地球温暖化防止のために温室効果ガスの削減目標などを協議していたコペンハーゲン国際会議は、肝心の削減目標を文書に盛り込むことができず、閉幕した。具体策は来年に持ち越されたが、その行方は不透明のままである。今回の国際会議の際立った点として先進国と途上国との間の対立、抗争を挙げることができる。しかもオバマ米大統領の存在感の薄さも指摘できる。 その背景にあるものは何か。端的にいえば、米国主導のあの猛威を極めた市場原理主義(=新自由主義)の残影である。途上国の経済や生活に災厄をもたらしただけでなく、地球環境保全にも顔を背(そむ)け、環境悪化を招く市場原理主義の残影を思い切って振り払うべき時であり、それこそが温暖化防止策を促進させるための必要条件ではないか。
デンマークのコペンハーゲンで開かれた「国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)」は、12月19日、2013年以降の温暖化対策の国際的枠組みを示す「合意文書」について、拘束力の弱い「承認」という形にとどめて閉幕した。120人もの首脳級の各国代表が夜を徹して議論を続け、決裂だけはなんとか避けられた。その意味するものは何か。
▽大手紙社説は「COP15閉幕」をどう論じたか
まず大手5紙の社説(12月20日付)の見出しを紹介する *朝日新聞=COP15閉幕 来年決着へ再起動急げ *毎日新聞=国連気候変動会議 危うい「義務なき協定」 *読売新聞=COP15 懸案先送りで決裂を回避した *日本経済新聞=弱い約束を確かな排出削減合意に育てよ *東京新聞=COP15閉幕 相互信頼で再挑戦を
見出しからもうかがえるように各国別の温暖化ガス削減目標など具体策は決まらないまま、閉幕し、最悪の決裂だけは何とか避けられた形となった。 社説の内容は、重複している点もかなりあるので、朝日、毎日、日経3紙の社説(要点)のみ紹介する。
*朝日新聞 先進国と途上国の激しい対立の陰には、米国を抜いて世界最大の排出国になった中国の存在がある。中国は途上国グループ「G77プラス中国」を率いたほか、ブラジルや南アフリカ、インドとともに新興国グループ「BASIC」を立ち上げた。排出削減を求める先進国の声に対抗するねらいがあってのことだろう。 経済成長が体制の安定に欠かせない中国にとって、排出削減を義務づけられるのは困る。新興国の削減行動や、その監視体制を合意に盛り込むことには、最後まで抵抗した。 途上国は、先進国が資金支援の規模を表明し歩み寄りを図っても、乗ってこなかった。むしろ先進国に削減目標の上積みを求め、先進国だけに削減を義務づけている京都議定書の延長を強硬に主張した。こうした強気は、中国という後ろ盾あってのことだろう。 交渉の動向が中国に左右された背景には、排出量2位の米国の指導力が及ばなかったこともある。米国は排出削減の中期目標で、日欧より低い数字しか示していない。合意づくりへオバマ大統領は積極的に動いたが、温暖化防止の国内法成立が遅れており、先進国のリーダーとして中国の説得にあたるには足場が弱すぎた。
*毎日新聞 COP15の最大の課題は、世界の2大排出国である米国と中国も参加し、それぞれが削減に責任を負う枠組みの構築だった。 京都議定書から空白期間を設けずに次の削減行動につなげるには、COP15で新議定書につながる政治合意をまとめることが最低ラインだった。合意には、2050年までの長期目標、先進国と途上国の中期目標、さらに、途上国への資金援助や、温暖化の被害を軽減する対策などが盛り込まれる必要もあった。にもかかわらず、合意が採択できなかった背景には、途上国と先進国の根強い対立がある。 温暖化対策の基本原則は、「共通だが差異ある責任」だ。中国など新興国に先進国と同等の削減義務を負わせるのはむずかしい。しかし、経済発展に伴い急速に排出量を増やしている中国やインドが削減責任を負わなければ、公平性に欠ける。 米国にも弱みがある。COP15直前に「05年比17%減」という数値目標を公表したものの、90年比では約4%削減に過ぎない。議会で審議中の温暖化対策法案の足かせがあり、一歩踏み込むことも難しい。結局、国際交渉をリードできず、かけつけたオバマ大統領も存在感を示せないままだった。
*日経新聞 低炭素社会の設計急げ(小見出し) 日本は25%削減の高い目標を掲げただけで、実現を裏付ける政策がない。景気下支えも狙ったエコポイント制度など一時的な対策だけではなく、日本を低炭素社会に転換するための持続的な制度が要る。 欧州諸国は低炭素社会への制度づくりをほぼ終えている。環境税や排出量取引制度だけではない。例えば、コペンハーゲンの主要部はゴミ焼却の熱を利用した地域暖房が完備している。欧州各国政府は自然エネルギー導入や公共交通網の整備なども法律を定めて後押ししている。 米国も議会で温暖化対策法案が成立すれば、「脱石油」に向けて動き出すだろう。 日本は米中などの参加を前提にした25%削減の旗を降ろすべきではない。鳩山政権は化石燃料に課税する温暖化対策税(環境税)の導入でふらついているが、環境税や排出量取引などを含む体系的な政策導入の準備を着々と進める必要がある。
