける地上最大のセールスマンとなった。ブッシュ大統領が進めている二つの戦争を勘定に入れなくても、防衛支出は90年代半ばと比べて2倍に膨らんでいる。08年度の防衛予算は、第二次世界大戦が終わってから最大の規模となる。
この莫大な予算の内訳を調べて分析にとりかかる前に、ひとつ警告しておこう。防衛費を記す数字は信用できないことで有名だ。米議会レファレンス・サービスと米議会予算局から公表される数字は一致したことがない。インディペンデント研究所で政治経済を専門とするロバート・ヒッグズ上級研究員は、次のように教えてくれる。「信頼できる経験則がある。ペンタゴンが(いつも鳴り物入りで)発表する基本予算の総額を見て、その2倍が本当の予算だと考えれば、ほぼ間違いない」
国防総省に関する新聞記事をいくつか選んで、ざっと目を通してみれば、防衛費に関する統計が大きく食い違っていることに気づく。防衛予算の3割から4割が「ブラック」と呼ばれる項目で、ここに極秘プロジェクト向けの支出が隠されている。いったい何が含まれているのか、支出の合計額が正確なのか、確かめる方法はない。
防衛予算を巡って、このようなまやかしが行われるのには数多くの理由がある。大統領をはじめとして、国防長官も軍産複合体も事実を隠したがることがまずあげられるだろう。しかし理由の最たるものは、上下両院の議員たちが持つ利権である。議員は自分の選挙区に、防衛関係の企業や事業を誘致して、雇用機会を増やし助成金を獲得することで、計り知れない利益を得る。国防総省を支持することが、自分たちの政治利益に直結している。
1996年、連邦財務管理改善法が議会を通過した。行政府の会計基準を、多少なりとも民間レベルに近づけようとする試みだった。この法律によって、すべての連邦機関に外部監査役による会計検査と、その結果の公表が義務づけられた。だが、国防総省も国土安全保障省も、いまだにこの義務を果たしたことがない。議会で抗議の声が出たものの、法律を無視する両省に罰則を科すには至っていない。つまり、ペンタゴンから発表される数字はすべて疑ってかかる必要がある。
2007年2月7日に08年度の防衛予算が報道機関に発表されたとき、その内容を検証するために、経験豊富で信頼できるアナリストのお世話になった。新アメリカ財団で、武器および安全保障を専門とするウィリアム・ハータング氏と、スレイト・オーグで防衛分野を担当するフレッド・カプラン特派員だ。
アナリストたちの見解は次の2点で一致している。まず、国防総省が要求した4814億ドルは、給料と(イラクとアフガニスタン以外の)作戦にかかる経費と機器の購入に当てられること。そして、1417億ドルが「対テロ・グローバル戦争」のために組まれた「補正」予算だということ。このグローバル戦争とは、いま続いている二つの戦争に他ならない。ただし一般市民は、両戦争にかかる経費がペンタゴンの基本予算に含まれていると思っているだろう。
国防総省はこのほかに934億ドルを要求している。これは、07年度末までにかかる経費を今まで公にしないでおいて、08年度に持ち越すものだ。さらに、500億ドルを「引当金」として積み立て、09年度の予算で埋め合わせる。引当金とは(国防予算に関連する文書に初めて現れた用語で)よく思いついたものだ。
まだこのくらいで驚いてはいけない。アメリカ軍事帝国の全貌が明らかにならないように、政府は長年にわたって、軍事に関連する大きな支出を、国防総省ではなく、他の省庁に割り当てた予算の中に隠してきた。たとえば、エネルギー省の予算に組まれた234億ドルは、核弾頭の開発と管理に使われる。国務省は253億ドルを(おもにイスラエル・サウジアラビア・バーレーン・クウェート・オマーン・カタール・アラブ首長国連邦・エジプト・パキスタンなど)他国の軍隊を支援するために投じる。この他にも、国防総省の公式予算外で10億3000万ドルが必要となっている。無理な兵力配備を続ける米軍は、新兵を補充し古兵の再入隊を促すために報償費を増やしたからだ。イラク戦争が始まった2003年には、わずか1億7400万ドルだった。
イラクとアフガニスタンの両戦争では、これまでに少なく見ても、それぞれ2万8870名と1708名の兵士が負傷している。退役軍人省には少なくとも757億ドルが配分され、うち5割が重度の障害を抱える負傷兵の長期治療にあてられる。この予算では不十分なことは明らかで、もう誰もがあきれ果てている。また、464億ドルが国土安全保障省にわたる。
こう数字を書き連ねてきたが、隠された軍事予算はまだ他にもある。FBIの準軍事活動にあてて司法省に19億ドル、軍人の退職基金として財務省に385億ドルが流れている。軍事関連の業務も行う航空宇宙局(NASA)には76億ドルがわたされる。さらに、過去に防衛費の不足分を借金で賄ってきたから、その利息を支払うために、ゆうに2000億ドルを超える予算を計上している。したがって、合衆国の現会計年度(08年度)における軍事支出は、控えめにみても合計で1兆1000億ドルを下らない。
