本紙では「不逞朝鮮人」「在日特権」といった言葉をさまざまな場で使用している東京都議会議員吉田康一郎氏(民主)と同議員が所属する民主党に対し、6月26日付けで公開質問状を送付した。都議会に議席を持つこれ公党の政治家として、どのような考え方でそうした発言を行い、政治家としての社会的責任をどのように考えておられるかを明らかにすることが、報道機関としての使命と考えたからだ。ここでは、吉田氏がどのような発言をしておられるか、インターネット上で公開されているものからその一部を紹介し、本紙の公開質問状の趣旨を明らかにしておきたい。(村上力記者)
●「在日特権を許さない市民の会」などを激励する吉田氏
2009年1月10日に行われた在特会主催の「在特会 全国大会」に、東京都議会議員の古賀俊昭氏(自民)と、吉田康一郎氏(民主)が、激励を寄せていた。特に吉田康一郎氏は、集会に登壇し、以下のように発言している。
以下、吉田氏発言―――
東京都議会議員の吉田康一郎でございます。在特会の活動というのは、私も横で拝見させていただいて、時々ご一緒に活動させていただいたりしてですね、これは大変大切な活動を今の日本においてはしているんだと、こういうふうに思っております。今、桜井会長のお話がありましたけれども、今の日本の保守というのは、物言わぬサイレントマジョリティになってですね、ノイジーマイノリティが大きな声で好き勝手言うことを、一歩譲って二歩譲って三歩譲って、もう自分たちの立つところすら無くなりつつあると。それぐらいまで譲ってしまっているのが、今の良識的な日本国民の居場所、立場だと思います。今度私は民主党に所属していまして、党内でもいろいろな軋轢があるんですけれども、私は自分の信念に基づいて、例えば、外国人の地方参政権やあるいは国政参政権、こういうものは、絶対に認めてはいけないと、こういう立場でこれまでも活動してまいりました。これからも活動してまいります。民主党という党内において、例えば外国人の地方参政権、あるいはその先に視野に入れていると、あちこちの方が言っている、国政参政権、こういうものには、絶対に反対していく、こういう立場で、引き続き、活動を致してまいります。そしてですね、この外国人参政権の問題のみならず、在特会が取り組んでいらっしゃる、様々な、まあ在日の方々の特権、これもわが国の政府、政治家が、ずっとほったらかしにしてきたというか、そういう問題であります。国民の意見は、やはり透明で公正な社会を求めている中で、これまでは、いろいろな歴史的経緯から、目をつぶってきたという在日の特権という問題についても、もうそろそろ、特権というものは、どういう立場の方でも認められないんだと。国民が等しく、いろいろな責務と、権利を行使するのでありますし、在日の方はまあ、国籍を取っていなければ国民でないんですけれども、日本社会の一員として、生活をし、活動をするということであれば、日本国民と同じような、権利と、義務関係をきちっと、これは国籍にかかわることですから参政権は別にしてですね、そういうものをちゃんと履行しそして享受をする。こういうふうに是正をしていかなければ、まじめに暮らしている日本国民が報われないと。こういうふうに思います。しかし、それをなかなか声を大にして言う組織、機関、勢力がありません。こういう中において、在特会の活動というのは、本当に大切なことを、大変少数でありますけれども、やっていただいている。そして皆様の活動というのは、実は多くの国民が、本当はその通りだなと思っているけれども、一部の人達に、厳しくつるし上げられたりするのが、怖いから目を瞑っているけれども、心の中ではそのとおりだと思っているという国民がたくさんいらっしゃるのではないかと、私はこのような思いで、在特会さんの活動に、大変な理解というか、応援もさせていただきたいと思って、これまでも一緒にデモに参加をさせていただいたりしております。
http://www.youtube.com/watch?v=cG2mNmS4P74 ―――以上
