今年もまた多くの若者たちが成人の仲間入りをする。成人としてどういう生き方を選択するか、もちろん「人それぞれ」であっていいが、多少なりとも考えてみたいことは、この国のあまりにも寒々とした現実である。その現実から逃れることができない以上、求められるのは現実と向かい合い、変革しようという意欲であろう。変革への有力な手がかりとなるのが平和憲法の理念をどう生かすかではないだろうか。
「成人の日」は祝日法(1948年公布・施行)によって制定され、1月15日だったが、ハッピーマンデー制度導入によって2000年から1月第2月曜日に該当する日に変更された。月曜日を祝日(休日)とすることによって連休日を増やし、暮らしにゆとりを持たせようという狙いがあった。
さて大手メディアは09年成人の日(1月12日)に何を論じたか。ここでは以下の3紙を取り上げる。まず1月12日付社説の見出しと本文(要旨)を紹介しよう。
▽朝日新聞=成人の日 荒海のなかへ船出する君
まさに津波のような経済危機のまっただ中だ。景気はどんどん悪くなる。勤め先が倒産した。採用の内定を取り消された。そんな話を知り合いや先輩から聞けば、自分はどうなるかと不安や焦りも募るだろう。 これから先に待っているのは少子高齢化の社会だ。多くのお年寄りを、少ない働き手で支えなければならない。老後の年金は、いまのお年寄りほど手厚くない。それなのに、国が背負う借金のツケをしっかり回されるのだ。 目を世界に転じれば、グローバル化の大波が、強者と弱者、金持ちと貧乏人などさまざまな格差を生んできた。資源やエネルギーの浪費は、地球の温暖化をもたらした。
しかし、嘆いてばかりでは、その若さが泣こうというものだ。 時代を変えるのは若者の力だ。 今年はちょうどいいチャンスだ。衆議院の選挙がある。選挙は世の中を動かすきっかけとなる。とりわけ今回は日本の政治の姿が大変わりする可能性があるのだ。 傍観者のままでいると、若者が抱える問題は置き去りにされかねない。せっかくおとなになったのだ。ちょっと投票所に行ってみよう。若者の一票一票を積み上げてみよう。 荒海に乗り出す船は、若いこぎ手を求めている。
▽東京新聞=成人の日に考える 変化の時代に立つ君へ
新成人の皆さんは、昭和から平成へと移る時代の大きな節目に生まれ、混迷と不安と変化の時代を生きている ―。このようにひとくくりにされてはみても、渦中で過ごした当事者には、「新しい時代」を歩んできたという実感は、乏しいに違いない。 突然ぶり返した就職氷河期も、派遣切りも、医療不安も、年金危機も、地球温暖化問題も、君たちのせいではない。
二十歳になったからといって、その日から風景ががらりと変わるわけではない。それでも「成人」という人生の節目は、大切にしてほしいと強く希望する。 例えば、二十年の過程を振り返り、五感に触れる季節の移ろいを味わいながら、循環するいのちを感じ、他者との関係性を見直して、視野を広げる契機にしてほしい。そうやって、人は「大人」になっていくものだ。
世の中「変化」ばやりである。でもそれは、他者から与えてもらうものではない。自らに課すべきものであるはずである。 きょう成人の日。この強い逆風に向かって立つことができるよう、まず自らを変化に導く節目にしてほしい。
▽読売新聞=成人の日 将来の選択は地に足を着けて
自身の将来や自分たちの社会をどうしていきたいのか。自ら考え、選択していくのが、大人になるということだろう。「選択」は、大人としての責任を果たすキーワードだ。今年は、それにふさわしい衆院選が秋までには実施される。 20〜24歳の投票率は、2005年の衆院選が43%、07年の参院選が33%で、他の年代より低い。まず投票所へ足を運ぼう。
昨秋以降の金融危機に伴う景気悪化で、仕事や住居を失った人、家族や友人が苦境に陥った人もいるだろう。各政党や候補の政策をしっかり見極めたい。
自らの進路も慎重に選びたい。就職後3年以内の離職率は、05年春の大学卒業者では36%に上る。適性をきちんと把握し、悔いのない選択をしてほしい。 自分や社会の進路の選択に確かな視点を持ち、地に足を着けて大人社会への一歩を踏み出そう。
▽若者に期待するキーワード ― 変革
上記3紙の社説に盛り込まれている共通のキーワードを引き出せば、それは「変革」である。 朝日は「時代を変えるのは若者の力だ」と強調している。 東京は「強い逆風に向かって立つことができるよう、まず自らを変化に導く節目にしてほしい」と訴えている。 読売は「自分や社会の進路の選択に確かな視点を」と指摘している。
オバマ次期米大統領のキャッチフレーズ、「Change(変革)」にあやかって変革がキーワードになることは時代の新しい流れといえる。弱肉強食を無慈悲にごり押しした新自由主義路線の破綻、世界恐慌、さらにブッシュ米大統領によるアフガニスタン・イラクへの攻撃・占領政策の破綻、その上、目下進行しつつあるイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの執拗な攻撃とパレスチナ側の1000人近い死者(うち子どもが4分の1以上も)、4000人を超える負傷者 ― をみれば、変革なしにはもはや前へ進めないことは歴然としている。
