世界中が深刻な水危機に陥る中、企業を中心に水を商品化しようとする動きが加速している・・・。そんな恐ろしい現実を多くのインタビューや統計を使って丁寧に明らかにしていくドキュメンタリーが公開される。『ブルーゴールド - 狙われた水の真実』(配給:アップリンク)がそれだ。いま、水をめぐって何が起こっているかを紹介するとともに、このドキュメンタリーの監督サム・ポッゾさんに制作にまつわるあれこれを聞いた。
◆水循環を狂わすさまざまな開発
水危機とは、まず第一に利用可能な水が減るということ。空から降ってくる雨が地中にしみ込み、川となって海に流れていく。海から蒸発した水が雲を作り、また雨となって地上に降りそそぐ。そんな地球の水サイクルが機能していれば、理論上、水資源の総量は減少しない。では、なぜ水が不足するのか?原因の一つは急激な都市化。上下水道が整備されていない都市周辺部のスラムから汚水が川や湖・海に直接流れ込む。また、都市インフラが整備されたとしても、道路舗装のために雨水が地中に浸透しにくくなり溢れだしてしまう。
もう一つの原因が近代農業。換金を目的とした大規模単一栽培型の農業(コーヒー、紅茶、熱帯フルーツ、油やし、大豆、とうもろこしなど)では、なるべく人手をかけずに作物を育てようとするため、農薬や化学肥料を大量に使用する。それらが水の汚染を進行させている。
最近、いろいろなところで話題に上るヴァーチャル・ウォーターも水危機に大きく関係している。これは、食料や工業製品などを生産するのに必要な水を換算し、それらが輸出入されると、生産段階で使用された水を輸出入していると考える概念のことだ。日本のバーチャル・ウォーター輸入量は年間640億立法m(2000年、東京大学・沖大幹研究室調べ)とされる。その多くがとうもろこし(145億立法m)、大豆(121億立法m)、小麦(94億立法m)などの穀物や、牛肉(140億立法m)、豚肉(36億立法m)、鶏肉(25億立法m)などの肉類である。 つまり、40%前後の日本の食料自給率は、普段の食事の6割を海外の農地などで 使われる水に頼っているということを意味する。私たちの生活と世界の水問題がつながっていることを意識する必要がある。
◆水をビジネスに
こうした水危機に対して、水に所有権を与えて管理することで解決しようとする企業や国際金融機関が1980年代から活発化している。途上国の非効率な公営水道に代わり、スエズやヴェオリアなどの巨大水企業(共に本拠はフランス)が参入し、経営を始めている。ボトルウォーター産業も水の商品化の一例だ。アメリカやインドで汲み上げられた地下水が企業の商品となって出荷される。その土地の水資源は、一度遠くに輸出されると二度と戻ってこない。
国連も世界の水問題解決に乗り出しているが、懸念すべき事態が進行中だ。1992年に国連がダブリンで開催した「水に関する会議」では、「水は経済的価値を有する」との文言が発表される。また、水道企業を中心に運営されている世界水フォーラム(第2回、オランダ・ハーグ、2000年)では、水の商品化を推進する「世界水ビジョン」が採択され、水への投資増大と給水事業への料金全額回収政策の導入が目指される。2003年の第3回世界水フォーラム(京都)、2006年の第4回(メキシコシティ)、2009年の第5回(イスタンブール)の世界水フォーラムも、水エキスポを含むビジネス主導の場になってしまった。
世界水フォーラムを主催するのは世界水会議(WWC)というシンクタンクであり、スエズ、ヴィヴェンディなど世界中の水道事業を請け負っている巨大企業の役員がトップに座る。「民営化」/「官民連携」/「民間セクター参加」など、私企業の進出を議論する分科会が多数ある。国連が主催するわけではないのに「水問題を話し合う世界最大の会議」となっている現状では、結局、お金のある方向へ水が流れていくことになる危険性がある。イスタンブールでのフォーラムについて、詳しくは日刊ベリタ記事(松平尚也・山本奈美「岐路に立つ世界水フォーラム」 (上)ビジネスと人権のせめぎあい <http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200903270019075> (下)広がり深まる@水の公正」を求める運動<http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200903281027546>
を参照してほしい。
◆日本企業も参入
日本の企業も世界進出を狙っている。1997年に三菱商事がフィリピン・マニラ の上水道事業に現地企業などと提携して進出して以降、丸紅が中国・四川省の上水道事業をヴェオリアと提携して操業したり、住友商事がメキシコでの下水道事業に参入したりと、民間企業の水道事業への進出が相次いでいる。東レは2007年にサウジアラビアの海水淡水化プロジェクトを受注し、逆浸透膜を納入している。2009年には丸紅がペルーの浄水場事業に乗り出したほか、伊藤忠商事がオーストラリア・メルボルンの海水淡水化ビジネスに参入している。
経済産業省や大阪市水道局など、行政も日本の技術輸出に積極的に関与してい る。中国・東南アジア・中東・南米など、水資源が豊富でない地域や需要が見込まれる地域への進出を企業と共同で計画しており、経済産業省は水ビジネスの積極的な国際展開を後押しするために「水ビジネス・国際インフラシステム推進室」を設置し、2009年10月には「水ビジネス国際展開研究会」を開催した。大阪市水道局は2009年12月に関西経済連合会と「水・インフラの国際展開に関する連携協定」を結ぶことを発表した。