以上、3紙社説への印象は二つある。一つは、途上国と先進国との対立である。それとの関連で朝日、毎日が指摘しているように、中国の存在感が目立ったのに比べ、米国の存在感が薄かったことである。中国は途上国のリーダー的存在として行動したのが際立っていた。一方、オバマ大統領は毎日が指摘しているように「国際交渉をリードできず、かけつけたオバマ大統領も存在感を示せないままだった」という診断は適切といえる。 もう一つは、日経が指摘している「低炭素社会の設計」をどう急ぐかである。今回の会議で具体的な削減目標を合意できなかったとはいえ、日本としての「低炭素社会の設計」を軽視していいはずはない。環境税(炭素税)の導入を含めて、日本独自の設計図を提示したいところである。
▽反発根強い途上国の姿勢(1)― 「金(かね)ではなびかない」
停滞に陥った交渉の打開策として起草されたのが先進国と途上国の妥協を図る「コペンハーゲン協定」で、議長国デンマークのラスムセン首相がオバマ米大統領らと日米欧諸国との協議でまとめた。この協定には気温上昇を2度以内に抑える必要性のほか、途上国への短期(3年間で300億ドル)、長期(1000億ドル)の支援策も盛り込まれたが、先進国主導の決定手続きに途上国からの反発が相次いだ。
毎日新聞(12月20日付)は一面トップ記事で「途上国の反発根強く 金ではなびかない」、さらに2面の関連記事で「大排出国の露骨な妨害は残念」などの見出しでつぎのように報じた。
一部途上国から「金ではなびかない」との発言さえ飛び出した。「上からの押し付け」への非難が相次いだ。 温暖化による海面上昇の影響を受ける太平洋の島国ツバルの代表は「銀貨30枚で国民を裏切れというような提案だ。わが国の未来は売り物ではない」と憤った。インド洋に浮かぶ小島、モルディブの大統領は「気候変動はわが国にとって今そこにある危機だ。(温室効果ガスの)大排出国による露骨な妨害は残念だ」、アフリカのスーダン代表は「気候変動交渉として史上最悪の進展」と酷評し、このままでは温暖化による洪水や干ばつの影響でアフリカで死者が広がるとして、ナチスドイツの「ホロコースト」(大虐殺)にたとえて、米国などを批判した ― と。
▽ 反発根強い途上国の姿勢(2)― 資本主義、アメリカ帝国への批判
先進国への批判の極めつけは、南米ベネズエラのチャベス大統領(注)の発言である。その骨子は次のようである。批判の矢は資本主義からアメリカ帝国までも射ている。 (注)貧困層の支持を受けて、1999年に成立したチャベス政権は、反米、反「新自由主義」(=反「市場原理主義」)の立場で、社会主義への路線を目指している。2002年、軍部親米派のクーデターで一時失脚したが、間もなく政権に復帰し、今日に至っている。
・資本主義が我々の前に立ちはだかるなら、戦いましょう、人類を救いましょう。でなければ、人類は消えます。地球は人類なしで何億年もやってきた、地球は我々を必要としない、しかし我々は地球を必要としている。 ・いつまで我々は現在の経済秩序を耐えなければなりませんか、いつまで病気で死ぬ子供たちを見るのを耐えなければなりませんか。帝国に地球を独占することを止めさせましょう。 ・みなさんは自由とおっしゃるが、殺す自由ですか、差別する自由ですか、苦しませる自由ですか、無限のプロジェクトは有限の地球で成立しますか。資本主義は破壊的です。 ・5%の富める者たちと多くの貧しい人々の間に凄まじい違いがあります。生存率を含めてです。その原因は、科学技術に基づく、資源の有限性を考慮しない、飽くなき幸福の追求です。 ・7%の人間が55%の排出に責任があります。アメリカはどんどん石油を使っています、中国はそうでもない。60%の生態系がダメージを受けている。世界は自律性を失い、ゴミが大量に生み出されています。 ・気候変動はひどい環境問題です。干ばつ、ハリケーン、洪水、熱波など。人類は持続性の境目を超えました。 ・もし気候が銀行だったら、もう救われていたでしょう。そうですよね。オバマ(米大統領)はアフガニスタンを爆撃した同じ日にノーベル平和賞を受賞しました。 (チャベス大統領の発言内容は、日本の環境政党を目指す市民組織「みどりの未来」のメールによる)