▽軍事ケインズ主義
これだけの支出は道義的に許されないばかりか、財政的に持続不可能だ。たとえ防衛予算がどんなに巨額でも支払うことはできる、と信じているネオコンは数多い。アメリカは地上で最も豊かな国だからと言う。この点でネオコンは、愛国心は厚くとも実状に疎いアメリカ市民と何も変わるところがない。残念ながら、この考えはもう通用しなくなった。
CIAの「世界便覧」によれば、今日もっとも豊かな政治統一体は欧州連合(EU)である。2006年のGDP(国民総生産−国内で生産された物品・サービスの総合計)で、EUは合衆国をやや上回ったとみられる。中国の06年度GDPも、合衆国にわずかに及ばないだけだし、日本も4番手にぴったりとつけている。
もっと分かりやすい比較もできる。各国の「経常収支」を見れば、合衆国の経済状態がどこまで悪化しているかが歴然とする。
経常収支は、国の貿易黒字あるいは赤字の上に、国境を越えて支払われる利息や特許料・印税・配当金・キャピタルゲイン・対外援助など、さまざまな収支を加算して求める。たとえば日本の場合、何かを製造するには必要な原材料を輸入に頼らざるをえない。原材料の輸入に途方もない額の支出をしたうえで、なお日本の対米の貿易収支は年880億ドルの黒字になっている。経常収支残高は(中国に次いで)世界第2位だ。
合衆国は第163位。最下位である。大きな貿易赤字に苦しむオーストラリアや英国よりも下だ。06年の経常収支を見ると、162位のスペインが1064億ドルの赤字だったのに対して、合衆国は8115億ドルの赤字を出している。これが持続可能であるはずがない。
アメリカは、支払い能力を超えようがおかまいなしに、石油をはじめ何から何まで輸入する。これは、ただ舶来品好きというだけで済まされる話ではない。この支払いに充てるために、合衆国は莫大な借金をしている。
2007年11月7日、米財務省は、国家債務が史上初めて9兆ドルの大台に乗ったと発表した。債務シーリングと呼ばれる上限を議会が9兆8150億ドルに引き上げてから、わずか5週間後のことだった。合衆国憲法が正式に発効した1789年から1981年まで、国家債務が1兆ドルを超えることはなかった。2001年1月にジョージ・ブッシュ大統領が就任したとき、負債額は約5兆7000億ドルになっていた。その後、負債は45%も増加している。この巨大な負債を生んだ最大の原因は、世界中の国々が持つ防衛予算の総額にたった一国で対抗できるまでに増大した軍事支出である(下の表を参照)。
この過剰な軍事支出は、ここ数年で発生したものでもなければ、単にブッシュ政権の政策が生み出したものでもない。これは、まことしやかなイデオロギーに基づいて、長年にわたって積み重ねられてきたものだ。軍事支出を続ける仕組みは、もうアメリカの民主政治体制に深く組み込まれていて、いま大惨事を招こうとしている。このイデオロギーを「軍事ケインズ主義」と呼ぶ。なんとしても戦争経済を永遠に続け、軍事に金を使っていれば経済を潤すと信じるイデオロギーである。しかし軍事支出は、通常経済の生産にも消費にも何ら良い影響は与えない。
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世界の軍事大国トップ10と現行予算の推定総額
1 アメリカ合衆国 6230億ドル(08年度予算) 2 中国 650億ドル(04年度) 3 ロシア 500億ドル 4 フランス 450億ドル(05年度) 5 日本 417億5000万ドル(07年度) 6 ドイツ 351億ドル(03年度) 7 イタリア 282億ドル(03年度) 8 韓国 211億ドル(03年度) 9 インド 190億ドル(05年度推定) 10 サウジアラビア 180億ドル(05年度推定)
全世界の軍事支出合計 1兆1000億ドル(04年推定) 合衆国を除く全世界合計 5000億ドル
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このイデオロギーの誕生は冷戦の初期にさかのぼる。1940年代後半、合衆国は経済の先行きを悲観していた。1930年代の大恐慌は第二次世界大戦の特需という僥倖で切り抜けたが、平和の訪れと兵士の帰還につれて、恐慌の再来に対する不安が広がってゆく。1949年にはソ連が核実験に成功し、中国共産党が内戦での勝利を目前にしていた。さらに国内の不景気に加えて、ソ連の衛星国が結束し東欧に鉄のカーテンが降ろされた。危機感を募らせた合衆国は、来るべき冷戦に備えて、基本戦略の策定を模索する。
こうして、国務省の政策企画室長だったポール・ニッツを中心に、軍国主義的な国家安全保障会議報告書68(NSC68)が作成された。1950年4月14日付けで報告書は提出され、同年9月30日にハリー・トルーマン大統領が署名している。この文書が、今日まで続く公共経済政策の根幹を決定した。
