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2009年09月01日17時21分掲載
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検証・メディア
英新聞界を揺るがせた電話盗聴疑惑−ガーディアンとニューズ社の対決の顛末は?
新聞ジャーナリズムはまだ死んでいないーそんなことを思わせるスクープ報道が、今年になって英国で相次いだ。テレグラフ紙とガーディアン紙による快挙とその影響に関する筆者の原稿が「メディア展望」(新聞通信調査会発行)9月号に掲載された。以下はその転載である。(在英ジャーナリスト、小林恭子)
読者の新聞離れやネットの普及による発行部数の減少と不景気による広告収入の激減というダブルパンチに見舞われる英新聞界で、今年5月以降、新聞ジャーナリズムはまだ死んでいないことを具現するかのようなスクープ報道が続いた。
先陣を切ったのは、保守系高級紙デーリー・テレグラフだ。下院議員の経費情報リストを極秘入手し、特別手当制度を利用して議員が経費を「灰色請求」していたことを、5月8日付紙面を皮切りに次々と暴露した。「灰色経費」の請求者はブラウン首相、ストロー司法相などの政府閣僚を始め、与野党のほとんどの議員だった。閣僚の辞任が続出し、来年春までに行われる総選挙には立候補しないと宣言する下院議員も相次いだ。政界を大きく震撼させたテレグラフの議員経費報道は、悲観的な見通しばかりが出る新聞業界で久しぶりの明るい話題だった。
7月、今度は左派系高級紙ガーディアンがメディア王ルパート・マードック氏に挑戦するようなスクープ報道を開始した。2年前、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)紙の王室担当記者と私立探偵が著名人の留守番電話を盗聴していた件で有罪となった事件があった。これの関連で、ガーディアンは7月、NOW紙や大衆紙サンが組織的に電話の盗聴を行っているという記事を出した。盗聴の対象は政治家も含む著名人「2000人から3000人」であるとし、読者を驚かせた。NOW紙もサン紙もマードック氏が経営する米ニューズ社の傘下にあるニューズ・インターナショナル社が発行元だ。右派高級紙『タイムズ』、日曜紙サンデー・タイムズも同社の発行で、英新聞市場で巨大な存在となるマードック勢力に宣戦布告をした格好となった。
先の盗聴事件の発生時にNOW紙の編集長だったアンディ・コールソン氏は、現在、野党保守党のコミュニケーション戦略責任者で次期首相候補デービッド・キャメロン保守党党首の側近となる。コールソン氏の去就、ひいては同氏を任用したキャメロン党首の判断にも疑問が呈された。下院委員会がガーディアン記者、コールソン氏やNOW経営陣などから事情を聴取するまでに発展した。
本稿では、ガーディアンによる盗聴疑惑報道を中心に、その影響の広がりや英メディア界にまん延する非合法な取材方式、テレグラフのスクープ報道とを比較・検証する。
▽盗聴事件の経緯
まず、NOW紙の王室担当記者(当時)と私立探偵が関わった留守電盗聴事件を振り返る。
2005年、ウィリアム皇太子の私生活に関する記事がNOW紙に複数回掲載された。皇太子周辺の人物の携帯電話を盗聴したのでなければ得られない情報が入っていた。王室側はこれを警察に通報し、捜査が開始。翌年、NOW紙のクライブ・グッドマン記者と私立探偵のグレン・マルケー氏が逮捕された。07年、両者は、調査権力規制法と刑事法違反で有罪となった。グッドマン氏には4ヶ月、マルケー氏には6ヶ月の禁固刑が下った。裁判の過程で、NOW紙とマルケー氏とが年間約10万ポンド(約1500万円)の雇用契約を交わしていたことが判明した。
NOW紙の編集長だったアンディー・コールソン氏は両者の有罪判決を受けて引責辞任。NOW紙及び発行元のニューズ・インターナショナル社は、グッドマン氏及びマルケー氏の盗聴行為は「二人だけが行っていた」として、組織ぐるみではなかったとした。しかし、NOW紙ばかりか、高級紙も含めた英新聞界全体で、実は盗聴も含めた非合法行為が行われているという噂は絶えず、筆者も複数の新聞やウェブサイトで噂を裏付けるような個人の逸話を目にすることが何度かあった。
