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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2009年08月09日00時12分掲載
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世界の左翼とイランの選挙 大衆蜂起への評価が分裂する理由 イマニュエル・ウォーラーステイン
イランの最近の選挙とその合法性への異議申し立ては、イランで大きな国内対立を起こしており、世界でも際限のないような議論を呼ぶ事態になっている。その議論はしばらく続きそうだ。最も興味深い結果の一つは、自分自身を世界の左翼に属すると見なしている人々の間での世界中の議論が深く分裂していることである。アハマディネジャドとハメネイの状況分析を事実上、無条件に支持する者から、事実上、無条件に反対する者まで多岐にわたり、その中間にはさまざまな立場がある。これは、イランの実態を説明するものであるとともに、世界の左翼の実態を説明するものでもあるかもしれない。(Agence Global特約)
イランで何が起きたのか?選挙があった。投票率が非常に高いようであった。政府は、現職のマフムード・アハマディネジャド大統領が圧勝したと発表した。他の3人の候補者の支持者は、数字は不正であると非難した。そうした非難の主な2つの根拠は、開票過程の迅速性と閉鎖性、それに地域別の投票結果の一部におかしなことがあったことである。イランでの最高権威のハメネイ師は、投票結果は基本的に正しく、従って選挙はまったく合法的なものであると明確に主張した。彼は、誰もが結果の有効性を認め、それに異議を唱えることをやめたと主張した。
選挙後ただちに、多くの人々が街頭に繰り出し、報じられた結果に抗議し、数え直しか選挙のやり直しを求めた。こうした抗議が勢いを得ると、アハマディネジャドとハメネイは、ますます厳しい抑圧的な手段で対応した。革命防衛隊といわゆるバシジ(民兵のようなもの)は、抗議者を街頭から追い出すために、多数の部隊を使い、その過程で何人かを殺し、多数の人々を逮捕した。
現在、野党の主要な人物、ミル・フセイン・ムサビ大統領候補と2人の主要な支持者、アクバル・ハシミ・ラフサンジャニ元大統領とモハマド・ハタミ元大統領は、選挙は「合法的」な結果をもたらさなかったと主張し続けている。彼らはこの点で、得票数の少ない他の2人の候補者に支持されている。
これらの主要な人物は何を望んでいるのか?彼らは皆、1978年から1979年の革命の忠実な支持者であり、イラン・イスラム共和国を守るために全力を尽くしていると主張する。要するに、彼らは体制変革は求めていない。それどころか、彼らは現在政権を握っているグループよりも、イラン革命のもともとの精神のより忠実な支持者であると主張している。
世界の左翼はこれのすべてをどう解釈したのか?イランでの現在の状況は、特に特異ではない。なにしろ、世界中の多くの国で、これまで長い間、大規模な大衆抗議があった。従って、世界の左翼はイラン情勢を比べる無数の類似のものを持っている。まず初めに、1978年から1779年のイラン革命がある。だが、1989年の中国での天安門事件、無数の国で1968年に革命があり、最近では旧共産諸国でのいわゆるカラー革命、ラテンアメリカ諸国では多くの出来事があり、フランスでは1995年にゼネストがあった。お望みなら、さらにさかのぼって、ロシア革命にフランス革命がある。
確かに、「世界の左翼」はーそれが何であれーそうした大衆の抗議のほとんどについて統一した見解を持っていない。実際、現代の世界の左翼の主要な問題の一つは、さまざまな種類のそうした大衆の抗議に直面して、集団として統一性をもたないことである。
集団として統一性を持たない理由は、3つある。一つには、そのような大衆の抗議の結果への幻滅という長い歴史がある。特に、最近の50年間はそうである。二つ目は、ほとんどの国で今日、伝統的左翼の政治運動の客観的な組織的弱さがある(今日の世界の左翼の主要な代弁者は主に、大部分が独立の知識人か非常に小さな組織にいる活動家でありがちである)。第3に、いわゆる左翼の分析は、具体的状況を分析する時に、何を見るべきかと考える点で基本的に異なるという事実がある。