NSC68は結論で次のように述べている。 「アメリカ経済は、効率を十分に高めれば、民間消費以外の目的にも膨大なリソースを提供することが可能であり、同時に高い生活水準も維持できる。これが第二次世界大戦の経験から得た最も重要な教訓のひとつである」
この結論に基づき、アメリカの戦略担当者たちは、大規模な軍需産業の構築に向けて舵を切った。目的は、(常に過大評価していた)ソ連の軍事力に対抗すること、完全雇用を実現すること、そして恐慌の再来を回避することだった。その結果、ペンタゴンの主導で、大型航空機・原子力潜水艦・核弾頭・大陸間弾道ミサイル・監視衛星および通信衛星などを製造する新しい産業が続々と生まれた。この変貌を目の当たりにしたアイゼンハワー大統領は、1961年2月6日の退任演説で、こう警告している。「巨大な軍隊と大規模な軍需産業が結合した。アメリカが、かつて経験したことのない出来事だ」。軍産複合体の台頭である。
1990年には、武器と機器と軍需専業工場が持つ資産価値の合計は、アメリカ製造業全体が有する資産価値の83%を占めるようになる。1947年から1990年までの軍事予算は累計8兆7000億ドルだった。ソ連が崩壊した後も、軍事ケインズ主義への信奉はむしろ強くなったろう。軍の内外に既得権益が網の目のように張り巡らされているからだ。
政府は、軍需産業と民需産業をともに発展させるつもりでいた。だが、この計画は、時とともに脆くも崩れ去る。軍需産業が民需産業を圧倒してしまったために、アメリカ経済は深刻な弱体化に陥った。軍事ケインズ主義を信奉することは、経済にとって、ゆっくりと死に至る自殺行為に他ならない。
2007年5月1日、首都ワシントンにある経済政策研究センターは、軍事支出の増加が経済に及ぼす長期的な影響について、ある研究論文を発表した【2】。この論文は、同研究センターが、経済予測を専門とするグローバル・インサイト社に委託した調査の報告書で、研究の中心となったのは経済学者ディーン・ベイカーである。
論文によると、軍事支出の伸びは当初こそ需要を刺激する効果をもたらすが、その効果は長く続かず、6年もすればマイナスに転じる。言うまでもなく、アメリカ経済は、過去60年以上にわたり、増え続ける軍事支出に苛まれてきた。ベイカー博士は、高い軍事支出を10年間つづける経済モデルを作り、軍事支出を低く抑えた基本モデルと比較している。その結果、前者は後者よりも、雇用が46万4000件も少なくなることが分かった。
ベイカーはこう結論する。 「戦争が起こり軍事支出が増えれば、経済が活性化すると一般に考えられている。しかし実際には、ほとんどの経済モデルが示すように、軍事支出が増加すると、消費や投資などの生産的な目的に使われるべきリソースが軍事産業に流れ、結局は経済成長が鈍り雇用が減る」
これは軍事ケインズ主義の悪しき影響の一端にすぎない。
▽アメリカ経済の空洞化
合衆国には巨大な軍隊と高い生活水準を同時に維持するだけの財政的な余裕があり、完全雇用実現のためには、この両方が必要だと信じられてきた。しかし実際には、そうはいかなかった。
国内の大手製造業をことごとく国防総省の専属企業にして、何の投資価値もなく消費もできない武器という製品を作らせ続けたために、民間の経済活動が停滞していった。60年代には、この事実が明らかになってゆく。歴史家のトマス・ウッズ・ジュニアは、50年代から60年代にかけて、国内の優秀な研究者の3分の1から3分の2が軍需産業に流出したと見ている。こうして民間が資金や頭脳を失った結果、どれだけの技術革新が実現されなったことか。もちろん、それを知るすべはない。しかしアメリカは、60年代になって、日本が生産する家電や自動車など種々の消費財が、デザインも品質もアメリカ製より勝っていることに気づくようになる。
核兵器の例を見れば、ことの異常さに息をのむだろう。40年代から1996年まで、合衆国は、核兵器の開発・実験・製造に5兆8000億ドル以上を費やした。備蓄がピークに達した1967年には、3万2500発もの配備可能な原子爆弾と水素爆弾を保有していた。結局、幸いながら、1発も使われることなく無駄になった。
このように政府は、雇用の維持だけを目的に、不必要な仕事を作り出すことができる。軍事ケインズ主義の本質がここに見事に示されている。軍事上の秘密兵器だった核は、アメリカにとって経済上の秘密兵器でもあった。2006年になっても、なお9960発が保有されている。正気を失わないかぎり、今日いかなる使い道もない代物だ。
ここに費やされた何兆ドルもの資金は、さまざまな問題を解決するために使うことができたはずだった。社会保障を充実させ、国民皆保険を導入することもできた。教育の質を高めて、誰もが高等教育を受けられるようすることもできた。高度な技能職がアメリカ経済から流出することも、きっと止められたに違いない。
