ワシントンで開かれた第1回緊急金融サミットが打ち出した課題は何か。最大のテーマはいうまでもなく目下進行中の米国発世界金融危機への対応策であり、金融市場改革のために規制を導入することになった。従来の野放図な自由放任から規制への転換を明確にしたもので、2009年4月末までに開かれる第2回金融サミットを目指して、規制をどう具体化し、実行するかが焦点となった。米国を震源地とする世界金融危機は、東西冷戦後の米国一極支配の時代が終わることも意味しており、世界は新しい時代へ足早に踏み込みつつある。
▽首脳宣言が意味するもの ― 新自由主義の破綻
11月16日朝(日本時間)閉幕した第1回緊急首脳会議(金融サミット)が採択した首脳宣言の要点はつぎの通り。 *金融市場と規制の枠組みを改革し、当局の国際連携を強化する *すべての金融市場・商品・参加者が適切に規制されることを誓約する *保護主義は拒否し、今後1年間は新たな投資・保護障壁を設けない *金融市場の改革・規制で行動計画を採択する
以上のような宣言は、規制のない自由放任型から規制を織り込む経済、特に規制型金融市場 ― 過剰規制は抑えるとしても ― への転換をうたったもので、これは米国を本拠地とする野放図な新自由主義すなわち市場原理主義への批判と新自由主義からの転換を意味している。今回の「100年に一度の危機」といわれる米国発の世界金融危機をもたらした新自由主義の破綻を宣言したに等しいともいえよう。
現地、ワシントンで取材した毎日新聞の清水憲司記者はつぎのように書いている(毎日新聞11月17日付)。 米国発の金融危機にどう対処するかが最大のテーマだった金融サミットを主導した欧州と新興国はサミット前から規制強化・拡大を要求。これに対しブッシュ大統領はサミット直前まで「自由な市場は経済繁栄のエンジン」と抵抗していたが、会議で噴出した米国批判の前に妥協せざるを得なかった。 首脳宣言には総論的とはいえ、広範な規制強化が盛り込まれ、米国流の市場原理主義が修正を迫られる形になった。首脳宣言は「いくつかの先進国は、高利回りを求める不健全なリスク慣行など市場に積み上がったリスクに対処しなかった」とも指摘。国際金融を大混乱に陥れた米国が名指しに近い形で断罪された ― と。 適切な評価といえるのではないか。
▽大手メディアの社説はどう論じたか―弱い批判的視点
ところが大手紙の社説には「新自由主義」を批判する視点が弱いという印象が残る。
朝日新聞社説(11月17日付、主見出しは「G20緊急サミット この結束を緩めるな」)はつぎのように指摘している。 大きな課題は、国際的な金融監督・規制の立て直しだ。国境を越えて活動する金融機関を監視する枠組みづくりなどで合意したが、その具体策では先進国間にも意見の違いがある。例えば、世界的な監督機関の創設といった規制強化を指向するフランスなどの欧州勢と、なお自由な市場を原則としたい米国との対立だ ― と。 この社説は欧州と米国との対立を描いている。しかし断罪する側の欧州と金融危機の責任を断罪される側の米国とが平等対等の立場で客観的な議論を重ねる金融サミットだったのかどうか。
その一方でつぎのようにも書いている。 議長のブッシュ米大統領が読み上げた共同宣言は、危機の原因について「いくつかの先進国の当局はリスクを適切に評価せず、金融の技術革新についていけなかった」と総括した ― と。 この総括は、規制のない「金融の技術革新」、つまり新自由主義(=市場原理主義)こそが金融危機の原因であり、それが破綻したことを意味しているといえるのではないのか。
毎日新聞社説(11月17日付、主見出しは「金融サミット 歴史に残る協調を形に 保護主義の台頭を許すな」はつぎのように書いた。 とりわけ意義があったのは、首脳が自由貿易体制の重要性をここで強調し、保護主義政策は取らないと誓ったことだ。「今後12カ月、貿易や投資にかかる新たな障壁を設けない」と明言し、暗礁に乗り上げた世界貿易機関(WTO)の自由化交渉(ドーハ・ラウンド)を今年中に大枠合意に持ち込む決意を示した ― と。
「保護主義拒否、自由貿易推進」は常套句である。これを掲げなければ、むしろニュースになる性質のものであり、ついでに首脳宣言に書き込んだ文言ではないのだろうか。本筋の話しとは言えそうにない。この種の社説を読むと、今回の首脳会議は、金融危機サミットではなく、自由貿易推進サミットだったのか、という錯覚に陥る。
▽米国一極支配の終わり(1)― 存在感高まる新興国
