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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2009年08月29日10時55分掲載
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中国
古都・南京にも開発の波<下> 古建築や民俗文化より開発業者の利益を優先
南京市は2001年から立ち退きに経済的な補償をする政策を始めた。南捕庁住民が持っている「住宅取り壊し・立ち退き補償金額評価表」によると、不動産評価会社が住民の住宅につけた補償額は、1平米あたり約7200元である。しかし、評価する面積には中庭や回廊、廊下などは含まれず、一律入口の間口で計算し、ほとんどの家は20平米くらいの面積でしか計算していない。
十数万元の補償金額では、南京市内で住宅を求めることは不可能だ。南捕庁地区は南京でも「一類一級地区」で、周辺の中古住宅は平均1平米あたり1万2000元、新築で1万8000元になる。将来この土地に建設される「高級中国風別荘群」の価格は1平米あたり4万元だ。
これらの価格に住民は一切無関係である。政府が住民に用意した低価格の住宅は、市街区からバスで1時間以上かかる郊外だ。41歳の住民、張蘭玲さんは、とうてい納得できないという。「私も夫も肉体労働をしていて、月の収入は年金や健康保険を引かれて689元しかありません。私たちが働いている玄武区まで自転車で30分です。そんな遠くには行けません。バス代も出せないのです。朝3時起きで通勤しろというのですか。子供もここの学校に通っているのに、どうしたらいいんです?」
▽誰のための城南か
城南はいったい誰のためにあるのか。誰がその価値を評価できるのか。ここを取り壊したり残したりする資格を誰が持っているのか。住民たちには声をあげる機会がなく、保存を呼びかける専門家たちも隅に追いやられ、大規模な取り壊しの歯車は、なんの制限も受けずに回っている。
物議をかもしている南捕張歴史街区の計画案担当者で、東南大学都市計画研究院の都市計画の専門家、呉明偉は、政府の都市計画目標は以前から出されており、今年が何億かの任務を果たす年であり、目標に合わせて進めていることだと述べた。「60年が過ぎ、わが国の都市改造計画はほぼ一つのモデルで進められ、処理の方法も決まり切っている。一般民衆の参画はなく、反対する専門家も具体的プロセスには参加していない。政府が言うがままだ」
呉明偉は、建築の専門から見て、南捕張地区の建築物にはとくに保存する価値はないという。初期の計画案で、呉が出した保存建築はわずか10箇所で、その他はすべて取り壊すのだという。しかし、呉も「もちろん、古い住宅の処理には社会からの承認がなければならない。もし一般民衆の参画をはやくからしていれば、今日のような状況にはならなかった」と認めている。
呉明偉は03年から南捕張街区の計画を担当し、08年、南捕庁4号の場所の改造計画が出され、そのときは「部分入れ歯方式開発」(価値のある建築物を残し、価値のない建築物を取り壊し、一部は街並みを残して修復するやり方)というアイディアだったが、逆に罵倒された。
それは、今年5月、国家文物局の単局長が城南を視察したとき、新築の煕南里と、その隣で更地にされた安品街を見て、強い不満を表明した。「これが君たちの言う“部分入れ歯方式”なのか? 本当の歯はどこにあるんだ」と言われたことだ。道路幅は広く、建築物は見るからにピカピカの新築。古色の趣きのある煕南里の面影はなく、単局長から「総入れ歯じゃないか」と言われた。
▽旧市街の行く末は、誰が決めるか
開発業者の担当者は本誌記者や保存を呼びかける専門家達に、同意なくして強制的に取り壊したりしないとか、計画では40箇所前後の建築物を保存するとか、街並みを残すことに変更はないと請け合った。しかし、結果は?
強制取り壊しは行われている。呉明偉が我々に示した最新の計画では、保存される建築物はやはりわずかである。公開されていない計画書には、すべての道が拡幅され、最大で6.5メートルとなり、ほとんどがアスファルトの舗装道路だ。これは将来の別荘地区に車を通すためだ。呉は「ニーズと比例に基づく拡幅だ」と説明するが、拡幅された道路の両側に並ぶ高層建築に、いったい「街並み保存」の何があるのか。
01年から南京の城南古建築をずっと調査している周学鷹南京大学歴史学部教授は、「国家が定めた歴史文化都市の保護条例は、歴史のある都市や町、村の保護を規定しているのだ。まして国家レベルの歴史のあるこの待ちだ。古建築だけでなく、最も価値のあるのは全体の構造だ」
古建築の専門家で、東南大学建築学部の劉叙傑教授は、この開発計画案について、最も不満なのは調査の論証が不透明なことだという。「調査は公表すべきであり、専門家による論証がなければならない。世論の監督が必要だ。保存するにしても取り壊すにしても、まず根拠がなければならない。どんな状況によって政策決定がなされたのか、まったく不透明だ」
周学鷹教授はこうした状況を予想していた。2007年初め、南京市政府から城南全体の計画の担当者になってほしいという要請を受けたが、契約書を見ると、調査後は政府が組織した専門家委員会の意見と南京市計画局の意見によって修正されるとあった。「これでは調査がゆがめられる」と思った周教授はこの要請を断った。結局、この調査は、南京大学建築学院の趙辰教授と、その娘婿にあたる同学院の潘谷西教授が担当した。 その後、周学鷹教授、薛氷教授ら反対意見を持つ専門家は排除されてしまった。
▽住民の声が反映されない
『南京城市史』の著作のある薛氷教授は、城南で最も貴重なものはただ建築物だけではないという。城南には古都の生きた歴史が残されている。薛教授によると、城南には六朝時代の住宅区画が残っているという。その後、南唐の都となったが、それは北よりに建設され、明の朱元璋の宮殿も城外だった。それから1990年まで城南は2000年近く保存されてきた。「ここでは元朝時代、明代の道が見られ、清朝がどのように開発したかも見ることができる。皮市街、評事街は南京の歴史の痕跡だ。これらがいったん破壊されたら、もう見ることはできないのだ」
現在、日本の早稲田大学で研究を行っている姚遠氏(北京大学博士課程)は、南京で生まれ育った人だ。彼は2002年から7年間、城南を歩いて調査した。「私達が保存するのは古建築だけではない。非物質的な民俗文化であり、国民の財産権に対する信頼である」と彼は言う。姚遠氏によれば、このまま計画通りにいけば、取り壊しされる面積は、開発会社の利益と直接リンクし、設計者の設計費と正比例するだろうと、そうなると、歴史街区は「保存の価値なし」と結論づけられ、開発の手は早まるだろうという。
今年、退職した南京地方誌の専門家、楊永泉さんは言う。「(政治)指導者の前でノスタルジーなことは言えない。毛沢東は、梁思成(訳注:1901〜1972年。梁啓超の長男、日本で生まれた。建築家)が北京城を嘆いたのは政治問題だったとしていた。南京がノスタルジーでいられるものか!」
原文=『亜洲週刊』09/8/23 張潔平記者 翻訳(抄訳)=納村公子
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