若者たち自身にとっても変革は切実なテーマである。結婚情報サービス会社「オーネット」が今年の新成人を対象に調査(男女832人回答)したところ、「結婚したい」が80%、一方「経済的基盤がないとできない」が85%にものぼっている。結婚したいという当然の希望が、現実には阻まれているという実態が浮かび上がっている。この現実をどこまで変革できるか、いいかえれば変革は単なるスローガン、理想ではなく、切実な日常的課題になってきている。
▽憲法理念を生かして(1)― 「平和=非暴力」の実現を
では何をどう変革するのか、それが問題である。それなりの明確なビジョン(目標)とそれを実現させる実践が伴わなければ、絵に描いたモチに終わるほかないだろう。 私(安原)は憲法の平和理念を取り戻し、生かし、実現させていくこと ― が不可欠と考える。ここでの「憲法の平和理念」の「平和」は、従来の「平和=非戦」にとどまらず、広く「平和=非暴力」ととらえる。 例えば生存権が脅かされるのも暴力である。人間が経済の主役としてではなく、逆に経済の奴隷と化して企業利益の最大化に苦役させられる状態も暴力である。だから平和とは非戦はもちろんのこと、生存権が保障され、人間が経済の主人公としての地位を取り戻して振る舞うことができる状態などを指している。
具体的には以下の5つの憲法条項の理念をどう生かしていくかである。 *憲法前文の「平和共存権」と9条の「戦力不保持と交戦権の否認」 *13条の「個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重」 *18条の「奴隷的拘束及び苦役からの自由」 *25条の「生存権、国の生存権保障義務」 *27条の「勤労の権利・義務、労働条件の基準、児童酷使の禁止」
▽憲法理念を生かして(2)― 21世紀版「奴隷解放宣言」も
上記の5つの憲法理念について説明したい。 前文には「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とある。恐怖とは戦争という暴力であり、欠乏とは貧困、飢餓などの暴力である。 平和共存権と9条の戦力不保持を生かすためには核兵器廃絶、非武装中立(常備軍を廃止し、永世中立宣言をしているコスタリカ方式)、さらに非武装中立のための前提条件として日米安保体制(=軍事・経済同盟)の解体を長期的視野に入れておく必要がある。
13条に「立法その他の国政上、最大の尊重を必要とする」と定めてあるにもかかわらず、現実には「生命・自由・幸福追求の権利の尊重」は空文化している。ここでの「自由」とは、やりたい放題のことに時間とエネルギーを浪費することを意味しない。「私の勝手でしょ」という姿勢は間違っている。人間としての誇りをもって正面を向いて生きることだ。
18条に「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。また犯罪による処罰を除いては、その意に反する苦役に服させられない」とある。本条は「奴隷制または自由意思によらない苦役」を禁止するアメリカ合衆国憲法修正条項をモデルとして制定されたとされる。 ここでの「奴隷的拘束」とは、「自由な人格を否定する程度に人間の身体的自由を束縛すること」を、「苦役」とは、「強制労働のように苦痛を伴う労役」を意味している。 特に「奴隷的拘束」という文言を明記したこの条項をどれだけの若者たちが自覚して認識しているだろうか。新自由主義路線の下では長時間労働、サービス残業で酷使され、一方新自由主義破綻に伴う大不況とともに、大量の解雇者が続出する現状では奴隷同然、人権無視の扱われ方というほかないだろう。これでは21世紀版「奴隷解放宣言」が必要ともいえるのではないか。
周知のように25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」となっている。しかし現実には貧困、格差の拡大、病気の増大、医療の質量の低下、社会保障費の削減 、税・保険料負担の増大― などによって生活の根幹が脅かされている。この現実をどう変革するかは緊急の大きな課題である。
27条に「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」とあるが、現実には失業者のほかに非正規労働者があふれている。適正な労働の機会を国や企業が保障しないのは、「労働は権利、義務」という憲法に違反している。
日本における「変革」とは、以上のような憲法理念の実現のために「誇り」を持って自ら努力することである。遠慮しないで、堂々と「人間としての叫び」を上げよう! 他人任せでは変革はできない。変革への第一歩としてまず平和憲法の学習から取り組んでみてはいかがだろうか。 特に憲法9条については「九条の会」(ノーベル文学賞受賞者、大江健三郎氏らが呼びかけ人)が全国各地に、企業内にすでに7000以上も誕生し、活躍している。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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