一方で日本国内に目を向けると、水道普及率が97%を超える一方で、国内の水需 要が伸び悩み、過疎地・小規模都市の水道局がヒト・モノ・カネのすべてで疲弊している状況がある。ダム建設の費用負担や下水道会計の圧迫などで財政状態が悪い都市部もあり、今後退職する熟練職員の穴埋めとして民間委託が進む懸念がある。
水道私営化の問題点を以下のようにまとめてみた。
ー企業は利潤が期待できる市場にのみ参入し、貧しい人々への水サービス提供 は主要な課題とはされない。 ーサービス向上や再投資よりも株主への配当が優先される。 ーコストパフォーマンスを優先するので、雇用が大幅に削られる。優良な技術 者が失われる。 ー料金の急激な値上げ(フルコストプライシング)、料金を払えない世帯への 供給がストップ。 ー水資源保全が主要な目的とされない。 ー経営の不透明性。 ー汚職が蔓延する。
◆サム・ボッゾ監督に聞く
こうした点について、映画『ブルーゴールド - 狙われた水の真実』では、多くの実例を挙げつつ、検証している。今回が初来日となるサム・ボッゾ監督に、日本滞在中の水に関するエピソードを訊いてみた。
「映画にも登場しているモード・バーロウから日本の水道水は素晴らしいクオリティだと聞いていて、飲むのを楽しみにしていた。すごく美味しかったよ」
日本のトイレで普及しつたる温水洗浄便座については「買ってみたくて、インターネットで調べてみたんだ」と笑う。水問題を扱う映画の監督なのに、トイレで水を使うことについて思うところは、と尋ねると、真剣な表情で「それはいいんじゃないかな。水を意識して使う限りはね。それに、全体の使用量のうち90%が工業用や農業用の水で、僕たち市民が普段使う水は10%ぐらいなんだ。水使用量を抑えるためには政府が工業用水や農業用水をうまく規制する必要があるから、僕たちが無駄遣いしていると思わなくてもいいんだよ」と答えてくれた。
映画には水の利権を狙うさまざまな企業が登場する。対面でのインタビューに答える企業もあれば(コカコーラ)、取材許可を出したにも関わらずいざパリまで行くとキャンセルした企業(スエズ、ヴェオリア)など、撮影には苦労があったようだ。
「もちろん、コカコーラの意見には納得していないけどね。でも、企業にも意見を言う機会を与えたかったんだ。僕は反企業ではなく、反汚職なんだ」
世界の水道の90%を公営企業が担っている。つまり、自治体の役割は今も非常に 大きい。そんな自治体や政治家にもインタビューしたのだろうか?
「アメリカ・アトランタ州の議員が応えてくれたよ。それにカリフォルニア州のシュワルツネッガー知事にも取材したかったんだけど、忙しくて無理だったんだ」
他にも映画撮影時の興味深い話を披露してくれた。
「ケニアで、ある映画監督のシーンを撮影したあと、内地まで車で6時間かけて行ったんだ。そこでは外国人の誘拐が多発しているので気をつけろ、と忠告されていた。すると、警官が検問に来て賄賂をよこせと言ってきた。しかも、その警官は15歳くらいの子どもでマシンガンを手にしていたんだ。ルールがない国というのは本当に腐敗が起こるし、腐敗しているから水供給がストップしてしまうんだ、と実感したよ」
水の商品化については、「企業はどうしても利益追求をしてしまう。これでは、すべての人にとって必要な水が成り立たなくなってしまう。水は公営であるべきだよ。もはや反大企業ではなく、政治的変革を起こすべきなんだ。」と力説する。
1月16日(土)の公開初日には、東京の3つの映画館を回って舞台挨拶と質疑応答を予定している。映画の最後には、世界中で人々が水を求めて立ち上がる様子が描かれている。企業主導ではない、真の住民参加型の水道運営のためには何が必要か、この映画をしっかりと観て考えてほしい。そして、観た後はできるだけ多くの友人・知人に伝えてほしい。人々が力を合わせてこそ、ボリビアやウィスコンシンのような変革を起こすことができるのだから。
堀内葵 NPO法人AMネット事務局長 <http://am-net.seesaa.net/>
【劇場情報】
東京・渋谷 アップリンク 2010年1月16日(土)〜 東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1F・2F tel.03-6825-5503 
http://www.uplink.co.jp/
東京・中野 ポレポレ東中野 2010年1月16日(土)〜 東京都中野区東中野4−4−1 ポレポレ坐ビル地下 
tel.03-3371-0088

http://www.mmjp.or.jp/pole2/
東京・有楽町 ヒューマントラストシネマ有楽町 2010年1月16日(土)〜 東京都千代田区有楽町2-7-1有楽町イトシア・イトシアプラザ4F 
tel.03-6259-8608

http://www.ht-cinema.com/
神奈川・横浜 シネマ・ジャック&ベティ 2010年2月20日(土)〜 神奈川県横浜市若葉町3-51
 tel.045-243-9800

http://www.jackandbetty.net/
愛知・名古屋 名古屋シネマテーク 2010年2月公開 愛知県名古屋市千種区今池1-6-13今池スタービル2F 
tel.052-733-3959

http://cineaste.jp/
大阪・大阪 第七藝術劇場 2010年3月20日(土)〜 大阪府大阪市淀川区十三本町1-7-27サンポードシティビル6F
 tel.06-6302-2073

http://www.nanagei.com/
沖縄・那覇 桜坂劇場 2010年3月公開 沖縄県那覇市牧志3-6-10
 tel.098-860-9555

http://www.sakura-zaka.com/
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