2月16日、拉致問題に取り組む民間団体「特定失踪者問題調査会」代表の荒木和博氏や、北朝鮮の人権問題に取り組む「NO FENCE」代表の砂川昌順氏らが、北朝鮮体制「打倒」を目指す『2・16宣言』を発表した(本紙既報)。日本の戦争責任や侵略・人権侵害を棚上げして、北朝鮮体制を「打倒」することで日本人拉致問題や北朝鮮国内の人権問題の解決を果たそうというこの『宣言』には、これに関わる「拉致被害者救出運動」や「人権活動家」らの、植民地主義的な意識が垣間見える。その真意をこれまでの彼らの言動から追ってみた。(村上力)
●北朝鮮体制「打倒」を後押しする「人権活動家」の欺瞞
『2・16宣言』では、北朝鮮による日本人拉致問題や北朝鮮国内の人権問題、また東アジアの安全保障問題などの諸懸案は、北朝鮮体制「打倒」によってしか解決しないとしている(※1)。この『宣言』には、多くの「人権活動家」が関わっている。2月16日に、産別労組のUIゼンセン同盟本部で行われた『宣言』発表集会では、拉致問題に取り組む「特定失踪者問題調査会」代表荒木和博氏のほか、「NO FENCE」代表の砂川昌順氏、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会(以下、守る会)」代表の三浦小太郎氏、「ヒューマンライツ・イン・アジア」代表の加藤健氏、「守る会」事務局長の宋充復氏らが登壇した。
「右翼人権派」を自称する「守る会」代表の三浦小太郎氏は、昨年の8月29日に行われた難民支援協会などの人権団体が参加する「アジアの難民と人権に関する東京セミナー」などの、「人権」をテーマにする催しに頻繁に参加し、北朝鮮国内の人権問題を批難している。一方で「救う会」や「特定失踪者問題調査会」などが主導する朝鮮総連への抗議行動などに参加し、北朝鮮国内の人権問題や、北朝鮮へのより強い制裁を訴えている。また、『2・16宣言』発表集会では、「日本の中の北朝鮮、朝鮮総連にもできることをやっていくべきだ」と提起していた。
もちろん、世界各地で起こる人権侵害は批難されて然るべきである。しかし、北朝鮮に関して日本は、かつて植民地支配を行い、現在に至っては経済制裁を加えている。つまり日本は北朝鮮社会で起こるあらゆる出来事について無関係ではない。まして慢性的な食糧不足が発生している北朝鮮社会の貧困、またそれに起因する北朝鮮難民の発生については、日本は制裁措置により北朝鮮の経済を締め上げている当事者でもある。
日本政府が行っている北朝鮮に対する制裁措置は、それによって拉致問題などが進展すると信じた――あるいは、信じ込まされた――人々の予想を裏切り、日朝間に横たわるあらゆる問題を停滞させている。一方で、直接関係のない一般の人々の交流を遮断し、北朝鮮の人々に向けた人道支援物資さえ送れない現状を生んだ。また、相互不信に基づく悪質な人権侵害が起こっている。
そうした責任を一切問うことなく、「北朝鮮人権問題」を云々することは、厚顔無恥と言わざるを得ない。あろうことか北朝鮮体制「打倒」を打ち出した今回の『宣言』は、それに関わる「人権活動家」たちの欺瞞性を決定付けるものであった。
●戦争を煽る拉致被害者救出運動
北朝鮮体制「打倒」を目指す『2・16宣言』の発表集会に登壇した荒木氏、加藤氏、砂川氏らは、前日に外国特派員協会で拉致被害者救出を訴える記者会見を行っている(※2)。しかし、北朝鮮体制を「認めない」と「宣言」しながら、どのようにして拉致被害者を救出できるのか、この矛盾を解く解き方に彼らの本質が現れている。なお『2・16宣言』には、「救う会」に加盟する地方組織幹部の名も散見される(※3)。
『日刊ベリタ』でも繰り返し指摘してきたように、拉致被害者救出運動は変質の一途を辿っている。「救う会」の一部地方組織では、「在日特権を許さない市民の会」などの、激烈な差別と排外主義の運動と合流するという事態が発生した(※4)。運動の中心を担う「拉致被害者家族連絡会(家族会)」や、「特定失踪者問題調査会」などは、戦争を煽っているとしか言いようがない催しを行ったり、参加してきている。中でも象徴的なのが、前航空幕僚長・田母神俊雄氏と拉致被害者家族の結びつきと、「予備役ブルーリボンの会(代表・荒木和博氏)」である。
2008年末に退官した前航空幕僚長・田母神俊雄氏はこの間、核武装などを主張し、反戦・平和運動を罵倒する集会などの運動を行ってきた。現在も田母神氏は保守系運動の間で絶大な人気を保持している。『日刊ベリタ』でも報じたように、田母神氏は北朝鮮に対する「軍事制裁」を主張している(※5)。その田母神氏と拉致被害者家族の横田夫妻や増元照明氏などは、「拉致と国防」「拉致と田母神論文」などのテーマで頻繁に共演しているのである。
予備自衛官を「拉致被害者救出」のために組織する「予備役ブルーリボンの会(代表・荒木和博氏)」に、田母神氏は顧問として参加している。「予備役ブルーリボンの会」は昨年12月6日に、産別労組の自動車総連本部で「拉致と国防に関するシンポジウム」を開催した。シンポジウムでは、「北朝鮮体制崩壊」に備えてスパイを送り込み、体制が崩壊したら自衛隊もしくは予備自衛官を北朝鮮に送り込むという、劇画もどきの現実性に欠ける拉致被害者救出の“強行策”が提案された。「予備役ブルーリボンの会」は今後、拉致被害者救出に自衛隊を投入することを世論化していくとのことである。
いたずらに「スパイの必要性」を唱え、「北朝鮮体制崩壊」という途方も無い空想に拉致被害者救出の「可能性」を見出すことこそ、拉致問題の解決の障害になりかねない。こうした動きは、拉致問題の解決や、家族との再会を真に求める人々の思いとは裏腹に、拉致被害者救出運動が別の方向へ導かれていることを意味している。
※1:『2・16宣言』公式サイト
http://sky.geocities.jp/jpkr216/
※2:TBS「拉致被害者救出、海外メディアに訴え」
http://news.tbs.co.jp/20100215/newseye/tbs_newseye4357102.html
※3:『2・16宣言』署名者一覧
http://sky.geocities.jp/jpkr216/216shomeisha.html
※4:日刊ベリタ:救う会、「在特会」関係者ら、大阪・鶴橋を“在日北朝鮮のメッカ”として署名街宣とデモ行進 「劣悪な朝鮮人」などと演説
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200907221836423
※5:日刊ベリタ:拉致被害者家族会事務局長・増元照明氏ら「自衛隊を北朝鮮に侵攻させよ」などと主張 埼玉・田母神俊雄講演会で :http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200907111335466
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