今回の金融サミットの最大の特色は、従来の自由放任から規制、特に金融規制への転換を明確に打ち出したことだが、もう一つ見逃せないのは、米国一極支配の時代が終わりを告げたことである。 何よりも首脳会議が従来のように先進国7カ国(G7)にとどまらず、G20で開催されたことにそれが表れている。 G20とは、G7メンバーの日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダのほか、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合(EU)を含む20カ国・地域である。このG20の国内総生産(GDP)は世界経済全体の8割、人口は3分の2を占めている。
G7以外の新興国の首脳たちの発言はもはや無視できない。その存在感が高まってきた。 *胡錦涛・中国国家主席「国際機関の上層部の人選方法を改革し、発展途上国の代表権、発言権を高めるべきだ」 *シン・インド首相「今回の危機は新興国が原因ではないが、最大の被害者は新興国なのだ」 *ルラ・ブラジル大統領「これ以上、危機が拡大しないための最善の解決策は、金持ち国家が自分たちだけで解決しようとしないことだ」 (これらの発言は15日、サミットの場やメディアに対し述べた。朝日新聞11月17日付) いずれの発言も、従来と違って外野席からの注文ではなく、新しい時代を創るための会議に出席したうえでの発言であるところに重みがある。
朝日新聞社説(11月17日付)は以下のように指摘した。 活力の衰えた先進国は、新興国の成長力に不況脱出への助力を期待せざるをえない。 それは「米国一極支配」が決定的に転換することにも重なる。米国は冷戦終結後、突出した軍事力と、情報技術や金融をテコにした経済力で世界をリードしてきた。それがイラク侵攻でのつまずきと金融危機で崩れつつある。世界秩序の動揺を乗り切るため登場したのがG20体制だといえよう ― と。
▽米国一極支配の終わり(2)― ドル基軸体制と軍事力覇権主義の行方
米国一極支配の終わりとは、その背景に、世界通貨の中での米ドル基軸体制、さらに世界の軍事費1兆3000億ドル(約120兆円)の半分以上を占める米国軍事力による覇権主義 ― の過大な負担に米国自身が耐えられなくなってきているという現実がある。
麻生首相は首脳会議後の内外記者会見でつぎのように「ドル基軸通貨体制を支える」と述べた。 今回の問題の根底に貿易の不均衡がある。これを是正するために、基軸通貨国は赤字の体質を改めてもらう。また過度に外需に依存している国は内需拡大に努める必要がある。こうしたすべての国の政策協調によってドル基軸通貨体制を支える努力を払うべきだ ― と。 しかしこの米国支援発言は、あまり注目されなかったらしい。むしろ多くの国の関心はドル基軸通貨体制後の新たな通貨体制をどう創っていくかにある。
日本は外貨準備高9800億ドル(約95兆円、08年10月末現在)のうちほとんどをドル建ての米国債購入に充て、米国財政赤字の穴埋めに貢献している。ドル崩落が起これば、日本はたちまち兆円単位の巨額の損失をこうむる仕掛けになっており、いわばドルを軸にした日米運命共同体である。麻生首相にしてみれば、ドル基軸通貨体制の擁護以外の選択肢はないという思い込みに囚われているのだろうが、この日米運命共同体からどう脱出するかは大きな課題である。米国一極体制の終わりは、そういう課題を日本に突きつけていることを忘れてはならない。
もう一つは軍事力による覇権主義の行方である。ドルと同様にこれも日米運命共同体となっている。その仕掛けが日米安保体制であり、日米安保条約は日米間の軍事同盟と経済同盟の法的基礎となっている。安保条約の第2条(経済的協力の促進)が経済同盟を、第3条(自衛力の維持発展)、第5条(共同防衛)、第6条(基地の許与)などが軍事同盟を基礎づけている。特に沖縄をはじめとする巨大な在日米軍基地の存在なくしては、イラク、アフガニスタン攻撃にみる米国の覇権主義行使も困難に陥るだろう。
米国はブッシュ政権時代の覇権主義のごり押しとその破綻とによって世界の中での孤立を深めている。いわば難破船同然の覇権主義の下請けともいえる地位に日本はいつまで甘んじるのか、その是非と選択を迫っているのが米国一極支配の終わりという歴史的現実である。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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