軍事ケインズ主義の弊害については、コロンビア大学のシーモア・メルマン教授(1917年〜2004年)が先駆的な研究を残している。産業工学と生産工程を専門としたメルマンは、冷戦が始まってから軍備増強にかまけてきたアメリカが、思いがけない窮状に追い込まれることを予見していた。1970年に出版された著書(Pentagon Capitalism: The Political Economy of War 仮題『ペンタゴン資本主義 戦争の政治経済』)から引用しよう。
「1946年から1969年にかけて、合衆国政府は軍備に1兆ドルを越える支出を行った。その大半がケネディからジョンソンへ続く両政権下での出来事で、この時代に[ペンタゴンが主導する]国家管理体制が正式な制度として確立された。1兆ドルという金額は、想像を絶する規模(1兆個の何かをイメージできるだろうか)に違いないが、軍備のために国民にかかる負担の総体を計る目安とはならない。真のコストは、失われたものの中に潜み、国民生活が諸方面で荒廃してきた度合を集積することによって計られる。[際限なく軍備を拡張する]人間の愚かな行為を長期にわたって正せなかったために、この荒廃がもたらされた」
トマス・ウッズが、メルマンの分析はアメリカ経済の現状によく当てはまるとして、貴重な解説文を書いている【3】。 「米国防総省によると、1947年から1987年までの40年間に、7兆6200億ドル(1982年のドル価値で換算)が資本資源として軍備に支出された。一方で商務省は、1985年に、国内の工場設備やインフラの総価値を7兆2900億ドル強と推定している。つまり、この40年間に支出された資本資源を使っていれば、アメリカの資本ストックは2倍に増えていたことになる。あるいは、既存の設備を一新して近代化することもできた」
21世紀に入って、アメリカの製造基盤はほぼ消滅してしまった。その主な原因のひとつが、設備や器材などの資本資産を近代化または交換しなかったことにある。特に、メルマンが専門としていた工作機械の分野で、投資を怠ったことによる弊害が顕著に表れた。1968年11月、5年にわたる設備調査で次のことが明らかになる。
「合衆国で使われている金属加工用の工作機械は、その64%が使用年数10年を越えていた。主要な工業諸国のなかで最も古い工業設備(ドリル・旋盤など)を使っていることになる。これは、第二次世界大戦が終わってから、ずっと老朽化が続いてきたことを示している。資本と研究開発能力が軍需産業に偏っているために、アメリカの産業は衰退と劣化の一途をたどってきた。産業構造の基盤となる金属加工業の現状が、この事実の証左となる」
1968年以降も、産業の衰退に歯止めをかける取組みは何ひとつなされていない。今日では、放射線治療に用いる陽子加速器(おもな生産国はベルギー・ドイツ・日本)などの医療機器から車やトラックにいたるまで、あらゆる機器を大量に輸入する事態に陥っている。
▽「唯一の超大国」の終わり
アメリカが「唯一の超大国」でいられた束の間の時代は終わった。ハーバード大学経済学部のベンジャミン・フリードマン教授が次のように述べている【4】。
「いつの時代でも、政治・外交・文化の諸分野で絶大な影響力を持つ国家は、例外なく世界最大の債権国だった。アメリカが英国から盟主としての役割を引き継いだ時期は、英国にかわって最大の債権国となった時期と一致している。これは何も偶然の出来事ではない。もうアメリカは世界第一の債権国でないばかりか、実状は最大の債務国である。世界への影響力を保つためには、強大な軍事力を盾とするしかない」
アメリカが被った損害をすべて回復することはできないだろう。しかし、緊急に実行すべき対策がいくつかある。
まず、ブッシュ政権が2001年と2003年に実施した高額所得者に対する減税策を廃止する。さらに、この帝国が世界各地に築いた800を越える軍事基地を撤去する事業に着手する。防衛予算から、安全保障に何の関係もないプロジェクトをすべて切り捨てることも必要だ。そして、防衛費をケインズ主義の職業プログラムに使うことを止めなければならない。
このような対策を取れば、危機をどうにか切り抜けられるかもしれない。もし何も対策を取らないなら、おそらく国家は破産し、長い恐慌の時代を迎えることになる。
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月刊『世界』誌、08年4月号掲載
原文: Chalmers Johnson, "Going Bankrupt: Why the Debt Crisis Is Now the Greatest Threat to the American Republic," the TomDispatch.com (Jan. 22, 2008).
