「買い物で世界を救う」「みぢかな国際協力」というわかりやすいキャッチフレーズで日本でも人気上昇中のフェアトレード商品。途上国の生産者と先進国の消費者が対等な関係を結んで取引することを目指すフェアトレード市場が世界中で伸びている。だが、市場規模の拡大につれ、フェアトレードと名がつけば、それでいいのかという疑問符がつくものも中にはまじっている。フェアトレードとは何か。フェアトレードの認証業務を行う国際フェアトレードラベル機構(以下FLO)とFLOジャパンが最近打ち出したフェアトレード大豆商品取り扱い開始に伴う「大豆&豆類のフェアトレード基準」作成の動きを事例に、そのことを考えてみた。(松平尚也)
◆はじめに
昨年発表された「世界のフェアトレード市場2007(※1)」によると、フェアトレード製品の世界全体の市場規模は、23億ユーロ(約3,700億円)とわずか3 年間で3 倍近くに拡大したということだ。フェアトレードの認証業務を行う国際フェアトレードラベル機構(以下FLO)は、その結果、途上国の58カ国、150万人上の生産者が、安定した取引を行い、教育や医療の充実を実現したと報告している(※2)。
フェアトレードは、第二次世界大戦後、ヨーロッパの意識ある市民らによって始められた。その初期においては、コーヒー、紅茶、バナナ、カカオといった典型的な商品作物が多くを占めてきた(フェアトレードは小規模生産を基本としているが)。しかし近年は、オレンジやグレープなどのジュース原料、ワイン、オリーブオイルなどの多様な食品から衣料品、サッカーボールまでと多岐に渡るフェアトレード製品が扱われるようになっている。
一方、日本におけるフェアトレードの活動は、20年程前から国内で産直や消費者運動を行ってきた市民団体や生協が、途上国の生産者と顔の見える提携を重視しながら展開してきた。しかしフェアトレード商品が市場的価値を持つようになった最近は、イオンなどの大手食品小売業でも取扱いが始まり、大きなシェアを誇るようになっている。こうした傾向は世界的にも強まっており、FLOは昨年 スターバックスが世界最大のフェアトレード認証コーヒーの購買者となったと発表した。その一方、フェアトレードの生産者は小規模な組合が多くを占めるため、巨大企業が影響力を増してくると、価格や交渉において生産者が翻弄される恐れがあると、海外のNGOからは批判の声が上がっている。
◆期待される日本の市場
2008年12月、FLOと日本国内で認証業務を行うFLOジャパンは、ショッキングなニュースを発表した。それはフェアトレード大豆商品取り扱い開始に伴う「大豆&豆類のフェアトレード基準」作成である。しかも大豆からできる製品としてFLOが想定しているのが「豆腐」や「豆乳」で、「この産品こそ、日本がリーダーシップを発揮できる市場。生産者の認証はこれからだが、商品化にご関心のある企業様はぜひご一報を」と、大きな市場として日本が期待されている事を明示している。
何故ショッキングだったのか?
これまでのフェアトレード商品の特徴は、コーヒーやバナナ、熱帯産品などの日本では栽培しにくい作物や商品が多い、つまり 日本国内の農産品とは競合が起きていない点にあった。しかし大豆は、日本では「畑の肉」と呼ばれ、味噌や豆腐や納豆など様々な形で加工され食卓に欠かせない食べ物の一つだ。にも関わらず現在の日本の大豆の自給率は5%。そんなに低ければ影響は少ないのでは? という方もいるかもしれない。しかし実際は、輸入大豆の大半が油糧種子と呼ばれる植物油に使用されている。食用大豆の自給率は全体よりも高く、何とか20%台を維持しているのが現状だ。
フェアトレード大豆は、豆腐や納豆に使用されるこの食用国産大豆に将来影響してくると考えられる。具体的な数字を見てみると、問題はより明確化されるだろうか。フェアトレード大豆の価格は、1トンが560USドルで1ドル=100円としても56000円。キロ56円ということになる。一方、国内農家の大豆生産費(2007年)は、キロ約400円である一方、農協にそのまま出荷すれば110円にしかならない。転作により支給される交付金など様々な補助金を含めてもキロ300円代にしかならず、赤字の状態が続いている(※2)。
◆日本の大豆自給率低下の原因
そもそも大豆の自給率がここまで低くなった原因には、戦後の経済政策が根底にあった。日本は敗戦後、米や大豆などの食料増産運動を推進し、日本の大豆栽培は最盛期を迎えた。しかし1950年代も中ごろになると、日本は工業製品を輸出する見返りに、農産物の関税を次々に自由化していく。特に当時世界の貿易自由化を推進していたGATT(関税と貿易に関する一般協定)加盟のための農産物輸入枠拡大を日本が受け入れたため急速に輸入が増大。そして1961年に大豆の輸入を自由化し、70年代には無税で輸入され始め、産地は大打撃を蒙っていった。1954年に42万haを記録した大豆生産面積は、わずか15年後の1969年には10万haにまで減少。その一方で輸入量は急増し、1953年には戦後初めて50万トンを突破。1960年には100万トン、10年後の1971年には3倍の320万トンと増加の一途を辿った。