〈安原の感想〉 ― いよいよ冴えるチャベス節 歯に衣着せぬ語り口で、今や「世界の著名人ならぬ著名口(くち)」で知られるチャベス節はいよいよ冴えていて飽きない。批判の矛先は主として米国であり、世界に災厄をもたらした市場原理主義でもある。 「地球は我々を必要としない、しかし我々は地球を必要としている」は今では常識である。「みなさんは自由とおっしゃるが、殺す自由ですか、・・・」は、米国型資本主義への批判だろう。「資源の有限性を考慮しない、飽くなき幸福の追求」という指摘は、先進国のわれわれ自身の自戒の言葉としても受け止めたい。 「人類は持続性の境目を超えました」は、地球環境問題のキーワードである「持続性」の現況を的確についている。持続性が崩れれば、地球上の人類の生存もまた崩壊に直面する。 「アメリカはどんどん石油を使っています」は、オバマ大統領さんよ、ここコペンハーゲンへ何のために来たのか、という皮肉なのだろう。皮肉のなかの皮肉といえるのは、多分「もし気候が銀行だったら、もう救われていたでしょう」ではないか。「気候」もつぶやいているに違いない。「私も銀行になりたい」と。
▽消極的姿勢に終始する米国の責任は重大 ― 色濃い市場原理主義の残影
主要先進国がこれまでに公表している温室効果ガス削減目標(2020年までの目標)はつぎの通り。 *欧州連合(EU)=90年比20〜30% *日本= 90年比25%(すべての主要排出国が新たな温暖化防止の枠組みに参加することが条件) *ロシア= 90年比15〜25% *米国= 05年比14〜17%(17%減の場合、90年比に直すと、約4%減にとどまる)
温暖化対策に取り組むためには、世界各国は今や地球を基盤とする人類共同体の一員であるという自覚が不可欠である。しかしその責任が同一であるとはいえない。温暖化ガスの排出量の多少によって責任の度合は異なる。端的に言えば一番責任が重大なのは米国である。 温暖化を進める温室効果ガスの主役、二酸化炭素(CO2)の世界総排出量に占める国別排出量の割合(%、2007年)をみると、6位までの主要国(地域)はつぎのようである。 中国21.0、米国19.9、EU(15カ国)11.0、ロシア5.5、インド4.6、日本4.3
2006年からそれまでのトップだった米国に代わって中国が1位に躍り出たが、人口1人当たりで見ると、総人口約13億人の中国(世界総人口の5人に1人は中国人)の順位は下がる。代わって米国(人口約2億8000万人)が断然トップの地位にある。
その米国は温暖化対策でこれまでどのような貢献を果たしたか。結論をいえば、「負の貢献」において実に顕著である。法的拘束力のある京都議定書(1997年採択)に背を向けて2001年、ブッシュ米政権(当時)は一方的に離脱するという身勝手な態度に出た。自国の経済活動が拘束されるというのがその理由であった。この理不尽な姿勢を促したのが市場原理主義路線(=新自由主義:弱肉強食のすすめで、環境悪化、貧困、格差、人権無視を広げ、強欲資本主義の悪名は今なお消えない)であることは改めて指摘するまでもない。
問題はオバマ政権がこの悪しき路線の変更をどこまで果たすのかである。結論を急げば、あまり期待できそうにはない。オバマ政権が打ち出した温室効果ガス削減目標は、上述のように主要先進国のなかでは最低の努力目標しか掲げていない。そこには温暖化対策に背を向ける市場原理主義の残影が色濃く映し出されている。 石油を浪費する戦争もまた温暖化の要因であることは言うまでもない。オバマ大統領は周知のようにアフガニスタンへの米軍増派を決めている。戦争の拡大が温暖化、環境悪化を促すことに無知である大統領とは思えない。そう考えながら、大統領のノーベル平和賞受賞演説全文(12月11日付「朝日新聞」夕刊)を読み直してみた。 温暖化についてつぎのように言及している。
世界が一緒に気候変動に立ち向かわなければならない。もし我々が何もしないなら、この後何十年にもわたり一層の紛争の原因となるような干ばつや飢饉(ききん)、大規模な避難民の発生に直面することになるということは、科学的にはほとんど争いがない。科学者や運動家たちだけが迅速で力のある行動を求めているのではない。わが国や他国の軍指導者も、これに共通の安全保障がかかっていることを理解している ― と。
文中の「軍指導者」には米国最高司令官としての大統領自身も含まれているはずで、その大統領が気候変動すなわち温暖化を安全保障との関連で認識していることは理解できる。それならなおさらのこと、温暖化防止にもっと積極的に世界のリーダーとして取り組むべきではないか。二の足を踏む大統領の姿勢は不可解である。市場原理主義の残影を振り払い、それとの縁を断ち切らなければ、温暖化防止は前に進まないだろう。途上国の激しい反発は、米大統領の姿勢転換への期待でもあると理解したい。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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