▽非合法行為の報告書
06年、データ保護法や情報公開法の実施度を監視する公的団体「情報公開コミッショナーの事務所」が発表した報告書(「プライバシーの値段とは?」)は、大衆紙に加えて、タイムズ、サンデー・タイムズ、日曜高級紙オブザーバーなどを含む31の新聞や雑誌が私立探偵を使って非合法に個人情報を取得していることを明らかにした。02年の抜き打ち調査をまとめたものだが、ある私立探偵事務所に対し、前記のメディア組織から過去3間で約1万3000回の情報利用の申請があった。ある人物の個人情報をその人物の許可なく取得すればデータ保護法違反となる。一万強の情報申請回数のほぼ全てが違法行為に関与したと推察されている。
昨年、ガーディアンの契約記者ニック・デービス氏は、著作「フラット・アース・ニュース」の中で、私立探偵を使って個人情報を得る手法や、警察官、官僚などにメディア側が現金を払って情報を得る手法が少なからぬ数の報道機関で日常化している状態を書いた。
▽ガーディアンによる疑惑報道
7月8日、ガーディアンの盗聴疑惑スクープ報道が始まった。要点はマードック氏や同氏が経営するニューズ社及びその傘下のニューズ・インターナショナル社が、NOW紙やサン紙のために違法盗聴行為を組織的に行っていたとするもの。その「証拠」として、ニューズ社側がサッカーのプロ選手の団体「プロフェッショナル・フットボーラーズ・アソシエーション」トップ、ゴードン・テイラー氏と他2人(いずれも先のグッドマン氏とマルケー氏が電話盗聴を行っていたとする)に対し、1億ポンド以上の和解金を払っていたと暴露した。今年になって行われたこの支払いこそが、組織ぐるみの盗聴行為を示すものだ、と主張した。
記事を書いたのは、先の「フラット・アース・ニュース」の著者でもあるニック・デービス記者。記事の情報源はロンドン警視庁の「幹部」数人となっていた。
翌日9日、ニューズ・インターナショナル社は声明文を出し、テイラー氏らとの和解内容に関しては双方に秘密保持規定があるため、ガーディアン紙による「疑惑報道に関し、議論できない」とした。また、新聞業界の自主規制団体、英報道苦情委員会がグッドマン事件を受けて07年2月に刷新した業界倫理規定を遵守していると説明した。同時に、先述の情報コミッショナーによる報告書が明らかにした、私立探偵を使い、非合法な手法を講じている疑惑の31の新聞・雑誌の中にガーディアンの出版元ガーディアン・メディア社が発行する新聞(オブザーバー)が入っていた事実を付け加えることを忘れなかった。「こちらを批判するあなたはどうなのか?」と問いかけてきた。
▽記事の広がり
ガーディアンの記事は電話盗聴の対象者としてコメディアンから著名料理人、ロンドン市長、大物政治家の名前を挙げており、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
外野で見ていた他紙にとって、ガーディアン対マードック陣営という目が離せないドラマが突然降ってわいた。
左派系ガーディアンは非営利団体スコット・トラストが所有しており、質の高いジャーナリズムの維持を最優先とする、あるいは少なくともそのような姿勢を強調してきた。かつ、半身ヌードの女性の写真を三面に出すサンやゴシップ記事でスクープ報道を重ねるNOW紙は、ガーディアンからすれば悪いジャーナリズムの典型例、あるいはジャーナリズムでさえないと見下ろしているようである。マードック氏は英国内ではジャーナリズムの質よりも金儲けを最優先する人物(また別の見方としては非常に有能な経営者ともいえるわけだが)とする見方が強い。ジャーナリズムの面からは互いに正反対の場所に位置する(と少なくともガーディアンは考える)存在だ。
ガーディアンの一連の記事は先のクライブ事件に関わる警察の捜査のやり方や苦情報道委員会の調査の公正さにも疑問を呈し、検察当局が事件調査のファイルを見直す事態にまで発展した。