1978年以降もその量は伸び続け、この20年は400〜500万トンを推移している(※3)。世界の大豆の貿易量は約6000万トン。日本は世界の大豆の1割弱を輸入する、大豆輸入大国でもある。しかし中国など新興国の大豆輸入増加により、年々確保が難しくなっているのもまた事実だ。
特に中国の大豆輸入は、21世紀に入って急増し、今や世界の大豆貿易量の3割を輸入するようになっている。日本の大豆輸入元であるアメリカやブラジルでは、中国のバイヤーが日本の商社より高い値を付けるため、買い負けするケースが相次でいると言う。
◆「大豆ショック」の経験
日本は1973年、当時の大豆輸入量の95%を依存していたアメリカに大豆禁輸措置を受け、大豆の値段が大暴騰するという「大豆ショック」を経験した。豆腐の値段は倍に値上がりし、大豆製品全体が高騰したとも聞いている。いわば大豆を輸入に依存する危険性について身を以って体験したのである。しかしその後に日本政府が取った政策は、輸入元の多元化であり、国内自給を高めていくという方策が取られることはなかった。フェアトレード大豆を考える背景として、こうした歴史的観点も含めて積極的に考えていく必要があるのではないだろうか?
FLOは、「大豆や豆類というと、大規模なプランテーションで生産されているイメージだが、途上国の多くの小規模生産者(ブラジル、インド、中国、エチオピア、ビルマなど)にとって重要な現金収入で、変動の激しい国際相場の影響を受けている」とし、「新基準の導入により、多くの小規模生産者が参加でき、彼らの生活向上に寄与できる」とフェアトレード大豆の貿易に期待を示している。
しかし注意が必要なのは、輸出想定国の多くが、国内に貧困人口を抱え飢餓が存在する国々だということだ。つまりフェアトレードといえども農産物の輸出が拡大すると、相手国内で飢えを引き起こしてしまう可能性もある。昨年の春、世界を食料危機が襲い、食料価格が暴騰。食料が手に入らない人々が激増した。世界各地で暴動が起こり、ハイチでは政権交代にまでつながった。食料輸出国においても食料が逼迫し、自国民の食料を確保するための輸出規制を行った。その一方、日本を含め食料輸入国では、食料価格が軒並み高騰。ありとあらゆる食品が値上がりし、食料を輸入に依存する怖さを学び、食料自給そのものを再考すべき機会を迎えたはずであった。
◆変革を求められるフェアトレード
フェアトレードもまた然り。有機農法などの栽培的な基準だけでなく、各国の食文化や農業の歴史から学び、輸出国・輸入国関わらず、その国の食料自給に影響を及ぼすような産品の貿易は行うべきではないのである。逆に言うと、フェアトレードの基準に、それぞれの国・地域において食料主権が守られるような在り方を盛り込んでいく必要がある。そして同時に、商品作物の貿易だけでなく、地域自立や内発的な発展という道を模索していく段階に来ていると考える。
◆オルタナティブへの胎動
その点、日本のフェアトレードの草分けである日本ネグロス・キャンペーン委員会が組織改編し、日本を含むアジア各地で農業・漁業を軸に「地域自立」をめざす人々の経験を分かち合い、協働する場を作るためにAPLAを立ち上げたのは興味深い動きである。アジアにおける地産地消や協同組合運動支援。コーヒーやバナナなどの商品作物に頼らない、自給自足を目指した農村づくりと交流。日本におけるアジアと日本の人びととの交流やむらとまちをつなぐ活動、とどれも実践的で面白い活動を展開していている(※4)。
国内においても大豆トラスト運動など自給力を高める様々な試みが存在する。そうした内外の試行錯誤の積み重ねこそがこの世界をフェアにしていく道のりだと思う。フェアトレード大豆の出現をきっかけにして、改めてフェアトレードの公正さについて議論が生まれていくことを強く望みたい。
(まつだいら・なおや、アジア農民交流センター、AMネット)
(※1)フェアトレードラベルジャパンWEB参照
http://www.fairtrade-jp.org/whats_new/000012.html (※2)農業経営統計調査平成19年産大豆生産費
http://www.jeinou.com/topics/2008/07/25/093855.html (※3)大豆関連データファイル
http://www.maff.go.jp/soshiki/nousan/hatashin/daizu/siryo/index.html (※4)APLA(Alternative People’s Linkage in Asia)
http://www.apla.jp/
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