09年9月16日召集された特別国会の首相指名選挙で第93代首相に選ばれた鳩山由紀夫首相は同日夕、首相官邸で就任の記者会見を行い、決意を述べた。「とことん国民の皆さんのための政治を作る。そのためには脱官僚依存の政治を実践しなければならない」と。翌17日付各紙の一面トップ記事の見出しにも「脱官僚」の大きな文字が躍っている。 「脱官僚」とは正確に言えば、脱「官僚依存」を指している。いいかえれば主役はあくまでも政治家で、官僚は脇役でしかないという本来の望ましい姿に戻したいという意味であろう。脱「官僚依存」に必要不可欠な条件は何か。脱「官僚依存」を実践していく上で、その成否を早速試されるのが政権公約(マニフェスト)の実施である。ただし選別実施が望ましい。なぜなら中には賛成できない政権公約も少なくないからである。
▽大手紙の社説は脱「官僚依存」をどう論じたか
政治家は主権者である国民の投票によって選ばれたのであり、一方、官僚は、優秀であるとしても、国家公務員試験に合格したにすぎない。国民によって選ばれたのではない。当然といえば当然のことであるが、政治は国民のために行われるべきものであり、官僚のために政治があるのではない。 さて脱「官僚依存」について大手5紙の社説(9月17日付)はどう論じたか。まず大手5紙の社説見出しを紹介する。
*朝日新聞=鳩山新首相に望む 「変化」実感できる発信を *毎日新聞=鳩山政権発足 果敢に「チェンジ」貫け まず行政の大掃除を *読売新聞=鳩山内閣発足 進路を誤らず改革を進めよ *日本経済新聞=鳩山首相は政権交代への期待に応えよ *東京新聞=鳩山新政権スタート 「説得責任」果たせ
5紙の社説を一読した印象では、朝日と東京は脱「官僚依存」という視点から十分に論じているとは言えない。残りの3紙のうちでも脱「官僚依存」という問題意識では濃淡さまざまなので、ここでは毎日新聞社説の大要を以下に紹介する。
〈毎日新聞社説の大要〉 鳩山新首相は初の記者会見で「脱・官僚依存の政治を今こそ実践していかなくてはならない」と強調した。 政治主導を目指すという鳩山内閣の布陣は、副総理兼国家戦略担当相に菅直人代表代行、外相に岡田克也前幹事長、国土交通相には前原誠司副代表と歴代代表を起用するなど、党内バランスと安定感を重視した。(中略)
大切なのは具体的に何を実行していくかだ。まず、旧来の行政の悪弊を絶つことが新政権の役目だと考える。つまり行政の大掃除である。 目に余る税金の無駄遣い。「省あって国なし」の縦割り行政。前例踏襲主義。政治家、官僚、業界のもたれ合い。ここからの脱却は既得権益とはしがらみのない新しい政権だからこそ可能であり、政権交代の大きなメリットでもあるからだ。
カギを握るのは国家ビジョンや予算の骨格を作るという国家戦略局だ。従来の予算編成は各省庁ごとに積み上げる縦割り型で、しかも、既得権にとらわれ毎年、ほとんど配分は変わらなかった。これを首相らの主導で総合調整するというものだ。 閣議を事前におぜん立てしてきた事務次官会議を廃止する点も注目したい。会議は全員一致が原則で一省庁でも反対すれば成案が得られず、改革が進まない要因と指摘されてきた。廃止されれば首相や閣僚の権限は間違いなく強まるはずだ。 戦略局が本格始動するのは10月の臨時国会で戦略局に権限を付与するための法案が成立した後となり、当面は国家戦略室としてスタートさせる。さっそく前政権が5月に成立させた今年度補正予算の見直しに取り組むことになる。ここを足場に政策の優先順位を明確にし、めりはりの利いた政権運営をしてほしい。
戦略局と車の両輪の役目を担うのが行政刷新会議だ。税金の無駄遣いや行政の不正を洗い出し、政策の財源を確保するという組織だ。隠れた無駄はまだあるのではないか。同じ事業を執行するにしても、これまで高額になり過ぎていなかったのか。この見直し作業がマニフェスト実現の成否を決するといっていい。
省庁が公表してきたデータを疑っている国民は多いはずだ。岡田外相の課題となる米艦船の核持ち込みをめぐる日米密約の検証などを含め、これまでは表に出ることがなかった情報や資料を公開していくのも政権の責務である。 官僚の抵抗を排することができるかどうかは鳩山首相のリーダーシップにかかっている。 来年7月にはもう参院選が待っている。鳩山政権に必要なのは、それまでに一つでも二つでも「政治は明らかに変わった」と国民が感じられる実績を示すことである。
