北朝鮮の「人工衛星打ち上げ」をめぐってロケットの一部が落下してくるなど万一の場合を想定して、日本政府は自衛隊に「MD(ミサイル防衛)」による「破壊措置命令」を出した。命令を実行するためにイージス艦などがすでに配置済みとなっている。これは戦後初めて軍事力を行使する準備態勢を意味している。 その真の標的は何か。目指すものは実は北朝鮮の脅威に名を借りた「MD利権拡大のための血税浪費」であり、ひいては「憲法9条の破壊」につながるとも言えるのではないか。
メディアの多くは、政府の説明をほぼそのまま報道するだけで、今回の「破壊措置命令」が何を意味するのかが霧の中に隠されている印象がある。それだけに多面的な情報、分析を素材にして真相を探る必要がある。その一つとしてつぎの「声明」を紹介する。 これは「杉原浩司:核とミサイル防衛にNO!キャンペーン」による声明で、「みどりの未来」(環境政党を目指す市民運動組織で、共同代表は稲村和美・兵庫県議、井奥まさき・兵庫県高砂市議)のメーリング・リストで入手した。声明は4月1日に行われた〈「迎撃」名目のミサイル防衛発動を許すな!4・1防衛省行動〉の際、防衛大臣あてに提出された。
▽ ミサイル防衛発動をやめ、自衛隊を撤収させよ!
【声明】の内容(大要)は以下の通り。 緊張激化と憲法破壊のミサイル防衛発動をやめ、自衛隊を撤収させよ! 〜血税と9条を標的とした「迎撃ごっこ」の中止を求める〜
3月27日、麻生政権は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による「人工衛星打ち上げ」に対して、「ミサイル防衛(MD)」を発動する「破壊措置命令」を決定した。現場指揮官に迎撃権限を丸投げする「文民統制」逸脱の命令を、浜田防衛相が発令し、空自PAC3部隊の首都圏展開及び浜松から東北への移動展開が行われた。SM3搭載の海自イージス艦2隻が日本海へ、非搭載1隻が太平洋へ展開した。米韓のイージス艦も展開している。 自衛隊を戦後初めて戦闘準備態勢に入らせるこの措置は、歴史に大きな禍根を残す重大な転回点になりかねない。MDが「平時」に戦時体制を持ち込む危険な装置であることも実証された。
北朝鮮のロケット打ち上げは、北東アジアの軍事的緊張を高め、軍拡競争を促進させる。私たちは北朝鮮に対して、打ち上げ中止を要求する。北朝鮮は、宇宙条約加盟や事前通告など正規の手続きを整えてはいるが、核開発に加えて長距離弾道ミサイル能力を獲得し対米交渉カードにすることへの懸念を払拭していない。「人工衛星」だと言うなら、ロケットを情報公開すべきだ。
一方で、日米は、ロケット打ち上げを国連安保理決議違反だとしているが、ミサイルと確認できない現段階で、宇宙条約で保証された宇宙開発の権利まで制限することはできない。日本は、宇宙の軍事利用に踏み込む「宇宙基本法」を制定し、軍事衛星増強に向かっている。米国は、宇宙の軍事覇権に固執し、宇宙への兵器配備さえ視野に入れたMDを推進している。日米に一方的に北朝鮮を非難する資格はない。とりわけ日本は、米国でさえ「迎撃の用意はない」とする中、「潜在敵国の宇宙進出を軍事力によって阻止する」という2001年の米ラムズフェルド宇宙委員会のシナリオをなぞるかのような突出ぶりを見せている。
北東アジアで繰り返される「ミサイル危機」の根本原因は、在日米軍の圧倒的な軍事力による北朝鮮や中国の包囲にある。トマホーク巡航ミサイルの増強やMD配備のみならず、原子力空母ジョージ・ワシントンの横須賀母港化や巡航ミサイル原潜オハイオの初寄港など、攻撃力の強化が続いている。日本も、イージス艦の増強やヘリ空母就役など、その攻撃性を進化させている。 さらに、今回のMD発動は全くデタラメな茶番劇である。PAC3の実験は標的の飛翔距離が短い非現実的なものに過ぎず、ハワイ沖でのSM3の実験は失敗した。そして、日本政府が想定する、打ち上げ失敗によるロケットの突然の落下に対する迎撃は、当の米国さえ実験自体を実施しておらず、到底不可能である。今回の発動の目的は、データ収集とMD作戦の予行演習にある。
MD発動の標的は、血税と憲法9条に据えられている。ここぞとばかりに自衛隊のプレゼンスを見せ付け、MDの正当性をアピールすること。さらに、戦時態勢に住民と自治体を動員することで憲法9条の足枷を取り払い、日米軍需産業に巨大なMD利権を保証することが目論まれている。これはまさしく、「憲法破壊命令」そのものだ。 私たちは、北東アジアにおける軍拡競争が宇宙へと拡大しかねない重大な局面に立ち会っている。軍拡スパイラルからの脱却は、「ミサイル防衛」ではなく「ミサイル軍縮」の先にしかあり得ない。自らが相手に与えている脅威を自覚し、保有兵器を相互に削減していくアプローチを粘り強く探る以外に、持続可能な平和に至る道はない。