本紙では、「在日特権を許さない市民の会(以下、在特会)」などの、新興の保守運動を繰り返し批判してきた。「在特会」は、「強制連行はなかった」といういわゆる「自由主義史観」に基づき、在日コリアンの特別永住権を「在日特権」であるとして、その廃止を訴え、「在日というのはやくざそのものである」「朝鮮学校はテロ養成学校だ」「韓国人というのは、虚言民族だ」などと会長自ら公然と発言している非常に差別的な団体である。「在特会」は、在日外国人への福祉給付金や朝鮮学校への助成金の廃止を、役所等に訴えたりしていた。
上の発言の中からは、吉田氏が「在特会」の設立趣旨と活動に共感し、また「在日の特権」なるものの廃止に取り組むという意思表明がなされている。政治家の発言には責任があるとともに、ある程度の力がある。吉田氏の発言は「在日特権」というものがあるという前提で発言をしている。
●吉田氏、東京・渋谷で「不逞朝鮮人は全員出て行け」「反日運動をするような韓国人朝鮮人は出て行ってくれ」と演説
2009年2月21日に、在特会主催で竹島問題をテーマにしたデモと集会が東京・渋谷で行われた。この催しは、竹島を韓国領土だと主張する「不逞朝鮮人」を渋谷から、日本列島から叩き出すという趣旨である。その集会に激励に駆けつけた吉田議員は、「不逞朝鮮人は全員出て行け」と演説した。
「不逞朝鮮人」もしくは「不逞鮮人」という言葉は、1923年に関東大震災が起こった際に、混乱した日本人がデマ情報によって多数の朝鮮人を殺戮した時に使われた言葉である。そのような言葉を、吉田氏は政治家として、若者が集まる渋谷で叫んだのである。
以下、集会での吉田議員の発言と、集会で上げられた「決議文」である。
吉田氏発言―――
どうもみなさま、お疲れ様でございます。東京都議会議員の吉田康一郎と申します。先ほど西村代表からご紹介がありました通り、先般、対馬に行ってまいりまして、あきれた、日本国政府のあきれた状況、それにまた漬け込んでというか、虎視眈々と、対馬の領有というものを目指していると思われる、韓国の、いろいろな政治家を含めた、官、民の様々な状況というものを、私も、他の議員と共に調査をして、これは日本として、きちんとした立法措置を講じなければいけないという提案をし、国会に働きかけて、今いろいろな動きが起きているのは、みなさんも、ご存知のとおりであります。この韓国が、対馬と、竹島と、それからありもしない島を、李承晩政権のときに、アメリカに対して、これは韓国のものだから、アメリカに、引き渡せと、こういう要求をしてみたり、あるいは、私も歴史を粒さに調べて、今度、産経出版から、本に寄稿させていただくんですけれども、昔からですね、ありもしない捏造の根拠を作り上げて、李朝に服属していただとか、いろんなことを言って、このまあ、まさしく妄言、妄言を積み重ねて、対馬の領有ということまで、主張する。竹島については今実力行使で、奪い取って、今実効支配を積み重ねている。今こういう状況でありますけれども、対馬にしても、竹島にしても、日本固有の領土であることは、国際法上も、全く疑いの無い事実であります。(聴衆:そうだ!)(聴衆:朝鮮人は汚い!)私はですね、排外主義ということで、外国人をなんでもかんでも追い出せというのではなくて、台湾の方でも、日本の統治時代を大変に高く評価し、感謝し、こういう方々が、台湾の本土に沢山いらっしゃる。そして、実は朝鮮韓国の人でも、日本の統治時代を知っていた方々に、個別にお話を聞くと、日本の統治時代というのは良かったんだけど、こういう方が多数いらっしゃるのを、圧制でもって、あるいはいろいろな組織的な弾圧によって、たとえば親日財産没収法とかでができました。様々な圧力で本当は彼らも知っているはずの日本統治時代はよかった、日本人というのはいい人なんだということを、国をあげて押しつぶして、反日教育、そして反日朝鮮人韓国人を再生産する。こういう不幸なシステムの中にあるわけで、本来の韓国と日本、朝鮮と日本の関係を悪化をさせることをやっているこのシステム、これをやっている組織、これをやろうとしている人たちに対して、厳しい抗議、怒り、そしてあるいは、制裁行為、こういうことを行わなければいけないし、わが国に対する主権侵害行為に対しては、断固としてこれを拒否し、それに対して怒りの声を上げていかなければいけない、こういう立場でですね、今日はですね、たとえば、不逞朝鮮人は全員出て行けと、まあ勿論不逞であれば全員出て行けなんですけども、たとえば、竹島の領有を主張するような不逞な朝鮮人は出て行けと、あるいは日本において、反日運動をするような韓国人朝鮮人は出て行ってくれと。