民主化運動への弾圧をはじめ、ビルマ(ミャンマー)軍事政権による深刻な人権侵害は内外から強い批判を浴びているが、これまでほとんど知られていない人権侵害も少なくない。軍政とタイ政府との間で進められている、サルウィン川での複数の大型水力ダムの建設計画がそのひとつだ。外貨収入を目的としたこの開発によって、3万人の強制立ち退きや大規模な環境破壊などが懸念されている。その実態について、ビルマ情報ネットワークとメコン・ウォッチから『ビルマ軍政下のダム計画』が発行された。日本語訳と監修にあたった久保忠行さんに寄稿いただいた。(ベリタ編集部)
ビルマ:開発事業の代価 久保忠行
ビルマ(ミャンマー)では深刻な人道上の問題が起こっている――ビルマの内部事情を少しでも知っている人にとっては、「聞き飽きた」話であり、実際に観光客としてビルマを垣間見た人にとっては信じられない話かもしれない。ビルマ国軍の銃口が、外敵ではなく自国民に向けられていることを記した報告書には枚挙にいとまがない。他方で、観光客が垣間見ることができるビルマは「微笑みの国」でしかない。 そのビルマでは2010年、「総選挙」が実施され、軍事主導の政府がその支配をより強固なものにするとみられている。
この報告書には、もう一つのビルマの将来像が描かれている。それはビルマ国民ですら知り得ないビルマの「周辺」で起こりうる、あってはならない事態である。
本報告書『ビルマ軍政下のダム開発 カレンニーの教訓、バルーチャウンからサルウィンへ』は、東南アジアでダムのない河川としては最長のサルウィン川ダム開発事業に警鐘を鳴らすものだ。計画されているダムのうちの一つ、ウェイジーダムが建設されれば、推定3万人が立ち退きを余儀なくされ、世界自然保護基金が指定する「大メコン河地域の豊かな生物多様地域」を水没させる。農業や漁業といった生存基盤の破壊は、さらに多くの住民を難民化させる。開発によってビルマ政府が獲得する電力と外貨の代価は、あまりにも大きいことが伺えるだろう。
この警告は、単なる推定によるものではない。開発計画の影響をうける地域の住民には、水力発電事業による苦い経験がある。第二次世界大戦後、日本政府は戦後補償として、カヤー(カレンニー)州のバルーチャウン(ロピータとも呼ばれる)発電所の建設事業を承認した。同発電所は、ビルマ初の大型発電所で今なおビルマ中央部の電力源として重要な位置をしめている。しかし、送電線の下で暮らす住民にすら電力が行き渡ることはなく、貯水池による生態系の破壊は、人々の生活基盤を破壊することになった。この「教訓」こそ、本報告書執筆の原動力になっている。
開発の影響をうけるカレンニー(カヤー)の人々には、「うまくいかないこと」あらわす二つの諺がある。一つは「チュイ(引き抜く)・タクリ(反対に)・エタレ(木の葉のなる部分)・ト(否定詞)=木は引き抜くな(木は切るもので、一生懸命引き抜ぬこうとしても抜けない)」。もう一つは、「ニ(結婚する)・プ(子供)・メ(妻)・リャキャ(上流の人)・ト(否定詞)=上流の妻子を娶るな」である。これらは、サルウィン川上流に住む異民族との結婚を否定的に言いあらわす諺だが、別の見方をすれば、重力に逆らって下から上へ、そして自然の流れに逆らって下流から上流へ遡ることを戒めるものとも解釈できる。
ダムは水をせき止め、上流地域に甚大な影響を及ぼす。サルウィン川でのダム開発は現時点で、住民に何の利益ももたらさない。それでも開発を推し進めるならば、住民の十分な合意と正確な施工可能調査が求められる。この諺が、いつか新たな解釈を得てダム開発を皮肉るものとならないためにも、事業を見直す必要があるだろう。
【書籍情報】 「ビルマ軍政下のダム開発 カレンニーの教訓、バルーチャウンからサルウィンへ」 カレンニー開発調査グループ、2006年
報告書(PDF、約50MB)ダウンロードはこちらからどうぞ:
http://www.burmainfo.org/article/article.php?mode=0&articleid=489
日本語版発行 ・ビルマ情報ネットワーク ・特定非営利活動法人メコン・ウォッチ
日本語訳・監修 ・久保忠行 ・ビルマ情報ネットワーク
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