米国のMDレーダーの建設候補地とされたチェコでは、市民の強力な運動によって、受け入れ協定批准が停止され、親米政権自体が崩壊に追い込まれた。私たちは、チェコの人々の努力に学びながら、MDからの撤退と北東アジアの脱軍事化に向けた取組みを継続することを表明し、以下の通り当事者に要求する。
*北朝鮮政府は、 ・緊張を激化させるロケット打ち上げを中止し、宇宙開発計画の情報公開を行え。 ・ミサイル発射実験と核・ミサイル開発を断念せよ。 *米国政府は、 ・MD配備を撤回し、トマホークの発射態勢を解除し、すべての先制攻撃兵器を撤去せよ。 ・「米軍再編」を中止し、核廃絶を行い、北東アジアから米軍を本国に撤収させ、縮小せよ。 *日本政府は、 ・「破壊措置命令」を撤回し、自衛隊を即刻撤収させよ。 ・PAC3のレーダー波の影響や発射時の爆風のガス成分などすべての情報を公開せよ。 ・ミサイル防衛から撤退し、宇宙の軍事利用を放棄せよ。 ・日米安保条約を破棄し、自衛隊を縮小・廃止せよ。 *三者は、 ・韓国、中国、ロシアなどとともに六カ国協議などあらゆる機会を活用して、北東アジアの非核・非ミサイル地帯化に向けた外交努力を行え。
2009年4月1日 核とミサイル防衛にNO!キャンペーン 事務局 (連絡先)東京都大田区西蒲田6-5-15-7 (E-mail)kojis@agate.plala.or.jp (TEL・FAX)03-5711-6478 (HP)http://www.geocities.jp/nomd_campaign/
▽ミサイル防衛(MD)発動の標的は、血税と憲法9条
今回のMD発動の真の狙いは何か。上に紹介した「声明」にはいくつかの示唆に富む指摘が含まれている。まず声明の基本的姿勢が公正であることを挙げておきたい。北朝鮮に対する感情的な反発を避けて、日米の対応を批判するだけでなく、北朝鮮への注文も忘れてはいないからである。 それにしても多くのメディアの反応は北朝鮮に対し、いささか感情的になってはいないか。この際、声明が言及しているつぎの諸点は冷静な検討に値すると考える。
(1)MDは「平時」に戦時体制を持ち込む危険な装置であること 「自衛隊を戦後初めて戦闘準備態勢に入らせるこの措置は、歴史に大きな禍根を残す重大な転回点になりかねない」という指摘に着目したい。 日本列島の上空で軍事力行使が公然と行われようとしていることの歴史的意味を見逃すわけにはいかないだろう。北朝鮮に対する国民の負の感情を巧みに操ろうとしているかにも見える。
(2)日米に一方的に北朝鮮を非難する資格はないこと 北朝鮮が悪玉で、日米が善玉という二分法は、ブッシュ前米大統領が得意とした手法だが、その手に簡単に乗せられるようでは、その結果としての災難はやがて我が身に降りかかってくるだろう。 上記の声明の中のつぎ指摘はおおむね正しい。軍事力で見る限り、日米安保体制による日米軍事同盟を拠点とする日米一体の軍事力は世界最大にして最強である。
北東アジアで繰り返される「ミサイル危機」の根本原因は、在日米軍の圧倒的な軍事力による北朝鮮や中国の包囲にある。日本も、イージス艦の増強やヘリ空母就役など、その攻撃性を進化させている ― と。
(3)MD発動の標的は、血税と憲法9条に据えられていること 以下の分析も的確といえるのではないか。
ここぞとばかりに自衛隊のプレゼンスを見せ付け、MDの正当性をアピールすること。さらに戦時態勢に住民と自治体を動員することで憲法9条の足枷を取り払い、日米軍需産業に巨大なMD利権を保証することが目論まれている。これはまさしく、「憲法破壊命令」そのものだ ― と。
「破壊措置命令」は何を隠そう「憲法破壊命令」そのものだという指摘はたしかに的を外していない。しかもそれがMD利権という血税の浪費にもつながることになれば、多くの国民にとって「泣きっ面に蜂」という表現ではいささか穏当にすぎるかもしれない。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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