こういうことが本来の趣旨でありまして、日本に親しみを覚え、日本人が好きで、日本と共に仲良くしようという人たちまで敵に回そうということではなくて、そういう方々を味方にして育てていかなければいけないと、こういう意味で、そして今、デモの目的は、味方を増やし、これを日本国の世論にすることでございますので、日本国民が、なるほどあの方たちの言っていることはその通りだと、いうふうにわかりやすく、小泉さんがあれだけ訳の分からないことをやっても、国民の人気が高かったのは、ワン・ワード・ポリティク、一言でもって、みなさまの心に入ることをスカッと言って、良く分からないけれどもみなさんそれで納得してしまったということがありますので、本日の街頭のスローガンにあたっても、町行くいろんなより多くの人達が、スカッと胸に入るように、竹島の領有を主張するような不逞な朝鮮人は出て行けと、こういう条件付けをはっきりとしていただいて、味方を増やし、敵が文句をいえない、こういう活動を、より皆様の怒りのエネルギーを効率的に、政治活動にエネルギー転換していただくように、是非お願いを申し上げて、皆様のこの素晴らしい活動が、日本、津々浦々まで響き渡って、日本が誇りある精神を取り戻す、それが竹島、対馬、あるいは尖閣諸島、あるいは先島諸島、あるいは北方領土、南カラフト、すべてきちんと、諸外国が日本に返さなければならないと、こころから思うような日本になるように期待をいたしまして、私からの応援ご激励のごあいさつにさせておきます。本日はがんばってください。よろしくお願いします。
http://www.youtube.com/watch?v=NWa17frCFPk&feature=related ―――以上
決議文−−−−− 2月22日は竹島の日、竹島が島根県に編入された日である。明治38年(1905年)2月22日、島根県告示第40号に基づき、島根県知事が所属所管を明らかにしたことに由来する。 その竹島が韓国に軍事占領されて久しく、この不当な現状が既成事実化している。それは偏に韓国に対する日本政府の弱腰腑抜けに起因する。この腑抜け弱腰外交は韓国・朝鮮人を増長させて止まず、今や対馬まで韓国領だとして侵略の野望をむき出しにしている。 日本人による竹島の知見は江戸時代にさかのぼり、1618年には鳥取藩伯耆国米子の町人・大谷甚吉、村川市平衛は同藩主を通じて幕府から鬱陵島への渡海免許を受け、毎年一回鬱陵島に渡航してアワビの採取、あしかの捕獲、樹木などの伐採に従事した。両家は葵の御紋を打つ出した船印たてて竹島近海の開発を進めたのである。この海域は両家の労苦で長く豊饒の海として栄え、多くの海産物を遠く江戸まで送り届けていた。 この我が国固有の領土を韓国は昭和29年(1954年)9月、軍事占領して今日に至っている。この軍事占領に先立って韓国は「李承晩ライン」を一方的に線引きし、我が国海洋資源を略奪し、挙げ句の果てに日本人漁民を銃撃するなど、23人に上る同胞が虐殺された。拿捕された漁船は300隻、4000人の漁民が抑留され、収容所では容赦のない虐待を受けた。我が国漁民が受けたこれら血の債務を韓国はそれ以上の対価として贖い、日本国民に決済しなければならい。 日本政府は韓国の経済危機の尻ぬぐいなどすることはないし、かの国が破産したところで日本は痛くもかゆくもない。韓国は日本が朝鮮半島を統治したおかげで近代国家へ脱皮できた。その貢献に対し、恩を仇で返す朝鮮民族をこれ以上救済する気など日本国民は欠片も持ち合わせていない。朝鮮人へ警告する!これ以上日本にたかるなと。 先祖が営々として築き上げてきた領土を守るのは日本民族に課せられた義務である。竹島を韓国領と言い張る不逞朝鮮人をこの渋谷から、日本列島から一人残らず叩き出そう。 日本民族の怒りを声高く叫ぼう!「韓国の日本侵略を許さないぞ!」「不逞朝鮮人は日本列島から出ていけ!」と。 平成21年2月21日 竹島を韓国から奪還するぞ!デモ行進一同 ―――以上
公開質問状の回答期限は、本日6月30日となっている。
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