URL: http://www.tomdispatch.com/post/174884/Tomgram:%20%20Chalmers%20Johnson,%20How%20to%20Sink%20America
▽訳注
【1】アレックス・ギブニー監督が、エンロンの崩壊を描いたドキュメンタリー映画を作成し高い評価を受けている。その映画のタイトルが「だれよりも頭がいい男たち」だった。邦題は「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したか」。
【2】Dean Baker, "the Economic Impact of the Iraq War and Higher Military Spending," Global Insight (May, 2007).
http://www.cepr.net/documents/publications/military_spending_2007_05.pdf
【3】Thomas E. Woods, Jr., "What the Warfare State Really Costs," LewRockwell.com (Sept. 12, 2007).
http://www.lewrockwell.com/woods/woods81.html
【4】記録映画「時限爆弾」でのインタビューより。"TIME-BOMB: America's Debt Crises, Causes, Consequences and Solutions," directed by John F. Ince (2007).
【解説】1957年6月、渡米した岸信介首相は、首都ワシントンの郊外で、アイゼンハワー大統領とゴルフを楽しんだ。2006年11月、ベトナムでジョージ・ブッシュ大統領に会った安倍晋三首相は、50年前に祖父がパットを決める瞬間を撮った記念の写真を手渡している。その写真に、プレスコット・ブッシュ上院議員も半ズボン姿で写っていたからだ。二人の孫たちは、それぞれ家の伝統に思いをはせたかもしれない。しかし、写真が冷戦を反映していたとは考えもしなかったろう。
チャルマーズ・ジョンソンによると、アメリカはソ連との冷戦に備え、日本の民主化をあきらめて衛星国とする方針に切り替えた。まず対策として、財閥と保守勢力を復活させ、犯罪組織と繋がりを持つ極右勢力を解き放つことにした。これらの勢力がもともと反共だったからである。1948年12月、東条英機らが処刑された翌日に、A級戦犯だった岸は、児玉誉士夫とともに巣鴨から釈放されている。政界に復帰した岸について、ジョンソンはこう言う。ナチス政権下で軍需相を務めた「アルベルト・スピアがドイツ首相になっていたら、ニューヨーク・タイムズ紙もさすがに黙っていなかったろう」。
アメリカは、児玉などを介して、鳩山一郎や河野一郎に資金を渡し、自由民主党の結成(1955年)を助けた。CIAは、対日工作に関する機密文書を保管しているはずだが、合衆国の法に反してまで、半世紀を過ぎた今でも公開を拒否している。朝鮮半島に残る冷戦の傷跡は、誰の目にもよく見える。駐留する米軍。半島を分かつ三八度線。しかし自民党による一党体制と、孫子の代までアメリカに追従する政策が、冷戦の置き土産だと知ることは難しい。
アメリカが冷戦の勝利を信じ、唯一の超大国だと誇ったとき、驕りや過信を罰する女神ネメシスが降り立った。ソ連と同じように、アメリカも冷戦に敗北したとジョンソンは訴える。広大な帝国を維持しようと、過激な軍国主義と無謀な経済政策を続ければ、いずれ破綻するしかない。カエサルがルビコン川を越えたとき、ローマは共和制を捨てた。アメリカは帝国を捨て民主制を守れるか。いま選択の時が迫っている。(安濃)
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