以上、毎日新聞社説の大要をやや長めに紹介した。そのコメントは以下に述べる。
▽〈安原のコメント〉 ― 腰を据えて取り組むべき「行政の大掃除」
上記の毎日新聞社説は、新政権が直面し、メスを入れることになる課題にバランス良く、目配りを利かせた社説である。見出しに〈果敢に「チェンジ」貫け〉をうたっているからには、もう少し過激な色彩があってもいいように思うが、毎日新聞らしい「穏当な良識」を絵に描いたような社説といえる。政権交代とともに時代も大きく変化しつつあることを十分にうかがわせる社説と評することもできよう。
さて脱「官僚依存」のための具体的な柱としてどこに注目すべきか。毎日社説は「行政の大掃除」としてつぎの諸点を挙げている。いずれも腰を据えて取り組むべき課題である。 ・目に余る税金の無駄遣い、「省あって国なし」の縦割り行政、前例踏襲主義、政治家・官僚・業界のもたれ合い(いわゆる政官業の癒着関係) ― などの是正.解消、廃止をすすめること ・閣議を事前におぜん立てしてきた事務次官会議を廃止すること ・税金の無駄遣いや行政の不正 ― などを洗い出して、政策財源を確保すること ・米艦船の核持ち込みをめぐる日米政府間の密約(注)などを含め、隠された情報や資料を公開すること (注・安原)日米密約にはつぎの4つがあるとされている。(イ)1960年の日米安保条約改定時の「核兵器持ち込み」に関する密約、(ロ)朝鮮半島有事における「戦闘作戦行動」に関する密約、(ハ)1972年の沖縄返還時に交わされた「有事の際の核兵器持ち込み」に関する密約、(ニ)沖縄返還時の「原状回復補償費の肩代わり」に関する密約。
以上のような多様な行政の不始末は、官僚だけの責任ではない。長年の自民党単独政権、近年の自公政権の責任も大きい。「官僚依存」の習性は政治の側に、それを打破するだけの力量が不足していたからだろう。ひとりの官僚(元外務省外務審議官・田中均氏)のつぎの一文(毎日新聞9月7日付夕刊=東京版)を紹介したい。
今回の総選挙で国民が示した「見識」を見誤ってはならない。 第一に過去数年のこの国の「リーダーシップ」が十分ではなかったことへの国民の強い憤りである。政治リーダーの基本的な資質は「使命感、胆力、構想力」にあると思う。信念を貫くどころか、その都度のパフォーマンスで国民の人気を求めるようでは理想のリーダー像からほど遠い。 第二に、自民党政治が培ってきた統治の仕組みに対する国民の不満である。民主党の政策に期待したというよりも、既得権に縛られた自民党政治を壊したくて国民は民主党に投票したのだ。自民党の下で既得権に縛られた政策では、日本の置かれた困難な状況を打開することはできない ― と。
政治リーダーの基本的資質として「使命感、胆力、構想力」の3つを挙げている。同感である。自分にこの基本的資質を備えるべく、日々鍛錬怠りないと自負できる政治家であるかどうか、自問自答してみてはいかがか。
▽新閣僚が実施を次々と明言した政策方針
鳩山内閣の新閣僚は17日午後までに就任記者会見などでマニフェストなどの政策実施を次々と明言した。その主な内容は以下の通り。
*菅直人副総理兼国家戦略担当相=国家戦略局で予算の骨格を決定、官僚主導の政治から脱却 *原口一博総務相=国の出先機関の原則廃止など *千葉景子法相=取り調べの全面可視化 *岡田克也外相=日米間の密約について調査し、11月末までに報告するよう命令 *藤井裕久財務相=来年度予算案の概算要求基準(シーリング)の全面見直し、09年度補正予算の執行停止で数兆円の財源を捻出、消費税引き上げより無駄遣い根絶を優先 *川端達夫文部科学相=高校授業料の実質無償化を来年4月から実施 *長妻昭厚生労働相=後期高齢者医療制度の廃止、年金記録問題の実態を徹底解明 *赤松広隆農相=農家への個別所得補償制度を11年度から実施、コメ減反の見直し、天下り団体への補助金カット *直嶋正行経済産業相=2020年までに温室効果ガスの25%削減(1990年比)を目標に排出量取引などの具体策検討、自由貿易協定(FTA)を積極推進 *小沢鋭仁環境相=温室効果ガス25%削減を実行、温暖化対策税(環境税)を4年以内に創設、温室効果ガスの排出量取引市場を11年度に創設 *前原誠司国土交通相=八ツ場ダム(群馬県)、川辺川ダム(熊本県)の建設中止。建設中または計画段階の全国143カ所のダム事業の見直し。高速道路無料化を段階的に実施 *北沢俊美防衛相=海上自衛隊によるインド洋での米軍などへの給油活動は延長せず、海自を撤退 *平野博文官房長官=事務次官会議の廃止 *亀井静香金融・郵政担当相=郵政民営化を見直す株式売却凍結法案、郵政改革基本法案を秋の臨時国会で成立。日本郵政の西川社長に自発的辞任を求める。中小企業の融資返済を3年程度猶予するモラトリアム法案を秋の臨時国会に提出 *仙石由人行政刷新担当相=行政刷新会議で縦割り行政、補助金、天下りの構造を徹底的に総括