ある者は主に国家間の関係を見る。地政学的に、特定の政府が別の指導者たちによって交代させられるか、政権が違った種類の政権に代わった場合の結果はどうなのか?現在のイランの場合は、同国が核問題だけではないが主にそれをめぐって、米国(それほどまではいかないが西欧と)強い対立関係にあることは誰でも知っている。アハマディネジャド大統領は、米国に対するイランの強硬な立場と結び付けられている。彼とハメネイは、米国と英国がアハマディネジャドを排除させ、米国から見て、いいなりになりやすい他の人のために、大衆の抗議を陰で操っていると繰り返し主張している。ウゴ・チャベスは主にこうした理由から、アハマディネジャドを全面的に支持した。これは状況を分析するには、もっともらしく思えるが、限界がある考え方である。やはり、米国がミャンマーでの体制変革を望んでいるとの理由から、僧侶のデモを残忍に押しつぶしたミャンマーの現在の政権を支持する左翼はほとんどいない。
イラン国内の階級分裂に目を向けることも可能である。世界の左翼の内ある者は、ムサビの支持者は主に中産階級で裕福な人々であり、一方、アハマディネジャドの支持基盤は大衆であると主張する。従って、左翼はアハマディネジャドを支持すべきである、と彼らは言う。その他の左派は状況を違って分析し、これは単に2つの特権グループの間の闘争にすぎず、アハマディネジャドのテヘランの貧しい地区での支持は主に、上から下へのポピュリズム(あるいは、一層悪いベルルスコーニ風のパンとサーカス)の結果であると主張する。非ペルシャ語と非シーア派の農村地域は、ポピュリズムの分配から取り残されて、抑圧され、支配的民族集団を代表するにすぎないアハマディネジャドに敵対していると主張し、貧困層の間での民族的現実を指摘する者もいる。
さらに、多くの左派は基本的に聖職者の権力に反対する。彼らは聖職者の中心的役割に基礎を置いたどのような政権の正当性を認めることを拒否する。彼らはまた、現在のイラン政権がすべての非イスラム左派政党の役割を組織的に排除したことを指摘する。シャーの打倒を支持したそうした政党でさえ排除した。トゥーデ党(イラン共産党)は選挙結果を非難し、ムサビについて留保しながらも、ムサビの要求を支持した。
大衆蜂起がどこで起きようと、それについて2つのことが言える。一つは、政府に政策を変えるよう要求するために、人々が街頭にでることは、決して容易なことではない。すべての政府は、そうした要求に対して武力を使う用意があり、ある政府は他の政府より、一層迅速である。従って、人々が街頭に繰り出す時は、「外部者」が彼らを操作しているというだけの理由では決してない。1953年にCIAがイランでクーデターを図った時には、イラン人を街頭に繰り出させてした訳ではない。CIAは軍人とともに陰で動いて行った。街頭に出る危険を実際に冒す集団の政治的自主性を尊重すべきである。外部の扇動家の責任にするのは、安易すぎる。
他方、大衆の蜂起について2番目に言えることは、彼らは常に必然的に多くの要素の連合であるということである。デモ参加者の一部は、特定の差し迫った不満を持った人々である。ある者は、政府の顔ぶれを変えることを目的にしている、政権それ自体を変えることは目的にしていない。ある者は、政権を打倒したいと思っている。大衆のデモが、イデオロギー的に一致した人々の集団であることはほとんどない。蜂起は通常、そうした連合である時にだけ成功する。しかしこれは、蜂起後の結果は本質的に不確実であることを常に意味する。従って、世界の左翼は蜂起に対して、道義的・政治的支持をすることには慎重でなければならない。
われわれは非常に混乱した時代に生きている。整合性のある世界の左翼戦略は不可能ではない。だが、それは容易ではない。それはまだ達成されていない。イラン国内の闘争の世界への影響は明白ではない。世界の左翼は沈黙すべきではないが、慎重であるべきである。
*イマニュエル・ウォーラーステイン エール大学上級研究員
原文は8月1日配信
(翻訳 鳥居英晴)
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イマニュエル・ウォーラーステイン
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