下院の文化スポーツメディア委員会は、関係者を呼んで質問を開始した。7月14日にはデービス記者とガーディアンのアラン・ラスブリジャー編集長らが、同月21日にはNOWの現編集長とコールソン元編集長、ニューズ・インターナショナルの法律顧問らが公開質問を受けた。その様子はテレビでも放映された。
14日の委員会出席の場で、デービス記者は盗聴が組織がかりで行われていたことを示す新たな証拠を複数提出した。そのうちの一つは、NOW紙の駆け出し記者がNOW紙のオフィスから、私立探偵マルケー氏に送った電子メールのコピーだった。これによれば、マルケー氏が留守電を盗聴して得たと思われるメッセージを記者がタイプし、「これはネビル用だよ」とマルケー氏に述べていた。「ネビル」とはNOW紙の先輩記者ネビル・サンダーベック氏だった。
21日の下院委員会で、NOW法務担当者は、サンダーベック記者も当時の駆け出し記者もこのメールや書き取った内容に関して「記憶がない」と証言した。
コールソン元編集長はグッドマン氏が関わった盗聴事件に関して全く関知していなかったと繰り返した。私立探偵への年間契約額の大きさに関してどう思うかを聞かれ、NOW紙ではニュース源には大きな報酬を払っており、「特別だとは思わなかった」とした。「記者には大きな自由とそのための原資を与えていた」と説明し、自分が編集長時代に同紙は「間違った方向に進んでしまった。今でも後悔している」と続けた。
▽残ったものは?
ガーディアンの疑惑報道から2ヶ月弱が過ぎた。新聞界の自主規制団体である報道苦情委員会は「報道に注目している。調査したい」と述べたが、ニューズ・インターナショナル社あるいは傘下の新聞の誰かが近く罰せられるという話を聞かない。
既に、ガーディアンの第一報があった翌日、ロンドン警視庁は「報道には新たな証拠はなかった。改めてNOW紙の組織ぐるみの盗聴行為を調査するには至らない」と結論付けている。ガーディアンは、NOW紙とサン紙が盗聴行為をしていた著名人の数は「2000人から3000人」と書いたが、ジョン・イエーツ副総監は、「実際の数字ははるかに小さい」と述べた。
一連の事件をマードック・メディア対ガーディアンという視点で見るならば、マードック側は『ガーディアン』の疑惑報道をうまく追い払った、とも言えるのかもしれない。しかし、どんな手段を使ってもスクープをものにする、そのためには探偵を雇ったり、違法行為も辞さないというメディアの暗部が再度大きく報じられる結果となった。
メディア評論家のロイ・グリーンスレード氏は、特に大衆紙の編集室には良い(売れる)記事を出すためには「規則を曲げる」圧力が働くとロンドン・イブニング・スタンダード紙のコラム(7月15日付)で書いた。「公益があるといえば、どんな手段も許されると考える」誘惑が働くという。
先のテレグラフのスクープ報道にも、非合法な手段が使われたと推測されている。議員の経費リストの取得経緯を同紙は明らかにしてないが、この情報が入ったCDを販売しようとした人物の存在は業界内では公然の秘密だった。何者かがこれを下院から窃盗し、テレグラフに高額で売ったと言われている。
当初、窃盗行為疑惑やいわゆる「小切手ジャーナリズム」(情報をお金で買う)となった可能性を他紙は問題視した。しかし、報道の重要度が次第に明らかになり、その後下院が公表した経費情報が非公開を示す黒字部分で一杯になったことを考え合わせると、どんな手段を使ってでも元情報を独自に取得しなければ不正を暴くことができなかったことが納得され、スクープを賞賛する声が圧倒的になった。
しかし、NOW紙を筆頭にあまりにも多くの報道機関が「公益」という名の下でメディアの特権を悪用しているのではないだろうか?情報コミッショナーの報告書がこの点を指摘していた。先のデービス記者は、メディアが「第4の権力」「法を超える存在になっている」危険性を指摘している。売るためには手段を選ばないやり方を続ければ、国民の新聞に対する信頼度はさらに低下の一途をたどる。ガーディアンの一連の報道は「犬は犬を食わない」(同業者の汚点を同業者は暴かない)という業界タブーを打ち破った点で稀有だった。しかし、業界の暗部のうみは未だ消えていない。
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