以上のような政策方針が自公政権では何故にできなかったのか、という感慨が今さらのように湧いてくるのを抑えがたい。自公政権は時代の新しい足音に耳をふさぎ、歴史の歯車を逆転させることに忙しく、一方民主党連立政権は、時代の新しい声に耳を傾けようと努力しつつある、その結果といえるのではないか。
▽〈安原のコメント〉 ― 「選別実施」に発想の転換を
以上、明らかにされた限りでの各閣僚の政策方針には、大筋では賛成であり、積極的に推進することを期待したい。ただいくつかの疑問点については見直しを求めたい。つまり実施すべき政策とは別に止めるべき政策は思い切って止める、あるいは修正するというマニフェストの選別実施へ発想の転換を求めたい。 マニフェストで公約したからといって、ごり押しすることは民主党のためにもならないだろう。民主党に一票を投じた有権者といえども、民主党マニフェストのすべてを無条件で賛成しているわけではないことを強調しておきたい。 「マニフェストで公約したことは実施する」と金切り声で叫んでいる民主党議員があちこちで散見されるが、未熟な政治姿勢というべきである。見直すべき政策はしっかり見直さなければ、折角、民主党に向けられた貴重な票がつぎつぎと背を向けていく ― ことに気づかないのだろうか。
疑問点は2つある。ひとつは、直嶋正行経済産業相が明言した「自由貿易協定(FTA)の積極推進」である。特に対米FTAにはコメの自由化の促進も含まれるといわれる。日本の農業、農村、田園が直面している課題は、いかにして食料自給率(カロリーベース=現在40%程度で先進国では最低)の向上、さらに田園(水田、里山、森林、河川など)が持つ多様な外部経済機能(国土・生態系、自然環境の保全機能など)の維持発展 ― を図るかである。こういう見地に立てば、食料自給率向上、田園が持つ外部経済機能の維持発展に反するような単純な自由貿易促進論は容認できない。
もうひとつは、前原誠司国土交通相が指摘した「高速道路無料化の段階的実施」である。このテーマに関する視点は2つある。ひとつは高速道利用者の負担を軽減するかどうかであり、もうひとつは、日本全体の総合交通体系をどう設計していくか、である。 前者の負担軽減にだけ視点を限れば、無料化は望ましいという結論に直結する。誰だって負担は少ない方が良いに決まっているからである。しかし率直に言って、この考えは視野が狭すぎる。 今こそ考慮すべきことは、日本全体の総合交通体系の設計である。かつてはこのテーマもしきりに議論された記憶があるが、最近は高速道の広がりを背景に車社会が定着したという感覚なのだろうか。しかしこの感覚はすでに時代遅れといわざるを得ない。
第一に今日は地球環境保全優先時代である。温暖化を進める二酸化炭素(CO2)を大量に排出する自家用車中心の交通体系の根本的転換が急務である。 第二は自家用車中心の交通体系は悲劇、弊害が多すぎる。年間100万人を超える交通事故死傷者(死者は約6000人)、自然環境の汚染・破壊、さらに交通麻痺・混雑による大きな経済的損失など。 第三に自動車の主要な石油エネルギーのような再生不能資源は枯渇に向かいつつある。その限界を自覚するときである。 そこで21世紀における総合交通体系は、鉄道、バス、路面電車、自転車など大量輸送が可能であるか、または石油エネルギーの浪費とは縁のない交通手段が中心となるほかない。自動車は脇役の地位に退くときである。欧州ではそのための試みに熱心である。目下の課題はこのような新しい総合交通体系をどう実現させていくかであり、高速道の無料化ではない。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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