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2010年02月05日14時00分掲載
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イスラエル/パレスチナ
【パレスチナの村から】(1)「村に生き、農業を続けること自体が抵抗なのです」
(ラマラ5日=大野和興・上垣喜寛)冬のパレスチナ自治区西岸地域の天候は荒れていた。中心都市ラマラでは、夜半、雨と風がホテルの窓を激しく打ち鳴らした。昼間も冷たい風が吹き、晴天と雨が交互に襲う。西岸地域の村を訪ねる旅人にとってはつらい天候だが、ここ3年、干ばつに悩まされている地元の農民にとっては恵みの雨だ。なぜ「パレスチナの村」なのか。空爆するイスラエルの爆撃機、火を吹く戦車、瓦礫の山と死者をなげき悼むパレスチナの人びと、テレビの映像を通しておなじみのなってしまったパレスチナの現実の、その向こうで人びとはどんな日常を営んでいるのか、どんな思いで日々を過ごしているのか、この現実の先に何を見ているのか。村を歩き、農業の現場で農民と触れあう中で、そのことを知りたいと思い、日本の百姓や農業に近くで働の友人らと誘い合わせて私的な旅に出た。
「村を歩きたい」という私たちの願いを受け入れてくれたのは、パレスチナ自治区の農村で活動するふたつのNGOである。ひとつはパレスチナ農業復興委員会((以下PARC)、もうひとつはパレスチナ農業開発委員会(以下UAWC)。いずれも村に根を張り、イスラエルの占領により、深刻な影響を受けている農民とともに農村復興に携わっている。
「パレスチナの農業を語ることは、そのまま政治を語ることなのです」
PARCの事務局長を務めるカハリ・シーア(Khalil Shiha)さんの話は、のっけからそんな言葉で始まった。イスラエルの占領は農地と水の収奪から始まる。村に根を張り、農業と続け、農民として生きていくこと自体が、抵抗であり闘いなのだというのだ。UAWCの事務局長カリッド・ヒデュミ(Khaled Hidmi))さんも同じ表現を使った。
パレスチナのGDPに占める農業の割合は11%ほどで、就業人口のほぼ1割が農業で働いている。パレスチナでは農業は産業部門としても働く場としても、大きな存在なのだ。だが、農業の基盤である土地や水への破壊行為はすさまじい。たとえば、農地への灌漑が整っている面積の割合は、パレスチナでは10%にすぎない。あとは天水に頼る不安定な農業生産を余儀なくされている。
これに対して、イスラエルの入植者は占拠する農地の灌漑の割合は70%。貴重な水源のほとんどを持っていかれている。PARC作成の資料によると、ヨルダン川の65%、表流水の90%がイスラエルの管理下にある。
入植地はいまも増え続けている。少し古いが、やはりPARCの資料によると、2000年から2007年にかけ約8万haの農地が入植地として接収され、パレスチナの地域と社会、経済、くらしを文壇する分離壁の建設で村と農地、樹木の破壊がそれに輪をかけて進んでいる。
今回の旅の先導役を務めてくれている農業貿易の専門家で、パレスチナの農民が作ったオリーブオイルのフェアートレードを切り開いてきた近藤康男さんは、パレスチナ農業がおかれた現実の一端を次のように整理している。
一口に言って、パレスチナの農業は、占領され、分断・閉鎖・包囲され、そしてイスラエル経済に従属させられ、高コスト体質にされ、更にはごみ溜めにされた農業となっている。
○水・農地などインフラの没収・破壊・分断 ○否応無しの農作業、特に収穫時、の制限と妨害 ○その結果としての農作物の放置と品質劣化 ○情勢の不安定化と移動制限による市場の喪失 ○農業資材の購入、農産物の販売面でのイスラエル市場への依存・従属 ○入植地からの未処理廃棄物・汚水による環境汚染
しかし、彼等の現実は耐え、黙々と営むことだけで済まされないところにある。自分の農地に辿り着くためには壁や金網を通るためにイスラエル兵と戦わなければならないこともあり、オリ−ブを収穫するために入植者の暴力と戦わなければならないこともある。
オリーブオイルはパレスチナの代表的な農産物である。そのオリーブの木をイスラエルは100万本切り倒したり重機を持ち込んで引き抜いた。UAWCの事務局長カリッド・ヒデュミさんは、「オリーブの木は私たちパレスチナ人にとって単なる農業用の樹木というだけでなく、私たちの歴史であり文化であり、誇りなのです」と話す。引き抜かれ持ち去られたオリーブの樹のなかには樹齢千年を超える世界遺産といってもよいものがたくさんあった。
こうした農業のおかれた現実を前に、食えなくなったり嫌気がさして出稼ぎに出たり、都市に出ていく若者も多い。しかしそこでも待っているのは失業という現実である。村にいて耕し、くらしていけるいける条件をどう作るか。私たちを受け入れてくれたふたつの組織はいまそのことを目指して様々な取り組みをおこなっている。農民自身に協同組合づくり、不足する資金の獲得、農村女性の自立と所得向上のための小さいが効果的なプロジェクト、都会に出て行った若者の帰農支援、新しい農業技術や販売の確立、世界の市民組織をつながってのフェヤトレードの開拓などなどだ。
こうした条件をみずから作り上げることで、村で農業を基盤に生活する根っこができあがる。それは奪われ土地を水を取り戻し、パレスチナの自立をつくりだす道でもある。以下、ヨルダン川西岸地域の村々を訪ね、そこでの農民の思いと取り組みを紹介していく。(続く)
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